元傭兵が転生してヒーローを目指す話 作:マインスイーパー
予定としてはこれと後もう一話でオリジン終了なのでよろしくお願いします。
side相澤消太
蝉のさざめきが近くで響いているのを横目で見やりながら、首に伝いかける汗を拭った。
一々髭を剃らないといけないような場は嫌いだ。堅苦しいスーツはもっと嫌いだ。通気性もクソもないこれを夏に着なければならないというのは地獄である。
だからこんな事をさせてくれるなよ、兄貴。
啜り泣く声が上がる部屋で、俺は覆い尽くす限りの花に囲まれた、いつも通りの笑顔を浮かべる二人の顔写真を見ながら心の中でボヤいた。
苦笑いもできない。
兄と最後に会ったのは一年前だ。ヒーロー業の忙しさ故に実家に帰らない俺の所まで来て、寝袋に潜ろうとしていた俺をわざわざ連れ出しやがった。しかも家族と一緒に。構わず観光して帰ればいいものを。
義姉となったユーリヤさんは突然の来訪について謝って来たというのに、と指摘したらアイツは心底幸福に満ちた笑顔で自身の妻について惚気出した。勿論一つ拳骨を加えてやったのを覚えている。
十年ちょっと前の兄では考えられないくらい丸くなった。そう考えると、そのきっかけとなってくれたユーリヤさんには感謝しなきゃならないな。
だから親父から電話がかかってきた時、俺は暫く切り替えられなかった。
『破谷とユーリヤさんがヴィランに襲われた』
取り乱しはしなかった。兄は日頃から
だが結局は心のどこかで思っていたのだ。どうせ兄貴の事だから、難無く対処して危なかったと苦笑いを見せてくるに違いない、兄ほど強い奴がそう簡単にくたばりはしないと。
その考えが甘かったと知らしめられたのは、白い布切れで顔を隠された二人の姿を目にしてからだった。
総勢42人。今回の事件で兄の家に襲撃をかけたヴィランの数。それほどの集団にも関わらず目撃者が一人も出てきていないところを見ると意図的に人払いがされていたか、姿を隠すような個性持ちが居たのは確かだろう。
意識が混濁した状態の奴は多かったがヴィラン側の死亡者は無し。と確保時点ではそうだったのだが、こちらが拘束した時点でヴィラン全員が突然痛みを訴え始めて一人残らず息絶えたのだ。「騙しやがって」という声も上がった所を見ると、恐らく彼等を仕向けた人物による時限装置が仕掛けられていたのだろう。
あの場にいた"一人"を除く者全てが死亡した為に、真相は最早闇の中である。
そして総じて四肢が部分的に爆ぜるような形で欠けていた為に、襲撃者へ誰が手を下したかは一目瞭然だった。
あの狭い室内で、ヒーローコスチュームも装備せず、妻と子供を庇いながら圧倒的な集団数を全滅させた。
ヒーロー業から手を引いて十年以上経過した上での状況に、多くのヒーローが兄を畏怖した。
「壊斗君はまだ小さいのに───」
「でも二人の御両親は今、あの子を引き取れる状況じゃ───」
「うちは無理よ。一番上も成人してないし、末も小さいから───」
潜めく声を聞き流し、線香の匂いが燻る部屋から縁側に出る。緩やかな風が風鈴の音と共に流れた。
前日に雨が降った名残か、ぽつぽつと水滴を乗せた植物の葉をなんとなしに右から順に眺めて、左の端まで目線が動いたところで、白い頭が目に入る。
脚をウッドタイルから垂れ下げて、ぼんやりと足元を見つめる子供。それは子供がするような表情じゃねぇだろという心の中のツッコミは、会う度にしてきた事だ。
昔から何を考えているのか分からない。
俺がまだ14の時に産まれた、歳の離れた兄貴の息子。それから何度か会ったが、ひたすら真顔を携えているもんだからこいつは本当に子供かと馬鹿みたいな疑問が浮かんでいた。
徐に壊斗が顔を上げる。光さえ受け付けない灰色の目に涙の気配は無かった。
(この状況でも泣かないか……)
まだ十歳になったばっかのガキが、あんだけ惨いもの見せられたってのに。いや逆に精神的なダメージからああなってんのか。どちらにしろカウンセリング等齧ってもいない俺にそんなことは分からない。
