メタルギアの世界に一匹の蝙蝠がINしました   作:チェリオ

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寄生虫

 マザーベースで謎の奇病が発生した。

 最初は症状から風邪と思われていたのだが、容体が急変して胸部に水泡が覆い尽くすと間もなく事切れた…。

 症状と様子から調べたが類似する病気は一切見当たらず、亡くなった者を調べてみたら水泡より寄生虫の幼生だろう小さな蠕虫が大量に見つかった。

 が、肝心な親である成虫が何処にも見当たらない。

 発生条件も感染経路も不明な“伝染病(エピデミック)”は予防どころか対策も打てやしない。

 しかし症状はバットが行ったングンバエ工業団地や油田施設で発見した者達と同じであった。

 

 サイファーの大量殺戮兵器との見方もあり、急遽発症者の隔離が行われて医療従事者は急ぎ防護服の装備が決定した。

 何の解決策も持たない現状出来得るのは隔離して犠牲者を増やさない事。

 発症するまで感染者を特定出来ない状況でどれほど効果があるかは解らないが…。

 潜伏期間も考えると発見は非常に困難―――の筈だった。

 

 医療班による検査でも判別できなかった症状をバットは鮮明に断言したのだ。

 成虫は声帯に潜んでおり(キュアーで詳細判明)、感染しているのが全員コンゴ語(キコンゴ)を喋るという共通点を突き止めた(ステータスの閲覧)

 バットの医療技術に関しては異能力染みているので信頼している者からすれば怪しく思っても完全に疑う事は無い。

 けれど逆にサイファーやスカルフェイスとの繋がりを疑う者は工場団地に行った事からもバットが持ち込んだのではと疑いが広がり始めているので、さらに状況が悪化して変な混乱や暴動が起きないように情報源は秘匿しなければならない。

 ただそんなバットでも見分けられても治療は出来ないらしい。

 

 初めて語ってくれたのだが、バットが治療できるのは治療法が確立して、対処する道具が揃っている場合に限るらしい。

 それでも感染者と非感染者を見抜く目は被害者を増やさないようにするには非常に有難い。

 

 これで伝染病の対策を調べるのに専念できると思った矢先、伝染病についての有益な諜報班の一人が情報を掴んだのだ。

 喜ばしい報告の反面に問題としてその諜報班の兵士が捕まり、急ぎ救出作戦を執り行わなくてはならなくなった。

 任務自体はスネークにより素早く完了され、助けた兵士より伝染病の治療法を知る“コードトーカー”と呼ばれる老人の存在と居場所が判明した。

 

 多くの仲間が苦しむ状況下。

 この“コードトーカー”なる人物と接触を図る任務は最重要任務と位置づけられる。

 ヴェノム・スネークにバット、クワイエットの緊急出撃が決定した。

 他にも液体窒素入りの戦闘服が完成したパイソンに超能力が行使できるエルザも検討されたが、二人には別件にてマザーベースを空けているので参加は不可能。

 チコとオセロットはカズの補佐と万が一を考えて余剰戦力として待機。

 イーライ(ホワイトマンバ)改め“リキッド”はバット以外から不確定要素が強いとの事で外された。

 

 情報ではコードトーカーは最重要人物(VIP)として、山の中にある洋館にて“ゼロ()リスク()セキュリティ()”というプライベート()フォース()によって厳重に警備されているとの事だった。

 急ぎヘリで向かった俺達はマザーベースの状況が状況なだけに時間短縮のために別行動をとり、短い時間で(スネーク)は目的地にたどり着く事が出来た。

 

 洋館は広くて大きい。

 しかし用があるコードトーカーは地下に居ると尋問した敵兵が喋ったので、捜索事態は非常に楽なものだった。

 地下へと繋がる入り口を潜り、長く薄暗い通路を進むと最奥に扉が一つ。

 警戒しつつ踏み込んだ先にはただ広いだけの一室に幾つもの火が灯ってない蝋燭が並び、一か所だけ空いた隙間より籠れ落ちる一筋の光を浴びた一人の老人が中央に座していた。

 その老人こそがコードトーカー。

 マザーベースに蔓延っている伝染病を何とか出来る可能性を持つ人物…。

 

