Peace Maker   作:柴猫侍

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№21 勝利へ足掻け

「オッケー、もうほぼ完成」

『サンキュー、セメントス!』

 

 大量のコンクリートで大きなバトルステージを形成するのは、雄英教師のセメントス。

 “個性”の『セメント』で、触れたコンクリートを粘土のように自由自在に操る彼だからこそできる芸当だ。

 そんな彼の仕事を労うプレゼント・マイクは、会場全体に轟く声を張り上げ、最終種目の開始を口にする。

 

『ヘイガイズ、アァユゥレディ!? 色々やってきましたが、結局これだぜガチンコ勝負!! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな!! 心・技・体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!』

 

 湧き上がる歓声と、ステージの四つ角から噴き上がる紅蓮の炎は、この体育祭の熱気そのものを体現していると言っても過言ではない。

 

『一回戦! 成績の割に何だその顔! ヒーロー科、緑谷出久!』

 

 会場全体が揺れる声援を背中に受けながら、入場口から出てくる男子生徒が二人。

 まずは障害物競走、騎馬戦共に一位を勝ち取った隠れた実力者である緑谷だ。外見の地味さは拭えないものの、それを補って余りある成績に、観客の期待も否応なしに高まっていく。

 

『対! ヒーロー家出身のエリート! ヒーロー科、飯田天哉!』

 

 一方、ガチガチに緊張した緑谷とは一味違う面持ちで入場してきたのは、兄にインゲニウムを持つ飯田だ。

 普段から真面目で固まった表情をしているが、今回は普段以上に神妙な面持ちである。

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする! あとは『まいった』とか言わせても勝ちのガチンコだ! ケガ上等! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから、道徳倫理は一旦捨ておけ!』

 

 だが、命に関わるような攻撃はセメントスや審判のミッドナイトが止めに入るとのこと。

 ヒーローは、敵を捕まえる為に拳を振るう者であり、敵を殺す為に拳を振るう訳ではない。

 それを再確認するかのようなプレゼント・マイクの言葉に何を思ったのか、緑谷は自身の握った拳を見つめる。

 

―――怖い時、不安な時こそ笑って臨むんだ!!

 

(分かってます、オールマイト。貴方の期待に応える為にも僕は……)

 

 入場口付近でオールマイトに告げられた激励を頭の中でリフレインさせる緑谷は、闘志に満ち溢れた飯田を前に気圧されることなく、グッと胸を張ってみせた。

 

(勝ちます!!)

 

『レディィィイ、START!!!』

 

「―――フルカウル!!」

 

 全身に伝播する熱を感じ取りながら、基本に忠実なフォームで走り迫る飯田を目で捉える。

 『エンジン』の“個性”を持つ飯田の走力は常人とは比べ物にならない。

 乗用車やバイクが突進してくる光景を錯覚しつつも、張り巡らせた感覚を尖らせて、飯田の攻撃に備えて身構える。

 

(やっぱり速い! フルカウル状態でも直線じゃあ速度で劣る筈だ……何より騎馬戦で見せた『レシプロバースト』は、僕じゃ完全に反応しきれない)

 

 やけにゆっくり感じる時間の流れの中で思慮を巡らせる緑谷は、事前にチャックを開けておいたジャージを靡かせながら、刻一刻と迫る飯田との接触の機会を図る。

 

 心臓が早鐘を打つ。

 掌が徐々に汗で湿る。

 緊張で喉が渇く。

 

 そして、飯田との距離があと数メートルまで迫ったところで、すぐさま動けるようにと足を踏み込んだ。

 

二次元(平面的)な動きじゃどうやっても負けるんだ……だったら!)

 

「はぁッ!!」

 

 顎を狙うように振り上げられた脚を辛うじて目で捉えた緑谷は、迫る蹴撃に臆することなく、寧ろ振り上げられた脚ともう片方の脚の間を縫うように潜り込む。

 

「くッ! 攻撃の隙を……だが!」

 

 股の間を潜り抜けられた飯田は、そのまま緑谷が居るであろう背後に向かい、即座に地に着ける足を変え、後ろ蹴りを繰り出した。

 

(居ない!?)

