Peace Maker   作:柴猫侍

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№16 乙女心と開催と

 USJでのオールマイトプレゼンツ『救助中に敵が現れたらどうしよう』授業は、A組の面々に大変な不評を受けながらも、大きな怪我なく無事に終了した。

 内容こそ突飛なものであったが、敵のUSJ襲撃がトラウマになることなく、全員で立ち向かった光景は、まさしく過去を糧としPlus Ultraした証拠だろう。

 

 だが、A組がそんな授業をしているとは知る由もないB組の一員―――拳藤一佳は、“個性”を己が思うままに動かせるようにと、毎日欠かさない筋トレを私室で行っていた。

 彼女の『大拳』は、手首から先が巨大化するというシンプルなもの。そのまま殴りつけてもよし、扇のように振るって風を起こすのもよしという“個性”なのだが、巨大化した掌を振るうだけの筋力は自身で補わなければならない。

 故に、腕や肩辺りの筋力トレは欠かさず行っているのだが、最近は肩幅が大きくなってきたりと、他の場所までに筋肉が付いてきて悩んでいるところだった。やはりそこは年頃の少女ということだろう。

 

『一佳~。お風呂沸いてるよ~』

「はーい!」

 

 じっとりといい汗を掻いた頃、母が階段の下から入浴を促してきた為、一佳は『今日はこのくらいで……』と、着替えを手に持って浴室へ入っていく。

 

「ふぃ~……いい湯」

 

 カッポーンという擬音が聞こえてきそうなほどに、湯気に満ちる浴室。

 筋トレで搔いた汗も流し、髪も体を洗ってさっぱりした所で入る湯は格別だ。普段サイドテールに纏めている髪も、湯に浸からないように纏める一佳は、浴槽に身を委ねるように背もたれ掛ける。

 そのままズリズリと背中が滑っていき、口が水面ほどまで下がった。

 

 すると、なんとなしに口から空気を吐き出し、ブクブクと泡を立て始める。

 子供の頃はひけらかす様に勢いよく泡を立てていたが、流石に高校生にまでなってそのような真似はしない。

 しかし、彼女が数年ぶりに子供染みた真似をするに至ったのには、とある理由がある。

 

―――『その子に告白するッ!』

 

(……誰が好きなんだ?)

 

 隣に住む幼馴染の青春の相手が一体誰なのか。他のことに没頭している間はどうでもいいのだが、こうしてなにもしない時間になると、不意に脳裏を過ってしまう疑問だった。

 彼はあのような性格であり、女性に軽い印象が他人にもたれやすいかと思うが、ああ見えて小中一緒に居た間は、これといった色恋沙汰は耳にしていない。

 

 『誰が好き』、『どんなタイプの子が好き』などという会話はなんどもしたことがあるが、互いにからかい合う仲であった自分たちは、真面目に議論を交わしていなかったのだ。

 ……否、今思い返してみれば、自分が投げかけた質問は全てはぐらかされた気がする。

 

(なんだ……知られたら困る感じのタイプが好きなのか?)

 

 出会ってから十年目の付き合いに突入した一佳と熾念。

 九年分の記憶を手繰り寄せ、熾念が一体どのようなタイプの女性が好きなのかをプロファイリングすることにした。

 

 まず前提としては『知られたら困る』という条件が入る。

 そこから分析するに、一つの可能性が見えてきた。

 

(案外身近な人が好みとかか?)

 

 いきなり核心に迫る一佳。

 

(……ねじれ先輩的な人か?)

 

―――もの凄い弧を描いて的を外したが

 

 しかし、彼女の内心を聞いている者など居る筈もなく、そのまま分析はあらぬ方向を続いたままズンズン突き進んでいく。

 

(法律的には、従姉弟だから結婚はOKだな……いやいやいや、待て。ここは一先ず、ねじれ先輩がどんな人かを探るべきだ)

 

 現行法上、熾念とねじれは三親等離れているので結婚は可能だ。

 だが、脳内ねじれが『姉弟は結婚しないよー』と否定するのを幻視した為、すぐさまベクトルを変更して思慮を巡らす。

 ねじれの特徴は、その天真爛漫さだ。無邪気で、まるで幼稚園児のような振る舞いをするのが彼女の最大の特徴。

 

(……はっ! 年下が好き? ロリコンなのか!?)

