Peace Maker   作:柴猫侍

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№12 HEROという名のMONSTER

 威風堂々とした佇まい。

 ただその場に居るというだけで、人々は歓喜に打ち震え、邪な者達は恐怖に怯え竦む。それが平和の象徴―――オールマイトだ。

 義憤に満ちている顔は、普段とは違い一切笑っておらず、悔恨を表すかのように歯をギリギリと食いしばりながら、自身が着けていたネクタイを引きちぎった。

 

「ようやく来たな……社会のゴミめ」

 

 ふと死柄木が漏らした一言。

 彼等が目的とするのは、オールマイトの殺害。つまりこの状況、彼等にとっては望んでもないものとなっているのだ。

 気だるげな声で標的がやって来たことを確認した死柄木は、興味を生徒たちからオールマイトの方へと向ける。

 

 次の瞬間、オールマイトの姿は階段先の出入口から消え去り、一陣の風となった。早過ぎて誰も彼の姿を捉えることができない。

 乾いた音が数度響く程度しか、音も感じ取れない。

 

「は……え?」

 

 ふと緑谷が呟いた時、彼の姿はオールマイトや救援に来てくれた四人の生徒の背後に存在していた。先程まで水辺に居たにも拘わらず、それこそワープしたかのようなスピードで、自身の位置が変わっていることに、彼は戸惑いを隠せない。

 彼と同じようにオールマイトに連れてこられた蛙吹と峰田も同じようであり、己の位置を把握する為に、挙動不審に辺りを見渡す。

 すると、足元に血まみれの人間が倒れていることに気が付いた。

 

「皆、入り口へ。相澤くんを頼んだ。意識がない、早く!!」

 

 数秒にも満たない時間の中、噴水の目の前で倒れている相澤を担ぎつつ、水辺に居た緑谷たち三人を運ぶとは、最早人間の業ではない。しかし、それを為してしまえるほどの力を持つ男がオールマイト。

 平和の象徴が健在している姿に、生徒たちには勝利のムードが漂い始める。

 しかし、緑谷だけは違った。

 

「オールマイト、駄目です! あの脳味噌(ヴィラン)!! ワンッ……僕の腕が折れないくらいの力だけど、ビクともしなかった!! それに、轟くんの氷結でもげた手足も、凄いスピードで再生しました!! きっとあいつ……」

 

 水辺での一幕を思い返す。

 ちょうど熾念と轟が救援に来る少し前―――黒霧の一報を聞き、あからさまに機嫌を悪くした死柄木が、蛙吹の顔に手を掛けようとした時だ。

 触れたものを粉々にする“個性”で蛙吹の顔面が崩れる光景を幻視した緑谷は、焦燥に駆られるがまま、『ワン・フォー・オール』による拳の一撃を放った。その際、何故かは分からぬが調整ができて、腕が骨折しない程度の力で殴ることには成功したが、瞬時に死柄木の盾となるため間に割り込んできた脳無に、攻撃を無力化されてしまったのだ。

 

 緑谷の“個性”は、オールマイトの“個性”を継承したもの。

 脳無によって自身の一撃が無力化された理由が、オールマイト対策が脳無に施されているからという結論に至るには、そう時間はかからなかった。

 

 しかしオールマイトはというと、心配そうな緑谷に対して、ピースを作った右手を目元に当てるという茶目っ気たっぷりの笑顔を見せる。

 

「緑谷少年。大丈夫! 他の皆も私に任せて下がるんだ!」

 

―――私を信じなさい

 

 不意に、そのような幻聴が聞こえた気がした。

 否、あれだけ強大な敵を前にしても、オールマイトであればきっと倒してくれると、心の底で信じている自身の想いの裏打ちだろう。

 

「いいや、俺は下がらねえぞ。兎に角、あの元栓締めなきゃ話にならねえからな!」

「……ああ。本体があるってことは、やりようは幾らでもある。オールマイトが脳味噌の奴相手してくれている間も、俺達は戦わなきゃな」

「意見合うじゃねえか、半分野郎。あのモヤモブ野郎は、ワープゲートになれる箇所が限られてる! そのモヤゲートで実体部分を覆ってる筈だろ!! じゃなきゃあ、『危ない』っつー発想は出ねぇもんなぁ!」

