Peace Maker   作:柴猫侍

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№22 揃うベスト4

 興奮冷めやらぬ中、第二回戦へと移っていく雄英体育祭の最終種目。

 第二回戦は飯田との激戦を勝ち抜いた緑谷と、B組の熱血漢・鉄哲になにもさせずして勝ち抜いた普通科の男子生徒心操の試合だ。

 

 フィジカルで言えば、緑谷が圧倒的に有利な組み合わせ。

 しかし、ことはそう易々と進むことはなかった。

 

「相手を操る“個性”?」

「Mind controlみたいなもんか」

「ああ、俺も騎馬戦の時にやられてたみたいでさ……折角忠告したってのに!」

 

 切島と熾念が、尾白が推測している心操の“個性”に口を合わせる。

 彼曰く、心操の問いかけに答えた瞬間に発動するというギミックを経て、相手を洗脳するというものらしい。ほぼ初見殺しの“個性”であり、どの程度制約があるかは分からないものの、対人戦闘に関しては非常に強力なものだと言えよう。

 

「あと何で切島、学ラン姿なんだ?」

「済まん、あんまり訊かないでくれ! 麗日が落ち込むから!」

 

 流れで切島の服装に付いて問いかける尾白。

 そう、今の切島は何故か、応援団長が来ていそうな長ランにハチマキ姿という、体操服を着ている者達の中ではひときわ目立つ格好であった。

 敗退した故、以後はクラスメイトの応援に徹したいと言う切島の希望から、汚れた上着の代わりに八百万に作ってもらった服装なのだが、はっきり言えば場違いだ。非常に似合うが。

 

 ……と、こうしている間にも心操の“個性”を喰らってしまった緑谷は、ゆっくりと場外へ向かって歩み進めている。

 

 しかし、ソレは突然だった。

 

 空気の壁を破るような爆音が轟いたかと思えば、場外のライン間際で我に返った緑谷が、ボロボロになった左手の指を抑えつつ、心操へ体を向けるではないか。

 

『―――これは、緑谷!! とどまったああ!!?』

 

 入学当初に見せていた超パワー。久しく見ていなかったが、この場面では『洗脳』を解く為に、敢て超パワーを放った―――否、暴発させたのだろう。

 

「すげえ……無茶を……!」

 

 単純な驚嘆と、その無茶苦茶な洗脳解除方法に呆れたような口ぶりの尾白。

 その後の展開は、飯田戦と同じく速いものであった。フルカウルを発動した緑谷が心操に接近し、指二本が骨折している状態でも相手を翻弄し、強引に己より上背のある心操を投げ飛ばしたのだ。

 途中、心操が必死となって何かを叫んでいたが、緑谷はただ歯を食いしばって進むだけ。

 最後に気合いの一喝を咆えただけで、とうとう応えることはしなかった。

 

「心操くん場外! 緑谷くん、三回戦進出!」

「すげえな、緑谷! 体育祭になってからエンジンかかってやがる!」

「Toot♪ Bravo! やったな、出久!」

 

 再び勝利を勝ち取った緑谷へ、クラスメイトは惜しみない賞賛を送る。一部、気に入らない者もいるようだが、会場全体を包み込む声援に比べれば些細なことだ。

 しかし、勝者である緑谷はどこか浮かない顔である。

 

「……心操くんは、なんでヒーローに……」

「憧れちまったもんは仕方ないだろ」

 

 各所で鳴り響く拍手の中、ひときわ目立つ悲しそうな声。

 どことない共感を覚えた緑谷は、一歩踏み出し、一瞬逡巡した後に立ち去っていく心操に声を掛けた。

 

「―――ありがとう、心操くん」

「……は?」

「本音ぶつけてくれたから……僕は、次も頑張れる気がするんだ」

「何言って……」

 

 心操からしてみれば意味不明な緑谷の言葉。

 訝しげな表情の心操は、隈の濃い目で力強い瞳で見つめてくれる緑谷を見遣った。

 

「恵まれたってのも分かるんだ。誂え向きだってことも……痛いくらい分かる! でも、逆に考えれば君から見た僕の“個性”が、そのくらい凄いように見えたってことでしょ?」

