狩場というのは独特な雰囲気が纏わりつく。
漂う静かな殺気。
向けられる視線。
張り詰めたようで澄んだ空気。
それは獲物の質に依っては感じ取ることは出来ず、知らず知らずに入り込んでは一発の弾丸にて一瞬で狩られる。
人質にされていたジェニファーの兄を助け、カワード・ダッグを捕縛したバットとスネークは、入手したカード8を手にビル2からビル3に戻って来た。
再びサソリの群れを解毒剤を飲みつつ駆け抜けて、複数台のトラックが並ぶビル3入り口が見え始め、バットはその足を止める。
感じ取った。
否、“私はここにいるぞ”と主張してくるような挑発的なもので、
位置は分からないがこちらを見つめる視線。
鋭くも澄んだ視線にぞわりと鳥肌が立ち、それが誰のものか理解して胸が高鳴る。
「どうしたバット?」
「先に行ってください。後から行きますので」
立ち止まった事に気付いて振り返ったスネークは、嬉しそうで悲し気なバットの微笑で意図を知る。
二人共解っている。
あれだけの戦闘能力を誇る相手に一対一など勝機は薄い。
出来るなら共闘して挑んだ方が有利に決まっている。
だけどスネークはそこまで無粋でもないし、バットもそれを求めてはいない。
「先に行く。追って来いよ」
「クライマックスを逃す訳にはいきませんからね。必ず行きます」
そう言うとバットはポーチより持っていたすべての手榴弾を、ピンを抜いて周囲に放り投げた。
グレネードが爆発を起こし、スモークグレネードが煙で覆い、スタングレネードが閃光を発する。
完全にバットとスネークを覆い切り、狙撃手は咄嗟に閃光から目を護り、覆っている煙に目を凝らす。
姿は見えずとも動けば僅かでも煙も動く。
それ見た事か。
煙りの中を誰かが駆けて、ビル3の入り口へと向かっている。
経験からなる予想で銃口を姿は見えない者に向けて、トリガーに指を掛けて―――響き渡った銃声を耳にして止めた。
(貴方の獲物はここに居ますよ)
居残ったバットはモシン・ナガンを撃って、自分が残っている事を相手―――クワイエットに伝える。
彼女と決着をつけるのは自分だ。
浮気なんて許さない。
こちらに釘付けにする。
煙りが散る前にトラックへと転がり込んで、姿を隠しつつ相手の居場所を探る。
静寂…。
されど神経は研ぎ澄まされ、空気は重く圧し掛かる。
狙撃は己との戦いだ。
焦り、気を散らし、集中力を切らしたら狩人から獲物へと成り下がる。
荒立たせる事無く息を整わせ、周囲に溶け込むように心がけ、周囲へ意識を研ぎ澄ませる。
ふと、彼女に狩りに連れて行って貰った日々が過る。
一度たりとも勝る事は無く、それを自分は当たり前だと思い込んでいたあの頃。
まさかこのように銃を向け合うなんて思いもしなかった。
僅かに口角が上がる。
これはどんなに繕っても生きるか死ぬかの殺し合いであるも、バットにあるのはただただ勝ちたいという欲のみ。
視線を動かした際にちらりと
一瞬の困惑。
そしてその光が何なのか理解した時、思い浮かんだのはあのクソ親父だった。
咄嗟にモシン・ナガンに装着してあったスコープを外し、仰向けになるように転がり銃口を上へと向ける。
先ほどまで自分が背を向けていたビルの屋上にクワイエットは陣取っていたのだ。
そんな
クワイエットもバットの動きから真下にいるのに気付いて、身を乗り出して銃口を向ける。
お互いに相手を視界に納め、バットは僅かにトリガーを引くのに躊躇いを見せるも、あの
同時に左肩に強烈な痛みを感じて振り向けば、銃弾を受けて鮮血が飛び散っていた。
撃たれた痛みに苦しみながら、少しでも止血しようと肩をきつく押さえる。
逆光で見えなかったが確かな手応えはあった…。
しかしどうなったかは結果を知るまで分からない。
動かなければと思うも初めて撃たれた痛みに苛まれて、動けずのた打ち回る。
一瞬光ったのはスコープの反射…。
