Peace Maker   作:柴猫侍

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波動熾念が来た!
№1 彼の”個性”


 事の始まりは、中国・軽慶市において、発光する赤児が生まれたというニュース。

 かぐや姫さながらに産まれた赤児は、普通であれば暫くの間だけお茶の間を賑わせた。しかし、異変はそれだけにとどまることは無かったのだ。

 次々と、各地で『超常』が確認され、原因は判然としないまま時が流れ過ぎていく。

 『超常』が『日常』に、『異変』が『普遍』に偏移していく中、取り残された人々は何を思うのだろうか。

 

 発現した『超常』を、人は“個性”と謳った。早い話、前時代の超能力者やエスパーも、“個性”を持っている者に分類される。

 しかし、“個性”を発現しないまま育っていく前時代の者達は、“無個性”と称され、“個性”を持つ者が人口の八割を超えた現代においては、進化の過程で置いてけぼりにされた者達と罵られることも少なくない。

 

 “個性”を持っている者でも、大して“無個性者”と変わらない者が居るにも拘わらず、だ。

 

 この超常社会において、社会に出れば“無個性”でも困ることはさほどないのだろう。なにせ、“個性”を半ば強制的に必須とするのは『ヒーロー』という職業だけなのだから。

 公的職務に分類されるヒーローは、持て余した“個性”を用いて悪事を働く(ヴィラン)を退治することが主な役目。更には災害救助、CM出演、町や海でのパトロールなど、ヒーローは各分野へと手を伸ばしている。

 

 豊かな“個性”を持つヒーローはまさに子供の憧れ。だが、そんなヒーローになれない―――正確に言えば、なることが絶望的な“無個性”は軽蔑されるような存在であり、いじめの対象となり易い。

 

 “個性”が発現するか否かの境目である幼稚園の頃であれば兎も角、ほとんどの者が“個性”を発現させている小学校では、それは顕著となる。

 まるで腫物扱い。

 一生を過ごしていく中で、絶対に必要としない能力を持たないだけで。

 

(何時からだっけ)

 

 彼女は、中学へ登校するための身支度を整えながら、昔を思い返す。

 

(アイツと仲拗らせたの……)

 

 小学校低学年の頃を思い返す彼女の脳裏を過るは、メソメソと泣いている一人の少年。

 面倒見が良く、男勝りで情に厚い彼女はどうしても“彼”を見捨てることができなかった。

 

 “無個性”だった―――否、“個性”がまだ発現していなかった彼を。

 

(あぁ、そういやそうだったな。多分……アイツの“個性”が発現してからだ)

 

 明るい茶髪をサイドテールに纏めた少女は、若干憂鬱な気分となりながら、朝食を摂る為に部屋を出て階段を下りていく。

 彼女―――『拳藤一佳』は中学三年生。そろそろ、進路を決めるべき時期に差し掛かっていた。

 

 家族との団欒を楽しみながら手短に朝食を摂り、最後にもう一度身支度を整え、忘れ物が無いかを確かめ、足早に家を出る。

 麗らかな春の日差しと程よく涼やかな風が頬を撫で、咲いたばかりの桜の香りが鼻を擽り、意識がパァッと覚醒していく。

 

「ん~~~! ふぅ……いい天気」

「あ」

「あ」

 

 いい陽気の思わず背伸びをしていれば、ガチャリという扉を開ける音と共に、頓狂な声が聞こえてくる。

 反射的に振りかえれば、隣の家の玄関から出たばかりと思われる学ランの少年が、目を点にして一佳を見ていた。

 淡藤色の髪に、それと同じ瞳の色をした切れ長の目。

 若干着崩した学ランは、彼なりのお洒落なのだろう。

 

「Holy shit……」

「オイ。どういう意味だ、熾念(しねん)

 

 彼等のような関係を、当人たちは『腐れ縁』と呼ぶだろう。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 千葉県にある植蘭(うえらん)中学校。

 特別変わったこともない普通の中学校だ。

 

 四月となったことで新入生も入り、新三年生は自分の進路を明確にし、受験へ向けて励もうと決心する時期でもある。

 学校近辺の街道には桜が咲き誇り、否応なしに明るい雰囲気を周囲に振りまく。

 しかし、そんな桜舞い散る道を歩んでいるにも拘わらず、言い合っている男女が一組。

 

