私はモンスターを殺す事に抵抗があった───

それが間違いだと気付くのには遅すぎて

それが正しいと気付くにも遅過ぎた


───そんな、一人の狩り人のお話。

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小さな竜の子と甘い狩り人

 私の家は代々ハンターの家系だった。

 

 

 この世界の理である、モンスターと人々を繋ぐ存在。ハンター。

 お父さんもお母さんも、祖父も兄弟も、私の家の産まれは皆そのハンターになる。

 

 そうして私も例外無くハンターになったのは、十八歳の誕生日を迎えた日だ。

 

 

 

 幸いにも才能があった。

 

 

 剣捌きは教官に褒められたし、攻撃を交わすための身のこなしも反射神経も充分だと認められた。

 初めて狩りに出掛けるまで、私は自身に満ち溢れていたと思う。

 

 これから私もハンターとして、モンスターを倒して人々の役に立つんだ……と。

 

 

 

 

 でも、初めてのクエストを私は失敗した。

 

 

 なんの変哲も無い。ランポスと呼ばれる鳥竜種の狩猟だ。

 

 

 自分の身の丈より大きな小型モンスター。

 

 怖く無かった訳では無い。足が竦んで動かなくなった訳でも無い。

 剣を振れなかった訳でも無い。太刀筋は完璧だと自分でも思った。

 

 

 ただ───

 

「ぎ、ギェァ゛ァ゛……」

「ち、違うの……ごめんなさい…………ごめんなさい……っ!」

 喉に剣を突き刺されたランポスは、苦しそうに身体を痙攣しながら横たわる。

 

 まるで聞こえるようだ。

 

 

 死にたく無い。死にたく無い。助けて。助けて。……と。

 

 

 ───ただ私は、生き物を殺す事が怖くなってしまった。

 

 

 

 初めて殺したランポスは一撃で仕留める事が出来た。

 

 しかし、二匹目はそうは行かなくて。

 結果目の前の生き物は生き地獄を味わっている。

 

 

 それを見てしまったのが、運の尽きだったんだと思った。

 

 

 

 私は、モンスターが弱って逃げる姿を見ると追いかける事が出来なくなってしまったんだ。

 

 あの時のランポスの必死な……苦しそうな姿を思い出してしまうから。

 どうしても、そんな姿から目を逸らしたくて追いかけるのを辞めてしまう。

 

 

 

 

 

 その結果は、常敗無勝。

 

 何度クエストを受けても、最後の最後で戦えなくなる。

 モンスターと戦う事は出来るのに、殺す事が出来無い。

 

 

 そんな情け無いハンターの完成だった。

 

 

 

 

「なるほど、ならば武器を物凄く強くして見たらどうだ?」

「……武器を?」

 相談に乗ってくれた村の教官の提案は、そんな事。

 

「武器が強ければ、無用な攻撃をせずとも相手が倒れる! まぁ、一度やってみろ」

 知り合いの強いハンターに頼んで、モンスターの素材を集めて新しい武器を作る事にした。

 勿論、クエストには参加。ハンターがモンスターを殺す所を、確りとその目に焼き付けて来いという事です。

 

 

 

 

 その相手は、村の近くに現れたライゼクスという飛竜だった。

 

 私をクエストに連れて行ってくれたのは、教官の伝がある上位クラスのハンターさん。

 貴重なモンスターの装備を身に纏い、ボウガンを背負った男の人だ。

 

 

 曰く。

「殺すのを躊躇うのは、それこそ相手の苦しみを長引かせるだけだ。……もし、あんたがモンスターに同情してるっていうなら確りと殺した方が相手の為になる」

 そんな事を言った彼は、私の目の前でライゼクスと戦った。

 

 ガンナーなのに剣士のような立ち回りをするハンターさんは、ライゼクスの攻撃を交わしながら自分の攻撃を当てて行く。

 迷い無く、明確な殺意と共に放たれる銃弾が命を削る様はこの眼に焼き付いて来た。

 

 

 

 命のやり取り。

 

 私が感じたのは、それだ。

 

 

 まるでモンスターとモンスターが縄張りを賭けて戦うかのように。ハンターとモンスターもまた、戦う。

 

 

 

 遂に膝を落としたライゼクスの頭上に立ったハンターは、至近距離からボウガンをその頭に押さえ付けた。

 そのトリガーが引かれる瞬間。私は目を閉じてしまう。

 

 その一瞬で消えた命は、私が目を開けてから動く事は無かった。

 

