Peace Maker   作:柴猫侍

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№11 ヒーローの卵

「よっと」

「ほぎゃ!?」

 

 棍棒を振りかざしてくる敵を、念動力を放ちその場で一回転させるよう体勢を崩し、そのまま片手をついてのバク転からの蹴りをお見舞いする熾念。

 

「……中々やるな」

「それほど、でもッ!」

 

 敵を目の前に呑気に呟く轟に対し、熾念は“個性”と足技を用いて敵を迎撃する。

 以前戦闘訓練で相まみえた時は、自身が即座に凍らせた故に、マジマジと彼の近接戦闘を見ることが無かった。てっきり“個性”を用いての遠距離戦法を得意とするのだとばかり思っていた轟であったが、この数分間でその考えは間違えだったと理解する。

 

(波動が得意なのは極端な遠距離だけじゃなく、近~中距離における格闘戦。中距離の相手は“個性”で無理やり引きつけて自分の距離に持ち込み、近くなったら近くなったで、“個性”で体勢を崩す。自身にも念動力の補助を付けることで、本来ありえない体勢からの攻撃もできるっていう訳か……)

 

 短時間で熾念のバトルスタイルを見抜いた轟。

 もし、戦闘訓練で自身が彼を凍らせなければ、直にこの戦いを観ることができたのかもしれない。

 

(だがまあ……さっきも言ってたみてえに余裕がねえ。動きもキレがねえし、ヒーロー科なら簡単に避けれちまうだろうな。それでも倒せるってことは……)

 

「アンタらが単に“個性”持て余してるだけの輩ってことだ」

「ッ……!」

 

 轟は、つい先程凍らしたばかりの敵の眼前に赴く。

 敵の瞳には明確な怯えが映っている。それもその筈だ。なんせ、『多勢に無勢』や『ヒーローの卵といってもまだ子供』と相手を侮っていたにも拘わらず、蓋を開けてみればたった二人に瞬殺されかけているのだ。

 相手からすれば、とんだ化け物を相手してしまったとでも思っているに違いない。

とんだ化け物を相手してしまったとでも思っているに違いない。

 

(こいつ等は生徒用の駒ってみた方がいいだろうな……オールマイトを殺せる戦力は、ごく少数。四~五人辺りが妥当か)

 

 自分たちを火災ゾーンに送ってきた黒い靄状の敵の言葉を思い返す。

 オールマイトを殺すなどを謳う敵は過去に何人も居たが、所詮有象無象であった敵たちは悉く一蹴されてきた。しかし、今回は明らかに毛色が違う。

 それなりに綿密に組んだような今回の襲撃では、かなりの精鋭を贈って平和の象徴を潰すのではないかなどと最初勘繰っていた轟であったが、高々生徒―――“個性”は強力だが―――に瞬殺される程度の輩で、オールマイトを殺せるとは到底思えない。

 

 となれば、各地に数多く送られている敵たちは時間稼ぎ。

 本命はセントラル広場に集結させていると考えるのが妥当だろう。

 

(となりゃあ、そいつらは今相澤先生と戦ってる訳だが……)

 

「死ねッ!!」

「ッ!」

 

 目を俯かせて思慮を巡らせていた轟の背後に、テケテケを彷彿とさせる上半身のみの男が、屋内の天井を伝って迫り寄って来た。

 

 不意を突かれたが、反応できない速度ではない。

 

 即座に右手を翳し、カウンターの際に氷結を繰り出そうと身構える轟……であったが、

 

「―――ORBIT(オービット) SMASH(スマッシュ)

「ぽぎゃあ!?」

 

 緑の光の尾を引かせながら俊足で接近してきた熾念が、轟に襲いかかろうとした敵の脇腹に重い蹴りを入れる。戦闘服を身に纏っている彼の脛には、足の保護と同時に蹴りの威力を高める為のアイアンソールがあるのだ。

 要するに鉄の塊で思い切り蹴られたと言う訳だ。敵は、そのまま派手に吹き飛んで壁に激突した後、悶絶してその場にのたうち回る。そこへ泣きっ面に蜂と言わんばかりに、轟の氷結が浸食してきて、敵はあっけなく行動不能に陥らされるのであった。