「だから第一ボタン留めろよ! だらしないからさ」

「Huh! そういうお前だって腕捲って、人のこと言えないんじゃないか~?」

「暑いんだから仕方ないだろ? 衣替えの季節じゃないんだから、この分厚い制服着なきゃいけなんだし」

「だったら、俺がボタン留めてなくたって問題ないだろ? なんたって暑いんだからな!」

「おまえの場合はだ・ら・し・な・い。不良じゃないんだからしっかりしろって、熾念」

「Wow! ボタン留めてないだけで不良扱いか、一佳! そいつぁ困ったな、HAHA!」

 

 捲し立てるように言い合う二人は、大よそこの麗らかな陽気に似合わぬ空気を醸し出している。

 少女の方は男勝りの喋り方であるが、学級委員長的なしっかり者の雰囲気を匂わせているが、反面少年は彼女の言葉を飄々と躱すようなおどけた口調で話していた。

 

 そのまま学校の正門を潜り抜けた後も、言い合いは止まることなく、下駄箱、廊下を経て三年の教室に入るまで続いていく。

 

「おまえ、私が学級委員長だって知って言ってんの!? もうすぐ受験なんだから、クラスのモチベ上げる意味でも、もう少し身形に気を遣えよ!」

「俺は、当身でクラスメイトを気絶させる奴を学級委員長だと思っちゃいない!」

「はぁ? おまえが何遍言っても聞かなくて、人様に迷惑かけるからだろ!」

「What did you say!? この暴力女!」

「言ったな、外国かぶれ!」

「HAHA! 俺のどこが外国かぶれだ?」

「全体的にだよっ!」

 

「まあまあ、夫婦喧嘩はそこまでにして……」

 

「「夫婦喧嘩じゃないッ!!」」

 

 クラスメイトの女子一人が冗談交じりに宥めるが、言い合っていた二人は息を合わせて否定の声を上げる。

 

(((((いや、夫婦喧嘩だろ……!)))))

 

 しかし、既に席に座っていた生徒、窓際で談笑する生徒、黙々と自主学習に励む生徒など諸々含め、ほぼ全員が心を一つにしてツッコんだ。

 同じクラスなら、大抵毎日見ることのできるこの珍しくもない光景。

 

 一佳と熾念は小学校の時からの知り合いだ。

 ちょうど小学校に入学する時期に、熾念が拳藤家の家のすぐ隣にやって来て、交流が始まったのが最初。

 それから切っても切れぬ縁とやらで、延々と同じクラスになること早八年。そして九年目に当たる今年も、また同じクラスとなったのだ。

 

 最早、何者かの作為的な意思が垣間見えてしまうほどだと言える。

 

「登校一緒なのにねぇ~」

 

 誰かがそう呟いた。

 そう、傍目からすれば険悪な仲に見える二人であるが、登校は基本的に一緒なのだ。

 

 『家が近所だから』という理由だけでは収まらないほどの頻度。教室の扉を開けた時には、常に並んでいるのがクラスメイトの目に入る。

 

 ……基本、言い合っているが。

 

 それを示唆したクラスメイトであったが、GIROと鋭い眼光を向けられたことにより萎縮し、すぐさま彼等から顔を背けた。

 

「は~い、皆おはよう。予鈴鳴ったから席に着け~」

 

 そこへやって来たのは担任の教師だ。

 担任がやって来たことにより、ようやく口喧嘩を止めて席に着く熾念と一佳。その際、『フンッ!』と鼻を鳴らして顔を逸らしたが、息の合い様は長年の賜物と言うべき程にピッタリであった。

 全員が着席したことを確認した教師は、携えてきたプリントを前列に渡して周り、白チョークで黒板に『進路希望』と堂々書く。

 

「―――と、言う訳で、君達も三年になって将来を本格的に考えていかなきゃいけない時期だから、進路希望調査するぞ~。期限は今週の金曜までだから、しっかり考えておけよ~」

『はーいッ!』

 

 中学三年生―――ほとんどの者がどの高校へ進学するかを決め、入試に合格できるよう励む学年。

 

(進路希望か……)

 

「ねえ、確か拳藤さんって雄英のヒーロー科志望なんだっけ?」

「ん? ンまあ……」

 

 一佳の前に座る女子生徒が耳打ちし、それに答えた途端、クラス中の視線が一佳に集まる。

 

