『僕嫌われちゃったかな…』
無線越しに肩を竦ませながら呟くヒューイの声にバットは苦笑いを浮かべる。
前回セシールを保護したスネークとバットは遺跡へと辿り着きはしたのだ…。
武装を確認し、周囲を警戒し、覚悟を決めて、ヒューイより渡されたIDカードを電子ロックの扉を開閉を行う認証システムへと通す。
通す。
扉はピクリとも反応せず、認証されていないことを示すブザーが鳴るばかり。
ヒューイが言うにはストレンジラブ博士は人間嫌いな所があり、気に入らないとすぐに入出許可のIDから外すのだ。
昨日まで使えたのに今日になったら使えなくなったという事もままあると言う。
少なからず好意を持っていたヒューイの頭の中は、核発射よりも彼女への想いでいっぱいだった。
何故僕が彼が好意を抱いているか知っているかと言うと、渡してほしいと言われた手紙を見てしまったからである。
…好奇心には抗えなかったよ…。
ちなみにスネークさんも見た。
AI兵器の事が書かれているかもと期待してだが、結果が結果だけに見たという事は僕らだけの秘密である。
「ほら元気出してくださいよ。計画に反対したから上からの指示で消されたのかも知れないですし」
『そうかなぁ…そうなのか?そうだよね、うん』
何とか励ましつつ、僕らは来た道を戻る。
ヒューイのIDカードが使用不可なのは痛かったが、まだ研究所に入る希望は残っていた。
保護された今はマザーベースで限定的ではあるが久しぶりの自由を満喫し、吸えなかった煙草やお風呂を満喫しているであろうセシールさんが脱出の際に盗んだIDカード。
道中の兵士に没収されたとの事で、その兵士よりIDカードを奪取する。
IDを外されていなければまだ使える筈だし、別件でも戻らねばならない理由もある。
「ボス!それにバットさん!お待ちしておりました」
戦った…というより一方的に墜落させたヘリの現場には多くの
彼らはヘリの回収要員として集まっており、ついでにこの辺りを警戒してクリサリスが行き来している事から、対クリサリス戦も想定しての武装を届ける役目も与えられていた。
僕には身長が伸びたと言ってもスネークさんほどがっしりとしていないので、軽量かつコンパクトで取り回しが良い携帯用の使い捨てロケットランチャー“LAW”。それとM16A1アサルトライフルに代わり、0.9キロも軽い小型軽量カービン“M653”が渡された。
スネークさんはアサルトライフルはM16A1のままだがグレネードランチャーを取り付け、ミサイル兵器として携帯対地空ミサイル“FIM-43”と携帯型無反動砲“カールグスタフM2”を受け取った。
重装備となったがあのクリサリスと戦うならこれぐらいは必須だろう。
「それとこの近辺を警備していた兵士を捕えましたところコレを」
「IDカードか。助かる」
差し出されたIDカードを受け取ると礼を言ってポーチに仕舞った。
スネークさんが所持したのを確認した僕も、装備を仕舞ってもう一度研究所のある遺跡へと向かう。
すでに制圧していたにもか関わらず、道中にはスカウト兵が潜み、またかと辟易しながら全員をフルトン回収していった。
面倒ではあるが彼らはスカウト…偵察兵と言う事もあって諜報系のスキルが高いのだ。
説得して仲間になってくれたら
少し手間取りはしたものの、無事に研究所である遺跡前に戻り、今度はIDカードで扉が開いた。
ようやくAI研究を行っている遺跡へと足を踏み入れると、出迎えたのは敵意剥き出しの敵兵―――ではなく一頭の馬であった。純白の白馬は目の前で鳴き、スネークの手にすり寄って来た。
「まさか…そんな…」
「誰だ?」
白馬に覚えがあるのかスネークが戸惑いを見せたその時、離れた位置より声が届いた。
