跳ね橋付近での銃撃戦は激しさを増していた。
後背は跳ね橋が上がったために襲われる心配はないが、正面を抑えられたために逃げ場がない。
寧ろこの状況を打破するには敵中に活路を見出すほかない状況である。
レオーネ隊の連中も予期せぬとは言え包囲したスネークとバットを逃すつもりはなく、限りある兵力の中でも割いて投入してきていた。
…ただ本当に予期していなかっただけに大規模兵力を差し向けるのではなく、各部隊の戦力を編成し直しながらの逐次投入であるからして、数の暴力で押されるような事はなかった。
逆に二人が心配しているのが持久戦に持ち込まれた事で弾薬の不安が大きくなりつつある事。
素手でもCQC技術のあるスネークはまだしも、拳銃を組み込んだ近接戦闘術を熟すバットは弾が切れた瞬間に攻撃手段そのものが無くなってしまう。
その前に敵中を突破したくとも退路が決まらなければどうもならない。
「まだかアリス!!」
『まだよ!黙ってて!』
『ゲリーに続きテリコも別人だった…スネーク、君は本当に“スネーク”なのか!?』
「…ロジャー…信じてくれとしか言いようがない」
「敵に包囲された状況で退路もないってのに仲間は疑心暗鬼…最悪だな。あ、
「助かる。手持ちの弾薬が心許ない所だったんだ」
拾ったのは倒した敵兵が使用していたAKS-74U二丁にマガジンを少し。
二つあるのだから一つだけ受け取ろうとするも、アサルトライフルは苦手だからと二つとも渡された。
『…おかしいわ』
「なんの話だ?」
「悪いけどこっち余裕が無さ過ぎるから不鮮明な言い方じゃなくてハッキリ言ってくれ」
『不鮮明で悪かったわね。けどそう言うしかないの。北に逃げたテリコが視えるのよ。近くに建物が見えない?』
「あれか?」
『情報によるとエブロ・タワーという試作工場らしい』
「けど橋を渡ったのにこっちに居るんだ?それともテリコってのは二人いるのか?」
『いや、私が知っているテリコは一人だけだ。もう一人は“ラ・クラウン”だと推測される』
「ラ・クラウン?」
「
『先刻本部より送られてきたBEAGLE関連の資料にあったのだ。国籍から性別に至るまで素性は不明。変装や催眠術の使い手でBEAGLEが雇った殺し屋だ』
「BEAGLE側って事はピュタゴラスの情報を隠蔽しに来たのか?」
「今考えても埒が明かない。兎も角突破して向かうぞ」
行き先が決まれば即座にここからおさらばだ。
渡されたAKS-74U二丁を構えて乱射する最中をバットがMP5で精密射撃で一点を突破すると、撃破よりも相手を牽制する事に重きを置いて弾丸をばら撒く。
いきなり攻勢に出て来た上に一角が崩された事に敵兵が騒めき、隙を生まれた所をスネークとバットは駆け抜ける。
勿論獲物が脱げようとするのを放置する訳は無かったが、走りながらのスネークのアサルトライフル二丁による牽制射撃と、置き土産と言わんばかりにスタンにスモークなどの手榴弾を放り投げる。
おかげでバットが所持していた手榴弾が底を尽きそうになるも、追手の足止めには充分過ぎた。
真っ直ぐ建物へと走るのではなく、すぐ側の木々や身を隠せる遮蔽物を利用して姿を暗ましながら進む。
追手が来ていないか、周囲に敵兵の姿は無いかと警戒を怠ることなく建物へと足を踏み込むと、ぴたりとバットが立ち止まって眉間に皺を寄せていた。
「あ、こりゃあ不味いな。嫌な感じがする」
『
「さっきの仕返しか…」
つい先ほどアリスに言った言葉を返されてムッとするも、自分が言い出した事もあって言い返しはしなかった。
悪戯っぽく言うアリスやムッとしながらもクスリと笑うバット。
微笑ましい若者達に水を差すのも難だが、それよりもバットが感じた方が問題なのも事実。
「嫌な感じとはなんだ?」