 

 未だに抗戦の意思を見せる爆豪と轟の内、爆豪は自身が黒霧に飛ばされた場面を思い出しながら語る。

 轟の攻撃で、既に黒霧に実体部分があることは証明されている。

 で、あるならば、オールマイトが一番の強敵を相手にしている間、自分たちは周りの敵を相手にした方が効率的。

 

 そう述べる二人であるが、オールマイトの表情は如何せん優れない。

 何故ならば彼は教師。只でさえ、生徒に危機が及んでいる上で、更に彼等へ危険を冒すような真似はしてほしくないのだ。

 だからこそ、彼等に撤退を促す。

 

「ダメだ!!! 逃げなさい」

「オールマイト……! でも、時間が……ぁ」

 

 失言をしてしまったかのように、口元を手で覆う緑谷。

 

「皆、気持ちは受け取ろう!! しかし、大丈夫だ! プロの本気を見ていなさい!!」

 

 ズンと腹の底に響く、重い声。

 近くで大太鼓でも鳴らされたかのようにビリビリと肌を撫でる感覚だ。これが№1の貫録というものか。

 現在、彼の庇護下にある筈の緑谷たちの頬に汗が伝う。相手にしてみれば、どれだけの威圧感を受けているかは想像に難くない。

 

 

 

 刹那、大地が砕けると共にオールマイトの姿は目の前から消えた。

 

 

 

 同時に脳無も奔り出し、二つの化け物は拳を突出す。

 激突する拳の衝撃で、辺りには旋風が巻き起こり、立っていた者達は須らく風に煽られて体勢を崩しかけてしまう。

 拳一つで天候を変えられてしまうオールマイト―――彼の拳を受けても尚、脳無は空気が入ったように右腕を膨らませるだけで、堪えた様子を見せることは一切ない。痩せ我慢か、それとも痛みを感じていないか。どちらにせよ、『尋常』でないことは明らかだ。

 

 続いて、頭部、肩、胴体へ次々に拳を突き刺していくオールマイトであるが、脳無はこれまた堪えた様子を見せず、反撃と言わんばかりに丸太のように太い腕での打撃を繰り出す。

 

「まったく……効いてないなぁ!!」

「それは『ショック吸収』だからさ。脳無にダメージを与えたいなら、ゆぅっくり肉を抉るとかが効果的だね」

「フンッ!! 再生とやらがあるらしいじゃないか!! 抉ったところで再生されては堪ったものじゃないなぁ!!」

 

 乱打戦を繰り広げながら、悠長に話しかけてくる死柄木に応答するオールマイトは、自分並みのパワーを有す相手―――しかも『ショック吸収』という打撃攻撃に強い相手を前に、内心どうしようものかと思慮を巡らせていた。

 オールマイトの攻撃主体は拳によるもの。隔絶した力から、手刀によって斬撃染みた攻撃もできなくはないが、本当に刃物で攻撃しているわけではない為、脳無には効果が薄いだろう。

 

 平和の象徴が改人・脳無にてこずっている様子に、恍惚とした表情を浮かべる死柄木は、嬉々とした声色で話を続ける。

 

「オールマイト……どうだい? 暴力で敵をねじ伏せてきたおまえが、同じ暴力を以てねじ伏せられようとしている現状は? 笑顔で取り繕うとしても無駄だ、おまえは単に相手に暴力を向けているだけ。平和の象徴というあやふやな蓋で閉じ込められた俺達が……暴力でねじ伏せられてきた俺達が暴くのさ。おまえを殺すことで、この社会がどれだけ脆弱なものかを。暴力は暴力しか生まないとなぁ……!」

「めちゃくちゃ、だなぁッ!! そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの!! 自分が楽しみたいだけだろ、嘘つきめッ!!」

 

