Peace Maker   作:柴猫侍

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№10 Villains are raiding

「すみません。雄英にオールマイトが教師として就いたことについて、少しお話を伺いたいでのすが……」

「オールマイトについて? あ、ねえ聞いて! 私は三年生だから、それほどオールマイトとは―――」

「Sorry。遅刻しちゃうのでー」

「あ、ちょ……」

 

 校門前に屯する報道陣。ここ最近、オールマイトが雄英の教師に就任したというニュースで、連日マスコミが押し寄せてきているのだ。

 どの程度かと言えば、学生たちの登校に支障が出る程度に。

 早朝から張り込んで、校門を潜ろうとする生徒を見つければ、誰これ構わず質問を投げかけてくる。人によっては断って振り切ることもできず、そのまま何分も絶え間ない質問で拘束されるなど、生徒からすれば良い迷惑だ。

 

 しかし、ねじれは持ち前の好奇心で取材に応じてしまおうとしていたので、二人で公共の場に居る時は保護者的な立ち回りをする熾念が、彼女の手を引いて校舎の中まで連れて行く。

 将来的にはヒーローとして、メディアに出ることも多くなるかもしれない為、こういった機会で経験を積むのも良いのかもしれないが、生徒側がそう思ったとしても、マスコミ側は『大多数の中の一人』程度にしか思っていないのだから、労力の割に合わない。

 

「ねえねえ、聞いて。有名人になれるかもしれなかったのにー」

「№10のヒーロー事務所に校外活動行ってるんだから、充分有名人だろ?」

 

 ムスッと頬を膨らませるねじれだが、彼女が二年生の頃から行っている校外活動先が、№10ドラグーンヒーロー・『リューキュウ』という、超有名ヒーローの事務所だ。

 このまま続ければ、相棒入りは確定。

 弟としても、有名ヒーローの下で働いている姉を持って誇らしい限りだが、将来的に独立できるのか不安だ。

 

 そのようなことを思いつつ、昇降口でねじれと別れて教室へ向かう。

 

 そのまま麗らかな春の陽気が差し込む教室で、和やかにクラスメイトと他愛のない会話を交わせば、あっと言う間にHR(ホームルーム)の時間を迎えた。

 昨日の戦闘訓練について軽く触れた後、学級委員を決めてもらう旨を相澤が口にし、『学校っぽいの来た―――!』と全員が校内に木霊するほどの叫びを上げたりなど、朝から溌剌とした高校生活を謳歌するA組の面々。

 誰が委員長をやるかについては、飯田の提案によって投票形式となり、最終的には緑谷が四票獲得して委員長、八百万が二票獲得し副委員長となった。因みに熾念は緑谷に票を入れたのだが、その理由は『昨日の采配がよかったから』という、他に緑谷へ票を入れた者と同じであった。

 

 というHRからの午前の授業を経て、昼休み。

 

「出久、昼飯に行こうぜ! 昨日の分と委員長就任祝いも兼ねて奢るぜ?」

「波動くん! はは、ありがとう……務まるか不安だよ」

Fear is often worse than the danger itself(案ずるより産むがやすし)。こういうのは慣れさッ」

「そう……かなぁ?」

 

 苦笑を浮かべながら頭を掻く緑谷の肩に手を回す熾念は、昼食を摂る為にとある場所へ向かう。

途中、一緒に食べてもいいかと声を掛けてきた飯田や麗日も交えて赴いたのは、クックヒーロー・『ランチラッシュ』が取り仕切る食堂・『LUNCH RUSHのメシ処』だ。

 一流の料理を安価で頂けるとあって、昼飯時は非常に混む。

 

「ランチラッシュと言えば、六年前の大型台風で被災した一万人もの被災者に、たった一人で! しかも、無償で炊き出しをしたっていう伝説的なエピソードがあって、夕食にはフランス料理のフルコースを―――!」

「詳しいな……」

「流石デクくん!」

「知識に関しては一級品だな、HAHA」

 

 ランチラッシュについて熱く語る緑谷の姿を肴にしながら昼食を頬張る三人。

 ここまですらすらとヒーローについての逸話を口に出せるということは、余程ヒーローのことが好きなのだろう。

 

(まあ、ヒーロー科入ってるし、当然と言えば当然……いや、それにしても凄いな)

