メタルギアの世界に一匹の蝙蝠がINしました   作:チェリオ

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旅立ち前の子らと僅かな戯れみ

 “報復心”から始まったスカルフェイスの計画は、己が生み出して(カリブの大虐殺)しまった“報復心”によって無に帰した。

 自らが討たれた事によってスカルフェイスのみ制御出来る核兵器は、制御機構が意味をなさなくなったばかりか世界各国にばら撒く計画自体が白紙に戻った。

 厄介な存在であったサヘラントロプスはダイヤモンド・ドッグズの大攻勢によって撃破され、その残骸は「回収して所持したところで碌な事にならないでしょ」とZEKEやカリブの大虐殺の原因を例に出したバットの言により、賛成多数で廃棄処分が決定した。

 最後の最期まで諦めきれなかったミラーが駄々を捏ねていたが、無情にもオセロットの指示により目の前でナパームにて原型を留めないほどに焼き尽くされたのであった。

 それとスカルフェイスと“燃える男”ことヴォルギン元大佐の遺体も念入りに焼却された。

 コードトーカー曰く、スカルフェイスは火傷の治療に寄生虫補完(パラサイト・セラピー)を用いており、死しても生命活動は行われていたので、骨も残らない程徹底して焼却したのだ。

 ヴォルギンに対してはパイソンが呪物になっている事を危惧し、鉄仮面(ストレンジラブ博士)が憎しみをぶつけるように強く進言して、スカルフェイス並みに徹底して後も残さないようにした。

 事情を知っている者にとってはそうだよなと納得する。

 彼女にとって大切な女性(ザ・ボス)が死ななければならない原因を作った張本人なのだから、本人が死んだとしても到底許せるものではない。

 すでに売り捌かれた二足歩行兵器(ウォーカーギア)はちょっと厄介な存在であるけど、ゆえにダイヤモンド・ドッグズに破壊依頼が届くのでそう遠くない間に回収出来るだろうと推測される。

 ただ一番の問題として残る行方不明(・・・・)の英語株の声帯虫の在処だ。

 スカルフェイスは死に際に近くにあると言い残したが、それが誰を指しているのか確定出来ずに情報収集に捜索を行っているが今のところ収穫無し。

 

 引っ掛かりを残すものの、目的だった“報復”を達成したダイヤモンド・ドッグズは心新たに未来へと進むのである。

 

 

 

 当初の目的だった謎を解き明かし、黒幕たるスカルフェイスを倒した現状をゲーム(・・・)で例えるなら、エンディングまたはエピローグと言ったところだろう。

 もうダイヤモンド・ドッグズに残る理由はない。

 そう思いながらバットは残り続けている。

 自分の仕事は終えたと思いつつ、何故か終わってないような感覚があるのだ。

 国境なき軍隊にてパスがメタルギアZEKEで暴れる前の空気感に似ている…そんな微かなもの。

 自分用に珈琲を淹れながら、部屋を訪れたお客にジュースを用意する。

 

 いつも自宅へ帰る為に使用頻度は非常に少ないマザーベース内に用意された自室。

 ほとんど物置代わりにしか使ってないが、本日は話がしたくてお客を招いたのだ。

 カップを二つ手にして振り返るとテーブルの前にはリキッドが険しい表情で、乱暴にお茶菓子として出したエクレアを口いっぱいに頬張っていた。

 彼の気が経っている理由は解かり切っている。

 何もかもが気に入らないのだ。

 

 自分が築いた世界を意図も容易く蹂躙され、“保護すべき子供”という枠組みに押し込めて、何もかもを決めつけの善意と道徳を押し付けられる現状。

 気に入らなくても抜け出す手段はなく、力でヴェノムを始めとしたメンバーに勝てる見込みはまだ(・・)無し。

 そもそも性格的にヴェノムやカズとも折り合い付かないし、気軽に話せる者自体が僕しかいないというのも状況を悪化させている要因なのだろうな。

 最近リキッドに賛同した子供達が反乱を計画していたことが発覚。

 彼らが制作した手製の武器が押収されたのだ。

 …いや、されたというよりたまたま気付いた僕やクワイエットが回収したのだけど。

 それからスカルズが透明化して抜き打ちチェックする事が義務化して、その度に危険物が押収されるからこちらは恐々とするし、向こうは折角集めて作ったものを押収されるから苛立ちが募ってしまう。