 

 今度は大暴投した。

 ねじれが幼稚園児っぽい性格であることから、端的に幼い雰囲気の者が好きなのではないかと思いついた一佳。

 

(……いや、ないな)

 

 しかし、年下を可愛がる姿は思い浮かべられても、年下とイチャイチャする姿は想像できない。

 なにより、ロリコンな幼馴染などとこれから交友関係を続けていられるとは思わないので、そうであってほしくないというだけであるのだが。

 

 だがここで、ふとした閃きが一佳の思考の海の中で爆ぜる。

 ねじれは幼い振る舞いもそうであるが、時折見せる母性的な一面も魅力。

 

(バブみってやつかッ!)

 

 言い方はアレであるが、要するに母性を感じられるような相手が好きなのではないか。一佳はそう考えた。

 ねじれの場合は普通に年上であるが、バブみは年下の女性に『母性』を感じることであり、雰囲気が年下であるねじれに母性を抱いたとしても、それほど意味が離れる訳ではなさそうだ。

 

(……塩崎?)

 

 一佳の身近―――B組に居る聖母的な性格をしている女子生徒が頭に浮かんだ。

 『ツル』の“個性”を持ち、神を信仰するかのように立ち振る舞い、慇懃で、誰にでも平等に接する彼女には母性を感じざるを得ない。

 

 ……普通の母性と言うには、余りにも神々し過ぎるが。

 

(でも、アイツと塩崎って接点ないしなぁ~)

 

 しかし、ここで問題になるのが熾念と塩崎の接点が無さ過ぎるという点だ―――実は、実技試験で一度彼は彼女のことを助けているが。

 そんなことを知る由もない一佳ではあるものの、塩崎が熾念と話している光景を見たことがない。彼女との交友が深い友人の一人として、それは断言できる。

 果たして、話してすらいない相手のことを好きになれるのだろうか?

 無論、一目惚れという可能性もあるものの、それでは今迄の考察が水泡に帰してしまう……風呂だけに。

 

 閑話休題。

 

(となれば、やっぱ無難なのはA組の女子かぁ~)

 

 一ヶ月ほどしか経っていない状況下で好きになった女子と言われれば、クラスメイトであるのが無難なところだろう。

 傍目から見れば、A組の女子のレベルはかなり高い。

 普通にお洒落して街に繰り出せば、スカウトが来てもおかしくないレベルだ。

 

 そんなA組女子は総勢六名。

 

 まず一人目、芦戸三奈だ。

 彼女はまず明るい。天真爛漫という点ではねじれと共通している。明るい性格も相まって、調子のいい性格の熾念とは会話が弾むことだろう。

 

 次に二人目、蛙吹梅雨。

 彼女は“個性”が『カエル』だということもあって、表情の変化が乏しい。しかし、それが落ち着いた雰囲気を感じさせ、ある種の母性的なものを感じさせてくれるかもしれない。

 

 三人目、麗日お茶子。

 芦戸ほどではないが、彼女もまた明るい性格をしている。同クラスの男子生徒二人と食堂に出向いているのをよく見かける為、男女分け隔てなく仲良くしているのだろう。

 

 四人目、耳郎響香。

 今迄の女子生徒とは一変、サバサバとしていてボーイッシュな雰囲気を漂わせる。母性も天真爛漫のどちらも感じられないが、どうにも熾念とは同じロックバンドが好きだそうで、時折CDの貸し借りなどもする程度に仲が良いと言う。

 

