Peace Maker   作:柴猫侍

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№19 飛んで火にいる夏の虫

 順調に他のチームから逃れていた緑谷チームであったが、制限時間残り半分となったところで、轟チームが1000万Pを狙って襲来してきた。

 

「もっと後で来ると思ってたんだが……どうする、出久?」

「時間はもう半分! 足止めないでね! 襲ってくるのは―――」

 

 熾念の問いかけに、緑谷は轟の周囲から波のように押し寄せる他チームに目を遣った。

 

「一組だけじゃないよ!」

 

 峰田チームや葉隠チーム、更に拳藤やB組の男子を騎手とするチームも、緑谷及び轟チームのPを狙う。

 これでは混戦必至。

 『念動力』のインターバルを突かれ、ハチマキをかすめ取られるかもしれない。例え、蛙吹がサポートに回っても、合計五チームを一度に相手取るには、余りにも拙い状況だ。

 

 しかし、そんな状況をひっくり返すのは他でもない轟チームであった。

 徐に八百万の腕から鉄の棒が『創造』され、轟が右手でソレを受け取る。更に八百万が背中からも分厚いシートも生み出し、受け取った轟が自分の身を覆う。

 一体何をするかと思えば、緑谷があることに気が付き、ハッと顔を上げる。

 

「不味い、波動くん! すぐに僕らを浮かせ―――」

「遅ぇ」

 

 直後、轟チームを中心に電光が爆ぜる。

 BZZと音を響かせて宙を疾走する電撃は、周囲に居た者達を一掃するかのように襲いかかった。

 緑谷チームも例外ではなく、迫りよる電撃に為す術もなく喰らってしまい、止めてはならない足が痺れてしまい、その場から動けなくなってしまう。

 

 そこを見逃さない轟。

 すかさず八百万から受け取った鉄の棒を地面に擦るようにして、周囲の地面を氷結させていく。

 瞬く間に轟を中心に地表を凍てつかせた氷は、痺れて行動が不可能な者達の足を確実に縫い止める。

 

(こ、れじゃあ……!)

 

「悪ィな」

 

 130万Vの放電を真面に受け、視界が明滅する中、緑谷は肉迫してくる轟チームに為す術なく頭のハチマキを奪われてしまう。

 

『おぉ~~~っと!! ここまで1000万を守ってた緑谷が、轟に奪われる展開になりやがったぜぇ!!』

『轟は障害物競走で結構な数に避けられたのを省みてるな。上鳴の放電で確実に動きを止めてから凍らせた……流石と言うか……』

『ナイス解説! んでもって、緑谷は急転直下の0P!! まだ5分くらい残ってるが、このままじゃ危ねぇぞォ―――!』

 

 実況席で同期同士の教師が一連の流れを説明する内にも、1000万Pを奪った轟は、他のチームのハチマキも適度に奪いながら、颯爽と去っていった。

 

「さッ、流石にに電撃は防げなかたか……ッ!」

「だいじょ、ぶだよ皆な……! じかかんはまだあるるぅ……!」

 

 痺れで痙攣し、上手く呂律が回らない中で会話を交わす熾念と緑谷。

 一応、上鳴の電撃を防ぐべく『念動力』を発動しようと試みていた熾念であったが、如何せん電撃が早過ぎて電撃を逸らすことは不可能であったらしい。

 

「あ、ああ……そうだな。足以外凍らせてくれなかったことは幸いだったぜ……これなら出久は動ける!」

 

 しかし、不幸中の幸いと言うべきは、騎馬の動きは止められてしまったものの、騎手は依然として行動可能というところだ。

 万全を期すのであれば、熾念ごと緑谷を氷漬けにするのが正しい選択であっただろう。

 だが、これはあくまで体育祭。放っておけば凍った部分が壊死するような状態で、五分以上放置する訳にもいかない。だからといって律儀に炎で溶かしていれば、他のチームが轟のハチマキを狙うかもしれないのだ。

 

 となれば、騎馬の足だけを凍らせるという選択肢は、案外好手であったのかもしれない。

 

 それでも、緑谷が熾念と麗日の“個性”で動けることには変わりない。……現在は、電撃の余韻で動けるような状態ではないが。

 

「出久。動けるようになッたら言ってくれッ! アレやって、目に物見せてやろうぜッ、Huh!」

「うん! このまま……負けっぱなしじゃいられないよ!」

「……寒くて冬眠しそうだわ」

「「「梅雨ちゃん!!?」」」

 