 

 

「目を背けるな」

 剥ぎ取り用のナイフを私に突き付けながら、その人は私をライゼクスの亡骸の所まで推し進める。

 

「それが出来ないからハンターは辞めろ。その甘さで死ぬのはモンスターじゃ無くて、お前だ」

 肉を剥ぎ、肉を得る。

 

 

 生き物が生きて行く上で、他の生き物を殺す理由は様々だ。

 

 だけど、その中で一番多いのは自らの命を繋ぐ為だと教官は言っていた。

 単にエネルギーの為。自らの命の危険から逃れる為。

 

 

 自らの糧とする為。

 

 

 

 私達が生きる上で、モンスターを殺す事は必要な事だ。

 

 それが出来無いなら、辞めるしかない。

 

 

 当たり前の───正論だった。

 

 

 

「……これって」

 剥ぎ取りの途中で、私はライゼクスの腹の下に白くて丸い物があるのを見付ける。

 まるでライゼクスに守られるように地面に転がっていたそれは……飛竜の卵?

 

「子持ちだったようだな」

「お、お母さんだったの?!」

 私が驚いて言葉を漏らしたその瞬間、その卵が音を立てる。

 なんだと振り向けば、ヒビ割れた卵から小さな頭が顔を覗かせていた。

 

 

「そん……な……」

「ギェィッ」

 産まれて初めて鳴き声を上げる幼竜。

 

 その子供が呼んでいる筈の母親は、もう、この世には居ない。

 

 

 私達が……殺したんだ。

 

 

「ごめんなさい……私…………あなたの事を……」

「ギギギギギ、ギェィ……?」

 弱々しく私を見詰めるライゼクス。刷り込みで私の事を親だとでも思っているのだろうか?

 

 

 違うんだ。あなたの親は、そこに……。

 

 

「ライゼクスは卵の孵化までは面倒を見るがそこからは子育てをしない。この親が生きていようが死んでいようが、その子供には関係の無い事だ」

「そんな……。でも───」

「狩り人なら甘い考えは捨てろ。それが出来無いならハンターなんて辞めるんだな」

 正論だ。

 

 

 正しい狩り人の在り方だ。

 

 

「ギギギギギ……グェァッ?」

 ……私は───

 

 

「剥ぎ取りが終わったら帰るぞ。きっとその肉も、その子供の糧となる。あまり取り過ぎるな」

 ───私は、甘いのだろうか。

 

 

 

「ギギギ、ェァ……」

「……っ」

 私はポーチに入っていた生肉を、小さくちぎって幼竜の側にそっと置く。

 よてよてと歩く幼竜は、私と肉を見比べてから小さな肉片を摘んで喉に流し込んだ。

 

 

「可愛い……。はい」

「ギギギッ、ギェッ」

 また少し肉片を渡すと、幼竜は喜んで口を開ける。

 私は……何をしているんだろうか。

 

 

 

「おい何してる。行くぞ」

「あ、はい!」

 私は……甘いのかな。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 それから暫くして。

 

 

 教官の言う通り、新しい武器は的確にモンスターの命を奪う事が出来た。

 必要以上に苦しめず、弱点を確りと狙えばそれでモンスターは息絶える。

 

 

 そうして初めてドスランポスを退治することが出来た。

 

 そうなれば、話は早い。

 ドスランポスの次はイャンクック。私は着実にハンターとしての道を進んで行く。

 

 

 それでも、未だに初めて殺し損ねたランポスの事を忘れられない。

 今でもモンスターが息絶える瞬間、手が止まりそうになる。

 

 

 

 私は……間違っているだろうか?

 

 

 

「次の相手はイャンガルルガね。貴女も村ではもう立派なハンター。これをクリアすれば一人前よ!」

 そんな中で、不思議な事が起き始めたのは私がハンターとして認められて来た時期だったと思う。

 

 

 鳥竜種の中でも危険度の高いイャンガルルガの討伐。

 

 

 正直不安だった。

 危険とかの問題では無くて、ちゃんと殺せるかが不安だった。

 

 

 

 そして案の定───

 

 

「グェェェァァ……ッ!!」

「ま、待て───っ、切れ味が……っ!」

 ───私はイャンガルルガを仕留めきれなかった。

 

 巣作った場所へ逃げ去る鳥竜を追う脚は重い。

 今から、生きる為に全力で抗って逃げたモンスターを殺しに行くんだ。

 

 

 

 私は、間違っているだろうか?

