後ろを振り返り距離を測りながら前にと向き直る。
スネークはEVAの操るバイクに取り付けられたサイドカーに座り、周囲への警戒を強めている。
背後にはヴォルギン大佐が搭乗したシャゴホッド。
シャゴホッドにはミサイル発射時の一時加速を行えるようにロケットブースターを装備している為、最大速度を考えるとバイクで引き離せる相手ではない。
しかしそこはEVAの腕の見せ所。
基地内の狭い場所を縫うように走り、曲がり、誘導するように付かず離れずの距離を走らせているのだ。
立ち並ぶ施設が邪魔で巨体から上手く速度を出し切れないシャゴホッドは追い付けず、前脚を振り下ろして障害物を踏みつぶしながら突き進んでくる。
追いつかれないのは良いが手持ちでは倒せる手段が無い。
一生追いかけっこが出来る訳ではないのだ。
「どうするつもりなんだ!?」
「なにが?」
「あいつをどうにかしないとまずいだろ」
「大丈夫よ。この先に陸橋があって爆弾を設置しているの。だから――」
「分かった。奴をそこから落すんだな」
にこっと微笑むEVAに笑みを返して抑制器付最新鋭突撃銃XM16E1を構える。
建物の脇よりヴォルギンの兵士が跳び出してスネーク達を拒もうと銃を撃ちまくって来る。
何故こいつらはあんな奴の為に必死に戦うのだ?
疑問を頭の隅に追いやりながらトリガーを引く。
べつに殺す必要などない。肩でも足でも腹でもどこかに当てて戦闘不能にすればいいのだ。
粗方倒れ伏したらEVAはそのままバイクを走らせて突き進む。
「スネーク!」
「どうした」
「しっかり掴まっててよ!!」
いきなり速度を上げられて落ちそうになるが踏ん張り背後を振り返る。
シャゴホッドとの距離はまだあって誘導するのなら速度を上げて逃げるほどでは無い。
棟と棟の渡り廊下に集まった兵士が銃口を向けて来る。EVAはそちらを無視して突っ切ろうとしているのだ。
弾丸が飛び交う中を突っ切り、渡り廊下の下を通過すると輸送用のヘリが横向きで高度を下げて来る。
出来るだけ身を低く構えて通り抜ける。
さすがに生きた心地はしなかった。
安堵した瞬間、響いた衝突音。
振り返るとシャゴホッドが渡り廊下に接触したのだ。
施設の間を縫うように追って来たため速度は低く、被害は壁に亀裂が入ったぐらいか。
そう思ったスネークの前でシャゴホッドは前脚を大きく振り上げ、まだ仲間が居るにもかかわらず渡り廊下へと振り下ろした。
「味方をやったのか!?」
「スネーク!横!!」
「なにぃ!!」
滑走路に跳び出したスネーク達の左右に同じようにサイドカー付きバイクに乗った敵兵が殺到してくる。
舌打ちを打ちながらトリガーを引き続ける。
輸送ヘリより兵士が降りて銃を構えるがそれどころではなかった。
『邪魔だ!!』
吐き捨てるように叫ばれた一言を耳にして振り返る。
シャゴホッドの武装には重機関銃が積み込まれており、その二門が激しい轟音と共に弾丸を放つ。
目標はスネークを止めようと動いていた輸送ヘリ。
瞬く間に蜂の巣となって空中で爆散し、破片と火炎が降りていた兵士達に降り注ぐ。
「味方ごと………違うな。味方を撃ったのか」
「本当にやる事がゲスイわよねアイツ」
「速度を上げろ!来るぞ!!」
障害物が無くなった事と滑走路というだだっ広いフィールドを得た事でシャゴホッドは本来の速度を出すことが出来る。しかもロケットブースターを用いた加速付きで。
危機的状況にも関わらずEVAは舌で唇を嘗めずり、ハンドルを握り締める。
急加速をかけられ慌ててしがみ付き、振り落とされない様に注意する。
文字通り火を噴いて追い掛けて来るシャゴホッドの巨体が急接近してくる。
追い掛けていたバイクを操っていた敵兵は危険を感じて遠のいていく。
