メタルギアの世界に一匹の蝙蝠がINしました   作:チェリオ

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異なる三種の出立

 目を開けばベッドどころかテーブルに椅子、手摺にまで縛れる物や所に兵士達が縛り付けられ、眼を血走らせて身体を傷つけてでも暴れ続ける。

 耳には猿轡をされているのに至る所から発せられる呻き声に怒声、悲痛な叫びが混声合唱として飛び込んでくる。

 空気も何処か重苦しく圧し掛かり、身を包む防護服を通して肌がピり付く。

 自然と行う呼吸も息苦しく、立っているだけだというのに荒くなる。

 

 ダイヤモンド・ドッグズ本拠地マザーベースにて、声帯虫が再び猛威を振るい始めた。 

 それも前回以上の猛威を振るってだ。

 スカルフェイスはもう死んでおり、研究者であり生みの親のコードトーカーは声帯虫の開発研究は行ってはいない。

 となればどこからと疑うべきであるが、声帯虫の侵入経路は以前の時と全く変わらず、その特定された言語も同様のもの。

 ただ違う点はコードトーカーが雄をも雌化させる寄生虫治療を施された者が感染源となっている事に、その爆発的な感染能力であろう。

 それらは完全にコードトーカーが生み出したものとは変わり果てており、厄介なことに進化を遂げていたのである。

 

 変異種と言うべき声帯虫に感染した兵士は、すばやく一つの海上プラントにて閉じ込めた。

 バットの診察もあって漏れもなく感染者を選別し、プラントより出れないように厳しく隔離した。

 プラントごとの閉じ込めの為、出入り口には医療用のシートで完全に覆われる。

 作業や監視に携わる者は全員防護服を着用し、隔離した後には状況確認の為に防護マスクを装備したバットとスネークが隔離施設内へ入っていった。

 解った事は複数あった。

 変異種の高い感染力に寄生された者は非常に好戦的になる事、さらに彼らは外へ外へ向かおうとする習性を持つなどなど。

 習性に関しては寄生虫の中には宿主を他の生物に食わせるようにするものが居り、変異種もそれを成して遠くへ広がろうとしているのではないかとコードトーカーは推測する。

 もしもそうなれば世界各国にこの変異種の声帯虫がばら撒かれる事となる。

 

 決してそのような事態に発展させる訳にはいかない。

 ミラーとオセロットは仲間をナパームで焼いてでも防ぐつもりでいた。

 だけどバットはその前にとスネークと二人で好戦的な兵士をCQCにて鎮圧し、まだ意識を保っていた兵士には事情を説明して全員を身動きを取れぬように縛り付けた。

 同時に作業班により出入り口の完全封鎖が行われた。

 鳥は勿論鼠一匹抜け出せないように…。

 

 そうして事態の収束と何とか治療が施せないか、最悪今回の変異種のデータ収集すべく防護服を装着した医療班と研究班が調査を開始したのだ。

 …したのだが状況は最悪だ。

 医療班であるエルザもまた中に入って治療に専念しようとするも、正直声帯虫に対して医療の分野で出来得る事は無い…。

 発生してから一日ではコードトーカーも特効薬、または対抗する寄生虫を創り出す事は不可能。

 出来たとしてもその頃にはここに居る彼ら・彼女らは全員死に絶えて、変異種に寄生されている者はこの世から居なくなっているであろう。

 医学に出来る事は薬品を用いて多少なりとも痛みや苦しみを緩和してやることぐらい。

 だけど鎮静剤や睡眠剤を含めた医薬品にも限りがあり、治療できなければ寄生された兵士達を救う事は出来ない。

 自分の無力さを酷く思い知らされる。

 人から羨まれる能力を有していても自分は何も出来ない。

 不甲斐なさを文字通り噛み締める。

 それこそ噛み締めた唇から血が垂れるほどに…。

 

 ウルスラが居たら(・・・)状況は変わっていたかも知れない…。

 核により別れてしまったもう一人の私(別人格)

