ここには多くの墓が並び、静けさだけとゆるりと流れる風で満たされていた。
人気はなく、活気もない。
まさに死者が眠る場所である…。
そこを一人の人物が歩いていた。
ソ連の危機を救い、アメリカの潔白を晴らした英雄――コードネーム【ネイキッド・スネーク】。
潜入ミッション時の野戦服ではなく軍の制服に袖を通し、手入れをしていなかった無精髭を剃り、身嗜みも整えていた。
手にはオオアマナの花束とザ・ボスが愛用していたパトリオットが収められた鞄を持って……。
一つの墓の前に立つをゆっくりと屈み、花束とパトリオットを供える。
墓の主の名はザ・ボス…。
アメリカでは恥知らずの売国奴として…。
ソ連では核兵器を撃ち込んだ狂人として…。
汚名を着せさせられた真の英雄…真の愛国者…。
スネークはザ・ボスに勝利した。
ふら付きながらもパトリオットに手を伸ばすザ・ボスに対して、投げ飛ばされたダメージを受けたスネークは自身の死を覚悟したが、無意識に懐から取り出した銃を撃っていたのだ。
モーゼルC96――バットより渡された自動拳銃。
パトリオットを向ける最中に腹部に弾丸を受けたザ・ボスは手からパトリオットを落とし、その場に倒れ込んだ。
よろめきながらも急いで駆け寄る。
腹部を押さえながら痛みを堪えているザ・ボスは優し気で暖かな笑みを浮かべ、じっと見つめた。
銃創の位置から確実に臓器を貫通しており、近くに医療施設もないこの場ではもう助からない…。
死に際のザ・ボスはヴォルギン大佐が持っていた【賢者達の遺産】のデータを記録したマイクロフィルムとパトリオットを俺に渡し「ジャック…いえ、貴方はスネーク…素晴らしい人…さぁ、私を殺して…」と告げて来た。
今もあの穏やかな声と撃った感覚が鮮明に思い出される。
「ボスも蛇も二人はいらない…一人でいい…」
ザ・ボスを殺害し、ヴォルギンを排除し、アメリカの潔白を証明した俺は【ザ・ボス】を超える称号として【BIG BOSS】の称号を大統領自ら授かった。
サポートしてくれた兵器や軍事技術の専門家のシギントに体調管理のサポートをしてくれたパラメディック、そして上官であるゼロ少佐を含んだ大勢からの拍手も喝采も、大統領からの賛辞と称号もすべてが虚しく、ぽっかりと空いた穴から零れ落ちるように抜けていった…。
ソ連より脱出しアメリカへの帰還途中、EVAが残して行ったテープより事の真相を知った…。
EVAはKGBでも元NSAでもなく、中華人民共和国人民解放総参謀部第二部スパイだった。しかも米中ソ共同出資の施設で潜伏工作員候補として育てられ、対米諜報技術訓練所を卒業した賢者たちの工作員。
任務は賢者の遺産の奪取。
そのためにKGBのスパイとして潜り込んだのだという。
亡命した元NSA両名は男性で、当初の予定なら殺して入れ替わる筈だったアダムは現れず、殺すことなくEVAとしてスネークに接近した。
誰も気づかなかった。
ソコロフもヴォルギンもスネークも…ただ以前教官をしていたザ・ボスだけは騙せなかった。
しかし彼女はヴォルギンに教える事は無かった。
代わりに真実を託されたのだ。
ザ・ボスの亡命はアメリカ政府が賢者の遺産を手に入れる為に仕組んだ偽装亡命だった。
彼女であればヴォルギンも気を許し、任務である賢者の遺産のありかを探る事も可能と判断しての事だ。
偽装亡命は上手く行き、あとは探るのみと思われたが、ヴォルギンが小型核弾頭デイビークロケットでソコロフ設計局を撃って消滅させた事で用意されていたシナリオは大きく変更せざるをえなくなった。
何しろアメリカの核兵器をソ連内で使われたのだ。
持ち込んだのは亡命したザ・ボス。
フルシチョフ第一書記より潔白を求められたが、当初の目的を中止する事も出来ないアメリカ政府は潔白を証明する為にザ・ボスの抹殺を決定。
そんな自らの死が決定した任務をザ・ボスは分かっていて遂行して見せたのだ。
生還も自決も逃走も許されず、俺の手によって殺されることがザ・ボスに与えられた責務…。
後世に雪がれることのない汚名を着せられ葬られる。
軍務の為に仲間に背く、常人ならとても耐え切れない重荷を背負いながら…。
俺は公言出来ない。
汚名を晴らすことは出来ない。
何故ならその行為はザ・ボスを否定する―――彼女の死を無に帰す行為に他ならないからだ。