髪を短く切りそろえ、瞳はサングラスで隠し、手を完全に隠す手袋に赤いコートと長い裾より覗くズボンとシューズ。
遠目に見れば男性にも見て取れる女性は資料で観たストレンジラブ博士そのものだった。
「ストレンジラブ博士ですね?」
「…蝙蝠に蛇……待ち侘びたぞ。恋しかった訳ではない。寧ろ憎い」
“憎い”と言いながらもその口調は寂しく虚しい響きを持っていた。
博士は左手首辺りにぱらりと粉を巻き、匂いを嗅ぐと壁にもたれかかる様に空を仰ぐ。
敵地の真ん中まで侵入してきた二人の兵士を前に、警戒することなく余裕ある態度を見せる様子に不気味さを感じる。
「動くな!」
「動くな…か。武器を手にした人間は皆
中身がまだある事を気にせずカップを捨て、無抵抗を示すように両掌を広げて見せて腕を上げた。
銃口を向けても尚恐怖などの感情は見られず、逆に穏やかな笑みを浮かべている。
撃たれても構わない。いや、撃ってみろという態度にこちらが余計に警戒する。
「私の研究成果を壊しに来たんだろ?――――知っているぞ。お前たちが十年前に何をしたのか。さぁ、
十年前…。
それはバットとスネークが初めて出会い、共に戦場を駆け抜けた時期。
知っていると言ったうえで同じように殺せと言う言葉が
察せない筈がない。
銃口を向けるスネークが冷や汗を流し、感情を大きく揺らされた。
バットがそっと銃に手を乗せ、ゆっくりと下げさせる。
「僕達は殺しに来たんじゃない。それにここには確かに壊しに来ましたが、今は壊すよりも貴方とお話がしたいですね」
「私としても話がしたいところだ。ただその相手は
「世界中の戦士を失望させ、任務のためにと真の英雄を殺した。それがお前の“忠”か?答えろ!!」
「…あ、あの女は祖国を裏切り、核を盗んで亡命し、ソ連の地にアメリカの核を撃ちこんだ。アメリカが潔白を証明するには裏切者のあの女を自らの手で抹殺するしかなかった…。そうしなければアメリカとソ連は全面核戦争に突入していた」
「それが真実か?」
吟味するかのようにスネークの言葉を聞いた博士は瞳をジッと見つめたまま問う。
サングラス越しにも感じる鋭い視線。
強い意志を感じさせる博士と戸惑いが雰囲気に漏れているスネークの間にバットは入り込まず、成り行きをジッと傍観する。
「これが
間が空いて出したスネークの答えは、雄弁に真実を示唆するものだった。
“語られている真実”と言うからには自身は語られていない真実を知っていると言っているようなものだ。
答えに満足できない博士は鼻で嗤い、呆れ果てた様にため息をつく。
「お前は最も愛した恩人を汚名を着せたまま葬り去る気か?」
感情が揺さぶられ震えるのが伝わる。
しかし告げる事は許されない事に口を紡ぎ沈黙が続く。
それを破ったのはスネークではなく博士だった。
「彼女に逢わせてやろう」
「なに?」
「お前が殺し、私が蘇らせた」
「馬鹿な…」
「吸うか?ただの
言われるがままに博士が手の甲に撒いた嗅ぎ煙草をスネークは吸う。
「お前も吸うか?」と向けられるも遠慮させてもらった。
吸うのであれば作戦終了後に葉巻をスネークさんと吸うと十年前から決めているのだから。
博士に案内されるがまま遺跡内とは思えない鉄で覆われた廊下を歩き、多くの機器が並ぶ一室に連れていかれた。
室内にはファンを回して動き続ける機械類とコードをもってして繋がっている円柱型の機械が鎮座している。
ピューパやクリサリスに取り付けられていたAiポッドに似ている…。
「計画への協力と引き換えにCIAが知り得たザ・ボスのあらゆる情報を吸収し、私が産み落とした“モルフォ蝶”だ。
「ザ・ボスを機械で再現しようと言うのか!?」
「妙な動きはしない方が良い。この部屋内ではボタン一つでお前たちを炭素の塊に出来る」
