ロビト理化学研究所敷地内には現在使っていない…いや、使う事の出来ない廃墟が存在する。
元は二階建ての立派な建物であっただろうけど、今ではほとんどの床と壁が抜け下りてしまい、コンクリートの骨組みしか残っていない。
管理事務所から居住区を繋ぐ道すがらに位置する以上は警備の兵士を置かない訳にはいかないので、一階には四名、二階には一名の兵士が巡回している。
さらに監視カメラが内側と外側の計四台設置され、警備ロボット一機が派遣されている。
万全の警備体制ではないけれど重要施設という訳でもなく、戦力も限られるためにこれ以上の兵士を配置するのは難しい。
それでもカメラとロボットで補う事でそれなりに補う事は出来た。
付け加えればこの廃墟は二階建てで周辺より高所で、壁や床は虫食い状態で見晴らしが良いとなれば侵入者があれば容易く見破れるだろう。
……そう警備の兵士達も思っていた…。
命じられるまま警備に当たっていた兵士達は真剣ながらも、ただ警戒するだけの現状に多少の飽きを感じていた。
さすがに暇だからと言って紫煙と火で位置がバレる煙草を吸う奴はいなかったが、欠伸を零す者は当然ながら見受けられる。
しかし暇なのも事実で体験している事から誰もそれを咎めるような事はしない。
『入り口のカメラが映らない。誰か確認を頼む』
「了解。これより確認に向かう」
カメラ不調の連絡を受けて確認に向かう。
位置で言えば二階で警戒している兵士が一番近いが、高所より周辺を見渡しているのが彼だけなので動かす訳にも行かない。
なので下で警備していた四人中二人が確認に向かう事に。
警戒をしながら不調と報告を受けた監視カメラに近づく。
入り口付近で二階に上がる階段側面に取り付けられた監視カメラは火花を散らして機能していなかった。
「故障か?」
暗闇で詳しい状況が見辛い事もあって、銃弾による風穴が空いている事を見逃してしまった。
故障していると連絡しようと無線機に手を伸ばしたところで、背後よりどさりと何かが落ちた音が聞こえた。
振り返ろうとした彼は声を上げる間もなくグルンと宙を回され、地面に叩きつけられて気を失う。
鈍い音がした事で外に注意を向けていた二階の兵士は音源に視線を向ける。
そこには二人の兵士が倒れ込んでいる。
暗闇で生死の確認はし辛いが、何かが起こっている事は確か。
無線機を手にしたところでパスっとくぐもった音が二つ続けて起こり、二階から見張っていた兵士は頭部と左胸を撃たれてその場に倒れる。
この状況に気付いていない残り二人の兵士は置いておいて、監視カメラから送られる映像を見ていた兵士は首を傾げる。
最初は一か所の不調であったが、それが増えだしたのだ。
二つ目、三つ目と増えて行き、時間も置かずに四つ全部映像が映ら無くなれば異常と判断するしかない。
…ただそれが敵の手に寄るものかシステム上の問題で映らないのかは不明であるが…。
『こちらモニタールーム。廃墟警備中の兵士。カメラの確認はどうした?さらに映像が途切れたぞ?』
残っていた二人は追加の無線に眉を潜める。
先ほど二人が様子見に言った事は知っている。
距離としてはそう離れていないというのに、確認だけにしてはやけに遅い。
それに続いてカメラの映像が途切れたという事に冷や汗を掻く。
ナニカが起こっているのかと警戒を強めようとした矢先、強い衝撃に頭部が襲われてそのまま倒れ込む。
残っていた最後の一人も同様に倒され、カメラと警備の兵士を完全に無力化した侵入者達―――ソリッド・スネークとバットは姿を晒す。
残すは二階を巡回しているロボットだけだが、それだけなら問題にもならない。
スネークが手榴弾を二つほど一階より放り投げると、狙いを済ませたバットがロボット近くで狙撃して爆発させる。
手榴弾二つによるダメージに加えて、二階より落下した事で完全に壊れたのを確認し、二人は闇夜に紛れるように先へ進む。
スネーク達が廃墟を進んで数十分後、旅客機326便機内。
機内の状況は悪化する事あれど、良好になりそうには無かった…。
ただ一つの兆しは存在した。
ヴィゴ・ハッチ議員の後ろの席で眠っていた一人の少女が目を覚ましたのだ。
少女の名前は―――ミネット、ミネット・ドネル。
秘書兼SPのレナ・アローは話しを聞いたところ年齢以上にしっかりした子のようだ。