「えぇ~~~、マジかよ!? 雄英!? 確か今年の倍率ヤバいんだろ!?」

「それ以前に偏差値がキチガイレベルだぞ! ふっつーに70超えるって言うし!」

「流石委員長! 俺達にできない事をやってみせようとする! そこに―――」

「言わせねーよッ!」

 

 途端にどんちゃん騒ぎとなる教室。

 一佳が志望する雄英高校とは、ヒーロー科、普通科、サポート科、経営科の四つの学科がある国立の高校だ。合格難易度的にはルナティック。よほど勉強しなければ―――そして、鍛えなければ合格できない最難関の高校の一つである。

 

「拳藤は二月の模試判定がBだったから……まあ、このまま頑張れば筆記は大丈夫だろう。頑張れよ~。ウチの学校から雄英入学者が出るんじゃないかって、職員室じゃお前の話題で持ちきりだ」

 

 朗らかに笑う教師は、教職員達の希望を託すかの様相で一佳に語る。

 そのことに若干恥ずかしそうに頬を搔く彼女をクラスメイトたちはもて囃すが、一人だけは窓の外に目を向けていた。

 

「お、そう言えばもう一人雄英志望いたな」

「え?」

 

 今思いだしたかのような声色で声を上げる教師に、もう一人雄英志望者が居たことに驚く一佳。

 なにやら嫌な予感が騒ぎ立てている為、徐に窓際の方へ視線を遣れば、ダラダラと汗を垂らしている熾念の姿が―――。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「んぁ」

「うぇ」

 

 それは、次第に空が燃えるように紅く染まってきた、昼とも夕方のちょうど境目のような時間帯。

 ちょうど学校帰りで駅から出てきた一佳は、すぐ近くのコンビニからフランクフルトを齧って出てくる熾念と目が合った。

 

 暫し、体が硬直する二人であったが、通行人の邪魔になると思ったのかその場から離れ、なんとなしに並んで帰路につく。

 

「……なあ」

「ん?」

「模試判定いくつ?」

「C!」

「声高々に言うなっ」

 

 フランクフルトを加えながら誇らしげにピースサインを掲げる熾念に、一佳は思わず鳩尾に裏拳を入れる。

 中々に鍛えられた拳が鳩尾にBANGと当たり、『う゛ッ……!』と苦しそうなうめき声を上げる熾念。

 

「Cっておまえ……もうちょい頑張れよ」

「Huh! 雄英には実技試験もあるから、そっちで頑張ればなんとかなるさっ!」

「筆記の方も合格ラインに越えなきゃ、実技良くても駄目だろ」

「……Really?」

「んバカ! なんちう無策で……」

 

 どうやら甘い考えを持っている幼馴染にもう一度鉄拳制裁を喰らわせる。

 再び『う゛ッ!』と呻き、胃袋に納めたばかりのフランクフルトを吐き出しそうになる熾念であったが、寸での所で口を手で押さえた。

 

「ホントに雄英入りたいんだったら、今から死ぬほど勉強しないと入れないだろ! こんなところでフランクフルト食ってる場合かよ!」

「俺は自分のpaceで頑張りたいのさ。『自由気ままに』が俺のモットー、HAHA!」

 

 要するに、只のマイペース。

 因みに彼は、夏休みの宿題を最終日近くにやり始める性分だ。

 

 それを知っている一佳は、呆れた溜め息を吐く。

 

「はぁ……って言うか、何を以てそんなに実技試験に自信があんだよ」

「ほら、ねえちゃん雄英だし」

「あぁ~……そう言えば」

 

 熾念の姉は雄英生徒の二年生であり、近所ということで一佳も何度も会ったことがある。

 一度会ったら忘れられないだろうインパクトを有している彼の姉は、良くも悪くも記憶の片隅からポッと出てくるほどに鮮烈な存在だ。

 一度会えば、懐いた仔犬のように周りをちょろちょろと徘徊し、機関銃のように質問攻めをしてくる―――そんな姉と共に過ごしているのだから、熾念が言う『自分のpace』を大切にしたいという気持ちも分からなくはない。

 

 自然と苦笑を浮かべてしまっていた一佳。

 

(アレ? 今普通に話せてるじゃん……)

 

