「どうだ?最新の集中治療室に入院した感想は?」
薬品の臭いが漂う病室にひとりの男性がやってきた。
ネイキッド・スネークはいたるところから痛みを訴える身体を無理やりにでも起こして、短く刈り揃えた白髪にいつになくスーツ姿の男性と向き合う。
不敵な笑みを浮かべる男性は『ゼロ』のコードネームを使っているゼロ少佐だ。特殊部隊『FOX』を立ち上げたひとりでスネークの上官である。
病室に現れたゼロにスネークは困った表情で返す。
「背広の連中に面会時間を教えてやってくれ。
昼も夜も質問攻めだと治る傷も治らん」
「軍上層部の事情聴取だな」
「そんなんじゃない。あれはもはや尋問だ。
奴らによれば俺はザ・ボスの亡命を助けた売国奴らしい」
ザ・ボス…。
第二次世界大戦中には自ら結成したコブラ部隊を率いて活躍し、大戦後にも様々な特殊部隊創設に関わった『特殊部隊の母』。ソ連でも有名で戦士の意味を持つ『ヴォエヴォーダ』と呼ばれている。
高い知能に格闘戦術、カリスマ性とどれをとっても最高の戦士と呼ぶに相応しい女性。そしてスネークの師である。
彼女は兵器科学者ソコロフをソ連から亡命させる『バーチャス・ミッション』の戦術アドバイザーとして参加していた。心強い味方を得て、問題なくミッションを遂行したが最後の最後に突如として現れてソコロフを奪い、小型核砲弾二つを手土産にソ連へ――ソ連軍過激派将校ヴォルギン大佐の元へと亡命した。
構えていた銃を一瞬で分解する技術、自分とは格が違う格闘術。驚きと尊敬…そして何故裏切ったのかという相反した感情が彼女を思い起こすと心の中で渦巻いた。
そんな思いを余所にゼロはどこか悲しげな表情を浮かべる。彼とて現実としては認識しているが心のどこかではこれが夢ではないかと疑っていたりしている。それほど彼女の裏切りは衝撃的過ぎた。
「連中には処分する対象が必要なんだ。私も含めてね…」
「あんたも対象に?」
「うむ。お互いヒーローにはなりそこねたという事だ」
「そうか…。俺達の『FOX』も死ぬのか」
「いや、狐はまだ狩られない!
今日来たのは…そう、我々の『FOX』の汚名を返上する為だ」
「なんだって?」
「状況が変わったんだ。
まだ我々が生き残るチャンスはある」
「なんのチャンスが!」
「落ち着け。葉巻でもどうだ?ハバナだ」
落ち着くようにと取り出された葉巻を渡され、感情的になりすぎた自分を落ち着かせる為にも葉巻の吸い口を切って火をつける。口の中にまろやかにして豊潤な味わいをゆっくりと味わいつつ吐き出す。ゼロは落ち着くまで近くの壁にもたれ、火が中ほどまで渡るまでジッと待ち続けた。
「今朝CIA長官から呼び出しを受けた」
「CIA長官に?俺達の処刑時期が決まったか?」
「違う。いいかよく聞くんだ。
昨日ホワイトハウスにある人物から連絡が入った。
第一書記から大統領へのホットラインだ」
「第一書記…ソ連の最高権力者から!?」
「そうだ」
驚きを隠せなずに目を見開く。対してゼロはどこか渋い顔をしていたことから良くない事もあったのがうかがい知れる。
「最初はこちらへの非難だった。
突如自国の極秘研究所が核攻撃に遭い、領空内には我々が使っていた航空機が目撃されたのだ」
「当然疑われるだろうな」
「しかし大統領は第一書記と密かな約束事をする事によって見事全面核戦争は回避され、私達の首はまだ繋がっていられる」
「それが先ほどの渋い顔の理由か。
一体なにを言われたんだ?」
「…もう一度ソ連領内へ潜入する」
「なに?」
「第一書記はこちらの潔白の証明としてザ・ボスの抹殺。残りの小型核砲弾の回収。ソコロフの救出。シャゴホッドの開発状況の調査及び破壊。
―――そしてヴォルギン大佐殺害」
「おい、俺は殺し屋じゃないぞ」
「分かっている。だが、ソ連政府の要請だ」
「―――」
「この件になにを言っても無駄だからな。大変だがやり遂げねば私達は明日にでも銃殺されるだろう」
「はぁ~…ソ連政府の協力は?」
「これから交渉するがあまり期待は出来ないだろう」
「だろうな」
「しかしCIAからは協力を得られた。
君が『バーチャス・ミッション』で会ったと言っただろう?」
「ああ…バットか」
ザ・ボスに銃を分解され、二人で創り上げたCQCで完膚なきにやられ、片腕を折られ、吊橋より谷底の川まで落とされて意識が朦朧としていた時に出合った少年。ギリギリ目元が見えるぐらいまでは戦場では見られないほどさらさらな髪をなびかせ、服は黒をベースにした迷彩服とロングコートを着込んでいた。