 五人目、葉隠透。

 違うことなき透明少女であり、顔は一切見る事が叶わない。だが、ノリがいい一面があり、明るさで言えば芦戸といいレベルで張り合う。

 

 そして最後に、八百万百。

 A組副委員長を務め得るだけのしっかり者で、お調子者の熾念とはそりが合わなそうであるが、発育の暴力と称される胸の大きさには母性を感じずには居られない。彼女の胸に埋もれたいと願う男子は少なくないだろう。

 

 持ち前の交友関係の広さを以てして手に入れた情報を元に、分析を続ける一佳。

 しかし、ふと我に返る。

 

(……なんで私は、こんな大真面目に熾念(アイツ)の好きな人を予想しようとしてるんだ)

 

 人の恋路を推測しようなどと、自分も無粋な真似をしてしまったと羞恥心で頬を紅潮させる一佳は、気を紛らわせるため蛇口をひねって出した冷水で顔を洗う。

 濛々と湯気が立ち込めていた空間で悶々とした気分。それを洗い流すような清涼感を浴びた一佳は、ふぅっと一息吐いてから湯船から立ち上がる。

 

「おっとと……」

 

 逆上せていたのだろう。

 突然頭に鉛が入ったような感覚と共に、グラリと平衡感覚を失った体がふらつく。逆上せるほど湯船に浸かっていたとは、どれだけ熾念の好きな人を考えるのに時間を費やしていたのだろうと、今度は別の意味の羞恥で顔が上気してくる。

 

 頬の紅潮が引かぬ間、湯冷めせぬよう一佳はテキパキと体を拭き、用意していた着替えの袖に四肢を通す。

 

(まあ、明日になればどうなるか分かるし……)

 

 タオルでひたひたと濡れた髪の水気を拭いながら、明日へ思いを馳せる。

 そう、今日は体育祭前日なのだ。

 

 直接的に聞くか間接的に聞くかは、明日中にはいやが応にも分かることである。で、あるならば、いずれ分かる事実を前にウダウダと思慮を巡らせるなど、随分柄にもなく無駄なことをしてしまったものだと、一佳は湯気で曇る鏡の前ではにかんだ。

 

(ま、コクるにしてもそうでなくても、付き合ったなら応援くらいはしてやるか)

 

―――この時彼女は、思いもしなかった

 

―――熾念が思いを寄せる女子が、まさか自分のことだとは

 

 

 

 ☮

 

 

 

 雄英体育祭当日。

 天候には恵まれ、ほとんど晴天と言っても差し支えない程の快晴の下には、未来のヒーローの卵たちを見るべく、一般の観戦客の他にも数多くのプロや報道陣たちが集っていた。

 

 広大な敷地には数多くの露店も立ち並び、数々のヒーローグッズ等も販売されているが、ここに訪れる者達は、いずれこの露店の商品棚にも並ぶほどのトップヒーローの原石が現れることを期待している。

 

 そんな体育祭ではあるが、今年に入って起こったUSJ襲撃事件を理由に、警備は例年の五倍にも引き上げるほどの厳戒態勢だ。

 あえて開催に踏み切ったのである以上、二度も生徒たちに危害を及ばせぬようにと全国各地の名立たるプロヒーローに警備が依頼されており、若手実力派であるシンリンカムイから、果てには№2であるエンデヴァーまで、この敷地内の警備に当たっているとのこと。

 

 教師であるオールマイトも併せ、№1と№2が揃い踏みしている場へ、わざわざ襲撃してくる胆力を持つ敵は居ないだろう。

 

 尤も、エンデヴァーに関しては、『息子(焦凍)の活躍を間近で見れる』という親バカ思考のプライベート気分半分でこの警備依頼を受けているのだが、それを知る者は本人を除いて存在しない。

 

 閑話休題。

 

 体育祭で最も注目の的となる学年はと問われれば、大抵はラストチャンスに懸ける熱と経験値からなる戦略等で『三年』という答えが多いのであるが、今年は違った。

 本来、もっと先に味わう敵という恐怖を覚え、それでも尚―――否、だからこそヒーローになるべく乗り越えてきたクラスが居る学年。

 