 

 相手の拘束を確認した轟は、そのまま左手の甲で鼻血を拭う熾念へ目を遣る。

 

「悪ィな」

「Don`t worry」

「また鼻血か? ……冷やしてェなら、そこらにある氷で冷やしといてくれ」

「Thanks。時間配分ミスるとこれだ、HAHA……」

「そうか。さてと……本題はこっからだ」

 

 殲滅を確認した轟は、最も近くで氷漬けにされていた敵の前に佇む。

 高校生とは思えぬ威圧感を放つ轟に、敵たちは思わずゴクリと唾を飲んで、彼が言う『本題』とやらを聞く体勢に入る。

 

「オールマイトを殺す算段っていうのを教えてもらおうか」

「だ、誰が!」

「……このまま放っておいても氷は解けるだろうが、それよりもお前らの体が壊死する方が早いだろうな。それでもいいのか?」

「ッ!!?」

 

―――まさかコイツ、ヒーロー科の生徒の癖に脅迫しているのか!?

 

 心の中でそう呟く敵たちの背中に、ゾッと悪寒が奔る。

 

 一方熾念はと言うと、轟の出した氷を額と首筋に当てて体温を冷やしつつ、轟の言葉に『Wow』と呟きつつ、引き攣った笑みを浮かべていた。

 だが、止めるつもりはさらさらなく、敵たちが拘束を解いて動こうとしていないか辺りを警戒するだけだ。

 

 こうして刻一刻と時間が過ぎている間にも、敵たちの体は血流障害に苛まれ、次第に凍傷が蔓延っていき、ジワジワと肉体が死んでいくという訳である。

 サッと血の気が引いた敵たちは、態度を一変させ、凍てつくような瞳でこちらを見下ろしてくる轟へ声を上げた。発する内容は、勿論救済を求めるものだ。彼等に殺す意思はあっても、殺される度胸は持ち合わせていない。不釣り合いでご都合的な思考でここにやって来た敵たちに、『死んでも』という信念はこれっぽっちもないと言う訳だ。

 

「わ、分かった!! 知ってることは話す!!」

「……言え」

「中央の……あの噴水ある広場!! あそこにいた、ガチムチの黒い皮膚の化け物みてえな!! アイツだ!! 嘴のある……アイツ! あれが『策』って、全身掌みてーなアクセサリー着けてる奴が言ってた!! 俺が知ってるのはここまでだ!! ホントなんだ、信じてくれ!」

「……成程。聞いたな、波動?」

「Sure」

 

 大分鼻血が止まって来た熾念は、眉間に皺を寄せるという激情を隠さない表情で応答した。無論、自分たちを殺そうとする敵たちが気にくわないのもそうではあるが、彼にとっては何よりもオールマイトを殺すという襲撃の理由が気に入らないのである。

 だが、ここで怒りを露わにして状況が好転しないことは百も承知。

 一旦息を吐いて気を落ち着かせながら、『どうする?』と言わんばかりの視線を轟きに送る。

 

「……そうだな。単独行動は危険だ。俺とお前の二人で行動を共にしつつ、他のクラスの奴等が居る筈の場所へ救援に向かう。それか―――」

「セントラル広場に行って、相澤先生の救援に向かうか、だな?」

「ああ。先生を信じてねえ訳じゃねえが、オールマイトを殺せる『策』っていう奴が居る広場が、一番戦力が集中してる場所だと考えていいだろうよ。他の奴らがどんだけ飛ばされたのかは分からねえが、救援を呼ぶにしても、もう呼んでるにしても、一度広場に行って様子を見るのが良い案だと思う……どうだ?」

 

 あくまで生徒にあてがわれたのは、“個性”を持て余しているチンピラなどの輩だ。

 それを鑑みた上で、ヒーロー養成機関最高峰の生徒がやられる可能性は低いと信じ、激戦地に赴くか。

 それとも、クラスメイトの安否を確認するという意味合いも兼ねて、各所へ救援に向かうか。

 

 轟が提案したのは、大体このような内容だ。

 

 彼の提案に思慮を巡らせる熾念は、数秒ほど唸った後にハッと口を開いた。

 