「……」

「だったら僕は……そんな君の期待に応えたい。期待っていうのは他人からかけられるものだから、かけられた分には応えたいんだ。だから僕は、君の期待にも応える。次の試合も頑張るよ。今は……頑張れるって思えるんだ」

「……おまえさ」

 

 不信のような視線を遣っていた心操が、ふぅと溜め息を吐いて、苦笑いを浮かべる。

 

「よく変な奴って言われないか?」

「それはッ、えっと……言われるかもしれない」

 

 心操の言葉にウッと呻く緑谷は、自身に変人的な一面があることを否定できずに顔を歪める。

 

「まあ……くれぐれも、みっともない負け方はしないでくれよ。そんな勝手な自覚があるんならな」

「……うん! あッ」

 

 威勢よく返事したのはいいものの、からかうように“個性”を用いた心操によって再び洗脳されてしまう。

 

「フツー構えるんだけどな、俺と話す奴は。そんなんじゃ、すぐ足掬われるぞ?」

「……ッうん! あッ」

「……」

 

 天丼だ。

 流石に心操も呆れた表情を浮かべることしかできない。

 

 こうして第二回戦第一試合は幕を下ろすのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 第二試合は、蛙吹を大氷壁で凍えさせることで勝利を掴んだ轟と、発目にいいように弄ばれた瀬呂の試合であった。

 “個性”の強力さで言えば轟が圧倒的。

 だからこそ瀬呂は、開始直後に『テープ』の“個性”で轟を巻きつけ、不意打ち気味に場外を狙った。

 

 しかし、轟もそう甘くはない。

 

 巻きつけられたテープを瞬時に凍らせ、そのまま自前の筋力で砕きながら自身の右側にストッパー代わりに人一人分を受け止められる氷壁を生み出す。

 

「凄い……氷結の扱いが繊細だ」

「範太のテープを無力化しつつ、万が一に備えて壁も作る。Hmmm……横にも氷結の指向性を持たせられるのか」

「だけど、あくまで左右に関しては右だけだと思う。あくまで触れてなければある程度の氷壁は生み出せないと思うから」

 

 二人の戦いを観戦する緑谷と熾念は、轟の“個性”についての考察を互いに語り合う。一度屋内対人訓練で戦っているだけあって、彼の氷結の凄まじさは身に染みて覚えている。

 物理攻撃を主体とするものであれば、為す術なく敗北することだろう。

 現在行われている轟VS瀬呂の試合も、前者の勝利が濃厚だ。……瀬呂には申し訳ない気分になるが。

 

 この試合で勝った方が、次の自分の試合の相手となるだけあって、緑谷はいつも以上に真剣な態度で試合を眺めている。

 

「左右に関して右にしか指向性を持たせられないなら、僕はどうすればいい? 轟くんに対して反時計回りに動くのが一番だろうけど、蛙吹さんの時に見せた大氷壁はとても避けられるものじゃない。回避と迎撃の兼ね合い……ここが勝敗の要になってくる筈だ。それを見極めるにはどうすればいい……はッ、足か! 接地している足の氷結を見ればある程度は見極められるだろうけど……いや、でも危険過ぎる。あれだけ繊細に“個性”を扱えるんだ。フェイントなんてお手の物じゃないか。だったら、轟くんの“個性”のデメリットを―――」

「怖いわ、緑谷ちゃん」

 

 書き止めるペンの芯が折れそうな勢いで自分の考えをノートにまとめる姿は、狂気そのもの。若干名引いている中、臆することなく蛙吹がそんな緑谷を窘める。

 ハッとした緑谷が周りを見渡せば、苦笑いしているもの、彼の呟きに苛立っている者など、反応が様々なのが窺えた。

 

「ご、ごめん皆!」

「デクくん、勉強熱心だね」

「いやぁ、これはなんて言うか趣味みたいなものだから……」

 

 興味津々に緑谷のノートを覗き込む麗日。余りの女子との近さに、ペンを走らせるのも止まって赤面する緑谷は、『あははッ』と誤魔化すようにはにかむ。

 

「ちきしょう……切島はあの麗日ボディを……! 試合だったらオイラもオッケーなのか?」

「ダメだわ。下心丸出しだから」

「クッソー!」

 