 

 しかし、ほぼノールックの後ろ蹴りは空を切るだけ。

 緑谷はどこだと焦燥を覚える飯田であったが、すぐに己にかかる影に気付き、空を見上げた。

 そこには、拳を振りかざそうとする緑谷の姿。

 

(かっちゃんやインゲニウムみたいな……三次元(立体的)な動きで翻弄する!!)

 

 緑谷が飯田戦に向けて講じた策―――それは奇しくも、飯田が情景を抱くヒーローであり実の兄でもあるインゲニウムであった。

 

「5%DETROIT……SMASH!!」

「うぐッ!?」

『いきなり顔面に決まったぁ―――!!』

 

 振りかざした拳は、飯田の顔面に突き刺さる。

 かけていた眼鏡のフレームは拉げ、カランカランと音を立てて顔から離れるように飛んで行った。

 顔面にキツイ一撃を見舞った飯田は、数歩よろめくように後退しながら、しゃがむようにして着地する緑谷を見据える。

 

 同時に、初戦から繰り広げられる白熱としたスピーディな勝負に、歓声もより一層熱さを増した。

 

 ターボヒーロー『インゲニウム』の“個性”は飯田と同じ。違う箇所を上げれば、エンジンがふくらはぎではなく腕に付いているということだ。

 彼はそれを生かし、市街地において建物の壁を蹴りつつ、腕のエンジンを吹かせて高所までスイスイと上っていく芸当をしてみせる。十年以上ヒーローについて研究している緑谷からすれば―――尚且つ友人の兄ということもあり、頭一つ分抜けるほどに情報収集に勤しむ、知識を得ることができた。

 

(『エンジン』の“個性”のメリットは直線移動の速さ……反面、小回りが利かない! その弱点を突いていけるように動いてみせたつもりだけど……)

 

 人間の目は、斜めの動きを追いにくい。そのことも考慮して、飯田の視界から外れて攻勢に出た。

 そして、自分と比べて非常にガタイが良い飯田が、たったの一撃でふらついている姿に緑谷は確信する。

 

(フルカウル……通用する!)

 

 数週間前に身に着けた付け焼刃ではあるが、効果はてきめん。

 

「流石だ、緑谷くん……」

「ッ!」

「やはり君は……俺の一手二手先を行っているみたいだ」

「そ、そんなつもりはないよ! でも、勝てるように全力は尽くしているつもりだよ、飯田くん!」

 

 口の端を切って血を流す飯田は、不敵な笑みを浮かべる。

 そんな彼の問いに若干戸惑いつつも応える緑谷は、依然フルカウルを維持したまま、次なる攻撃に身構えた。

 

「ああ、そうだ。この体育祭という場……誰もが皆、勝てるようにベストを尽くす」

 

 徐にクラウチングスタートの姿勢をとる飯田に、緑谷はゴクリと唾を飲み込んだ。

 次の瞬間、背筋が凍るような威圧感が緑谷を射抜く。

 

「だから俺も……全力を出そう!」

「ッ!」

「『レシプロバースト』!」

 

(はや)―――)

 

 刹那、飯田の姿が視界から消え失せたかと思えば、鈍い衝撃が腹部に広がるのを緑谷は感じ取った。

 

「かはッ……!」

 

 肺の空気を絞り出される緑谷は、飯田の蹴撃を目に捉えることができぬまま、襟を掴まれて引き摺られていく。

 

 飯田の狙いは場外。

 このまま緑谷をライン間際まで引き摺り、放り投げる算段を頭の中に描いている。

 

『おぉ―――っと、緑谷ぁ! さっきと一変、大ピンチじゃねえかァ!?』

レシプロバースト(アレ)はプロでも見切んのムズいだろうからな。速さは威力にも繋がる。喰らえばひとたまりもねえだろ』

『このまま終わっちまうのかァ!? それにしても速ェ―――!!』

 

 形勢が逆転した光景に、プレゼント・マイクと相澤の実況が会場に響き渡る。

 一方、飯田は自身の『レシプロバースト』のタイムリミットを懸念していた。

 

(エンジンが止まるまで約十秒! このまま場外まで運ぶには、時間は充分間に合い……)

 

 スッと、右腕から重量感が消え失せるのを感じ取った飯田は、反射的に振りかえって手の先に目を遣った。

 

「なッ!?」

 

 先程まで緑谷のジャージの襟を掴んでいた右手。そこには緑谷の本体はなく、主を失った上着が風に靡いている光景しか残っていなかった。

 

 本体は!?