「俺としちゃ一番怖いのは波状攻撃だ。USJ内に敵を呼び込んだ靄みたいな奴……アレが第二波を送り込まないとも言い切れないからなっ」

「……それもそうだな。となると、一番厄介なのはソイツか」

「ああ。焦凍、お前の氷結でどうにかできそうか?」

 

 戦闘訓練で、屋内を一瞬で銀世界へと作り替えた氷結の光景を脳裏に過らせながら、ワープの“個性”を持っていると思しき敵を拘束できまいかと考える熾念の提案。

 しかし、相手の“個性”の全容が分かっていない以上、浅い考えで立てる作戦は危険が付き纏う。無責任な発言はできないが―――

 

「……やってみなけりゃ分からねえが、効かないとしても他の奴等は氷漬けにできる筈だ。オールマイトを()る『策』って奴も、俺の“個性”まで対策してる訳じゃねえだろうし、戦力を大幅に削るくらいのことはしてやるさ」

「Toot♪ 心強いな、焦凍。じゃあ、やることは決まったな」

「そうだな。広場に急ぐぞ……!」

「All right! Hurry up(急ぐぜ)! さっさと、こんな暑っ苦しい場所からはおさらばしたいからなっ!」

 

 行動の指針は決定した。

 散らされたクラスメイトが敵に負けないことを信じ、敵の出入口である黒い靄を倒しに向かう。

 例え向かった先で不可能だと判明しても、轟の氷結で敵の大部分を拘束し、戦力の大幅ダウンを狙う。熾念の“個性”で浮かせれば、氷結での拘束の成功率は各段に高まる筈だ。

 

 指針が決まった彼等の動きは迅速であり、熾念は『念動力』で飛行し、轟は足場に氷を形成して自分を押し出すような形で、互いに高速移動をし始める。

 

「いや、ちょ……氷……」

 

 そんな彼等の後ろ姿を、未だに氷漬けにされている敵たちは、漏れるような声での呟きを口にするのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「……なあ、波動」

「Huh?」

「差支えねえなら、お前が火ィ苦手にしてる理由を聞かせてくれ」

「Ah……面白い話じゃないぜ?」

「構わねえ」

 

 ドームとなっている火災ゾーン。その出口に近付いてきた頃合いに、轟は目線を前に向けながら、斜め上を飛行している熾念に問いかけた。

 轟は、客観的に先程の戦闘を眺め、最初に本人が言ったように戦闘がやや雑になっていたことを感じていたのだ。火がトラウマ故の、心のゆとりがなくなった結果だろうが―――。

 

「小さい頃……小学校入る前ぐらいの時だな。偶然家族と行ってたデパートで敵が暴れて起こった火事に巻き込まれた。その時、両親がどっちも亡くなった」

「ッ……! ……そうだったのか」

 

 地雷を踏み抜いてしまった。轟はらしくない動揺を顔に浮かべつつ、少し顔を俯かせて話し続ける熾念の言葉に耳を傾ける。

 

「ああ。で、俺も三途の川渡りかけた時に助けてくれたのがオールマイトって訳だッ! 俺がヒーロー目指してるのは、オールマイトに……ヒーローに助けられたからだ。もし助けてくれたのが消防士だったら、俺は消防士目指してたろうな。まあ、火がトラウマになっちまったから消防士は無理そうだけど……HAHA!」

「……悪ィ」

「Don’t worry! 今の話で分かったろ? オールマイトは俺にとって命の恩人……個人的にも社会的にも、殺されたら困る人なのさッ!」

 

―――命の恩人

 

 『数多くの人命を救ってくれたヒーローに自分も救われた。だから自分も、ヒーローとなる』。この超常社会では、至極ありふれた単純明快なヒーローを志す理由だ。

 

「……そうか。俺も同意する」

 

 同じオールマイトに憧れた子供の一人として、轟はやや解けた表情で頷く。

 他人に推し量れないような過去を抱いているとしても、結局帰結する先は平和の象徴だと知れば、なんとなしに自然と共感を覚えてしまうものだ。

 すると熾念は、ふと頬を緩めた轟の表情を見逃さず、ニシシッと白い歯を見せて笑う。

 