 

 私は、甘いだろうか?

 

 

 そして、意を決してイャンガルルガの巣に足を踏み入れた私が見たのは───

 

「───ぇ? 死んで……る?」

 ───イャンガルルガの亡骸だった。

 

 

 

 

 

「イャンガルルガの討伐おめでとうございます。これで貴女も立派なハンターですよ!」

 違う……。私は殺してない。

 

 

 

 そして、その次の狩りも。

 

 

 

「ゲェァァアアッ!」

「ライゼクスの武器では電気が効かない分、詰めが甘くなるね……」

 また逃げられた。今度はゲリョス。

 

 

 そして───

 

 

「死んでる……。死んだ振り……? 違う…………本当に死んでいる」

 ───追い掛けるとそこには、さっきまで生きていた筈のモンスターの死体があった。

 

 

 

 なんで……?

 

 死体を調べても何も分からない。私は毒を使ってる訳でも無い。

 この武器の雷属性が後になって効いた? そんな訳が無い。

 

 

 ただ、気になったのは雷耐性の強いゲリョスの皮が焦げていた事だけ。

 

 

 

「ゲリョスの討伐おめでとうございます。流石ですね」

 違う……。

 

 

 

「手こずった……。流石、陸の女王」

 そしてその次も。

 

 

「───なんで……」

「おめでとうございます。遂に飛竜の討伐に成功ですね!」

 違う……。

 

 

 

「あのガララアジャラまで倒してしまうなんて、凄い!」

 違う……。

 

 その次も。

 

 

「ついにリオレウスを討伐。もう貴女は英雄ですよ!」

 違う……。

 

 その次も。

 

 

「イビルジョーの退治……本当に行くんですか? 村を捨てて逃げても誰も貴女を責めませんよ……」

「私は、ハンターだから」

 次こそ……。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「……っ。はぁ……はぁ……逃げた……? 違う……ただのエリア移動。追い掛けなきゃ」

 イビルジョーは到底私の手に負えるようなモンスターでは無かった。

 

 

 当たり前だ。

 私はイャンクック以上のモンスターを殺せた事が無いのだから。

 

 

 それなのに、気が付いたらこんな所に来てしまっていた。

 

 

 ──その甘さで死ぬのはモンスターじゃ無くて、お前だ──

 いつか、私の武器を作るのを手伝ってくれたハンターの言葉を思い出す。

 

 なんで、今あの言葉が……。

 

 

「違う……。私はちゃんと殺せる。モンスターを殺すのがハンターだ。ちゃんとやれる、やれる……っ!」

 切れ味の落ちた武器を研ぎながら、私は私に言い聞かせた。

 

 

 

 狩り人であるなら。

 

 

 狩り人である為に。

 

 

「居た、イビルジョー……っ!」

 移動した先で、アプトノスを捕食して居たイビルジョーを見付けて武器に手を伸ばす。

 

 

「うぁぁぁあああっ!!」

 食事中のイビルジョーに奇襲を仕掛ける。身体の割に細い脚に剣を叩き付け、振り抜いてもう一度振る。

 

 

「グラァァッ」

「───っぁぁぁ?!」

 だけど、二度目の攻撃はイビルジョーの胴体と同じ太さを誇る尻尾に薙ぎ払われて防がれた。

 一度宙に浮き、地面を転がる私の身体。強く打ち付けられた身体は全く言う事を聞いてくれなくなった。

 

 

「グガァァ……」

「そん……な……」

 揺れる視界に映る巨体。絶望を絵に描いたような、そんな暗さ。

 

 

「こんな……所で…………い、嫌だ……嫌だ……っ!」

 自分に何が起きるか。それが分かると途端に怖くなってしまう。

 

 震える身体。身体中から流れる情け無い液体。痙攣する足は地面を捉えられずに何度も砂を蹴った。

 

 違うこれ、足の骨が折れてる……。

 

 

「嫌だ……っ! 嫌だ! 嫌だぁ!! 嫌だぁぁあああ!! あぁぁぁああああっ!!!」

「グァァァアアアアッ!!」

 開かれる顎から放たれる空気。その代わりに何かを飲み込もうと、裂けた大顎が振り下ろされた。

 

 

 ───その瞬間。

 

 

 

「ギェェィアアアアアッ!!!」

 青白い閃光が、イビルジョーを引き裂く。

 

 

「グガァァッ?!」

 大きく仰け反るも、細い脚を踏ん張るイビルジョー。

 何が起きた……? 今の光は……雷?

