歴戦の勇士と戦闘を終えた一同は冷気に満たされた一室より早々に退去した。
あの場に居たら体温が下がって身体に響くと言うのもあったが、それ以上にスネークは凍り付いたFNブローニング・ハイパワーを溶かしたくてしょうがない。
武器としてはメタルギア戦を見越して温存しておきたいリモコンミサイルを除けば、拾ったベレッタ一丁しかない。
見つからないように行動すれば使う事すらないのかも知れないが、団体で動いている以上は見つかる可能性が高く、そうでなくともバットも居る事で強硬な手段に出る事もあった。
さらに先ほどのパイソンのように武器を無力化する敵が現れないとも限らない。
そう考えると予備の武器がないと言うのは非常に不味くも感じる。
ホルスター内でキンキンに冷えているブローニングから視線をホーリーに向けたスネークは、無線で言ったいた内容の詳細を聞くべく口を開いた。
「それでマルク博士の居場所なんだが…」
「博士は無事
「らしい?会った訳ではないのか?」
思いも寄らぬ言葉に首を傾げる。
無線での口ぶりから博士と会ったとばかり思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
騙したようでごめんなさいと小さな笑みを浮かべる。
確かに会っているなら居場所が解ると期待していたが、捕まっていた彼女としては助かりたいというのもあっただろう。
だから責めはしないが多少なりとも有益な情報は期待させて貰おう。
「何処かに監禁されている博士は伝書鳩を飛ばしているの。私はそれを見つけた所で捕まっちゃって…」
「ならその鳩の行方を調べれば博士の下に辿り着けると言う訳か。で、その鳩は?」
「タワービルのエレベーター孔を昇って行ったわ」
「となると屋上か…」
「けどエレベーターに屋上の表記あったっけ?」
「屋上に上がるには専用のエレベーターがあるのよ」
ホーリーの説明によると地下に別のエレベーターが存在し、それで上階まで一気に上がれるとの事。
そこまでの道のりとどの
ただそこのセキュリティは高く、手持ちのカードでは開ける事は叶わない。
「セキュリティカード4のコピーよ。これなら地下に行けるわ」
「それは助かる」
「兎も角早く伝書鳩を探した方が良いわ。ここの連中も必死よ。唯一の手掛かりを奪われないで」
「あぁ、解っている。それで君はどうする?一緒に来るか?」
一瞬悩む素振りを見せたホーリーだったが、首を横に振って否定した。
「足手まといになるわ。それにもう少し情報を集めたいしね」
「しかし俺達だけでなく君の存在も知られた以上危険だぞ」
「危険でもよ。最近評価が下がっているのもあるし、捕まった借りを返さなくちゃ」
「存外逞しいな」
「なら二手に別れますか?」
バットの提案にスネークも乗った。
ホーリーの危険性にこちらは三人と潜入工作するには多くなっている。
それなら二手に戦力を分散させて動くのも有りだろう。
この面子でバランスをとるならば一番戦闘能力の高い者がホーリーと組むのが一番だ。
そうなるとホーリーと組むのはクワイエットと成り、スネークはバットと組む。
「また後でね」
「十分に気を付けろよ」
二手に別れてスネークとバットは説明に合った上階へ向かうエレベーターを探すべく地下へと降り立った。
だがここで二つ誤算が生じた。
一つは言われたエレベーターに乗ったは良いが、地下はB1とB2とあって本命である上階へのエレベーターを見つけるのに時間が掛かってしまった。
もう一つは嬉しい誤算で、
目的のエレベーターで一気に30階まで向かうスネークとバットを出迎えたのは、通路に張り巡らされたブービートラップであった。
「トラップか…」
「あからさまな程ですね」
わざわざ見えやすくしているのではと思うぐらい解り易いワイヤートラップ。
