Peace Maker   作:柴猫侍

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№15 A組 VS ?

「今回の倒壊ゾーンでの訓練想定は、大地震が起こった後の都市部。被災者の位置はなにも分からない状況で、なるべく多くを助ける訓練です。八分の制限時間を設定し、これまた四人組で行います。残りの十六名は、各々好きな場所に隠れて待機。ただし、その内八名は声が出ないと仮定します。その八名は、事前にこちらで選んだ生徒に行ってもらいます」

「わぁ! それってかくれんぼじゃん!」

「まあ、簡潔に言えばそうですね」

 

 13号の説明をきき、かくれんぼだと嬉々とした様子ではしゃぐ芦戸。十五歳にもなってかくれんぼで興奮するなど、如何なものかと苦笑を浮かべる面々であったが

 

「ようし、皆! 全力で怪我をするぞッ!」

「怪我のフリね、飯田くん」

 

 意気込む飯田を前にすれば、芦戸の童心に返った姿など些細なことに思えてくる。

 その後、救助する側は緑谷、麗日、爆豪、峰田の四人に決まった。爆豪は『なんでデクと一緒に訓練せにゃいかんのだ!』と荒げた声を上げていたが、『クソを下水で煮込んだような性格』の彼の扱いを大分分かってきたクラスメイトが華麗にスルーし、そのまま散開して訓練の準備を始める。

 

(どこにしようかなぁ~)

 

 隠れる側となったら、終了まで絶対にバレない所に隠れたいと考える熾念は、徐に“個性”で体を浮かせて、斜めに傾く建物の屋上へ向かった。

 

「ここでいいかっ。風も気持ちいいしな」

 

 しかし、隠れている間の快適さも彼にとっては重要だ。

 倒壊した街の被災者と聞けば、自然と被災者が屋内や瓦礫の下など、比較的地面に近い場所に居ると考えてしまうだろうが、その裏をかいての屋上。傾いた建物の屋上に、いつ崩れるか分からず怯えている人を助ける―――これもまた、ヒーローの役目だろう。

 と、勝手に自分で納得し、誰かが来るまで腕を頭の後ろで組んで仰向けに倒れる熾念。

 

 この間の脳無を吹き飛ばした際に出来上がった穴は未だ塞がっておらず、そこから燦々と温かい陽気が差し込み、昼寝には絶好の気候だ。

 無論、眠るつもりなど毛頭ないが、今頃街中を大急ぎで探索している者達に高みの見物を決め込もうとは思っている。

 

「ふぁ~……なにもしないで八分っていうのも、意外と時間あって暇だな」

 

 呑気に欠伸をしながら、倒壊ゾーンの街並みから響いてくる爆音に耳を傾ける。爆豪が“個性”を用いて疾走しているのだろう。

 あのような性格だが、授業に対しては比較的真面目に取り組んでいるのが彼だ。しかし、その生来の性格でいちいち突っかかり、円滑に授業を進められない事態が多々ある為、『比較的』という評価である。

 

 もう少し協調性というものを学んでほしいものだ。

 

 時折聞こえる爆音をバックに待機する熾念は、このまま待つのも暇だという考えに至り、今頃他の生徒がどこ辺に隠れているのかを想像することにした。

 

(……透ちゃん、手袋とブーツ脱いだら絶対見つけられないだろうなッ)

 

 ふと、先程の山岳救助で一緒になった透明少女のことを思いだす。

 今の所、彼女の素顔は露わになっていないが、小麦粉でも振りかければ輪郭やら何やらが浮かんでくるのだろうか。

 体のラインは制服で大体分かるが、彼女は中々立派なモノを有している。

 これで素顔が可愛ければ文句なしだと言えるのだが、現状ハッキリしていない以上、何とも言えない所だ。

 

 だが、明るい性格でA組女子の中では芦戸に続いて雰囲気を盛り上げることに長けている。そんなムードメーカーな彼女は、顔が分からないこそ魅力があるのではなかろうか。

 

(って言うか、髪とかどうなってるんだ? もし怪我して手術が必要になった時も、透明のままだったら大変だろうな……)

 