 

 

 だけど、イビルジョーの気が逸れたのは一瞬だった。

 今度こそ目の前の餌を飲み込もうと、もう一度その大顎を開ける。

 

 

「……ひっ」

「グォォァ───」

「ギェェィアアアアアッ!!」

 次の瞬間私の視界を覆ったのは、暗い大顎ではなく───

 

 

「───ライ……ゼクス?」

 ───少し小さな、一匹の竜の姿だった。

 

 

 黒い攻殻に混じる綺麗な緑色。鋏のような尻尾を振り、一対の翼を広げて、私に背を向けイビルジョーを威嚇する。

 

 

 

 突然の乱入。モンスターがモンスターと縄張り争いの為に戦いになるのは良くある話だ。

 今、偶々私の前でそれが起きた。生き延びる絶好のチャンス。

 

 逃げないと。

 頭では分かっているのに、何故だか身体は言う事を聞いてくれない。

 

 

「なぜ……ライゼクスが」

 立ち上がろうと、這い蹲ってでも逃げようとは思いながらも。私の目は目の前のライゼクスから離れなかった。

 

 成体には少し遠い、成長過程の個体だ。何故かあの時を思い出す。

 

 

 

「グラァァッ!!」

 突如割り込んで来た小さな竜に苛立ちを覚えたのか、大きく顎を開いてライゼクスを睨み付けるイビルジョー。

 しかし、ライゼクスはその小さな身体でイビルジョーに臆す事無く大地を蹴った。

 

 

「ギェェァッ!」

 跳びながら真っ直ぐにイビルジョーに突進するライゼクス。

 早い攻撃、だけど───

 

「ガァッ!」

 ───突進に反応し、背中からライゼクスを噛み砕くイビルジョー。次の瞬間甲高い悲鳴がエリア一帯に広がる。

 

 

「ライゼクス……っ!」

 なぜか、私は逃げようとする事もなく竜の名前を叫んでいた。

 

 そんな事には何の意味もないのに。

 

 今の内に這ってでも逃げるのが正解だというのに。

 

 

「ギェェァァァァッ!」

 尻尾からの放電。それに怯んだイビルジョーから、何とかライゼクスは脱出する。

 

 さらに、そこから翼を叩き付けるライゼクス。しかし、イビルジョーは一旦下がってそれを交わす。

 

 

 お互いが威嚇をし合った後に、先に仕掛けたのはライゼクスだった。

 

「ギェェァッ!」

 放たれるブレス。電撃のブレスかと思えば、それは頭上数メートルを繋ぐ雷の柱になってイビルジョーに迫る。

 

 

 二本の雷の柱。不規則に動くそれを真っ直ぐに進んで避けたイビルジョーがその大顎をライゼクスに振り下ろした。

 しかし二度も当たるまいと、ライゼクスは飛び上がってそれを交わす。

 

「ギェェィアアアアアッ!!」

 そして飛び上がった身体を重力に任せ、降下。その勢いのまま翼を叩きつけようと振り上げた。

 

 

 次の瞬間、イビルジョーは身体を回転させその太い尻尾を迫ってくるライゼクスに叩き付ける。

 鈍い音。高台の側面に身体を叩き付けられたライゼクスは、力無く地面に腹を落とした。

 

 

「グラァォァアアアアッ!!」

 勝利の雄叫びか。動かなくなった小さな竜の前でイビルジョーが吠える。

 

 勝敗は決した。

 後はライゼクスも私も、イビルジョーの餌になるだけだ。

 

 

「そんな……」

 に、逃げないと……。早く逃げないと……っ!

 

 

 

「グガァァ」

 大顎を開け、それをライゼクスに振り下ろすイビルジョー。

 

「ライゼクス……っ!」

 思い出すのは───あの、幼体。

 

 

 

「───ギェェィアアアアアッ!!」

 イビルジョーの牙がその甲殻を噛み砕く寸前。

 

 最後の力を振り絞ったライゼクスが飛び上がり、地面に鋏のような尻尾を突き刺す。

 御構い無しに頭上のライゼクスに牙を向けるイビルジョー。

 

 

 その顎がライゼクスの片翼を噛み砕くと同時に、二匹の竜を青い光が包み込んだ。

 

 

 尻尾を接地した大容量の放電。

 

「───ガォァっ?!」

 ライゼクスに直接触れていたイビルジョーは、瞬時に身体を痙攣させて横倒しに倒れる。

 

