『さァ! ステージの修復作業も終わったことだし、準決二試合目イクぞ!!』
緑谷と轟の攻撃により半壊したステージの修復に追われていたセメントスが、ようやく作業を修了したようで、新品同様のステージがスタジアム中央には佇んでいた。
彼の労力が如何ほどのものであったのか、推し量るに憚られるが、労いの言葉の代わりに一試合前から続く熱気が冷めやらぬままの歓声がスタジアムを飛び交う。
『二試合目は、A組での席順前後コンビ! ちゃらけた態度とは裏腹に実力はホンモノ、波動熾念! 対、万象一切灰燼と為さねえばかりの容赦のない爆撃が特技、爆豪勝己!』
『なんだ、その紹介文』
体育祭も終盤というにも拘わらず、キレが衰えない同期二人。
一方、燦々とした笑みを浮かべながらストレッチをする熾念と、普段通りの一人や二人殺していそうなほど凶悪な瞳を浮かべる爆豪は、開始の時を今や今やと待ちかねている。
だが、始まる直前に突然熾念が何かを思いついたように口を開いた。
「Hey、勝己。一つ賭けをしないか?」
「あ?」
「俺が勝ったら、勝己は『死ね』とか『殺す』とか言うの禁止ってことでさっ」
「はあ!? なに突拍子もねえこと言ってんだクソが、死ね! ブッ殺すぞ!」
「そうそう、それそれ!」
流れるように飛び出してくる罵詈雑言をものともせず、明るい顔で『それ!』と人差し指を立てる熾念。
「俺、あんまりそう言う暴言好きじゃないからさ。勝己とは仲良くやりたいと思ってるし、その辺りの言葉遣いとかさ……」
「……はッ! 俺が気に入らねえならそう言えよ、似非バイリンガルが! 俺は仲良し小好しする為にガッコー来てんじゃねえんだよ! 全員敵だ! 全員超えて一番になる為に、俺はガッコーに来てんだよ、クソが!」
「はは~ん……負けるのが怖いのか?」
「あ゛ぁ!!?」
熱く語る爆豪であったが、最後の熾念の煽りにそれまで辛うじて保っていた平静を取り乱し、鬼のような形相へと顔が変貌する。
血走った眼で相手を睨み殺さんとする姿は、修羅か、はたまた悪鬼羅刹か。
「いや、いいんだぜ? 別に俺が勝手に持ちかけた賭けだからな。もしものことがあったら、勝己も一日中暴言自制しなきゃならないし、大変だろうから―――」
「誰がやらねえっつった!! やったるわ、クソカスがッ!!」
「……
「その代わり、俺が勝ったらてめェのそのクソうぜえ喋り方止めろ! いいなッ!?」
「All right! 賭け成立だなッ!」
「俺が勝つから
煽りに煽られ、既に怒りの沸点は最高潮に達している爆豪は、試合開始前だというにも拘わらず、掌から絶え間なく小規模の爆発が起こっている。
『ア~、なんか変な賭け成立したみてえだが、いいのかイレイザー?』
『金関係でないなら別にいい。割と内容はどうでもよかったしな』
『そうかッ! なら早速始めるぜ! 決勝に進むのはどっちか!? 目ん玉見開いて眺めてな! START!!』
「死ねえええッ!!!」
開始の合図と同時に爆速ターボで熾念に肉迫してくる爆豪。
(いきなりかよ!)
熾念は苦笑を浮かべながらも、即座に掌をかざして念動波を放ってみせる。
だが次の瞬間、爆豪はその掌をステージに向けて振りかざして爆破を起こし、コンクリートの地表を抉り出し、爆炎と礫を繰り出してきた。
「ッ……目くらましか、Huh!?」
一瞬、視界を真っ赤に染める炎に怯みながらも、飛来する礫を片方の手で受け止めながら、念動力でもうもうと立ち込める黒煙を払った。
しかし、爆豪の姿がそこにはない。
緑色の光を宿す瞳を見開きながら、相手がどこに行ったのかと思慮を巡らす熾念であったが、背後で閃光が瞬き、反射的に振りかえる。
「くッ!」
「おらぁ!!」
眼前を覆う爆炎。グワリと体が浮かぶ感覚を覚えながら、追撃を喰らわぬ為に自身に念動力をかけ、垂直に着地する。
(どこだッ!?)