 今迄気にしたことはなかったが、葉隠の髪型はどうなっているのだろう。

 人目に見えないものの、彼女は乙女だ。それなりに髪型には気を遣っている筈。しかし理容室然り、美容室然り、見えない髪の毛を切るというのは中々難儀な話だ。

 となれば、髪は自分で切っているのかもしれない。

 

 そして気になる所はもう一つ。体の内部も透明なのか、だ。

 万が一、手術が必要な病気を患った時や怪我を負ってしまった時、悪い部位を視認することが不可能のままであったら、彼女の“個性”もかなり不便なものであると言えよう。

 

(“個性”は奥が深いなぁ……)

 

 “個性”は『個性因子』というものが関係しているらしく、外国では弱“個性”を強化する為に個性因子誘発物質(イディオ・トリガー)を含む薬なども売られているらしい。日本では麻薬と同等に扱われている為、発売は認可されていないが、もし自分が使ったとなればどのように“個性”が強化されるかなど、想像は尽きない。

 しかし数年前、鳴羽田という町で個性因子誘発物質が含んだドラッグによって、数多くの者が『突発性敵』として暴れる事件があったのも記憶に新しい。とどのつまり、その薬物を摂取した者はもれなく理性の低下を招いて暴れ、敵として処理されるのだ。

 ヒーロー志望としては、興味は持ったとしても手をつけたいとは思わない。

 

(ま、drugはダメってことだ)

 

 薬物、ダメ。絶対。

 

 そんなことを思っていると、街中で一際大きな砂塵が巻き上がる。

 

「Hey, Hey, Hey……誰が暴れてるんだ? 救助訓練でもなんでもないじゃないか」

 

 呆れたように呟く。

 幾ら救助するために瓦礫を破砕するとしても、あの規模は周囲の倒壊しかけの建物に衝撃を与えてしまい、二次災害を招いてしまう危険性がある。

 

「勝己か?」

 

 ほぼ断定だ。なにせ、山岳救助訓練の際に後ろで『爆破して崖をなくせばいい』とトンデモ発言をした男だ。並大抵の神経で彼の思考回路を読み取る事は不可能である

 しかし、あんな言動でも性格はみみっちい。意外と冷静な彼があのように大きな衝撃を与える真似をするだろうか。

 

 ……否定し切れない所が、彼の恐ろしい所なのだが。

 

 すると、軽快な足音とともに屋上へ上ってきた人影が一つ目に入る。

 

「こんな所にいたのか、波動。今の震動聞こえたか?」

「Huh? 目蔵か。今のなら聞いたぜ」

 

 現れた大柄の男は、肩から腕の他に二対の触手を生やすという典型的な異形型の障子であった。

 触手の先に腕を複製した彼は、その腕で器用にここまで登ってきたのだろう。

 何故熾念の場所を知っているのかは、彼の触手が関係している。

 

 障子目蔵:個性『複製腕(ふくせいわん)

 触手の先端に自身の体の器官を複製できるぞ! 口でも耳でも目でもなんでもござれ! 更に触手の間の皮膜を広げて滑空できたりと、汎用性の高い“個性”だ!

 

 恐らくは触手に耳を複製し、呑気に呟いていた熾念の声を拾ったのだろう。

 彼が複製した器官は、専ら通常の人間のソレよりも高性能。耳を複製して、索敵要因になれるほどのポテンシャルを秘める程、複製耳は音に敏感なのである。

 

「訓練にしてはおかしいと思わないか? あんな震動を起こせば周囲に被害が出る事くらい、救助側も分かってる筈だ」

「故意じゃないってか? Hmmm……前の襲撃で、どこか脆くなってたとか」

「自然に崩れた、ということか。誰も怪我をしていなければいいんだがな……」

 

 この時二人の脳裏に浮かんだのは、砂塵が巻き上がった所に向かい、付近に隠れていたものが負傷していないか確認することだ。もしかすれば、瓦礫に巻き込まれて一刻も争う状態になっているかもしれない。

 元々救助訓練の時間であるのを差し引いても、二人は様子を見に行きたいというヒーロー的思考が先行してしまう。

 

「……よしッ、少し見に行くかッ!」

「いいのか?」

「いいだろ、ちょっとくらい。な?」

 

 親指と人差し指がギリギリ触れない程度で近付けるジェスチャーを見せる熾念は、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら障子を誘う。