 「待っていたぞ(ティリヒ)…いや、(ビデ ホロウニ)か?」

 

 座していた老人がそう呟くと、蝋燭にひとりでに火が灯って薄っすらと老人の顔を映し出す。

 急く気持ちを抑え、銃を仕舞うと代わりに数枚の写真を取り出す。

 どれもマザーベースで苦しむ仲間の症状を映した写真だ。

 

 「見覚えはあるか?仲間が…」

 「喋るな―――死ぬぞ。お前の喉にも住みうる(・・・・・・・)。まずは口を噤め」

 

 意図を問いかけるよりも先に答えられ、バットが診断した虫の話に酷似する“喉にも住みうる(・・・・・・・)”の言葉でこの老人がコードトーカー、またはあの症状を理解している人物で間違いないと確信した。

 兎も角指示に従い口を閉ざす。

 そして促されるまま対面するように座る。

 コードトーカーはパイプに火を付けながら症状の説明を始めた。

 

 蔓延っているのは“声帯虫”という寄生虫。

 肥大化している胸部より発見されたのは声帯虫の幼生であり、成虫は声帯と一体化して見分けがつかない。

 コードトーカー曰く、症状が出た時点で助ける事は叶わず、一体化しているために手術で取り除くのはまず不可能との事。

 声帯虫は特定の音に反応して番う(・・)、大量に生み出された幼生は宿主の肺を食らい尽くして死に至らしめる…。

 その特定の音と言うのは言葉(・・)

 今回で言うとコンゴ語に反応する声帯虫がマザーベースで蔓延しているらしい。

 逆に言えばコンゴ語を話さない者には寄生しない、しても症状を発症することはない。

 

 そして発症者を救う事は出来ないが、これ以上被害を増やさない方法を教えてくれた。

 一つは言葉に反応する事から喋らない事。

 特定の言葉を発しなければ声帯虫は産卵する事は無い。

 もう一つはコードトーカーが持つ微生物を使用する事だ。

 その微生物は声帯虫のオスをメス化させるもので、すべてがメスとなれば産卵する事は出来ない。

 …代わりにその影響は宿主にも及び、子を成せなくなるという…。

 

 言葉を失うか、繁殖能力を失うか。

 どちらも大きく重い…。

 しかし命を天秤にかけると…。

 

 何はともあれコードトーカーをここより連れ出す。

 本人も封印した虫たちをスカルフェイズに奪われ、無理やりに研究を続けさせられていた事に想う所もあり、何より自身が産み落とした我が子(声帯虫)が世界の調和を乱すのなら円環を閉ざさなければと強い意志を持っていた。

 ゆえにコードトーカーはスネークの申し出を受け入れ、差し出した手をしっかりと握り返した。

 

 さすがに歩くのは年齢的に応える為、担いで来た道を速足で向かう。

 地下に入って敵兵が居なかったのだから、戻る事に対して危険はない(・・・・・)

 入って来た地下の入り口に辿り着き、そこから洋館の一階に出ると視界に映るのは倒れ込む兵士達。

 安らかないびきを掻く連中を無視して洋館の外へと出る。

 

 警備は厳重であった。

 地下を除く洋館内部は常に二人以上で巡回し、外にも相当数の兵士が配置されて警戒を強めていた。

 だが潜入工作に秀でたスネークと卓越し過ぎた身体能力と狙撃技術を持つクワイエットの二人に襲われてはひとたまりもない。

 森の中より外を警戒していた兵士を全員狙撃で眠らせたクワイエットと合流し、スネークはバットを探すもその姿は見当たらない。

 クワイエットに問うても首を振るだけ。

 

 「カズ、バットはどうした?」

 『あ、あぁ…バットなら……いや、アイツは別ルートで戦闘区域を離脱させた。スネークは指定した着陸地点に向かってくれ』

 