 麗日と親密な雰囲気を醸し出す緑谷と、あの我儘な身体に抱き着いた切島のことを思って憤慨する峰田であったが、蛙吹の言葉に一蹴されてがっくりと肩を下ろした。

 

 閑話休題。

 

 そうこうしている内にも、轟たちの試合は進む。

 次々と放たれる瀬呂のテープを掻い潜る轟は、ふと一本のテープを掴みとり、そこからテープの凍結を開始していく。

 このままでは凍らされる! そう考えた瀬呂は咄嗟に凍結途中のテープを切り離すが、それは轟の作戦の内だった。切り離され、寒冷地域で振り回したタオルのように一直線に固まっているテープを、すぐさま投擲する轟。

 

「おわぁッ!?」

 

 思わず腕で防いだ瀬呂だが、それが運の尽きであった。

 視界を遮った一瞬の隙に、轟の氷結が地面を爬行する。すれば、あっという間に氷結は瀬呂の脚を地に縫い付けていき―――

 

「さ、寒ィ……!」

「範囲攻撃ばっかりだったからな。今みてえな小細工は頭から抜けてたろ」

「瀬呂くん、行動不能! 轟くん、三回戦進出!」

 

 氷の槍の投擲で作った隙に、相手を拘束。

 轟にしか為し得なさそうな技で敗北した瀬呂は、悔しさと寒さに身を震わせる。

 

「瀬呂ォ―――! どんまーい!!」

「どーんまい! どーんまい!」

 

 切島応援団長を筆頭に、再び始まるどんまいコール。やられる側として余り嬉しくはないだろうが、そう言わざるを得ない戦績だ。

 

「っと! ここで観戦してる場合じゃないな。次俺か」

「あッ、波動くん。えっと、確かB組の人とだよね?」

「Yeah。髪の毛がツルの子だなッ。結構カワイイ感じの」

「え……でも、実力は本物だよ。障害物競争は5位で、芦戸さんも防戦一方になるくらい手数も多い。シンリンカムイと同じ感じの拘束系の“個性”だよ。捕まったら、とてもじゃないけど……」

「All right! 言われなくても頑張るさ。なんだったら、出久も鋭児郎みたいに学ラン姿で応援しといてくれ」

「そ、それは……」

「Jokeさ、Joke。じゃ、行ってくるぜ~♪」

 

 第三試合に向けて席を離れる熾念は、緑谷に軽口を叩きながら通路の方へ向かっていく。

 

「ははッ、緊張感がないというかなんというか……」

「波動ちゃんらしいわ」

 

 一回戦の時、芦戸が塩崎に負けた際、隣に陣取っているB組から物間という男子生徒が『あれあれー!? A組はB組より優秀な筈なのにおっかしいな~、ハハハ!』と通路を隔てる壁に張り付いてやって来た光景を思い出す緑谷。熾念が負ければ、またあの光景を見ることとなってしまうのだろうか。そう思うと、若干であるが熾念に是非とも勝利して欲しいという感情が高まる。

 

(そう言えば、物間くんが拳藤さんに手刀された時に波動くん顔蒼くしてたけど……なにかあったのかな?)

 

 煽りに来た物間を拳藤が手刀で窘めたのだが、その際に熾念はいつになく神妙な面持ちで冷や汗を垂らしていた。

 当事者しか知らぬ思い出ではあるが、それほどまでに普段垣間見えない表情の印象は凄まじいものであったのだ。

 

 

 

 ☮

 

 

 

『チャッチャと次いくぜ! B組の期待を背負って立つ塩崎茨! 対、A組が送るサイキックボーイ、波動熾念!』

 

 相対す選手二名。

 B組の中で唯一最終種目に生き残っている塩崎は、並々ならぬ思いでこの場に立っていることだろう。しかし、熾念の勝ちたいという思いは勝るとも劣らない。

 神妙な面持ちの塩崎と不敵な笑みを浮かべる熾念は、共に闘志を宿した瞳で相手を捉える。

 

『START!!!』

「まずはッ……!」

 

 先手を取ったのは塩崎だ。

 そのツルの髪を十数本という単位で蠢かせ、熾念の下へ奔らせる。

 

「Huh、簡単には捕まるつもりはないぜ!」

 