 能力は私と比べるまでもないほどに強力な彼女であれば…などと思う辺り、相当私も精神的に弱っているらしい。

 あの子(ウルスラ)死んだ(・・・)のだ。

 サンヒエロニモ半島でメタルギアRAXAに乗り込んだあの区画で…。

 

 私達はジーンの命令のままにスネークとバット、それとパイソンの三名を相手に戦った結果、メタルギアを破壊された後にバットに撃たれて敗れたのだ。

 バットが撃ったのは殺す為ではなく、私達を救う為である。

 致命傷でなければバットの能力(キュアー)で即座に直す事が可能。

 事実、ウルスラ()を戦闘不能にし、(エルザ)を呼び覚ましたのだ。

 ついでにジーンに死んだように思わせて不意打ちを行って一矢報いる事も出来た。

 

 そう…あの時私達は救われ、私達は私に統合されてしまったのだ…。

 人格は(エルザ)が残って能力はウルスラとなった。

 だからあの日以来私の中に人格としてのウルスラは居ない。

 きっとあの銃弾から私を護る為に彼女は死んでしまったのだろう。

 ゆえに私の能力は強力なモノへと変貌した。

 しかし残念なことに強力過ぎる力を得ても、それを使いこなせるかは別問題。

 現に私はウルスラの能力を徒然に活かせてはおらず、戦闘でも物を浮かしては放り投げるという簡単な事しかしていない。

 ウルスラならば私が思いも付かない使い方も出来たのかも…。

 

 またも浮かび上がる無い物強請りにうんざりする。

 今は想像の世界に羽ばたくよりも現実に目を向けなければならないというのに…。

 

 自身の力の無さを思い知り、言い表せない感情をため息に含んで吐き出す。

 するとスッとガスマスクを装着した赤毛の少年が自分の傍らで浮いていた。

 弱々しい視線を向けると瞳を見つめ、長すぎる袖で隠れている手で防護服の上から頭を撫でて、慰めてくれているらしい。

 

 「…ありがとう。いい子ね」

 

 薄っすらと微笑み、彼に礼を伝える。

 弱り切っている精神には彼の優しさが染み入る。

 撫でり撫でりと優しく撫でていた()が離れると、そのまま患者の方へと近づく彼を目で追ってしまう。

 タラリと垂れた袖を喉に近づけるとゆっくりと持ち上げた。

 普通の人なら知覚すら出来ない超能力の反応が彼から感覚的に伝えられる。

 上げられた袖に吊られて何処から現れたのか、小さな粒のような何かが持ち上がる。

 それが何なのか理解するのに時間は掛からなかった。

 

 「声帯虫を取り出したの!?」

 

 こくんと頷いた彼はそれをどうするか悩んで首を傾げる。

 様子を眺めていた研究班に医療班は恐れ慄いて離れ、逆にそれを知ったバットが駆け寄って来る。

 前に英語株の声帯虫のアンプルをスネークが燃やした事から、バットは縛られた兵士の懐からライターを失敬して。燃え広がらないように気を付けて火を付ける。

 燃え始めた火に意図を察した彼が声帯虫をくべた。

 

 「異常なし!感染者ではなくなったよ!」

 

 バットが素早く見て診断し、私は灯った光明に心を震わした。

 私なら…私と彼ならば皆を救う事が出来る。

  

 「皆にマスクを装着してください!これより治療を開始します!!」

 

 そう言い放つと予備のマスクを感染者に装着していく。

 変異種の感染力は強いために、取り除いた瞬間に寄生される可能性があるので新たに入る事を防がなければならない。

 全員分には足りないので急ぎ輸送して貰う事にして、装着分は治療を行って早く救わなければ。

 

 「手伝ってくれる?」

 

 彼は頷き私と共に治療を行い始める。

 一度取り除いては容体を観察し、マスク内部に居て寄生されたであろう兵士にはまた治療を繰り返す。

 三度も感染する者は居らず、時間にして二日も経てば安全と判断された。

 着用していた衣類と施設内部は滅却して声帯虫を焼き尽くし、隔離された医療用テント内部で患者たちはコードトーカーにより一か月の経過観察を受ける事になったが、彼のおかげで変異種に寄生された多くの兵士を救う事が出来た。

 それに伴い、変異種の犯人を吊るし上げる裁判が行われることになったのである。

 

 

 

 

 

 何故だ何故だと疑問が過る。

 僕が何を(・・)したって言うんだ?