 緑谷チーム、依然として行動不能。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「上鳴、まだ大丈夫だな?」

「おう……ウィける……」

「……」

 

 放電をかましたことで、アホになりかけている上鳴に一抹の不安を覚える轟。しかし、彼を自分のチームに招いたのも、先程緑谷から1000万Pを奪えたのも彼のお蔭である為、ここでどうこう言うつもりは轟には無かった。

 

「残り時間は少ない……このまま逃げ切ればイケますわ!」

「ああ! だが八百万くん、油断はしないで行くぞ!」

 

 迎撃役の上鳴と轟が言葉を交わしている間、防御・移動の補助役である八百万と騎馬の機動力源である飯田が、辺りを警戒するように忙しなく首を動かしている。

 そうこうしている内に、残り時間は一分。

 元々保持していたPに加え、緑谷から奪った1000万P。そして、一応奪ってきたハチマキを合わせて五つハチマキを有す轟たちは、既に勝ち抜きは決定しているようなものだ。

 

 だが、それを許さない者が一人居た。A組に住まう、クソを下水で煮込んだような性格をしている、勝利に貪欲な猛獣だ。

 

「とぉぉおおどぉぉおろぉおきぃいいいい!!!!」

「やっぱり来たか……上鳴!」

「うぇい!」

 

 獣に似た咆哮を上げる爆豪が、掌から爆炎を迸らせながら轟へ向かって飛翔してくるではないか。

 彼の首にぶら下がるハチマキは、完膚なきまでの一位を取る為に餌食となった哀れな者達の残骸と言ってもいいだろう。なにやら中盤でB組の騎馬相手に諍いがあったようにも見えたが、こうして来たことを鑑みるに、突っかかって来た相手は既に処理してきたようだ。

 

 となれば、1000万を奪うべく赴いたことには、何ら不審な点はない。

 

 BOOM! と爆炎を迸らせながら手を伸ばす爆豪。しかし、そう簡単に手渡す訳にもいかない轟たちは、上鳴の放電を以てして爆豪を迎撃しようとする。

 

「ちッ!! ッんのアホ面が!」

「ヒデェこと言いながら帰って行きやがった、アイツ!? なんだよ、メンタル攻撃もありなのかよ!?」

「我慢しろ、上鳴」

「轟、できればアホ面ってところを否定してくれ! メンタルブレイクしそうだうぇい!」

「……気にするな」

「いや、だから!」

 

 上鳴が放電の予備動作を見せたことにより、警戒して空中で後退した爆豪は、そのまま騎馬である瀬呂のテープによって回収されて騎馬と合流する。

 アホ面呼ばわりされた上鳴は、涙ながらに騎手の轟に訴えかけるも、仏頂面の轟はサラリと流すかのように応えるだけだ。しかも、轟以外のメンバーも試合に夢中となっており、上鳴の同情を求める声には一切応えない……正確には応える余裕がないだけだが。

 

 しかし、そんな挫けそうな上鳴を置いて、騎馬戦はフィナーレを迎えかけている。

 

 相対すのは、現在保持P一位の轟チームVS保持P二位の爆豪チーム。

 

『こりゃあ熱い展開だぜ!! このまま逃げ切るか、轟!? それとも、完璧主義な爆豪に1000万が首を垂れるかァ!? 見逃せね―――』

『……おぉ、飛んだな』

『ん? 何の話だ、イレイザー……っておぉぉい!!? ここで! まさかのォ~~~!?』

 

 盛り上がるプレゼント・マイクの声。

 何事かと眉を顰める轟に、右翼の警戒を任されている八百万が、焦燥の混じった声で咆える。

 

「轟さん!! 右から来ていますわッ!!」

「ッ……なに……!?」

 

 咄嗟に振り返る轟。

 彼の瞳に映るのは、つい先程まで1000万Pのハチマキを身に着けていた男―――この体育祭で、自分が宣戦布告した相手だ。

 

「うぉぉおおおおおおお!!!!」

『緑谷ぁぁああ!! 1000万を取り返さんと、すッげえスピードでぶっ飛んで来たぁぁああ!!!』

 

 『無重力』で軽くなっている緑谷が、遠く離れた位置から寸分の狂いもなくフルカウルで得た脚力で飛んできたのだ。

 鬼気迫る表情と、喉が張り裂けんばかりの咆哮。

 余りの威圧感に、轟のみならず他の者達も圧倒されるように目を見開く。

 

「くッ!!」

「避けッ……!」

 

 しかし、緑谷が轟の首に掛かっているハチマキを奪おうと手を伸ばすものの、寸での所で轟が体を傾け、奪取を回避した。

 そのまま通り過ぎる緑谷の体。

 

「―――られてもォオ!!!」

 

 それだけで終わらない緑谷は、すかさず拳を振りかぶり、常人には繰り出すことは不可能な拳圧で方向転換を決めてみせた。

 

(二段構えか……!)