なにせ家庭内事情により両親が別れ、彼女は単身で飛行機に乗って父親の下に向かおうとしていたぐらいなのだから。
ヴィゴ・ハッチは漂う薬物で動けず、イヤホン型の無線機を装着するだけで一苦労。
対して動けていたレナであるも操縦席で殺された機長と副機長を目撃した際に吸い込んでしまい、今はまだ動けそうにない状態だ。
彼女も薬物の影響で重く感じるらしいが動けるのは動けるらしい。
ヴィゴ・ハッチが何とか装着したイヤホン型の無線機で交信を続ける。
…とは言っても状況はより悪化しているのが話から伝わる。
機内には爆弾が仕掛けられているという事に加えて研究所でも動きがあったらしい。
「クソッ、なんでこんなことになる…あの
“BEAGLE”の幹部である“エミリオ”が動いているらしいが、最近怪しい言動が目立つ事からあまり信頼は出来ない。
それもまたヴィゴに余計な焦りを与える。
苛立つ彼だったが無線機の向こうの人物が“遠隔透視”出来る者がいるという事で希望が生まれた。
「先も言ったが儂もレナも薬品を吸わされて動けん。…いや、一人動ける者がおる。少女だがな」
話が付いたのかヴィゴは無線機をゆったりとした動きで外して何とかレナに差し出す。
「後ろの少女に…」とだけ言われ、レナも動き辛そうにミネットへイヤホン型無線機を渡そうとする。
いきなり差し出された事で戸惑うミネットだったが、恐る恐る受け取って耳に装着する。
『アリス・ヘイゼルよ。貴方は?』
「ミ、ミネット・ドネル…」
無線機より伝わる少々冷たく感じる声に、怯えながらも答える。
…いや、冷たいというより何処か不機嫌なようにも感じるがそれを口にする余裕はミネットには存在しなかった。
アリスはそんな事を思われているとも知らずに続ける。
『ミネットね。あんたに頼みたい事があるの』
「……具合が悪いわ…」
『他の人もそうよ。体は動かせるんでしょ。わがまま言わないで』
宥めるというよりは しかりつけるような口調に肩をピクリと震わす。
怖がられているというのが伝わったのか、大きなため息は吐き出すと若干…本当に僅かながら言葉が柔らかくなった………気がする。
『その飛行機には爆弾が仕掛けられているの』
「ば、爆弾!?」
『今動けるのはあんただけ。乗員乗客全員の命運を握っているのよ。良い?あんたが爆弾を見つければ皆助かるの』
「…本当?」
『本当よ。時間がないわ。私の言うとおりに走って回って』
「うん…」
『分かった!?』
「わ、分かったてば」
『…はぁ、これだから子供は嫌い』
不機嫌なアリスに不満と怯えを覚えながらミネットは指示されるままに動き出す。
こうしてロビト理化学研究所での“ピュタゴラス”の入手と並行して、ハイジャックされた旅客機326便機内での爆弾探しが始まったのである。
…またも機内で人形たちが動き出す。
エルジーは悲鳴を上げるも何処か楽し気であり、それを聞いたフランシスは若干呆れていた。
「大変よお姉ちゃん!大変な事が起きたのよ!……後ろの方でスチュワーデスのお姉さんが血まみれに…誰かに殺されたのよ!!怖いよお姉ちゃん…」
そう告げられてもフランシスは慌てる様子は無く、寧ろ呆れ果ててため息を漏らす。
全くこの子は何をしているのかと言いたげな視線を向け、一瞬無視しようかとも過るが一応突っ込んでおく。
「アンタが殺したんじゃない…」
「もう!なんですぐにバラしちゃうかな。面白くないなぁ…」
「それよりやる事はちゃんとやったの?」
「勿論だよ。おでこに“11”ってナイフで書いたよ。エルジー、良い子でしょ?」
「良い子、良い子」
褒めて褒めてと言わんばかりに出された頭をフランシスは撫でてやる。
嬉しそうなエルジーであるが、少しばかり気になっている事がある。
それはなにやらこそこそとしているヴィゴ・ハッチ…。
別段警戒はしていないが、何かしているのが気にはなっているのだ。
「あのおじさんなんかしてるね?」
「そうね。何か悪あがきしてるわね。けどもう殺しちゃ駄目よエルジー」
「えー…やる事なくて暇なんだけど…」
「仕方ないわね―――なら予定を変更しましょうか」
「なになに?それって面白い事?」
くすくすと笑い合う二つの人形。
楽し気ながらも怪しさや危険を醸し出す笑い声が静かな機内へと広がっていく…。
居住区へ向かう為に手荒に廃墟を突破したスネークとバットであったが、思う程順調には進む事は叶わなかった。