背後からはシャゴホッドが迫り、正面はグラズニィグラードを覆う壁へと迫って行く。
ハンドルを切り、ブレーキをかけて、蟹走りで壁に近づく。
滑走路にはっきりとしたタイヤ痕が残り、ゴムの焼けた臭いが鼻をくすぐる。
壁すれすれで曲がり切った。
ロケットブースターを使用していたシャゴホッドはそうはいかずに、ロケットブースターを緊急停止し、急停止用のパラシュートを後方に展開して減速する。
その間に目標地点である陸橋を目指す。
見えて来た陸橋は二車線のものでシャゴホッドがギリギリ通れる程度の物。
多少古びていても頑丈そうな鉄柱を幾重にも使用して支えられている橋だ。そう易々と落とせるものではない。爆弾の威力に設置個所、橋の構造を理解して爆弾を配置しなければ落とすことは不可能だ。
猛スピードで陸橋を渡り切り、急停止したバイクより降りて対岸を見つめる。
結構、離されたシャゴホッドが砂煙を立てながら向かってきている。後は乗った所で起爆するのみ。
「橋の下に赤い点滅が見える?」
「――ん?あぁ、見えるが」
「シャゴホッドが乗ったら撃って!」
「撃つ!?起爆スイッチはないのか?」
「有線だとここまで届かないし、届くようにしても見回りに見つかる恐れがあったのよ」
慌てて銃器を確認するが狙撃用のライフルなんて持ち合わせていない。
ならばとサイドカーより最新鋭携行用対戦車ロケットランチャーRPG-7を取り出して担ぐ。
スコープ越しに三つの赤い点滅中央辺りに狙いをつける。
大きく息を吸い込みながらシャゴホッドが橋の中央に差し掛かるのを待つ。
ゆっくりと時が流れ、トリガーに掛かる指に力が籠る。
橋の中央に差し掛かったシャゴホッド。
爆弾へと向けて放たれるRPG-7。
幾つもの鉄柱を吹き飛ばし火炎と爆風が広がり、陸橋は中央から真っ二つに割れた。
舞い上がった爆煙により見えにくいが支えを失った中央部は谷底へと傾き、中距離弾道ミサイル発射装置を積んだシャゴホッドが耐え切れずに落ちていき、谷底へと消えていった。
さすがにあの高さから落ちて助かる筈はない。
終わった…。
安堵と共に大きく息を吐き出す。
響き渡る金属がこすれ合うような奇怪な音…。
まさかと思いながら落ちかける陸橋を見つめると残った前部分のみのシャゴホッドが加速し、斜めになっている陸橋をジャンプ台のようにしてこちら側に飛び移って来たのだ。
先ほど後ろを捨てたのは落ちるのを防ぐために軽量化したためであり、その事に気付いた今となっては遅すぎた。
着地の勢いで蟹走りするシャゴホッドは、スネーク目掛けて重機関銃を撃ち放った。
弾切れになったRPG-7を投げ捨ててEVAを抱きしめるようにして飛び退かす。重機関銃の弾丸が真っ直ぐ地面を抉りながら進み、スネークとEVAが離れたバイクを粉みじんに撃ち抜いた。
ガソリンに引火して炎上したバイクを背景にスネーク達は立ち上がりシャゴホッドを睨みつける。
『まだ終わってないぞ。スネェエエエエク!!』
ハッチより出て来たヴォルギンは酷く歪んだ笑みを浮かべた。
次の瞬間、電気を纏った両腕がシャゴホッドの装甲をぶち抜いて、配線コードを握り締めて現れる。
配線を引っ張り、電気を流すたびにシャゴホッドの前脚が動き、ゆっさゆっさと大きく揺れながら前進してくる。
「クックックッ、終わりだなぁ~スネーク!」
「クソッ!!」
悪態を吐きながらも抑制器付最新鋭突撃銃XM16E1を勢いに任せて乱射する。
弾丸はふんぞり返るように上げられたシャゴホッドの装甲により弾かれる。
それでも諦めきれずに撃ち続ける。EVAも十七型拳銃を撃つがまったくの無意味。
ヴォルギンは楽しそうに笑う。
「さぁて、とどめだ!!………ヌグゥ!?」