 

 神隠しにあったように姿が消え失せた緑谷を探すべく、視線をステージ全体に奔らせる。

 

「げほッ……飯田くんがその技(レシプロバースト)を使ったら、決着を急ぐ筈だって予想は立ててた……!」

 

 やけに間近から聞こえる、せき込みながら発せられる声。

 声の下を辿るように瞳を動かせば、ほとんど飯田の懐と言ってもいい場所に緑谷が上半身肌着の姿で立っているのが見えた。

 

「短い時間しか保たなくて、その後はなにかしらのデメリットがある! なら、相手にダメージを蓄積させるより、場外にさせた方が戦術として理に適ってる! だから、もしもの時のことは考えてたッ!!」

 

 障害物競走において、飯田はレシプロバーストを使わなかった。

 理由はタイムリミットが十秒ほどと短く、発動後はエンストを起こしてしまうから。故に、長距離を走る障害物競走では使わないという判断に至った。

 

 それが巡り巡って、緑谷の洞察力を駆り立てたのだ。

 

 レシプロバーストを発動させれば、飯田は積極的に場外を狙って来る。蹴りのみで場外を狙うのは難しい。であれば、相手の体や服を掴んで引き摺る行動に出るのが妥当だ。元々屈強な肉体を持つ飯田であれば、自分を引き摺ることなど造作でもない。

 その時の為に事前に用意できた策と言えば、上半身の服を掴まれた際にすぐさま脱げるようにと、チャックを開けることであった。

 今回は、偶然にも飯田がその上着を掴んでくれた為に、対処することも早く、尚且つ不意を突けるよう潜り込むこともできたのだ。

 

―――この距離なら、蹴りは喰らわない!

 

 ライン際の攻防。

 刹那の思考から引き出した緑谷は、飯田の胴体を張り手のように叩き付け、そのままステージ外へ向けて腕を振るった。

 

「5%……」

「しまッ―――」

DELAWARE(デラウェア) DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)!!!」

 

 ブオン、と浮かぶ飯田の体。

 上背のある彼が地上から二メートルを超える高さまで浮かび上がり、その後に鈍い音を響かせて地上に墜落する光景に、誰もが息を飲んだ。

 

「―――飯田くん、場外!!」

 

 セメントスの造り上げたステージの外に転がる飯田。

 誰が見ても、緑谷の勝利は明らかであった。

 

「緑谷くん、二回戦進出!!」

 

 ミッドナイトが、軍配代わりに手に携える鞭を緑谷が入場してきた入口の方へ掲げる。

 

『二回戦進出!! 緑谷出久―――!! IYAHA(イヤハ)、緒戦に相応しい迫力ある肉弾戦だったな! 両者の健闘を称えて、クラップユアハンズだ!!』

 

 プレゼント・マイクの煽りを受け、勝者である緑谷と地に伏せる飯田へ向けて拍手が送られる。

 

「飯田くん、大丈夫!? 思いっきし突き飛ばしちゃったけど……」

 

 そんな彼等を余所に、緑谷は心配した様子で壊れた眼鏡を拾い上げながら、飯田の下へ駆け寄っていく。

 

「っつぅ……ああ、心配しないでくれ。少し擦りむいただけだ。リカバリーガールの手にかかれば、すぐに治るだろう」

「よかったぁ~、結構高い所から落ちてたから……」

 

 敗北したというにも拘わらず清々しい微笑みを浮かべる飯田に、ホッと安堵の息を突いた緑谷は自然と右手を差し出した。

 『立てる?』と言わんばかりに差し出した手―――しかし、それを見た途端に飯田の眉間には皺が寄る。

 

「……余り不用意に、敗者に勝者が手を差し伸べるものじゃないぞ、緑谷くん」

「えっ!? そ、そうかな……ゴメン。気に障ったかな?」

「これが爆豪くんだったらどうするんだい?」

「あぁ……それは、えーっと……」

 

 曇る緑谷の表情。

 飯田の言う通り、これが爆豪の場合であったらどうなるか。手を振り払うのみならず、『てめぇの助けなんざ必要ねえんだよ!』と怒鳴り散らすだろう。

 そう、人によっては勝者に手を差し伸べられることを良く思わない。勝者の余裕などと捉えられ、嫌味な行動にも見えてしまう可能性も無きにしも非ずなのだ。

 