あのクソ親父が俺の狙撃を知っているかのように避けたのは、それが原因だったのだろうな。
今度があるならそこらへんも頭に入れておかないと。
そんな事を想っていると逆光で良く見えないが誰かが側に立った。
スネークとも思ったがシルエットから女性。
なら間違いなくクワイエットさんであろうと苦笑いを浮かべて自分の負けを受け入れた。
「あーぁ、勝ちたかったなぁ」
悔しさを言葉として漏らし、薄っすらと涙を流す。
クワイエットは言葉を掛ける事無く、その場に座り込んでそっとバットの頭を撫でる。
優しく温かな手に安心感を覚えていると、ぽたりと血が落ちたのに気が付いた。
逆光で見辛いがクワイエットの頬には一本の線が走り、タラリタラリと血が零れ落ちているのだ。
視線を動かせば先ほど撃って来たであろう狙撃銃のスコープレンズに穴が空いて壊れていた。
バットが放った弾丸はクワイエットが覗き込んでいたスコープに直撃していた…。
反応が追い付いたからこそ頬を掠める程度で済んでいたが、僅かでも遅れていたらクワイエットは貫かれていただろう。
同時に躱したからこそ銃身がズレて、頭ではなく肩を貫くと言った結果に変わってバットは死なずに済んだ。
それは“もし”や“仮”の話で勝敗が覆る事は無い。
だけど決して届かなかった訳ではないと確かな結果としてバット―――志穏に刻まれる。
―――よくやった…。
そう言われた気がして口元を確認するも彼女は黙ったまま。
気持ちの良い手は頭から離れて入り口を指差す。
話したい事はたくさんある。
けれど彼女は行けと示す。
惜しいけど諦めるしかないかと苦笑いを浮かべる。
「また何処かで」
こくんと頷いた彼女は尋常ならざる跳躍を見せて消えて行った。
痛みを堪えてバットはスネークを追うべく治療を開始する。
自分が受けた任務はメタルギアの情報収集及び破壊。
ソリッド・スネークはドラゴ・ペトロヴィッチ・マッドナー博士が作り出した全長六メートルほどの核搭載二足歩行戦車―――メタルギアTX-55を見上げる。
頑丈そうな装甲にバルカン砲にレーザーバルカン、多弾頭中距離ミサイルなどを装備。
強大な兵器であるが起動してなければただの鉄の塊…。
自身の幸運に酔う事も無く、任務を終えると言う期待感に昂る事も無く、ただただ博士に聞いたように爆弾をセットしては爆破させる作業に勤しむ。
最下層に佇むメタルギアの下へ辿り着く前に、スネークは独房で捉えられていたシュナイダーを救出する事に成功したのだ。
そんな彼より伝えられた情報はアウターヘブンのボスが、なんとFOXHOUND総司令であるビッグボスであると…。
信じたくなかった。
真っ先に耳を伺ったし、彼の誤報である事を強く願った。
けれども覆る事はしなかった…。
何故という疑問が脳裏を駆け巡り、情報を否定する都合の良い考えばかり思い浮かべてしまう。
頭を振るって考えを蹴散らして任務に集中する。
伝えられただけの順序通りに爆破すると、残りは左右両方に爆弾を仕掛けて吹き飛ばす。
徐々に破損個所が増えて機体が軋みを上げて電流が走る。
革新的で強大な新兵器メタルギアは呆気なさ過ぎる幕を引いた…。
最後の爆弾に寄って限界を超えたメタルギアは爆破の連鎖を引き起こして吹き飛んだ。
『緊急事態発生!緊急事態発生!!アウターヘブンの自爆プログラムが作動。直ちに総員脱出せよ。繰り返す。総員脱出せよ!』
メタルギアの破壊が起爆スイッチだったのだろう。
けたたましく鳴り響く警報と共に退避命令が下される。
終わったのだと残骸と化したメタルギアに一瞥をくれて、バットはどうなったのかと来た道を振り返れば、肩を包帯で巻いて止血したバットが丁度来たところであった。
「無事…という訳ではなさそうだな」
「えぇ、少しモヤモヤしてますけど、スッキリしました」
「…のようだな。肩を貸そう」
「すみません。助かります」
痛みから苦悶の表情を浮かべているものの、どこか清々しい様子から結果がどうなれど良かったのだなと微笑む。