 ふと気付く。

 いつもはすぐに言い合いになってしまうにも拘わらず、今は柄にもなく友好的に話せていることに。

 

(ま、お互いいい歳だし……)

 

 その時であった。

 

 

 

「だ、誰かぁぁぁあああ!!」

 

 

 

「っ……なに!?」

「商店街の方からだッ!」

「ちょ……オイ、待てよ熾念!」

 

 商店街の通りから聞こえてくる女性の叫び声に、二人は半ば反射的に駆けだしていた。

 

「敵か?」

「野次馬根性逞しいって言うか……私ら行ってもどうにかなるなんて―――」

「行ってみなきゃわかんないだろ、Huh!」

 

 ニッと口角を吊り上げる熾念に、一佳は再び呆れたような溜め息を吐く。

 どよめく商店街には、鈍い衝突音が続けざまに響き渡っていき、ちょっとしたパニックへと陥っている。

 もしこれが敵の仕業であれば、ただの中学生である二人にはどうすることもできない。

 

 “個性”で危害を加えることは原則的にルール違反。防衛手段として用いることは許されるものの、個性は千差万別。中には人を容易く殺める“個性”もある為、国は『公共の場において“個性”を用いること』を禁止している。

 

 つまり“個性”を持て余し、悪用する敵を鎮圧するには、敵に危害を加えるのと同義であるが故に、“個性”の自由使用を認めるヒーローの資格が必要となるのだ。

 

 無論、中学生である二人が“資格”を持っている筈もなく、もし商店街の騒ぎの原因が敵であるのならば、なにもせずに眺めることしかできない。

 

 しかし、尚も現場へ向かって走る理由は―――彼らがヒーローを夢見ているからだ。

 

 自分たちで解決できることであるのならば、すぐに助けようとする心意気。それが彼らをヒーロー足らしめるものであり、ヒーローに必要な気質でもある。

 

 どうか、大事でないようにと願って走る二人の視界には、おろおろと挙動不審になっている主婦と思しき女性が居るのが映った。

 

「Hi! どうしたんですか?」

「あ、あぁぁ……む、娘が!」

「娘? ……っと!?」

 

 徐に腕を掲げる女性。

 その瞬間、付近で轟音が響くと同時に、夥しい量のコンクリートの破片が飛び散って来た。

 女性が傷つかぬように個性を用いて破片を防ぐ一佳。その後ろで熾念は、商店街を跳ねまわっている物体を捉えた。

 

 ちょうど小さな子供大の球体が、商店街の飾りや店の外装を壊し周りながら、あっちこっちへと跳ねまわっている。

 

「もしかして、アレ娘さん?」

「は、はい……! 突然、体が膨れ上がったと思ったら……あぁぁあ!」

「OK。110番っと……」

「ちょいちょい、なに勝手に進めてんのさ!」

 

 徐にスマホを取り出し、110番に電話をかけ始めた熾念に眉を顰める。

 しかし、そんな一佳に対し熾念は『さも当然』と言わんばかりの無表情で、電話を掛けつつ一佳に応えた。

 

「なにって……多分、急に“個性”が発現したんじゃないのか? それでその女の子がパニくって、“個性”の解除の仕方も分からず、ずっと跳ねまわってる……OK?」

「そんくらいは私も分かってるよ。でも、そんな悠長に電話してる時間があるのかって聞いてんの!」

「Umm……こういうのはプロに任せた方がいいだろ?」

「そりゃあ……まあ」

 

 歯切れの悪い応答。

 正義感が先走り、今起こっている状況を自分で解決しようという心境になってしまっている。

 一方、熾念は自分で解決しようとすることなく、冷静に警察に電話をかけて助けを求めた。なんの資格も無い一般人であれば、これが最良の選択だ。

 

「―――分かった! じゃあ私はヒーローの方に電話かけるから! オッケー?」

「All right!」

「それじゃあお母さん! あの子に落ちつくように声を掛け続けて下さい!」

「は……はいッ! ハズミ! 聞こえる!? 落ち着いて、ゆ~~~くり深呼吸して!」

 

 すぐさま行動へ移す、弾み続ける少女の母親。

 その間にも、熾念と一佳の二人は警察とヒーローに電話を掛け、状況を端的に説明して救助を要請する。

 

(体が膨らんでゴム……スーパーボールみたいに跳ねてる。もしかしたら風船みたいに、体ん中に空気を溜めてるのかも―――)

 

 ヒーローへの要請を続けながら、端的に跳ね回る少女の“個性”を分析する一佳。

 

(ん? 空気……?)