 

 回避されることは予測済み。それ故、麗日のサポートがあって出来る『New Hampshire SMASH』を用いることにより、宙で方向転換をして奇襲を行う。

 上体を逸らしている轟にとっては厳しい角度からの襲撃だ。地上であるならまだしも、如何せん不安定な騎馬の上であれば尚更。

 

 二度目の緑谷による襲来。

 

 奪られる!

 

 そう思った時、緑谷が居る側―――轟の左半身に炎が迸った。

 

「熱ッ!?」

 

(左……俺はなにを……?)

 

 手を伸ばした矢先に、腕を呑み込む紅蓮の炎。焼けるような痛みに思わず緑谷の顔が歪んだ。

 一方轟も、攻撃には絶対使わないと決めた炎を使ってしまったことにより、表情に動揺が浮かぶ。

 

「どけぇ!! デクゥゥウ!!」

「わぁ!?」

 

 炎に焼かれても尚、ハチマキを取り返さんと腕を伸ばしていた緑谷であったが、そんな彼を上空に吹っ飛ばす者がやって来る。

 他でもない爆豪だ。

 彼の『爆破』を真面に喰らった緑谷は、明後日の方へ体を飛ばされてしまう。

 

 これで緑谷はフェードアウト。残り数十秒となったところで、轟と爆豪の一騎打ちになる―――誰もがそう確信した時であった。

 

 緑谷を……否、轟と爆豪も淡い緑色の光が呑み込む。

 すると途端に、宙に放り出された緑谷だけでなく、後者の二人のハチマキもある方向へ引っ張られていくではないか。取り易さを重視したハチマキは、マジックテープの部分がいとも容易く剥がれてしまい、二人の額や首から凄まじい速度で去っていく。

 爆豪は辛うじて自分の持ちPであったハチマキは掴んで逃さなかったが、轟は絶え間ない襲撃に離れていくハチマキを掴むことができず、一気に保持Pが急転直下の0となる。

 

「これは……!」

「ッ~~~、似非バイリンガルぅぁああああ!!!」

 

 二チームが視線を向ける先。

 その先には、目を緑色に煌々と輝かせる熾念の姿が在る。

 

Tsk tsk tsk(チッチッチ)♪」

 

 してやったり顔の熾念は、鼻血のみならず血涙も流しながらも、轟と爆豪のハチマキを掻っ攫う。

 更には、未だに轟の氷結で動けない拳藤と鱗飛龍チームのハチマキも奪う有様。

 此処に来て、本領を発揮して来たと言うべきだろう。

 

「梅雨ちゃん! 飛んで火に入るなんとやらッ!」

「任せて、波動ちゃん。虫を舌で取るなら得意よ」

「えぇ~~~!?」

「冗談よ、お茶子ちゃん。ケロッ」

 

 すると先程まで轟の氷結で冬眠しかけていた蛙吹が、THWIPと舌を伸ばし、まず近くに浮かぶ拳藤と鱗の二チームのハチマキを回収する。

 これで615P。四位と五位であったチームのPを奪うことで、順位を引き摺り落とすと同時に、己のチームを最終種目進出可能な上位四チームの中へ繰り上げるという、大胆且つ豪快な荒業だ。

 

『緑谷、ここで一気に順位を繰り上げたぁ!!』

『最後の最後で最大の奇襲をかける……三段構えの作戦だったんだろうな。上位の奴等のハチマキを奪らなくても、体から離しゃあPを下げられて、逆に自分らは繰り上がる。まあ、ゴリ押しだが悪くはない作戦だ』

『成程なぁ!』

『しかも、蛙吹の舌で迅速な回収を試みる。瀬呂でも出来たろうが、トップスピードは蛙吹が速い。『念動力』で浮かばせている間に奪い返されないようにっていう、合理的な人選だな』

『ヒュウ!! 凄ぇな、梅雨ちゃん!!』

『お前の、休み時間に寝てる奴の横でやるラップよりかは良い“個性”の活用法だ』

『アレ、俺ディスられてる?』

 

