第01話 『谷底の蛇と蝙蝠』
鳥の鳴き声を耳にしながら宮代 健斗は木々に抱きついて感触や感覚を楽しんでいた。植物なんて昔の記録映像やゲームなどの二次元で見た程度なので体感ゲーム内とは知りつつも感動で震えていた。
「木ってこんな感じなんだ………うわっ!?」
目の前に手の平サイズの虫が上から降りてきたことで驚きのあまり尻餅をついてしまった。
木も虫も初めて目にするものばかりで今は潜入系ゲームをプレイしているのを思い出して、辺りを見渡しながら口を塞ぐ。木々の間へと視線を向けるが人影はなく、ホッと胸を撫で下ろす。
自分の服装をチラッと視線を向けた後、自身の装備品の確認を行なう。コートに隠れるように左胸の辺りにホルスターが掛けられており、入れられていた銃を無造作に取り出した。
茶色いグリップ(握り)以外は黒で統一され、細長いバレル(銃身)とマガジン(弾倉)がグリップではなく、トリガーガード(用心金)の前にあったりと特徴的な銃――モーゼルC96。装弾数は10発。
モーゼルを横向きにして片手で握り構える。
自画自賛だが様になっていると思う。本当に自画自賛だが…。
元の位置にモーゼルを戻して今度は腰の銃を取り出す。
腰のホルスターには一見普通の拳銃にしか見えないが消音性を高める為に一回撃つたびにスライドを手動で引かなければならない消音麻酔銃――MK22。
「―――ん?」
今度は両手でグリップを握り締めて構えたが何か違和感を感じる。銃に詳しいわけでも、慣れている訳でもないがなにかが違う。そう、何かが足りないのだ。
何だろうと頭を捻りながら悩み、消音用のサプレッサーを取り付けたがこれも違う。そんな時に右胸のポケットに仕舞ってあったサバイバルナイフに気付いた。すると左手が勝手にナイフを逆さ持ちしたままMk22を構える。持ち難い筈なのにすごく安心する。脳内に《CQC可能》と流れてて驚くが、まずそのCQCが解らないのですが…。
他にも左腰辺りにポーチが複数あり、ひとつは弾薬。ひとつはスタングレネードやスモークグレネードなどの相手を無力化する手榴弾。ひとつは包帯や止血剤などの医薬品。ここまでは良い。最後のひとつには折り畳み式のダンボールにグラビア雑誌、そして葉巻……これらは戦場で必要なのだろうか?
疑問を抱きながら取り出した装備をポーチに仕舞って立ち上がると再びあの声が聞こえてきた。
『これよりチュートリアルを始めます。
銃に関しては握った際に情報を脳内に送るようにセットしましたのでそちらを参照してください。
このゲームでは体力以外にも腹ペコにも気をつけねばなりません。と言う事で目の前の木の上に実っている実を撃ち抜いて下さい』
言われたままモーゼルを構えて赤く実った実を撃ち抜いた。実は枝から離れて地面に落下。
さすがはゲームと言うべきか銃弾の直撃を受けた実は無傷だった。土で汚れてはいたが…。
『では、食してください』
「はい?」
『食してください』
「この土塗れの実をですか?」
『こんなジャングルでイタリアンのフルコースが出てくるとでも?』
「・・・」
『分かりました。では、葉巻が入っているポーチにレーションが入ってます。そちらをお食べください』
「なんだかなぁ…」
他のゲームより感じの悪い…感情豊かなボイスにムッとしながら円盤状のレーションを取り出し、サバイバルナイフで開けて中身を手ですくって口に入れた。
「まっず!!」
『でしょでしょwww』
「このヤロウ…」
『口直しに実をどうぞ』
余計にムッとしながら今度は落ちた実を食べようとしたが土塗れなので袖で何度も拭いてからひとかじりした。瑞々しい果実に果汁が喉奥まで流し込まれていった。
「…美味い。これ凄く美味い」
『これで腹ペコゲージは回復しましたね。それでは――ちょっと聞いてます?おーい』