 

 特にリキッドの苛立ちは飛びぬけており、このままでは反乱以上に自爆覚悟で仕出かしそうで怖い。

 正直話がしたいとの誘いに乗るかどうかも怪しかったけど…。

 

 「美味しいかい?」

 「…美味い」

 

 眉を潜めて険しい表情を浮かべている事から美味そうには見えないのだが…。

 けどバクバクと食べ続けている事から気に入っている事は理解する。

 テーブルを挟んで対面に座り、自分も一つ含む。

 生地の上部をコーティングした苦味の強いチョコレートが最初に広がり、ふんわり柔らかな生地を噛み締めれば中からまったりとした甘さと濃厚なホイップが口内を満たす。

 甘いものは疲れを癒やし、怒りや悲しみなどの感情を多少落ち着ける効果があると言うが、今のリキッドには焼け石に水程度の効果しかもたらさなかった。

 このエクレアもバットが作った為に無意識にバフ効果が加えられて、現在リキッドのステータスには様々な能力が向上されているのだけど、それは本人の預かり知らぬことであった…。

 リキッドはむんずと掴んで口に頬張り、口周りに付いたクリームを袖で拭い、口内に残る後味をコーラで一気に流し込む。

 腹も大分満たされて落ち着いたのか、食べる手を止めて視線を合わしてくる。

 

 「俺の部下になれ蝙蝠」

 「いきなりだね」

 

 唐突な勧誘に頬を掻きながら戸惑う。

 こちらが話す前にまさかのお誘い。

 それだけ僕を買ってくれている事は非常に嬉しい。

 だけど僕は戻らなければならない。

 ダイヤモンド・ドッグズに協力して戦いの日々に明け暮れただけに、今度は二人に家庭サービスしなければ愛想をつかされてしまいそうだ。

 誘いは嬉しくも答えは決まり切っていた。

 

 「ごめん無理かな。もう少しこっちに残ったら愛しの家族の下に帰らきゃだし」

 

 悩む間もなく返された返答に、リキッドは気を落とす事は無かった。

 どうせそうだろうとは予想した上で、ただ言ってみただけなのだろう。

 説得というか理由を語る前に、家族の単語が発した事から惚気が来ると身構えたリキッドが言葉を続ける。

 

 「なら手伝ってくれ」

 「一応聞くけど何を?」

 「ここを出る」

 「あー…やっぱり」

 

 それはバットにとって予想通り。

 近い将来リキッドはここを旅立つだろうと思い、今日はその件で呼び出したのだ。

 いつもは自宅(・・)で管理していたが、渡すべきだろうと持ち出した通帳をロングコートの内ポケットより取り出して、答えを待っているリキッドに差し出す。

 一瞬キョトンと呆けるも、通帳に自身の名前が刻まれている事に気付き、恐る恐る受け取った。

 

 「いつか出て行くと思ってさ。今までの給金が入ってるよ」

 「―――は?」

 「ほとんど僕が無理やり連れだしたのもあって、かなりの任務を熟して来たからね。ちょっとしたお金持ちだよ」

 

 バットはヴェノム並みに高い能力を持ち、総司令という役職がない分フットワークが軽い。

 ゆえに任務に出る回数も飛躍的に増える。

 それに巻き込まれる形で連れ出されていたのだから、リキッドに支払われる報酬も多くなるというもの

 通帳を開いてかなりの額が記載されていた事を確認している中、他にもパスポートとか身分証明などの書類系をテーブルの上に置いておく。

 

 「前も言ったけどリキッドって誰かの下より上に立つ人間だからね。いつかは巣立つかなって。僕って準備良いでしょ」

 

 軽くウインクしながら言うと気に入らなかったのか、すくっと立ち上がったリキッドの蹴りを横っ腹に受ける。

 地味に痛むも手加減してくれたのでそれほどではない。

 

 「それとこれは僕からの選別」

 

 苦笑いを浮かべながら、僕からのお守り代わりにプレゼントも渡しておく。

 最後に手渡したのは年季のいったリボルバー―――彫刻(エングレーブ)が施された銀色のSAA。

 “スネークイーター作戦”にて気絶させたオセロットより拝借したリボルバー。

 すでに十年以上前の銃なので武器としては型遅れとなってしまっているので使うかどうかは彼次第だけど。

 

