グロズニィグラード要塞。
ヴォルギンの支配地域で最も重要度の高い場所で内部の警備は勿論、周りの警備から戦力までかなりのものを揃えている。
広大な敷地を北西部・北東部・南東部・南西部の四つに区切られ、兵士十六名に軍用犬二匹が巡回し、軍用車多数に戦車が八台も配備されている。さらに弾薬から医薬品、食糧など充実に揃えられている。
これは施設付近のみで施設の中には大きな滑走路があり、そちらには攻撃ヘリや輸送ヘリなど航空能力を有した乗り物が配置され、第一書記が選抜した軍も未だ攻めるにしても作戦指令室で頭を抱えていた。しかも兵士はソ連国防省参謀本部情報総局の特殊部隊【GRU】。情報収集から暗殺までなんでもござれのエキスパート。ソ連の精鋭中の精鋭部隊。それを相手にするだけでも難があるというのに兵器類の事も考えるとかなりの被害を考えて動かねばならない。
しかも第一書記側は一人でも戦局を左右しかねないコブラ部隊と特殊部隊の母と呼ばれるザ・ボスを相手にせねばならぬ。そうすると全軍を総動員するかミサイル攻撃で跡形もなく吹き飛ばすしかなくなる。されど多くの部隊を動かせばヴォルギンの動きが他国に知れ渡り、ソ連を快く思わない者からは邪魔をされるだろう。自国へのミサイル攻撃も同じ理由で却下だ。
第一書記の軍隊が頭を悩ましている要塞にコブラ部隊の四人を倒し、潜入を果たした二人の男が居る。
一人はザ・ボスの弟子でFOX部隊に所属するCIA工作員、コードネーム【ネイキッド・スネーク】
もう一人はまだ未成年ながら同じくCIA工作員、コードネーム【バット】
ソコロフの救出にザ・ボスとヴォルギンの暗殺。そして核兵器搭載戦車シャゴホッドの破壊の任務を達成するために要塞に忍び込んだ二人にソ連・アメリカの命運が委ねられていると言っても過言ではなかった。
その二人は忍び込んだ要塞内でラーメンを啜っていた…。
はふはふと熱いスープに浸かっていた麺を口の中で覚ましては飲み込み、飲み込んでは次の麺を啜ってを繰り返すスネークとバットは無言で食べ続けていた。
バットは満面の笑みを浮かべながら。
スネークは不満げな表情で見つめながら。
「あつあっつ…ごくん。スネークさん、そんな不機嫌そうな顔で食べなくても良いじゃないですか?」
「俺もそうしたかったさ。だが、ザ・フューリーを倒してからここまでどれだけ時間が掛かったかを考えるとな。不機嫌にもなるだろう?」
「本当にすみませんでした…」
コブラ部隊に所属するザ・フューリー。
単独で飛行可能なスラスター装置を装備して火炎放射器を用いた戦いをしてきた人物。
戦闘自体はバットが撃った幸運の一発にて予想以上に早く終わった。が、その後問題が発生したのだ。バットが休憩しようと申し出たのだ。なんでもやることがあるからと言ってすぐに姿を消したが、敵地で休むにしても一人でぐっすり眠る訳にもいかず、スネークはバットが戻ってくるまで身体は休めつつ、一睡もせずに待っていたのだ。
別の意味で疲労がたまり、戻って来たバットは何処か楽しそうで…スネークが焦りと疲労で不満をぶちまけるのには充分な理由だっただろう。結果、要塞内で隠れそうなところを見つけてスネークが仮眠を取って、バットが辺りを見張ることになったのだ。
然程長くない道のりにどれだけの時間をかけているんだろうか…。
冷静になればまさにその通りだ。だけれどバット的には仕方ない。なにせ彼にとってはこの世界はゲームの世界でプレイ時間の合間には休憩時間を入れなければならないのだから。
「はふはふ…ん、まぁ、ここからはノンストップで行くぞ」
「了解です。武器弾薬もたんまりありますしね」
「……潜入ミッションだという事を忘れるなよ」
「勿論です」
スネークの危惧も尤もな事だ。
なにせバットの後ろには山のように積まれた弾薬に衣料品が置かれているのだから。