 暫し、唸る障子であったが、気になるのは彼も同じであったようであり、同意を得るのにそれほど時間は要しなかった。

 

 その時であった。

 再び、街並みが崩れていくほどの衝撃と轟音が起こったのが、二人の目に入ったのは。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「嘘でしょ……轟くんが!?」

 

 荒廃とした街並みに、飯田と耳郎と共に佇む麗日は、目の前に現れた存在を前に恐怖を露わにしていた。

 

 牛を模したようなマスクを被り、世紀末然とした恰好を身に纏う筋骨隆々の男。

 明らかに学校関係者ではなさそうな男は、その右手に脱力している轟をぶら下げながら、コンクリートの道路をベニヤ板でも踏みつけるかのように砕きながら、慄く生徒三人の下へ歩み寄っていたのだ。

 

「オイ、何があったんだ!?」

「アレは……敵!?」

「う、嘘だろぉ!?」

 

 余りの事態に腰が抜けてしまっている麗日たちの下へ、隠れる側であった切島、緑谷、峰田などが大急ぎで駆けつけ、その他の生徒もぞくぞく集合してくる。

 集まる者達も、明らかな部外者の登場に驚愕の色を顔に浮かべた。

 

「飛んで火に入る夏の虫やらなんとやら……全員まとめて、死に晒せぇ!!」

 

 生徒の大部分が集結した時、正体不明の敵は高々と足を振り上げ、そのまま地面を踏みつけた。

 すると、敵を爆心地とするかのように強風が吹き荒れ、元々倒壊しかけていた建物は呆気なく崩れ落ち、辺りが一変として更地と化してしまう。

 

「な、何だよあの出鱈目な力!?」

「こんなのがまだ潜んでたのかッ……!」

 

 上鳴の驚愕に、切島も頬に汗を流しながら、廃墟と化した周囲を見渡す。

 たった一撃の余波で瓦礫を吹き飛ばす、尋常ならざるパワーに誰もが戦々恐々し、四日前のUSJ襲撃の光景が脳内にフラッシュバックしていた。

 

 ある者はその場から動けず、ある者は立て続けの襲撃に戦意を喪失してしまい尻もちをつく。

 だが、一部の者達は違った。

 

「どらぁ!!」

「フンッ!」

 

 爆速ターボで加速し肉迫する爆豪が、敵に爆破を叩きこもうとするが、手持無沙汰であった左手で容易く防御してみせる。そのまま敵が爆豪を掴みとろうとするも、寸前で爆破の勢いで後退し、一旦体勢を整える彼は、そのまま再攻撃を仕掛けた。

 接近して爆破。防がれて、反撃を喰らう前に後退する。

 考えもなしのゴリ押し戦法ではなく、確実なヒットアンドアウェイで畳み掛ける姿は、恐怖で震えていた者達へ熱を分け与えていく。

 

「かっちゃん……」

「皆!」

「ッ、尾白くん!」

「先生が、正面出口に逃げろって言ってたぞ! 早く避難を……」

「逃げてェ奴はさっさと逃げてろ! 俺はこの敵をブッ殺す!」

「えぇッ!?」

 

 相澤たちへ救援を求めに行っていた尾白が、受け取った指示を大声で伝えるも、それに反抗するかのような爆豪のセリフに緑谷が驚く。

 爆豪のことを過小評価する訳ではないが、一瞬で街並みを更地にする敵と力量を比べた際、明らかに地力は後者に軍配が上がる。自分よりも力量が上、もしくは相性が悪い相手と会敵した際は、直ちに救援を呼ぶのが定石だ。

 

 だが、あくまでそれは『プロ』の話。まだ孵ってすらもいないヒーローの卵が敵と戦っていい訳ではない。

 普通に考えるのであれば、生徒は他と協力しながら後退するのが正しいのだろうが、緑谷は歯噛みしながら爆豪と敵の戦闘を眺めていた。

 

(かっちゃんだって分かってるんだ……あんなに強い相手から逃げるには、誰かが殿を務めなきゃいけないって事を!)