感情を再び露わにするスネークが何かしないように淡々と脅しを口にする博士。
その間に機械的な音が混ざりながらも優しく聞き覚えのある声が響く。
『ジャック?』
「…ボス…なのか?」
「私はママルポッドと呼んでいる」
「ママルポッド…」
相手はデータを持つだけの機械…。
そう思いながらもスネークは求めていた人物の声に反応せざる得ない。
招くように外郭を覆うカバーが外され、頭脳たる内部が姿を現す。
スネークはカバーが外されたママルポッドの内側へと入り、ゆっくりとカバーが降ろされた。
僕はそれを一切邪魔することなく見送った。
ここから先はスネークさんと“彼女”の問題なのだから…。
奴がママルの中に入り、私は同じようにママルを見つめていた兵士に目を向ける。
グロズニィグラードの一件を調べた資料の中にあったスネークと共闘していた工作員。
コールドマンにより色々とデータを漁らせはしたが、グラズニィグラード以前のデータは存在しない。
噂と在籍記録などは存在するもどのような任務に就き、どのような生活を送って来たかなどは一切なし
スネークと違って対峙はしたものの、彼女を殺した張本人でない事もあってか、彼に対してスネークの様に憎悪の感情はない。
寧ろ当事者の彼なら闇に葬り去られようとしている真実を知っているのではと期待が籠る。
「蝙蝠。敵地に潜り込み敵を味方に引き込んで内部より崩壊させる工作員。十年前の作戦では多くのソ連兵を帰還させたことでソ連では英雄扱いらしいな」
「みたいですね。英雄と言われるとむず痒いですけど」
「確かに見た目は戦場に不釣り合いな優男のようだしな」
「ははは、初めて優男なんて言われました。最近なんか周りは化け物扱いしかしてくれなくて。それか着せ替え人形……何でもないです」
本当に
彼が兵士
「貴方は一体どんな関係だったんですか?」
「この世に置き去りにされた人間だ」
バットは私の考えなど気にせず問いかけて来る。
問いかけたいのはこちらであるが、何故か私の口は自然と開いていた。
私は幼いころから星空を眺めるのが好きだった。
太陽は沈み、宵闇が支配する空間に出て、冷えて澄み切った外気を吸い込み、無限の彼方にある恒星達をマンチェスターの地より眺め、憧れや興味を掻き立てられた。
その頃の空と言えばドイツ軍の空襲に怯える恐怖の対象であったろうが、私は夜空を夢を持って見上げ続けた。
いつの日かその場所に到達すると。
けど夢はあっさりと崩れ去った。
私の肌は存外に弱かったのだ。
ちょっとでも日光に当たっていると肌は真っ赤に腫れあがる。
宇宙に出れば嫌でも太陽の光をより強く当たる事になり、そこに私は行く事は叶わない。
だけど夢を完全に諦めた訳でも無かった。
当時の私は幼い子供であっても子供らしくは無かった。
感情的で非合理的で単純な同年代の子供達と異なり、十歳の頃には近所にあったチューリング博士の家で数理論理学を議論していた。
博士は他の男たち程馬鹿ではなく「そのうち計算機が知能を持つ時代が来る」との言葉に私は強く心を動かされた。
そこからは勉学を励んで飛び級して米国へ留学、カルフォルニア工科大学に在籍していた時に設立されたNASAへと志願した。当時の私はコンピュータエンジニアの一端であり、その技術を欲していたNASAは採用。
行くことは叶わなくなってしまったが、夢の一端に関われると喜んだ。
仕事は楽しく、夢の一端を追っていた私はソ連に対抗して計画された有人飛行計画“マーキュリー計画”に配属され、豊富な資金と資料を基にチンパンジーを乗せた弾道飛行に成功させた。
歓喜に沸くその最中、予備パイロット兼アドバイザーとして一人の女性が着任してきた。
そう、それが私と彼女―――ザ・ボスとの出会いだった。