 場所は一年ステージ。

 

 例年以上に活気に溢れる観客席は、彼らの登場を今や今やと待ちかねている。

 

『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!』

 

 一年ステージの実況を務めるプレゼント・マイクが、普段より五割増のテンションでマイク目がけて声を発した。流石、教師兼プロヒーローであるにも拘わらず、毎週金曜深夜一時から五時までぶっ続けでラジオをしているだけの声量はある。

 彼の煽りを受けて盛り上がる観客。

 

 そして、轟く歓声に迎え入れられながら入場してくるのは、

 

『ヒーロー科!! 一年!!! A組だろぉぉ!!?』

 

 一斉に湧き上がる歓声は、会場全体を揺るがしていくほどに膨らんでいき、晴天を衝かんばかりに四方八方へ轟いた。

 ビリビリと肌を撫でる声には、敵の襲撃すらも乗り越えたA組の面々に、一種の畏怖を覚えさせる。

 

「Wow、やっぱ雄英は凄いな」

「わああ……人がすんごい……」

 

 雄英パネぇ、という畏怖を。

 数万に及ぶ好奇の眼差しを向けられるこの状況は、例え緑谷のように人に見られることが慣れていない者でも萎縮してしまうほどだ。

 緊張、不安、興奮―――各々が胸に思いを抱きながら、ステージ中央へ向かう。

 A組の他にも、同じヒーロー科であるB組、普通科のC、D、E、サポート科のF、G、H、最後に経営科のI、J、Kも用意された入場口から、体操服姿で堂々と主審であるミッドナイトが立つ朝礼台の下まで集まる。

 

 彼女は相も変わらず、ボンテージに極薄タイツというきわどい恰好だ。

 

「18禁なのに高校に居てもいいものか」

「いい」

「今更じゃない?」

「静かにしなさい!!」

 

 ざわめく生徒たちを静かにするべく、右手に携えていた鞭を撓らせるミッドナイト。

 

「選手代表!! 1-A、爆豪勝己!!」

 

 すると、静かになったのを見測らい、ミッドナイトが宣誓を行う生徒の名を声高々に呼んだ。

 

「え~~、かっちゃんなの!?」

「あいつ一応入試一位通過だったからな。あれ? でも波動は?」

「実技は同率でも、筆記は勝己が上だったんだろうな」

 

 ポケットに手を突っ込みながら朝礼台へ向かう爆豪。彼の背を見送りながら小さな声で呟くA組の面々は、得も言えない不安が胸の内に込み上げてくる。

 なんだか嫌な予感がする―――誰もがそう思っていたのだ。

 

 

 

 

 

「せんせー。俺が一位になる」

 

 

 

 

 

「絶対やると思った!!」

 

 爆豪の棒読み慇懃無礼宣誓に、切島が悲鳴のように薄々感じていた不安を吐露した。

 只でさえ、先日敵情視察に来た他クラスの生徒たちを『雑魚』や『モブ』呼ばわりしてヘイトを溜めているというにも拘わらず、止めを刺すような一言に、一年全体が爆豪&A組への不満を爆発させる。

 

「調子のんなよ、A組オラァ!」

「何故品位を貶めるようなことをするんだ」

「ヘドロヤロー!」

 

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

 しかし、浴びせられる罵詈雑言をものともせず、テレビではモザイクがかけられそうなハンドサインを、見下すような視線を合わせてやってのける爆豪。

 それが燃え盛る彼らの憤慨を煽り上げ、更なるブーイングを招く結果となる。

 

「Hmmm……人の迷惑考えないところが勝己らしいというかなんというか」

「うん……そうだね。多分自分を追い込んでるんだ。前のかっちゃんなら、ああいうのは笑って言う筈だから……」

「I see」

 