 

 緑谷のヒーロー愛に、素直に感嘆する熾念。

 嬉々としてヒーローを語る緑谷の瞳は、まるで少年のようにキラキラと輝いており、普段の消極さも息を潜めるほどだ。

 その気になれば、ヒーロー評論家などもできるのではないか―――など思いつつ、話は飯田の一人称についてへ移った。

 

「ターボヒーロー『インゲニウム』は知ってるかい? それが俺の兄さ!」

 

 事務所に六十五人もの相棒を雇う有名なヒーローを兄に持つ飯田。彼は、代々ヒーローとして活躍するヒーロー一家の次男であり、兄であるインゲニウムに憧れてヒーローを志すようになったと言う。

 具体的に誰を憧れているのか―――それはヒーローを目指す上で、一つのゴールともなり得る。それが身近である人間であるという点では、熾念もやや同意するかのような視線を飯田へ送った。

 

「ねえ! 飯田くんはお兄さん居るけど、デクくんと波動くんは兄弟居るん!?」

 

 すると突然、若干方言混じりの麗日が、燦然とした瞳でふとした問いを投げかけてきた。

 

「僕は一人っ子だけど……波動くんは?」

「姉って言うか、従姉の家族とは一緒には住んでる」

「従姉? 波動くんは、その従姉のご家族の家に下宿してるのかい?」

「Non。色々あって、小学校からずっとだ」

 

 一瞬、神妙な空気が流れる。

 なにか不味いことでも言ってしまったかと勘繰る熾念であったが、彼は自然と家のことについて話す声色が重くなっていたことに気付いていなかった。

 普段から、良く言えば明るい、悪く言えばお茶らけた空気を身に纏う熾念であったからこそ、不意のギャップが三人に違和感を覚えさせたのだろう。

 

 ふと緑谷が『あッ』と何かに気付いた様子を見せたが、なにも語らず、一旦話を区切る為に目の前のカツ丼をかき込んだ。

 

「んぐッ……ぷはぁ! あの、良かったらでいいんだけど、その波動くんの従姉ってどんな感じの人か教えてくれる?」

「OK! 天真爛漫っていうかなんというか……あ、写真あるぜ? 見るか?」

「え、あるの!? 見る見るー!」

「失敬。ボ……俺も気になるので、拝見してもいいかい?」

 

 徐に熾念が取り出したスマホの画面に食いつくよう身を乗り出す三人。

 映しだしたのは、『ハハッ』と笑うネズミが居る夢の国に、雄英合格記念という名目で姉弟水入らず遊びに行った時の写真だ。

 年甲斐もなく童心に返ってピースを掲げている姉弟の写真に、眺める三人の表情は明るいものへとなる。

 

「うわ~! 可愛いお姉さんだね!」

「アレ? どこかで見たような……?」

「雄英生だから、体育祭とかの生中継で見てるかもな。ヒーローの仮免も取得してて校外活動行ってるし、『ねじれちゃん』で検索すれば出てくると思うぜ?」

「なんとッ!? 姉弟揃って雄英生か! それは保護者として鼻が高いだろうな!」

「Yeah。合格したって分かった時は、母親が気絶したよ……」

 

(うわぁ……僕ん家のお母さんみたい)

 

 妙な所でシンパシーを覚えた緑谷は、母親である緑谷引子の姿を思い浮かべながら、苦笑を浮かべた。

 “無個性”という先天的なハンディキャップを背負ってこれまで生きていた緑谷は、随分と母に心労を掛けていたのではと、時折悶々とした感情で胸の内が埋め尽くされるのだ。誰よりもヒーローに憧れていた息子に“個性”がない―――とどのつまり、ヒーローを目指すことが絶望的な身体に生んでしまったという、なんの責任もない事由で、長い間母に辛い想いをさせていたのでは、と。

 

 まだ小さい頃は、“個性”がないのを母の所為にもしようと考えたこともあった。

 だが、遂には口に出すことはなく、こうして最高峰の教育機関の下で夢へ向かって歩めるようになったのだ。

 そのように、夢へ向かって歩む子供を見て、歓喜の涙を流す親を持ったことを、今ならば誇らしいとさえ言える。

 