 それを示唆された緑谷は、自身の行為が無神経であったことを自覚し、申し訳なさそうに俯いた。

 しかし、すぐさま飯田が表情を緩ませて緑谷の手を借りて立ち上がる。

 

「……だが、君のその無自覚の優しさというものが、ヒーローの本質なのかもしれないな。ありがとう、緑谷くん」

「あ、ううん! そんなっ! 僕が勝手に心配しただけだから……」

「この調子で二回戦以降も頑張ってくれたまえ! 俺も、以後はA組の皆の応援に精を出すとしよう!」

「飯田くん……」

 

 飯田が彼特有のカクカクな腕の動きを見せつつ自身の応援をしてくれていることに、胸の辺りがじんわりと温かくなるのを感じ取った緑谷。

 

 青春を謳歌する二人に、背後では頬を赤らめるミッドナイトが『キャー♡』と腰をくねらせていた。

 

 こうして、体育祭最終種目第一試合は、緑谷の勝利で幕を下ろす。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 第二試合の心操VS鉄哲の試合は、呆気ないものであった。

 勝とうと意気込む鉄哲であったが、開始数秒で心操の言葉を受けて憤慨。直後、ピタリと動きが止まり、後は心操の操り人形となって自ら場外となった。

 その後我に返った鉄哲は、気付かぬ内に敗北したことに地面を殴りつけながら涙を流し、最終種目から去る。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 轟と蛙吹による第三試合。

 

 広範囲に氷結を放てる轟が優勢かと思いきや、序盤は蛙の跳躍力を生かした蛙吹が轟の周囲を跳ねまわり、彼を翻弄することに成功していた。

 時折舌を伸ばし、そのまま体を捕まえて場外に投げ飛ばそうとする蛙吹。

 

 しかし、

 

「悪ィな」

「ケ、ろっ……」

 

 跳躍し、滞空している隙を狙った轟が、スタジアム外にまで伸びるほどの巨大な氷壁を繰り出し、蛙吹の体を捕まえるのであった。

 

「梅雨ちゃん、行動不能! 轟くん、二回戦進出!」

 

 氷結の余波で半身に霜が降りているミッドナイトは、震えた声で勝敗を口にする。

 一方轟は、氷に埋もれる蛙吹の下へ歩み寄っていた。

 

「……すまねえ、やり過ぎた。イラついてた」

 

 そう呟く轟は、左手で蛙吹を呑み込む氷を溶かしていく。

 

「ケロッ……轟ちゃん。蛙は変温動物だから、イライラしてるからって熱くし過ぎたら、私茹であがっちゃうわ」

「……本当か?」

「冗談よ」

「……そうか」

 

 軽いフロッグジョークを受けながら、淡々と氷を溶かす轟。

 気を遣われていると自覚しながら氷を溶かす彼の背中は、ひどく悲しげに見える―――緑谷はそう思ったのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 第四試合は、A組のガヤ担当である瀬呂と、サポート科で実力未知数の発目という女子生徒の戦いであった。

 苛烈……否、熾烈を極める戦いは、十分以上続くほどの激闘。

 何故ならば―――

 

「もう……思い残すことはありません」

「発目さん場外! 瀬呂くん、二回戦進出!」

「嬉しくねぇ~~~!!」

 

 瀬呂は延々と発目というサポート科のダークホースにいいように弄ばれ―――正確には、自身のサポートアイテムの宣伝に使われ―――良い所一つもなしに、相手が自ら場外するという形で勝利を掴んだのだ。いや、掴まされたという表現が正しいだろう。

 普通に敗北するよりも恥ずかしい勝利に、瀬呂は顔を抑えて悶絶する。

 

「ど、どんまーい……」

「どーんまい、どーんまい」

「Don’t mind!」

 

 そして沸き起こるどんまいコール。

 同情されるレベルでの弄ばれっぷりであった瀬呂は、轟とは違う意味の悲しさを背中に背負いつつ、ステージを後にした。

 