 仲間じゃないか?

 どうして僕だけなんだ?

 僕は悪くない…。

 そう、僕が悪い訳じゃないんだ!

 大勢の仲間を殺したのはスカルフェイスで、狙われる原因は核を持ち込んだスネークとミラーにあるんじゃないか。

 確かに皆が襲われている間に僕は奴に連れられてマザーベースを出たさ。

 けど銃を突き付けられて無理やり連れ出されたに過ぎない。

 この身体で、この足で、戦闘経験どころか喧嘩一つ出来ない身で抵抗しても殺されるだけだった。

 なんでそれを誰もが理解しない?

 いや、皆は僕とは違うんだ。

 戦いの中で、殺し合いの中でしか生きられない彼らでは正常な(・・・)思考が欠如してしまっているんだ。

 そう思っても納得出来ない(・・・・・・)

 オセロットやミラーなど疑わしき者(・・・・・)は多く居る。

 僕だけが責められなければならない?

 僕だって被害者(・・・)なんだ!

 連れ去られて研究を強要(・・)され、この十年近く自由なんてあったものではない。

 奪われたのは僕も(・・)なんだよ!?

 それなのにどうして…。

 

 尋問と言う名の拷問をされる度に僕は考え続けた。

 どれだけ考えたって狂人(・・)の考えを正常な僕(・・・・)が理解するのは無理がある。

 辛く惨めな日々であったが、僅かながら希望や楽しみは存在した。

 希望はスネークが研究を許可してくれた事だ。

 戦う事は出来ない。

 人を治療する技術は持ち合わせていない。

 持っているのは学び、築き、深めた科学者としての能力のみ。

 研究開発して彼らに貢献する事でいつかは、いずれは考えを改めて以前のように仲間として扱ってくれるだろう。

 そう…期待を抱いた。

 そして楽しみはこんな状況でも決して変わらなかった彼の存在。 

 

 「また来ましたよ」

 

 時たまふらりと現れる蝙蝠(バット)

 新しい研究成果や開発した装備品を眺め、説明を聞きに来るのが目的だろうけど、いつもお茶菓子を持参してくるのでちょっとしたお茶会だ。

 人らしい会話が成立する。

 ここに…この世界に話が通じる人間は二人しかいないのだろう。

 時には尋問で受けた怪我を見て治療してくれる事もあった。

 皆の勝手な思い込み(・・・・・・・・・)で裏切り者とされている僕は、医療班に具合を見て貰う事すら危うい。

 そもそもミラーやオセロットが許可を出さないので甲板を歩く事すら出来ないのだけど。

 

 僅かな楽しみが過ぎれば研究開発にのめり込み、そして尋問される日常に戻る。

 ミラーとオセロットが僕の(・・)子供とストレンジラブの事を調べ、問い詰めるように責め立てに来た。

 サヘラントロプスに僕が研究の為に子供を乗せたって?

 違う…違うよ。

 あれはあの子が乗りたがったんだ(・・・・・・)

 だから僕は乗せてあげた(・・・)に過ぎず、ストレンジラブの件も同様で僕が知らない(・・・・)間にAIポッドに入っていて、勝手に死んだ(・・・・・・)んだよ。

 僕が殺めた訳じゃない。

 決して殺めたりしていないんだ。

 そもそも僕に人殺しなんかできる訳がないじゃないか。

 君達と違う(・・・・・)んだから。

 

 あの日は荒れていた。

 まるで僕が自分勝手な科学者で好きな女性を簡単に殺める人殺しとして扱われては、まともな精神で居られる筈もないだろう。

 だから訪れたバットに当たった。

 いいや、当たったのではないな、

 当然の権利だ。

 

 だってバットはスカルフェイスと繋がり(疑い)があったんだ。

 裏切ったのは僕じゃない。

 彼の方なんじゃないか。

 いや、きっとそうだ。

 そうであるべき(・・・・・・・)なんだ。

 彼のせいで僕はこんな目に合わされている。

 文句を言う権利は当然であり、バットは償わなければならない。

 僕は言葉汚く彼を罵り、批判し、問い詰めた。

 