 バットは道中突如として発生した霧からスカルズの襲撃だと予測し、足止めを受けない為にも一人で迎撃に向かったのだ。

 コードトーカーがスカルフェイスにとって重要な人物である事からスカルズの投入は想定内。

 驚異的な敵であるがバットなら問題ないと任せたのだが、カズの歯切れの悪さが酷く気になる。

 しかし最重要人物を連れている状態なのでいち早く戦場を離脱しなければならず、兎にも角にも俺達は指定された地点に急ぐしかない。

 到着地点ではすでにヘリが待機しており、コードトーカーを座席に降ろしてベルトをさせる。

 クワイエットも乗り込んで扉を閉めた事でヘリが離陸し始める。

 ひとまず安心だと一息つくスネークはガラス越しに映る景色が茶色く濁り始めたことに異変を感じて警戒心を抱く。

 

 「前方に雲!」

 「雲…いや、あれは霧か!?」

 

 操縦者の言葉に訂正を入れた瞬間、衝撃を受けたヘリが大きく揺れた。

 フロントガラスがその衝撃で砕け、パイロットが破片で血まみれに…。

 操縦者の手から操縦桿が離れたことで機体が傾き、先が地面に向かって落ちていく。

 慌てて操縦桿を引くも間に合わず、激突する衝撃に全員が見舞われた…。

 

 

 

 

 

 『―――ぇく…スネーク…スネーク!返事をしろ!!』

 

 誰かに呼ばれて薄っすらと意識が覚醒して、無線より聞こえるカズ。

 スネークは痛みを感じながら起き上がり、周囲を確認するとヘリは墜落したものの、落ちる前に操縦桿を引いたのが功を成して不時着できたらしい。

 だが衝撃で気絶してしまったらしい。

 

 「カズ…か」

 『無事かスネーク!?』

 「なんとか…な」

 

 痛む身体を抑えながら立ち上がった。

 先の霧の事もあり状況を確認せねばと墜落したヘリより出ると、辺りは濃い霧に囲まれていた。

 

 「クワイエット!―――無事だったか」

 

 中よりコードトーカーを連れ出すもクワイエットの姿が見当たらず、声を挙げて呼びかけるとヘリの上部で物音がし、振り返ると狙撃銃を構えて戦闘態勢を取るクワイエットの姿が。

 

 状況は最悪だ。

 霧で視界が悪いのは俺達だけでなく、迎えに来ようとするヘリも同様で、これでは着陸地点や俺達を見つける事すらままならない。それにこの霧はスカルズが現れる前兆…。

 超人的なスカルズに対してコードトーカーを護らねばならない防衛線を行う事になる。

 スカルズ四人を俺とクワイエットで相手するだけなら何の問題も無かっただろう。

 

 …ただ薄っすらと見える周辺の建造物からして軍事施設だと伺える。

 以前スカルズが現れた際に周辺に居た兵士達は取りつかれたように襲い掛かってきた事がある。

 まるでパニック映画に登場するゾンビのように…。

 案の定、虚ろな表情に覚束ない足取りにて兵士達が霧の中より現れ始めた。

 

 「迎撃準備!」

 『コードトーカーを護れ!!』

 

 ここで奪われる訳にはいかない。

 絶対死守の構えでそれぞれ戦闘態勢に入る。

 ゆるりと近づく兵士達に対してトリガーを引いては、銃弾にて次々と無力化してゆく。

 これだけならまだ何とかなったが、本命のスカルズ達が攻勢をかけてきた。

 移動速度こそ今までのモノに比べて遅い。

 が、今回のスカルズは別の意味で脅威となった。

 身体に鉱物の結晶のようなものを張り巡らせ、アサルトライフルの銃弾ぐらいではものともしない。

 

 『なんだあのスカルズは!?弾丸を弾いているのか…』

 「対戦車ライフルでも持って来ればよかったな」

 

 辛うじてクワイエットのライフルは効いているようだが、状況は依然不利なまま。

 マザーベースより武器の配達を頼もうとも霧で降下地点を絞れない。

 ギリっと噛み締めた歯が鳴り、徹底抗戦の構えを見せる。

 

 殺意を抱いてドスドスと踏みしめながら歩み寄って来るスカルズは、突然起こった爆発によって吹っ飛んで地面を転がった。

 