「笑うんだな、お前! 学校始まって初めてみたぜ!」

「……は? 余計なお世話だ」

「Oh, sorry……っと! そろそろ広場見えて来るぜ!」

 

 からかうような言葉に、普段通りの仏頂面へと戻ってしまう轟。

 燃え盛る建造物が立ち並ぶ場での戦いを終え、幕の合間の休憩を僅かに挟むことで心の余裕を少し得た二人は、ドームを抜けた先に見えるセントラル広場へ目を向けた。

 

 そして彼等の瞳に映ったのは、筋骨隆々で黒い肌の敵に組み伏せられている血まみれの相澤の姿。

 掴まれている右腕は有り得ない方向に曲がっており、トレードマークでもあるゴーグルも無造作に地に堕ちており、勝敗は誰が見ても明らかであった。

 

「ッ……急ぐぞ、波動」

「All right!」

 

 嘘だろ? そう口にしたくとも、あえて口にしなかった二人が考えていたことは、ほぼ同じであった。

 『抹消』の“個性”を持つ相澤を圧倒するということは、それ即ち素の身体能力が遥かに高いということ。オールマイトを殺す『策』という敵は、脳が剥き出しとなっているあの敵で間違いないだろう。

 

「アイツら……水難ゾーンの方に行きやがったぞ?」

「ッ! 誰か居る!」

「なに?」

「焦凍! 『浮かす』!!」

「……あぁ!」

 

 水辺の淵に茫然と佇んでいた生徒と思しき三人―――緑谷、蛙吹、峰田の下へ向かう脳味噌敵と掌だらけの敵に対し、即座に“個性”を発動する熾念。

 するとよく目を凝らさなければ視えないほどの薄い緑の光が、波紋を刻むように宙を奔り、あっという間に敵二人の体を包み込んだ。

 

「あぁ……? なんだ、これ?」

 

 そのまま勢いよく宙に吊り下げられる二人の内、掌だらけの敵が訝しげな声色で呟いた。

 

「Huh! バンジーでもないのに宙ぶらりんの気分はどうだ!?」

「……誰だよ? おい、脳無(のうむ)……」

 

 片足を持ち上げられているかのように、頭が下に来る体勢で吊るされる掌だらけの敵は嫌悪感を丸出しにし、隣でじたばたと動いている脳味噌敵―――脳無へ声を掛ける。

 だが、ロープやワイヤーなどといった実体のある物で吊るされている訳ではない為、その場で暴れる程度で拘束を解くことは不可能。

 

「……オイ、黒霧(くろぎり)

「はい。死柄木(しがらき)(とむら)

 

 脳無で拘束は解けないと判断し、ワープゲートの役割を果たす『黒霧』という者に応援を要請した掌だらけの敵―――死柄木。

 次の瞬間、死柄木と脳無を包み込むように黒い靄が渦巻いて広がっていく。

 

「させねえよ」

「むッ!?」

 

 しかし、黒霧の目と思しき光芒がある方へ氷結を繰り出す轟に、思わず黒霧はワープを停止して己の回避を優先する。

 それを見た轟は何かに気付き、不敵な笑みを浮かべた。

 

「成程な……()()()っていうことは、本体があるってことだ」

「……他の生徒が来てしまったようですか」

「あんな三下、大した時間稼ぎにはならねえな。それより、てめェの本体があるって分かったからにゃ、やることは決まった」

 

 そう言って右脚を敵二人が浮かんでいる方へ向ける轟。瞬く間に氷結が広がっていったかと思えば、USJの天井に届かんばかりの氷柱がそびえ立ち、無防備であった死柄木と脳無を凍てつかせた。

 

「動くなよ? 無理に剥がしゃ四肢がもげる。たとえ氷剥がした所でその高さから落ちりゃ、只で済まねえぞ」

「Toot♪ 容赦ないな、焦凍」

「轟ぃぃぃいい!!! 波動ぉぉぉおお!!!」

 

 形勢逆転。そう称するのが正しい一変した状況に、先程死柄木に掴まれる寸前まで肉迫された峰田が、慟哭するかのように泣き叫び、応援に来てくれた二人の名を呼ぶ。

 しかし、ちょうど応援に来てくれたのは二人だけではなかった。

 