 対してバットは顔色一つ変えず、ただただそれらを全て聞いていた。

 声を荒げ続ける事なんてほとんどなく、あっという間に僕の喉は限界を超え、怒りは体力を消費する為に十分もしない内に息は上がり、喉はカラカラに乾いてひり付いた。

 荒い呼吸を繰り返し倒れ込むように机に突っ伏していると、バットは珈琲を淹れながら子供の事を聞いてきた。

 尋問のように「何をさせた?」や「何をした?」という詰問ではなく、「どうだった?」と日常での様子や出来事を聞いて来たのだ。

 気は立っていたがバットの吐き出す言葉にその気にさせられ、ポツリポツリと漏らすとバットの話も交えて子供の話で最後は盛り上がった。

 気が付けば感情は酷く和らぎ、平静を取り戻していた…。

 落ち着きを取り戻した僕は再び研究に没頭する。

 仇であるスカルフェイスを共に倒す為に兵器を生み出そう。

 スカルフェイスが倒れたのならさらに研究を続けよう。

 

 ヒューイは以前声帯虫に感染した兵士を検査する検査機を検品の名目で預かり、その装置に新たなパーツを組み込みながらスカルフェイスが残した傷跡の研究を始め、そして殺気立った兵士達に囲まれ裁判を受ける羽目になったのだ。

 

 

 

 “カリブの大虐殺”にスカルフェイスの下でのサヘラントロプス開発、さらに声帯虫による二度目の危機を誘発させたエメリッヒ博士(ヒューイ)に向けられる怒りは最高潮に達していた。

 隔離された彼の研究室に怒りを露わにした兵士が集まり、ど真ん中にヒューイが座らされている。

 いつ手を出してもおかしくない状況下だが、彼ら・彼女らが抑制されているのはひとえにヴェノムを始めとする主メンバーが裁くと確約した上で待つように言ったからだ。

 でなければ文字通り八つ裂きしたうえでミンチにし、跡形も残らぬように滅却していただろう。

 

 ヴェノムとバットが周囲の兵士が暴徒化しないように睨みを利かす中、オセロットとミラーが罪状を集まった兵士とヒューイ本人に聞かせるように大声で語り掛ける。

 

 国境なき軍隊で核視察団の受け入れをほぼ強硬に進め、印象を理由に武装解除させて戦闘能力を奪い、査察団に扮したスカルフェイズの部隊の手引きして“カリブの大虐殺”を引き起こして、自らはスカルフェイスに連れられ無傷で脱出。

 その後、スカルフェイスに協力してサヘラントロプスの開発に協力。

 自身の子供に対して人が搭乗して操作不可能なサヘラントロプスに無理やり乗せて実験するなど非道を繰り返し、子を護ろうとしたストレンジラブ博士をAIポッドに監禁。

 食事を一切与えず放置して衰弱させていった。

 自分の都合が悪くなるとこちらに助けを求め、最近では以前声帯虫に寄生された患者の容態を確認する検査器具の導入を打電し、検品を理由に手元に届いた検査器具に放射線が放たれる改造を施して、無害であった声帯虫に変異を齎して多くの兵士達を危険に晒した。

 

 聞いていた兵士達の怒りは膨れ上がる。

 襲撃の幇助にスカルフェイスへの技術供与、仲間であったストレンジラブの殺害に我が子への虐待、声帯虫変異種による危機。

 どれもこれも許せるようなものではなく、それを行った本人が被害者面しているのが余計に怒りに脂を注ぐ。

 

 「僕は殺していない!他のも酷いな…。僕は本物の査察団だと思っていたんだ。そうさ、すべてはみんなの為なんだ」

 「皆の為?違うな。お前はお前自身の事しか考えていない」

 「なにを根拠に…」

 「調べさせてもらった。民間のバイオ企業と通信していたようだな」

 「その民間企業を辿ってみればサイファーと繋がった。前回はスカルフェイス、今度はサイファーか。仲間の為に敵と密約を交わす奴がどこにいる?」

 「違う…違うんだ。僕は知らなかったんだ。サイファーと繋がっていたなんて」

 「残念だが通信記録は全て保管されている。今更言い訳は通じない。他のもだ」

 「ここで証人を召喚する」

 