「多分だけど誰かのテリトリーに入ったぽい。狩場って言った方が良いか?」
「狙撃手の勘か」
「この場合はクラウンの狩場なんだろうけど…なんだろう…狩場にしては雰囲気が変な邪気なんだよなぁ…」
『それは私も感じてるわ――クラウンは狡賢く我侭放題な
「透視ってそこまで視えるんだ」
『十分気を付ける事ね。彼女は最上階に居るわ』
「ゲームの基本だよな。最上階で待ち受けるなんてね」
「なら待ち受ける道化を倒してデータを回収するぞ」
建物内は特殊な仕掛け………否、特殊なルールが設けられていた。
兵士達は色違いの覆面を装備しているのだが、区域別に色が指定されている為、別の色の区域に足を踏み入れると問答無用で射殺されるようだ。
これがクラウンが用意したトラップなのだろう。
いや、嫌がらせに近いか…。
クラウンは
しかしこのゲームは一人用らしく、一人分しか用意されてはいなかった。
馬鹿正直に乗るなら覆面なしの片方を助けながら先に進むか、一人だけ先行するかのどちらかだ。
先攻するならトラップに嗅覚が利くバットが行くべきだろう。
そう考えたスネークだがバットは真っ向から拒否した。
「俺はゆっくり行くよ。もう少し性格…というかクラウンの狩場の感覚を掴みたいし」
『確かにその方が良さそうね。何かその建物からは嫌な感じがするのよ。下手に彼女のルールを破ると何が起こるか解らないし、覆面なしで進むのならバットの方が適任だしね。それとも一人は寂しいのおじさん?』
「いや、ソロには慣れている」
バットとアリスの言葉を受けてスネークは一人先行する事に…。
区画ごとの色に合わせて覆面を変えればすんなりと突破は可能であり、途中検索した端末情報により隠れ部屋がある事が判明。
手持ちの爆薬で壁を吹き飛ばした先にはエレベーターがあった。
どうも隠し部屋というよりはこのエレベーターを隠していたようである。
なんにしてもこれで上階へと向かう事が出来る。
「ロジャー、壁を破壊した先にエレベーターを発見」
『分かった。バットにも伝え……なんだこれは?』
「どうした?」
『衛星からの映像に君の姿が…エレベーターの前に居るんだな?』
「あぁ…何処からかのハッキングか?」
『解らない。少しこち…ぁ……』
「ロジャー?ロジャー!?」
どうも何かアクシデントが発生しているのは確からしい。
無線も微妙に乱れ、ロジャーの声が聞き取れ辛い。
「―――ッ!?」
急な頭痛…。
それも今までの比にならないほどの激痛に頭を抑えたまま膝をつく。
一体どうしたというのだと痛みに耐えているとエレベーターの扉が開き、中には“
瓜二つの相手に対してスネークはクラウンだと当たりを付ける。
何しろロジャーからの情報ではクラウンは変装は得意と聞いている。
「貴様…クラウンか!俺に変装を…」
「クラウン?…俺はハンス・ディヴィスだ」
「ハンス・ディヴィス!?フレミングが言っていた…」
まさかの名に驚くもそれ以上にまだ頭痛が響く。
ハンスは怪訝な顔をしながらスネークを見つめる。
「フレミングの知り合いか?いや、お前は誰だ?」
「ハンス、いや、クラウン!メタルギアは何処だ!!」
「そうだ。
「何を馬鹿な事を…」
「
こいつは何を言っている?
頭痛に苛まれながらも銃口を向けるスネークはハンスの言葉に戸惑いとなんとも言えない悪寒のようなものを感じた。
そこへ無線機よりロジャーからの通信が入る。
『スネーク。どうしたんだ?』
「どうしたもなにもハンスを発見。これより拘束する」
『君は何を言っているんだ?
「…なんだと?」
本部には映像が送られている。
その映像は指示や情報を与えるロジャーも閲覧していた。
目の前にハンス、またはクラウンが居るというのにロジャーは誰もいない(映っていない)という。
なら俺が見ているのは一体なんだというんだ?
