元傭兵が転生してヒーローを目指す話 作:マインスイーパー
原作ですおまたせ!
第七話 受験
side緑谷
遂に雄英高校受験日がやって来た。正直前夜は緊張と高揚であまり眠れなかったけど、それで集中力を切らして落ちるなんて馬鹿らしい事はしたくない。そんな心配しなくとも意識は余計な程覚醒しているが。
準備をして家を出て、予定された試験開始時間よりも随分早く来てしまったのだがそれは皆同じなようで、既に多くの受験生が会場に集まっていた。
その規格外の大人数に少し圧倒されつつも、周囲を見渡しながら自分の受験番号で指定された席に着く。というか、流石人気校。600倍などという狂った倍率が出るだけあって凄まじい設備である。
などと感動しながらキョロキョロ見渡していると、自分の隣に誰かが座る気配がした。他の受験生だろうか。気になってその方向へと顔を向けて、一瞬完全に動きが固まった。
白髪に通った鼻、透き通った灰色の目。その様子を見る限り明らかに日本人の風貌じゃない。まさか他国からも受験する人がいるとは、流石雄英。
何故か戦慄する僕に、その青年はじっと視線を合わせてきた。おそらく僕の挙動の不自然さに不信感を抱いているのだろう。まずい、なんとか弁解しないといけないけれど僕は英語が喋れない。
「え、えっくすきゅーずみー……?」
「いや、俺は日本人なんだが」
そんな阿呆みたいな悩みは瞬間で霧散した。全然外国の方ではなかったようで、彼は表情を崩さないまま流暢な日本語で指摘してきた。ズルリとベタな崩れ落ち方をしてしまう。
「ご、ごめん……完全に外国の人だと思っちゃって」
「気にするな、よく言われる。じゃあ妙にこっちを見てたのはそれが理由か?」
「うん、気を害したのなら───」
「ストップ。謝らんでいい。気にするなと言ってる」
「ああ、ごめん癖で!」
ここでこの白髪青年がまた指摘すればループは続いていただろう。真一文字に口を閉じた青年は小さく溜息をついて話題を変えるべく再び口を開く。
「まあいい、お互い試験に集中しよう」
「うん……そういえば、君の名前は?」
「……相澤 壊斗」
「相澤くんか、僕は緑谷 出久。よろしくね!」
「お、おう」
基本人見知りな僕が何故初対面の受験生相手にここまで積極的に話しかけられているかは分からないけれど、多分今からの受験に対する不安を共有できる相手だからだろう。
こちらの積極さに若干引き気味な相澤くんなどお構い無しな状況に、試験開始間際を伝える音声が響く。そろそろだ。お互いに頑張ろう、と最後の声をかけて配られた試験用紙に向かう。
さあ、己との勝負だ。
side壊斗
筆記試験は終わった。
正直に言うと簡単だったと言わざるを得ない。普段の学校での勉強と消太さんのスパルタ教鞭の前ではこんなもの、という感覚だ。苦戦したヤツには悪いが。
というかそれより驚いた。主に隣の緑谷 出久という少年の積極性に。お互い初対面な筈なのだがあんな満面の笑みで対応されるとは思わなかったのだ。これが世間でいう陽キャという奴か……とも考えたが会話中の吃りを見るとそうでも無さそう。しかしそんなに俺は喋りかけやすそうな感じだったか?