 「長年使ってきた相棒なんだ。お守り代わりに使ってみてよ」

 「相棒っていうなら持ってろ」

 「言ったでしょ。仕事が終われば家庭に戻るから、使用する事なんて多分…なくなるだろうから」

 

 そう…長年戦った相棒ゆえに手放す寂しさはある。

 だけどC96を除いて長年共にした銃はない。

 お守りとしてはこれ以上の物は持ち合わせていない。

 年季が入ったSAAの感触を確かめ、リキッドはズボンにSAAを提げる。

 

 「・・・貰っておく」

 

 ぶっきらぼうにそれだけ答え、書類と通帳を手に部屋を出る。

 これで彼にしてやれることは出来たと思いたい。

 後は彼自身の選択により未来は開かれるだろう。

 なんて想っていたバットは数十分後、リキッドにSAAを見せつけられるんだがとオセロットの抗議にあうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は“報復心”を抱くよりは、“報復心”に寄生(・・)する。

 幼くして超能力と呼ばれる特異な能力を保有した俺は、大人達が魅力を感じて執着する玩具(・・)として扱われた。

 強力な念動能力と読心能力は軍事利用を目的とした被験者として研究者達に色々され(・・・・)、各地の研究機関で様々な実験に付き合わされた。

 能力の向上に発展を目的に連れ回されていた日々。

 そんな日々は初めて他人の“報復心”に感化された日に終わりを告げる。

 

 両親と共に飛行機にて次の研究機関に異動している中、キプロスの病院で覚醒した“ヴェノム・スネーク”の“報復心”に感化してしまった事で、能力が異様なほどに飛躍的に向上したが為に膨大な力は搭乗していた飛行機を内部より炎上させた。 

 墜落した機体に乗っていた乗客は俺を除いて死亡し、能力によって無傷で生還してある施設に収容される。

 今度は同施設にて被検体として収容されていた意識不明(・・・・)のヴォルギンの報復心に支配され、燃える男へと変化させて報復心に赴くままヴェノム・スネークを襲う。

 その後はスカルフェイスや燃える男の報復心に囚われ、彼らの望むままに利用され続けてきた。

 

 だが今はそんな縛り(・・)から解き放たれた。

 スカルフェイスとヴェノム・スネークが対峙していたあの時。

 燃える男ことヴォルギンはパイソンにより倒され、スカルフェイスの報復心は近くまで来ていた少年(リキッド)の奥底にある報復心に掻き消された。

 利用していた二人から解き放たれ、少年―――リキッドの報復心に取りついた俺は、彼と共にダイヤモンド・ドッグズのマザーベースに居る。

 

 リキッドはスカルフェイスや燃える男と違い、俺を支配し続ける事はしなかった。

 特にバットと居る時は報復心が薄まるので、その間は俺も自由に行動をさせて貰っている。

 

 「また来たのね」

 

 こちらの位置は把握していないが、存在している事を察した彼女の声に反応して姿を見せる。

 彼女―――エルザは困ったような微笑を浮かべながら、水を入れたポットを沸かしながら冷蔵庫よりお茶菓子を取り出す。

 姿を現した俺は空いていた席に腰かけ、引き出しよりフォークと食器棚よりティーカップを二つずつ能力を用いて取り出してテーブルに並べておく。

 

 彼女は俺だ。

 スカルフェイスが倒れたあの日に出会い、リキッドの報復心に感化されて声帯虫をくすねようとしたあの時…。

 俺は彼女に触れられた。

 声帯虫を持って行かないように制して掴んだ手を払う事は容易だった。

 だけど払う事はしなかった…否、出来なかった。

 触れられた瞬間、俺は彼女を読み解いてしまった。

 無意識でのリーディング(読心術)ではなく、意識した上で接触しての直接読み取り。

 心に障壁を張ろうと、思い込みで本心を覆ったとしてもそれら全てを暴き出す。

 それだけ俺の能力は高い。

 

 流れてきた情報は二人分。

 蛇に協力した弱々しくも超能力を操るエルザに、蛇と敵対した強力な超能力を行使するウルスラ。

 核で被爆して別れた人格に発生した超能力…。

 抱くのは核への憎しみと超能力を軍事利用しようと多岐に渡る実験を繰り返された。

 強化される能力に嫌気がさすモルモット(被検体)の日々…。

 それらには身に覚えがあり、痛いほど理解してしまった。

 だからこそあの手を振りほどけなかった。

 同時に彼女の優しい想いにも触れてしまえば俺は………。

 