美しいブロンド。
精悍な口許。
厳し気な眼差しながらも悲しみの光を灯した瞳。
会った瞬間、私は彼女に惹き付けられた。
どうしてこの時期に彼女が赴任してきたのかと疑問を抱き、その答えはすぐに知る事となった。
ソ連の有人飛行計画が上層部の予想と異なって数か月先だと解り、負けるわけにはいかないと計画の前倒しが言い渡された。
ようやくチンパンジーを乗せて宇宙飛行したばかりだというのに急いで安全な有人飛行をしろというのだ。
短すぎる期間では十分な実験は出来ないし、いきなり本番を行ったとしても乗せておいて失敗する訳にもいかない。そんな中で上層部の連中は政治的理由で窓を付けろと言う。
無茶を言わないでほしい。
窓なんてつければ強度は下がるし、宇宙線の問題だってある。
公式に発表された初の宇宙飛行士となるであろう英雄達パイロットを乗せての実験は許可が下りる筈はない。
そんな中、彼女は要請に応えた。
自分にも他人にも厳しく、聡明で宇宙の様に無限とも思える膨大な知識を持って、彼女は的確なアドバイスの下で計画は着々と良い方向へと修正されて行った。
その時こそ一番の幸せだったと思う。
同性だった事もあり、彼女には仲良くしてもらった。
仕事も楽しいし、夢を追う事に高揚する事もあるが、それ以上に彼女と一緒に居る幸せは何とも甘美な物だった事か。
計画は進んでいくが、解消されてない問題もあった。
パイロットへの安全性だ。
彼女は自ら志願した。
最初からそう決めていたかの如く…。
危険極まりない実験を私は何とか中止になるように進言したりレポートを提出したりもした。
だけど彼女はそれを拒み続けた。
本来なら誰にも話してはならない極秘作戦を語ってでも…。
誰も知らない彼女の一面を知り、深く立ち入った私はさらに惹かれて行った。
そして実験が行われ、彼女は帰って来た。
飛行は順調に進んだが帰還時に急ごしらえの窓により外郭が変形。突入時の角度がズレて着水して、海中へと飲み込まれて行った。
ザ・ボスは海面に浮かんできたが全身打撲に火傷、宇宙線被曝などで生きているのがやっとの状態。
昏睡状態にある彼女の回復を祈る傍らでラジオからソ連の有人飛行が無事成功した事が伝えられた。ソ連は成功してこちらは着地の失敗に大けがを負わしたと知られないように無人機の飛行と言う事になり、ザ・ボスは別の作戦に参加していた事にされたがそんな事はどうでも良かった…。
私は彼女が目覚めるまで片時も側を離れなかった。
夏が終わって冬に差し掛かった頃にようやく彼女は目を覚まし、私は喜びの余り堪らず彼女に抱き着き、優しく彼女は受け入れてくれた。
それからは語った。
リハビリの合間に彼女が見た宇宙の事―――ではなく、宇宙から見た地球が如何に儚く掛け替えのない存在である事を。
今まで夜空を見上げるだけだった私は地上を、身近にあった大地を見てこなかった事に気付かされた。
それから彼女はリハビリが終わると姿を消した。
突然の別れに寂しさと虚しさを感じるも、驚かないどころかそれが当たり前のように思ってしまう。
彼女はまた任務に赴き、忠を尽くすのだろう。
それからはあの悲劇を繰り返さないように人工知能の研究に没頭し、四年後に彼女が“売国奴”として殺された事を知ったのだ。
気付けば長い間語ってしまっていた。
本当にらしくないな。
「あの時から私はスネークを…いや、それ以前からだろうな。憎しみと嫉妬を抱いたのは」
「嫉妬?憎しみは解かりましたけど…」
「彼女が語ってくれた極秘作戦だけど、あの眼差しは私に聞かせている様子ではなかった。我が子に聞かせるような口調で、あの場に居ない誰かに対して………無駄話が過ぎたようだ」
「あー…嵌められました?」
「私にそのつもりはない。これはコールドマンの指示だろう」