……この時彼は知らなかった。自分の次の試合でも、どんまいコールが起こるということを。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 第五試合は、A組切っての元気っ娘・芦戸と、慈愛に満ち溢れるB組の良心・塩崎のカード。

 

 序盤は、芦戸が“個性”の『酸』で塩崎に猛攻を加えていた。しかし、全て塩崎の造り上げる茨の壁に阻まれ、後半になるにつれてジリ貧になっていく。

 酸で器用に滑走するも、リヴァイアサンよろしくコンクリートの地面に罅を入れて迫ってくる無数の茨に、防戦一方となってしまう。

 

「そのまま捕まえちまえぇぇえ! 触手プレイだぁ!!」

「クソかよ」

 

 咆える峰田。

 罵倒する耳郎。

 

 そんな観客を余所に、なんとか逃げ続けていた芦戸であったが、とうとう逃げ場を失って塩崎の『ツル』に体を縛られ、あまつさえ吊るされてしまう。

 

「ふぇ~~~!」

「このまま続けましょうか?」

 

 そう言ってじりじりと詰め寄ってくる塩崎。

 

 塩崎 茨:個性『ツル』

 頭髪のツルは伸縮自在! 切り離すこともでき、しっかり水と日光を取っていればすぐに生えてくる! つまりハゲない!

 

 酸に対する皮膚の強度に限界がある芦戸と、この晴天の下で日光を補給し続けられる塩崎では、持久戦という点で塩崎に軍配が上がった。

 

「うぅ~、溶かせなくはないけど、それじゃ服も溶けちゃうよ~! ギブ~~~!」

 

 ツルを溶かすほどの溶解度の酸を出せば、専用の戦闘服でない体操服は跡形もなく溶けてしまう。それでは全国生中継で自分の全裸が晒されることとなるのだ。

 それを示唆してギブアップした芦戸。

 

「頑張れ芦戸ォ! Plus Ultraだぁ!! 乗り越えろォ!!」

「発言の魂胆丸見えだよ。クソ過ぎるだろ」

 

 観客席では彼女の健康ボディを観たい峰田が再び咆えるも、耳郎の『イヤホンジャック』の制裁を受け、ビクンビクンと痙攣して泡を吹いて気絶するに至った。

 

 こうして色々18禁スレスレとなった第五試合も、塩崎の勝利という形で無事幕を下ろす。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 第六試合は、誰もが認める優等生・八百万VS瀬呂に『Don’t mind』と叫んでいた熾念の試合だ。

 推薦入学した実力者と実技入試同率一位通過の試合とあって、観客の期待値はどんどん上昇していく。しかし、そんな注目されて居る中で八百万の表情は優れていなかった。

 

(波動さんの“個性”……『念動力』は危険過ぎますわ。訓練で何度も窺った“個性”の筈なのに、対抗策がまったく頭に浮かばない……!)

 

 焦燥。

 並大抵の量ではない知識を総動員させても浮かび上がらない熾念の対抗策は、確実に八百万の心を蝕んでいた。

 

(一応この距離なら“個性”の発動にもタイムラグが生じる筈ですが……なにを創造すれば最善なのでしょう? 攻撃する武器? それとも、防御の為の盾? いえ、視界を封じる閃光手榴弾や煙幕の類い? いいえ、念動力で体を浮かばされないように、足元を固定する道具?)

 

 分からない、分からない、分からない。

 ()()()()()()()()()()が分からない。

 

 轟や爆豪に比べ、『念動力』という不明確でありながらも強力な“個性”。前者らの“個性”であればまだ対抗できたかもしれない。

 強力であることは理解できているのに、それに対抗するだけの情報量が全く足りないのだ。

 

 自然と動悸が激しくなり、息も荒くなる。

 これまでは自身の知識でなんとか対抗策を講じてきたが、ここまで考えがまとまらないのは初めてかもしれない。

 

『START!』

「はっ……!」

 

 結局考えがまとまらぬまま始まりのゴングが鳴ってしまう。

 

(ここは一先ず、時間を稼げるように閃光手榴弾を……!)