その先は完全に壁で封鎖されており、破壊しようにも手持ちの手榴弾では効果はありそうもなくC4爆弾が必要となった訳だ。
問題としてはC4爆弾は持ち込んでおらず、いつも通りの現地調達せねばならなくなった。
来た道を戻って管理事務所から西の
思った以上に時間が掛かってしまった。
特に地雷原の突破など神経をすり減らしたものだ。
なにせ撃って除去する方法を使えば楽ではあるが、敵兵が殺到するのは目に見えている。
ゆえに地道ながら地雷がある場所を判別して進むしかなかった。
本当に大変な作業であり、突破した頃には神経をすり減らし過ぎて疲労感は半端ではなかった。
…とは言ってもスネークは後方待機で探っていたのはバットであるが…。
「俺を地雷探知機かなんかと思ってません?」
「いやいや、優れた特技を持っていて羨ましい限りだ」
「この野郎…いつかやらせてやる」
疲労を残したままのバットの恨み言に微笑んで返すが、そんな日が来ない事を祈ろう。
そんなこんなで廃墟を抜けてフレミングが居るとされる居住区へ辿り着いた訳だが、広い居住区を時間制限がある中で虱潰しに探す訳にも行くまい。
さて、どうしたものか…
『司令本部より新たな情報が入った。ハイジャック犯が要求する“ピュタゴラス”の詳細は入手出来ていないままだが、捜査員達はロビト理化学研究所で進められていた研究内容の名称と断定。よって本作戦は“ピュタゴラス”及び詳細を知っているフレミング博士の確保となった』
「了解した。他にはないのか?」
スネークは
どうもフレミング博士は非合法な実験を行っていたらしい。
薬品の研究生成を行っては臨床試験で各国から志願者を募り、各々個人の理由を持って命の危険がある旨が書き記された同意書に署名させていたとの事。
戦意高揚剤…かとも推測したが、被験者にウイルスを注入して新薬の効果実験を行っていた。
研究所が孤島にある理由はそれが原因だろうと推測される。
遮断された絶海の孤島であれば隠蔽も容易いだろうからな…。
それとハイジャックされた旅客機326便の状況も伝えられる。
機内で人質の一人にされていたハッチ議員よりホワイトハウスに連絡があり、機内での状況が幾らか判明したのだ。
散布された臭化ベクロニウムで死者が出ている上に、機内で殺人事件も起こっている。
この事から当初は無人のハイジャックと思われていたが、犯人が機内に潜んでいる事が判明した。
それもおかしなことに機長には“1”で副機長には“14”が胸に、スチュワーデスの額には“11”と殺害された者にはそれぞれ数字が刻まれていた。
わざわざ機内のカメラ映像を送りつけてきた事から何らかのメッセージと思われる。
本部も解析はしているのだが、まだその数字の意味には辿り着けてはいない。
もう一つ研究所を襲った武装勢力“レオーネ隊”の情報である。
百名前後の祖国を失った兵士ばかりが所属しており、自ら
彼らはアメリカの庇護を支配と捉え、独立解放を謳って合衆国と敵対しているらしい。
新たな情報を頭に入れながらスネークは先ほど
「アリスは?」
『…彼女はまだ戻っていない…』
「ロジャー。本当に彼女が必要なのか?」
能力者と
こちらは命がけの任務を行っているというのに何と自由な事か。
苛立ちを含みながら問いかけるとバットから突き刺さる様な視線を向けられる。
「スネークのせいだからな…」
「早々信じられるか?超能力なんて…」
「にしたって大人げない」
「大人は子供に命は預けない。それも本当かどうかも曖昧な…」
『彼女の力は本物だ。それはこれまでの実績が証明している』
バットもロジャーも超能力というものに肯定的。
俺がおかしいのかと数で攻められて揺らぐも大本は変わらない。
ただバットが言った大人気なさは多少なり反省はしている。
武器庫に到着した際にアリスが武器には色々霊的要因もあって
眉唾的な物に、それもまだ幼い子供に命を預けなければならないという事に苛立っていたのをもろに出してしまった。
結果、彼女は作戦室より退室して未だに戻っていない。
『こんな猜疑心の塊みたいな人に何を言っても無駄よ』
『アリス戻って来てくれたか…』
『…えぇ、
何とも歯切れが悪い。
俺に対して突っかかるなら兎も角、今のはロジャーに苛立ちや怒りが向けられていた。
同時にロジャーも声色もおかしい事から作戦室でも何かあったのか?