 

 適材適所。

 山岳ゾーンで13号が、最近のプロに出来ていないことだと述べた。

 

 爆豪の“個性”は強力だが、余りに攻撃特化な能力である為に救助向きではない。この状況、彼がやれること―――それは、敵の注意を自分に逸らすことだ。

 理解しているからこそ動く。即断即決の精神で、爆豪は事に当たっている。

 

(僕が今出来ることは……!)

 

「オォラァ!!」

「そう何度も喰らうか!」

「それはどうかなッ!?」

「ムッ!?」

 

 至近距離での爆撃を防ごうとする敵であったが、突然自分の体が浮かび上がったことにより体勢を崩し、そのまま胴体に一撃を喰らった。

 

「やんならさっさとやりやがれ! とろいんだよ、似非バイリンガルが!」

「サポートしたのに、随分な言い様じゃないか! Huh!」

 

 敵が体勢を崩した理由は、障子と共にやって来た熾念の“個性”に他ならない。USJ襲撃の際も、脳無を一時だけでも無力化した力は折り紙つきだ。

 しかし、相手も一筋縄ではいかない。

 

「こんなモンでぇ……フンッ!!」

「いッ!?」

「波動!」

 

 完全に宙で体勢を崩す前に、熾念へ狙いを定めた敵は軌跡が見えないほどの速度で拳撃を放つ。

 正確無比に放たれた拳は一陣の風を呼び起こし、突風となって熾念に襲いかかる。思わぬ攻撃に体を煽られた熾念はそのまま後方に吹き飛ぶが、瓦礫に衝突する寸前で障子に庇われ、なんとか怪我を負わずに済む。

 さかさまに抱かれるという滑稽な体勢ではあるが、怪我をするよりはマシだろう。

 

「Thanks……拳圧で起こした風に飛ばされるなんて、初体験だぜ」

「ああ、俺も初めて見た」

「どうする? 前のUSJ襲撃した奴等も大概だったが、あの敵も中々曲者だ」

「……本当なら、指示に従い避難するのが最善なんだろう。だが、案外皆乗り気らしい」

「Toot♪ いいね」

 

 神妙な面持ちで言葉を交わす熾念と障子。

 そんな彼らが視界の中に留めたのは、瓦礫の上に佇むA組の面々であった。

 

「一年A組二十人……」

「一応皆、ヒーロー志望なんだけどッ!」

 

 クラスを代表するように八百万と麗日が咆える。

 先程まで怯え竦んでいた者達も、臆せず立ち向かう爆豪たちに煽られて、戦意をその瞳に宿して佇む。

 

 一人で不可能でも、全員でなら。

 

「ほうゥ……そう来るか」

 

 マスクで見えないものの、敵が不敵に笑った気がした。

 腹の底に響く声の根底には、どこか嬉々とした様子も窺える。それが向こうから来てくれて一網打尽にしやすいという考えからなのか、はたまた別の意図があってのものかは生徒たちの知る由もないところだ。

 

「ならばかかって来い!! 有精卵どもッ!!」

 

 咆哮を上げる敵は再び足を振り下ろし、最初の強風を再び巻き起こす。そのまま足首までずっぽりと地面に突き立てられた足は、ちょっとやそっとでは抜けそうにない。

 

「Huh……!?」

 

 明らかに自分の念動力対策と思しき行動に、熾念は目を丸くする。

 昨日の特訓で木を引き抜く技も見せたことから、時間を掛ければ敵を地面から引き抜くことは可能だが、それまでに反撃を喰らうことは必至だ

 

「波動くん! こっちに来て!」

「なんだ、出久!?」

「作戦があるんだ!」

「ッ……OK!」

 

 爆豪を始めとし、近接攻撃を主体とする者達が敵たちに立ち向かっている間、熾念は緑谷に呼ばれるがままに赴く。

 このまま一人で悩んでいても仕方がないと、素直にA組のダークホース的存在の緑谷へ判断を委ねることにした。彼の知識は、八百万とは別方面で凄まじい。特にヒーローに関する知識―――千差万別ある“個性”を如何に用いられるかなど、四六時中考えているのだと、彼は豪語していた。

 

 ならば、既に把握されている自分の“個性”の活用法を彼が編み出しているのでは?