こちらに気づく様子もない壊斗に自分らしくない妙な気遣いが働いて、その何を抱えてしまっているのかも分からない背中に声をかけようとした時、壊斗の口から誰に聞かせるわけでもない小さい独り言が、俺の耳に突き刺さる。
「何で俺が、生きてるんだ」
それを聞いた瞬間、俺の身体は動いていた。
▼△▼△
side壊斗
「部屋は空いてる所を勝手に使え。必要な物があるんなら適当にメモ置いとけば買っといてやる」
消太さんは端的に要件だけを言ってオールバックにしていた男にしては長い髪を手荒く下ろし、上着を鬱陶しそうに脱ぎながら恐らく自分の部屋だろう方向に消えていってしまった。
返事などする間もなく、ぽつんと置いてけぼりを食らう。
身寄りが無い自分が誰かしらに引き取られるであろう事は分かっていたが、まさか父さんの弟が自分からその役目を請け負ってくれるとは思わなかった。
というのも俺は彼とは何度か会ってはいたのだが交友関係があると言えるほどの会話を交わした覚えはないのだ。主に俺が子供らしく明るく振る舞わなかったのが原因なのは自覚している。
とりあえず荷物は整理しておいた方がいいのか。空いてる部屋は何処だろうか。いやというかその前に内装が殺風景過ぎるけれど引っ越してきたばかりなのか?
────────────
数時間前の葬式中。父の方の実家で二人の葬式が済んで、俺は庭へと目を向けながら思考の淵に沈んでいた。
父の血に塗れた姿を、母の生気を失くした瞳を。二人の身体に刃が突き刺さる光景を何度でも思い出す。
なぜ引き摺るのだろうか。今までいくらでも見てきたじゃないか。仲間の死も敵の死も他人の死も、自分の死も。仕方が無い事だと割り切れてこれたというのに。
(───……、馬鹿か俺は)
仕方が無いわけないだろ。此処は戦場じゃないんだから。いつから混同した。
十年間この世界にいてまだ自覚が出来ていなかった。俺の周囲にいる人は本当はこんな形で死んで良いような人達じゃない。悲しむのが正当だろう。それが
なんで両親は死んだのだ。彼等がそういう境遇にあったのか。いや違う。だって彼等は誰の命を奪うことなく、普通に生きていただけじゃないか。俺と違って潔白な人達じゃないか。
なのに、なんで二人が死んで、
「何で俺が、生きてるんだ」
知らぬ間に口に出してしまう程、それに気付かない程考えのない純粋な疑問だった。何十人も何百人も殺してきた俺が生きて、あの人達が死ぬ? そりゃ外的要因の死というのは運だ。場の巡り合わせというのは理解している。していない訳が無い。
だからってこんなの納得出来るか。
刃物男が二人を突き刺した時に感じたドス黒い感情。あの時は怒りだと思っていたのだ。両親に手を出された明確な怒りだと。だが違った、それだけじゃなかった。
今なら分かる。俺は確かにあの時
刃物男を敵として、殺すべき対象として見る事が出来る事を、この滲み出る途方も無い闘争心の行き場を見つけた事に高揚した。
クソ野郎は他でもない、この俺だ。
死ぬのなら俺じゃなきゃ駄目だった。一度の死など生温い程のクズ、それが自分の本性なのだから。こんなもの、下手なヴィランよりもタチが悪いだろう。
────あいつを庇って撃たれた時に大人しく終わればよかったというのに。
徐々に黒くなっていく視界から目を背けるように頭を抱えかけて。
ガッ、と誰かに肩を強く掴まれた。意識が現実に戻り、頭に持っていこうとしていた手を止める。
それからゆっくりと衝撃の方向へと顔を向けた。俺の肩に置かれた手の先、黒髪を後ろに撫でつけた、目付きの悪い男。父の弟であり、俺の叔父。
相澤消太。
面識は何度かあるが、仲良く話すような間柄では無かった筈だ。突然の事に喉が詰まって言葉が出ない。
若干の間の後流石に気まずくなってきたし、周りも何事だろうかとこちらを訝しげに見ているこの意味不明な状況に耐えられず、話しかけようと口を開いた俺の前に、消太さんが先に言葉を発した。
「俺と来るか」
「…………え、」
────────────