 しかし、すかさず掌を翳した熾念が念動波を奔らせ、自分へ襲いかかってくるツルを念動力で逸らしてみせる。

 的を射ることなく熾念の横を通り過ぎていく己のツルを目の当たりにした塩崎は、眉間に皺を寄せつつ、『なら……』と今度は徐に背中を見せた。

 

 女の命とも言われる髪―――彼女にしていれば、髪は剣にも盾にもなり得る。束になったツルの髪をコンクリートのステージに突き立てれば、地鳴りのような重低音が鳴り響き始め、同時に震動が熾念の足元へ伝わってきた。

 

「ッ……うぉっと!」

 

 危険を察知した熾念が念動力を用いてその場から飛び退けば、コンクリートの破片を撒き散らしながら、極太のツルの束が地を割って姿を現した。

 回避していなければ、今頃あのツルに掴まって身動きがとれなくなっていたことだろう。

 

「お返しだ!」

「やらせません!」

 

 意趣返しとばかりに、今度は塩崎本体を念動力で動かそうと試みる熾念。

 だが、塩崎は咄嗟に攻撃に用いていたツルを切り離し、新たなツルを地面に潜り込ませ、盾となるツルの壁を自身の前に展開した。

 

「Tsk!」

 

 その光景に歯噛みする。

 熾念の“個性”は遮蔽物があると、極端に念動力の力が弱まってしまうのだ。あれでは塩崎を持ち上げることができるとは思えない。

 

(しかも、ツルと本体が繋がってるときた。引っこ抜くっていうのも難しそうだな……)

 

 一旦“個性”の発動を止める熾念は、インターバルを挟みながら打開策を発案しようと思慮を巡らせる。

 塩崎のツルはトゲがあることから、地面から引き抜く場合にトゲが釣り針などのかえしと同じ役割を果たす。以前、自主練で行った木を引き抜く時よりも力が必要となるかもしれないのだ。そうするとなると、流石に弱体化した念動力では塩崎を動かせない。

 

「どう! しよっ! かな! っとぁ!」

『塩崎強い! 一回戦で相手になにもさせず勝利した波動に対し、攻めに攻めて攻めまくる! 攻撃は最大の防御たぁこのことだ!!』

『“個性”を使いこなしてるな。なにかやられる前に、まず何をするかって考えさせる時間を与えねえ算段での猛攻。戦いじゃ重要だな』

 

 次々と地面を割って出現するツルの束を、軽快なバク転で次々と躱していく。

 無数にそびえ立つ捩れたツルの塔は、確実にステージのオブジェクトとして、熾念の“個性”が不利な状況を造り上げていく。

 

(持久戦は不利だな……なら!)

 

 足元の地表に罅が入ったのを見計らい、熾念は己の体に念動波を纏わせる。

 すると足が地から離れ、凄まじい速度で飛び立ち、ツルの裏に隠れているであろう塩崎の下へ飛翔していった。

 

『波動、攻めに転じたぁ―――! イケるかァ!?』

 

 プレゼント・マイクの実況が空気を震わせる中、熾念は全身に風を浴びながら塩崎の背後へ回り込んだ。

 

「よし!」

「そこッ!」

「いッ!?」

 

 だが、逆にそのタイミングに合わせて塩崎が、回り込んだ熾念目がけてツルを向かわせた。

蛇の如くのたうつように向かってくるツルの内、一本が熾念の頬を掠り、鮮血が宙を舞う。ジクリと痛み頬に、思わず顔は歪む。しかし、今まさに自分を傷付けたツルを掴みとった熾念が、力任せにそれを己の下へ引き寄せた。

 

―――このまま引き寄せることができれば、念動力を用いて場外を狙えるかもしれない。

 

 反射的に出た行動であったが、ツル()を掴まれた塩崎は若干の焦燥を顔に浮かばせ、即座に握られたツルを自ら切り離した。

 

「おわっ!?」

 

 引っ張る際に生じていた抵抗力が突如として無くなったことに、思わず熾念は体勢を崩してしまう。その隙をつけ入るように再び撓るツルが襲いかかってくるが、目まぐるしい状況の変化の中でも思考を止めない熾念が、紙一重の所で塩崎のツルから逃れる。