複数の足音が近づいて来た。
無粋な連中だ。
もう少しで聞けたかもしれないというのに。
「来たら抵抗しますけど―――どうします?」
「ここで銃撃戦は止して貰おう」
たった一人でも相手をする気満々なのだろう。
戦闘記録にも目は通しているので、彼なら向かってきている連中に勝つことは十分可能だろう。
ただその過程でママルが傷つくのは正直困る。
無線機を使って兵士達と連絡を取る。
どうやら向かってきている部隊は私の護衛が目的であり、二人への対処はピューパとは違うもう一つの“蛹”に任せるとの事。
ならばとママルは輸送ヘリで移送させるとして私は輸送ヘリの下へ行くと連絡を入れて場所を指示。
この一室には入れないようにロックをかけておく。
同時に端末を操作してママルポッドのカバーを外し、急に開いた事にスネークが戸惑う。
出来ればこのまま殺したいところだが、私はまだ目的を達成していない。
外に出て状況をバットに確認すべく外に出た事を確認し、カバーを戻すと室内の上部を解放して空の下にママルポッドを晒す。
頭上にはすでに戦闘ヘリが待ち構えており、ぶら下げられたワイヤー付きのフックにママルポッドが引っ掻けられる。
咄嗟にスネークとバットが銃口を向けるも、そこで撃墜などしてしまったら自分達へと降って来るのは明白。
任務を達成したい気持ちはあるも死ぬ覚悟でする気はないらしい。
上に警戒を向けている二人に黙って私は背中を向けて研究室より退出する。
もはや戻る事の無い
するとそこにはここまで兵士達を運んできた輸送ヘリが止まっており、周辺には警戒する兵士達が待っていた。
「博士!お急ぎください!」
「解っている。アンダルシアンはどうした?」
「すでに。手間取るかと思いましたが自ら搭乗してくれました」
輸送ヘリにはすでにアンダルシアンを格納した事を確認する。
アンダルシアンはザ・ボスの愛馬でスネークと共に彼女の死を看取った後、爆撃されるグラズニィグラードから逃れウラル山脈を越え、海まで越えてイギリスへと渡った。
私がイギリスの乗用馬マーケットで出会えたのは奇跡に近いだろう。
いや、彼女が残したもの同士を引き合わせてくれたのかも知れない。
輸送ヘリに乗り込み、窓から見下ろしていると遺跡より駆け出して来たバットとスネークが見えた。
「死んでくれるなよ。まだ私はお前たちに聞きたい事があるのだから」
霧が立ち込めるここで
●ちょっとした一コマ:
ここには戦闘分野から科学技術、医学などの優れた人材が集まって構成されている。
姉さんもここの医療班にお世話になり、共闘体制を敷いたりと関係を強め、今は契約もしている。
僕も一人前の戦士になるべく多くを学ぶ。
ナイフ戦、銃撃戦、格闘戦とあらゆる戦闘技術。
自然を用いた迷彩、トラップ、食事に治療などサバイバル術。
生きるに必要不必要関係なく教えられる座学。
年齢的にも精神的にも肉体的にも幼い僕は徹底的に鍛え直された。
どの分野でも教官を務めてくれる彼ら・彼女らに劣るが、いずれは並ぶぐらいの技術と体得したい。
そうすればただの子供ではなく、姉さんや仲間を護れる戦士に成れる筈だと思うから。
ただここに来てから今まで以上に大人に憧れる思いが強くなり、それに対して悩む時間が増えた気がする。
子ども扱いから脱する想いも有って大人の真似事をして大人になった振りをしようとしていた。
タバコなどが良い例だ。
全国すべての大人が…と言う訳ではないが、僕の周りにいた大人たちは煙草を吸っていた。
今では幼い行為だったなぁと思うも吸う事に対して憧れの気持ちが女々しく残っているのも事実。
だけど吸う事=大人と言う認識は薄れている。
大人って何だろうと首を傾げる。