兎も角ここを脱出せねばならず、痛みで動きに支障が出ているバットに肩を貸すべく寄るも、体格差から貸すのは難しいと判断。
小柄で軽い事から背負って先へと進む。
『ソリッド・スネーク!それとバット!よくここまで辿り着いたな』
隣の部屋に入るとスピーカーより音声が放たれる。
二人して周囲を見渡しながら警戒し、その声と雰囲気からスネークは誰かを理解してシュナイダーの情報は正しかったんだとようやく受け入れた。
『私はFOXHOUND総司令官、そしてこの要塞アウターヘブンのボス―――ビッグボスだ』
「どうしてだ!!何故こんなことを!?」
『解りきった事だろう。新入りであるお前に任務を行わせて、欺瞞情報を持ち帰らせる。そして我らの夢を叶える礎を築く為に…』
「夢?一体何をしようと…」
『存外に察しが悪いな。バット―――いや、
一言も発せず黙って聞いているバットに視線を向けると、一瞬目が見開いて悲しそうな瞳を見せる。
「気付いていたのか?」
「そりゃああからさまに罠に掛けられてたから。お助けキャラや頼れる仲間が実は敵だったなんて珍しくないでしょう。ただラスボスだったのは予想外でしたよ―――
ヴェノムと言う名に心当たりがなく、眉を潜めていると扉が開いて誰かが入って来た。
武器を構える事無く現れたのは白髪交じりの男性。
額から黒い角を生やし、葉巻を咥えた見知った人物。
指導を受けた事もあり、兵士達の憧れであり、自身の上官であるビッグボス本人であった。
「クワイエットさんが居たんだ。貴方が居ない筈がないですよね」
「フッ、大きくなったなシオン」
「ヴェノムさんは老けましたね」
「ビッグボス…」
「そしてスネーク。やるようになったな。あぁ、やり過ぎる程にな」
穏やかで優し気な瞳。
まるで父親が子供を見るような…。
そんな視線はすぐに戦士の鋭いものに切り替わり、溢れ出した殺気に身体が震える。
ビッグボスはやる気だ。
「当初の計画は潰えたが、何もせずに終わりを迎える訳にはいかない」
「ビッグボス!投降をしてくれ!!」
「勝敗はついたんですよ!」
「まだだ!
ビッグボスがそう叫ぶと合図したかのように後ろの壁が吹き飛び、巨大な掌が部屋の中へと入り込んで来た。
突然の事に怯んでいるとビッグボスは掌に飛び乗り、引かれて壁の向こうへと消えていく。
慌てて追いかけて行ったスネークとバットの視界には、巨大な空間に上へと繋がる長い梯子。
マッドナー博士が制作した公式では初のメタルギアを超える巨体を揺らし、そいつは立ち上がってスネークとバットを見下ろす。
グラーニンが考案した流れを汲み、スカルフェイスの報復心とヒューイの悪意にも勝る純粋な研究意欲によって形を得た直立二足歩行兵器メタルギアST-84―――“サヘラントロプス”。
『さぁ、
軋む様な咆哮をあげるサヘラントロプスに最早戦うしか生き残るすべはないと、スネークとバットは銃を手に最終決戦に挑むのであった…。
●ちょっとした一コマ:パーティ
ダイヤモンド・ドッグズでは盛大なパーティが催されていた。
貯めに貯め込んだ酒類で喉を潤し、豪華な食事に舌鼓を打つ。
誰も彼もが馬鹿騒ぎ。
心の底から楽しんだり、悲しんでいる者もカラ元気を振り撒く。
本日の主役であるシオンは酒は飲めないが、ジュース片手に肉に齧り付いていた。
「楽しんでるか?」
「……ッ!!」
「分かった分かった。落ち着いて食え」
ハムスターのように頬を膨らませて頬張ってがっついていたシオンは、オセロットの問いに答えようとするも口がいっぱい過ぎて喋れず、代わりに何度も何度も頷く。
その様子が偉く気に入ったのか女性兵士が群がって、頬をつんつんと突っついて反応や張りがあって柔らかな頬を楽しみ始めた。
主役の筈がいつも通り玩具にされている様子に誰もが苦笑する。