 対面に座ってケーキを食べ始めるエルザとの間には静けさだけが過ぎる。

 語り合う必要はない。

 読み合う必要もない。

 ただ居るだけで良いのだ。

 

 出されたケーキを食べる為にもガスマスクを外す。

 このガスマスクは他人の思念の介入を抑えるものであるが、彼女と俺と二人いれば周りの思念を遮断する事は容易になる。

 彼女も触れた瞬間に俺の情報を読んでしまってからは、訪れる度に能力を遮断に割いてくれる。

 おかげで彼女といる空間こそ一番心落ち着く。

 話す事もなく黙々とケーキと紅茶を楽しむだけの時間がゆったりと過ぎ、報復心以外の感情に満たされる。

 が、幸せな時間は長くは続かない。

 

 ノック音が響き、終焉を迎える。

 医療班に所属している為、急に患者が入ったりすると仕事に戻らなければならない。

 他にもチコのように彼女と仲の良い面々がお話ししようと訪れたりする。

 邪魔が入った事にムッと頬を膨らませる様子を微笑ましそうに笑われ、気恥ずかしくなってガスマスクを装着するとその場から消え去る。

 部屋から抜け出るとそこは騒がしく、何処か静かな場所がないかと甲板上をひっそりとうろつく。

 

 「こんなところに居たのか?」

 

 覚えのある報復心から察していたリキッドが近寄って来る。

 その表情を目にして驚きのあまり目を見開いてしまった。

 太々しく苛立ちを撒き散らしていた顔は、酷く落ち着きがあり穏やかにも見え、そして寂しげであった。

 

 「俺はここを立つ(出る)ぞ」

 

 返事は口にせずガスマスクを通してコシューと空気が抜ける音だけがする。

 いつにない表情を浮かべたリキッドは、何かを瞳に乗せて投げかけ、少しだけ俯く。

 そして先の表情は何だったのかと問いたくなるほど悪い笑みを浮かべた。

 

 「互いに(・・・)―――いや、何でもない」

 

 それだけ言い残して踵を返して行ったが、何を言おうとしたのか何となく察した俺は頷き、また彼女のもとに訪れようかと思ってその場から消え去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 穏やかな日差しが降り注ぐ午後。

 物資コンテナが所狭しと並ぶ、物資集積を目的とした海上プラントで、目標であった大まかな(・・・・)報復を終えた事の祝いと、労いと親睦会を兼ねた催しが行われていた。

 並べられていたコンテナ類は他のプラントに分散して置かれ、巨大なプラント一つ使っての催しは大きく二つに分けられる。

 一つはバットや糧食班が作り置きした料理や解禁された酒類の数々を自由に堪能できるバイキング式の食事会。

 もう一つは兵士ゆえに身体を動かす方が良いという連中と、一部男性陣の熱狂的支持を得たバット考案の無礼講の水遊び(・・・)

 

 ダイヤモンド・ドッグズ所属の多くの兵士達はクワイエットの事を恐れている。

 元スカルフェイスの仲間で人間離れして容易に人を殺せる驚異的な肉体能力を持ち、無口で一握りの者としか接点がないなどなど理由は多々ある。

 だけどバットはそれだけが彼女の全てではないと知っている。

 厄介なごたごたもひと段落した事だし、皆との関係改善を図るべきと考えに考えて彼女も参加できる水遊びの案を出したのだ。

 そもそも水遊びを考えた一番の原因は兵器開発班が開発した新しい武器―――水鉄砲にある…。

 サヘラントロプス対策にスカルフェイスの計画阻止に向けて大忙しで碌に開発資料に目を通せなかったミラーにも咎はあるだろうが、まさか新兵器で水鉄砲を開発しているとは露にも思わなかっただろう。

 そしてそれはスカルフェイスを倒して帰還した後に発覚した…。

 出張にて指示を飛ばし、戻ってからは新型ヘリの完成を急ぎ、ピューパ数台の改修と問題点の修正に同時進行でAIポッドとのネットワークシステムの構築、そしてスカルズ専用戦闘スーツ及びパイソンの最新鋭液体窒素入りの戦闘スーツの開発などなど、短すぎる期間に膨大で多岐に渡る仕事を熟した鉄仮面(ストレンジラブ博士)が心穏やかでいられる筈がなく、開発した研究員はまとめて笑い棒の餌食になっていた。