爆豪に好き勝手動かせるのは悪手でしかない。
元より、熾念は持久戦が得意ではない。対して爆豪は、持久戦でこそ真価を発揮するスロースターター。時間をかければかけるほど、爆豪の有利な状況へと傾いてしまうのは、自明の理であった。
神経を張り巡らせ、爆豪と言う名の爆弾がやって来るか警戒する。
すると、たった今熾念に喰らわせた爆炎の合間を掻き分けながら、一つの影が肉迫してくるではないか。
(ッ……念動力を―――!)
「遅ぇ!」
掌を翳す熾念であったが、それよりも速く爆豪が手を振りかざし、爆炎とステージを抉って生み出した礫を放ってくる。
「何度も喰らうと思ったか!? 勝己!」
「ッ!」
しかし、雨霰のように飛来する礫にだけ念動力をかけ、まるで反射させるかのように礫を爆豪へ繰り出す。
「Take this!」
「予想してねえとでも……思ってたかぁッ!!」
幽玄な緑色の光の尾を引いて帰ってくる礫。
かなりの速度で飛来してくるそれらであったが、爆豪は一切臆することなく、あろうことか既に予測していたと豪語し、片方の腕の爆破で無数の礫を爆砕してみせた。
一瞬の出来事に、驚いたような顔を見せる熾念。
その間にも爆豪は、凶悪な笑みを見せて汗がたんまりと滲み出る掌を―――
「あ゛ッ?」
小さく聞こえた間の抜けた声。
それが己の発した声だと爆豪が理解した時、彼は自身がくの字に身体を折り曲げて後方に押し出されていた。
腹部に残る鈍い痛み。内臓に走る衝撃に一瞬吐き気を覚えながら前方を窺えば、脚を前に蹴りだしている熾念の姿があった。
「げほッ!」
「―――Hey、勝己。こちとら、格闘少女のSparringに一年つき合ってたんだぜ?」
「は……あッ!?」
「簡単にやれると思うなってことさっ」
不意の胴蹴りに思わず蹲りつつ、知らぬ経験を口に出されて苛立つ。
格闘少女? 誰のことだ、クソが。口には出さぬものの、そう言わんばかりに殺気立つ爆豪を見下ろす熾念は、不敵な笑みを浮かべながら、鼻から垂れる真紅の液体を体操服で拭う。
(Shit、早速かよ)
自分の時間管理の曖昧さに笑うしかない。
まだ五分も経っていないというのに流血沙汰だ。そろそろ出血多量で倒れるのではないかと、表情には出さないものの心配になってきた。
(油断できないのは当たり前。でも、勝己はインターバル突いてくるのが上手いな……認めたくないけど、炎で反応も一瞬遅れてるし。どうしたモンか)
僅かに震える腕を抑えつつ、出来る限り笑顔は保ったままで相手を見遣る。
十年前に、憧れた人に言われたことを忠実に守りながら試合に臨んでいる彼は、最後まで笑顔を保つつもりだ。
例えそれで相手の神経を逆撫でようとも、心の中で決めた信念なのだから、容易く止められる筈もない。
「……知ってるか、勝己?」
「ああ? んだよ……!」
「世の中……笑ってる奴が一番強いんだとさっ!!」
「知るか、んなモン!!」
満面の笑みで言い放たれた言葉に、率直な感想を述べて特攻してくる爆豪は、再びステージに爆撃を喰らわせ黒煙と礫を繰り出すことで、視界潰しと牽制を同時に行ってくる。
遮蔽物があると効果が激減するという熾念の“個性”を鑑みての行動か。それは当人しか知らぬことだが、波動熾念という男を攻略する上では、かなり有効な戦法と言えるものであった。
繰り返される特攻と爆撃。
度重なる爆破で抉られるステージは、最早平面からは程遠く、足場の悪いデコボコなものへと変わってしまっていた。
飛び続けられる爆豪は兎も角、熾念は飛ぶにもインターバルが必要となる。しかし、相手の休憩する暇も与えない連続攻撃に飛行することなど出来る筈もなく、足場の悪い中でなんとか動き回り、トラウマを彷彿とさせる紅蓮の炎に立ち向かった。
服はボロボロに煤け、焼け切れる。