 

 比較的創り慣れている閃光手榴弾で時間を稼ぐことを画策する八百万は、掌に閃光手榴弾を生み出し、そのまま熾念目がけて放り投げる。

 しかし、閃光手榴弾が炸裂するよりも早く、蛍が発するような幽玄な緑色の光に八百万の体は包まれた。それは閃光手榴弾も例外ではなく―――

 

「くっ!?」

 

 予想よりも放り投げた自分に近い距離で炸裂した閃光手榴弾に、八百万は次の一手に気が向いていた故に一瞬逡巡してしまい、反応が遅れ、結果的に光で目を潰されてしまう。

 そのまま体がフワリと浮かぶ感覚を覚えた八百万は、創造する間もなく柔らかい風を受けながら、ステージ外の地面にポスンと下ろされる。

 

「あ……」

「八百万さん場外! 波動くん、二回戦進出!」

「That was tight!」

 

 呆気にとられる八百万とは裏腹に、満面の笑みで指を鳴らし自身の勝利を喜ぶ熾念。

 

(単純に『念動力』で放り投げられるのでもなく、私がケガをしないように下ろして……つまり、波動さんにはそれだけ余裕が……)

 

 如実に現れた“個性”の相性。

 相性が悪かった―――言ってしまえば容易いが、それ以上に為す術なく敗北したという事実は、八百万に暗い影を落とすのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「お疲れ、波動くん。二回戦進出おめでとう!」

「Yeah! 出久もなっ」

 

 熾念は試合を終えた後、まっすぐ生徒のために用意されている席へ戻り、取っておいてもらった席に腰を下ろした。

 

「次は……勝己と電気か」

「うん。かっちゃんの“個性”は応用力もあって空中も移動できるから、この種目ではかなり強い“個性”だけど、上鳴くんの“個性”は『帯電』で、騎馬戦で見せた放電もある。いくらかっちゃんでも苦戦は必至だよ。爆破にも射程があるし、だからって近付きすぎたら上鳴くんの放電を真面に喰らっちゃう。速度でも爆撃と電撃じゃあ、電撃に軍配が上がるだろうから―――」

「All right。とりあえず、次の試合は結構接戦になるってことだな?」

「うん、多分ね」

 

 『将来の為のヒーロー分析 №13』と油性ペンで書かれている煤けたノートを一心不乱に捲る緑谷は、余りの饒舌さに引き気味になっている周囲の者達を余所目に、次の試合の勝敗について見解を述べる。

 

「はぁ……」

「どうしたの、響香ちゃん?」

「勝ち組の“個性”の試合観るってなると、なんだかなーって」

 

 溜め息を吐く耳郎は、ジト目で緑谷と話す熾念に視線を遣る。

 

「響香ちゃん、あんまりそう言うのはよろしくないと思うわ」

「あ、そういう訳じゃなくってさ。ほら、競技とか学校も考えてくれてるんだろうけど、しっかりアピールできる“個性”って結構限られるじゃん? そういう点で白黒つくなー、って。“個性”の相性もあるし……今の試合が良い例でしょ」

 

 なんとなしに婉曲した言い回しをするが、耳郎は八百万VS熾念の試合を示唆する。八百万の“個性”は万能といってもいいほど応用性に長けるが、如何せん相手が悪かった。

 折角自身をアピールできる場であるというのに、全力を出すこともできぬまま敗北するというのは、精神的にはかなり堪えるものだ。

 蛙吹は『そうね』と頬を指で突きながら、耳郎の言葉に応える。

 

「百ちゃんに関しては、クジ運が悪かったとしか言いようがないわね。試合のルールがルールだもの」

「触れずして動かす意思の力……なんたる万能“個性”」

「俺もだヨ!」

 

 蛙吹の言葉に反応する常闇、そして“個性”の黒影。

 自尊心が若干傷付けられて出てきた黒影であったが、そんな子どものような見栄を張る黒影にほんわかした芦戸と葉隠が、『愛いヤツめー!』と影である黒影を撫でまわす。

 八百万を心配する蛙吹。まだ八百万が観客席に戻ってくる気配はない。

 

「確かになー。俺みたいな単純な増強系じゃ、投げ飛ばされて終わりだからな……」

「その点、俺はまだ戦えるかもしんねえけどさ……轟とかに勝てるヴィジョンが見当たらねえよー!」

 

 熾念の『念動力』に、これまた深い溜め息を吐く砂藤。そしてウガー! と声を上げる瀬呂。

 このようにワイワイと盛り上がるA組の面々であるが、彼等の声を覆う形でプレゼント・マイクの声が轟き渡る。

 