 

 一瞬、嫌な予感が脳裏を過る。

 すると次の瞬間、勢いよく空気が抜けるような音が商店街に響き渡り、凄まじい速度で飛び回る影が一つ見えた。

 

「げッ!?」

 

 思わず声を上げてしまった一佳の瞳に映ったのは、口から体に溜め込んでいた空気を全て吐き出し、ロケット花火のように商店街の天井へ上昇する少女の姿だ。

 そのまま少女は、商店街を覆う屋根の鉄骨に吊るされていた巨大な照明に当たり、四肢を放り出して垂直に落下し始めた。

 

―――気を失っている……!

 

 そう勘付いた瞬間、一佳はすでに通話途中のスマホを投げ出し、少女の真下へヘッドスライディングしに行った。

 普通であれば届かない距離。

 

 しかし、拳藤一佳であれば話は別だ。

 

「そりゃあああ!!!」

 

 彼女の個性を発動させ、巨大な肉のクッションを墜落する少女の真下へ滑り込ませる。

 

 拳藤 一佳:個性『大拳(たいけん)

 自身の掌を巨大化させることができるというシンプルな個性だ! 一見、地味な個性ではあるが巨大化した掌での攻撃は強力で、尚且つシンプルさ故に応用が利くぞ!

 

 そのまま少女は一佳の掌の中へ吸い込まれていき、着地した後に二、三度バウンドして事なきを得た。

 

 刹那の救出劇に、商店街はあっという間に歓喜の渦へ呑み込まれていく。

 勇気ある学生に賞賛の拍手を送ろうとする者達。

 

「―――あッ」

 

 その時、誰かが地面に金具が落ちるのを目の当たりにした。

 カツンと虚しい金属が跳ねる音。すると、続くようにガシャンと派手な音が商店街を通り抜けていく。

 

「う……上ェッ!!!」

 

 少女の母親の慟哭に、反射的に頭上へ目を向けた一佳。

 途端に影が掛かったかと思えば、一佳と少女の頭上に吊るされていた照明が、まさに落下していた。

 

(ヤバ―――)

 

 咄嗟に少女のクッションになっていない方の掌で、気絶している少女を覆う。

 これでは自身が危険に晒されることになるが、当の本人はそれどころではなかった。

 

 事実、これでは自分がただ事では済まなくなると気付いたのは、照明があと数十センチと迫ったところであったのだから。

 

 誰もが目を背ける。

 少女を救った女子中学生が血濡れになった凄惨な光景を見るまいと。誰も動きはしなかったのだ―――たった一人を除いて。

 

「ッ! ……ん?」

 

 当たる!

そう直感した瞬間に瞼を閉じた一佳であったが、中々落ちてこない。

 本当に落ちてこない。どこかに引っかかってるのではないかというぐらい落ちてこない。

 

 いや、あれほどの速度で落ちてきたのだから、どこかに運よく引っかかったとしても、音ぐらいは出る筈だ。

 

……尚も来ない。

 

 異変に気が付いた一佳が恐る恐る瞼を開ければ、そこには誰もが目を見開く光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

「Phew……お前って奴は、考えるより先に体が動くんだからよ!」

 

 

 

 

 

 右掌を一佳たちの方へ向けている熾念。その掌には、淡い緑色の光が輪を描くようにして、仄かに輝いていた。暖かさを感じさせる色合いの光は、オーラのように熾念の体全体を包んでおり、常人ならざる雰囲気を醸し出していた。

 落下途中の照明はと言うと―――これまた淡い緑色の光に包まれるようにして、一佳の頭上をふよふよと浮いている。

 

 

 

 

 

 波動 熾念:個性『念動力(サイコキネシス)

 意思の力だけで物体を動かすことができる個性だ! 引き寄せたり、浮かせたり、落としたり自由自在に動かすことの他に、歪曲操作によって捻じ曲げたりすることも可能だぞ!