要塞に潜入後、物資の現地調達を名目に探しに探しまくったのだ。二人で使うには有り余るほどの弾薬が転がっているのだ。それを用いて派手に暴れまくると言われても驚きはしないがさすがに戦車やザ・ボスにこれで勝てるとは思えないので予定通り潜入ミッションで行きたいのが本音だ。
集めに集めたと言っても持って行くものは限られている。М63軽機関銃とXM16E1最新鋭突撃銃と弾薬。ダンボール箱に●ロリーメイト二つである。潜入任務よりこの先でド派手に囮を行って貰う可能性が高いので銃器は荷物持ちも兼ねてバットが持つことに。ダンボールは中継基地でバットが手に入れている為にスネークが持った。
……使う事になるとは思わないんだがな…。
「腹ごしらえも済んだし行くか」
「そうですね。確かライコフとかいう人の身ぐるみを剥がせば良いんでしたっけ?」
「言うのは簡単だが施設に侵入するのだ。隠れるところは少なく、絶え間なく兵士が巡回している。難易度は高いぞ。下手に見つかった場合は――」
「ボクはスネークさんの侵入の援護としてド派手に暴れまくって敵兵を引き連れて離れる――ですよね?」
「すまないな」
「いえいえ、それが任務ですから」
屈託ない笑みを浮かべたバットに罪悪感を覚える。
下手をすれば死ぬかもしれない。抗議や不満を口にしないとしても態度に出しても良い筈なのに一切それをせずに受け入れたのだ。10以上も年下だと思われる子供に…。
なんとも言えない感情に押しつぶされそうになっているスネークの気持ちを感じ取っていないバットは荷物を確認して立ち上がる。
二人が居るのは北西部の武器庫。ライコフが居る兵器廠に向かうには北東部へ移動せなければならない。
駐車してある戦車の前を通り過ぎるのは良いとして、近くには麻酔銃で眠らせた兵士と軍用犬が居る。まだ起きてはいないと思いたいが、警戒して行くに越したことは無いだろう。
お互いに周りを警戒しながら武器庫より出て北東部へ繋がる地点へ急ぐ。
急ぐ筈なのだが戦車八台が見え始めた辺りで停車しているトラックを確認した。
「あ!トラックが止まってる…ちょっと良いですか?」
「あまり時間はないぞ」
「少しだけ少しだけ」
どこか楽しげなバットにため息を漏らして近くのコンテナに近づく。軽く叩いてみると音の反響から空箱だと推測する。振り返りトラックの荷台へと視線を向けるとバットが物色しようとしていた。
――― 一人の兵士が接近しているのに気づかずに。
兵士に見えないようにコンテナに隠れるがバットは気付いておらず、物色を続けようとする。何かないかと使い切ったマガジンをポーチより取り出してトラックに投げつける。それに気づいたバットが首を傾げながら振り返ったので身振り手振りで敵兵が迫っている事を伝える。
理解したのは良いが隠れる場所がない。トラックの下に潜るとしても位置が悪い。確実に見つかってしまうだろう。バットは大慌てでトラックの荷台に乗って隠れれないか調べる。が、ここから見ても乗っている箱は小さな物ばかりで隠れるスペースなどない。
兵士は近づき隠れるスペースは皆無…。
ここは不意を突いて気絶させるか、俺が少し距離があるが麻酔銃で眠らせるしかない。
そう思っていたのにバットの行動で手が止まった。
ポーチより取り出したダンボールを箱型にして被ったのだ。
スネークがバットにより不意を突かれて動きも思考も停止させる。
荷台を覗いた兵士はまじまじとダンボールを見つめて一言。
「兵器廠東棟か」
ぽつりと呟いて運転席に乗り込み、そのまま走り去ってしまった。
取っ手口よりこちらを見つめるバットを呆然と見送るスネークを置き去りに…。
ダンボールに入ったまま最初はトラックで、最後は人の手で運ばれたバットは人の気配がないことを確認して顔を覗かす。
室内は明かり一つないので目が慣れるまでじっと動かず、薄っすらと目が慣れてからダンボールより出て辺りの確認を行う。