 

 ぶち切れ案件はとりあえず置いとくとして、あるならば使おうとバットは目を付け、装填する水をクワイエット用の飲料水にする事で彼女も心行くまで堪能できる。

 水遊び用に仕切られたプラント半面の中央にて、きゃっきゃうふふと戯れる二人。

 兵士達が絶対の信頼を寄せるダイヤモンド・ドッグズ総司令ヴェノム・スネークと、畏怖を抱かれているクワイエットが無邪気な笑みを浮かべてお互いに水を掛け合っていた。

 水鉄砲を用いていたが、水たまりを足でバシャバシャと蹴ってかけたり、手ですくって散らしたりと子供のように無我夢中で全身で楽しんでいた。

 

 それまでただ怖がっていた兵士達は、そんな様子に毒気が抜かれたのか、見習うようにはしゃぎまわる。

 少し離れた場所でオセロットは怪訝な表情を浮かべながら眺めていた。

 確かに息抜きは必要である。

 が、これは少々規模が大き過ぎるし、水をクワイエット用の特殊な飲料水で行うなどお金が掛り過ぎている。

 

 「どうしたオセロット?やはり猫は濡れるのは嫌いか?」

 「茶化すな」

 

 表情から察したミラーが苦笑しながら声を掛けてきた。

 ミラーはⅤ字の海パン姿であるが、参加することなく双眼鏡片手に監視員を行っている。

 こういう場だからこそ喧嘩などの争いごとが起こり易い。

 そうでなくとも加減をミスって怪我をさせる事もする事も起こり得る。

 早期に対処するには誰かが目を光らせておく必要があり、ミラーは何故か自ら買って出たのだ。

 

 「すまんすまん、しかしお前も解っているだろう。こういう場は必要だ」

 「しかしなぁ…」

 「確かに無駄な出費が多い事も認めよう。だけどバットの言い分にも一理ある。それにだな、こういった場ではけちけちせずにぱぁーと使うに限る!」

 

 …嫌に声が弾んでいる…。

 疑問を抱いたオセロットはミラーが覗き込んでいる双眼鏡の先を見て、その下心丸出しの考えを察してしまった。

 

 「どうして監視員を自ら名乗り出した事やこの件に強く賛同していた理由がよく分かったよ」

 「おいおい、そんな目で見るなよ。何もやましい事をしている訳ではないぞ。監視員としてしっかりとだな…」

 「何が監視員だ。お前の双眼鏡は女の尻しか追っていないだろうが!」

 「そんな事は断じてない!」

 「視線を(下腹部当たり)から(胸部)に変えただけだろう」

 

 呆れ果てて溜め息しか出ない。

 つまりミラーがこの企画を通したのは合法的に覗きを行いたかっただけなのだ。

 双眼鏡の先には水着姿や水で肌が若干透けたシャツ姿の女性兵士達が居り、眺めているミラーはだらしなく頬を緩めている。

 無論その先にはクワイエットも含まれているのだが、こいつは最初に殺せと連呼していた事を忘れて居ないか?

 

 「あとでどうなっても知らないからな?」

 「フハハハ、俺は未来に生きているのではない。今を生きているのだ!」

 「…そっか」

 

 呆れ果てたオセロットは乾いた笑みを浮かべてその場を去る。

 このやり取りを聞いて席の方から冷え切った女性陣の視線が、カズの背中に降り注いでいるのを眺めながら…。

 

 

 

 オセロットが頭を痛めている最中、チコはジョナサンと共に新兵を率いて戦場(・・)を駆けていた。

 押し寄せる同胞に対して防衛線を敷き、猛烈な攻防を繰り返していた。

 撤退は許されない。

 撤退は許可しない。

 持ち場を死に場所とする覚悟を持って、迫りくる猛者達と対峙する。

 たかが遊び事であるが、本気以上の想いを抱いた彼らは最早遊び事と思っていない。

 

 「右翼は前進!左翼はそのまま持ち堪えろ!」

 「俺は中央の援護に向かうぞ!」

 「お願いします!」

 

 新兵達は血気盛んに挑むも、やはり歴戦の兵士達相手では分が悪すぎる。

 今は数の利とチコとジョナサンの活躍があって拮抗しているものの、それがどれほど続けれるか分かったものではない。

 

 ちらりと後ろを振り返ればこの遊びに興じているエルザの姿が…。

 スネークとバットと出会った半島の頃は美少女だった彼女も、年月が経って成長して当時のキャンベルがいうように美女へと成長している。

 容姿から大人の余裕と落ち着きがありながら、節々で漏れ出す微笑などの彼女自身に好意を寄せる者も多い。

 

 さて、そのような彼女に対してカズ同様に熱狂的支持を表明した連中が何もしないと思うだろうか?