『退けェ!!! 半分野郎!! 似非バイリンガル!!』

「Huh?」

「……爆豪か?」

『おぉい、マジか!!? やべえ!! 二人共伏せろォ!!』

 

 少し遠くから響いてくる爆豪と切島の声。

 徐に視線を声が聞こえる方向へ向ければ、眩い光がカッと閃いたのが見えた。何やら、爆豪が右手に嵌めている籠手のピンを抜いたようだが―――。

 

「Fire!?」

「ッ、避けるぞ!」

「言われなくて……もぉ!!?」

 

 

 

「―――死ねぇ!!! クソ(ヴィラン)ンン!!!」

 

 

 

 刹那、セントラル広場の地面を抉るほどの爆炎が黒霧(他数名、射線上に佇んでいた敵も)を呑み込まんと爬行する。

 火が苦手な熾念は勿論、クールな印象が強い轟でさえ血相を変えて避けるほどの爆炎は、瞬く間に爆音という名の咆哮を上げながら、焼き尽くさんと黒霧に牙を剥いた。

 水面に上半身を覗かせていた緑谷たちも、爆豪の突拍子もない行動に目を点にしながら、辺りに広がっていく熱から逃げるべく、一旦水中の中へと潜っていく。

 

 爆炎の疾走はほんの数秒。

 

 だが、この場に居た者たちは須らく、一瞬の閃光以外にも、未だ宙に蔓延る熱の余韻に圧巻されるように口をあんぐりと開けていた。

 

「ハッハァ!! さっきはよくも俺等をそこらかしこに飛ばしやがったな、モヤモブ!!」

「爆豪お前……クラスメイト居るのにそんな威力高ェの放つなんて、気が触れてるとしか思えねえよ!?」

「うるせえッ! その前に退けっつったろうが!!」

「だとしてもありゃあ無えよ!?」

 

 戦闘訓練でも見せることのなかった大爆破を見せた爆豪は、満足げな笑みを浮かべて籠手を嵌めた腕を下ろした。だが、予想以上の威力を目にした切島は、腕を広げるジェスチャーを見せながら、先程の爆破に抗議の姿勢をとる。

 

「爆豪ちゃんと切島ちゃんも来てくれたみたいね。ケロッ」

「おぉおぉぉおい緑谷! これなら助け来るまで持つかもしんねえぞぉ!!?」

「う、うん……いや、待って!? 氷がッ!!」

 

 歓喜の涙を流す峰田に縋りつかれる緑谷は、ふとボロボロと零れ落ちてくる氷の破片が視界に入り、バッと拘束されている筈の敵を見上げた。

 すると、死柄木の方は四肢がなんとか残る形で拘束から脱出し、脳無の方は四肢が砕けるのを厭わずに拘束を解いているのが目に入る。

 

(さっきの熱と衝撃で緩んだ!? いや……違う!)

 

 脳無は完全なる力技であるのに対し、死柄木は“個性”を用いたのだろう。

 応援に来てくれた者達は未だ見てはいないが、死柄木の個性は『触れたモノを崩壊させる』と思しきもの。

 その“個性”を応用して、氷結による拘束を緩めたのではないか―――現に、死柄木はなんとか脱出に成功してしまっている。

 

 しかし、応援に来た四人も既に気付いているようであり、熾念と轟は先程のコンビネーションを繰り出すべく、身構えていた。

 爆豪と切島も同じく、敵の復活を前に殺気を荒立てたり、闘志を宿らす瞳を浮かべる。

 

「あぁ~あ……コレ凍傷になったら責任とってくれんのか? ……脳無、立て。まず子ども殺すぞ」

 

 氷漬けになっている手足を、掌の装飾の陰から覗く死柄木。

 その横では、手足がもげて生まれたての小鹿のように立てない脳無が居たが、もげた肉の断面から筋線維が盛り上がり、瞬く間に新たな腕と脚が生えてくる。

 普通の人間であればあり得ない現象だ。一連の流れのグロテスクさもあってか、真面に眺めていた者達の顔からは、血の気が引くなり冷や汗を流したりなどといった様子の変化がみられる。

 

 悍ましい。

 

 ただその一言が似合う光景。

 