 

 熾念はそんな期待と共に、緑谷の隣に駆け寄る。

 

「作戦ってなんだ、出久!? ……あの敵に、一泡吹かせられるか?」

「……出来る限りのことは考えたよ。攻勢に転じるには、轟くんの奪還を優先しなきゃいけない。それには皆の協力は必要不可欠……あとは賭けの要素が強いけど、それでもやってくれる?」

「―――OK、聞かせてくれ」

 

 

 

 ☮

 

 

 

「おぉぉらぁ!!」

「単調だなッ!」

「俺じゃ―――……ねえよ!」

「行け、『黒影(ダークシャドウ)』!!」

「アイヨッ!」

 

 爆豪が攻撃を仕掛けると思いきや、突然横に逸れて後方から続いてきたカラス頭の常闇が、敵へ向けて黒い影のようなモンスターを仕掛ける。

 

 常闇踏陰:個性『黒影』

 伸縮自在で実体化する影っぽいモンスターをその身に宿している! 闇が深ければ深い程、凶暴性と攻撃性を増すが、明るい場所ではそれほどだ!

 

「喰らうものかァ!!」

「オワァ!?」

「くッ、修羅め……!」

 

 しかし、その奇襲も敵の掌での一扇ぎで失敗に終わる。

 

 他の者達が加勢に来てから、爆豪は攻撃の要を担うと共に『爆破』による閃光で攪乱にも回っていた。

 その他にも飯田や切島、障子、砂藤、尾白なども隙を見つけては一撃いれようとするも、岩石のように硬い筋肉の鎧を前に、致命打を与えることができていない。

 

 どんどん疲弊していく面々の動きは次第に鈍くなっていくのに対し、敵は以前常人離れした動きで生徒たちを一蹴する。

 

 このままでは―――!

 

 誰もがそう思った時、『創造』で創ったメガホンを通して八百万の声が響いた。

 

『皆さん! 避けて下さいッ! お願いします、耳郎さん!』

「そーいう……訳だから!」

「ムッ!」

 

 八百万の指示に反射的に敵から離れる面々。

 すると、周囲に誰も居なくなった敵へ耳郎が、『イヤホンジャック』を用いて爆音を放つ。だが、今迄の攻防からこの程度の攻撃で倒れる敵でないことは明らかだ。

 

「ハハハッ、痒いなぁ!!」

「そりゃどうも……口田!!」

「ッ!」

 

 耳郎の声に、コクンと頷く口田。

 すると爆音で少し足を止める敵の下へ、依然空いたままの天井の穴から夥しい数の鳥が出現し、敵の視界を防ぐ。

 これで時間を稼げるのは数秒。

 敵は左腕で強風を巻き起こし、鳥たちに本能的な恐怖を覚えさせて追い払う。

 

「ッ……!」

「任されたぜ、甲司!! Take this……METEO(メテオ) SMASH(スマッシュ)!!!」

 

 しかし、狙いはそこではない。

 敵の頭上には、崩れた瓦礫がきつく固められた巨大な塊が浮いていた。

 

 実技入試で0P敵を圧し潰した必殺技―――『METEO SMASH』は、今度はたった一人の敵に目がけて放たれる。

 一方敵は、墜落する隕石のような瓦礫の塊を前に、拳の一振りを以てソレを打ち砕いた。

 バラバラに砕かれた瓦礫は、そのまま流星群の如く敵の周りへ降り注ぐ。

 

「フンッ。まさかこれが切り札じゃないだろうなぁ……」

「Yeah、予定調和さ! 出久!」

「うん! 蛙吹さん、お願い!!」

「梅雨ちゃんと~―――……呼んでッ!!」

 

 Huh! と鼻で笑う熾念は、横に佇んでいた緑谷に目を向ける。

 そこには麗日の『無重力』の恩恵を受けた緑谷が、胴体に蛙吹の舌を巻きつかれている状態で佇んでおり、徐に蛙吹に放り投げられた。

 無重力の緑谷は凄まじい勢いで敵の下へ向かって行く。

 

 身体中に風を浴びる中、緑谷は何度もあの感覚を反芻する。

 

(電子レンジ……卵が割れない……割れない……! 全身に熱が……)

 

 刹那、ビリッと身体中に熱が伝播した感覚。

 体が内側から破裂するような感覚はない。

 土壇場で―――例えまぐれだとしても出来た。

 

(来た! 全身常時身体許容上限(5%)『ワン・フォー・オール―――)

 

 

 

「―――『フルカウル』!!! 波動くん!」

 

 

 

「All right!!」

 

 緑谷が敵に近付く最中、先程地表に墜落した瓦礫が一斉に浮かび上がる。その光景は、さながら宇宙空間に漂うデブリだ。

 

(『無重力』で僕の重さをなくしてからの、蛙吹さんの投擲で急接近! そこからは、波動くんが作ってくれた即席の足場で!)