 厳しい体勢の中の回避。ロクな受け身もとれず、固い地面に身体を打ち付けるような形で着地する彼の鼻からは、赤い雫がゆっくりと零れ落ちた。

 

「Phew……可愛い顔して攻めが激しいな。嫌いじゃないぜ、そういうの」

「? 有難う御座います」

 

 危ない会話だ。

 別にR18的な意味合いで言っている訳ではない熾念に対し、塩崎は単純に自身の攻めを褒められているものだと考え、至極大真面目な顔で礼を述べる。

 軽口を叩いてみせる熾念の状況は芳しくない。頬の傷口を手の甲で拭えば、赤い染みが顔を赤く染めあげる。

 

(今日、予選から“個性”使いっぱなしだからな……思ったよりタイムリミットの上限が……!)

 

 『念動力』の発動制限時間は十秒強。使えば使うほど、脳を中心に特殊な熱が籠ってしまうため、長丁場となれば自然と制限時間の上限が少なくなってしまう。

 今の肉迫に用いた時間は約七秒。にも拘わらず、制限時間を超えた時の反動である鼻血が流れてきてしまっている。

 

(どうしたモンか……ん? そう言えば)

 

 ふと自分が手にしているツルに目を向け、塩崎の背後に回り込んだ時のことを思い出す熾念。

 

(あのツルっていちいち切り離しているのか。だったら、あっちゃこっちゃのツルは全部切り離されてる……お?)

 

 閃きが頭に浮かぶ。

 遮蔽物の先でツルを地面に突き立てている塩崎を動かすことは至難の業だが、既に切り離されているツルであれば話は別だ。少し念動力をかければ、引き抜くことは容易いとまではいかないが可能の筈。

 

(ツルの壁で身を守ってるみたいだけど、こっち見えるだけの隙間はあるってことだな。なら……!)

 

 垂れる鼻血を拭い、再び瞳に淡い緑色の光を宿らせる。

 徐に飛翔した熾念は、自身を狙うように突き出てきたツルをクルリと躱し、そのまま別の場所でそびえ立つツルを力の限り引き抜いた。

 

「なにを……!?」

「こうするの……さっ!」

「―――!」

 

 巨大な柱となってそびえていたツルを引き抜いた熾念は、それを塩崎の身を守るツルの壁目がけて放り投げてみせた。

 ツルと言えどかなりの大きさ。塩崎の盾に衝突したツルの塊は、鈍い音を響かせた後も中々地面に落ちることなく、盾に引っかかり続ける。

 

(はっ……引っかかって!? これでは彼の姿が……!)

 

 攻撃に出る為に必要だった視界を潰され、思わず塩崎は苦虫を噛み潰したような顔となる。

 

―――どこから来る!?

 

 そう考えた時には、既に塩崎は背後へ体を向けていた。

 

「Hello♪」

「えっ」

 

 思わず、塩崎の体が固まる。

 何故なら、今まさに自分の下へ向かっているであろう男子生徒の顔が、自身の眼前に存在していたのだから。しかも、胡坐をかきながら逆様に浮かぶという状態で……。

 

「くっ!」

「Oops! 危ない危ない、っと……HAHA!」

 

 すかさず迎撃に入る塩崎だが、予見していた熾念は翻るように後ろへ下がり、塩崎のツルから逃れる。

 陽気に笑ってみせる熾念は、ツルから逃れた後に逆様から元通りになり、宙に立つようにとどまった。

 

「シャンプー、『Lady Hair』使ってる? ウチのねえちゃんと一緒の香りしたからさ」

「今は関係……ありませんッ!」

「そりゃまあそうだな。じゃあ……Checkmateだ」

「え……きゃあ!?」

 

 再びツルを向かわせようとした塩崎であったが、自身の体がグンと前方へ引っ張られる感覚に従い、熾念が浮かんでいる側―――場外へと引き摺られた。

 体を締め付けるような感覚に、なんとか振り払おうと試みるものの、念動力などでは感じることなどできなさそうな物理的な鋭い痛みに怯んでしまい、為す術なくステージの外へと放り出されてしまう。

 

「ひゃん!」

 