顔や腕は、飛来した礫が掠って擦り傷が無数に浮かび上がっている。
そして何よりも―――
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
「しっつけえな……! さっさと倒れろや!!」
「嫌だねッ! 見た目よりは割と平気だぜ!!」
「そうか! なら、もっと殺ってやらぁ!!」
咆える両雄。
爆豪も、所々に擦り傷が出来て血が滲んでいるが、熾念はその比ではない。血涙は流れ、鼻からも夥しい血が流れ、はてには切れた口角からも一筋の赤い線が描かれていた。
『お、おい……こりゃあR-18G指定じゃねえか?』
『……かもな』
思わず実況席からも心配の声が上がるほど、血まみれの熾念。人間は人体の三分の一の血液を失ったら死ぬと言われているが、彼はその懸念を受けるほどに、顔を真っ赤に染め上げていた。
それでも倒れることなく立ち向かう。
だが、試合開始より延々と動き回り続けていた爆豪の攻撃は、血を流し過ぎた状態で対応できる範囲を遥かに上回るほどに機敏なものとなっていた。
「痛ッ……!」
「吹き飛べぇ!!」
ボディーブローのように振るわれた掌は、熾念の胴と至近距離で爆破を起こし、自分と同じくらいの上背を持つ熾念の体を場外へ吹き飛ばそうとする。
辛うじて寸前で、念動力によって自身を浮かせて場外を免れる熾念であるが、既に満身創痍の様相。立つことすらままならず、腕を振るわせて四つん這いになる様は、生まれたての小鹿にも見える。
(
形容し難い頭痛に苛まれながら顔を上げれば、トドメを刺そうと迫ってくる爆豪の姿が窺える。
「Tsk!」
「逃がすか、クソが!!」
肉体的な体力は限界寸前。
ならば、精神的な体力がモノを言う“
すると爆豪も逃がすまいと、爆破を続けて空に退避する熾念を追う。
「死ね!!」
「ッ―――!!」
そして、汗を多く搔いていることにより、熾念の念動力による飛行を上回る速度で飛翔した爆豪が追いつき、血まみれの顔面目がけて爆撃を放った。
『ちょ……あれ大丈夫なのか!?』
プレゼント・マイクが焦燥を含んだ声を上げるのに呼応し、スタジアム全体からヒッと息を飲む声が広がっていく。
顔面に向けての直接爆撃。教師陣が止めに入る『クソな攻撃』に入るか、かなりグレーゾーンの攻撃であったが……
「―――不本意だけど……慣れ……たァッ!!!」
「ぶッ……!?」
直後、頭部から立ち上る黒煙を切り裂く形で放たれた
「ッソがぁ!!」
「HAHA! 誕生日プレゼント代わりに受け取ってくれ! 鼻血垂らして男前だぜ、勝己!!」
「GAAHHH!!!」
墜落途中で体勢をなんとか立て直す爆豪。
そんな彼を物間とは別のベクトルで煽る熾念は、既に地上に降り立っており、『してやった』と言わんばかりの笑みを見せている。先程の爆撃、彼は眼前に迫った爆炎を念動力で逸らすという常人離れした反応で凌いでいたのだ。
だが、『慣れた』というのはブラフ。度重なる爆炎で、恐怖や焦燥、高揚が入り混じり、本人でも何がなんなのか分からないほどにハイになっているだけ。慣れは慣れでも、この一戦限りの一過性の慣れであった。
そんな対戦相手のことはいざ知らず、煽りにはとことん弱い爆豪は、冷静さを削られる形で、自分の逆鱗に触れて来ようとする男を爆殺しようと、頭上から突っ込んでいく。
「飛んで火に入るなんとやら……ほらッ!!」
「ッ!?」
予見していた熾念が、地上に転がっている無数の瓦礫を、真っ直ぐ上へと念動力で飛ばす。
しかし、それらを爆破で真下に放つことで、爆撃と浮遊を同時に行ってみせるのが、A組が認める才能マンこと爆豪だ。本気になれば、流星群のような瓦礫を一撃で粉砕できる攻撃を放てるのだから、この程度はお茶の子さいさい。
が、
(チッ、視界が……これ狙ってやがったのか!)