『俺のライヴにようこそ!! 受験生のリスナー!!!』
勝手にうんうんと考えこくっていると、耳に劈くデカイ音声に甲高い耳鳴り音が誘発された。思わず眉間に皺が寄ったのがわかる。そしてこの騒がしい声が誰なのかも分かる。
よく家に来ていた消太さんの友人、プレゼントマイク───元い山田ひざしさんである。元々マイクを通さずとも煩い声である為器具を通すとその凶悪さは一層際立つ。周りの受験生を見ても、喧しいだとか何こいつ……だとかの引き気味な顔をしている奴が多い。
しかしプレゼントマイクはそんなことお構い無しに続ける。
『こいつはシヴィー! しかし気にせず次! 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?』
ストレスを最小限にするために視界を完全に閉鎖して聞いていた話によれば、実技試験は10分間の模擬市街地演習。武器になり得る道具の持ち込みは自由。
演習場には仮想ヴィランとされたロボットが三種程度配置され、それぞれ能力の高さ別にポイントを設けてあるらしい。これを個性ないし自身の機転と力で破壊してポイントを稼ぐというのが試験の核となる様だ。
他人への妨害さえなければ特に何してもOK。分かりやすくて良いんじゃないだろうか。
緑谷とは別会場だった為に一言会話をして別れ、振り分けられた演習会場の誘導係の方へ足を進める。
というか敷地内の会場であるのにバスを使用するというのは如何なものか。どんだけ広いんだこの学校は。
移動終了。
目の前にあるのは巨人が入るのかと思わせる、大きい扉だ。恐らくこの向こうに演習用市街地というのがあるのだろう。ザワつく周囲の声を聞き流しながら、俺は手元に巻き付けていた長めの"黒いコード"を確認する。
正直にいうと実技試験は内容によっては俺の個性が全く通用しないのでは、という懸念はあったが本当にそうなったかもしれないのだ。仮想ヴィランは人間でなくロボット。何らかの個性により作動しているのならば動作は止めれど、破壊までは至らない。いや、もしかすれば止めただけでもポイントは貰えるのかもしれないが確認出来ない以上別の武器が必要だ。
そういう訳で、俺は使い慣れたこれを使用することにした。
『スタート!!』
その声に合わせ、立ち尽くしている他の受験生を置き去りにして走り出した。身体能力強化の個性では無い以上、スピードが重視される。
背後ではプレゼントマイクに叱咤された他の受験生が一人、また一人と走り出した様だ。だが待ってやる気は無い。
目の前に見えてきたロボットに、壊斗は容赦なく黒いコードを撓らせた。
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「何というか、説明されなくても分かりやすいなぁ」
各々の演習用市街地が映し出されているモニターを見て、ネズミ頭の謎の生物がそう呟いた。彼の目線の先には白髪の青年が二体の仮想ヴィランに巻き付けたコードを利用してバランスを崩し、互いをぶつけさせて破壊している様子が見える。
その声に周りにいた様々なヒーローも苦笑混じりの声を上げた。
「手際の良さ、というか無駄のない動き。帯状の武器。身体能力の高さ。───イレイザーヘッドに酷似しているな」
「まあ実際甥っ子だからね」
彼等の手には相澤 壊斗の名称が入った履歴書がある。ネズミ頭、雄英高校校長はその内の個性記入欄に書かれた"視ただけで個性を崩壊させる個性"という文字を見て、再びモニターへと顔を戻した。
「彼の個性は人間相手でないと無個性と相違ない状況に陥ってしまうからね。よく鍛錬できているじゃないか。……というか、正直学生のしていい動きじゃない」
苦笑しながらも、彼らは戦慄していた。相澤壊斗の動きは素人が少し齧ったなんて、そんなものではない。洗礼され過ぎているのだ。正直に言えばプロヒーローでさえも、彼と個性無しで勝負を挑めばあっさり負けるのではないかと思わされる程度には。
彼は確か身体能力強化の個性持ちでは無いはずなのだが、跳躍力といいスタミナといい、標準よりちょっといいなんてラインをかけ離れすぎている。
「……対人戦が怖いね、彼は」
若干静まったモニタールームに、校長の嬉し混じりと困惑の溜息が流れた。
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なんて事になっていると本人はつゆ知らず。
(結構倒したんじゃないだろうか)
仮想ヴィランの残骸の散らばる中心で周囲を見渡した壊斗は、一つ息をつき慣れた手つきでコードを巻き付けて回収した。