 怒りや呆れで沸き立つ周囲をよそ目に、熾念は緑谷の推論を耳に入れる。

 傲岸不遜で異常にプライドの高い彼だからこその奮起方法に、熾念は頬を引き攣らせて苦笑するしかない。

 

「ま、色眼鏡でしか人を見れない奴等は放っておいて、俺等はマジメに成績出すとしようぜ! 体育祭……いやが応でも、結果は白黒つくんだ。こんくらい注目高まってる方がプロヒーローのappealになるぜ、Huh!」

「ちょ、波動く……ん」

 

 途端に周囲の視線が二人へと向けられる。

 錆びついた機械のような挙動で辺りを見渡す緑谷が見たのは、爆豪に向けるソレと同じ威圧感で自分たちを睨む他クラスの生徒たちだ。

 

「こんな奴しか居ねえのか、A組はァ!」

「くッ……波動! おめェはそんな奴だとは思ってなかったぜ……男らしいけど!」

「なんでここに来て火に油を注いだ!? なあ、なんでだ!?」

 

 ついさっきまで爆豪に浴びせられていたブーイングが、今度は熾念を襲いかかる。

 しかし彼は、好戦的な笑みを崩すことなく、飄々と罵声をスルーするだけだ。

 

 火のような爆豪が焚き付け、風のような熾念が煽る。A組の中でも最悪(最高)のコンビ―ネーションを持つ二人だと言ってもいいだろう。

 

『ヘイヘイヘイ、イレイザー! お前のクラス、盛り上げ上手が多いな!』

『どう聞いたら盛り上げてるように聞こえんだ。英語教師の癖に耳が腐り始まりやがったか、マイク』

『こいつはシヴィ―――!!!』

 

 実況席ではハイテンションのプレゼント・マイクと対になるように、全身包帯のミイラ男の如き相澤が、震えた声で同期のヒーローを罵倒する。かなりしんどそうな声だ。

 

 そうこうしている内に、波乱の宣誓を終えた一年生は、そのまま第一種目の発表に移っていた。所謂予選に当たる第一種目だが、毎年この予選で涙を飲む者が多いと、ミッドナイトは豪語する。

 つまり、それだけ脱落する者が多く、ここ数年の雄英体育祭を見る限りは大体落とされるのは六、七割程度だ。

 

 その肝心な第一種目は、計十一クラス総当たりの『障害物競走』。コースは、現在生徒たちが居るスタジアムの外周約4kmとのこと。

 

「我が校は自由が売り文句! ウフフ……コースさえ守れば()()()()()()構わないわ!」

 

 さあさあ位置につきまくりなさい、とミッドナイトに促されるままにスタートゲートに屯する生徒たち。

 晴天なのも相まって、生徒から発せられる熱気に当てられ、熾念は早速暑そうに体操服のファスナーを全開にする。

 

(障害物競走……さあて、どんなぶっ飛んだ壁があるんだッ!?)

 

 在学中であれば、幾度となく耳にする言葉―――『Plus Ultra』。

 壁をぶち壊し、更に向こうへ進んでいく生徒にとって、障害物競走はピッタリの種目だろう。

今から自分の前に立ちふさがるであろう壁の存在に、否応なしにボルテージが高まる熾念は、ゲート上部で光っているランプに目を遣る。

 

 一つ、また一つとランプの光が点いていき、そして―――。

 

「スタ―――ト!!!」

 

 開始の合図と共に、一斉に生徒が駆け出す。

 しかし、一クラス二十名。合計二百二十名も居る中、スタートゲートが混まない筈がなく、狭いゲート内では早速雑踏ができあがっていた。

 

 更にはいの一番に先頭を走っていた轟が、『半冷半燃』の氷結を用いて、ゲート付近を凍てつかせ、数多くの生徒の足止めに成功する。

 コースさえ守ればなにをしてもOKな障害物競争。自身に周りに佇む生徒たち全員も、障害物となり得るということなのだろう。

 が、

 