先ほどはあまりの不味さで思考が回らなかったが体感ゲームで感覚もそうだが味を体感できるなんてありえない。それ以上にいつも食べている選べる味がついた粘土みたいな栄養食ではなく、固形物を食べるなんて何年ぶりだろう。美味しさと久しぶりの固形食に口が止まらず果汁で口の周りがべとべとになろうとも食い続けた。
『む~…』
「あ、すみません。あまりに美味しくて」
『まぁ、良いです。元はといえば私が言い出した事ですから』
「本当にすみません」
『さて、気を取り直して次に行きましょう』
食べ終えて満足気に笑みを浮かべていると今度はボイスのほうがムスッとしていたが突如それが消えうせた。
何か嫌な予感が…。
『果物を撃ち落した銃声で敵兵四名がこちらに向かってきています。
ひとりも殺さず無力化してください。
ちなみに貴方は死んだ途端ゲームオーバーでテスターも終了します』
「鬼かチクショー!!」
サバイバルナイフとMk22を急いで構えて木の裏に隠れる。程なくフード付きの迷彩服を着て口元を覆った一団が現れた。周りを警戒しながらAK-47を構えていた。相手を殺さないようにするには実弾では無理なので麻酔銃のMk22を手に取ったが、一発ごとスライドを引いては撃つを繰り返すMk22でアサルトライフルと撃ち合うなど無謀なことは理解できる。ならばと後ろのポーチに手を伸ばした。
「プレゼントフォーユー!」
「なに!?ぐぁあ……目が!耳がああ!!」
声を上げて注目が集まった瞬間に投げたスタングレネードが敵兵の視界と耳を機能不能にした。投げた直後に木の裏に再び隠れて耳を塞いだ健斗は悶え苦しむ四人にゆっくり狙って一発ずつ撃ち込み眠らせた。
ドヤァと決め顔を決めた健斗はナイフとMk22を仕舞い、四人の装備を手にとっていろいろ見てみる。AK-47以外に拳銃を持っていたらしい。マカロフという名や詳細が脳内で説明される。AKは大きくて重たいがこれならとホルスターを見るがすべて埋まっていた。仕方がなく前ズボンに差し込んでベルトで止める。
『まるで盗賊ですねw』
「五月蝿いよ」
『次は治療ですが…そうですね。経路を表示しますのでそちらに向かってください』
「了解しましたよお姫様」
『あら、嬉しい』
「皮肉は通じないか…ちくしょう」
言われるままジャングルを進み、足場の悪い岩場を下り、谷底の川沿いを堂々と歩く。本来なら隠れたほうが良いのだがここには隠れる場所がないのだ。
『そういえばコードネームを決めてませんでしたね』
「コードネーム?名前じゃ駄目なの」
『あはは。敵地のど真ん中で堂々と自分の名前を名乗る気ですか?』
「自分の名前って言ってもキャラネームをつければいいじゃないの?」
『雰囲気を出す為にコードネームにしましょう!』
「君の存在がすでに雰囲気をブレイクしているような…」
『ウォッホン!とりあえず一覧表を送ったので決めといてください』
「決めといて下さいって全部動物の名前じゃないですか」
『あ、スネークやオセロット、コブラは禁止ですからね』
「キャッチボール。会話のキャッチボールをしようよ」
『そろそろ橋が見えますね』
こちらの言葉を聞き流されながらも言われた橋を見つめる。谷の上のほうに確かに橋が架かっており、橋には三人ほど人が居て、橋の上にはヘリコプターらしきものが飛んでいた。ヘリは放っておくとしても橋の上で争っているらしき人たちが気になる。あんなところで戦うなんて危ないななんて思っていたら一人が突き落とされ、何百メートル上から川に落ちた。
「って、ちょっと!冗談でしょ!!」
明らかにモブじゃなさそうな男性が川に流されているのを目の前で目撃して慌てて駆け出す。ボイスがここに来させたのは治療の話を出してからだ。つまりは彼を治療して助けないといけないという事に。このボイスはとんでもない意地悪な性格を設定されているらしい。