「……なんだ、アイツの“個性”は?」

「再生の類いかなんかか!?」

「Huh、厄介な“個性”だな……」

「はっ!! 傷口から肉が再生すんなら話は早ェ! 再生するよか前に、傷口焼けばいい話だろうがッ!!」

 

 爆豪の言葉に、他三人が冷ややかな視線を彼に送る。ここで、その思考は最早敵寄りなのだがとは、あえて言わなかった。

 

「俺ァ、アレをもう一発撃てる。おい、半分と似非。さっきのもう一回出来るか? っつーか、やれ」

「……Can do it」

「……ああ、まだ出来るぞ」

「なら話は早ぇだろ。救援来るより前に、俺達が片つけたるわッ!!」

 

 掌から爆破を放ち、戦意を滾らせる爆豪。

 やけに雑な略称を言われた気がする熾念と轟の二人は、これまた冷ややかな視線を彼に送る。熾念に至っては、つい先程爆豪の最大出力爆破の熱風を間近で体感し、絶賛トラウマ蘇り中なのだ。彼に抗議する視線を送るのは当然と言えよう。

 

 だが、付近には瀕死の相澤が倒れており、彼等には見えていないものの13号も既に戦闘不能に陥っている。

 それを為し得ただけの敵を前に、背を向けて逃亡することは“死”と同義。

 故に、彼等がするべきことは逃亡の姿勢を見せることではなく、救援の時間を稼ぐためにも、戦闘の姿勢を見せることであった。

 

 幸い、現時点の戦力の内に、敵に触れずして浮かせることのできる熾念が居る。念動力で自身を浮かせることを他人に応用すれば、延々と浮かせ続けることもできるのだ。

 例えプロヒーローを圧倒できる膂力を有していたとしても、地に足を着けていられなければ戦闘力は激減。そこを轟が氷結させ、再び四肢をもいだところで再生できぬよう、爆豪が傷口を焼く。

 

 これが現時点で可能な最善の脳無対策である。

 

「ハハッ……思わぬ所で脳無の『超再生』のお披露目になったな。ホントなら、オールマイトと戦ってる時に見せつけてやりたかったんだが、この際どうでもいいなぁ。……生きてるだろ、黒霧?」

「ええ、不意は突かれましたがね……やはり、生徒と言えどヒーローの卵。油断ならない」

 

 怯え竦むどころか、立ち向かう意思を見せている生徒を嘲笑うように腕を広げる死柄木は、ヌッと戻ってきた黒霧に声を掛ける。どうやら、先程の大規模爆破を喰らっても尚、行動不能にはなっていないらしい。

 ワープで攻撃を逸らしたか―――否、フラフラしているところを見れば、寸前で爆破をいなしたと見た方が正しいだろう。

 

 寄せ集めの雑魚敵たちは、爆豪の爆破でほとんど倒れた。

 となれば―――

 

「……4対3、か」

「Toot♪ まずは、俺が脳味噌敵を浮かせるところからだな」

「成程! 波動の“個性”なら、相手がどんだけ怪力だろうとイケるもんな!」

「似非がそうしている間に俺等三人は、他二人をブッ殺す!! んでもって、終わったら脳味噌もブッ殺す!! いいな!?」

 

「オイオイ……あいつら、俺等を倒せると思ってやがるぜ?」

「舐めている……とは強ち慢心とは言えませんよ、死柄木弔。まず狙うのは、脳無を拘束できると豪語する生徒から始末することにしましょう」

「そういう訳だ……やれ、脳無」

 

 瞬間、黒い巨体が四人の視界から消え失せた。

 同時に只ならぬ殺気を感じた熾念は、自然と”個性”を発動させる。本能的に放った念動力は()()をつかみ取り、尋常ならざる抵抗感を覚えた時、右肩に今までに感じたことの無い痛みが奔った。

 

「―――()ッ!!?」

「波動!?」

 

 ガコンと骨が外れる音を切島たちが聞き取り熾念の方へ振り向けば、肩部のコスチュームが破れて痛そうに蹲る熾念の姿が目に入る。先程まで死柄木の隣にいた脳無も、熾念の眼前で拳を振り上げた後のフォームで佇んでおり、彼が脳無の攻撃を受けたことは想像に難くなかった。

 

 一体いつ?