『第七試合! スパーキングキリングボーイ! ヒーロー科、上鳴電気! 対、カタギの顔じゃねえ! 同じくヒーロー科、爆豪勝己!』

「お、始まるな。出久はどっちが勝つと思う?」

「うん、そうだなぁ……僕は―――」

 

 ステージに佇む級友の姿を見遣りながら、緑谷は顎に手を当てて、自身の推測を口にしようとする。

 同時に、ステージ上では上鳴がグッと身構え、爆豪も右手の掌を上鳴に向けた。

 

 

 

 

 

「―――かっちゃんが、初手で最大火力放って勝つ……と思う」

 

 

 

 

 

 直後、目を覆いたくなるような閃光がステージ上で爆ぜ、鼓膜をガンガンに揺らす爆音と爆風がスタジアム全体を煽っていく。

 焦げ臭さが鼻を突くなど、様々な不快な要素が立て続けに身に降りかかることで、観客席のほとんどが顔を歪める。

 

「~~~ッ……や、やっぱり……」

「Toot♪ こりゃあ派手な花火だな」

 

 苛烈な光が収まったのを機に瞼を開ける者達が目にしたのは、初期位置から全く動いていない爆豪と、ステージ外に吹き飛んで作画崩壊したようなアホ面を晒す上鳴の姿であった。

 

「うぇ……ウェイ」

「上鳴くん場外! 爆豪くん、二回戦進出!」

『瞬殺! あえてもう一度言おう、瞬・殺!!』

『お互いの“個性”を警戒した結果だろうな。ぶっちゃけ、必然的な結果だな』

『こいつはシヴィ―――!!』

 

 互いの“個性”を警戒した故の必然的な結果。それはつまり、相澤は元から上鳴の敗北を予想していたということになる。

 爆豪が得意とするのは、『爆破』を用いての三次元の動き。

 上鳴はそれを警戒し、近付こうと近付かなかろうと、初手に最大火力を放って爆豪の動きを封じようとする。

 さらに爆豪は、そんな上鳴の単純思考を鑑みて予想していた為に、近付かなくとも上鳴を倒せる手段―――最大火力で吹き飛ばし、場外を狙うという手段に出たのだ。

 

 上鳴が更にそれを警戒して身を伏せれば展開は変わったであろうが、試合開始直後に両者が“個性”を発動する素振りを見せた瞬間に、この試合の結果は決まったと言える。

 

(流石かっちゃんだ……準備に余念がない)

 

 あれだけの火力を出すには、爆豪はかなりウォーミングアップをして汗を搔いていたことになる。

 流石、貪欲なまでに勝利を渇望する男。手加減など無しに、全力で相手を叩き潰しに行った。

 

「緑谷、ちょっといいか」

「尾白くん? どうかしたの……?」

「ああ、次の対戦相手に関してなんだが」

「次……心操くんのこと?」

「そうだ。控室行くんだろ? 道すがら話すよ」

「あ、うん……」

 

 試合が終わり、そろそろ自分も控室に赴こうとした緑谷に対し、落ち着いた様子の尾白が声を掛け、そのまま緑谷を通路の方へ招いていく。

 背後からは『席とっとくからなー!』と陽気な熾念の声が響いてきた為、緑谷も軽く手を振りかえした後に、急いで尾白の後を追う。

 

(次は……切島くんと麗日さんの試合かぁ。どんな感じの試合か見たかったけど、家で録画してるし……)

 

 体は尾白の方を向いているが、少しだけ次の試合の対戦カードについて後ろ髪を引かれる気分の緑谷。

 

 第一回戦最終試合は、漢気の塊・切島VS麗らかの体現者・麗日の戦いだ。

 

(どっちが勝つんだろう……?)

 

 

 

 ☮

 

 

 

「こ、これは……!」

「なんつー……!」

 

 誰もが戦慄した。

 特に、峰田と上鳴が。

 

 猪突猛進な切島とガッツがある麗日の試合は、開始一分、両者は中々の接戦を繰り広げた。

 麗日の『無重力』を警戒した切島が、柄にもなく上着を盾にして麗日へ突進して行ったのだ。まるで闘牛士が牛に向かって靡かせるマントのように……

 

 いや、お前はマントに向かって突っ込む方じゃね?

