ホーリー・ホワイトは気まずさを胸にザンジバーランド内を探っていた。
かつてはファッション雑誌のモデルを務めていたが、今はCIAの秘密工作員として活動している。
元々才能もあってか上手くやってきたのだけど、最近は評価も下がって今回の任務に俄然やる気を持っていた。
ジャーナリストと称して一週間前から潜入取材という事で情報収集を開始。
ザンジバーランドが動き始めてからは本国から送り込まれた特殊工作員のサポートも務める。
このまま無事に博士を救出するのに貢献できれば、評価は大きく変わる事だろう。
そのやる気が仇となったのか、ホーリーは敵に捕まり捕虜となるもスネークとバットにより救出され、捕らえられた事もあってさらにやる気は増して今に至る。
だけど今の状況…というか空気感は何とかならないものか。
一度捕まった事もあって行動を共にすることになったのだが、その相手が一切喋ることなくただついて来るだけ。
戦闘能力は保証すると言われたが、この間が非常に持たない。
話しかけても頷く程度で会話が成り立たない。
喋れない訳ではないらしいのだが、慣れから喋らないらしい…。
「それにしても色々アイテムが手に入りましたね」
単なる間を持たせようと呟いた独り言。
あまり期待はしていなかったが思っていた通りに言葉は返ってこなかった。
何種類かのレーションに弾薬などが手に入った。
ただ有益な情報は手に入らなかったのは少しばかり痛い。
もう少し深部まで探るか…。
悩ましいところであるがこれ以上の失態は不味い。
大きなため息をついて探るべく移動する。
やる事はやっている。
それにどうも雲行きが怪しい。
マルフ博士は兎も角、捕まっていたマッドナー博士の情報を軽く調べて貰ったのだけど、良い話を聞かない上に僅かながら不安が募って来る。
本部には追加で情報求めているけど…。
先に伝えるべきか悩むも、不確定な情報を入れるのも問題かと無線機に伸ばした手を止める。
「――ッ、どうし……」
通路を進もうとしたところで制止された。
突然どうしたんだと前を見ると通路の真ん中に一人の兵士が待ち構えていた。
紅いバンダナを巻いた白髪の戦士…。
視線は鋭く、得物たるマチェットは不気味な輝きを放つ…。
「スネークはまだ良い。が、これ以上お前に邪魔されるのは
「―――下がって」
初めて話しかけられた事にちょっと感激するも、それどころではないので即座に後ろに下がる。
敵兵より奪ったアサルトライフルを二丁構えたクワイエットは撃ちまくるも、向こうはマチェット一本を振り回して弾丸を切り払っていく。
弾切れを起こしたアサルトライフルを乱暴に投げつけると、背負っていた狙撃用のライフルを構える。
飛んできたアサルトライフルを容易く払うとライフルを警戒して、足を止めてマチェットを構えて警戒する。
狙いを定めて放たれたライフルの弾。
銃声と共に振られたマチェット。
そしてほぼ同時に壁に傷をつけた切られたライフル弾…。
まるでアニメや漫画のような戦闘に呆気に取られる。
だが、戦っている二人は止まらない。
一気に駆け抜ける敵兵にライフルは無駄と理解したクワイエットはライフルを置いて素手で対応する。
狭い通路内での戦闘はクワイエットの高過ぎる身体能力を活かすには手狭過ぎた。
逆に相手にとってはそれだけのスペースがあれば十分すぎた。
首を落とそうと横なぎに振られたマチェットを避けて前に出ようとするも、持ち手を返して即座に二撃目が迫る。
躱して反撃に出ようとするも手数と素早い立ち回りで一つの攻撃に対して三でも四でも返された。
しかしどちらの攻撃も届かない。
流すか避けるかで全てを躱し続けている。
攻撃し合っていても膠着状態と陥ってしまった状況に変化を齎せたのは相手側だった。
振り抜いた隙に振るわれた拳の一閃を屈んで避け、首筋に向かって刃先を突き出したのだ。
咄嗟にクワイエットは左手で刃を掴んだ。
刃物が斬る時に行う動作は押すのではなく引く事。
人間離れした身体能力を有していると言っても鋼鉄で出来ている訳ではない。
さすがのクワイエットと言えども指はポロリと落ちる。
渾身の力を込めて引こうとするが、刃はピクリとも動かなかった。
両手で引こうとも片手で握り締めた力が圧倒的過ぎて完全に力負けしてしまっている。
引く事も押す事も叶わず、クワイエットはフリーとなっている右手でマチェットの側面を殴った。
破片を飛び散らしながらマチェットが砕けた…。
刃物というのは存外横からの力には弱いというものの、人間の腕力程度で折れる程柔ではない。