何とか追いついて傷だらけの男性を川から引き上げて様子を見る。至る所に切り傷を負っており、血が流れ出ていた。左腕は橋の上の戦いか落ちた衝撃かは分からないが関節が逆方向に曲がっていた。
痛々しい男性を見て若干引きながら治療アイテムを取り出した。指示はボイスとは違って傷口を触る事で理解出来た。しかし、消毒は兎も角した事のない縫合や包帯を見事に使いこなすのには違和感しかなかった。本当なら痛々しさや血や生々しい傷痕に吐きそうになるのだろうけど、精神ショック緩和が効いているのかそこまで嫌悪することは無かった。
「ぐっぅううう」
「動かないで」
「だ…誰だ……お前は…うぐぅ」
「大丈夫だから治療させてください」
「ち、治療だと…」
男性は虚ろな眼を何とか合わせようとするが、その前に身体中の痛みによって苦悶の表情に変わって気絶しそうになってはを繰り返す。動けない身体を動かして暴れようとする男性を押さえつけて治療を続ける。痛みを止める薬を使ってないのに声一つ漏らさないなんてどんな屈強な人なんだ…。
傷口は全部応急手当したが骨折した腕が残っている。腕を元の方向に戻して添え木をして包帯で固定しなければならないが、今度こそ麻酔も無しではキツイだろう。
「これから骨折の応急手当をするけど…」
「……なん…だ?」
「かなり痛いですよ」
「そうか…痛みには慣れてる。……そこの枝を取ってくれ」
視線で示された枝を取って渡すと何の躊躇も無く口に咥えて力強く頷いた。これで我慢するからやってくれという事だろう。
……これ本当にゲームなんだよな。生々しいし、AIが出来すぎて本当の人間みたいですでに感情移入してしまいそうなんだが。
彼も覚悟を決めたように健斗も覚悟を決めて腕を元の方向に戻す。さすがに呻き声を漏らした彼に心の底から感心しながら咥えていた枝を受け取って添え木にして包帯で肩と結んで固定する。
『これで治療も完了です。
今日はもう遅いので指定した場所で休憩を取ってください。
休憩を取るにはセーブ・ゲーム終了を行う事で出来ます。
チュートリアルはこれまでで次回からは貴方の上官より指示が来ますので指示にそって動いてください』
そこまで言い切るとボイスはぷつりと切れて声が聞こえなくなった。どうするかと男性を見ると男性はイヤホンと小型の無線機らしき物で連絡をとっていたようだ。
「ボクは行くけどどうする?」
「仲間が何とかしてくれるらしい」
「そうですか…。では」
「待て!」
移動しようと立ち上がった所で呼び止められた。男性はまだ視界が定まらない瞳で見つめているが、眼光には強い意志のようなものが宿っているように感じる。
「お前の…名前は…」
「ボクか?ボクは――バット。ボクはバット(蝙蝠)です」
一覧にあった中で一番覚え易かった単語を名乗るとステータスにコードネーム《バット》と追加された。
「バット?…助かった。礼を言おう」
「お大事に。えーと…」
「…スネークだ」
「また会えると良いですねスネークさん」
そう別れ際に言うと健斗は指示されたポイントに向かいゲームを終了して元の部屋に戻った。すでに時刻は夜だったことと、森を歩いていただけで結構な時間をプレイしていた事もあって続きは明日にして今日は眠りに付くのであった。
これが蛇と蝙蝠の出会いであった…。
●ネイキッド・スネーク
ライフ8000 気力6000
スタッフ能力:実戦A
研究-
糧食-
医療-
諜報-
戦闘能力:射撃性能A
リロード能力A
投擲能力A
設置能力A
歩き速度A
走り速度A
格闘能力A
防御能力A
●バット
ライフ6000 気力5000
スタッフ能力:実戦A
研究-
糧食-
医療S(オート機能)
諜報B
戦闘能力:射撃性能A
リロード能力A
投擲能力B
設置能力B
歩き速度A
走り速度A
格闘能力A+
防御能力A