 

 無重力が掛かっている状態であれば、少しの力で地平線の彼方へ飛んで行ける。

 そこへ蛙吹の投擲で勢いを付けてもらい、急接近してから行うことは、熾念の念動力で浮かした瓦礫を足場にし、爆豪よろしく敵を攪乱することにあった。

 

「うおぉ―――ッ!!」

「これはっ……!!」

 

 ビュンビュンと浮かぶ瓦礫を足蹴にする緑谷。彼が気にするのは制限時間だ。

 

(波動くんの“個性”の発動限界は12秒! その間に決めなきゃ……!)

 

「ピョンピョン跳ね回って……目障りだ!」

 

(ここだ!)

 

 ()()()焦燥が混じった声色を上げる敵が功を焦った所を見逃さず、緑谷は懐に隠していたスタングレネード(八百万製)を取り出し、敵の眼前で閃光を炸裂させるために投げつけた。

 刹那、眩い閃光が炸裂し、敵が少しだけよろめきを見せる。

 

「おぉ!?」

「よしッ!! 5%DETROIT(デトロイト)―――」

「こんな子供だましで!!」

 

 すぐさま拳を振りぬく体勢に入る緑谷に、チラつく視界で防御態勢をとる敵。

 しかし、緑谷が狙っているのは敵ではなく、

 

SMASH(スマッシュ)!!!」

「ヌゥッ……これは!?」

 

 熾念の念動力対策に足を突き立てていた地面。

 意趣返しと言わんばかりに、拳圧で足が突き立てられている足元を削る緑谷。流石に砕くまではいかなかったが、大分拘束は緩まった。

 さらに『DETROIT SMASH』の拳圧により、無重力がかかっている緑谷は攻撃と共に後退もできるという寸法だ。

 

 そして、

 

「緑谷くんだけじゃないよッ!」

「グゥ!? 小癪な……」

「ありがとう、葉隠さん! 轟くんを……返せッ!!」

 

 本気を出した葉隠―――要するに全裸の葉隠が、緑谷が敵を攪乱している隙に接近し、これまた八百万製のスタングレネードを眼前で炸裂させた。

 度重なる奇襲で隙が大きくなったところで、緑谷は捕まっている轟の回収に当たる。

 フルカウル―――たった5%であるが、無重力下でオールマイトの5%の力で跳ねれば、並みのバイクなどよりも早く動けた。

 

 脱兎のごとく奔った緑谷は……見事、轟を敵の手から奪い返すことに成功する。

 

「よしッ!」

「逃がすと思うか!」

「追わせると思いますか!?」

 

 執念深く緑谷へ手を伸ばす敵であったが、迫りくる細長いモノを視界に捉え、手持無沙汰となった右手で受け止めた敵。

 

「何だコレはぁ……?」

「ふッ……カタパルトで撃ち出した金属製のワイヤーですわ。まんまと掛かってくれましたね。上鳴さん、宜しくお願いします!」

「おうッ! い、く……ぜええええ!!」

 

 握るワイヤーの先には、ワイヤーを撃ちだしたと思われるカタパルト。

 そしてワイヤーは、BZZと電光を奔らせる上鳴が掴んでいた。刹那、上鳴から放たれる電撃はワイヤーを伝わり、敵へ130万Vの激しい電撃が襲いかかる。

 

「おぉぉぉおおおぉぉ!!?」

「どんなモン……ウェイ」

「芦戸さん! 瀬呂さん!」

「あいよー!」

「おっしゃ、来た!」

 

