Peace Maker   作:柴猫侍

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№23 全力でかかってこい

 

 

 

「―――()()で、かかってこい!!」

 

 

 

 喧騒を切り裂く、緑谷の魂の咆哮ともいうべき叫び。

 それが向けられる先は他でもない。今まさに彼と相対している轟へ向けてだ。右半身に霜が降りている轟は、彼の叫びに困惑し、苛立ち、形容し難い不快感のようなものを覚えながら歯を食いしばる。

 

「何の……つもりだ」

 

 神経を逆撫でされた轟は、常人であれば立ちすくんでしまいそうな程に鋭い瞳を、目の前の男へ向けた。

 

―――話は、数分前に戻る

 

 

 

 ☮

 

 

 

『今回の体育祭、両者トップクラスの成績! まさしく両雄並び立ち、今! 緑谷対轟!! START!!!』

 

 プレゼント・マイクの声が轟く中、ステージに佇む両者は、開始の合図と同時に攻撃の体勢をとった。

 轟は右脚を踏み出し、緑谷は右手でデコピンを放つように手の形を作る。

 

 次の瞬間、けたたましい破砕音が響き渡り、スタジアムの観客席全体に身の毛もよだつ冷気を含んだ強風が吹き渡った。

 

「ぐっ……!」

 

 轟の氷結に対し、手加減なしの100%で迎え撃った緑谷。しかし、久々の100%の反動である痛みに、自然と顔は歪んでしまう。

 そんな彼の痛みに構うことなく再び轟の足からは巨大な氷結が奔るが、今度は相殺するのではなく、フルカウルでの回避を選択した。

 

(自損覚悟の打消し……今は轟くんの氷結に対抗するにはこれくらいしか思い浮かばない! 残弾は五……いや、七! 使うのは―――)

 

 再び迫りくる氷壁。

 サイズとしては、蛙吹を呑み込んだものより何回りか小さい程度か。それでも人一人の呑み込むには十分すぎる大きさ。

 

「SMAAASH!!!」

『またまた轟の攻撃を打ち消した、緑谷ぁ―――!!』

 

 今度は中指での『DELAWARE SMASH』にて、氷壁を粉砕する。

 飛び散る氷の破片に、厚い氷を貫く衝撃。衝撃は氷壁を砕くのみならず、氷結の発生源である轟の体を煽るほどまでの勢いであり、何もせずに居れば吹き飛ばされるのを分かっているのか、彼は己の後ろにストッパー代わりの氷壁を生み出している。

 

(立ち回りは、轟くんに対して右回り! これを維持すれば、気持ち一瞬轟くんの攻撃は遅れる……筈!)

 

 緑谷が轟の為に用意した策。それは、右半身から氷結を繰り出してくる相手に対し、できるだけ左半身側に立てるよう立ち回りながら、相手に接近して攻撃するという至ってシンプルなもの。

だが、少しでも気を抜けば、スタジアム外まで伸びる大氷壁に身を呑み込まれかねない。

 故に、強大な一撃が来ると察したら、回避ではなく迎撃を行う算段だ。

 

 勝つための最善がこれ。

 

 刹那の逡巡が命取りだ。

 

『まーたまた緑谷、氷結を打ち消しやがったぜ!』

「ぐ……う゛うっ……!」

 

 

 

 再度疾走する氷結。迎撃。

 

 

 

―――記憶の中の母はいつも泣いている

 

 

 

 氷の橋を生み出した轟が、それを上った後、飛び掛かるように拳を振り下ろしてくる。これは回避。

 

 

 

―――『おまえの左側が憎い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた

 

 

 

 着地した轟が、右手を避けた緑谷の方へそっと地面に添え、幾分か勢いの衰えている氷結を繰り出した。これも回避。

 

 

 

―――使わず“一番になること”で、奴を完全否定する

 

 

 

 転がるように避ける緑谷。だが、その間に立ち上がった轟が、右脚を踏み込んで巨大な一撃を放ってきた。

 迎撃するより他はない。

 

「っ……あ゛あッッ!!」

 