そう思っているとアリスが続けた。
『さっさと仕事だけ済ませたいの。おじさん、居住区の東棟に向かって。フレミングは東棟の最南端に居るわ』
『遠隔透視を使ったのか?』
『それを言ったらおじさんとひと悶着しなきゃいけないからなるべく省きましょ』
アリスの言葉にバットは小さく口笛を吹いて「大人だねぇ」 と当てつけのように呟く。
子供と言えばバットもそうだったなと考えを多少なりとも改める事にしよう。
『ただフレミング本人かどうかは分からない。誰かが居るのは確かよ』
『…聞いたなスネーク。東棟に向かってくれ』
「他にアテもないからな―――ッ!?」
改めて軽いジョークを交じりに返したらバットに横っ腹を無言で肘で突かれた。
何故だ?
疑問符を浮かべながら言われた通り、居住区の東棟に向かう。
その道中でフレミングより通信を受け、受け答えしつつ進む。
『こちらゲリーだ』
「あぁ、どうした?」
『今、君達は何処にいる?』
「これから居住区に入ろうとしているところだ」
『良かった。なら先に東棟の端末を探してくれ。居住区にはセキュリティが掛かっていてね。まず登録していなければ警報が鳴り響いてしまう。………ただ登録にはパスワードがいるんだが…』
雰囲気からゲリーはパスワードを知らないらしい。
そうなればダクトからの侵入など別の手を考えなければならないが、ロジャーがまずは試してみようとの事となり、東棟でセキュリティ無しで入れる範囲の捜索し、登録用の端末を発見する事が出来た。
端末前に立ってロジャーの指示に従って“ピュタゴラス”と入力しようとしたところ、勝手に端末が動き出して俺をスキャン適合した…いや、
「ロジャー、勝手に認証された」
『機器の故障か?』
「分からん。どうも“ハンス・ディヴィス”という人物と適合したようだ」
「スネークの本名?それとも前に使ってた偽名とか?」
「いや、覚えはないな」
『君はこの研究所に来たことは?』
「無い。今回が初めてだが…」
『そうなると可能性は二つ。機器の故障…または君がハンス・ディヴィスなる人物かだが…まぁ、釈然とはしないが任務を優先しよう。君が認証される以上はセキュリティは問題ない筈だ』
「俺も釈然としないがな…。兎も角そのハンスという人物を調べて貰えるか?」
『勿論だとも』
喉に小骨が刺さった様な違和感を感じながらスネークが進もうとした時、何処か不安そうなアリスからの無線が入る。
『おじさん…気を付けてね』
「どうした急に?」
『
「予知か…」
馬鹿馬鹿しいと一蹴するのは簡単だが、それを言ってしまえばひと悶着が起きるのは間違いない。
それに今まで彼女の情報が役だったのも事実。
C4爆弾だって武器庫の二階にあると部屋を跳び出す前に言い当てた例もある。
「…分かった。気を付けるとしよう」
そうとだけ口にしてスネークとバットはフレミングが居るであろうエリアに足を踏み込んだのだった…。
●ちょっとした一コマ:アリスとゴースト その弐
アリスの機嫌は非常に悪かった。
能力に懸念があるスネークは事あるごとに皮肉交じりに不満を口にし、ロジャーは今までの経歴から信じてはくれてはいるようだけど、根本的な超能力に関してはスネークほどではないにしても否定的である事は否めない。。
それに加えて子供の相手もしなければならず、スネーク達の支援にハイジャックされた機内での爆弾捜索と多忙なのもあって、疲労感は大きくなる一方である。