 オールマイトとは違う意味で良く通る死柄木の声。

 まるで舞台俳優のように語っていたが、オールマイトが脳無にボディブローを喰らわせながら言葉に一蹴され、指の隙間から覗く瞳が醜く歪む。

 

「バレるの……早」

 

 口から出まかせといったところだろう。

 彼等がそのように話している間にも、蛙吹や峰田は、意識不明の相澤を出入口の方へと運んでいる。

 一方、他五人はオールマイトに加勢しようと佇んでいるも、彼等の織り成すラッシュの余波が凄まじ過ぎて、近付く事すらままならないのだ。

 それは敵側も同じ。黒霧がワープゲートとなる靄をオールマイトへ向けようとするも、真面に接近させることもできない。

 

 乱打、乱打、乱打。

 

 留まることを知らないラッシュに地面は裂け、水面は波立ち、大気は震え続ける。

 時折鼓膜を揺らすのは、拳が肉を穿つ鈍い音。嵐のように絶え間なく振るわれ続ける激しい拳の間からは、オールマイトが血反吐を吐く姿も垣間見えるが、尚も拳激は止まず、寧ろより一層激しさを増す。

 

 すると、次第に応戦していた脳無の体が仰け反っていく。

 

―――ショック無効ではなく吸収であれば、限度がある筈

 

「ビンゴだっ!!!」

「ッ……!」

 

 笑みが濃くなるオールマイトに、先程は大層な弁舌をふるっていた死柄木の眼が、別の意味で軋む様に歪んでいく。マンホールから下水が溢れ出すように、彼の心の奥底から溢れ出てくる負の感情が、表情となって露わになる。

 陰りが強くなる―――それ即ち、光が燦然と輝いている証拠だ。

 

「ヒーローとは常に逆境(ピンチ)をぶち壊していくもの! 敵よ、こんな言葉を知っているか!!? 更に向こうへ―――」

 

 機関銃の如く放たれる拳激に、とうとうショック吸収が限度を迎えて上体が仰け反り無防備になった脳無へ、オールマイトの渾身の一撃が突き刺さる。

 

 

 

Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)!!!」

 

 

 

 轟音。

 一瞬、何かが線になって消えたかと思えば、ドーム状となっているUSJの天井に巨大な穴が出来ており、照明の破片が差し込む太陽光を乱反射し、平和の象徴の勝利を自然と彩っていた。

 

「……漫画かよ。ショック吸収をないことにしちまった……究極の脳筋だぜ」

「HAHA、これが平和の象徴って訳だな……!」

 

 拳を振りぬいた後の体勢で佇むオールマイトを眺めながら、歓喜と困惑が入り混じった複雑な笑みを浮かべて語る切島と熾念。

 

「……やはり衰えた。全盛期なら5発も撃てば十分だったろうに。300発以上も撃ってしまった」

 

 吹き荒れる砂塵を纏いながら呟く。

 単純に計算すれば、全盛期は今の六十倍の力がある訳らしいなのだが、それは最早人間の範疇に収まっていないのではと、他の者達は冷や汗を垂らしながら想う。

 

 一人は、どんなに困っている者でも笑顔で助ける最高のヒーローを想う。

 

 一人は、どれだけピンチであっても、必ず最後には勝利する最強のヒーローを想う。

 

 一人は、父がどれだけの『努力』を為しても越えられなかったヒーローを想う。

 

 一人は、どんな状況でも笑って臨んでしまう、最高のヒーローを想う。

 

「さてと敵……お互い早めに決着をつけたいね」

「チートがぁ……!」

 

 強い意志の籠った瞳でオールマイトが一瞥すれば、主犯格である死柄木はあからさまな動揺を見せながら、ブツブツと淀んだ呟きをしながら喉元を掻き毟る。

 さらにそこへ畳み掛けるように、出入口の方から声が響き渡った。

 

「1-Aクラス委員長、飯田天哉!! ただいま戻りました!!!」

 

 USJから救助を呼びに出ていた飯田が、数多くのヒーローたちと共に戻ってきた。

 校長である根津を始めとし、B組の担任であるブラドキング。他にもミッドナイトやプレゼント・マイク、スナイプ、ハウンドドッグ、エクトプラズム、セメントス、パワーローダーなど、錚々たる面子が揃っている。