 責め立てるオセロットとミラーに無実だと言わんばかりのヒューイに、ミラーが証人という事で新型ヘリに搭載されていたAIポッドを運び込ませる。

 

 「パイソンとエルザに回収して貰ったストレンジラブの墓石(・・)だ。これにはファントム(亡霊)がとり付いている」

 「…ただの機械だ」

 

 証人として持ってこられ、亡霊が付いていると聞いてヒューイは鼻で嗤う。

 その瞬間、AIポッドが起動して音声データを流し始める。

 音声はまごう事なきストレンジラブ博士の声であり、流される内容は閉じ込められた彼女が「開けて!」と強く言うところから始まり、徐々に弱々しくなって最後は「殺して…」と懇願するものであった。

 

 「全て記録されていたよ。子供を実験に使った事。それを知ったストレンジラブが子供を取り上げた事。そして怒ったお前がストレンジラブを閉じ込め殺した事(・・・・)

 「違う!アイツは勝手に入って勝手に死んだんだ!あれは自殺だ!!」

 「ん?以前の尋問ではスカルフェイスに反抗して殺され、死体をAIポッドに入れたとか言ってなかったか?」

 「いや、それは…」

 

 矛盾点をつかれてしどろもどろになり、バットに助けを求めるもその視線は冷やかなものだった。

 バットの隣に居る鉄仮面も同様に…。

 誰も助けてくれないと解ったヒューイは声をあげる。

 

 「そもそも僕がやった(殺した)としても、お前たちに何の権利がある?僕を裁く権利が君達にある筈がない」

 「私にはあるが」

 

 ほぼ逆切れのように叫ぶヒューイ。

 彼は知らない。

 最も重要な証人が存在している事に。

 

 静観するつもりだった鉄仮面はゆっくりとヒューイに近づく。

 一応存在だけは知っていたが、面と向かっての接触も研究開発で一切の関りが無かったヒューイは怪訝な顔を向ける。

 誰だと言いたげな視線にため息を一つ漏らし、鉄仮面は周りの目も気にせずに鉄仮面を外して素顔を晒す。

 

 「誰が自殺をしたって?」

 「なぁ!?どうし…なんで!!」

 

 まさか死んでいると思い込んでいた(・・・・・・・)ストレンジラブが実は生きてましたなどと想いも寄らず、状況を理解出来ないまま戸惑いを見せる。

 兵士達も驚きの余り呆ける者も出ている。

 

 「死にかけていた所をバットが助けてくれたのよ。これで疑問は解けたかしら?」

 「あ、あぁ…無事で何よりだよ…」

 「閉じ込めた張本人が良く言えたわね」

 「違うよ。君は何か勘違いを…思い違いをしているんだ。話せば解ってくれる」

 「分かるもなにも無理でしょ。そもそも人の死体が入っていると思い込んでいる(・・・・・・・)AIポッドを傍らに、珈琲を飲みながら平気そうに仕事をしていたなんて異常な精神を持っている貴方には…ね」

 

 以前はこんなではなかったのにとストレンジラブは冷たい視線を向け、バットはばっさりとヒューイの言葉を切る。

 自分にだけ都合の良い逃げ道を作る事も出来ず、ヒューイはただただ戸惑い口をパクパクと開閉を繰り返す。

 最早何も言う事は出来まい。

 完全に沈黙したヒューイに対して集まった兵士達は殺気を露わに「殺せ!」とコールする。

 ミラーもそれに強く同意し、他の面々は冷たく見守るだけ。

 

 「ボートを用意しろ」

 「あと食料ですね」

 

 そんな中でヴェノムとバットは別の意見を口に出す。

 無論不満の視線を受けるが浴びても動じはせず、相手が相手だけに兵士達は視線だけで抗議を口にするまでは出来なかった。

 皆の思いを代弁するようにミラーが口を開いた。

 