ロジャーが詰めている作戦室から離れた別室にてミネットに指示を出していたアリスはため息を吐く。
すると何処から入ったのかゴーストがいつの間にか居り、ほくほくと湯気を立ち昇らせているカップを差し出してきた。
ふわっと漂う香りからホットチョコレートであろう。
「ありがとう。けれど飲み物一つでころころ機嫌が直ると思っているのなら心外ね」
「ロジャーに機嫌を取るように頼まれたの?」と付け加えたら困ってしまったようだ。
ガスマスクで表情は伺う事は出来ないが、ざっくりとだけど雰囲気で解る。
「そうであれば喜ばしいところではあるけどね。疲れた時には甘いものが欲しくなるでしょ?」
確かに精神的に疲れている。
さらに思考を酷使しなければならず、甘いものは欲しいところだ。
受け取ったカップに口を付け、チョコレートの濃厚な風味と甘味が身体へと浸み込んでいく。
ほんのりとだが苦味を感じ、チョコレートとミルク以外に珈琲も少し加えているらしい。
不快という訳ではなく、寧ろほろ苦さのある深いコクが良い。
ほぅ…と吐息を漏らす。
「本当に大丈夫かい?」
優し気な口調。
本当に心配してくれているのが良く解かる。
だから………と言うべきなのかゴーストに対して安心感すら抱く。
「子供
少し皮肉交じりに答えた。
スネークのが移ってしまったかと思うと苦笑が零れる。
温かく甘いホットチョコレートで和らいだのと、ゴーストに安心感を抱いた事もあり、ぽろぽろと今回の件での愚痴を口にしてしまった。
ゴーストは否定する事はせず、話を聞いては相槌を打ったり肯定より返事をしてくる。
愚痴を聞いてもらった事もあって、悪かった機嫌は落ち着きを取り戻した。
今も不審者なのは変わらないが、珈琲の時よりも好印象を抱いている。
途中、無線が入ったとゴーストは席を立った。
アリスもそろそろ戻らなければと続いて席をたったところで、ふと思い出して笑ってしまう。
全くもってロジャーの護衛をしていない件について…。
随分気分が良くなったアリスはロジャーがいる作戦室に戻った。
振り返ってアリスと分かったロジャーは喜ぶ。
戻ってきた事に対しても気分良さげな事に対しても。
…だが、人の感情の起伏など山の天候並みに崩れ易い…。
アリスは見逃さなかった。
振り返った際にロジャーの口元に白いクリームが付いていた事を…。
視線に気付いて慌てて拭おうともう遅い。
ロジャーの席に二枚の皿が重ねて置いてあり、離れたゴーストの席にも皿が一枚。
どれも形跡があるだけで何も乗っていない空…。
「…食べたのね?」
その一言で十分であった。
ケーキだったのか、シュークリームだったのか、エクレアだったのかは定かではないが、用意したのはゴーストで間違いないだろうという事は解かる。
あれは何かとそう言った用意や合間合間に作っていたのを知っている。
…というか作戦室でホイップクリーム作り始めた時は目を疑ったが…。
なんにせよ作戦室には空の皿が三枚。
二枚がロジャーのデスクの上にあって、隠すように口元を拭った事から食べたのだろう。
「美味しくて…つい…な。待ってくれ!出来心なんだ!」
白状するも急降下した機嫌はそのまま。
踵を返してアリスは出て行ってしまった。
ロジャーはしまったと頭を抱えつつ、再びゴーストにアリスの機嫌をとってくれるように頼みに行くのであった…。