『バット』とコードネームを名乗った少年は気がついた時には、俺の身体中の怪我を治療していた。見た目中学生なのに応急処置は見事なものだった。見た目と技術が結びつかない。気になって回収された後でゼロ少佐に事を話して調べてもらったのだ。
「バット――真っ黒なコートを羽のようになびかせ、小柄なことから蝙蝠のコードネームを持つ男。
CIA職員でも極僅かな者しか知らないエージェント…中にはパラミリとも言う者もいるが…」
「言われている?なんだか不確定な情報だな」
「仕方ないじゃないか。調べようとしても『そんな職員は名簿にありません』と返って来るだけだったんだからな。長官からは名前しか教えてもらえなかったし、あとは噂程度のものしか集まらなかったんだ。
ひとりで100人以上を倒したとか、元KGBだとか、イギリス出身の女性だとかいろいろ――」
「少年だ。しかもアジア系の少年だ」
「確かか?」
「確かも何も俺はこの目で見たんだが…」
「何にしても彼がまだ現地で潜入を続けているという。
どういう意図があるかは分からないが今回の作戦の協力をしてくれるらしい。
まぁ、どの程度のものかは保証しかねないが…」
「何もないよりはマシと言う訳か」
大きくため息を吐き出して葉巻を咥えながら頭を軽く掻き毟る。
ラスヴィエットの廃工場内
起きてからゲーム(そう信じている)と休憩を繰り返してずっと採取とスキルのレベリングに励んでいる宮代 健斗は満面の笑みで黒ずんだ暖炉の前で火を焚いていた。
ヴォルギン大佐に捕らえられているソコロフの元監禁場所に使われていたこともあって最低限のものが揃っている部屋を根城に、数日ばかり生活している。
『数日内に蛇が入るまで潜め』
このキャラクターの上司だと思われる男から連絡が来たと思ったらこの一言である。
何の目標もなく潜めと言われたときは『どうしろと!?』と叫びたくなったがすぐにどうでも良くなった。ここでの食事はリアルでの何よりも楽しみなのだ。
ドレムチイ南北に東部、沼沢部などを隠れながら探索を繰り返した結果、健斗が『食糧庫』と呼んでいるボックス内には食料で溢れていた。溢れているといっても初日に食べた林檎の様な果実のヤーブラカマラカと黄色い縦長の実のガラヴァばかりだが。
食事が物足りないリアルと違って果汁も果肉も美味しくて食事が楽しいと思えた。しかしヤーブラカマラカを食した後にガラヴァを食べたらヤーブラカマラカが美味く感じなくなったのは驚いた。それほどガラヴァが美味しかったのだ。それからはメニューのヒントを見ながらいろんなものを調理して食べた。
かなり引きながら食べた鼠が美味しくて、期待した鳥が不味かったのは予想外すぎた。美味しくなさそうに感じたもののほうが美味しいのかと期待して食べた蛙は不味くてがっかりした。そのなかで気に入ったのは蛇だ。アミメニシキヘビにオオアナコンダは量も味もすごく気に入った。
健斗は尖らせた枝に切り分けたヤーブラカマラカを刺して火で炙る。普通に食べるのであればヤーブラカマラカを食べるのだが今日は良い物が手に入ったのだ。バルトスズメ蜂の巣と表示された蜂の巣だ。蜜は甘くて美味しいのだがのどに絡みつく。そこで思ったのが瑞々しい果実にかけてみようと。リアルで検索すると果実を炙って食べる食文化もあったらしいのでそれにも挑戦だ。温かみを帯びたヤーブラカマラカにハチミツをかけて頬張る。味は満面の笑みをする健斗の表情で察していただけるだろう。
美味しいので二つ目を刺しながら犠牲になった蜂と兵士に心の中で感謝する。特に兵士のほうはたまたま蜂の巣の下にいて、撃ち落した瞬間、蜂に襲われてしまった。本当にすまないと思ってます。
二つ目に口に含みながらふと副産物が眠るベッド下を見つめる。
簡易なベッドの下にはちょっとした穴があって食料調達の際に見つけたアイテムを隠したのだ。Mk22サプレッサーにMk22弾薬、グレネードにスタングレネードにチャフグレネードにスモークグレネード、地雷探知機などがそこらへんに落ちていたのだ。さすがゲームと思ったのがピンも抜けてないグレネードが転がっていた時を見たときだ。どれだけ危険な場所かと思ったよ。
アイテムや武器が多いのは戦いに幅が出て良いことなんだろうが問題もある。
ライフ回復薬3つにペンタゼミンが一つに、地雷探知機一つと赤外線ゴーグル二つ。後から眠らせた兵士から回収したAK-47とマカロフを合わせた9丁と、M37ショットガンとSVD狙撃銃が1丁ずつ。チャフ・スタン・スモーク・通常のグレネード系統が合計7つにM1911A1・AK-47・XM16E1・Mk22の弾薬などとちょっとした武器庫が完成しつつある。ようは一人分にしては多すぎて扱いに困っているのだ。潜入任務を考えるとショットガンは使うのは気が引けるし、狙撃銃を使おうにも装填されていた弾薬以外に予備の弾薬もないのは痛い。一番困るのはM1911A1弾薬である。持ってない銃の弾薬をどう使えというのだろうか?出来るならモーゼルの弾薬が欲しいのだけど落ちてないんだよな。