真下に放ったことで、黒煙が爆豪の視界を塞ぐ。
これでは相手が地表でなにをしているのか窺えない。
(まあ……だが)
「関係ねえええぇぇえ!!!」
何かされる前に、こちらから突っ込んでやろう。
準備する時間など与えない。そんな強い意志を感じ取れる速度で急降下する爆豪は、自身が作り出した黒煙を突き抜け、一直線に熾念の下へ―――
「チャコチャ、借りるぜ」
「……は?」
不意に聞こえた声。
刹那、爆豪の背後から、緑色の光の尾を引く無数の瓦礫が、爆豪目がけて降り注いできた。
「
「ッ―――!!」
『こ、こりゃあ!! 麗日が二回戦で見せた流星群攻撃が、再びィイ!!』
興奮したプレゼント・マイクの声がスタジアム全体に響く。
二回戦、爆豪VS麗日において、若干麗日を贔屓目に見ていた彼だからこそ分かる高揚……否、そうでなくとも、かたき討ちとも言える意趣返しに、観客はワッと沸き立つ。
瓦礫などを一塊に押し上げ、圧倒的な質量で相手を叩き潰す『METEO SMASH』とは違い、一撃一撃は小さいものの広範囲に攻撃を放てるのが、麗日の流星群攻撃を参考にした新技『METEOR STREAM SMASH』だ。
重力に引かれて落ちるだけの麗日とは違い、熾念の攻撃は念動力での補正と加速がついている故、単純な威力は後者の方が上。
思わぬ逆襲に目を見開く爆豪。
「―――んな焼き直しの攻撃でェ……」
しかし、その結末を知っている者は、熾念の攻撃がどうなるか、自然と理解してしまっていた。
爆豪は片腕を上空へ突き上げ、もう片方の腕を地表に向ける。
次の瞬間、爆豪の腕が何度かBOOM! と爆音を奏で、スタジアムを紅蓮に染め上げ、灼熱の熱風を吹き渡らせる大爆破が両掌から放たれた。
「やれると思ったかァ!!!」
瓦礫を一掃する大爆破。
一方、地表へ向けて放たれた一撃は、滞空している状態で上に大爆破を行えば反動で真下に急降下することを計算し、墜落せぬようにと放たれたものであった。
完璧な迎撃。代償として、戦闘服無しで最大火力を放ったことで、両腕の汗腺が痛んだが、渾身の一撃を真正面からねじ伏せたことを鑑みれば、おあいこか。
―――おあいこだと、思いたかった
「なっ……!?」
上空に立ち込める黒煙。
それらを突きぬけて現れるのは、大爆破を生き残った瓦礫の残骸であった。
「やれると思ってないさっ。だから、二撃目もしっかり考えといた」
「てめェッ!」
「最大火力をそうなんども撃てないだろ? ましてや、両腕で使った後ならな!」
血反吐を吐きながら、絶好のチャンスに不敵な笑みを掲げ、拳をグッと握りしめる熾念。すると、浮遊していた瓦礫が一斉に無防備な爆豪の下へ疾走していく。
爆豪は―――動けない。
「360°包囲―――」
「クッソ……」
「
「がああああ!!!」
咎を失った衛星が重力に引かれるように、無数の瓦礫が爆豪の体に襲いかかる。
最大火力直後で痛む汗腺に鞭を打ち、すぐさま迎撃の爆破を左右に放つ爆豪であるが、360°から襲来してくる瓦礫全てを爆砕することは叶わず、爆炎と黒煙、そして爆音の先で鈍い音が何度も響き渡った。
(やったか……!?)
