日が頭上高くに位置し、温かな日差しが降り注ぐ昼頃。
チコはエルザの執務室に御呼ばれして、優雅なティータイムを楽しむ………予定だった。
まるでお通夜のように静かに淡々とケーキとお茶を口にしながら、短く会話を交わすばかり。
失礼だと解っていながらもチコは小さなため息を漏らした。
対してエルザはそれを注意や疎むよりも深く理解して気にしていない。
原因はダイヤモンド・ドックスを包む暗く淀んだ空気感にあった…。
ついこの間の任務でバットは少年兵の命を救う事が出来なくて、ずっとそれを引き摺っているようだ。
自身に小さな子が居る事から余計に感情移入しているのと、助けられた
あの時ああしていればと悩み、それに対して掛ける言葉を持ち得なかったチコは眺める事しか出来ない。
今二人が口にしているケーキは気持ちを落ち着けようと、マザーベースに帰還してから厨房で一心不乱に作り続けたケーキの一部である。おかげで厨房にある業務用冷蔵庫の一つがケーキで満杯になって、腐らないようにスタッフ一同は消費に協力することに…。
それとバットが
少年を救えなかった任務にてスカルフェイスと対峙したバットは会話を行っており、どうも二人は敵対しているも知り合いらしいことが判明したのだ。
その内容を無線越しに記録していたカズは即座に指令室に居た者に他言無用と命じ、情報共有の為に信頼のおける一部の者に伝えている。
オセロットは情報を集めて探ってみると疑い、カズはそれに真っ向から対立している。
元々対立する事の多い二人と疑いを知った一部の者から発せられる不穏な空気はチコにもエルザにも重くのしかかっている。
「…美味しいわね」
「うん…」
気の利いた事が言えれば良かったのだが、短い生返事を返すしか出来ない程にチコの感情も揺さぶられていた。
無論バットを信じている。けれどもならば何故と信じているからこそ疑念がぐるぐると渦巻いて仕方ない。
二人して大きなため息をついていると外が騒がしい。
声からして子供の声が混ざっている事からまたかと眉間にしわを寄せる。
暗くしている要因のほとんどがバットであるが、すべてという訳でもない。
バットが任務に当たっていた頃、スネークとクワイエットによる少年部隊の隊長“ホワイトマンバ”―――本名イーライの回収を行ったのだが、これがまた厄介な子供で中には被害にあった兵士もいるほど。
気位が高くて下に見られる事も子ども扱いされること、本名で呼ばれる事などを非常に嫌い、誰彼構わず牙を向ける。
スネークやオセロットにまで抗い格の違いを見せつけられても牙は折れていない。
そればかりか研ぎ澄まして隙あらば狙っている節すらある。
兵士の中には子供扱いしたり、本名で呼んだ事で襲われて大怪我を負ったものまで居るほどだ。
戦闘能力は子供と思えぬほど高く、精鋭であっても気を抜けば負かされるだろう。
そんないつ爆発するか分からない爆弾が不機嫌そうに練り歩いているのだ。
雰囲気も悪くなるというもの…。
「またやらかしたのかしらね?」
「怪我人でたかな…新兵辺りは舐めてそうだからなぁ」
最近治療する者はイーライに襲われたものばかりとぼやくエルザ。
新兵の教練を担当する者としてイーライの接し方も伝えるべきかと考え始めたチコ。
頭痛が起こりそうなほど思う二人の前に予想外の事態が訪れる。
「―――ッ、匿ってくれ!!」
「「―――はい?」」
肩を大きく揺らし、呼吸を乱しながら執務室の扉を乱暴に開けたのは件のイーライであった。
が、その様子は酷く慌てている様子。
初めて見た表情と“匿ってくれ”と頼まれた事に驚き過ぎて、間の抜けた声を漏らしてしまう。
呆けた二人に舌打ちひとつ零したイーライは、すかさずベッドの下へと転がり込む。