 ピクリピクリと跳ねる身体。感電死はしていないけど、イビルジョーの弱点である雷属性はその動きを完全に止めるのには十分過ぎた。

 

 

「ギギギギギ……ギギェ…………」

 ライゼクスは片翼を失うも、足を引きずりながらイビルジョーの頭部へ身体を寄せて、残った方の翼を振り上げる。

 電気を帯びる翼。無機質な眼がイビルジョーを捉え、ライゼクスは一旦大きく息を吸った。

 

 

「……ギェェィアアアアアッ!!」

 そうして叩き受けられた翼は、イビルジョーの身体を包む皮を押し潰して肉を引き裂く。

 吹き出す鮮血がライゼクスを返り血で濡らした。

 

 そして赤の混じった瞳が次に見たのは───

 

 

「……ギギギギギ」

「……っぁ?!」

 ───私だった。

 

 

 無機質な瞳に捕らえられて、やはり私は動けなくなる。

 

 

 次は無い。

 

 

 偶々イビルジョーはライゼクスが倒したけど、またモンスターが乱入してくるような事は無いだろう。

 

 

 足を引きずりながらも私に迫るライゼクス。未だに生きている外敵の息の根を止める為に、小さくても私の数倍はある身体が迫って来る。

 

 

 

 

「い、嫌だ…………来るな……っ!」

 やっと動いてくれた身体は、後ずさる事しか出来ない。

 

 申し訳適度に目の前に剣を突き出すも、それでライゼクスが怯む事など無かった。

 

 

 

「来るな……っ! 来るなぁああ!!」

 嫌だ。嫌だ。死にたく無い。死にたく無い。

 

 

 このモンスターを殺さなきゃ、このモンスターを殺さなきゃ私は生き残れない。

 

 

 全身が熱くなる。脚の痛みが不自然に消えて、私は気が付いたら立ち上がって武器を構えていた。

 

 

「ギギギギギ……?」

「殺さなきゃ……死ぬ。……っぁぁああ!!」

 そしてその剣を振り下ろす。胸元の甲殻に突き刺さる剣。この態度では足りない。

 もっと奥に。その命を狩る為に、私が生きる為に、この剣を奥に……っ!!

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「ギェッ……ギャィァ……ギェェァッ」

 私の突然の動きに反応出来なかったのか、ライゼクスはその剣を止める事が出来なかった。

 吹き出る鮮血が私の身体を赤く染める。

 

 このまま殺せ。そしたら生き残れる。

 

 

 死ね。死ね。死ねぇええ!!

 

 

「死ねぇぇえええ!!!」

 声を上げ、力を入れる。

 

 ライゼクスの身体がふらついた気がした。もう少し。もう少しで殺せる。

 

 

「ギ、ギギ……ギェァ……」

「……っ?! うぁぁぁあああっ!!」

 自分の悪い癖を、大声を出して引き込めた。

 

 剣を捻って振り抜く。これで死んで。死んでくれれば……っ。

 

 

「は、はぁ……はっ、はぁ……はぁ……」

「ギ、ギギギ……グギガッ……」

 鮮血を吹き出しながら倒れるライゼクス。翼で身体を持ち上げようとしても、方翼を失ったのが悪かったのかその身体を起き上がられる事は出来そうに無い。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 勝った……。生き延びた。

 

 後はこの虫の息のライゼクスを殺すだけだ。

 早くしないと、いつまたモンスターが来るか分かったものじゃ無い。

 

 

「ギギギッ……ェェァ……」

 必死に生きようとして居るのだろうか。私の目を真っ直ぐに見るライゼクスは、ボロボロの身体を何とか持ち上げようとする。

 

 

「もう……迷わない」

 生きる為に、殺してやる。

 

 

「ギェァ」

「……っ、しま?!」

 どこにそんな体力があったのだろうか。

 

 ライゼクスは突然起き上がって、しかし態勢を保てなかったのか私を押し倒すように倒れた。

 何とか潰されずに済むが、私も同様に腰を落としてしまう。

 

 

「くっそ……この!」

 目の前に降ってきたライゼクスの頭に剣を突き付ける。このままでもその瞳に剣を突き刺せばライゼクスは死ぬだろう。

 

 殺してやろう。

 そう思った次の瞬間だった。

 

 

「ギェァ……」

「……は?」

 首だけ上げて、ライゼクスはその頭を私にぶつけてくる。

 