「……波動くんのお母さん、本当に君のことを大事に思ってるんだね」

「ホントにな! まあ、そうなったのは全部オールマイトのお蔭なんだけどなッ!」

「え? それってどういう―――」

 

 一体、オールマイトと熾念の家庭事情になんの因果関係があるのかと気になった緑谷であったが、彼の質問を遮るようにけたたましい警報の音が鳴り始めた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ批難して下さい』

 

 警報と共に流れる放送に、食堂は不穏な空気が波紋となって広がっていく。

 熾念たちが訳も分からず狼狽している間、飯田は近くの席に座っていた三年生と思しき生徒に何事か問う。

 

「校舎内に誰かが侵入してきたってことだよ! 三年間でこんなの初めてだ!! 君らも早く!!」

 

 そう言って避難を催促してくれた上級生の指示に従い、四人も非常口から出ようとするが、瞬く間に人並みに呑まれてしまった。

 雄英のセキュリティが厳重だ。だからこそ、侵入者がやってくるという事態に対しての危機感が薄くなりつつあったのだが、未曽有の位置まで侵入を許したという突然の凶報に、この場が混沌となるのは必然であった。

 

「Damn……一体なんなんだ、ったく!」

「ッ……アレは報道陣じゃないか!」

「報道陣!?」

 

 逃げ寄せる人並みに押し流される中、辛うじて互いが近くに留まることができていた熾念と飯田は、窓の外で校門を既に潜り抜け、校舎内へ侵入しようと進軍すう報道陣の背中が見えた。

 

 幸い、敵でなくて良かった―――と、悠長に言っている場合ではない。

 パニックという波は広がり、重なり、本来の何倍もの大きさとなって人の心に襲いかかってくるものだ。

 誰しもが我先にと非常口へ向かう現状は、かなり危険な状況といえよう。

 ふとした拍子に誰かが倒れれば、後ろから押し寄せる人々に踏みつけられるなどをして、怪我は必至。

 

「くっ……は、そうだ! 波動くん! 俺を浮かせられるか!?」

「Where!?」

「非常口の上―――EXITの看板の上辺りに頼む!」

「All right!」

 

 なにかを思いついた飯田は、近くに居た熾念に協力を求めた。

 すかさず応答した熾念は、要望通りに飯田を“個性”で浮かせ、迅速ながらも繊細な扱いで彼を看板の上へと移動させる。すると、まるで非常口によく見られるピクトさんの様な体勢をする飯田が、喉が張り裂けるのではないかという程の大声で叫ぶではないか。

 

「大丈ー夫!! ただのマスコミです! なにもパニックになることはありません、大丈ー夫!! ここは雄英!! 最高峰に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 渾身の叫びは一斉にパニックになっていた者達に伝播し、荒立っていた波をあっという間に鎮めていった。

 飯田が言う通り『大丈夫』だと理解した生徒たちは、再び昼休みへ戻ろうと食堂や各々の場所へ戻っていく。

 

 そうして非常口前から人が去ったのを見計らい、飯田を看板の上から下ろした熾念はと言うと……。

 

「協力ありがとう波動くん―――って、その鼻血はどうしたんだいっ!? もしや、いまの混雑の時に!?」

「……Over time」

「うわわっ、大変! なんか波動くんって、“個性”使った後いつも鼻血出してる感じだね!」

Don`t say that(それは言わないでくれ)。鼻血キャラは定着させたくないんだ」

 

 親切に延々と飯田を“個性”で支えていてあげた熾念であったが、それが祟って発動限界時間を超え、ダラダラと鼻血が流れ始めた。

 それを見て慌てながら言葉を発した麗日であったが、すかさず熾念がソレを鼻声で否定する。

 

(いや、波動くん……もう最初の戦闘訓練の時点で、大分定着してると思うんだ)

 

 彼の必死な姿を見つつ、緑谷はクラスメイトの会話を耳に入れた内容を思い返しながら、憐れむように心の中で呟くのであった。

 

 その後、午後で食堂での一連の流れを見ていた緑谷は、他の者達の同意も得て飯田を委員長の座を譲り渡したのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 この時彼等は知らなかった。密かに、邪なる意思を抱いた者達の影が忍び寄っていたことに。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 日を跨いだ午後、A組の面々はバスに乗ってとある場所へ向かっていた。