 

 誰もがそう思い背筋に悪寒を走らせる中、肩が外れた熾念はそのまま脳無を宙づりにし、隣にいた同級生たちにアイコンタクトをとる。

 『反撃してくれ』と言わんばかりに焦燥に満ちた目を見た轟と爆豪は、各々が持つ”個性”の攻撃を以て、脳無に仕掛ける。

 

 轟が氷結で脳無の体を凍てつかせ、無防備となったところに爆豪が爆撃をぶちかます。

 

 単純ながらも強力な攻撃をもらった怪物は、彼らの攻撃に合わせて念動力の拘束が解かれたことにより、四肢を砕き散らしながらUSJ内を滑っていく。そのまま死柄木の元に意図せず戻された脳無はと言えば、自前の『超再生』で砕けた部位をみるみるうちに元通りに生やし、五体満足で立ち上がった。

 

「ってェ……!」

「大丈夫か!? オイ!」

「肩が外れただけだが、jokeじゃねえな……」

 

(掠っただけでコレって……全然見えなかった……!)

 

 たった一発の拳撃で破けたコスチュームから覗く肌は、一部分がベロリとはがれ、とめどない血を流して彼の衣装を赤く染め上げていた。念動力でわずかに攻撃の軌道をずらせたからよかったものの、直撃していれば右腕がもがれていたかもしれなかったと、大粒の汗が頬を伝う。

 肩が外れているのは勿論、皮膚がはがれているというのも痛覚に響くもので、熾念の表情からは余裕がなくなっている。なおも、笑みは浮かべたまま。

 

ピンチ(こんな時)だからこそ、笑って臨まないとな……)

 

「……気に入らないぁ……」

 

 その様子に、あからさまな嫌悪感を丸出しに染まる死柄木で、再び向かうように脳無へ顎で指示する。

 今の速度で来られれば、今度は肩脱臼程度では済まないかもしれないと、四人の警戒心は最高潮に達した。今度は誰に来るかもわからない。わかったところで反応することなどできない。

 

 ならばと、四人は各々の”個性”を全力で発動させようと身構える。

 

 熾念は、目を緑色に輝かせて念動力発動のスタンバイに入った。

 

 轟は、右半身から身の毛もよだつ冷気を漂わせる。

 

 爆豪は、両手を敵たちへ翳し、爆撃体制を整える。

 

 切島も、攻防一体の『硬化』で全身を鋼のように固める。

 

 雑兵どもであればオーバーキル気味の戦力であるが、今の顛末を見た彼らは、これだけでもまだ足りぬという考えが浮かび上がっている。

 たとえ、クラス全員の戦力をかき集めたところで、あの脳無一人に勝てるかさえも甚だ疑問だ。

 

 しかし、下手に全員を集めて徹底抗戦に移るよりも、少数精鋭で対抗した方が被害が少なくて済む。逆に言えば、被害は自分たちだけ―――死にさえせずにヒーローの救援が間に合えば、こちらの勝ち。

 そう、死にさえしなければ……。

 

「こういうのは、先手必勝だ。Huh!」

「やるっきゃねえのか!」

「半端にやろうとすりゃあ足元掬われる。徹底的にやるぞ」

「そうだ! ブッ殺すぐらいの意気でやらねえとな!!」

 

「クク……まだやる気だよ。最近の子どもは元気でいいなぁ」

「元気すぎるのも困りものですがね。今のうちに芽は摘んでおくことにしましょう」

「そうだな……ラスボス来る前に、スコア稼いで―――」

 

 

 

 両陣営が相手を睨みつけながら佇む最中、入り口の方から爆音にも似た轟音が響き、厚い鉄製の扉が砂塵を巻き上げながら吹き飛ぶのが見えた。

 

 

 

「もう大丈夫」

 

 

 

 やけにハッキリと通る声に、生徒たちの瞳には光が。敵たちの瞳には陰りが映る。

 義憤の色が窺える声に大気や地面、そして心さえも打ち震わせる声の主は、自身のネクタイを引きちぎりながら、こう言い放った。

 

 

 

「―――私が来た!」

 

 

 

 最高峰の英雄(オールマイト)が、(たす)けに来た。

 


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