辺りには同じようなダンボールが詰まれ、包帯や軟膏、縫合セットが置いてあったことからここが医薬品の倉庫と断定する。断定したのは良いのだがこれからどうしよう。
(何にしても部屋の外の事が分からないと出にくいし…)
顎に手を当てて悩んでいるとこつんこつんと足音が迫って来る。
慌てて積み上げられたダンボールの後ろに隠れて様子を窺う。扉が開いて入って来たのは制服を着た兵士だった。何か医薬品を取りに来たというよりは巡回しているようだった。
元々誰も居ない事を前提として見て回っているのか扉の前で見渡すだけで詳しくは調べようとはしない。おかげでバット的にはやり易い。
倉庫より出ていこうと背を向けた瞬間にCQCモードを起動して一気に距離を詰める。そして膝裏に蹴りを入れて屈ませる。急な攻撃に混乱に陥った兵士はバットの意図したまま片膝をついたので、左腕で首を軽く締めつつ身体を後ろに逸らす。事態を理解する頃には首にヒヤリと冷たさを伝えるナイフが当てられる。
「ひぅ!?」
「しー…大声は出さないで下さい。ボクも死にたくないし貴方も死にたくないでしょ?」
「あ、あぁ」
「聞きたいことがあるんですよ。答えてくれれば無事に解放してあげますので素直に答えてくれると嬉しいです」
「わ、分かった。答える。答えるから命だけは…」
「では問1、ここは何処ですか?兵器廠の何処かとは思うのですが」
「ここは兵器廠の東棟…一階の医薬品倉庫だ」
「都合が良いですね。次ですがライコフ少佐の居場所を知っていますか?」
「しょ、少佐ならこの辺りを巡回しておられる。よくトイレに籠ったりもするが…」
質問をする際中でも警戒をし続けて正解だった。
会話の最中にゆっくりと、本当にゆっくりと右手がホルスターに伸びているのに気が付けたのだから。
ナイフの腹を当てていたが、腹ではなく先を喉元に立てる。血が流れ出ない程度に微かに皮膚を傷つけ動きを止めさせる。
「忠告ですがボクは殺すことを控えてますが躊躇いはしません。そのままホルスターに手が伸びるのならこのまま刺し貫きますよ」
「――ッ!?す、すまない。もう何もしない」
「なら良いです。あ、武器庫とかあります?」
「武器庫ならここを出て右の部屋だ」
「簡単な見取りを教えて貰っても?人員の配置なども」
「一階はここの他に武器庫ともう一つ倉庫…ここの裏側だな。それと資料室がある。二階にはロッカールームと研究室。兵士は一階に二人、二階に一人です」
「内部の警備は手薄ですね。研究室があるという事は研究員も多くいるんですよね」
「あ、はい。研究室に6人ぐらい居たと…」
「それだけですか?」
「……資料室に一人研究員が籠っている」
「そうですか」
「質問は終わりか?なら約束通り解放してくれ」
「最後に制服の余りってありますか?」
「はぁ?ロッカールームを探せばあるかも知れないがあんたらのせいで警戒態勢が続いているから全員着ていて予備はここにないと思うが…」
「うーん、そうですかぁ…良し、ありがとうございました。ではおやすみなさい」
「――ガッ!?」
両手を離すと同時にCQCモードを起動させて示された順序に沿って動き、兵士を投げ飛ばして気絶させた。しっかり気絶している事を確認して制服を剥いでシャツとパンツ姿の兵士を縛って部屋の隅に押しやる。
ゲームというのは便利だ。なにせ確実にサイズが合わない服でも装備すれば寸法が合うのだから。
身だしなみを見える範囲で確認してスネークさんへ無線をしようと手に取る。
「もしもしスネークさん」
『バットか?無事か?今どこにいる?』
「無事です。それと場所ですけど兵器東棟に居ます。ダンボールのまま運ばれちゃいました」
『…はぁ…どうしてお前はそう…いや、今はいい。なら今からそちらに向かう』
「でしたらそれまでに出来る事をしておきますね」
『何を仕出かす気だ』
「仕出かすなんて人聞きの悪い。警備は手薄らしいので無力化できればしておこうかと。あと、ライコフ少佐の捕縛とか」