「俺には関係ないけどなッ、HAHA!」

「そう上手くいかせねえよ、半分野郎!!」

 

 『念動力』で体を浮かせる熾念と『爆破』で飛行を試みる爆豪を始め、A組の面々は轟の氷結を回避し、前に繰り出してきた。

 クラスメイトであれば、誰もが危険視していた氷結攻撃。事前に注意していれば、タイミングを合わせて跳ねるなり飛ぶなりすれば、回避することは容易い。

 

「Toot、涼しいぜ♪ やっぱりraceってのは風を感じなくっちゃな!」

「隣でゴチャゴチャうるせェぞ、似非バイリンガルが!」

 

 今の所並走している熾念と爆豪の二人。

 身体中に浴びる爽快な風に心躍らせる熾念であったが、爆豪にしてみればそんな彼が非常に不愉快でしかないらしい。開会式の宣誓であれだけ平然と啖呵を切っておきながら、いざ始まれば留まる事を知らない怒号と罵倒。実に面倒な男だ。

 

「ぐッ……!」

「おぉ?」

「なッ……デク、てめェ!! 俺の前を行くんじゃねえ!!」

 

 だが、そんな彼等よりも前に行く者が一人。

 全身に緑色のスパークを放っている緑谷だ。軽快な動きで雑踏を躱しつつ、氷結ゾーンは一気に走り幅跳びの要領で飛び越え、現在轟に続く形で二位に収まっている。

 まるで自身の“個性”用いてのトリッキーな動作や、パルクールを彷彿とさせる動作で先頭組に入った緑谷が意外であったのか、一瞬顎が外れるのではないかというほど大口を開けて驚き、すぐさま爆破での加速をつけ、追走を図る。

 

(僕はかっちゃんみたいに空中で自在に動ける訳じゃない……! せいぜい、フルカウルの状態のまま掌を突出して、空気を押し出して少し移動するのが精々だ! 予測しろ、緑谷出久! 次に何が来るのかを―――!?)

 

 走る―――と言うよりは跳ねている緑谷は、フルカウルを発動させたまま轟を追いかける。

 だが、彼の先に佇む巨大な影の群れに、一瞬目を見開いた。

 

「な、あれは……入試の時の0P敵!?」

 

 コースの中央にドンと構える鉄の塊。

 十数メートルはある巨大仮想敵が、今再び目の前に現れたのだ。

 

『さあ、いきなり障害物だ!! まずは手始め……第一関門、ロボ・インフェルノ!!』

 

 巨大仮想敵以外にも、普通サイズの仮想敵も何機か居るようだ。

 推薦入学者を除いたヒーロー科以外は初めて見るロボ。余りの巨大さに、既に戦々恐々して腰を抜かしている者も何名か居る。

 

 圧巻の巨大さだけで恐怖の種を植え付ける巨大仮想敵であるが、轟が先陣を切って氷結で一体を氷漬けにした。

 

「Wow、俺よくあんなの喰らって生きてたな」

 

 呑気にインターバルを挟みながら飛行し続ける熾念は、氷漬けになった仮想敵が前のめりに崩れるまでの顛末を見届けつつ、ビルの群れのように立ちふさがるロボの上を超えていこうと考えた。

 だが、巻き上がる砂塵とダイヤモンドダストのように輝く氷の結晶の切れ目から見えた物が目につき、自然と着地しに地面へ降りていく。

 

 彼が見つけたのは、崩れた仮想敵の一部であった長さ百五十センチメートルほどの鉄板だ。持ち上げてみれば分かったが、案外軽い。

 

「……I`ve got it(イイコト思いついた)♪」

 

 周囲が阿鼻叫喚さながらの光景になる中、熾念は手に入れた鉄板を前に、それはそれは意味ありげな含み笑いを浮かべるのであった。

 

 

 

 障害物競走は、まだ始まったばかりだ。

 


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