 「―――待たせたなぁ」

 

 振り返ればそこにはスカルズを吹っ飛ばした小型グレネードを発射したカンプピストルを構えたバットがそこに居た。

 黒いロングコートを靡かせて、堂々と優雅に歩いてスネークの前に立つ。

 スネークとクワイエットは現れたバットに光明が見えたと笑みを浮かべ、スカルズたちは新たな敵として睨みを利かす。

 前に立ったバットは右手を高く掲げて指で銃を模して、銃口に見立てた指先を硬化しているスカルズに向けた。

 

 「―――バン!」

 

 銃を撃つ動作をする。

 見た事のある動作にまたかと呆れる。

 バットの指先がターゲットを示し、撃った動作に合わせてクワイエットがトリガーを引く。

 放たれた弾丸は迫っているスカルズに着弾する。

 

 ―――――五発もの弾丸が…。

 

 響き渡る五つの銃声。

 ほぼ同じ地点に弾丸が当たって火花を散らす。

 貫通力と威力の高い狙撃銃の弾丸は硬化したスカルズをよろめかすどころか転倒させた。

 

 驚愕に苛まれるスネークとクワイエットは銃声の方へと視線を向ける。

 墜落したヘリの上部にそれらは居た。

 何も居ない筈の空間に徐々にその身が現れ始め、四名の女性スカルズが狙撃銃を構えているのだった…。

 

 「おい…バット」

 「さっきの決まってました?」

 「アレらはどうした?」

 「スルーしないでほしいんですけど…」

 

 がっくりと敵前で情けない様子を晒すバットにスネークは深いため息をつく。

 女性スカルズは向かってくるスカルズに対して攻撃的で、指示が無くとも狙撃銃にて戦闘を継続。

 一時は戸惑った相手もすぐに敵と認識して戦闘を再開。

 クワイエットを含めた人間離れした狙撃手が瞬時に目にも止まらぬ速さで移動しては狙撃し、重装甲のスカルズが鉱物らしきものを身体に這わしたり、地面より出現させて壁にしたりとアニメや漫画のような超人同士の殺し合いが繰り広げられる。

 

 「道理でカズの歯切れが悪いわけだ。どうやった?」

 「いつも通りお話を少々」

 『少々の結果がこれか!?誰が戦場で万国ビックリショーを開催しろと言った!!』

 「何を言うんですか。これから僕達(・・)はそれに突っ込むんですよ」

 「今“()”って言ったか?」

 「勿論ですよ」

 

 俺も含まれているのかと思うと余計にため息をつく。

 眼前で繰り広げられる超常に突っ込まなければならないのかと思いつつも残りの残弾を確認する。

 そうしているとバットはヘリの中へと潜り、一応ある人物用(・・・・・)に備蓄してある飲料水を引き摺って出てきた。

 

 「それをどうするつもりだ?」

 「飲ませるんですよ。スカルズに」

 「戦闘中にか?」

 「戦闘中だからです」

 

 箱より一本のペットボトルを取り出すと、おもむろに放り投げる。

 放物線を描いてペットボトルは重装甲のスカルズの頭上へと舞う。

 そこをバットがホルスターよりSAAを抜いて、見事な早撃ちで二発叩き込む。

 二発の銃弾の直撃によって中の飲料水を撒き散らし、真下に居たスカルズは濡れた。

 すると明らかに動きが鈍く、目撃した女性スカルズが攻撃を集中する。

 

 「なんだ?」

 「どうもスカルズは水に弱いようですよ」

 

 疑問に呆気からんと答えるバット。

 なんでも川沿いでのスカルズ戦にて、一人を川に投げ飛ばしたところ動きが鈍くなり、超人的な動きが取れなくなった事から水がスカルズにとって弱点と解ったらしい。

 

 「“覆い尽くすモノ”は確かに水には弱い。いやぁ、水には目がない(・・・・)というべきか」

 

 ヘリに凭れながら眺めていたコードトーカーが呟く。

 どうやらスカルズにも詳しいらしい。

 