時たまチコから習ったという肉の焼き方を披露して皆に振舞っていたりもして、持て成される側が持てないしてどうすると疑問を抱く。
それでも本人が楽しそうなので別に良いのだが…。
「それにしても美味いな。この肉」
「チコが置いて行った肉だな。最後まで何の肉かは言わなかったがな」
飛び出た骨を掴んで分厚い肉に齧り付く。
何かしらの大型獣だとは思うのだが、牛とも豚とも違う様な気がする。
この宴会はシオンの送別会なのだ…。
別にアイツが帰ると言った訳でも、バットから迎えに行くと言う連絡があった訳でもない。
ただ今しておかないと来た時同様にいつの間にか消えてそうで怖かったのだ。
こんな海上のど真ん中にある洋上プラントから忽然と人が消える等、誤って海に転落でもしない限りあり得ないのだが、すでにあり得ない感じで奴は訪れた。
無いと言い切れないのが実情なのだ。
肉を齧りながらシオンに視線を向けると若干ふら付いているように見える。
すでに二時間も騒いでいるのだから、幼いシオンも疲れがきているのだろう。
子供の体力というのは何とも図り辛い。
無限にあるのかと疑いたくなるほど遊びまくっているかと思えば、数分後には疲れて熟睡なんて事もある。
「騒ぎ疲れたか?」
「だいじょうぶれすよぉ~」
…いや、大丈夫そうではない。
完全に呂律が回っておらず、視線も定まってはいない。
表情がとろんと蕩け呆けており、妙に顔が赤い…。
「お前…酒を飲んだのか?」
「おしゃけはのんでまへんよぉ。おいしいじゅぅすはいただきましたぁ」
「ミラー!!」
身体をゆらゆらと揺らしながら答えながら、シオンがカズヒラへと振り向いた事でオセロットの怒声が飛んだ。
呼ばれた本人は肩をびくりと震わせ、どうしたと驚いた様子であるも十中八九間違いはないだろう。
「シオンに酒を飲ませたのか?」
「おいおい、いくら何でもこんなガキに酒なんか飲ませる訳ないだろ」
「じゃあさっきシオンに何渡してたんだ」
「…ジュースさ。この日の為に用意した特製フルーツジュース」
「本当だろうな?」
「本当だとも」
「ならシオンはどうして酔っている?」
「さ、さぁ…周りの酒気に当てられたかな」
あり得なくはない。
酒だけで過ごして居るような酒豪も中には居るので、放たれた酒気も相当のもの。
子供であるシオンが当てられて酔ったようになってもおかしくは無い。
…無いのだが、何処か様子がおかしくカズヒラに対して疑いの目が晴れる事は無い。
「結構大変だったんだぞ。完熟マンゴーの芳醇な甘さにもったりなめらかなバナナをミキサーに入れたら予想以上に甘くてな、酸味を足すために柑橘類を用意したんだ。ただ酸味を咥えるのも面白くないので酸味もあり程よく甘い日本の蜜柑を取り寄せたんだ。プチプチとした食感を楽しむためにミキサーにかける時間を短くしてな」
「色々してたんだな」
「しかし果物100%って訳ではないんだろう?牛乳か水で割ったんだろう」
「いや、それは………発酵した………ブドウジュースで割った」
こちらの疑いの眼差しを晴らすように勢い任せに語り出したカズヒラは、オセロットの問いと視線に耐え切れずに小声でぽつりと呟いた。
無論聞こえてはいたが、あえて聞こう。
「すまない。声が小さくて聞こえなかった。もう一回言ってくれ」
「…発酵した……ブドウジュース…」
やはりそうかと軽い頭痛を感じながらシオンに視線を向けると、朦朧としているシオンは完全に玩具にされていた。
頬を突けばくすぐったそうに顔を振るい、頭を撫でれば嫌がるどころかすり寄っている。
何が狙いでこんなことを仕出かしたのかと思っていると、シオンは急に立ち上がって何処かへ向かって歩き出した。
ふら付きながら向かった先は、隅で見守るように一応参加していたクワイエットの下だった。
よたよたと歩いてくるシオンに眺めていたクワイエットは次の行動に面食らってしまう。
甘えるような声を漏らしながら抱き着いたのだ。