だから俺は…俺達だけは決して忘れる事は無い。
この真実を。
本物の英雄たる彼女の事を…。
死するその時まで忘れる事は無い。
立ち上がり姿勢を正したスネークはザ・ボスの墓標に今回抱いたいろんな感情を抱えながら敬礼をする。
心が落ち着きを取り戻すまでじっと敬礼を続け、区切りをつけると来た道を戻って行く。
ここのポッターズフィールド入り口近くまで行くと、見知った人物がそこに立って居た。
共にスネークイーター作戦を闘い抜いた戦友―――バット。
こちらに気付いたバットはニコリと微笑みを向ける。
彼は変わらず黒のロングコートに黒の野戦服姿で、腰のホルスターには約束通り返したモーゼルC96が収められてあった。
「もう良いんですか?」
「あぁ…今は…な。それよりお前は参らなくて良かったのか?」
「師弟の間に割り込む様な無粋な事したくないですしね」
バットはそういうと寂しげに笑った。
死に際のザ・ボスはゆっくりと色々と語ってくれた。
その中にはバットの事もあり、一度短い間ではあったが手合わせして、秘めている才能に勿体なさを感じたのだとか。
どうやってかは分からないが、まだ幼いながらもあれだけのCQCを獲得しており、中々の戦闘スキルを持っているが、圧倒的に経験が足りずに生かし切れていない。もし縁があるのであればアレも鍛えてみたかったと…。
その事を伝えると嬉しそうに、そして悲しそうに頷いていたか…。
「これで終わりですねぇ」
「そうだな…っとそうだ」
これでお別れだなとしみじみしているとある事を思いつき、ポーチより葉巻を取り出す。
「葉巻はまだ余っているか?」
「余ってますけど…」
「帰還したんだ。一服付き合え」
「ボク未成年」
「見つからなければ問題ないだろう」
「つまり見つかれば問題があると分かっているんですね」
大きなため息を吐いたバットは諦めたような笑みを浮かべ葉巻を取り出した。
「そう来なくっちゃな」
「もう…仕方なしにですから」
ふふと笑みを零しながら吸い口の反対を切り、火をつけようとジッポを取り出そうとするとバットが先に取り出して火をかざす。火が消えない様に手で風を遮っており、そこに咥えた葉巻を近づけて火をつける。
口の中に広がる葉巻独特の味を楽しんだら、鼻からゆっくりと抜く。
「美味しそうに吸いますね」
「お前も吸い始めれば分かるさ」
「そういうもんなんですか」
「さぁ、次はお前だな」
葉巻は銜えたまま、今度はスネークがバットへジッポを翳す。
火が風で揺らぐのを同じように空いている片手で防ぐ。
「ほら、どうした――――――バット?」
いつまで経っても葉巻に火をつけないバットに不審がって火からバットへ視線を向けるとそこには誰も居なかった。
驚きつつ辺りを見渡すが周りには人っ子一人居ない。
隠れる場所もないのに音もなく姿を消したのだ。
急に目の前が真っ暗になったバット―――宮代 健斗はゴーグルを取ってベッドから上半身を起き上がらせ、自室である事を確認する。
プレイ時間的にも大丈夫と思っていたが結構していたのかなと首を傾げる。
凝り固まった身体をうんと伸ばし、少しでも解す。
「楽しかったなぁ。こういうのを神ゲーって言うんだよね」
嬉しそうに独り言を呟きながら、喉の渇きを癒やそうと飲み水を取りに行く。
ゲーム内で味わった果物の果実に比べたらとても味気ない物であったがとりあえず良いだろう。
なにせ、一周目をクリアしたのだ。なら今度は二周目のクリアを目指して行くのみ。
今度はどうしようかな。
前のゲームデータを引き継げるだろうからスネークさんを引っ張っていく感じで行こうか。それとももっとバックアップに徹するべきか。
そうだ。
このゲーム会社にレビューを送らないといけないのかな。ならもう少しプレイしてから書こうかな。
そんな事を想いながら鼻歌交じりにゴーグルを被り直して、ゲームの起動ボタンを押す。
【ソフトが入っておりません】
ゴーグルにはその文字しか表示されなかった。
おかしいなと思いながらゴーグルを外し、ソフトの挿入口を確認するがメタルギアのソフトが消えていた。
大慌てでベッドや周りも隈なく探してみたがソフトどころか届けられた時に入っていた箱や届け物の履歴データまで消えており、まるで最初っからすべてが無かったようになっている…。