 スナイプは率先して一歩前に出て、死柄木や黒霧、更には何故か山岳ゾーンにも向けて銃弾を放つ。

 

 正確無比な銃弾は死柄木の手足を撃ち抜き、真面に動けないようにするも、すぐさま隣に佇んでいた黒霧が彼のバックアップへ入り、撤退する様子を見せた。

 そこへ、コスチュームの背中側が破れている13号が、指先から『ブラックホール』の引力を発生させて、彼等を捕獲しようと試みる。

 

 しかし、如何せん距離がある所為か、黒霧が死柄木の体を覆いこんでいくのが僅かに早かった。

 

 

 

―――今回は失敗したけど、今度は殺すぞ。平和の象徴オールマイト

 

 

 

 薄っぺらい暴論を吐いた時とは裏腹に、明瞭な本心(殺意)が籠った声。

 瞳にも、かき集めたゴミに火をつけたかのように燻り、黒煙を吐き散らす不完全に燃ゆる炎が宿っていた。

 純粋な憎悪だ。

 歪み、歪み、歪み切った筋が逆に直線となった歪な線を描く感情が、ワープゲートに呑み込まれ終わる最後の最後まで、オールマイトを射抜く。

 

 遂に彼の姿がUSJから消えた時には、勝利という燦然な光と共に、敵の襲撃という暗い影を落として、この襲撃事件は幕を下ろすのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 熱い。暑い。今はどちらかなのさえ分からない程、自分が居る場所が熱せられているのが分かった。

 辺りを見渡せば赤ばかり。じりじりと肌を焼き尽くす真紅が、全部を焼き尽くそうとにじり寄ってくる。

 

 あれから何が起こったのか。

 

 オカシイ、思い出せない。

 

 突然炎が噴き上がったかと思えば、視界が暗転していたのだ。

 

 オカシイ、思い出せない。

 

 自分は何かを握っている。肉が焦げてしまいそうに熱せられている輪っかのようなものを、小さな手でギュッと握っている。

 

 オカシイ、思い出せない。

 

 目の前で倒れている人達は誰なのか。思い出そうとすればするほど、激しい頭痛に襲われる。

 思いだしてはイケないと。貴方は傷ついてしまうと、この炎の中でハッキリと感じてしまう程温かい声で、誰かが囁く。

 

 オカシイ、思い出せない―――思い出せないのだ。

 

 この指輪の内側に書かれた名前の人たちの顔が。

 

 思い出そう。

 一番頭に残っている場面はなんだ?

 口角を吊り上げて微笑んでくれる男女の姿を思い浮かべようとしても、顔の部分が刳り抜かれていてしまっている。

 顔の部分にだけ、酷い靄が掛かっていた。

 

 頭痛に負けじと必死に思い返そうとすれば……

 

―――まだ……ダメ

 

 彼等の刳り抜かれた顔を中心に、青玉(サファイア)のような色の炎が燃え広がった。

 

「あ……」

 

 気付けば手を伸ばしていた。

 真っ暗闇に、蒼色に燃え尽くされた一枚の写真の灰が散らばっていく。

 

 手に取ろうとしていた筈の写真が消えても尚、掴もうと試みる掌が掴んだのは空虚。

 

 空しい。虚しい。

 

 足元に転がる指輪の中心が、やけに寂しく覚えた。持ち主を失った指輪は、一体誰の薬指を待っているのだろうか。

 炎で変色してしまった金属光沢は鈍い光を放っていた。

 それが、何者かがこちらを睨んでいるようで、とてもではないが直視することが憚れる。

 

 目を背けたい。

 

 背けたい。

 

 だけど、忘れたくない。

 

『ねえ、忘れても……いいんだよ?』

 

 優しい女性の声が聞こえてくる。

 

『辛いなら、繋がりなんて忘れてもいいの』

 

 嫌だ。

 そう口に出そうとしても、嗚咽で声がはっきりしない。

 