 今日のヒーロー基礎学で行うは『人命救助訓練』である。雄英の広大な敷地内には、その人命救助訓練を行うことのできる施設が造られているのだが、如何せん徒歩では時間が掛かり過ぎる距離の場所にあるのだ。

 それ故のバス移動。各々が戦闘服を着て乗り込んだ車内では、到着するまでの間、和気藹々と仲睦まじく会話し、交友を深めていた。

 そして、

 

「すっげ―――!! USJかよ!!?」

 

 誰かが叫んでしまうほど、施設内に入った彼らが目にした光景は圧巻であった。広大な敷地に存在する、広大な水場、燃え盛るような街、切り立った崖に盛り上がる土砂の山……などなど。

 しかし、遊園地にある楽しそうなアトラクションは一つも見当たらない。

 何故ならば、此処は―――

 

「水難事故。土砂災害。火事……etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も、ウソの()災害や()事故()ルーム!!」

 

(((((USJだった!!)))))

 

 災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なスペースヒーロー『13号』が口にした施設名に、誰もが著作権を心配するかのように心でツッコんだ。

 その後、引率としてA組を引き連れていた相澤は、本来今日来る予定だった筈のオールマイトが居ないことを13号に尋ねる。なにやらとある理由で来ていないようであり、相澤は『不合理の極みだな』と呆れる様子が窺えた。

 

(Huh。折角なら、オールマイトにお礼言いたかったんだけどな……)

 

 彼が来ないことを少し残念がる熾念。だが、生徒と教師という立場上、会える機会などいくらでもあるだろう。

 

「えー、始める前にお小言を一つ二つ……三つ……」

(増える……)

「四つ……」

 

 指折り数えて授業が始まる前に小言を話し始める13号。

 彼が言いたいことは、超常社会は“個性”の使用を資格制にして厳しく規制することにより、成り立たせている様に見せているものの、誰もが人を殺めかねない“個性”を有している危険を孕んでいるというもの。

 相澤の体力テストで、己が秘めている力の可能性を知り、オールマイトの対人戦闘で、それらを人に向ける危うさを体験した今、次に生徒たちに学んでもらうことは人命を救う為に“個性”を活用すること。

 

 ヒーローの力は人を傷付けるのではない。誰かを救う為にある。

 

 そう説く13号に、誰もが尊敬の眼差しと共に賞賛の拍手を送った。

 彼の小言が終わったのを見計らい相澤がセントラル広場の方へと視線を遣り―――目の色を変える。

 

「一かたまりになって動くな!! 13号!! 生徒を守れ!!」

 

 蠢く漆黒の靄。

 最初は小さかった黒は刻一刻と広がっていきながら、中から忍び寄るように這い出てくる数々の者達の登場に、生徒の間へ動揺が奔るのはそう遅くなかった。

 

「何だアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってるパターン?」

「動くな。あれは―――敵だ!!!!」

 

 未だ何かと勘繰る切島であったが、ゴーグルをかける相澤が普段は上げそうにない大声で叫ぶ。

 すると、生徒たちを見上げる―――といっても、顔面を始めとして全身に手を模した装飾品を身に着けている為に表情が窺えない不気味な男が、不安定に震えた声で、悍ましい言葉を発して来た。

 

「平和の象徴……いないなんて……子どもを殺せば来るのかな?」

 

 屍に群がる蛆虫のように数多く湧き出てくる敵。これだけ敵が侵入しているというにも拘わらず、各所に設置されている筈のセンサーは起動していない。

 何者かの“個性”によって、センサーが阻害されている可能性がある―――轟はそう語る。

 

「校舎と離れた隔離空間。そこに少人数が入る時間割……バカだがアホじゃねえ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 

 計画的犯行。

 そう判断するしかない状況に、一斉に生徒たちの間に不安や焦燥といった感情が湧き上がる。

 だが、彼等の恐怖を和らげるために、担任である相澤―――否、抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』が、捕縛武器である布を靡かせながら敵陣へ突っ込んでいく。その直前に緑谷が、相澤の戦闘スタイルが多対一に向いていないと口走っていたが、『一芸だけじゃヒーローは務まらん』と一蹴する。