ベッドの上に転がっている一本の葉巻を除いて…。
おまけ【ハプニングとその結末】
ザ・ボスとの決着をつけたスネークはEVAが待つWIGへと乗り込んだ。
すでに中にはグラーニンにニコライ、ジョニーにバットが先に乗り込んでいた。
グラーニン達が乗っているのはアメリカに向かう為ではなく、途中ソ連に狙われた時に止める役目を担っているだけで、途中でソ連軍に引き渡すべく降りる事になっている。
「終わったんですね、スネークさん」
「あぁ……そうだな」
静かにそう一言だけ伝えたスネークは腰を下ろして一息つく。
何処か辛そうな表情に他の誰も声を掛けなかったが、グラーニンだけは酒瓶の口を開けて差し出す。
「ほれ、飲め」
「……頂こう」
普段なら断っていた所なのだが、今は酒でも飲みたい気分なんだ。
どうにも心にぽっかりと穴が開いてしまったようで、無理やりにでも何かで埋めたい衝動に駆られる。
「出すわよ」
「お願いします」
エンジン音が響き渡り、湖をゆっくり進みながら徐々に離陸して行く。
「……上手いもんだな」
「大したもんでしょ」
コクピットより上機嫌そうなEVAの声が返って来て笑みを薄っすらと浮かべる。
突然の銃声に小さな爆発音、そして大きな揺れが襲って来た。
いきなりの揺れで体勢を崩した中、大声が届く。
「スネェエエエエエク!!」
慌ててコクピット付近の窓枠より外を確認すると個人用垂直離着陸機フライングプラットフォームに乗って追ってくるオセロットの姿が。
「どうしたんですか!?」
「オセロットが追って来た!」
「さすが山猫。執念深い!」
「そんな事よりどうする?」
こちらに気付いたオセロットは速度を落として後ろに移動して行った。
確実に乗り込んでくる気だろう。
ならばやる事は一つ。
「入ってくる気だ!」
「だったら迎撃するしかないですね!ジョニーさん手伝って!」
「了解!」
バットとジョニーが大急ぎでハッチの前に急ぐ。
ホルスターから銃を抜き、構えようとするところで固まった。
二人は
「馬鹿!逆だ逆!!」
「ふぇ!?」
「うぉっ!?」
突っ込みを入れている間にオセロットがハッチを蹴り開け、こちらに向かって飛び込んできた。
その時の衝撃でバットとジョニーは膝を突き、ニコライはグラーニンを護るように体勢を取る。
「とぉう!」
フライングプラットフォームから飛び移ったオセロットはワンバウンドしてバットとジョニーが開けたハッチより悲鳴を挙げて飛び出して行った。
呆然と皆で眺めると今度はジョニーが悲鳴を挙げる。
「どうした!?」
「腰の!!腰の爆弾がぁ~!!」
「爆弾?……あ、あー、あれか」
そう言えばとジョニーを味方に引き込む際に腰に葉巻を差し込んでバットが爆弾と言って怖がらせていたっけ。
見渡してみるとそれらしい葉巻が転がっていた。
手に取って見えるように掲げる。
「ジョニー。その爆弾の話なんだがな…嘘だ」
「ばくd……はい?」
「だからバットが吐いた嘘なんだ」
「え、じゃあアメリカの最新鋭の小型爆弾ってのは」
「存在しないな。あってもバットは持ってないと思うぞ」
マスクの上からでもパクパクと口を動かすジョニーに対してバットは笑いを堪えて肩を震わしていた。
「うぉ…ホッとしたら腹が…」
「おいおい!ここで漏らすなよ。外で――」
「いえ、博士。ここで外に出たら間違いなく死にますよ」
「そりゃあそうだ」
「「「「あははははははは」」」
「馬鹿な話している暇があるなら手伝って!!」
皆で大笑いしているとEVAの怒声が響き渡る。
コクピットへ振り向くとフロントガラスに映るのは岩肌。
計器よりアラーム音が鳴り響き、後方からは黒煙が上がっている。
「エンジンをやられたみたいなの!」
「グラーニンさん修理出来ます!?」
「出来るか!!それに出来たとしても間に合うか!!」
「ですよねー」
「良いから引いて!」
大慌てで駆け寄ったニコライにスネークがEVAの左右から操縦桿を引っ張る。その引っ張るスネークとニコライをジョニーとバットが引っ張って何とか機首を上げようと踏ん張る。
何とか機首が持ち上がり岩肌への激突は防ぎ、皆無事に脱出することに成功したのであった…。
あー…面白かったわね
そうじゃの。次はいつやるかの?
やっぱり―――――じゃないか
ではそれまでは真面目に仕事をするとしようかの…