お腹に顔を埋めるようにして腰に抱き着かれ、足の力が抜けて今にも転びそう。
転ばないように気を付けて座るしかなかったクワイエットは、ふにゃりと顔を緩ませたシオンが顔を擦り付けてくる度にどうしていいのか分からず困惑の表情を浮かべる。
困っている様で嬉しそうな様子にカズヒラが動いた。
「シャッターチャンス!!」
「―――ッ!?」
何処からか取り出したカメラを手にして甘えるシオンと照れながら困っているクワイエットを撮る。
カシャカシャと音が鳴るたびにフラッシュが焚かれ、カズヒラは満足そうな顔を浮かべたと思いきや、ニヤリと頬を緩ませて皆へと振り返る。
「一枚100ドル!買う者この指止まれ!!」
砂糖に群がる蟻のように男女問わず兵士が殺到した。
このためにあのジュースを用意したのかと呆れ顔を隠す事無く晒すオセロットとヴェノム。
しかし彼らは決して止める事も咎める事もしなかった。
オチは見えている。
案の定、寝付いたシオンをゆっくりと離したクワイエットは、常人離れした身体能力を駆使した体術を用いてカズヒラを投げ飛ばした…。
宴会も次第に落ち着きを取り戻して自然と終わりを迎えると、騒いでいた兵士達も自ずと部屋に戻り始め、散らかった会場の片づけは明日に持ち越される。
気付けば会場に残るは眠ってしまったシオンに
普段なら聞き逃すような微かな物音すらしっかりと聞こえる静けさに満たされた会場に足跡が響く。
「気持ちよさそうに眠ってるわね」
懐かしい声に驚きながらも、やはりかと納得しつつ振り返る。
あれから十年以上経っているのだから当然か。
幼さ残す少女はすっかり大人の女性に成長を遂げていた。
けれど面影は残っているので見間違う事も無い。
「久しぶり…と言うべきか」
「バットから聞いていたけど本当にそっくりなのね」
「外見だけさ」
「立派だと思うわ。貴方はそれだけ
パス…。
国境なき軍隊を一段と成長させた“ピースウォーカー計画”阻止を依頼した依頼者であり潜り込んだサイファーからの刺客、そして
されど別に恨み辛みの感情は沸き立たない。
葉巻を咥えて火を付けようとすると先にライターを向けられ、有難く戦いには繋がらない文字通りの火種を貰う事にする。
「ごめんなさいね。家庭の事情に付き合わせて」
「良い。あれはあれで楽しかった」
「そう言ってくれると嬉しい」
「だけど君が迎えに来るとは思わなかった」
まるで紫煙のように漂っては消えると思っていただけに、この来訪は本当に予想外のものだった。
「そうね。本当は私は来るべきではなかった。私は何処まで行っても裏切り者。そして貴方達からバットを奪って独り占めしたのだもの」
「もしかしたらあの襲撃とてバットが居れば防げたかも知れない」
「かもじゃないわ。全員とまではいかなくとも壊滅する事はなかった。断言するわ」
「あぁ…だからこそ国境なき軍隊からの古参の面々に見つかる前に、連れ帰った方が賢明だ」
悲し気で悔やむような表情を見せたパスはクワイエットにゆっくりと近づき、安らかな寝息を立てるシオンをクワイエットより受け取って抱き抱える。
何処か寂しそうなクワイエットにパスは一瞬驚き、ニコリと笑って礼を口にする。
「ありがとう。この子の事を想ってくれて」
相変わらず沈黙で答えながら、名残惜しそうにシオンの頭を撫でる。
そんなやり取りを見ながらも何故バットが来なかったのかと疑問が過った。
「バットは迎えに来なかったのか」
…いや、違うな。
来れなかったんだな。
ダイヤモンド・ドッグズに協力した際も彼の中にあったのは後悔ばかり。
後ろめたさもあって今更顔を合わせ辛かったんだろうな。
出来れば酒でも飲み交わしたかったものだ。
そう想っているとパスはきょとんとした顔をした。
「来てるわよ」
「………たすけてぇ」
指で示された方向に視線を向けると会場の入り口に
相も変わらず締まらないなと苦笑し、同意する様にパスとクワイエットが微笑むのであった。