『ソレはしー君の“個性(チカラ)”なんだから……私たちとの繋がりなんて、忘れてもいいの。ね?』

 

 不意に、首筋に温かい物が首に掛かってくる。

 腕だろうか? それにしては熱すぎる。

 熱すぎて―――涙が止まらない。

 

『―――』

「あッ……待っ―――!!」

 

 

 

 ☮

 

 

 

「でッ!!?」

 

 ゴチンと鈍い音が響いた。

 同時に視界が開けた熾念が目の当たりにしたのは、反転した男子高校生らしく散らかった我が部屋。

 どうやらベッドから逆様に落ちてしまったらしい。

 

(久し振りに今の夢見たな……)

 

 “個性”で自分を持ち上げてベッドの上に運びながら、たった今見た夢の内容を思い返す。

 はっきりとまでは思い出せないが、確か小学校に入ったばかりの頃もよく見ていた気がする内容の夢だ。

 

「Uh……汗ヤバ」

 

 じっとりと滲み出ている汗の所為で、寝間着が肌に張り付いて気持ちが悪い事この上ない。胸元を摘んでパタパタと仰いでみるも、これは暫く乾かなさそうだ。

 朝から最悪の気分の彼は、そのまま枕元に置いてあるデジタル時計を一瞥した。

 

 AM 08:00

 

「……Huh?」

 

 目を疑った。

 ゴシゴシと目を擦ってもう一度時計を見る。

 

 AM 08:01

 

 一分経った。

 

「……NOOOOOO!!!?」

 

 このままでは遅刻だ。

 確実に遅刻してしまうであろう時間に起きてしまったことに、今見た夢の内容などどうでもよくなってしまい、大慌てで寝間着を脱ぎ捨て、クローゼットからYシャツや制服を取り出す。

 人は急かされる、もしくは慌てている状況下では普段通りのスムーズな行動ができなく場合がある。熾念の場合、余りに慌て過ぎてYシャツのボタンを入れることに悪戦苦闘してしまう。

 

 すると、ドタドタと廊下の方から足音が聞こえ、部屋の前で足音が止まったかと思えば扉が開いた。

 

「おはよッ、熾念くん。ねえねえもう八時だよ、寝坊助さん! 今日が学校だったら遅刻だね! ね?」

「Good morning! ……アレ?」

 

 扉を開けて入ってきたのは、部屋着を着ているねじれだ。

 オカシイ。今日が学校であれば、彼女は既に登校していて家には居ない筈だ。そもそも、学校の日であれば母親なりねじれなりが起こしに来てくれる。

 

「ねえ、なんで着替えてるの? 昨日、USJに敵が襲撃してきたから、今日は臨時休校だよ? なんで大慌てで制服に着替えてるの? 不思議!」

「……はぁ」

 

 先程の夢は、昨日火災ゾーンへ放り込まれたのが原因だったのだろう。そう気づいた熾念は深い溜め息を吐いて、留めたボタンを一つずつ外していく。

 昨日の敵によるUSJ襲撃。教師陣が救援にやって来て、主犯格である男たちが逃走した後、生徒たち全員の安否が確認された。緑谷が指を骨折したことと、熾念の肩脱臼以外、特に大きなケガはなく事態は収束した。

 生徒の怪我のほとんどはリカバリーガールの手で回復したのだが、相澤は両腕粉砕骨折と顔面骨折。13号も背中から上腕にかけて裂傷がひどかったらしい。幸いだったのは、命に別状がなかったということだろう。

 

 午後はそのまま警察による事情聴取を受け、解散となったのだが、引き続き警察が捜査を行うとのことで次の日―――つまり、今日は臨時休校で休みとなったのだ。

 そのことが頭からすっぽ抜けていた熾念。

 幾ら昨日のことがあって疲れていたとしても、余りに間抜けな姿をねじれに見せてしまったと、自分自身に呆れる他ない。

 

 制服を脱いでハンガーにかけ、適当に私服を選び取る。

 普段であれば早起きしてランニングしに行っているのだが、この時間から今更する気にもなれない。

 何よりも今は、汗ばんだ体をさっぱりさせたいと、彼の足は風呂場を目指して動く。

 