数秒後、真っ黒な煙の尾を引いて、爆豪がステージ場外へ向けて落下していくのが見える。
僅かに覗く希望の光。
どうかこのまま勝利を掴めないか。
淡い期待を乗せながら、熾念は顛末を見届けようとした。
ステージ外では、危険と判断したセメントスがコンクリートを操作し、落下する爆豪を受け止めようと試みる。
その時であった。
「うっ、があ゛あああ!!!!!」
「っ……HAHA。悪いJokeだ」
宙でバク転をかました爆豪が、掌から勢いの衰えない……否、寧ろ彼の激情に呼応して高まった威力の爆発が起こり、ズタボロの身体を戦場へ引き戻した。
着地の衝撃を爆発で押さえつつ、獰猛な笑みを浮かべる爆豪。
露わになっている肌は、所々血が滲み、青く痣のようにもなっている。
然れども、闘志の炎が消えることはなく。
飢えた獣のように血走った瞳をセメントスに向ける爆豪。
「オイオイオイ……勝手に負け扱いしようとすんなよな、先生よォ。俺ァまだ、この通りピンピンしてるぜ……!」
「それにしちゃあ、随分Smileがぎこちないぜ!? どっか具合でも悪いのか、勝己!?」
「そいつァ勘違いだ!! てめェも似たようなモンだろ! おあいこだ!! こっからが本番だろうがよ!!」
「……That’s right!!」
「行くぜ……波動ォ!!」
共に咆える男二匹。
爆豪は徐に飛びあがり、続けざまに爆破を行うことでその場で旋回し始める。黒煙が渦巻きながら肥大していく様は、まるでトルネードのようだ。
一方熾念は、右腕を翳し……
(―――もう、一杯一杯なんだよな)
“個性”を使おうとしても、度重なる連続使用と制限時間オーバーによって、真面に発動することすらままならなかった。
掌を翳してみるものの、緑色の光が宿ることはない。
頭に籠る熱が、熾念の思考を妨げ、意識を朦朧とさせていく。
持ち得るだけの全力は出しきった。今はもう、指一本動かすことさえままならない。
「
景色が遅く見える。
焼け焦げた臭いが鼻腔を擽ってきた。
(全力出しきって、火にも立ち向かって……やり切った方だよな……これ以上できることなんて―――)
翳した掌が力を失い、重力に引かれて落ちていく。
「負けんな、熾念ッ!!」
「―――っ!!!」
立ち込める熱気を透かして聞こえてくる声援。
「Huh……!」
自然と、陰鬱だった顔に笑顔が咲き誇る。
そして、熾念の瞳と掌には青い光が宿り、蒼天と同化しかねない色の念動波がスタジアム全体へ広がっていった。
「―――
「ああああッ!!!!!」
瓦礫を吹き飛ばすほどの最大火力が、三度放たれた。
しかし、爆豪の全力は―――青い爆炎によって相殺され……
☮
『おまえ泣き虫だなー』
俺を虐めていたガキ大将を蹴散らして、彼女はそう言ってきた。
次の瞬間には、向日葵のような笑顔で『一緒に帰ろうか』と手を差し伸べてくれる。思えば、この時から好きだったのかもしれない。
『ごめんな……ホントごめんな……!』
病院の一室で、彼女は顔を泣き腫らしながら謝ってくれていた。
確か、彼女を引きかけたトラックを“個性”で浮かして、直後に俺が血を噴き出して倒れた後だったか。
俺は『ヒーローだから当たり前さ』と強がって見た。
すると彼女は、『ありがと!』と嗚咽を上げながら、作り笑いを見せてくれた気がする。
この時だったけな……好きな子が、ちゃんと心の底から笑ってくれるような……悲しまないで笑ってくれるようなヒーローになりたいって思ったのは。
でも、それよりずっと前に、ヒーローになりたいと思っていた時期があった筈。
まだはっきりとは思い出せない。
思い出そうとする度に頭が痛くなるから、思い出すことを止めていた。
けれど、なんか頭がすっきりした今なら思い出せる気がする。
『しー君は、きっと凄いヒーローになれるよ!』
『お父さんもお母さんも、全力で応援するからな!』
脳裏を過ったのは、誕生日ケーキを前に喜ぶ俺を前に、それを上回る満面の笑みで語りかけてくれる男性と女性。
四本の蝋燭が刺さっているケーキ。
点っている火は―――青色だった。
☮