どういう事だと思ってベッドへ視線を向けていると、イーライが慌ててきた元凶が現れた。
「こっちに
居たのは息も切らさずに駆け込んできたバットであった。
何が何だか訳の分からない二人はただただベッドの下を指差した。
示された方向へと近づいたバットはおもむろに手を突っ込んで、動いてなるものかとベッドの脚部を抱きしめるように抵抗するイーライを引き摺り出す。
「離せクソ蝙蝠!」
「任務だって言っただろう!」
「一人で行け!!」
「俺一人だと誰が面倒見てくれるんだ!」
「知るか!?俺に面倒押し付けんな!」
「指揮能力があって高い戦闘能力ある奴ってお前しかいないんだよ」
「五月蠅い!良いから放せぇええええ!!」
騒々しく連れ去られていくイーライに視線を合わすことなく離れていくのを声だけで確認した二人は何とも言えない表情を浮かべる。
「この紅茶美味しいな」
「もう一杯飲む?」
「そうしようか。フルーツケーキの次はモンブラン食べようか」
重い空気から妙な空気へと変わった室内で、二人はお茶会を続行するのであった。
俺は俺の王国を築き、仲間と共に君臨していた。
大人にも負けないし、何者にも囚われない戦場での暮らし。
ここ(戦場)こそが俺達の住まう世界であると高らかに存在していた。
だというのにその王国は一夜にして崩れ去った。
依頼を受けたスネークによる襲撃…。
仲間は一人、また一人とこちらが気付く前に捕縛されて行き、奴は俺の前に立ちはだかった。
今まで負けた事なんてない。
舐めた態度を取った奴、ガキ扱いしてきた奴、従わせようとして来た奴などなど、俺より長く年を重ねたってだけで偉そうにする大人達は全員殺して来た。
だから俺の障害となるこいつも殺してやろうと戦い、完膚なきまでに敗北を味合わされた。
俺を含めて全員怪我させる事無く全員捕縛なんて手加減して舐めやがって…。
自身が今まで築いてきた王国もプライドもずたずたにされ、連れて来られたマザーベースでは餓鬼として扱われ、普通の生活や教育といった
何もかも奪っておいて当てつけて来る奴らが本当に腹が立つ。
「
殺気立って近寄る奴らを睨んでいたら近寄ってきた
どうも一人で任務に向かわすには不安に思われているらしく、
なんで俺が…とも思ったがこんな所に居るよりは気分転換になるだろう。
それに「頼み方がなっちゃいねぇ」と言えば「よろしくお願いします」と素直に頭を下げて頼み込んできた事に
その甘い考えが間違えだったと気付いたのは戻ってからだった…。
正直バットと言う男を見誤っていたのは認める。
戦ったから分かるが奴の格闘能力は恐らくスネーク以上…。
オセロットには劣るが早撃ちは見事で、銃弾の嵐の中で負傷することなく駆け抜けたり、一瞬で怪我を完治させるといった人間離れした力を有している。
戦場にて救えなかった子供の事を未だに引き摺るほど甘ちゃんだが、戦場で人を殺すなという矛盾を押し付ける事は決してない。自分が不殺を貫いたとしてもそれを強要する事は無く、寧ろそれで身を危険に晒すのであれば容赦するなと考えている。
それと俺を餓鬼扱いは一切見せずに一人の戦士として扱うあたり気に入っている。
だけどそれで味を占めたのか任務に出る度に俺を連れて行こうとするようになってしまったのだ。
面倒で仕方ない…。
断ったら断ったで余計面倒な事が起こりそうで結局付いて行くことになるのだが…。
ため息を吐きながらヘリに乗り込む直前に渡された弁当を食らう。
急いで作った在り来たりなものですまないと謝って来たが、十分に美味いと思うのだが…。
ガツガツとかっ喰らっては水筒に口を付けて流し込む。
弁当の中身を空にして胃を程よく満たしたところで空箱を投げ捨てて視線を無理やり連れ込んだ蝙蝠に向ける。