 ただそれは攻撃というには弱々しい物で、それなのに何度も何度も───まるでアイルーがご主人にするように身体を擦り寄せて来たんだ。

 

 

「どう……いう……」

「ギェァ……」

 その行為を辞めないライゼクス。今なら確実に仕留められるのに、私の身体は言う事を聞いてくれなかった。

 

 

「ギ、ギギ……ギェァ……?」

 弱々しく首を傾げるライゼクスに、私は一瞬既視感を覚える。

 

 脳裏に映るのはあの時の───ライゼクスの幼竜だ。

 

 

 

「まさ…………か……? あなた……なの……?」

「ギェィァ……」

 ずっと、不思議に思ってはいたんだ。

 

 

 

 追い詰め、逃げられたモンスターが巣で死んでいる。

 

 時間差でモンスターが倒れるなんて事があるのだろうか?

 

 

 ただ、答えは見付からなくて。

 

 私は気が付いたらこんな高い所に居た。

 

 

 

「あなた……だったの……?」

「ギェィ……」

 そうとは限らない。

 

 

 しかし、もし……この竜が刷り込みで私を親だと思っていたのなら。

 

 

 

 私がモンスターを追い込む度に、その竜は何と思うだろうか?

 

 

 

 ──また、お母さんが獲物を追い込んでくれた──

 

 子育てする生き物に、弱らせた生き物を子供に狩らせる生き物が居ると言う。

 このライゼクスが、私の追い詰めたモンスターを親が弱らせた餌だと思ったのなら───

 

 

「ギェァッ」

「ずっと……勘違いしてたんだね」

 まだそんな歳でも無いというのに、まるで我が子が頑張っていたのを初めて知った親の気分だ。

 こんな不思議な事があるのかと驚いたけれど、漠然と否定の気持ちは何処かへ消えていた。

 

 

「ギギギ、ギェァッ」

 だって、こんなにも可愛い我が子が褒めて褒めてと私に擦り付いてくるのだから。

 

「偉いね……。助けてくれたんだね……ありがとう、ごめ───」

 ───なのに。

 

「ギ、ギギ、ギ、グェ───」

「───ぇ、ぁ……?」

 頭を撫でると気持ちよさそうに瞼を閉じたライゼクスは、一度身体を痙攣させてその頭を地面に落とした。

 

 そうして、返り血で染まった自分の身体が視界に入ってやっと自分がした事を思い出す。

 

 

 

「ぁ、ぁ……あぁ?!」

 ライゼクスの胸元から流れ出る血流。それだけでは無い、この子は翼だって片方失っている。

 

 

「そ、そんな……待って! 待ってよぉ!!」

 理不尽な言葉を吐く。

 

 自ら犯した取り返しのつかない過ちを反省する暇も無く、ライゼクスの瞳は光を失っていく。

 

 

 

 これは、何の罰なのだろうか。

 

 

 自らの甘さへの罰か。

 

 

 ──その甘さで死ぬのはモンスターじゃ無くて、お前だ──

 

「……嘘つきめ───ぁ?」

「ギ…………ギェ……」

 薄っすらと瞼が開く。必死で生きようとする瞳は、真っ直ぐに私に向けられていた。

 

 

「違う……違うの…………許して……許してよ……」

 殺したかった訳じゃ無い。殺せなかった訳じゃ無い。

 

 ただハンターとして、生きる為に戦っていただけなんだ。

 

 

 私はあなたの親でも何でも無い。

 

 

 私はハンターで、あなたはモンスターなんだ。

 

 

 これは、必然的な事で。

 

 

 こんな……酷い…………事───

 

 

「ギェァ……」

「ぇ……」

 ザラザラとした何かが、私の頬を舐める。

 

 励ましているのだろうか。

 

 

 そんな……。

 

 

「ギィ……」

「ま、待って……ご飯が欲しいの?」

 力無く瞼を閉じるライゼクス。

 

 

 違う。

 

 

 私は確かにハンターだ。

 

 

 モンスターを倒すのが仕事だ。

 

 

「待ってて! 今イビルジョーの肉を取ってくるから!」

 でも、それ以前に───

 

 

「私の子供なんだから、頑張って。あなたなら出来る!」

 ───あの日。この子に肉を与えてしまったあの日から、私はこの子の親なんだ。

 

 

 

 あの日の責任を無かった事には出来ない。

 

 

 あの行為が間違いだったなんて事は分かっている。

 

 

 でも、だからといって私の責任を放棄する事は出来無い。

 