という事だ。訳は知らない。
ただ何故か引き取り先で揉めてた筈だというのにたったの一言で俺を引き取ってくれたのだ。どういう理由にしろ感謝しないわけにはいかないだろう。
しかし身内とはいえ俺はこの人についてあまり知らない。父が語っていたのは、ヒーローである事と極端な合理主義者である事。
優しいんだけどね、と笑顔で後付けしていた所を考えると悪い人では無い筈だ。
そんな父の姿を思い出して、先程の葛藤が再びこみ上げてきた。ネガティブなんて生易しいものじゃない。
首を軽く横に振る。今はそれよりも身の振り方を考えなければ。叔父であり、また向こうからの提案とはいえ突然押し掛けて養ってもらう身である事は変わらない。
そんな内心慌ただしい事この上ない壊斗は、現在その行動の読めない叔父にリビングへと呼び出され、特に悪い事をした訳でもないのに聴取室の尋問中のようなどこか重苦しい空間でご飯を食べる事となった。いやご飯というよりは非常食のそれに近かったが。
何せ叔父の手と、俺の前のテーブルに置かれたのは"十秒メシ"と言われる栄養補給食品。何かのギャグで俺は笑わなければならないのだろうかと思ったが、相手の大真面目な顔を見る限り絶対に違う。
……食事に与える時間が無いという意思表示を示した喩えなのかもしれない。そう勝手に結論付けて考えるのを諦める。
"抹消ヒーロー"イレイザーヘッド。
他ヒーローと比べメディア露出や情報が少ない。
アングラ系ヒーローという面を考えると妥当であるし、父の口振りからすると実力が足りないようには思えない。メディア嫌いなのだろうか。いやしかし身内贔屓なところのある父の評価は正直アテにならない。
過去にディスプレイに並んだ無機質な文字に目を通していた時、とある一文に手が止まったのを覚えている。
『視ただけで人の個性を抹消する個性』
やはりというか驚くべきというか、個性の内容が酷似している。崩壊が抹消に変わった程度だ。いや文字に起こせば近いだけで、使用してみれば別物なのは分かっているが。しかしそう分かっていても遺伝子というものを痛感する。
ある書物には、個性は遺伝子に強く左右されるという説がほぼ確実なものとなっているとあった。勿論確実ではないが確率的に高い事は実証済みだそうだ。
(そういえば父の個性は……)
同時に浮かんだ疑問。父の個性について、俺は一切知らない。まず本人の口から語られることがなかった。そしてそこはかとなく、"聞いてはいけないような"雰囲気を感じてもいた。多分あの夜、襲撃者の体の一部を破裂したのが彼の個性であるんだろうが。
「兄貴は自分を極端に顧みない奴だった」
ふと、突然発された会話。
切り出したのは叔父で、俺はそれに対して顔を上げて彼の顔を見る。お世辞にも良くない顔色と、鋭い目付き。何を考えているのか全く読む事が出来ない。
「アイツが元ヒーローだったのは教えてもらっているか?」
自分の目が見開いたのが分かる。父が元ヒーロー? あの平和主義を体現したかのような男が?
想像もつかない。というか、そんな話は欠片も聞いたことがない。
「その様子だと知らなかったか。まあ二人共お前が子供の時点では教える気は無さそうだったからな」
「なんで、二人は教えてくれなかったんですか」
「……あまり良い話じゃない。場合によってはお前の父に対する像がぶっ壊れるくらいには」
ヒーローだった父の話をするというのに、叔父の顔は浮かない。まるで過去にヴィランだった事を話すような口振りだ。そして続けられた言葉にある、"父に対する像が崩れる"という内容。
だが怖気付いてなどいられないのだ。そもそも自分の持つ父親像などどうでもいい。彼がどういう人間だろうが、自分と血の繋がった身内という事実は変わらない。
「───どんな話でも良いです。教えてください」
構わないと、俺は叔父から一切目を逸らすことなくそう告げた。
誰だお前レベルの相澤先生でしょうが小説進行の為の生贄になってもらいました。反省はしているが後悔はしてない。