「…任務内容は?」
「感染症の調査で訪れた男女二人がプライベートフォースに捕虜にされたのでその救出」
「なら敵対者は皆殺しにしても構わないな?」
子供らしさを求める大概の奴らならこの発言で顔を顰めるか、呆れや憐れみを向けて来る。
けどバットは顔色さえ変えずに答えた。
「勿論構わないよ」
「そうか」
「だからって捕虜まで撃たないでよ」
「分かっている。そんなへまするかよ」
「じゃあ行こうか相棒」
「…お前が相棒ってのが不安なんだが」
「酷いっ!?」
…前言撤回だ。
俺が餓鬼の相手をさせられているようだ。
小さくため息を漏らし銃器を手にすると着陸態勢に入ったヘリの扉を開ける。
まだ高さはあったが問題はない。
着陸まで待てないと言わんばかりに跳び下りると続いて蝙蝠も
ちらりと見上げると黒のロングコートが大きく揺れて、太陽を背に大きな羽を広げているようだ。
「昼間っから蝙蝠か…」
着地を決めたホワイトマンバのすぐ側に蝙蝠が降り立ち、お互いに顔を見合わせて得物の確認を行って進軍を開始する。
この感覚は好きだ。
戦場に降り立った蝙蝠は緩い雰囲気を纏うもピリリと肌を刺すような緊張感も漂わせている。
程よい緊張感が感性をクリアにして包む緩さが動きを自然さを付与する。
「さぁ、行こうか白蛇」
「あぁ、行くぞ蝙蝠」
目的地まで歩いて行くがそれほど距離は遠くなく、敵の哨戒にも引っ掛からずに進む。
ただ道中無線にて別動隊が捕虜が居る監視所に向かっているとの事。
多少急ぎ足になるもバットは二人なら大丈夫だろうとニカリと笑う。
「当たり前だ」と鼻を鳴らしながら
監視所に茂みに潜みながら近づけばそう遠くない距離より車両のエンジン音が響いてきた。
もう別動隊は到着していると見て良いだろう。
―――ニヤリと
茂みから様子を伺うと外堀に建てられたテントに横たわっている誰かが見えた。
バットが先に気付いていたのか双眼鏡で確認しており、それが捕虜だと送った顔の画像から司令部も確認が取れたと返信があったらしい。
テントは前後二か所に出入り口があって外側からひっそりと侵入するとバットは捕虜二人に寄り添い、俺は内側向きの入り口に背中を向けて立っていた兵士の後頭部に銃口を突き付けてトリガーを引いた。
銃声が響き渡って頭から鮮血が飛び散って兵士は地面に転がった。
「えー…やっちまいましたねぇ…」
「あぁ、やっちまったな」
「良い笑顔しちゃって…ま、始めましょうか」
「違う。もう始まってんだ!」
「ですよねー」
銃声を聞きつけて敵兵がわらわらと動き出し、俺は銃を構えて溜まりに溜まった鬱憤を晴らすようにどんどん撃ち続ける。
捕虜二人を伏せさせたバットも“仕方なし”と立ち上がって跳び出す。
お互いに防衛戦に向いていないんだ。
なら遠く離れない位置で暴れに行った方が捕虜に被害が出なくて良い。
そして悔しさ混じりにアイツとの実力差を瞳に刻む。
早撃ちで六名を撃ち
大人だからとかそんな次元ではなく、
いや、あそこまで見せつけられたらもはや笑うしかねぇ。
好き勝手に暴れ回った結果、片や戦闘不能に陥った敵兵がそこらで気絶し、片や死体の山を築いて監視所は完全に沈黙した。
安全を確保した事で捕虜の二人をさっさとフルトンで送り、俺らは帰還用に呼んだヘリの着陸地点に向かう。
道ながら先の熱が戦闘の熱が抜けきっていないからか口が妙に滑った。
「どうやったらお前みたいになれる?」
口にしてから本当に妙な事を言ったものだと思った。
敗北を味わわされたオセロットとスネークには憎しみや恨みを抱きはしたが、ああなりたいとは思った事はない。
なのにこいつに対してはそう思ってしまった…。
可笑しな気持ち悪さが喉に引っ掛かる。
違和感に首を傾げているとバットは乾いた笑みを浮かべた。