 今度は薬指にてSMASHを放ち、攻撃を相殺する。

 爪は割れ、肉は裂け、痛々しい様に変色している指は人によっては卒倒ものだ。

 

 その後も回避と迎撃を繰り返す緑谷であるが、結局は轟に接近することさえままならない状況に陥っている。

 

『防戦一方の緑谷ァ!! ステージにゃ、鍾乳洞ばりに氷の柱が突き立ってるぜ! こりゃあ、面積狭まって動きにくいんじゃねえか!?』

『……そうだな』

『ん、どうしたイレイザー! 眠ぃのか!? 寝ちまったら、ピラミッドの棺桶に入れてやんよ!』

『後で覚えてろよ。それより実況しろ。じゃねえと、お前の『ハゲ』って書いてるヘッドフォン叩き壊すぞ』

『ハゲじゃねえから!? HAGEな!』

 

 ヘッドフォンのメーカーに怒られそうな会話であるが、相澤はステージを見て何かを感じたのか、熱心に試合を続ける教え子たちを眺める。

 プレゼント・マイクが述べたように、ステージ上には移動に幾分か不便そうな氷柱が無数にそびえ立つ。飯田などであれば、そんな数々の障害物を前に持ち前の高機動力を見せることができず、瞬く間に轟の氷結に捉えられてしまうことだろう。

 

(まさか、緑谷の奴……)

 

 しかし、あの状況は緑谷が意図的に造り上げているように、相澤には見えた。

 オールマイトばりのパワー―――あの程度の大きさの氷柱であれば、残すことなく打ち砕けていてもおかしくはない。

 それに、わざわざ自分を呑み込まないと判断したものは、出来る限り回避している。轟の大規模範囲攻撃に対しては、かなり博打な行動にも見えなくないが……。

 

「守って逃げるだけでボロボロじゃねえか」

 

 ひどく冷静で重い声が、緑谷の鼓膜を揺らした。

 

「悪かったな。ありがとう、緑谷。お蔭で……奴の表情が曇った」

「ッ……!」

 

 轟の視線の先には、機嫌が悪そうな大柄な男が佇んでいた。

 №2の燃焼系ヒーロー『エンデヴァー』―――他でもない、轟の父だ。腕を組む彼は、轟が燃焼の力を使わないことが不服のようであり、その身に纏う炎が苛立ちを表すかのように絶え間なく揺らめいている。

 

「……その手じゃまともな勝負になんねえだろ。終わりにしよう」

 

 死刑宣告にも似た言葉を放ったと轟が、息も絶え絶えな緑谷へ向かって氷結を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこ見てるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……な!?」

 

 次の瞬間、緑谷の姿は轟の視界から消え失せた。

 どこに消えたのかと辺りを見渡せば、青い線がそびえ立つ氷柱を跳ねるように飛び回っているのが窺える。

 

「ぐッ!?」

 

 刹那、左わき腹に凄まじい衝撃と鈍い痛みが奔り、耐えかねた轟は体をくの字に折り曲げて、ステージの上を転がっていく。

 

『み、緑谷!! 逆襲のドロップキックだぁ―――!! つーか、なんだあの動き!? ジャパニーズ忍者かっての!』

『成程、そういう訳か』

『ん? どういう訳だ、イレイザー?』

『わざわざ緑谷は、轟の氷壁やらなんやらが残るよう考えながら攻守を切り替えて動いていた。そりゃあ、この時の為だったってことだよ』

『はん?』

 

 相澤の言葉に、若干理解し兼ねている様子のプレゼント・マイク。

 だが、たった今彼が言った通り、緑谷は轟の視界から外れるように、氷柱を飛び移りながら相手への接近を試み、攻撃を加えていたのだ。

 

(あの高機動を生かす為……生かせるフィールドを造る為の立ち回り。しかしまあ、いくら『治るから』といっても、自ら激痛に飛びこむのは相応の覚悟がいるもんだ。なにがアイツを突き動かす?)