「はぁ……ねえちゃん、俺シャワー浴びる」

「ふーん。あ、ねえ聞いて! お母さん、朝ご飯作っておいてくれたから、それ食べてね!」

「OK」

「あとねー、ねえねえ! 今日お休みだし、することないからどこか行こッ?」

「Huh?」

 

 突飛な提案に、思わず自分でも気の抜けた返事をしてしまったものだと思った。

 

「いや……昨日の(ヴィラン)の襲撃で疲れてるんだけど……」

「私も校外活動で疲れてるよー?」

「Wait。だったら、なおさら家で休みたいと思うのが普通じゃないか? ねえちゃん」

「ん~……ねえ聞いて、熾念くん。そんな時だからこそお出かけしなきゃイケないと思うの」

 

 頬を指で突きながら語るねじれは、普段通りのマイペースさで弟を巻き込んでいく。ねじれという名の嵐の中に、引きずり込んでくるのだ。

 生まれてこの方、彼女とペースの引き合いで勝てたことのない熾念であるが、肉体的にも精神的にも……比重で言えば、精神的の疲労の方が重い彼は、なにも考えずに過ごせる家で時間を潰したかった。

 が―――

 

「泣いてるよー、熾念くん。ねえ、また怖い夢見たんでしょ? ね?」

「っ……!?」

 

 不意に指を熾念の目元にあてがうねじれ。

 彼女の細い指の上には、透き通った涙の粒が肌に反発して、不安定に揺れていた。まるで今の彼の心境を表すように。

 

「これはちがッ……」

「違くないよー。ねえ聞いて? 昔は熾念くんが『コワい夢見たー』って私の部屋来て、こうやってナデナデしてあげたもんね?」

「Ah……」

 

 流されるがままに、ポフポフと頭に手を置かれて撫でられる熾念は、嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情で、にっこりと笑みを浮かべているねじれを見下ろす。

 

 火事で両親が死んだ後、彼は母親の妹である量子の家に引き取られた。

 これが物心つく前であれば兎も角、しっかりと自分の親を認識し、まだまだ親に甘えたい年頃であった彼は、突然暮らすこととなった伯父と伯母に心を開ける訳もなく、陰鬱な日々を過ごしていたのだ。

 親を失った傷心の癒やし方が分からぬ量子たちは、これは時間が解決するものだと手をこまねいていたが、ねじれだけは『弟ができたー!』とはしゃぎにはしゃいで、心の壁など関係なしに家に居る間は四六時中一緒に過ごしていた。

 

 その甲斐あってか、最初に打ち解けたのは他でもないねじれであり、巡り巡って今の飄々とした熾念の性格を形成するに至る。

 そのような彼の性格形成の顛末を把握しているねじれは、今現在誰よりも『波動熾念』という人間のことを理解している人物だろう。

 

 彼の感情の起伏に敏感なのも彼女だ。

 

 だからこそ、思い出そうにも思い出せない―――なにかにシャットアウトされるように先が見えない悪夢に脅かされている熾念の動揺にも気付いた。

 そこで、弟の気分をリフレッシュするために出かけるという訳だ。

 天真爛漫で、人の応答には質問を被せてくるのがフォーマルの彼女にしては、気が利いた提案だと言えよう。

 そんな提案を無下にできるはずもなく……

 

「……All right。どこ行く?」

「えー? あ、聞いて! 最近駅前に美味しいクレープ屋さん出来たんだって! ね? まずそこに行ってから、近くの洋服屋さん見てー。ねえ、本屋さんも行こー! あ、それと茶葉が売ってるお店も行きたいね! ね?」

「……」

 

 この後、滅茶苦茶連れまわされたのは、言うまでもないだろう。




補足
・熾念と轟が火災ゾーンに居た代わり、土砂ゾーンには尾白くんと葉隠ちゃんが居ました。基本尾白くんが相手して、透明な葉隠ちゃんが敵の相手を突く形で凌いでいた感じです。


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