 「何故だ!こいつは多くの仲間を殺したんだぞ!なのになぜこいつだけ…スカルフェイスでもない。こいつこそが俺達の本当の敵なんだ!!」

 

 カリブの大虐殺で多くの仲間を失い、副指令という立場から事件の責任を大なり小なり背負い、片足と視力の大半を失った…。

 カズの怒りや憎しみはもっともだ。

 だけどヴェノムもバットも首を横に振るう。

 

 「そうだ。こいつは敵だ。仲間じゃない。だからこそ俺達には裁けない」

 「しかし!!」

 「敵でも無ければ仲間でもない。だから降りて貰うんです。このマザーベースから」

 

 見つめ合う三人。

 最終的に納得は出来てはいないが異論を言う事無くカズが背を向けてその場を離れて行く。

 これにより判決は下り、ヒューイはマザーベースから追い出され、ボート一つでこの広い大海原へ投げ出される事になったのである。

 

 

 

 クワイエットはただ静かに海へと視線を向ける。

 その先には今回声帯虫の変異種を生み出し、ダイヤモンド・ドッグズに危機を齎せた科学者―――エメリッヒ博士がボートに乗って遠く遠くへと流されていく。

 多くの兵士達が憎しみの眼を持って見送る。

 中でバットは別であった。

 憐れみとも呆れにも取れる表情を浮かべていた。

 

 「良いのか。どうせアイツの事だ。自分の都合の良いように言いふらすぞ」

 「自己保身と自己暗示に長けてましたからね。色々言うでしょうけど一般的にはダイヤモンド・ドッグズ知られてないんでしょ?だったら言わせておけばいいじゃないですか」

 「お前は気楽で良いな」

 「それがバットの持ち味でもあるのよ」

 「…そうとも限らないよ」

 

 オセロットとバットの会話にエルザが入るも、チコがエルザの言葉に異論を口にする。

 どういう事だと聞く前にエルザにチコがある缶詰を渡す。

 それを目撃した兵士達は慄き後ずさる。

 

 「なにこれ?」

 「最しゅう(・・・)兵器だよ」

 「最()兵器?」

 「あー…違う、最も臭いと書いて最()と読むんだろ」

 

 膨張している缶を眺めていて、ガチで引きながら文字の説明を入れたカズの様子に尋常じゃない程の代物なのだろうと察する。

 そして話の内容的にそれがナニを意味するのかも察し、青ざめながらバットへと視線を向けた。

 ニッコリと満面の笑顔を浮かべたバットは高らかに言う。

 

 「食料の三分の一はシュールス●レミングにしておきました。ついでに真水は腐り易いと思って酸味が強くて水で割らないと飲めないワインを詰んでおきましたよ」

 「良い笑みしてえげつない事したな…」

 「あはははっと、さすがに五月蠅いかな」

 

 ヴェノムにパイソン、チコ、ミラーがドン引きする中、苦笑するバットは銃を構える素振りをする。

 生かしておいて命を奪うというのは矛盾している事から、意図を察して麻酔銃を構える。

 片膝をついて何やら喚き散らしているヒューイの脳天へ銃口を合わせ、バットのモーションに合わせてトリガーを引く。

 放たれた弾丸は狙い通りにヒューイの頭に直撃し、倒れ込んだまま眠りについた。

 その様子に見ていた兵士達は少しばかりスッとしたのか「よくやった」と声を掛ける。

 私にとってそれどころではないのだが…。

 

 私の声帯には声帯虫が住み着いている。

 今だ行方不明の英語株の三本目…。

 私の身体をこのようにしたのはスカルフェイスだが、こうなる原因はヴェノムにある。

 恨みに恨んでいた私にスカルフェイスは報復として英語株の声帯虫を仕込んだのだ。

 ただ報復を完遂させるならマザーベースに到着後、文脈など関係なしに英語を話せばそれで済む。

 なのに私は話さないばかりか英語は絶対に使わないと硬い決意の下でここに残っている。

 確かにヴェノムは憎いのだけど、それ以上に私もここが気に入ってしまったらしい。

 