 

 この体育祭に向けて緑谷が身に着けた技『フルカウル』は、立体的な動きが可能な場において絶大な力を発揮する。

 だが、このガチンコバトルでのステージは、開始時点ではステージにオブジェクトが一切存在しない。だからこそ緑谷は、そんなフルカウルを生かせるオブジェクトを、轟に生み出させる立ち回りを見せていたのだ。

 

 しかし、余りにも無茶な作戦。

 

 一歩間違えれば氷に捕らわれて敗北する。

 さらに、例えそうでなくとも指を複雑骨折して大怪我を負うことは必至なのだ。爆豪とは違うベクトルで、勝利に狂っているとも言える行動。

 賭け的な側面も強い作戦であったが―――時は訪れたのだ。

 

 5%の力で放たれたドロップキックはそれなりの威力。幼少期から身体を鍛え上げている轟もせき込むほどのものだ。

 

「げほッ……てめェ」

「震えてるよ、轟くん」

「……?」

「“個性”だって身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう……!? で、それって左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか……?」

 

 そして、この作戦を行う上での一つの目安があった。

 轟が氷結を行えば、どのようなデメリットが彼自身に降りかかるか、だ。

 

 麗日が『無重力』を使い過ぎれば、反動で途轍もない吐き気が彼女を襲う。

 熾念が『念動力』を使い過ぎれば、これまた反動によって鼻血が出る。

 爆豪が『爆破』の許容火力をオーバーすれば、武器の供給源である汗腺が痛む。

 

 人によって差異はあれど、少なからずデメリットの面は存在するのだ。

 轟に関してみれば、彼の父エンデヴァーが炎熱の“個性”のデメリットを解決する為、氷の“個性”持つ女性を妻に娶り、仔を為した。

 恐らく、観点においたのは体温の調整だ。炎熱を使い過ぎれば、肌が焼けただれるなどの弊害が出る……故に、自身の熱を冷ませるような“個性”を、エンデヴァーは欲した。

 

 では、逆はどうだろうか? 氷を使い過ぎれば一体どういった弊害が出るかを考えれば、すぐさま『体温の低下』という答えが出てくる。真冬の外に長時間放置されたものだと考えれば分かり易い。少なくとも、すぐに全力を出せるような状態にはならない筈―――万全からは程遠い身体能力しか発揮できぬことだろう。

 現に、轟の体は小刻みに震え、緑谷の氷柱を伝っての軽快な動きに反応し切ることができず、真面に攻撃を喰らっていた。

 

 

 

―――()()とは、ほど遠い

 

 

 

「皆……本気でやってるんだ!」

 

 氷柱の上に立ってみせる緑谷は、折れた指などお構いなしに拳を握り、右半身に霜が降りている轟を見下ろす。

 

「勝って……目標に近付く為に……一番になる為に!」

 

 

 

『こっからだ!! 俺は……!! こっから……いいか!? 俺はここで一番になってやる!!』

『君が来たってことを、世に知らしめてほしい!!』

『俺は君に挑戦する!』

『くれぐれも、みっともない負け方はしないでくれよ』

『見とるね、頑張って』

 

 

 

 この一か月余りでかけられた言葉の数々を思い起こせば、痛みなどが消え失せる真っ赤な感情が、胸の内で沸々と煮立っていくのが感じ取れた。

 

()()の力で勝つ!? まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!」

 

 次の動作を移る為にグッと足を踏み込めば、足元の氷にバキリと罅が入る。

 それほどまでに、踏み込んだ足には力が入ってしまっていた。

 

「―――()()で、かかってこい!!」

「何の……つもりだ」

 

 隠さぬ苛立ちをそのままに氷結を放つ轟だが、如何せん試合開始当初より勢いが衰えている。規模も、速度も。

 

「そんなんじゃ……僕に勝てないぞ!!」

 

 跳ねる緑谷。狙うは他でもない轟だ。

 そびえ立つ氷柱を利用し、パルクールの要領で跳ね回って轟の視界から消えるように動く。

 

(動きも鈍くなってる! フルカウル対応圏内だ!)