その一撃を理解はしていても、肌身で感じていなかった敵に対して危機感を覚えさせるには充分過ぎた。
なにせ剣が砕けたのだ。
人の身である自身が受けた場合、どうなるかなど明らかである。
一撃一撃が必殺…。
警戒が強まるのも道理。
だが彼とて数多の戦場を駆け、危機的状況を潜り抜けてきた猛者。
残ったマチェットの柄を投げ捨てて、ナイフを手に切り込む。
素早い身のこなしに鋭い剣筋と、人間離れした身体能力で一撃で相手を吹っ飛ばすほどのパワーの応酬が繰り返される。
息を呑む様なアクション…。
決着がつくまで続くと思われた戦いは、敵兵が無線に出た事で終わりを告げる。
あれほどの嫌悪を向けていた割には呆気なさ過ぎる。
「お前は目障りだが、ずっと相手していられるほど暇ではない」
距離を取って無線した敵兵は、それだけ残して振り返ることなく走り去っていった。
安堵する間もなくクワイエットは追う事無く一気に近づいて来た。
何事か理解できずに驚愕するホーリーを気にせず、クワイエットは回し蹴りを喰らわせた。
くぐもった短い悲鳴と共にどさりと鈍い音が背後より伝わる。
振り返った先では一人の兵士が倒れ込んでいた。
「まさか一撃でアイツがやられるとは!」
「情報通り。いや、情報以上だな!」
「だがあの方の為にも俺達“フォー・ホースメン”が敗北する訳にはいかない!」
“フォー・ホースメン”…。
イギリスやドイツ、韓国の特殊部隊に所属した過去を持つ精鋭部隊。
密室での暗殺が得意とされる奴らまでザンジバーランドに与しているとは…。
恐ろしい相手だと理解はするも、クワイエットの実力を目の当たりにしたホーリーは不安感は無かった。
援護すべく銃を構えるホーリーは、クワイエットに背を預けて四方…天井裏より突如姿を現すフォー・ホースメンと交戦するのであった。
「―――っざけんな!!」
グスタヴァと合流したバットとスネークは博士を救出すべく、女子トイレに設けられた地下へ続くエレベーターに乗り込んだ。
下水を通っている地下通路には警備の兵士など配置されておらず、三人を足止めするような敵兵の存在は無かった。
だからと言って順調に進めるかと言えば別問題である。
地下へ降りた三人は目的地に向かう為に歩き出し、直後鬼気迫る様子で走り出す。
確かに敵兵はいない。
変わりと言えば良いのか通路を塞ぐ巨体の機械が地下通路を行ったり来たりしているのだ。
警備用か清掃用か解らないけど、どちらにしても迫られては潰されないように逃げるしかない。
「叫ぶだけ無駄よ」
「なんで冷静なんですかこの人!?」
「良いから走れ!」
背後より迫って来る機械。
急いて逃げる三名。
そしてその三人の先を飛ぶ一羽の鳩…。
餌付けに成功、または餌をくれると思っているのかスネークについて来た鳩の存在に突っ込む余裕もなくただ走り続ける。
「何処か逃れる場所は…」
「あそこにエレベーターが!」
ボタンを押して開いた瞬間に飛び乗り難を逃れた三名は息をつく。
荒れた息を整えながらエレベーターが止まるのを待つ。
最悪、出た瞬間に敵という可能性も無きにしもあらず。
警戒しながら開いた扉より覗くと、そこにはマッドナー博士がそこに居た。
「マッドナー博士!よくご無事で」
「おぉ、グスタヴァ。それにスネークとバットか」
「少し痩せたか?」
「君は変わらんな。いや、そっちは大きくなったな。子供の成長とは早いもんじゃ」
「以前に比べたら…って悠長に話している場合じゃない。マルフ博士の所へ急ごう!」
「その前にこれを渡しておこう。見張りからくすねておいた」
「くすねたって…博士、意外に手癖悪い?」
「ウォッホン!!ではマルフ博士の下へ行こう」
バットの一言にばつが悪そうにコホンと咳払し、先に進もうと促してくる。
先に…と思っても地下に居たあの機械の存在を考えると博士を連れての強行突破は難しい。
三人は博士を護るように展開して、なるべく接触を避けるように警戒しながら進む。
その最中に分かったのだが、あの機械は目標を追って来るのではなく、決められたルートをただ回っているだけらしい。
解ればパターンを把握して進めばいいだけ。
少し時間はかかったが機械が巡回しているエリアは抜けられたらしい。
ホッと安堵するのもあったのか博士が切羽詰まったような表情を浮かべる。
「すまんがトイレ良いかの?」
「…少し休憩にするか」
強行する訳にもいかず、束の間の休憩をとる事にする。
博士はトイレをしようと離れ、三名は周囲を警戒しながら待機する。
警戒はするけど手持ち無沙汰は否めない。
そんな中でグスタヴァが微笑みながら話しかける。