こういう場合はワイヤートラップを囮に他のトラップも仕掛けてあるに違いない。
焦らず慎重に進むべきだろう。
何よりこちらにはそういった罠に目と鼻が利く蝙蝠がいるのだから問題ないと言えよう。
「あからさまでもお前達には充分だろう」
背後より投げかけられた声に反応して二人して振り返る。
振り返った先はエレベーターの出入り口だが閉まっているし、周囲には壁と罠で囲まれるばかりで人影一つない。
…と、思っていると壁の上から何者かが覗き込んでいた。
「これで自由には動けないだろう。俺はレッド・ブラスター!お前達
「スネーク!」
「――ッ、おう!」
背後より奇襲する事無く長台詞を話し出した相手に付き合う気もない。
バットが壁に沿う形でしゃがみ、意図を理解してスネークはバットを踏み台にして壁の上部に乗り出す。
まさか来るとは思っていなかったブラスターは戸惑い、首根っこを掴まれてへばり付く様にしていた為に、踏ん張る事も出来ずに引き摺り降ろされた。
勢いを付けた為に背中から落ちて痛がる様子を無視し、バットは銃口を脳天に向ける。
「動くな。動いたら…解ってんな?」
先ほどまで己有利としてふんぞり返っていた様子が一変し、見下ろすように睨みつけるバットに恐縮してコクコクと頷く。
呆気ない程に無力化した事は良しとしてもあまりに不憫ではある。
「で、どう料理してやろうか?」
「…容赦なさ過ぎだろ」
「背後に回ってべらべら喋ってる方が悪いでしょ」
「違いないがな」
縛り上げたブラスターは有益な情報は持っていなかったが、大量の手榴弾は保持していた。
無抵抗なのを良い事にグレネードを補充していく。
そのままブラスターは放置してワイヤートラップを解除しながら、落とし穴の罠を見破って回避して進む。
周囲を見渡しながら進むも鳩はおらず、屋上に上がろうと外部階段を使って屋上である31階に上がり切る。
上がり切ったが出入り口は存在せず、一か所だけ不自然に色が違う壁が存在した。
どう見ても急いで固めたなと判断して、爆発物を使用して吹き飛ばす。
…今更ながら潜入工作しているのに躊躇わず爆破を行うなど、誰も突っ込まないのは最早慣れているからだろう。
バットは無茶苦茶な父親で…。
ミラーとキャンベルは共に戦場を駆けた戦友で…。
そしてソリッド・スネークは組んで二度目となるバットによって感覚が麻痺してしまっている。
何事もなかったように二人は爆破した先に出入り口が現れ、中に入ると柵で囲まれた広い屋上であって、敵兵の一人の姿も無かった。
ただ鳩が一羽飛んでいるだけで…。
「――っていた!!」
「逃げた!?」
まさかそんな直ぐ見つかるとは思っておらず、声を挙げたバットに驚いて鳩が飛んで行ってしまった。
大慌てで追い掛けるも素早く、空を飛んでいる鳩を捕まえる事は出来なかった…。
終いには狙撃してしまうかと狙撃銃を手にしたバットを止めるのにスネークは一苦労するのであった。
無駄に体力を使った二人は遠巻きながら見つめる鳩を他所に腰を降ろす。
「疲れた。無駄に疲れた」
「腹も減ったな。鳩も捕まらないし飯にしますか」
拾ったレーションの一つを取り出してお互いに開けて中身を確認する。
一つの袋に複数の缶が入っていて、それらを全部開けてしまう。
缶の中身は同じではなくて違う料理が入っており、全部で一食のセットなのである。
バットが開けたB1ユニットと書かれたレーションセットは塩漬けの牛肉と豚肉、ハムエッグにツナフィッシュ、さらにはチョコレートとクラッカーまで入っていた。
「美味そうだな。俺の方は………ん?」
B2ユニットと番号が違ったレーションセットを開けたので、中身が違うんだろうと思いながら開けたスネークは戸惑った。
中身は
なんだこの豆とトマト煮のセットは?