自分が尊敬する大人に聞けばいいのだろうけど、スネークは忙しくて中々捕まらない。
姉さんに聞いてもどうせ子ども扱いされるだけだし、スコウロンスキー大佐やグラーニン博士に聞いても過去の体験談交じりの長話になるだろうし、カズは語ろうとして周囲により捕縛されていた…。
「大人…大人ねぇ…」
と言う事で僕はエルザさんに聞いてみる事にした。
エルザさんは年上と言う事もあるが、落ち着きが合ってしっかりして大人びている。
今もこうして問いかけても茶化すことなく真面目に考えてくれている事から間違いではなかったと思う。
悩んだ末にエルザさんは「少し歩こうか」と僕を連れて医療班の一室より退出した。
無言で歩いていると周囲に居る人たちに目が映る。
やはり煙草を吸っている人が多い。
どれも大人っぽいなと思っていると、ふふっと小さく笑っていた。
「大人っぽく見えた?」
「―――ッ!?…はい」
まるで心を覗かれたようで顔を赤らめ照れる。
そう言えばとエルザさんが超能力を扱う事を思い出す。
「言っておくけど読んでないわよ。多分そうなんだろうなぁと思っただけ」
「単純だと…子供っぽい考えだと思いますか?」
「出来ない事に憧れる。覚えはあるわ。そしてそれは今でもね」
何処か悲し気に告げられる言葉に何があったのかなと思うも聞いてはいけない気がして喉元で止める。
別段気にしてないようにすぐに表情は変わったが、どう声をかけて良いか戸惑って何でもない空気が重く感じてしまう。
そんな中、騒がしい声が耳に留まる。
何だろうと思っているとエルザさんも気になったのか眉を潜めながらそちらに向かう。
向かった先は海を眺められる広いスペースにシートを敷き、つまみに酒類を持ち込んで宴会している様子が広がっていた。
「もう何をしているんですか?」
「見て判らんか?」
「解っているからこそ聞いているんですけど」
いつも酒を飲んでいるグラーニンに注意の意図も兼ねて問いかけたエルザに、度数の高い酒を飲みながら飄々と答える。
他にもカズやスコウロンスキー大佐、それから無理やり誘われたのか酔い潰れたソコロフ博士などの姿があった。
どれだけ飲んでいたのか知らないけど皆がかなり酔っているのは酒臭さと雰囲気から察せられる。
「おう坊主。お前もいっぱい付き合え!」
「何誘っているんですか?」
「ガハハハ、もしかしてデート中だったか。それは悪い事をしたな」
「そ、そういうのじゃないよ!」
こういうのは嫌いだ。
酔って気分が上がっているのか誰かを揶揄ってそれを肴にする。
酒もタバコ同様に大人が嗜む物だけど、こういう人をよく見るので手を出そうとは思わない。
それ以上にデートと言われて真っ赤に染まった顔をどうにかしたい。
確かにエルザさんは綺麗だし、大人っぽいし、意識していないと言ったら嘘になるけど…。
思っていると余計に顔が暑くなり、またもよった連中に絡まれる。
そんな中、ベルトをカチャカチャと音を立てながらカズが立ち上がった。
「俺の本当の姿を見てくれ!!――――ふべらっ!?」
酔いが回り過ぎていたのだろう。
ベルトを外してズボンをずらそうとしていたカズは宙に浮き、海…はさすがになかったけど壁に叩きつけられ変な声を漏らして、張り付いた壁よりゆっくりと床へずり落ちて行った…。
様子を眺めていた皆は「宴はしまいにするか」と焦りながら片づけを始める。
「―――チコ君」
「ひゃ、ひゃい!?」
静かに呼ばれた事にびくりと身体を振るわし、素っ頓狂な声で返事をする。
「大人って言うのは年齢を指す場合が多いと思うけど、私は自らの行動において自ら責任を取れる人の事だと思う――――だからあんな風にはならないでね」
にっこりと笑っているようで全然笑っていない笑みを向けられ、僕は必死に頷く事しか出来なかった。