 答えはNOである。

 邪な想いを胸に歴戦の兵士は修羅の如く襲い掛かる。

 勿論問題行動になるような行為は行わない。

 せいぜい水遊びの名目に習って水を掛ける程度。

 だからと言って解っていて見逃すのは――――なんか嫌だ。 

 

 ゆえに新兵達をバットの説得を見様見真似で何とか引き込み、ジョナサンの協力を得てこうして遊んでいるようで防衛線を展開しているのだ。

 水を頭から被っても熱気に溢れ、チコは一進一退の攻防戦を繰り返す。

 

 「楽しそうね」

 「――っ、あ、うん。こういう場は思いっきり楽しまないとね」

 

 正直に答えるのも憚られ、即席で笑顔を作り上げる。

 彼女は下着代わりに水着を着用した上に日焼け対策も加味された服とズボンを着ている。

 手には用意された水鉄砲が握られており、彼女なりに楽しんでいるようだ。

 

 「他の皆も参加出来ればよかったのにね」

 「…本当に」

 

 エルザが言った皆とは参加していないストレンジラブ博士も含まれているのだろう。

 まだ素性を明かす事も出来ないストレンジラブ博士は今でも鉄仮面を装着していて、穏やかな陽気の下でも内部は非常に熱くなってしまう。

 そもそも肌が弱いためにこのような外での催し物に参加する事はないだろうけど。

 

 チコ的には現状を考えてパイソンの参加を期待したいがスーツを脱げば熱く、着ていれば身に付着した水を一瞬で凍らせてしまって周囲に危険が及ぶ。

 なのでパイソンは水分過多で能力を発揮できないスカルズ達と共に料理の数々を楽しんでいた。

 他にも足が不自由で遊び回るほど元気のないコードトーカーも同じく舌鼓を打っている。

 

 ヒューイに関しては参加させる訳にはいかなかった。

 裏切者と公には疑われ、裏で確定させられたアイツ(・・・)を参加させれば、殺傷事件に発展するのは目に見えている

 それ以上に裏切者のヒューイが外に出る機会にナニか仕出かさないかという懸念も存在する。

 なので奴の身を護る為にも仲間の身を護る為にも参加させてはならないのだ。

 

 チコは手が欲しいなとバットへ視線を向け、一瞬とは言え注意を怠ってしまう。

 「隙あり」と誰かの声が耳に入ったと思えば、チコ狙いの誤射という形でエルザの被弾を許してしまった。

 小さい悲鳴に振り返ると水鉄砲を受けて濡れるエルザの姿。

 水でシャツが濡れ、下に来ていた水着と肌が薄っすらと覗ける。

 

 ゴクリッと生唾を飲む音が耳につく。

 誰のではなく自分が発した音だと気付いた時は、見た事と反応してしまった二つの意味で赤面してしまう。

 そしてそれを察したエルザが恥ずかしそうにし、にっこりと微笑むと周囲の水気を浮かびあげる。

 

 「…えっち」

 

 可愛らしい動作と声に魅了されたチコは一歩も動く事が出来ず、撃った本人共々()に呑まれるのであった…。

 

 

 

 それぞれがこの時間を楽しみ、バットはそれを眺めながら一息つく。

 

 「皆、楽しそうですねぇ」

 「企画した者が楽しんでないようだが?」

 「では誰が大佐殿の酒の肴を用意するのですか?」

 「おぉ!それはすまんかったな」

 