消太さんにヒーローになると宣言した六年前から、見て聞いて実践して学んできたこの戦術。オリジナルであるあの人はコードとは違い包帯のような、炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ特殊な捕縛武器を使用している。それをコードに変えているだけだ。
だがどうやら俺のスタイルにあっていたようで、今なら多分その辺のヴィランなら適当に遇えるのはないだろうかと消太さんにも言われた。だからといってヒーローの真似事をすんなよとも口酸っぱく忠告されたが。
そうこうしている間に一つの轟音と砂煙、そして悲鳴が会場に響いた。
地響きの元凶に頭だけ捻って視線を向けると、そこには過去にテレビで見た怪獣映画に出てきたような規格外のデカさをしたロボットが、ビルの一角を握り潰しながら現れた。
阿呆なのではなかろうか。
いや有名校だから成せる技か。ビルの故障修復費、いやそれをいうと仮想ヴィラン修復費もそうだが莫大な費用が掛かっている筈である。湯水の如き資源の使い方に疑問を覚えながらも、これは踏まれるとまずいと被害の来ないであろう位置まで引き返そうとした、が。
「……うう、ぐ、」
誰かの蚊の鳴くような呻き声が聞こえて足を止める。砂煙で満足に視界が確保出来ない。だが確かに聞こえた。そしてその主は近くにいる。残していけば、確実にこのデカブツの餌食となってしまうだろう。
周囲を見渡す内に、漸く見つけたのは瓦礫に足を挟まれた黒髪の受験生の姿だった。耳からなにか伸びているが、彼女の個性だろうか。いや、そんな事考えている暇はなかったか。
ロボットに背を向けて逃げる受験生の波を抜け出し、彼女の元に駆け寄る。その足の上に乗っかった瓦礫の重さを確認し、自身が除けられる程度なのを確認して持ち上げた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう。……というか、さっさと逃げなきゃアンタもアレに潰されるよ」
「ああ、だからさっさと逃げるぞ」
「……ごめん、ウチの足怪我しちゃったみたいで満足に走れないんだ。アンタだけでも逃げ、」
「それは無し。じゃあ別プラン」
バッサリと意見を切られた女子受験生がええ……と困惑の目を向けるも、壊斗はお構い無しにきょろきょろと周りを見渡し、最後に0Pヴィランを見つめて目を細めた。
(周りに避難所は無し、人も無し。この受験生は動けない、背負って運んだとしても追いつかれるだろう。なら本体をどうにかするしかないが無いが……あ、)
そういえばこのロボットはどういう原理で動いているのであろうか。見る限り重力を感じさせない滑なか動きに思えるが、あのでかさの物体を動かすとすれば膨大な電量が必要なのではなかろうか。そしてそれはバッテリーだとか、そんな一時的なエネルギーだけで動けるか? しかしこのロボットにコード類は確認出来ない。ならば、
(何らかの"個性"を原動の一部としている可能性が考えられるか……?)
それならば簡単だ。組み込まれた個性を崩壊させればいい。そんなこと無く技術が発達しているだけだとすればもうゲームオーバーと言わざるを得ないが、最早悩んでいる暇はない。
目を閉じて集中する。ここまで巨大な標的相手に個性を使用したことが無い以上、一度に注ぎ込む個性の、言わばスタミナのようなものが大量に必要なのかもしれない。試さなければわからないが、試している時間もないのだ。
髪が重力を無視して揺られ始め、閉じた目から黄色い光が漏れ出す。一度に込めなければ。
(止まってくれ)
開かれた目に填った、一層強く光を放つ瞳。
その瞳に射抜かれた巨大なギミックは、バチンと何かが弾けるような音を立てて少しだけ傾くと、電源が落ちたかのように動きを止めた。弱々しい機械音が徐々に小さくなって消える。それを確認して、強ばっていた肩の力が抜ける感覚がした。
賭けには、勝てた。
落ちた静寂の中に逃げた受験生のざわめきと、隣にいる彼女の息を呑む音が流れる。
『しゅーーりょーーーー!!!!!』
相澤 壊斗。仮想ヴィラン破壊数、26体。
こうして雄英高校入学試験は終わりを告げた。
ロボットの仕組みについてはご都合主義です。そもそもあの世界じゃ普通に技術追いついてそうだから個性とか混じってなくても動かせそう。
主人公が半人外みたいになってるのは素質なのか相澤先生の鬼指導なのかはご想像にお任せ。ステインも身体能力だけで轟のチート能力避けてたしセーフセーフ。