「それにしても凄い面子ね。世界的な天才科学者に元オリンピック選手、それに元特殊部隊隊員がこんな下水道に居るなんてね」
「言われてみれば確かに凄い肩書ばっか」
「運命としか言いようがないな」
「運命…ね」
スネークが口にした“運命”に同意しながらグスタヴァは語った。
幼き頃に母より聞かせれた話。
第二次世界大戦中に起こったポーランド・ワルシャワ蜂起にて、グスタヴァの母はナチスより逃れるべく何日も何日も下水道を走った。
見た目に気にする余裕などなく、泥まみれになって誰かも判別できない状態でずっと…。
「戦争に憑りつかれているのね。私も母も…」
「…気になってたんだが、どうしてスケート選手を辞めて秘密警察に?オリンピック選手として選ばれるほどの実力者なら待遇は良かっただろうに」
「そうね。強いて言うなら
「恋人は無し。新婚同様にべたべたしている両親は居るけど」
「俺に家族はいない。育ての親はたくさんいるがな。君はどうなんだ?」
「一人よ。独身主義…という訳ではないのだけど、チャンスが無かったのよ」
グスタヴァの瞳は何処か寂しげであった。
それは独り身だからという訳ではなく、誰かを想っての事だろうと察して口を閉ざす。
死別か訳ありか…どちらにしても深く追求する事ではない。
けど彼女は続きを自ら口にし出した。
「でも結婚したいと思う相手は居たの。今思い出すだけでも苦しくなるほどの大恋愛。格好良くて紳士的で…でもいつも何かに怯えていた」
「君にそこまで言わせるんだ。相当の色男だったんだろうな」
「えぇ、亡命を考えたほどよ。…結局最後の最後に受け入れを拒否されちゃったけど」
「亡命失敗…大変だっただろう」
「私は勿論だけど家族まで酷い生活を強いられたわ。選手権も奪われて秘密警察に入るしか道は無かった。色々とあったけど後悔はしていないわ」
「その“彼”とはそれ以来…」
「会っていないわ。出来ればまた会いたいものだわ―――フランク・ハンターっていう西側の人」
『フランク・ハンター?………まさかフランク・
無線越しに話を聞いていたロイ・キャンベルが声を大にして反応を示した。
突然の参加に誰もが驚く中、スネークは問いかける。
「知っているのか大佐?」
『あぁ、知っている。以前敵対していたがその後戦友になった。それに君も良く知っている人物だ』
「俺が知っている人物?」
『絶対兵士、ヌル、フランク・イェーガー、フランク・ハンターと様々な名とコードネームを持ち、FOXHOUNDでは最も優秀な兵士としてビッグボスにフォックスの称号を与えられし戦士』
「…グレイ・フォックス」
スネークにとって尊敬する先輩であり戦友。
彼はアウターヘブンで捕まり、情報の一部をこちらに託すと一人脱出した。
その後、ある時期を境に行方不明…。
スネークとバットが想像する通りにザンジバーランドのボスが
なにせグレイ・フォックスにとっては
そんな事を思っていると「お待たせ」と口にしながらそそくさとマッドナー博士は戻って来た。
グスタヴァは“グレイ・フォックス”の事を聞きたそうであったが、ここで無駄話している時間は惜しい。
先頭をスネーク、次にグスタヴァ、博士を挟んで最後尾をバットが担当して先へ急ぐ。
急ぐと言っても道中は警備の兵士も監視カメラも存在せず、あまりに何も無さ過ぎて拍子抜けしてしまう。
先に進んだ一行を待ち受けていたのはクレバス。
それも結構な広さのもの…。
一応渡るように橋が掛けられているが、決して頑丈と言い切れる品物ではなかった。
誰もが目を合わせ、バットはスネークにお先にどうぞと訴えるも、スネークはスネークで先に行って調べろと返す。
「儂が行こう」
先陣を切ったのは意外にもマッドナー博士であった。
老い先短い身だからと理由を口にして、一人渡り切ってしまう。
それに続くようにグスタヴァが橋に足を掛け、中腹まで渡ったところで振り返る。
「大丈夫みたいね。二人共早く」
「「―――ッ!?」」
グスタヴァに視線を向けていたスネークとバットは息を呑んだ。
対岸に敵兵の姿は無かった。
遮蔽物も見受けられない事から伏兵もいないだろうと思い込んでいた。
巨木のような脚が地面を踏み締める。
深緑色の巨体を二足の脚が支え、目であろうメインカメラが赤く輝いてこちらを見下ろす。
右側に取り付けられた六連装ミサイルポッドが橋へと向けられ、ミサイルの一基のロックが解除される。
慌てて駆けだす二人の様子に慄き、グスタヴァは恐る恐る振り返る。
ミサイルランチャーから放たれたミサイルは橋の中腹に直撃して大きな爆発を起こした…。