 

 子供の親になった責任から逃げる事は許されない。

 

 

「ギェァ……?」

「待ってて、今す───」

 足の痛みも忘れて立ち上がろうとしたその時だった。

 

 

「───嘘」

 青い狩人の群れが視界に入ったのは。

 

 

「ギャィァッ!」

「ギェァッ」「ギェァッ」

 ランポス。

 

 

 小型の鳥竜種で、私が初めて殺して初めて殺し損ねたモンスターだった。

 

 

 

「こんな事って……」

 ランポス達は、ライゼクスが倒したイビルジョーの死体に群がって居た。

 

 その肉はこの子のなのに。

 この子が頑張って倒した物なのに。

 

 

「クックルルルル、ギェィァ!」

 群れのボスと目が合う。

 

 骨が剥き出しになったイビルジョーが視界に入る。

 

 

 次にあの姿になるのは……私達か。

 

 

 

 初めから間違って居たんだ。

 

 

 全部、私の甘さが原因だ。

 

 

 

 ──殺すのを躊躇うのは、それこそ相手の苦しみを長引かせるだけだ。……もし、あんたがモンスターに同情してるっていうなら確りと殺した方が相手の為になる──

 

 

「ギ、ギギギ……ギェァ……ッ」

「苦しみを長引かせるだけ……か」

 何処から間違って居たのか。

 

 

 いつ正せる時があったか。

 

 

 

 今となっては、もう遅かった。

 

 

 

「ギャィァッ! ギャィァッ!」

 ボスが命令を出す。狩人達は一斉に私達を囲んだ。

 

 

「グァィ……ギギァァッ」

 私の責任は、何だろうか。

 

 

 少しだけ考えて、答えは出た。

 

 

「……よしよし」

「ギェァ……? ギギ───」

「ごめんね」

 

 

 鮮血が、視界いっぱいに飛んだ。

 

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「なぁ、最近森丘に謎のモンスターが出るって噂知ってるか?」

 ココット村と呼ばれる村の酒場。

 

 

 村を立ち寄ったハンターが酒とつまみを注文しながら、誰とは言わず酒場全体に語り掛ける。

 賑やかな酒場で、ハンターが一匹のモンスターの話で盛り上がろうとするのは良くある話だ。

 

 

「なんだぁ? それ。謎だけじゃ分からないっての!」

「いやよく知らねーけどよ、ドンドルマの腕の立つハンターが次々とやられてるみたいだぜ。付近で警戒が強まってるらしいからな」

 話し終えると、男はアイルーが持って来た酒を一飲み。そしてこう続ける。

 

「奇跡的に死人は出てないらしいが、いつ犠牲者が出てもおかしくねぇ。ここはよ、ココット村のハンターで何とかするのが意地ってもんじゃねーか!」

 酒を掲げ、声を上げる一人のハンター。

 

 

 良くある、クエストのお誘いだ。

 景気の良い声にザワザワと騒ぎ始める周りのハンター。

 

 確かに興味の唆られる話ではある。しかし、前置きがいけなかった。

 ドンドルマのハンターが何人も負けている、なんて情報を知ってしまうと少なからず恐怖心が出てしまう。

 

 そのハンターに語り掛ける者は居なかった。

 

 

 

 一人を除いては。

 

 

「辞めときな」

「なんだ、女ハンターか珍しいな。……俺の眼はお前さんを強者だと見るが、おかしい。なぜクエスト参加のお誘いじゃなくて忠告なんだ?」

 ()の身体中の傷を見てそう思ったのか、ハンターは不思議そうに私の顔を覗いて来た。

 

 

「あんた、ハンターランクは?」

「上位の六だ。これでも結構名は売れてるんだぜ」

 男は自慢げに自らの得物を見せびらかす。なるほど、ガムートの素材を使ったハンマーか。

 

 

「そうか。あんた、子供は居るの?」

「何だ? 俺と子作りしてーのか!」

「残念ながら私は子持ちなんだ。で、あんたは?」

 再び聞くと、男は顔を赤くしながら頭をかいた。もう酔っ払っているのだろうか?