 ウェイって画風が崩れて話せない上鳴に代わり、八百万が待機していた芦戸と彼女に背負われる瀬呂が滑走する。

 これまた麗日の『無重力』で重さが無くなっている瀬呂がテープを敵に巻きつけ、芦戸は靴の裏から酸性の液体を出して滑らかに滑走。重さを無くしたのが瀬呂だけなのは、移動手段を担う芦戸が、敵を中心に瀬呂テープと遠心力を用いて素早く相手を拘束する為だ。

 

 痺れて動けない敵に、瞬く間に何重ものテープを巻きつけた芦戸と瀬呂は、やり切った顔で戦線から外れる。

 

 訪れる締め。

 それを飾るのは―――

 

「かっちゃん!!」

「勝己!! GO!!」

「ッ……るっせえぞ!!! 言われなくともォ……」

 

 何かに勘付いた爆豪が、再び爆速ターボで敵に接近し、籠手のピンを抜く。

 

 

 

「わぁっとるわぁ!!!」

 

 

 

「ぬぉおッ!!」

 

 USJで黒霧を吹き飛ばした大爆風が敵を呑み込んだ。

 凄まじい爆破を喰らう敵は、無防備で尚且つ踏ん張るひっかけが無くなっていた為、そのまま凄まじい速度で後方へ吹き飛び、紫色のぶよぶよした物体がたくさん張り付いている瓦礫の壁に激突した。

 

「むぉ、は……剥がれん!?」

「ハッハァ!! 見たか、クソ(ヴィラン)ン!」

「やったな、出久!」

「うん! ありがとう……皆のお蔭だよッ!」

 

 峰田の『もぎもぎ』で拘束された姿の敵に、恍惚とした表情の爆豪。

 一方、これだけの作戦を短時間で考え出した緑谷への賞賛の拍手や歓声も鳴り止まない。本人はとても恥ずかしそうに頭を掻きながら、必死に脱出を試みる敵へ視線を遣った。

 

(これでなんとか……アレ? あの敵の声、どこかで聞いたことがあるんだよなぁ)

 

「待ってろォ。今、俺が直々に……!」

「ま、待つんだ爆豪少年!」

 

 にじり寄るヒーローとは思えない笑みを浮かべる爆豪を前に、必死にもがく敵。

 ふと、もぎもぎの一個がマスクに張り付き、そのまま引っぺがされて素顔が露わになった。

 

 そびえ立つ二つの金色の前髪。

 画風が濃い顔。

 そして何より、何度も見たことのあるその笑顔。

 

 予想外の人物の登場に、一瞬誰もが呼吸を忘れた。

 そんな彼らの気も知らず、正体であった№1ヒーローは声高々に叫ぶ。

 

 

 

「私が来てたッ!!」

 

 

 

『オ……オールマイトォ!!?』

「アーッハッハッハ!! 実はちょっとサプライズ的に敵が出た際の救助訓練をと思ってね~! ほら~、前あんなこと起きたばっかりだし。いや~しかし、皆思いのほかテキパキしてて流石! 雄、えッ……」

 

 歩み寄る生徒。

 彼等の顔に笑みはなく、修羅の如き怒気を纏いながら、影を落とした表情で動けないオールマイトを睨みつける。

 

 あまりの威圧感に、オールマイトは一瞬言葉を失う。

 

 

 

 

 

「……なんか、すいませんでした」

 

 

 

 

 

『やり過ぎなんだよ、オールマイトォォオ!!!!!』

 

 

 

 

 

 雷が落ちたかのように、生徒たちの怒号がUSJ内に木霊する。

 その後、鋼のように硬い筋肉が祟り、生徒たちに気が済むまでいいようにタコ殴りにされたオールマイト。

 

 彼が用意したサプライズは見事に不評であったのだが、危機に瀕した級友を前にPlus Ultraした生徒の存在―――緑谷出久の存在を忘れてはならない。

 全くの無意味という訳ではなく、一部の者達には有意義となった今回の授業。

 結果はどうであれ、これを生徒たちが糧にして前へ進んでいくのは確かだろう。

 そして、新米教師が無駄に張り切ったら空振りに終わるという、良い例にもなった一日であった。

 

 因みに、オールマイトに協力して気絶した振りをしていた轟もあとで数名にブーイングを喰らうのであったが、オールマイトのようにタコ殴りはされなかったという。

 

「HAHA! 一件落着ってか?」

「あはは、心臓に悪いよ……」


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