「それは無理だ」
あっさりとした否定。
バットに対しても口走った俺に対しても驚きを隠せずバットの横顔を見つめてしまう。
「だって白蛇はコマンダーだろ?俺みたいな阿呆だと不味いって。“リキッド”は人の下ではなく上に立つ男だからな」
「そう言う意味じゃあねぇ……って“リキッド”?」
聞いた意味合いが違うと思うが、その前にバットが言った“リキッド”と言う名が気になった。
その問いに今度はバットがきょとんと首を傾げた。
「その
「リキッド…リキッドか」
口の中でその単語を転がし、フハッと息を吐き出すように笑う。
本当にこいつは良いな。
飯は美味いし、接していて楽だし、実力は確か。
さらに
気分よくヘリに向かうリキッドにバットはぼそりと呟いく。
「なぁ―――ヴェノムさんに勝ちたいか?」
悪い笑みを浮かべるバットにぱちくりと瞬きした白蛇は酷く楽しそうに嗤う。
スネークは任務より帰還するとオセロットからの連絡により、人気が少ない物資集積に使ってあるプラントに来ていた。
この前の事が気に入らないのかイーライが俺に勝負を申し込んでいるという。
無視して何かしら問題を起こされても困るし、オセロットからも相手をしてやってくれと頼まれたので、こうして訪れたのだがイーライが一向に姿を現さない。
呼び出して忘れたという訳ではないだろうが…。
「…待たせたな」
コンテナの陰よりゆっくりと姿を現したイーライは不敵な笑みを浮かべる。
その手にはスタンロッドが握られていた。
「ほぉ…ナイフや鉈でも持ってくると思ったんだがな」
「お前は俺達を殺さず無力化しやがった。なら俺が出来ない訳がない」
「らしくないな
「その名で俺を呼ぶな!!」
付き合い自体は短いが手合わせした事で奴の凡そ性格を掴んでいたが、それとかなりのズレを感じる。
誰かの入れ知恵を疑うもそうそう耳を傾けるような奴じゃない。
そう考えてわざとイーライと呼んでみればやはり過剰な反応を見せた。
本質は変わっていない。
怒り任せにスタンロッドを投げつけてきた。
スイッチから指が離れればただの棒………だと油断したスネークは目を見開いて飛び退く。
投げられたスタンロッドは電流を帯びていたのだ。
避けた事で目的に当たらなかったスタンロッドは床に転がった。
そちらに気を向ける間もなくイーライが手榴弾を放り投げる。
物陰に隠れようと横っ飛びに跳んで身を隠すとボフっと破裂音の後に煙が周囲に撒かれる。
「スモークグレネード!?」
思わぬ攻撃手段に戸惑っていると煙の中からイーライが駆け出してきて先ほどのとは別のスタンロッドを振り被った。
慌てて手元を掴んで投げ飛ばそうとするも、柄から手を離されたことでスタンロッドを奪うだけで投げるには至らず、イーライはそのまま煙の中へと消えて行った。
確実に戦法が違う。
ちらりと転がっていたスタンロッドへと視線を向けるとスイッチのところにテープが巻きつけられ、ずっとオンのままにされていた。確かに投げても電流を纏っている訳だ。
これは手ごわいと気を引き締めて周囲を警戒しながらイーライを探す。
それから何度か攻めて来るも本格的に襲って来る事は無く、スモークグレネードを使って煙を定期的に巻き、身体の小ささを生かした素早さと周囲のコンテナなどを利用して姿を隠したまま動き回る。
何度も何度も襲ってきては煙を撒くを繰り返して厄介ではあるが、これではイーライには不利過ぎる。
体力は劣っていて持久戦に向いておらず、戦闘技術では確たる差があって決定打をこちらに与える事はない。
なら勝ちに拘るアイツならどう動く。
決まっている。
今までの流れを刷り込んで何か勝つための策を取る筈だ。
「そろそろ終いにしないか!」