 

 

 

 

 

「あ……ありがと、熾念。これは助かったわ……」

「You’re welcome♪」

 

 念動力で照明を浮かしている熾念は、茶目っ気を見せて念動力を行使している方の手でピースサインを掲げる。

 この程度では一切念動力の力がぶれないのが、彼の“個性”の強みだ。

 

 そろりと照明の下を掻い潜り、最終的には大きな怪我をすることもなく無事で済んだ少女を母親へ引き渡す。

 何度も感謝の言葉を述べられた二人は、周囲から送られる惜しみない拍手に照れるように肩を竦める。

 

 その後やって来た警察やヒーローにも、一佳が事の顛末をキビキビと端的に説明し、商店街には再び平穏が訪れた。“個性”を使ったことで少々お小言は貰ったものの、誰かに危害を加えた訳でもなかったこともあり、説教と称賛の割合で言えば後者の方が多かったことを追記しておこう。

 事が終われば、結果的に二人を救った熾念は商店街の人々にちやほやされ、満更でもない様子で持て囃され続けている。

 

 途中、助けた少女とその母親が、改めて礼を言いに熾念の前へ訪れた。

 

「本当にありがとうございました……! ほら、ハズミもお兄ちゃんにお礼言って!」

「ぐすッ……う゛ん。ありが……とぉ……」

 

 未だ泣き止まない少女。

 パニックは収まったものの、結果的に商店街の物を壊しまわったことに罪悪感を覚えているのだろう。このような突然の個性発現に備え、現代では“個性”保険という制度が普及している。仕方ない過失として対処される為、そこまで思い詰める事でもない。

 そんな少女の前に屈み込んだ熾念は、爽やかな笑みを浮かべ、右手でピースを作った。

 

「HAHA! そんなに泣いたら幸せ逃げるぞー? だからそん時は……ほらっ!」

 

 突き立っている人差し指と中指を少女の口角にあてがい、そのままクイっと押し上げる熾念。

 

「こうすりゃすぐにsmileさっ! 世の中、笑ってる奴は強いんだぜ?」

「っ……うんっ!」

 

 微笑ましい光景。

 彼等のやり取りに、一佳は安堵の息を吐いて肩の力を抜く。

 

(……ああ、そうだったなぁ)

 

 そんな彼を見て、一佳はギュッと掌を握りしめた。

 

(アイツの個性(念動力)が発現して……私より派手で漫画的(コミック)な“個性”に嫉妬して……それで筋違いな理由で難癖付けて、仲拗らせたんだっけか)

 

 小学校低学年、他の子供より遅く発現した熾念のソレは、見事なまでに漫画にありそうで、尚且つヒーロー向きな“個性”だった。

 手が大きくなるだけという、自分の“個性”よりも。

 

 それまでは中々“個性”が発現せず、『“無個性”なんじゃないか?』と虐めの対象にされかけていた熾念であったが、一変して周囲の者達は彼を持て囃すようになった。

 昔から頼れる姉御肌であった一佳は、彼の“個性”発現を祝いたいと思っていたが、まだまだ卒園したて。自分の嫉妬を表に出さず、今迄面倒を見ていた熾念に何かを越されたような気がして、他人とは違う辛辣な態度をとってしまった。

 

 それが原因で、今も登下校に言い合う険悪な仲に―――。

 

(……いや、登下校一緒な奴等は仲悪くないか)

 

 自嘲気味に笑う一佳は、ようやく人混みの中から戻ってきた熾念にこう告げる。

 

「なあ、熾念。良いことして気分いいから、なんかコンビニで奢ってやるよ」

「え゛ッ? こりゃ、明日は雨降るんじゃないか?」

「……おまえ、ブラックコーヒー飲ませるからな」

「Wow!? 俺が苦いの苦手だって知って言ってるのか!? 俺は甘々な奴じゃなきゃ、コーヒー飲めない―――」

「コーヒーなんて慣れだよ! 飲めない奴は舌がお子ちゃまなだけだ! それに私は普通に好きなんだ!」

「正気を疑うぜ、HAHA!」

「おまッ……」

「Wait! 拳を握って指を鳴らすな! お前だと洒落にならないんだよ!」

「問答無用!」

 

 結局は騒がしくなる二人。

 しかし、これが彼等にとっては日常だった。

 

 

 

 雄英入試まで、あと十か月。

 




こんにちは、柴猫侍です。
今回、ノリと気分と勢いでヒロアカの二次小説を書きました。
少しでもお楽しみ頂ければと思います。




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