『……ホントなんなの、お前のクラス。二度目だぜ?』
『爆豪の大爆破……だけじゃねえな』
黒煙立ち込めるステージ。それを見下ろす相澤とプレゼント・マイクは、数秒前に全員を震わせた衝撃に、呆れ、困惑したような様子を見せている。
濛々と立ち込める黒煙と砂煙は中々晴れず、一体どうなったものやらと観客たちは食い気味にステージを見下ろしていた。
すると突然、立ち込める黒煙を突き破る者達が現れる。
『っ……爆豪と波動、どっちも健在だァ―――!! あんだけの攻撃放った後で立ってるって、どんだけタフなんだっつーの!!』
爆破で煙を払った爆豪と、念動力で煙を払った熾念。
至極機嫌が悪そうな爆豪の直線状では、困惑した様子に熾念が呆けて立ち尽くしている。
「てめェ……もか」
「……Huh?」
「
憤る爆豪は今日一番の怒号を空に向かって咆える。
余りの声量に、空気がビリビリと震え、遠くで眺めている観客たちも凄まじい威圧感に身を引いてしまう。
『オイオイ!? 爆豪、激オコじゃねえか! なんかあったのか!?』
『波動の身体見てみろ』
『ん? 波動の……って、なんだありゃ!?』
「……俺?」
なにが起こったのかいまいち把握できていない熾念は、相澤の実況の声に反応し、己の体に目をやってみる。
するとそこには、青い炎が纏っている体操服があるではないか。
「きゃああっ!?」
女子の様な悲鳴を上げながら、腕をブンブンと振るって火を消そうと試みる。
しかし、そのような呑気な行動を待ってくれるほど、今の爆豪の気は長くなかった。元々短いが。
「死ねえ゛え゛えええッッ!!!!」
「ッ!」
爆速ターボで肉迫してくる爆豪に、即座に掌を翳す熾念。
(Huh? なんか頭すっきりして……)
今迄感じたことのない爽快感を覚えながら、凄まじい速度で突っ込んでくる相手に目を遣った熾念は、緑色の念動波を放つ。
(“個性”の発動限界……リセットされてるッ!)
全快した感覚を覚えて不敵な笑みを浮かべた熾念は、豪速で接近する爆豪を引き寄せる。
自前の速度に更に上乗せされ、爆豪は一瞬にして熾念の眼前まで迫った。だが、そんな突然の速度変化にも対応し、怒りの一撃を喰らわせようと、掌を振りかざす。
だが、熾念もまたその場で右回転し、念動力での補正がかかった蹴りを爆豪の顎に入れた。
青い閃光が爆ぜると同時に、ゴリッと鈍い感覚が足に伝わる。
そのまま蹴りの衝撃で、爆撃も熾念から逸れてしまった爆豪は、念動力に引かれた勢いのままに場外へ落下した。
地に落ちた体が動くことなく、一応呼吸はしているようで胸辺りが上下するだけだ。
「……あっ、ば、爆豪くん、場外! 波動くん、決勝進出!!」
これまで見せた桁違いの執念と裏腹な呆気ない終わりに、一瞬反応が遅れてしまったミッドナイト。
しかし、自分の任を果たすべく、軍配代わりの鞭をステージに佇む血まみれの男子生徒へ掲げてみせた。
『激戦を制したのは波動だぁ―――!! よって、決勝は轟VS波動に決定!! そ・の・ま・え・に! またまたステージの修復作業に入るぜ!! リスナーの皆、悪ィな!!』
『謝るのはセメントスにだろ。すいません、ウチの生徒が毎度……』
ヘコヘコと実況席で謝る相澤。ステージ近くで座っているセメントスは、のっぺりとした顔で苦笑を浮かべ、やれやれと首を振りながら席を立った。
気絶しているらしい爆豪は、搬送ロボによってリカバリーガールの保健所に運ばれていくが、熾念もまた負けず劣らずズタボロである為、ロボの後を追って保健所へ向けて足を進めていく。
血を拭い、今は乾燥した血糊が張り付く拳を見つめる。
(あの時、俺……)
脳裏を過るは、爆豪が『榴弾砲着弾』を放った時だ。
あの時、確かに自分の視界は青く染まり、彼の爆撃を相殺するだけの蒼炎をどこからか放った。
十五年生きてきて初めての感覚だ。
悶々と頭の中に蔓延していた熱が、一気に吐き出されるような―――
(……後でいいか)
フッと微笑み、考えることを止めた熾念。
だが、何故か嬉しくてたまらないような感情が、心の奥底から止めどなく溢れだすのであった。