「というか弾薬や銃器が転がっているのがおかしいのか…」
考えている途中で少し感覚がずれていた事を呟くが返事は返ってこない。
ピコンと脳内に機械音が響いて炙っていた実をそのまま頬張ってステータス画面を開く。ステータスのユニークスキル欄に野戦料理人がD-からDに変わっていた。食料を採取し調理する事で糧食と野戦料理人のレベルが上がっていくのだ。別段戦闘には何の効力はないのだが…。
次の実を刺して蜂の巣を乗せる分だけ切り取ると中から軟膏が入っているチューブが現れた。何も言わずに冷めた目で見つめポケットの中に仕舞う。この軟膏には嫌な思い出がある。恐る恐る蜂の巣を食べた時に美味しさに驚いてかぶりついて食べているとき、何口目で中央部に届いた歯がチューブに穴を空けたのだ。ハチミツと軟膏が混ざった味が口内に広がって吐いたっけ。二度と蜂の巣はかぶりつかない。これ絶対。
大きな欠伸をしながら時間を見ると現在午後の11時でそろそろ休めと文字で画面が覆い尽くされるので一旦休憩も兼ねてログアウトしなければ。
火を消してログアウト画面を出している最中に今日拾ったものを仕舞っていないことに気付いて腰のポーチより取り出す。
野戦用の【レインドロップ】と書かれたユニフォームに顔に貼り付けてペイント用のスプレーをかける髑髏の形に穴を開けられているフェイスペイント【ゾンビ】の面とスプレー缶。
本当に何で落ちているんだろうと疑問を抱くも、ゲームだからと考えを投げ捨てる。ベッドの下に仕舞うとさっさとログアウトボタンを押す。黒い霧に覆われた健斗の姿はメタルギアの世界より消え失せた。
元ソコロフを監禁していた部屋の扉が勢いよく開けられ大きな音が辺りに響く。同時に迷彩が施された戦闘服と目のところしか開けていない覆面をつけた兵士がAK-47を構えて突入してきた。4名の兵士は辺りを警戒しつつ部屋内を見て回るが誰も居ない。
「誰も居ないな…」
「ああ、やっぱりここに誰か居るというのはなにかの間違いじゃないか?」
「……そうでもないぞ」
何処か怯えたように声を震わしながら言葉を交わした二人に暖炉前で屈んだひとりが不安げに言う。手袋を外して暖炉内に残った灰を触り、温度を確める。
「まだ温かい。つい先ほどまで誰かがここにいたんだ」
「まさか!周囲には二チームが待機しているんだぞ。破られた様子はない」
「だいぶ前より火がついてたってことじゃあ…」
「いや、木が燃え尽きる前に消された痕跡がある。誰かはここにいたんだ」
中ほどから先には燃えた様子のない木の棒を見せ付けられて兵士たちは顔を青ざめながらがたがたと身体を震わす。
彼らはここにある話を聞いて調査に来たのだ。
数日前にある兵士がこの部屋で灯りを確認して内部へ調べに入ったのだ。すると今日と同じで誰も居らずに残り火がくすぶっていた。この付近では日中に黒い人影のようなものを目撃した兵士も居て、自分達に敵対する者かどこかの諜報員が潜んでいると判断したのだ。
しかし、何度訪れても発見できなかった。
黒い人影を追っていた兵士は森の中で姿が霧状になって消えたなんて叫びパニック状態で入院。部屋を訪れていた兵士も怖がり精神を病んで同じく病院へ。
彼らはそれを確める為に来たのだが自分達も目の当たりにして寒気が止まらない。
「な、なぁ…これってゆうr―」
「そっ!そんな非科学的なものが居てたまるか!!絶対どこかに潜んでるんだぜ」
「だ、だよな。幽霊なんて居るわけが…」
「……そういえば噂が出始めたのって大佐が研究所を吹き飛ばした頃からだったよな。もしかしてここに出るのって…」
兵士達は身動き一つ出来ずにその場で固まる。
ゴクリと唾を飲み込む音が妙に大きく聞こえた。
体感する温度が冷たくなったような気がし始めて手足が震える。
ギィイイイイイ…
開けたままだった扉がゆっくりと閉まろうとした。音に驚いたのと勝手に閉まる扉で恐怖は最高潮に達して兵士たちは悲鳴を上げながら部屋を飛び出していったのだった。
ステータス変化
・スタッフ能力:糧食― → 糧食D
新ユニークスキル
・野戦料理人D
戦場で作った料理に疲労回復と士気向上の効果付与。
調理速度の向上。
効果はスキルのランクによって変化する。