 若かりし頃の相澤少年と山田少年の思い出だ。

 

 と、間の抜けた会話を二人がしている間にも、ハチマキと緑谷は依然動けない騎馬の下へ向かっていく。動けないからこそ終盤のまさに終盤で勝負をかけたのだが、効果はてきめん。

 

「くそッ……!」

「やるかぁ!! 全部俺んモンだぁああああ!!!」

 

 咄嗟に腕を伸ばすも空を掴む轟。

 一方、爆豪は完膚なきまでの一位をとる為に、爆速ターボでハチマキを追いかけていく。

 

 爆豪とは違い、轟は遠方にある物を奪い返す“個性”は有していない。氷結でハチマキの移動は阻止できるかもしれないが、止めた場所までたどり着くまでには時間が無さ過ぎる。

 このままでは0Pで最終種目に出ることは不可能。流石の轟の顔にも焦燥が浮かぶ。

 

「みんな!」

「飯田、どうしたッ……!?」

「しっかり掴まってくれ! 俺の技で追おう!」

「な……」

「奪れよ、轟くん!!」

 

 神妙な面持ちの飯田が叫んだと思えば、DRRRと異常な音が鳴り響き、飯田のふくらはぎの排気筒から尋常ではない量の黒煙が吐き出される。

 

「トルクオーバー……レシプロバースト!!!」

「ぐッ……!?」

 

 そのまま轟は、空気の壁を叩きつけられるような衝撃に上体を反らしながらも、グングンハチマキとの距離を詰めていく。

 

 トルクと回転数を無理やり上げることにより、爆発的な加速を可能とする飯田の『エンジン』の裏ワザ―――『レシプロバースト』。

 エンジンが止まるまで約十秒。それまでに奪われたハチマキのどれかでも奪り返さなければ、否応なしに最終種目候補からは外されることとなる。

 

(ふざけんな……俺はあのクソ親父を……!)

 

 見返す為。

 轟は、左を使わない理由である男の顔を脳裏に過らせながら、轟はここぞという場面で最大限の集中力を発揮し、今こうしている間にも迫りよるハチマキに手を伸ばす。

 先に追いかけていた爆豪さえも抜き、回収されている途中の緑谷にさえ追いつきそうな勢いの中―――必死の形相で一つのハチマキに狙いを付けた。

 

「ッ……あぁ!」

 

 念動力で引き寄せられるハチマキを、握力と腕力を以て無理やり掴み止める。

 

(今掴んだのは何Pだ!? だが、ここで確認すればまた持っていかれる……! ちくしょう、やってくれやがって……!)

 

 掌に収まったPだけで上位四チームに繰り上がったのか確認する時間さえ憚られる刹那の中、自身を気圧した緑谷と、最後に全てを持っていった熾念の顔を思い浮かべ、鬼のような形相で、更にハチマキを求めて手を伸ばす。

 しかし、線になる光景の奥では、近付いたハチマキと緑谷を回収する蛙吹の姿が窺えた。

 取り返すのがとうとう絶望的になる。

 

 そこで、終わりのゴングが無情にも鳴り響く。

 

『TIME UP! 早速上位四チームを見てみよか!!』

 

 プレゼント・マイクが口に出していた終了のカウントダウンさえも聞こえないほど切羽詰っていた轟は、右手に掴むハチマキをギュッと握り締めながら、騎馬からスッと降りる。

 

『一位、ラストでまさかのどんでん返し! 緑谷チーム!!』

 

 最後の大逆転から分かる通り、一位は緑谷たちであった。上手く作戦がいって喜ぶ緑谷は、滝のような涙を目から迸らせている。

 一方、そんな緑谷の横では鼻血と血涙を迸らせている熾念が、大地に身を委ねるように四つん這いで伏していた。一番の功労者であるが、相応の反動はきているようだ。

 

『二位……って、アレぇ!? 何時の間に逆転してんだ!? 心操チーム!!』

 

 二位は、終了間際まで0Pであった心操たちであった。普通科の心操を騎手とする特殊な編成の騎馬であったが、その意外さに勝るとも劣らない活躍で最終種目進出を決める。

 

『三位、そのタフネスで見る者楽しませてくれたこいつ等! 爆豪チーム!!』

 

 結果的に奪われたハチマキを取り返せぬままタイムアップとなってしまった爆豪は、悔しさの余り、何度も地面を拳で殴りつけている。

 只でさえ、中盤に物間と呼ばれるB組の生徒に煽られてハチマキを奪われても尚、持ち前の執念で取り返した経緯があるのだ。その上で、再び自分たちが奪ったハチマキを奪られたとなれば、プライドの高い彼にしてみれば屈辱以外のなにものでもなかった。