 喋らなければ居られると思い込んでいたのだが、今回の一件でその考えは覆った。

 声帯虫は放射能汚染で変異する事が判ったがそれが全てではない。

 他にどのような要因で変化するか分からず、さらには進化する可能性すら見える。

 もしもそのような事になれば話さずとも新たな能力を得た声帯虫が猛威を振るう。

 

 そう考えたらもうここには居られない。

 自ら姿を消すべきだろう。

 

 「じゃあ送って来るぞ」

 「あ、お願いしますね大佐」

 

 ヒューイをボートで出し、今度はリキッド達が出立する。

 ダイヤモンド・ドッグズに馴染めないリキッドを始め、彼に賛同する子供達はマザーベースから離れて己の力で生きていくらしい。子供だからと一部反対する声もあったのだけど、バットによる「それはボク達のエゴですよ」と説得されたとか。

 旅立つ子供らの中には別れに涙する者や親しい兵士と別れの言葉を交わす者もいる。

 いつの間にか居たガスマスクを装着した赤毛の少年は名残惜しそうにエルザとハグを交わし、ヘリの中へと入って行く。

 リキッドは顔を背け、拳を突き出す。

 突き出されたバットはその拳に拳をそっと当てる。

 

 「じゃあな相棒(蝙蝠)

 「楽しかったよ白蛇(ホワイトマンバ)

 

 簡単な別れを済ませてリキッドもヘリに乗り込み、別れを済ませた子供達も習うように乗り込んでいく。

 操縦士であるスコウロンスキー元大佐が準備を始める。

 今だろうな。

 離陸する瞬間に透明化して彼らに紛れてここを離れる。

 もうここで過ごす事は叶わないのだから。

 

 「クワイエットさん」

 

 バットの側から離れようとしたクワイエットは、見透かされたように呼ばれてびくりと肩を震わす。

 そして側面から頭にナニカ硬い物が当てられる。

 

 「―――ごめんね」

 

 振り向く事も出来ず、クワイエットはその場に倒れ込む。

 当たっていたのが銃口だと気付いたのは、脳天を衝撃が貫いた後の事であった…。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:不安のある操縦

 

 オセロットは眉間を歪ませて怪訝な表情を浮かべていた。

 現在彼は複数のピューパをAIによる遠隔操作を行えるダイヤモンド・ドッグズ最新鋭のヘリ。

 性能的にも現状の輸送ヘリの能力を大きく凌駕している。

 元々は国境なき軍隊時に計画されたヘリであるが、ストレンジラブが途中で離れた事で計画が頓挫した機体でもある。

 カリブの大虐殺時には試作されていた機体が開発班の格納庫に保管されており、スコウロンスキー元大佐が搭乗して多くの仲間を救出したのである。

 

 今となっては操縦したいと強く主張する元大佐の意見と老化による思考能力の低下による兵士達の不安から、両方の意見を両立させる為にAIによる補助システムを搭載に重きを置かれている。

 

 “ピースウォーカー計画”で制作されたAIポッド。

 それをスカルフェイスの所でストレンジラブ博士が再び制作した物を、パイソンとエルザで回収して取り付けているので、様々なシステムと連動してある。

 まずは無人機であるピューパへのネットワーク構築から行動データの算出から実行。

 操縦に対しての補助機能。

 カメラに映った対象をデータバンクから検索して照合から映像補正。

 敵の行動や情報から動きを推測しての提案報告。

 データ解析からの有効攻撃方法の検索に、情報解析から算出した自動でのランダム回避運動などなど。

 現存の兵器以上のシステムを有し、両サイドに取り付けられた方向を変えれる可変式の推進器による小回りと高い機動力。

 妨害電波に電磁パルス、フレアなどの特殊装備に、正面機銃に左右ハッチよりガトリングガンを装備している。

 車両の運搬こそ不可能であるが、人員だけなら二十名近くを輸送可能。

 