B1ユニットは缶が四つあったというのに、こっちは三つ中二つがほぼ同じ。
まさかと疑い三つ目の缶を開けるも豆も入っていないしトマト煮にでも無かった。
…牛肉のポテト
何とも言えない表情を浮かべながらもとりあえず食べようとスプーンを手にするが、ばさばさと羽搏く音が近づいて目の前に鳩が―――レーションの上に降り立った。
「………もう一個レーションセット持ってますけど要ります?」
「…すまん。もらおう」
鳩を捕まえる事が出来たのは良かったのだが、豆やポテトが入っているレーションが食われている。
バットよりもう一セット受け取って、食べるのを邪魔しないように鳩を捕まえていると足に紙が巻かれている事に気付いた。
紙を外して見てみると『HELP!WIS、OhIO KIO MARV…』と書かれていた。
「ん?なんで一か所だけ小文字なんだ?」
一人首を傾げて眺めていると反対側から覗き込んだバットが眉を潜め、無線機を弄って渡して来た。
なんだと不思議ながら受け取ると無線機より声がしてきた。
出てみるも何を言っているのか全くもって解らない。
「これは誰の無線だ?」
「伝書鳩はマルフ博士のだからマルフ博士のじゃないの?」
二人して疑問符を浮かべる。
バットは食事を続けながら紙に書かれた『HELP!WIS、OhIO KIO MARV…』の“IS、OhIO”を指示す。
そして紙を反対に持たせてきた。
すると“IS、OhIO”が反対になって“0140、51”という数字が目に映った。
反対側から覗き込んだからこそバットは解かったのだろう。
それに一つだけ小文字のhだったのかが理解出来た。
マルフ博士の周波数が解ったのは良いのだけど、何を言っているのか解らなければ何も出来ない。
そこでマルフ博士と関りのあるマッドナー博士に無線すると“グスタヴァ”という人物を紹介された。
なんでもマルフ博士の護衛を務めていた
一緒に拉致されたが敵兵の制服を盗んで逃げる事に成功したらしい。
今も何処かに潜んで機会を伺っているだろうと力強いマッドナー博士の発言と、マルフ博士の言葉が通じるのが彼女しか居ないというなら探すしかない。
「しかし探す手掛かりは無しか…」
『それなら問題はない。ここの
「女性しか行かない場所…」
「それって化粧室じゃぁ――」
『女子トイレとかじゃろ!』
『―――ガタッ』
「オイ、マッドナー博士…」
「…ミラーさん?」
『………OVER』
『ま、待て!俺は何も言っていないぞ!!』
化粧室と言ったバットの言葉を遮るように女子トイレを押すマッドナー博士。
それに別から物音が入って来た事からバットが断定して名前を口にすると、もの凄く焦るマスターの声が…。
二人して無線機の向こうに対して大きなため息を吐き出す。
女性が向かう先との事でジェニファーに無線で聞いて見るもマッドナー博士と同じく女子トイレの場所を教えられた…。
とりあえず向かうかと30階から1階へ、そこから地下1階へ下って2階、そして4階へと上がったりとエレベーターを乗り継ぎする。
4階はジェニファーが居た医療施設も入っている階で、そこには女子トイレがあるとの事だったが…。
途中食堂があったりするのは理解出来たのだが、敵兵士の人形が小隊規模で並べられている一室など狂気を染みたものを感じた…。
―――で、化粧室もないので仕方なく女子トイレで待ち伏せする事になったのだが、男性ゆえに周囲を念入りに見渡してから入ると、そこには一人の女性が立っていた。
あ、これは終わったと膠着するバットを他所にスネークは声を掛ける。
「君がグスタヴァか?」
「…そうよ。私、グスタヴァ・へフナー。貴方がソリッド・スネークね。お互いに追うものは同じ。協力しましょう」
「違うでしょ!そうじゃないでしょうが!!」
さすがにバットが驚き突っ込まずにいられなかった。
女性トイレに入っていたのに突然男二人が入ってきた事に驚かないどころかすんなり受け入れるし、スネークもスネークで女子トイレに人が入っていたのに気にすることなく声を掛けるのには度胸があり過ぎだろう…。
「どうしたのですか?」
「どうかしたのか?」
「俺がおかしいのか!?」
一人取り残されるバットを他所にスネークはグスタヴァの顔を見て首を傾げる。
「何処かで会った事が?」と口説き文句みたいな事を呟くと、案の定そう捉えられて軽く返される。
そう言ったつもりも意図もなく、顔を眺めているとようやく思い出した。
グスタヴァ・ヘフナー。
“氷の妖精”と称されたカルガリー・オリンピックの金メダリスト。
思い出してその事を口にするもあからさまに否定される。
そして話を逸らすようにマルフ博士の話に移し、目的であったマルフ博士と無線して会話して貰った。
するとタワービル北にあるクレパスの収容所に居るらしい。
「マルフ博士はマッドナー博士の事を心配していたわ」
「マッドナー博士は大丈夫だ。先にマルフ博士を助けに行くか」
「クレパスへの近道があるの」
そう言って女子トイレの奥に進むグスタヴァに付いて行くと、個室トイレの隣に見覚えのある扉とボタンが…。
「このエレベーターでクレパスに繋がる古い地下水道に降りれるわ」
「「『『それはおかしいだろう!!』』」」
都合が良過ぎる上に女子トイレにエレベーターが付いているというのは、無線越しに聞いていた非常識に慣れ親しんだマスターもキャンベルも一緒に突っ込むのだった…。
冷静沈着というか物事に動じそうにないグスタヴァであったが、スネークと出会ってから彼女が一番動揺していた…。
何故ソリッド・スネークの肩に鳩が止まったままなのか…。
そしてそれに誰も何も言わないのか…と。