 「詳しい話はあとだな。なら敵対しているスカルズを大人しくさせるぞ!」

 「了解です。ボス」

 「それとクワイエットの機嫌取りも考えとけよ…」

 「あ・・・」

 

 ある人物用(・・・・・)…。

 それはバットが弁当を持ち込んでも口に出来ないクワイエットの為に用意した微量のミネラルを含んだ飲料水。

 スキルによりバットが作った料理などはバフ効果を持つので、研究員に教えて貰いつつ作ったもの。

 効果は十二分に出て、クワイエット自身も気に入っている逸品。

 ちらりと悲しそうな表情が向けられバットは頬を掻く。

 戦意が削がれそうな空気感に惑わされず、バットが引き摺り出したペットボトルをスネークは躊躇なく撒くのであった。

 

 

 

 

 

 

 カズヒラ・ミラーはずきずきと苛む頭痛に苦しみ、医務室で貰った頭痛薬を呑み込む。

 声帯虫という寄生虫による事件はコードトーカーのおかげで、多くの死傷者が出たものの収束に向かっている。

 もうこれ以上コンゴ語株の声帯虫が蝕む事はないだろう。

 同時にコードトーカ―がダイヤモンド・ドッグズに身を寄せると決めてくれた事で、スカルフェイスはこれ以上声帯虫の研究を進める事は出来ないし、万が一の際には彼が居る事で対処も今回のコンゴ語株よりも早くに収束させることが可能となる。

 

 声帯虫対策は十分。

 収束した事で感染拡大防止の為にマザーベースで待機していた兵士達も任務に出れるし、先に出ていた者らも帰還することが出来た。

 パイソンとエルザはヒューイが居た拠点より放置されていたAIポッドを回収に成功。

 無論ヒューイには内密にして同じく帰還したストレンジラブ(鉄仮面)の研究室に運び込んだ。

 ストレンジラブも出張でコスタリカにてニコライのPMCやアマンダの伝手を使って、コールドマンの支配下にあった採掘場地下基地からあるモノ(・・・・)の持ち出しを行っていた。

 持ち出すだけで一苦労なうえ、運ぶだけで相当な時間と資金が掛ったがサヘラントロプスに対抗するべく兵器関連を強化しなければならない事を考えれば致し方なし。

 AIポッドが手に入った事でスコウロンスキー大佐のヘリも完成する。

 

 いつでもスカルフェイスとの決着(報復)に望めるように徐々に戦力も強化されている。

 あのカリブの大虐殺で受けた恨み辛みを絶対に晴らしてやる。

 

 そのための戦力の強化は望ましいもの。

 しかしながら今回は素直に喜ぶことは出来ない。

 

 カズの睨む先には独房に入れられたスカルズ達が暴れもせずにただそこに居る。

 バットが説得して味方になったというのだが、スカルフェイスの直属だったことからそう易々と信じる訳にはいかない。

 寧ろコードトーカーを殺すべく仲間になった振りをしたという方が納得できるだろう。

 けど彼女・彼らは一切そのような素振りすら見せない。

 余計に不気味だ…。

 

 「まだ悩んでいるのか?」

 

 そう声を掛けてきたのはオセロットだった。

 スカルズ専用の独房には限られた者しか寄れぬようになっており、オセロットもその資格を持つ一人。

 クワイエット同様に戦力になるならと認めているも、決して快くという訳ではない。

 戦力として考えたら非常に心強いが、背中を預けれる程に信用はしていない。

 そういった事情が険しい表情から読み取れ、カズヒラは微笑む。

 

 「お前だって納得していないだろう」

 「まぁな…だがただ捨てるには勿体ない戦力だ」

 「こちらに向けば危険極まりないがな」

 

 この一点に尽きる。

 一応この独房は隔壁で塞がれ、暴動時には水を降り注ぐ仕掛けを取り付けている。

 戦力として数えるにしてもそれなりの鎮圧装置が必要だ。

 二人してため息を零す。

 

 「お前たちは悩む程度で良いじゃないか。私はAIポッド搭載ヘリの制作に回収した兵器の改修を受け持ちながらこいつらのスーツを仕立てなければならないんだぞ?」

 