こちらの位置がわかるように声を張ると、コロンと投げ込まれた手榴弾が転がる。
しかし今度は煙ではなく甲高い破裂音と閃光は散らされる。
スタングレネードによって目と耳を潰すのが奴の策だったのだろう。
「―――シィッ!」
「甘い!」
目を潰し、耳が使えものにならなくなった俺を倒そうと襲ってきたイーライを今度こそ投げ飛ばす。
床を転がされたイーライは不思議でならないだろうが、こういった手段を使う奴を間近で観ていただけに、何となく予想というか予感があったのだ。
さすがに耳は無理だったが目は閉じる事で防ぐことは出来た。
平衡感覚は怪しいがそれを察せられないように振舞い、スタンロッドに電流を纏わせながら向ける。
転がっていた状態から立ち上がろうと片膝をつき、こちらを睨むように見上げるが勝負有りだろう。
「勝敗は決まったな」
片膝をついたイーライは立ち上がり、持ってもいないのに銃を構えた動作をする。
何だ何だと思いながらもどうも既視感を感じて変な汗が流れた。
「―――バン」
銃声を真似したかと思うと足元に本物の銃弾が床に当たって火花を散らして転がった。
カランカランと転がる弾丸を眺め、俺は両手を上げて降参を意思を示す。
どこか納得できないようにむすっとするも、若干スッキリしたのか頬は緩んでいる。
「俺の勝ちだ」
「やったねリキッド!」
何処に隠れていたのか現れたバットがイーライとハイタッチする。
いつの間に仲良くなったのか…。
疑問を抱く前でバットは勝利記念に宴会だ!と騒いでイーライは悪くないとほくそ笑む。
向かいのプラントに視線を向ければ狙撃銃を肩に担いだクワイエットがこちらを眺めているようだ。
さすがに非武装でクワイエットの伏兵は卑怯だろう。
小さくため息を吐き出すスネークは、とりあえずバットは説教すると確定させるのであった。
●ちょっとした一コマ:揺らいだ信頼、信じたい心…
カズヒラ・ミラーは頭を抱えて悩んでいた。
悩みの種は現在裏切者の疑惑が浮上したバット…。
あり得ないと思うもあのスカルフェイスとの会話からして以前から知り合いだった事は明白。
それもただの知り合いではなく、何かしら取引または協力関係にあったと考えられる。
疑い始めたらキリは無い。
確かにバットはマザーベースを離れていて工作は出来なかったが、大まかな施設の構造や当時所属していた兵士などの情報を教える事は出来る。
サイファーと接触する機会はパスと共に暮らしていると言っている事で可能だし、寧ろサイファーと契約する事でパスの安全を図るなど繋がるだけの理由もある。
メタルギア同士の戦いから海に落ち、良くも悪くも戦場にて知られたバットが十年に渡って完全に姿を隠せるだろうか?
…力のある組織なら容易に可能なのでは…。
駄目だ。
疑念が深まってきた。
頭を振るって渦巻く不安を振り払う。
疑念もあるが疑問もまだ残っている。
まずパスと今でも暮らしているというのであればサイファーと敵対する意味が解らない。
敵対している風に装ってこちらの信用を勝ち取るという手法もあるけど、元々疑っていなかっただけに無意味。
そしてなにより会話を信じるのであればバットはスカルフェイスとの間で誰かに報復心を向けたことになる。
バットが報復に走るような相手とは誰だ?
この疑問が解消するまで完全に疑う事も無い。
逆に言えばそれが溶けた際に疑念が確信に変わる可能性があるかも知れないという事。
俺はどうすれば良い?
信じたい一心で仲間を危険に晒してはいないか?
オセロットのように疑って接するべきなのか?
共に“ピースウォーカー計画”を食い止めた数少ない戦友を疑って…。
「クソッ、俺はどうしたら良いんだ…」
俺はバットを信じたい。
けど本当に信じても大丈夫なのか?