 なにより、いざ戦い始めれば相澤は軽快な動きと“個性”を封じる“個性”を用いて翻弄し、次々に敵を撃破していく。

 

 しかし、『抹消』が解ける一瞬の隙を突き、有象無象をこの場に引き連れて来たと思われる黒い靄状の人間が、一瞬の間に生徒たちの背後へ回り込んできた。

 

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合(れんごう)。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは―――」

 

 

 

―――平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして

 

 

 

 この英雄を育む巣を侵すように訪れたのは、超常社会の闇……それも深い深淵の奥に潜んでいるような、途方もない悪意であった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「っ……暑ィ! いや、熱い!?」

「死ねぇッ!!」

「Huh!」

「ひでぶッ!?」

「あ、入った」

 

 黒い靄から吐き出されるようにして、紅蓮の炎燃え盛る場所へ移された熾念は、背後から鉄パイプを振るおうとしてきた敵の顎へ、アルマーダ―――カポエイラで『艦隊』を意味する後ろ回し蹴りを喰らわせた。

 念動力での補助も加えている強烈な蹴りを受けた敵は、そのまま脳を揺さぶられて失神し、泡を吹きながら仰向けに崩れ落ちる。

 

(Shit……よりにもよって火災ゾーンか!)

 

 火が大の苦手であるというにも拘わらず……否、だからこそかもしれない。火災ゾーンにワープされた熾念は、苦虫を噛み潰したかのような顔で、辺りに屯する敵を見遣る。

 

 先程、黒い靄が生徒たちの背後に回った際に、咄嗟に迎撃にと爆豪と切島が指示を聞く前に飛び出してしまったのだが、彼等の一撃は有効打となることなく、敵の“個性”によって生徒が散り散りにされてしまったのだ。

 

 相手の数も把握できないもの勿論だが、何よりも一番苦手とする状況下での戦闘を強いられていることに対し、熾念の顔には既に止めどない汗が溢れ出していた。

 呼吸も乱れ、平静を取り繕うこともできず、普段の姿からは考えられない程に、余裕のない表情を浮かべている。

 

 それを好機と見た敵たちは、一斉に下品な笑い声や雄叫びを上げながら、熾念と後から送られてきたもう一人を殺そうと襲いかかるが、

 

「ぎゃあ!!?」

「なんだこりゃあ!?」

「こ……氷ッ!!?」

 

 突如、敵の三分の一が、燃え盛る室内の気温が一気に下がるほどの氷に呑み込まれ、戦闘不能に陥った。

 

「焦凍か!」

「……俺と一緒に飛ばされたのは波動だけみてぇだな。俺とお前の“個性”なら、こんな状況でも切り抜けられんだろ」

「Ah……ちょっといいか。俺、火が得意じゃないって言うよりトラウマだから、この前よりも雑な戦い方になるかもしれない。悪いな……HAHA」

「……そうか」

 

 以前、屋内戦闘訓練の際、顔の左半分に氷を模した仮面を着けていた轟であるが、今日は身に着けていない。その為、日常生活では常々垣間見える左目周りのやけど跡が露わになっていた。

 

 赤い髪の間から覗く彼の瞳は、心なしか氷のように燃え盛る憎悪が滾っているように見える。

 

 

 

「……俺もだ。俺も(コイツ)には良い思い出がねえからよ……ッ!!!」

 

 

 

 刹那、火災を模して燃え盛る筈の建物の一角から、ドームの天井を衝かんばかりに氷の柱がそびえ立った。

 一部は燃え盛り、一部は凍結しているという混沌とした場になった建物の屋内では、既に氷漬けにされている敵たちが数多く垣間見える。

 

 彼等を見下す轟は、白い吐息を吐きながら、殺気立つ視線を残りの敵へ送った。

 

「多少乱暴になるかもしんねえが……まあ、自業自得ってことで許せよ」

「Toot♪」

 

 一瞬にして敵の半数を無力化する轟に、熾念は賞賛の口笛を奏でる。

 そして、なんとか轟の氷結を免れるものの、戦々恐々する敵たちへと、熾念も好戦的な視線を向けた。

 

「そういう訳だ。火災ゾーン(ここ)から早くトンズラしたいから、さっさと終わらせてもらうぜッ!」

 

 

 

―――動乱はまだ、始まったばかりだ


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