 

 やはり氷結にもデメリットがあったようだ。満足に動くこともままならず、驚異であった氷結も悲しいほどに規模が小さくなっている。

 轟からすれば自分の頭上を跳ね回る緑谷を捉えるには、氷結を上に向かって放たなければならない。しかし、それを行えば自然と氷結の規模を大きくしなければならない為、体温の低下に拍車をかける。

 

 まさしく負の循環。代償は多かれど、持久戦を見越した緑谷の作戦勝ちと言っても過言ではない展開だ。

 

「だあああ!!!」

「喰らうか……っ!?」

 

 自身に影が掛かったことに対し、緑谷の場所を予測して振り返る轟であったが、襲いかかってきたのは一塊の氷。

 フェイント。隙を作る為、少しばかり氷壁を砕いた緑谷が投げたものであった。

 轟が目を見開く間に、本命の緑谷は彼の背後に回り込む。

 

「DETROIT SMASH!!」

「っっッッ!!!」

 

 拳は、凍らされる心配のない左の脇腹を穿った。

 その衝撃のまま跳ねる轟は、何度か地面をバウンドした後に、己が造り上げた氷壁に叩き付けられる。

 

「げほッ……!」

『生々しいの入ったぁ―――!! ここで攻勢に出てきやがった緑谷!! 轟、こりゃあピンチか!?』

 

 一変して不利になる轟は、せき込みながらも次の攻撃に備えるも、フルカウルで機動力を上げている緑谷を捉えきることはできず、何度も彼の攻撃をその身に受けることとなる。

 時折、カウンターとばかりに凍結を緑谷に喰らわせることもできたが、動きに支障がでない、ほぼ差異がないといってもいいような凍結だ。

 

 緑谷によるヒット&アウェイは、着実に轟にダメージを与えていく。

 だが、激しい動きは既に負傷した指に、並々ならぬ激痛を与えることは想像に難くないのだろう。ましてや、負傷した指を折り曲げた拳で殴っているのだから。

 

「何でそこまで……!」

「期待に応えたいんだ……!」

 

 駆け出す緑谷からは、緑谷の想いに呼応するかの如く激しくスパークが爆ぜていた。

 

「笑って応えられるような……カッコいい(ヒーロー)に……なりたいんだ!! だから全力でやってんだ、皆!」

 

 振りかざした拳は、轟の左頬にめり込んだ。

 ゴリッと鈍い音が鳴れば、冷えに冷え切った体が力なくステージを弾んでいく。

 

「君の境遇も、君の決心も、僕なんかに図りしれるもんじゃない……でも……全力も出さないで一番になって完全否定だなんて、フザけるなって今は思ってる!」

「~~~っるせえ……!」

 

 迫る相手に対し氷結を放とうとするも、既に体は限界。

 ロクに氷結を放てない轟は、今度はがら空きのボディーにブローを喰らうこととなった。

 

「がッ……!」

「だから僕は勝つ……君を! 超えて!」

 

 パンっと乾いた音が鳴り響けば、轟の体は宙高くへ放り出され、固いコンクリートの地面へ叩き付けられるように墜落する。

 立とうとしても立てない。ダメージもそうであるが、何より冷え切った体が轟の意思に反して、行動を阻害するのだ。

 

 かつて、幼少期に父に殴られ、嗚咽をあげながら地に伏せた時の己の姿が重なる。

 それがどうしようもなく悔しく、哀しく、辛く、止めようのない激情が溢れ出してしまう。

 されど、体は動かない。

 

「轟くん……」

「うるせえ! 俺は……俺はッ……」

「否定する為に一番になるなんて……悲し過ぎるよ。一番って、そういうもんじゃないだろ!? 努力して! 支えられて! そんな応援してくれる人たちの想いに応えるのが一番なんだ!! №1なんだ!!」

 

 咆える緑谷の体には、絶えることなくスパークが奔っている。さらに延々と動き続けていたことにより体温は上昇し、轟によって凍らされた部分も、湯気を上げて溶け始めていた。

 一方、轟は完全に停止してしまっている。

 地に蹲り、今にも泣き出しそうな顔でコンクリートの地面とにらみ合っていた。

 