 今日は割かしまともなスコウロンスキーはビール瓶片手に、バットが焼いたホルモンを口に含む。

 歳を取れば脂身というのは僅かでも胃に凭れ、ホルモンともなれば脅威でしかない。

 しかししっかりと余分な脂を落とし、多少焦げるほどに焼き研がれたホルモンは、噛み締めれば香ばしくも脂身の旨味が溢れ出て来る。

 噛めば噛むほど強まるも、落とされた分だけ濃過ぎない。

 それに焼きたてという事もあって、さらりと喉を流れて行く。

 味付けはフルーティながらスパイスの効いたタレ。

 これがビールに合わない筈がなく、高齢であるにも関わらずスコウロンスキーはガツガツと食い散らかしていた。

 当然ながらバットのバフも掛かっており、労わる気持ちから状態悪化解除のようなステータスが追加されているから余計にだ。

 

 「ふん、まるでガキだな」

 「クソガキが大人ぶって何を言っとる?」

 「誰がクソガキだ!ぶっ殺すぞクソジジイ!!」

 

 水遊びに興味はないリキッドは、何処から引っ張り出したかビーチチェアに横たわり、クリームソーダと皿に山積みにされた肉を口にしながら馬鹿馬鹿しそうに騒ぎを眺めていた。

 ホルモンや焼き鳥を焼きながら二人のやり取りを見て頬を緩める。

 リキッドもスコウロンスキーも基本的に口が悪い。

 仲が良い訳でも悪い訳でもないけど、気兼ねなく言い合える相手が居るというのは良いものだと思う。

 微笑ましい気持ちに満たされるバットを他所に、怒鳴り散らすリキッドと笑いながら煽るスコウロンスキーの様子に近くの兵士達は、いつ手を出すのかと肝を冷やしながら見守るのであった。

 

 「リキッドは遊んで来ないの?」

 「餓鬼扱いすんのか!?」

 

 フシャーと全身の毛を逆立てた猫のように威圧するリキッドに違う違うと首を振るう。

 なにせ一番満喫して遊んでいるのは大の大人なのだから。

 指で示すと察して明らかに嫌そうな顔を浮かべる。

 

 公表はないがリキッドはスネークの子供だと言ってきた事がある。

 スネークは十九歳ごろに被爆してしまった事で生殖能力を失っており、どう計算してもリキッドの父親である事はあり得ない。

 だけど“恐るべき子供達計画”という噂があり、それはビッグボスことスネークの遺伝子を用いて人工的に子供を作り上げるというもの…。

 真偽のほどは定かではないが、可能性がある以上遺伝情報を比較検証し、検査の結果は親子関係は認められないという否定するものであった。

 だけどリキッドはスネークが父親だと信じている。

 そんな彼の目先でクワイエットと満面の笑みで水遊びに興じているのを見てどんな心境にあるのか…。

 

 (ま、ヴェノムさんだと親子と判定される訳がないけどね(・・・・・・・))

 

 思うだけで口に出さず、淡々と肉を焼き続ける。

 そんな最中、事件が起きた。

 新兵の兵士がリキッドに水をぶっかけたのだ。

 席的には遊び場に最も近い席で、流れ弾が飛んでくる可能性も無きにしも非ず。

 だけどどう見ても狙っているのは明白。

 日頃で恨みがあったのか、一応無礼講の催しである事から行動に出たかは知らないが、びしょ濡れになったリキッドは俯いて壊れた様に笑いだす。

 完全にキレている。

 

 「―――ぶっ殺す!」

 「いやいや、遊び事で殺傷事件は勘弁してね」

 「舐められて終われるか!!」

 「だから同じ土俵でぶちのめしてやれ」

 

 リキッドの怒気に触れた新兵の腰は引け、バットに助けを求めるもGOサインが出されては止める術はない。

 しかし周囲にはそれを察して、散々やられてきた兵士達が新兵に手を貸す。

 バットが同じ土俵でと言ったのも彼らが手を貸した要因であろう。

 

 「蝙蝠!スカルズを貸せ!!」

 「無理だって。こんな水気の多い場でスカルズは」

 「チッ、肝心な所で役に立たねぇ!――――来い!!」

 

 水場から一番離れた席でパイソンと共に食事しているスカルズ達を舌打ちしながら睨み、強いと言っても子供一人ならと勝機を見出した彼らは絶望した。

 呼びかけに答えてリキッドの背後に、ガスマスクを被った赤毛の少年が現出した。

 そして給水タンクが複数宙に浮かぶ。

 青ざめた兵士一同は噴き出した大量の水に呑まれ、頭の天辺からつま先までずぶ濡れになってその辺に転がるのであった。

 

 

 

 …翌日、風邪のようで違う(・・・・・・・・)症状を見せる兵士が見受けられた…。


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