疑問と頭痛に苛まれるスネークの横をハンスは「また会おう」とだけ言い残して通り過ぎていった。
『スネーク…大丈夫か?』
「…あぁ、大丈夫だ」
ロジャーもであるがスネーク自身疑念が深まり、心の底から大丈夫と言い切る事は難しくなってきた。
それでも自身はアイツではないと否定するほかない。
少しその場で待機しているとバットが合流して上階へと向かう。
短い時間の移動ではあったが今はその短い間だけの沈黙も重く感じた…。
そして最上階へと到着して開いた扉の先には予想外な光景が広がっていた。
明るい配色が使われた小さな街並みが一室いっぱいに表現されており、その間をマス目が縦横無尽にかけていた。
所々赤と青のマス目がある事から何かしらの特殊マスであろう。
「ボードゲーム?」
「今度はこれで遊べってか?いやはや意外と
「優しい?」
「だってゲームでしょ?下の感じからクラウンはルールを設けている。それもゲームマスターが一方的に勝つようなムリゲーではなく、挑戦者に勝ち筋をちゃんと残している。クリアは出来るように組んであるんだから」
「本当に優しいなんて言うんだったら周囲に地雷は敷設しないだろう」
「ルールは守れって事でしょうに」
『気を付けてね。それがゲームというのなら対戦相手――プレイヤーもいるでしょうから』
「居るね。
バットが振り向いた先はちょっとした高所になっていて、そこにはクラウンが変装していたテリコの姿があった。
向こうはこちらに警戒心剥き出しで銃を構えている。
「レオーネの部隊とは制服が違うようね」
「テリコ…いや、どっちだ」
「私を知っているの?どちらにせよ貴方を倒さないとここから出られない。戦うしか…」
「なら一対一でどうぞ。俺抜けるから」
「「はぁ!?」」
クラウンによる変装か本物か…。
審議がつかない状況に置いて、バットの一言にスネークもテリコも驚きの声を漏らす。
だがバットはそれに答える事無く匍匐前進しながら地雷を拾い、マス目の場外へと出て行ってしまった。
向こうとしては怪しくも二対一という数的不利が解消されるなら有難いという所だろう。
だがスネークにとっては非常に不味い問題に直面する事となった。
単純に戦力が低下したというだけでなく、テリコは閉じ込められてからこのマップを調べてルールを理解しているらしい。
こちらはルールの詳細が解らない上に、相手が本物だった場合は得るものが大きいので本気では戦い辛い。
一応ロジャーは任務を優先して
最初こそ苦戦を強いられつつもプレイしていると身体データにおかしな点が見受けられ、それをCHAINと状況からロジャーが解き明かしてくれた。
どうも色付きのマスには身体に影響を及ぼす作用があるらしく、青は身体を活性化させて防御力の向上で赤は攻撃力、緑は反応速度で多くが黄色いマスの為に見辛いが黄色のパネルは装備品のリフレッシュらしい…。
ゲームでもあるまいしバフ効果云々信じきれるようなものではないが、事実効果はしっかりと現れている。
このままテリコを
「もう戦わなくて良いよ」
そう言ったのは今までゲームに参加しなかったバットだった。
何をしていたのかと思いはしたが、戦闘に集中していたが為に意識から外してしまっていた。
どうもそれはテリコも同様だったようでバットが現れた事に面食らった様子である。
「戦わなくて良いってどうゆう事よ」
「色々仕掛けがあったんで解除しときました。時間もたっぷりありましたんで」
「お前…ゲームのルールはどうした?」
「プレイヤーとして純粋にゲームを楽しむ。間違っていないですけど中には抜け道を探す遊び心があっても良いと思いませんか?」
「捻くれてるわね…」
スネークと違ってテリコは疑いながらもバットの様子に毒気が抜かれたらしく銃を降ろした。
こちらも銃を降ろして恐る恐るマスから離れるも何も起こらない。
どうもバットはマップしたに何か仕掛けがあるのを察知して仕掛けられていた爆弾を解除。
次に出入り口の開閉システムを弄ったらしい。
「とりあえずここから脱出しよう」
「疑っているのは分かるが…ここに残るか?」
「…行くわよ」
スネークにバット、それとまだ本物の確証を得れないテリコと一室を脱出し、エレベーターで下層まで降りる。
周囲に敵兵もない事から警戒はしたままにまずはテリコが本物か贋者かを区別する必要がある。
いい加減に本人だと決めつけてまたしてやられては溜まったもんじゃない。
かといってラ・クラウンは変装の名人でそう簡単にボロを出す筈もなく、スネークとロジャーは判定は難しいと頭を悩ませるがアリスの提案によってそれらは解決した。
テリコに自身しか知らない事を語らせて、それをアリスが
ロジャーにより説明を受けたテリコも納得し、自分しか知らない情報を口にする。
内容は父親コリン・フリードマンの事件についてであった。
コリン・フリードマンはテロ組織の首謀者として嫌疑がかけられた人物で、確定付ける証拠が大量に挙げられたことで世間から多くのバッシングを受け、マンハッタンのホテルで頭を撃ち抜き自殺した…と言うのが
ホテルでテリコは遺書を発見したのだがそれが不可解なのだ。
今まで見た覚えのないバックに入っていたパソコンで打たれた遺書。
他にも口紅が付いた吸い殻が灰皿に残り、室内には花の匂いが漂っていた。