 パリン、と甲高い音を奏でて、髪に張り付いていた氷の結晶が眼前に落ちてくる。反射する己の顔は、今の心境を代弁するかのようにグチャグチャで、酷いものだ。

 

「俺は……親父を―――」

「違うよ、轟くん」

「……?」

「だって、それは……君の力じゃないか」

「―――」

 

 とても優しく、今にも消え入りそうな儚げな声。

 一瞬、大切な誰かの声と聞き間違えそうになった声色に、思わず轟は緑谷の顔を見上げた。

 感情の昂ぶりからか、今にも泣き出しそうな顔。しかし、グッと口角を吊り上げてみせている笑顔は、ぎこちないながらも、目を背けたくなるほどに眩しく見えた。

 

(……俺、何になりたかったんだ?)

 

 彼と重なる面影。

 ふと、オールマイトと彼の笑顔を重ねてしまった。

 

(オールマイトみたいになりたくて……でも、親父が居て……)

 

 思い返す度に、腸が煮えくり返りそうな過去が脳裏を過る。

 

(いつのまにか……親父を否定する為に、一番になってやろうって……)

 

 

 

―――『目的』が『手段』となってしまっていた

 

 

 

 №1になる過程に、必然として父を超えることが必要だった。

 なのに、父を否定する為の手段として、№1になろうと思ってしまったのだ。

 いつしか、母に言われた言葉を思い出した。

 

『血に囚われることなんかない。なりたい自分になっていいんだよ』

 

 なりたい自分―――それは笑顔で多くの人々救ける、負け知らずのヒーロー。

 決して、何者かを否定するだけ為に、人を踏み台にするようなヒーローではない筈だ。他人よりかけられた期待や想いを踏み躙る人間ではない。

 

(なって……いいのかな?)

 

 誰に向けたかも分からぬ問い。

 

 幻聴かもしれないが、『勿論よ』と愛おしい声で返ってきたような気がした。

 

 その時、凍てついていた情熱がじんわりと―――しかし次第に轟々と燃え盛る炎のような熱を帯びていくのを、胸の内で感じ取る。

 

 否応なく胸の内で蠢く後悔を焼き切る情熱(ヒーローへの想い)

 

 再び轟が蒼天を仰いだ時には、夥しい炎が彼の左半身から発せられていた。

 

『これは―――……!?』

 

 驚いたようなプレゼント・マイクの声が響く。それは彼のみならず、このスタジアム全体に居る者達に共通する感想であった。

 

「勝ちてえくせに……ちくしょう……敵に塩送るなんてどっちがフザけてるって話だ……」

「……凄」

「俺だって……ヒーローに!!」

 

 

 

 緑谷出久という男から放たれた熱は、確りと轟焦凍という男の心に伝播し、十年に渡る決意を溶かしてみせた。

 空に立ち上る紅蓮の炎は、憎たらしいほどに澄み切った赤色で、ステージを染め上げている。

 

 猛々しく燃え盛る火炎を前に察した緑谷は、小細工は無意味だと悟り、腕と脚に100%の力を込める。

 次の瞬間、轟の踏み出した右脚から突き進む巨大な氷柱を飛び越えてきた緑谷が、相手の居る場所目がけて拳を振るった。

 同時に轟もまた、左手を翳し、あらんばかりの力で業火を繰り出す。

 

 

 

(緑谷……ありがとな)

 

 

 

 刹那、耳を劈き、空を突かんばかりの爆音が轟いた。

 立ち上る水蒸気に、弾け飛ぶステージのコンクリート片。濛々と立ち込める水蒸気に、両者がどのような状態になっているかも窺えない中、ズルりと人が地に落ちるような音が聞こえてきた。

 視界を覆う水蒸気の隙間から姿を覗かせたのは、腕と脚をズタボロにし、気を失っている緑谷の姿。彼はステージ外に吹き飛ばされ、あろうことかスタジアムの壁に叩き付けられていたのだ。

 

 それを、同じく爆風で吹き飛ばされた主審のミッドナイトが確認すれば、左半身がはだけた轟へ鞭を振り、高らかに声を上げた。

 