悩むだけでは一向に答えが出ない。
答えが姿を現すのはそれらが結果となってからだろう。
だからこそ不安と期待が入り混じる。
「これを
ガブリとバーガーに齧りつきながらカズは苦悶の表情を浮かべる。
外側は胡麻が振り掛けられ、こんがりと焼き目を付けながらも内側はふんわりとしたバンズ。
シャクシャクと瑞々しいレタスに果汁溢れる厚切りトマト、酢漬けで仄かでさっぱりとした酸味に歯応えが良い玉葱。
本来は一枚の所を二枚重ねにしたパティに、スパイスの効いたハンバーガー用ソース。
美味いな。
これだけ食べ応えが肉らしさのあるパティが牛肉ではなく大豆で作られているというのだから驚きだ。
実質野菜ばかりで作られているバーガー。
僅かながらカロリーを気にして女性客も居る事だからヘルシーさを売りに打って出るの問題ないだろう。
カズはダイヤモンド・ドッグズと関係なく、バーガー屋を独自に経営している。
けれどあまり売り上げは良くなくて、バットに起死回生をかけた新商品の開発を依頼したのだ。
本日はその試食会。
赤字塗れの経営状態を鑑みれば疑い深くもなるもの。
しかしながらこれはいけるのではと期待を高める。
通常はパティ一枚にしたり具材を平均的に戻し、食べ応えが欲しいのなら今齧り付いたように厚みを増やせば良い。
評価しながら手と口を動かして間食し、次のバーガーに手を伸ばす。
今度はヘルシーさを無視したがっつり系。
バンズの間には揚げた鶏もも肉に甘酢餡がかけられ、塩に漬けて酸味を抜いてしんなりさせた玉葱が乗せられ、さらにその上には濃厚なタルタルソースがたっぷりとかけられている。
チキン南蛮バーガーとは良いな。
ガツガツと食べ始めたカズは手が止まらず、側に置いてあったコップに口を付ける。
中にはこの間話に出た液体窒素を使ったアイスクリームが入っており、少し前に飲んだ通常の物と比べて食感が違って面白い。
なによりも液体窒素を使ったパフォーマンスは一種の見世物となり、見ていて楽しいという視覚効果に訴えかけてくれる。
味以前にそちらで注目しているものだ。
少し食べてから放置していたのでアイスが溶けて、微妙に飲み物らしくなってそれをごくごくと飲み込む。
こってりとした脂分が冷たく甘味の強いアイスジュースによってさっぱりとする。
代わりに口内は甘ったるくなったんだがな。
「どうですか?」
「美味い!非常にな。後はうちで雇っている料理人がレシピ通りに作ってどれほどになるかだ」
だけど勝負に出ても良いと判断しよう。
そう思いながら三種類目のバーガーである間にとろみをつけたすき焼きのタレと玉葱にゴボウを合わせた牛肉のスライスを挟んだスキヤキバーガーを食べ始める。
判断は自分の舌だけでなく、他にも呼んだモニター役の満足気な様子も加味しての事だ。
チコもエルザも獰猛でキレやすいイーライまでも笑みを浮かべて齧り付いている。
これならば問題ある筈がない。
「これら新商品で勝負に出よう。勿論契約通り成功の暁にはそれなりの報酬を払うぞ」
俺はお前を信じるぞバット!
決意を決めたカズは契約を結んだ意図を込めて手を差し出してバットと握手を交わした。
満足気に笑みを浮かべているとノック音が耳に届く。
振り返ってみるとそこには扉をノックしているオセロットにパイソン、スネークが冷やかな視線を向けながら立っていた。
ダイヤモンド・ドッグズの資金振りに不明金があって、それを俺がバーガー屋に使っているのではないかと疑われたまま。
決定的な証拠はないが十二分に怪しまれてはいるのだ。
「俺達も参加しても良いかな……ミラー?」
「ち、違うぞ!これは断じてそういったのでは…バットも何とか言って―――」
身振り手振りも合わせて違うと言うも彼らの視線は冷たい。
証言して貰うべくバットへ振り返ればそこにバットは居なかった。
いや、バットだけではない。
チコもエルザもイーライも姿を消していた。
テーブルの上に残っていたバーガー類も共に…。
「あいつらぁ…」
「さ、話を聞こうか」
カズはオセロットによって任意同行という名でありながらも実質強制的に連行されていくのであった…。