 

『そして四位! ギリギリで奪られても尚、予選で見せなかった超加速でハチマキを奪い返した轟チ―――ム!! 以上四組が最終種目へ進出だァ―――!!』

「……」

 

 硬く握った拳を開けば、元々の持ちPであった600Pと書かれているのが目に入った。

 

「あっぶね―――!! マジ轟が取り返してくんなきゃ負けてたァ―――!!」

「ふぅ……ありがとうございますわ、轟さん」

「流石の反射神経だったな。間に合ってよかった」

「……悪ィ」

 

 瀬戸際で、幸運に恵まれた。

 点数を見る限り、心操チームは鉄哲チームが保持していたPを全て奪ったようだが、もし片方だけであれば結果は変わったかもしれない。

 辛うじて四位に入れたことには、様々な要因が重なって生まれた状況だ。

 決して他人に賞賛されるようなものではない。

 

 自分の不甲斐無さや、()を攻撃に使わないという誓約をも破ってしまったことに、歯が砕けんばかりに歯噛みする。

 

「いけねえ……これじゃ……親父の思う通りじゃねえか……」

『一時間程昼休憩挟んでから午後の部だぜ!! じゃあな!!』

 

 神妙な面持ちの轟を余所に、実況のプレゼント・マイクは会場全体に昼休憩へ入ることを伝える。

 騎馬戦で疲弊した生徒たちは、腹ペコなのも相まって足早に出入口へ一斉に向かっていく。

 

 その中を行く緑谷に目を付けた轟は、颯爽と彼の下に歩み寄る。

 

(話を……するか)

 

 何故、彼に対抗心を向けるのか。

 何故、左を使わないことに固執するのか。

 

 オールマイトに見初められているように見える少年を、誰も居なさそうな通路へ招くのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 通路に生徒たちの人波が押し寄せる最中、とある二人は並んで歩いていた。

 

「うわぁ……」

「Huh?」

 

 若干引き気味の一佳が、顔面血まみれの熾念を前にして目を点にする。

 

「大丈夫か、おまえ? て言うか、なんだその箱ティッシュ」

「百`s ティッシュ」

「は?」

「Don`t worry」

「おぉ……」

 

 絶えずティッシュ箱からティッシュを取り出す熾念。つい先程、八百万に作ってもらった一品だ。本日二度目となるティッシュの『創造』。今日、熾念は彼女には頭が上がらないだろう。

 どちらにせよ、本日二度目の出血となる熾念。

 

「頑張ってんのは分かるけどさぁ……血まみれなのはどうにかなんないのか?」

「HAHA、全力でやってるから難しいな」

「はぁ……そか。でもまあ、とりあえず賭けはおまえの勝ちだな」

 

 ティッシュで顔面を覆っている熾念の表情はいまいち読み取れない。だが、声色から笑っていることを察した一佳は、はにかんで彼の背中に張り手を喰らわせる。

 自分に勝った幼馴染への賞賛。最終種目へ向けての激励。そして自分の代わりに勝ち進んで欲しいが為の気合注入。様々な理由はあるも、纏めれば熾念の背中を後押ししているだけだ。

 

「ま、午後は組とか関係なしに手放しで応援してやるよ。頑張れよな!」

「Yeah! 勿論さッ! 一佳にカッコいいとこ見せてやるよ!」

「そか、期待してるからな! じゃあ、私は塩崎とか唯とお昼食いに行くから」

「All right。混む前にさっさと急げよー」

「おーう!」

 

 賭けの決着が着き、ここ数週間の微妙な雰囲気を晴らすような明るく振る舞った二人。

 一佳は手を振って熾念と別れ、食堂へ軽快な足取りで去っていく。そんな彼女の背中をティッシュの繊維越しに見届けた熾念はと言うと……

 

「……~~~!!」

 

 悶えていた。

 すると、止まりかけていた鼻血が再び垂れ始め、百`sティッシュを引き抜いて鼻に当てる。

 賭けに勝ってしまった以上、やることは決まってしまった。

 

(……一位とって……カッコいい所見せる!)

 

 初恋の人へ告白するなら、一位になってから想いを告げたい。

 燃ゆる想いを胸に秘める熾念は、流れ出た血を洗い流す為に、一旦水道がある場所へ向かうのであった。

 


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