「緑谷くん、場外! 轟くん、決勝進出!!」

 

 決した勝敗に歓声を上げるスタジアム。

 以前であればなにも感じることはなかったであろう歓声だが、今の轟は、不思議とそれらを温かく感じるのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「Hmmm……」

 

 控室でうろちょろと歩き回る一人の男。

 他でもない、熾念だ。

 爆豪との準決勝に備えて控室に待機しているのだが、緑谷VS轟の試合でステージが半壊したため、現在ステージの補修作業の真っただ中であり、直るまで待たされている状況である。

 

(次は勝己かぁ……)

 

 正直、戦いたくない相手の一人だ。

 実力もさることながら、『爆破』という“個性”が如何せん気の進まない要因となっている。

 

 熾念は火がトラウマ。

 

 つまり、掌から爆炎を放つ爆豪とは相性最悪なのだ。

 

(落ち着かないな。出久のとこに見舞いにでも行くか?)

 

 轟との試合直後、襤褸雑巾のような状態になった緑谷は、現在リカバリーガールの出張保健所で治療を受けている。

 他の者達も既に見舞いには行っているだろうが、自分は次の試合があるからと、彼の下へ行くことを控えた。しかし、ここまでヒマで尚且つ精神が落ち着かないとなると、気を紛らわせるためにどこかへ赴きたくなる。

 

 元々落ち着きのない人間なのだ。尚更である。

 

『そろそろ補修作業終わるぜ!? てめーら、便所は済ませたか!?』

「げッ……もう?」

 

 スタジアム内アナウンスで、もうすぐ作業が終わることが告げられ、これでは緑谷の見舞いにいけないことを悟った熾念は深い溜め息を吐く。

 

(そろそろ入場口―――)

「おーい、居るかー?」

「ぶッ」

 

 扉の前に立った瞬間、部屋に向かって開かれた扉が熾念にぶつかる。

 

「~~~……ッ!」

「いッ!? 悪い! 大丈夫か!?」

「只でさえ今日の鼻の血管は弱まってるってのに……」

 

 プルプルと鼻を抑えて蹲る熾念は、扉を開けて入ってきた拳藤を見上げた。

 まさか扉の真ん前に立っているとは思わず勢いよく開けてしまった彼女は、開始前から幼馴染の体力を削ってしまったことに慌てふためいている。

 

「No problem……それより、なんか用あって来たんだよな?」

「そりゃあ、まあ。暇だったし」

「暇て……」

「嘘だよ。次の相手、爆豪って奴だろ? 火ィ苦手なおまえを励まそうと思ってさ」

「Thanks。差し入れにサイダーがあったら完璧だったなッ」

「調子のんな、生意気」

「Sorry」

 

 火が苦手なことは彼女も既知の事実。なんせ、小さい頃はよく花火をしたものだが、熾念は線香花火でもビビっていた男なのだ。

 幼少期はよくそのことを弄られていたが、トラウマになった経緯を聞いてからは一切ネタにするような真似はしていない。その辺り、彼女の人間性というものができているのが窺える。

 

 そんな彼女が控室までやって来て、熾念に送りたかった言葉は―――

 

「頑張れよな」

 

 屈託のない笑みで放つ、シンプルな応援。

 あまりの眩しさに、熾念の顔は紅潮してしまう。

 

「ん」

「お、どした!? 急に唯みたいに……」

「ん、なんでもない」

「そ……そか。じゃあ、今の内に入場口に行って準備しとけよ?」

「ん」

 

 ニヤケを押さえる為に口を堅く一文字に結んだことから、返事は『ん』しか用いることができない。

 

 そんな彼が相対すのは、実技入試にて同率一位であった猛者・爆豪勝己。

 彼等が繰り広げるは、爆炎と念動波が飛び交う熾烈な戦い。

 

 ()にとってもまた、これは乗り越えるべき戦いであったのだ。

 





前話のあとがきに『柳レイ子 チア姿』を載せました。
銀髪で片眼隠す女の子、かわいいです。

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