 ハイスペックな輸送ヘリに乗り、快適に戦場を飛んでいるというのに険しい表情を浮かべたままだ。

 眼下ではサヘラントロプスとピューパが戦い、ヴェノムが仲間が待機しているキルゾーンへ誘導していて、戦況的にはまだ余裕があるような状態ではないのでハラハラしてはいる。

 けれどもオセロットが険しい表情を浮かべているのは戦況が原因ではない。

 搭乗している他の面子の行動に対してである。

 

 ミラーもチコも座席のベルトで拘束しているかの如くにベルトで身体を固定し、さらにアシストグリップを握って警戒しており、ヒューイに至っては歩行の補助器具で椅子を挟んで余計に身体を固定しようとしていた。

 それは設計者である鉄仮面ことストレンジラブも同じであり、がっちりと身体を固定した状態で機内の端末からピューパへ情報を送り、精査を行ってキーボードをカタカタと叩く。

 どう見ても過剰な固定に対し、普通にしているのはエルザとオセロットのみ。

 まるで今から墜落されるのかと疑う程に固定し、警戒している面々に違和感より不安を覚えるのは仕方がない事だろう。

 

 …まぁ、不安が無いと言えば嘘にはなる。

 なにせ操縦しているのがスコウロンスキー元大佐。

 今日も割かしちゃんとしているものの、精密な操作が必要となる操縦となるとやはり思う所はある。

 だがストレンジラブ博士のシステムは簡易であるがテストを行って問題は無く、研究開発班の面々が唸るほど高い評価から多少の不安を補えると確信している。

 

 そう思って不安を払っていると機体が大きく揺れた。

 大きく斜めに傾いて倒れ込むように体まで傾く。

 おいおいと慌ててシートを掴んで支えようとすると反対に機体が傾いて、耐えようとしていただけに余計に倒れ込む。

 

 「どうした?敵の攻撃か!?」

 

 慌てて体勢を立て直すオセロットに答える者はいなかった。

 各自次の揺れに備えて居たのだ。

 特にエルザに至っては超能力を行使してベルトによる固定ではなく、自身を浮遊させて身体に掛かるGから逃れていた。

 眺めていると再び揺れて傾き、またも逆向きに力が掛かる。

 

 「これは一体…」

 「システムによるものだ」

 

 何事も無いようにキーボードを打つ鉄仮面は淡々と答える。

 「不具合か?」と問えばきっぱり否定される。

 

 「この機体は操縦を補佐するシステムを組んでいる。アシスト機能として危険性が伴う動きには自動で補正が入るんだ。進路変更でも方向転換でもなく急激に機体が傾こうとすれば、当然システムが起動して元に戻そうとするのは当たり前」

 「という事はこの揺れの原因はアイツか」

 

 操縦席に視線を向けると時間切れを起こしたと思われる元大佐の頭が、ゆらりゆらりと左右にシート越しに揺れているのが見え、釣られたように機体も左右に揺れる。

 そりゃあ機体が大きく揺れる訳だ。

 …これ寝落ちしているのでは?

 そして堕ちる可能性があるのでは?

 

 「おい元大佐!」

 「なんじゃ?もう飯か?」

 

 完全に切れている(・・・・・)

 この面子の中で操縦できる者はいない。

 最悪エルザによる能力で浮かせることは出来るし、パラシュートもあるので緊急脱出も出来る。

 だけど最悪の状態は想定すべきで、引き起こしても良い訳ではない。

 

 「問題ない。もしも堕ちそうになったらこちらで自動操縦に切り替えれる」

 

 察したストレンジラブの発言に最低限の安心を得た。

 墜落に対する事に対してはだが…。

 前後、左右、上下に傾く度にシステムが元に戻す。

 ゆらりゆらりと微かにもぐらりぐらりと大きくも不規則な揺れが続くとなれば、人間の三半規管にもダメージが溜まり始める。

 となれば新たな問題が発生し始めるのだ。

 

 まず耐え切れなくなったヒューイがエチケット袋を使用し、続いてチコもダウンした。

 ストレンジラブは予想して対策を施しており、エルザは能力により問題なし。

 そしてオセロットとミラーは高い誇りと意地で耐え忍ぶのであった。




 次回メタルギアⅤ最終回!

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