 地面が眼前に迫ることにより可愛らしい悲鳴を上げるも、即座に念動力で一瞬浮かして勢いを殺されてから、優しいタッチで地面に下ろされた。

 

「塩崎さん、場外!! 波動くん、三回戦進出!!」

「HAHA! Hey, girl。リクエストがあるなら、また遊んでやるぜッ♪」

「くぅっ……一体なにが……ん?」

 

 なにが起こったのかも分からぬまま敗北した塩崎は、苦心に満ちた表情で己の胴を確認する。すると視界に入ったのは、他でもない塩崎の“個性”で作られたツルであった。

 これまた丁寧にリボン結びにされているが、先程の念動力は塩崎ではなくこのツルを引っ張ったのだろう。だからこそ、ツルに生えているトゲが体に食い込み、得体の知れない痛みで塩崎の判断を鈍らせることに成功したという訳だ。

 

()に気ィとられて、這わせたツル()に気付かなかったろ?」

「成程……これは一本とられてしまいました」

「縛ったツルが一本なだけに?」

「っ……そ、そんなつもりは……!」

「HAHA!」

 

 自分の考えが至らなかった所で偶然駄洒落になってしまった。しかも、使ったツルが一本というだけではなく、所持するに至った経緯が彼女から採った物でもある為、意外に二重に掛かっている駄洒落であったのだ。それを指摘され、あたふたとした様子で否定する塩崎。先程までの冷静沈着さはどこへやら。可愛らしい姿だ。

 

『塩崎、惜しくも二回戦敗退! 個人的には勝って欲しかった! うん!』

『私情丸出しだな、おい』

 

 プレゼント・マイクの私情混じりの実況もほどほどに、試合を終えた選手たちはステージを後にする。

 

「鼻血が……」

 

 それでも熾念の鼻血が止まることはなかった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 第二回戦最後の試合は、これまた珍妙な組み合わせ―――爆豪VS麗日の試合であった。

 手加減など一切知らない暴君・爆豪の猛攻は、例え相手が女子であろうと緩むことはなく、『無重力』を行使する為に肉迫してくる麗日を迎撃する為に続けられた。

 途中、その余りの凶悪さに一部のプロからブーイングが飛んだが、それは担任である相澤に窘められ、以後も試合は続けられる。

 

 ボロボロになりながら、煤けながらも果敢に突撃を敢行する麗日は、試合途中、ステージ上空に溜めていた瓦礫を爆豪の下へ落とし、流星群の如き攻撃を繰り出す。

 しかし爆豪は、これを第一回戦でも見せた大火力で真正面から吹き飛ばし、麗日の秘策を見事打ち破った。

 

 秘策を破られ、一瞬挫けそうになる麗日。

 だが、それでも立ち上がり、爆豪の下へ特攻する―――が、

 

「麗日さん、行動不能! 爆豪くん、三回戦進出!」

 

 足がもつれて倒れ込んだ麗日に駆け寄ったミッドナイトが、虚ろな瞳を浮かべる麗日に行動不能の判定を下し、勝者は爆豪となった。

 

「麗日さん……」

「チャコチャ……流星群……よしッ」

「……波動くん? どうかした?」

「いんや、なんでもないぜ」

 

 互いに全力を尽くした試合とは言え、形容し難い気まずさを覚える中、何かを決意したように呟く熾念に緑谷は怪訝な表情を浮かべた。だが、熾念は彼の問いをはぐらかし、緑谷の肩に手を置く。

 

準決勝(セミファイナル)、頑張れよっ」

「……うん!」

 

 力強く頷く緑谷。

 彼の次の相手は轟だ。勝ち残った四人の中でも、優勝候補と言うべき男。緊張するなという方が無理な話ではあるが、それでも声援を送らずには居られない。

 そんな熾念の激励を受けた緑谷は、颯爽と席を後にして控室へ向かう。

 

 

 

 勝ち残った四人。

 互いの胸に抱く想いは違えど、目指す場所は同じ。

 

 

 

 着々と、終幕は近付いているのであった。

 




前話のあとがきに『小大唯 チア姿』を載せました



【挿絵表示】

↑柳レイ子 チア姿

公式小説第二巻の女子会にて、挿絵で省かれていた可哀そうな子です。

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