 

「そら残念だ。俺も居るぜ。お互い子持ちだな」

「こんな傷だらけの奴を捕まえてナンパなんてしたら奥さんが悲しむよ。子供もね」

「馬鹿野郎冗談だっての」

 もう一杯酒を飲むと、ハンターは興味深そうにな眼で私の表情を伺った。

 その頃には先程の騒ぎも無かったかのように、酒場は落ち着き始める。

 

 

 私はそれを確認してから、男の隣に座ってアイルーに飲み物を頼んだ。

 

 

「なんで止める?」

「そのモンスターが強い事を知ってるからさ」

「その傷は、件のモンスターにやられたって事か?」

「……そんな感じかな」

 頼んだの飲み物を受け取って、私はそれをハンターに向ける。

 グラスがかち合う音を聞いてから、一口飲んで話を切り出した。

 

 

「危険だから、辞めときな。その年じゃ子供もいい歳でしょ?」

「そうさなぁ。最近ハンターになるとか言い出して聞かないよ」

「そんな危なっかしい子供を置いては逝けないだろう? それに子供は直ぐに親の真似をし出す。良い事も悪い事も」

「煽るねぇ。いや、しかしその通りだ。あんたみたいなのが言うなら、そうとうヤバイ奴なんだろうな」

 それを聞いてから、私は飲み物を飲み干して席を立つ。

 

「おや、もう行くのか」

「子供にご飯をあげなきゃいけないからさ。……あんたも自分の子供は大切にしなよ」

「手厳しぃねぇ。……そいや、あんたの子供はどんな子なのさ。さぞかし綺麗な顔をしてるんじゃ無いか?」

 ニッと笑うハンターは酒を私に向けながらそう聞いてくる。

 

 歳に似合わない爽やかな笑みだ。私もこの傷が無ければ今もハンターを続けていて、彼の提案を受け入れていたかもしれない。

 

 

「……デカい、かな」

「デカい?」

「うん、すっごいデカい。自慢の子供だよ」

「そりゃ、立派なハンターになりそうだな」

 そう言うとハンターは、またニッと爽やかな笑顔を見せた。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ほれほれ、ご飯だよ。今日はアプトノスの肉だ」

 あの時、私は間違えたのだろうか。

 

 

「あー待った待った。焼きたいからちょっと待っ───あ! だからそっちの小さく分けたのは私のだってもぅ!」

 正解はなんだったのだろうか。

 

 

 

 私が取る責任は、これで良かったのだろうか。

 

 

 

 

 

 あの時───

 

 

「ギェァ……? ギギ───」

「ごめんね」

 視界を覆う鮮血。

 

 首を跳ねられたランポスが身体を痙攣しながら地面に倒れる。

 

 

「この子は私の子供なんだ。殺させない……例え間違いだったとしても、この子は私を親だと思ってくれてるんだ! 死なせるものか!!」

「ギャィァッ! ギャィァッ!」

「ギャィッ」「ギャィッ」

 私達を囲むランポスの群れ。

 

 数は少なく無い。

 

 きっと、私がこれまで自分で殺して来たモンスターの数よりも多いだろう。

 

 

 それでも───

 

 

 

「親になるって……決めたんだ。今、ここで決めたんだ。それで許されるなんて思ってない。でも、この責任だけは……果たす!!」

 足を無理矢理動かして、ランポスに身体を噛み砕かれても無理矢理引き払って、何が何でも子供だけには手を出させなかった。

 

 全てが終わった時、ボロボロだった私を人目に付きやすいベースキャンプの近くに引きずってくれたのはあなただったね。

 

 

 

「私さ……初めから間違っていたんだと思う。あなたに肉を与えてしまったのも、甘い考えのままハンターを続けていたのも。……でもさ───」

 硬い頭を優しく撫でる。

 

 本当に大きくなってしまったけども、あなたはいつもこうすると目を細めるのだけは変わらないね

 

 

「───あなたと今こうしてる時間が、私は幸せだと思ってるよ。間違いでも、過ちでも、あなたに会えて嬉しいと思ってる。良かったと思ってる」

 大きな頭を擦り付けてくるのは、昔から変わらない。

 

 

 そんな子の頭を撫でると、やっぱり眼を細めるのだ。

 

 

 

「こんなのが親でごめんね。……あの時生まれて来てくれて───ありがとう」

「グギァゥ……」

 

 

 森と丘で片翼の竜が目撃されるようになって、その竜と人が一緒に暮らしているというおとぎ話が出来たのは───また別のお話。




一番甘いのは作者だったとさ。
本当はバッドエンドにするつもりだった。最後ら辺を書くまでは。いや、本当に甘々だね。

久し振りの短編です。どうしてもこの文字数に落ち着くみたい。


感想とか評価とかお待ちしております。短編ですしl壁lω・)


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