元々父を信じて何者かが嵌めたのだと疑っていたテリコは徹底的に調べ上げ、父親を殺した“六人の探究者”という地下社会を牛耳っている為政者達五名の名前まで突き止める事が出来たという。
覗いていたアリスはテリコの悲しみや怒りを感じ、涙を流して彼女が本物である事を証言した。
話している間はずっと黙って眺めていたバットは“花の香”というワードを聞いてから眉を潜める。
「花の匂い…ねぇ」
『何か気になる点でもあるのか?』
「いや、ちょっと気になっただけ」
「…そう言えばバット。お前確かあの部屋でテリコが現れた時にクラウンじゃないと断言したな」
「嫌でも解るよ。あんだけ香水の香り撒かれたらさ。嗅覚も相手を見つけるのに必要なんだよ」
「確かに強かったな。しかし消臭剤を使えば…」
「あんだけ濃かったんだ。そう簡単に落とせるかよ」
『それは上々ね』
『どういう意味だアリス?』
『簡単な事よ。ラ・クラウンの接近はバットが判るのだから』
「俺はレーダーかなんかか?」
「ふっ、その犬並みに優れた嗅覚を頼りにさせて貰おう」
疑心暗鬼に陥っているスネークとロジャー、親の仇を狙うテリコに正体不明で不審なゴースト。
現場も本部、味方も敵も何かしら抱えて中々に簡単なゲームはさせてくれないらしい。
複数の思惑を孕みつつスネークにバット、テリコの三人はは進んでいく。
●ちょっとした一コマ:花より団子
アリスはミネットより爆弾発見の報を待っていた。
ハイジャックに研究所の二件に携わる大変さにため息を漏らす。
それでも熟さなければならないし、ゴーストのおかげで幾らか負担も減ったので有難い。
…ただそのゴーストも良い人という訳ではなさそうだ。
ロジャーも間抜けではない。
すでに本部内より幾つかの無線が飛び交っている事に気付いており、その発信している人物がゴーストであると断定している。
内容や誰に無線しているかまでは把握できていないが、何かをしている事は解り切っている。
ゲリーがフレミングであったり、テリコに化けたラ・クラウン。さらには怪しげなスネークの言動もあって疑心暗鬼が増してきてはいる。
ゴーストがレオーネ部隊、またはフレミングやBEAGLEの関係者で情報を流している可能性だってある訳だ。
しかしながら疑いだけでゴーストをどうにかする権限はロジャーには存在しない。
なにせ彼はロジャーより上から送られた人物なのだから。
疑いを掛けるにも証拠が必要なのである。
内密にロジャーより透視を頼まれたが、私にゴーストを視る事が叶わず断念するほかなく、今のところ疑うを向けるだけで留まっている。
「どうかしたのかい?」
「別に…」
ミネットの様子を無線で窺っている合間、軽くパンケーキを焼いて持って来たゴーストは、空いていた席に腰かけて銃の手入れを行っている。
装備しているのはレッグホルスターに納められた片手用に短身に改良した“ウィンチェスターM1873”だけかと思っていたのだけれど、他にもモーゼルC96も持っていたようで綺麗に磨いている所であった。
様子からかなり愛着はあるんだろうけど、見た目がカウボーイのような衣装だからか妙にしっくりこない。
「リボルバーじゃないのね」
「持ってはいたんだけど、今は相棒の元に居るんだ」
「ふぅん」
声を変えているとは言え雰囲気から懐かしんでいるように思える。
ゴーストの情報は無理でも話に乗って戦友の名前でも漏らしてくれたなら何者かを探る手掛かりになるだろう。
そう思って懐かしさに浸っている間に話を振ろうとするも先に遮られて折角の機会を逃してしまった。
「アリスって銃を撃った事ある?」
「ないわよ。それが何?」
短く答えるとゴーストはコートの内側から一丁の拳銃を取り出した。
それはモーゼルC96であった。
手入れしている分と合わせるとモーゼルC96を二丁も所持していた事になる。
どれだけ好きなんだかと呆れたように呟く。
「どれだけ好きなのよ」
「これは“アストラM900”。装弾数は十発。護身用に持っていなよ」
「別に撃つ事ないわ」
「護身用だよ。何があるか解らないからさ」
ゴーストの言葉に眉を潜める。
この司令部で銃を使う事態など限られるが、前線である研究所から遠く離れたここがそんな状況に追い込まれるとなると相当な事態である。
護身用かどうかは別にして一応受け取って置く。
「安全装置分かる?」
「分かんないわよ。使った事ないって言ったでしょ」
「安全装置と撃ち方だけ教えとくよ」
パンケーキを食べ終えてから教えてもらったアリスは、ゴーストから貰ったアストラM900を何気なく構える。
別段撃ってみたいとか言うつもりはないけれど、何だろう…愛着とでも言えば良いのか。
なんか手にして眺めていると可愛く見えてきた。
手持ち無沙汰もあってアストラM900を触っていたアリスであったが、ロジャーがゴーストを警戒してか持っていたパンケーキを理由を付けて断った事で視線はそちらに持っていかれる。
疑わしい相手からの差し入れを警戒して口を付けない。
賢明な判断ではあるけれど残ったパンケーキは勿体ないじゃない。
まったく、仕方ないわね…。
先ほどまでアストラM900を眺めていたというのに、アリスは二枚目となるパンケーキに釘付けとなるのであった…。