 限られた者のみの上に、現在はさらに事情を知る者(・・・・・・)のみと入室制限をかけているので、鉄仮面などを付けずにいるストレンジラブが不満を口にする。

 白衣姿のストレンジラブは独房の外より身長などのデータを機器を使って収集している。

 というのもスカルズを戦力として使用するには複数の問題が存在する事がコードトーカーによって明らかになったからだ。

 

 スカルズはクワイエットとはまた別の処置が施され、身体を覆う寄生体“覆い尽くすもの”によって高い身体能力を誇っているのだが、なんと“覆い尽くすモノ”は乾燥と熱に弱く、逆に水分が大好物過ぎて役目を果たせないときた…。

 現れる時の霧は乾燥させ、熱を降り注ぐ日光を防ぐのと活動するに辺り程よい水気を得る為に発生させられている。

 そして霧には“覆い尽くすモノ”が散布されており、それの影響に当てられた人間はゾンビのようになってしまう。

 

 つまりスカルズを戦場に投入するには同様の霧をわざわざ発生させるか、当日の気温と湿気を気にかけながら曇りの日でなければ戦闘能力を発揮することは出来ないのだ。

 

 その日その日の状態によって性能が天と地ほどの差が出る等、兵士としても使い物にならない。

 毎回霧を撒いて戦場をバイオハザードにする訳にもいかないので 宇宙服のように彼らの全体を覆う戦闘スーツが必要となる。

 日光を遮り、火炎や水を用いた攻撃や自然現象に耐えるように。

 同時に反乱を起こした際には鎮圧できるように内部を水で満たす仕掛けも施して防止措置もとる。

 こうやって安全装置を組み込まなければ不安で仕方ないのだ。

 

 「まったく。アイツは厄介事ばかり…」

 「慣れたものだろう?」

 「慣れたくないがな。博士もそうだろ?」

 「私の場合はアイツ(・・・)のせいもあるがな…」

 

 ため息交じりに呟く様に、カズヒラは大きく頷く。

 現在マザーベースには特に高い技術を持った研究者が二人いる。

 本来なら分担する事も可能だが、アイツ(・・・)と称されたヒューイにスカルズのスーツを頼んだら何をされるか分からない。

 そうなるとストレンジラブ博士に重要な案件が集中することになってしまったのだ。

 

 「あとで色々と愚痴ることにしよう。バットには何か酒の肴でも作らせて」

 「私は酒はいらないが、その肴だけは貰って行こう」

 

 片や精神的負担に片や頭脳労働過多の二人は元凶であるバットへの恨み辛みと簡易な報償の要求を抱くのであった…。

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:蝙蝠と虫使いとハンバーガー

 

 コードトーカーはマザーベースに到着して早々に患者を診て回った。

 見事なまでに声帯虫に侵され、もはや宿主は助かる術がないのが残念でならない。

 しかしながらこれ以上被害を増やさないように声帯虫に寄生して雄を雌にする寄生虫を提供し、自身が生み出してしまったコンゴ語株の声帯虫の円環を閉じた。

 無論寄生されていた宿主にも影響は出るので、素直に喜べる者は非常に少なかった…。

 私はスカルフェイスと声帯虫の事もあって彼らと共に居るだろう。

 

 ここでの生活は悪くない。

 海に囲まれて何処かに行く事には不便であるも、そもそも年齢的にも肉体的にも外出する事もないので別に問題にならない。

 スカルフェイスのように研究を強要する事も無く、割と自由に過ごせることもまた良い。

 洋上プラントという事で自然が少ないが、狭い空間であるものびのびと多くの動物たちが過ごしている様は悲しくもあるも落ち着く。

 そして何より食べ物は美味しい。

 私の身体はクワイエットと同じで光合成により食事を必要としない。

 必要としないが栄養源の確保だけが食事ではない。

 もしもそれだけが食事の意義であるならビタミン剤と食欲抑制剤を飲めば事足りる。

 自然の恵みを教授することで自らも自然の一部と再認識できる。

 何より美味しい食事は皆好きだろう?