 

 一部の人間が心の中でそう突っ込みつつ、切島が講じた策の行く末を見守った。

 『無重力』の発動条件は、麗日の指の肉球に触れること。なんとかして上着で麗日の腕を封じられれば、勝利の道筋が見える。

 そう考えて行った切島であったが、如何せん彼の思考回路がイケなかった。

 最善は、『硬化』した腕で麗日の顎を殴ってノックアウトさせることだっただろう。しかし、切島の漢気思考が、幾ら対戦相手だからと言って同級生の女子の顔面を殴ることを許さなかったのだ。

 

 よって、必然的に場外狙いの切島であったのだが、『上着を盾にしよう作戦』も大した効果を発することもなく、麗日に触れられてしまった。

 

 そこからだ。試合の展開が混沌を極めたのは。

 

 『無重力』になってしまった切島は、投げ飛ばされぬようにと近くにあった物にしがみついた―――そう、麗日の麗らかボディだ。

 

「「(ゆる)(せん)!!」」

 

 余りの羨ましさに血涙を流す馬鹿男子二名。女子たちはそんな彼らに軽蔑の目を向ける。

 

 閑話休題。

 

 羽交い絞めの形でしがみつく切島を振り放そうと奮闘する麗日であったが、ふとした瞬間に自身の体を肉球で触れてしまった。

 するとどうだ? 互いに無重力となってしまえば、後は地球の遠心力で上へ上へと上っていくばかりだ。

 

 あっという間にかなりの高さまで登ってしまう両者。

 悲劇はそれだけではない。麗日は、自身に対しての“個性”使用はかなりの負担となるのだ。主に、ゲロ的な意味で。

 

「おぇっ……あ、アカン、切島くん……わたっ……」

「わぁ―――!! 堪えろ、麗日!! このままじゃおめえの嘔吐姿が生中継されるぞ!! せめて地上に降りてからにしねえと、撒き散るぞォ!? ここは一先ず深呼吸だ!」

「ひっひっ、ふっ~~っ! ひっひっ、ふぅ~~っ!」

「ラマーズ法は止めろ!! 出るぞ!? 出ちまうぞ!?」

 

『……何してんだ、アイツら』

『オイオイ! このままじゃ生JKのゲロっちまう姿が映っちまうぞ!? 報道陣、キラキラのエフェクト準備しろォ―――!』

 

 実況席も大混乱だ。

 色々な要因から真っ青な顔で涙目の麗日。しかし、ここまでしても“個性”を解除せぬのは、両親の為である。

 稼ぎの少ない両親を早く楽させるためにも、プロヒーローの目に留まらなくてはならないのだ。

 

「ぷ……ぷるすうるとら……しなきゃ」

「胃の内容物がプルスウルトラ寸前だぞ!?」

「でも……もぅ、限か……」

 

 フッと、途端に地上に吸い込まれるような感覚を覚える切島。

 どうやら麗日が限界を超えて、“個性”が強制的に解除されてしまったようであり、現在進行形で数メートル下の地面まで真っ逆さまだ。

 

「がぁ―――ッ!!」

 

 気絶している麗日を羽交い絞めという形で抱きかかえる切島は、ほぼ反射的に『硬化』し、自身を下に位置取らせる。

 そして、そのまま場外の地面に叩き付けられるように、砂塵を巻き上げながら墜落した。

 

「……っでぇ! おい、大丈夫か麗日?」

「……はっ! 切島くん……わたしっ、うおぇっ……!」

「あ゛ぁぁああっ!! 麗日ぁああああ!!!」

 

 直後、セメントスによって二人の姿はコンクリートの壁で隠されたが、後々になって出てきた切島が上半身裸になり、麗日が延々と彼に謝罪する姿に、観客全員は彼がどうなったのかを察した。

 そしてビデオ判定の結果、先に場外したのは切島となり、勝者は麗日となる。

 

 しかし、彼の根性、漢気、勝敗よりも同級生の身を案じて咄嗟に庇う姿に、プロや学校の者達からの好感度や評価が上がったことを、ここに追記しておこう。

 




前話のあとがきに『割とノリノリでチアやってる塩崎』の挿絵を載せました。


【挿絵表示】

↑小大唯 チア姿

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