「なんだ!?」
取り付けられている重機関銃がこちらに銃口を向け、もう駄目かと諦めかけたスネークの前を一発の砲弾が飛んできてシャゴホッドの脚部に直撃、機体を大きく揺らされた事で銃口がズレて多少放たれた弾丸は明後日の方向へと飛び去って行った。
砲弾が放たれたであろう方向へ視線を向けると八台以上の戦車がこちらに向かって砲塔を向けていた。
「まさか奴の軍勢か!?いや、だとしても早すぎる!」
『スネェークさぁーん!!無事ですかぁー!!』
「この声…あの餓鬼か!」
「まったくタイミング良過ぎよ。もう少し早く来れなかったのかしら」
「本当に―――だが、助かった」
シャゴホッド上空を二機のヘリが飛び回り、空いた扉より数人の兵士がシャゴホッド上に乗っているヴォルギンへと撃ちまくる。前脚部を上げて銃弾を防がれて当てる事は出来ていないがこれでヴォルギンの動きは止まった。
「助かったぞバット!しかし基地の奴らはどうした?」
『基地に居た全兵士がボクらの味方です!ヴォルギンの行動が後押ししてくれたようで!!』
「アイツらぁ…」
そりゃそうだとしか言いようがない。
敵を倒すだけでなく、味方に対しても容赦なく攻撃していたヴォルギンを仲間と思う奴はいないだろう。
その結果がこれだ。
今や敵兵のほとんどが味方となった。
潜入したときとは立場が真逆だなと思うとふと笑ってしまった。
「ヴォルギン大佐!仲間を信じず、使い捨ての駒としか見ていないお前は仲間を裏切り仲間に見捨てられる!もはや味方する者はいない!あるのは壊れかけのシャゴホッドのみ………勝負はついたな」
「ヌゥウウウウウ、スネーk―――」
『皆!撃ち方始めて下さい!!』
ヘリより響き渡った声に戦車は勿論、対岸沿いに展開した歩兵たち全員が手にしている銃器を撃ちまくる。
次々と砲弾がシャゴホッド、もしくは付近に着弾して土煙を立てる。ここまで届いた弾丸がカツン、カツンと装甲に傷をつけて行く。
前脚と同じように腕を交差して少しでも防ごうとしている姿勢から腕を伸ばして叫び声を挙げる。
「まだだ!まだ終わっていない!!」
握っているケーブルに電流を流して無理やりにでもシャゴホッドを動かし、銃口を飛行中のヘリへと向けようとする。
あの重機関銃を装甲車でも戦車でもない、ヘリが受ければひとたまりもない。
弾切れになっているXM16E1をリロードする時間は無いと判断して、M1911A1を構え撃った。
一発の銃声が戦車の発射音より響いたように聞こえ、銃声と砲弾が一斉に止んだ。
ポタリ、ポタリと巻き付けてある銃弾から血が垂れる。
足元がふらついて立て直そうと踏ん張るヴォルギンは、胸元に手を当ててスネークを睨みつける。
「き…さま………貴様…よくもぉ……」
弾丸は狙い通りヴォルギンの左胸付近を撃ち抜いていた。
出血を抑えようとしっかりと押さえるが血は止まることなくどんどん手や身体を赤く染め上げる。
殺意を込めた瞳。
スネークは静かに銃口を上げて狙う。
次は脳天。
ここを撃たれて平気な生き物は居ない。
トリガーに指をかけ、引き金を引こうとした瞬間、銃声が鳴り響いた。
それはスネークでもEVAでもバットでもない。
銃声の発生源はヴォルギン自身だった。
巻き付けていた銃弾がスネークの銃弾を受けて暴発したのだ。
一発が暴発し他の弾丸へと当たり、また暴発する。
ポツリ、ポツリと銃弾が暴発するたびにヴォルギンの身体は痙攣を起こしたように跳ねる。
徐々に暴発音が乱立し始め、痛みで立って居られなくなったヴォルギンはその場で倒れるも暴発の音は止まらない。
シャゴホッドで見えにくいが暴発が原因で火が付いたか火の手が上がり、ヴォルギンが立ち上がる事は無かった。