 ここにはいろんな人種の兵士が集まっているだけに、料理の種類も非常に豊富だ。

 

 食事だけでなく“虫”によって伝えられる情報(虫の知らせ)も中々個性があって面白く、中々に興味深く暇潰しにもなる。

 

 しかしながらその“虫の知らせ”がまったく効かない男が一人いる。

 ダイヤモンド・ドッグズ内で最も秀でた兵士の片翼であるバットだ。

 

 “虫の知らせ”をもって多くに裏切者と疑われながら、接した者達の多くからその裏切者という()を疑われ、事実を知る幹部連中から信頼を得ている男。

 人の身でありながら戦闘能力は凄まじく、兵士の人数差をひっくり返し、知恵を持ってクワイエットを無力化し(物資落とし)、スカルズを仲間に引き込んだ。

 正直ダイヤモンド・ドッグズ内で最も興味を抱かざる得ない存在だ。

 

 なのに奴は虫の存在に気付く。

 死角であろうとも虫が取り付けば察知し(キュアーにて表示)、調理場や自室に戻れば殺虫剤を撒いて周囲の虫を駆逐(衛生面を考慮して)し、突然姿を掻き消すように居なくなる(現実へ帰還)

 

 興味もあるが不気味でもある。

 そんな奴が突如儂のもとを訪ねてきた。

 ハンバーガーなどを手にして…。

 

 「どうしたのだ蝙蝠よ」

 「いえ、カズさんからハンバーガーが好きと聞いたもので」

 

 確かにハンバーガーは好きだ。

 以前カズヒラに光合成ができるから食べなくても良いが、食事をしたいと言った時に食べたい物を聞かれ、思い出深いハンバーガーの事を語った事がある。

 …ただそれ以来何故か思考錯誤を重ねた変わり種のハンバーガーを持ち込み、どうも個人で経営しているハンバーガー屋の試食をさせている節があるのだが…。

 

 「好きだがさすがに毎回となると飽きもするのだが」

 「あー…変わり種ばかりと伺ったので普通のはどうかなと持ち込んだのですけど他のが良かったですね」

 

 頬を掻きながら踵を返そうとする蝙蝠に待ったをかける。

 そういえばバットの作る料理は材料が一緒でも美味さが違うんだと“虫の知らせ”で聞いていた。

 どのように美味いのか興味も出てきたコードトーカーは食べてみる事に。

 

 「せっかく持ってきてくれたのだ。有難く頂くとしよう」

 「気を使わせたようですみませんね」

 

 渡されたハンバーガーを包み紙から取り出してゆっくりと観察する。

 上下の薄いバンズにパティにレタス、玉葱にトマト、それとケチャップをベースにしたソースが挟まれていた。

 別段なんの変哲もない普通のハンバーガー。

 カズヒラの持ち込むようなハンバーガーのような一風変わったものではない。

 観察を済ませたコードトーカーはおもむろに齧り付く。

 カリッと香ばしくも柔らかいバンズ。

 肉の旨味を食感を閉じ込めたパティ。

 瑞々しいトマトにレタス。

 さっぱりとさせながら、刺激は柔らかい玉葱。

 それぞれを纏め上げるトマトソース。

 調和する味わいと食感を味わい、ゴクリと飲み込んだコードトーカーは目を見張る。

 

 「美味い…」

 「それは良かったです」

 

 にっこり笑う蝙蝠には一切目を向けず、まだ残っているハンバーガーを見つめる。

 美味かった…。

 それは間違いない。

 だがそれだけでもない。

 身体の奥底から湧き上がる力に、日常生活の中で披露する僅かな倦怠感や疲労感が癒やされるような感覚。

 食事によって得られる感情の中にはそう言ったものもあるにはある。…が、これは効果が大き過ぎる。

 

 「すまないが調理する様子を眺めさせては貰えないか。それとおかわりも」

 「構いませんけど?」

 

 首を傾げる蝙蝠にコードトーカーは研究者としての視線を向けるのである。

 その後、コードトーカーの下を訪れたカズヒラは様々な研究器具を扱い、バットが持ち込んだハンバーガーを調べ尽くす姿に疑問符を浮かべるのだった…。


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