『言っても聞かんだろうが無理はするな。もし無理だと判断したら俺との合流を待て』
「了解です。それでは待ってます」
『すぐに行くさ』
無線を切ってポーチに仕舞う。
その時さすがに自分の銃器は取り出さなかった。消音機付きの銃器でもあれば良かったが散弾銃に機関銃では音が響き渡ってしまう。そうすれば詰め所に詰めているであろう兵士たちが殺到してしまう。兵士だけなら良いがあのザ・ボスという女性が出てくれば一環の終わり――ゲームオーバーは間違いないことを知っている。ゆえに今は音を立てずに制圧しなければならない。
深呼吸を繰り返し、鼓動を落ち着かせてから扉付近の壁をノックする。壁に耳を当てて周囲の音を聞くが誰も反応した様子はない。
扉を出て教えてもらった右側の武器庫に向かおうとして動きを止める。
二階中央は渡り廊下になっており、そこを兵士が巡回していたのだ。
戻るも進むもどっちも動くことが出来ないバットはただただ見つめた。兵士は何食わぬ顔で研究室からロッカールームの方へ渡っていき、部屋の中へと入っていった。
大きく息を吐き出して安堵し、素早く武器庫に入り込む。
武器庫には多くの弾薬が置いてあったが弾薬は足りており無視。置いてあった光学照準器付き32口径短機関銃【スコーピオン】だけは入手した。ただ予備の弾薬を持っていないので撃ち切りになるが仕方がない。確か外武器庫に弾薬があったような気がするからもしも居る時は取りに行こう。
倉庫内に持っていたTNTを隠して設置して壁をノックし、同じく耳を当てる。
「―ん?なんだ?」と声が聞こえてゆっくりと足音が迫って来る。入って来た瞬間に投げ飛ばして気絶させようと息巻いたのだが隠れるところがない。いや、隠れようと思えば箱を避けて隠れる場所を作ることも可能なのだろうけど弾薬が詰まって重たく、短期間ではバットには不可能であった。咄嗟にダンボールを取り出して隠れる。
何気なしに入って来た制服姿の兵士は武器庫中央にあったダンボールを見て不審に思う。
近づいて軽く蹴って持ち手より中を覗こうとするが部屋が暗くて中が覗けない。仕方なく取っ手に手を入れてダンボールを持ち上げる。
終わった…。
そうバットは思ったが次の瞬間にはこれが好機であることに気が付いた。
兵士はダンボールを持ち上げたのだ。
人が隠れれるほど大きいダンボールを持ち上げればその大きさから前は見えない。兵士は両手も視界もダンボールで塞がれているが、バットはダンボールが持ち上げられたことで自由に動ける。
気付いた時には東棟に入ってから三度目のCQCモードを起動して自分以外がゆっくりとした時間の中で、兵士の背後に回って投げ飛ばす。壁に激突した兵士は抜けた声を漏らしてその場に倒れ込んだ。
窮地を脱したことに安堵しつつ縛る。
これで一階の兵士は無力化した。資料室の研究員を黙らせるべきなのだろうけど先にトイレの方を調べてみよう。もしもそこでライコフ少佐が居るなら…。
扉から顔を覗かせて渡り廊下を見上げるとまた兵士が渡り、研究室の方へと渡っていった。入っていったのを確認して部屋から出て辺りを見渡す。斜め前の部屋には資料室の立て札があり、右奥の扉にはトイレのマークが…。
女性男性と分けられていない。入っても大丈夫だよなと不安ながらも入った瞬間に安心した。どう見ても男子トイレだ。というかここまで女性の兵士を見ていないから、ここには女性が居ないのかな。
あれ?でも侵入しているEVAさんはどうやって……。あまり考えないようにしよう。
トイレ内に人影は無しで、電子ロックの個室が一つ。
扉にバットが近づけば短くブザーが鳴り、扉は開かない。つまり中に誰かが居る。
もしかしてと期待しながらノックをする。
「入っている」
返事があった。
とりあえず出てくるまで待ってみるか。とりあえず急かしてから。
ノック二回目「急かすな!」、三回目「五月蠅いぞ!」。次で止めとこうか。
「入りたいのか?」
「ふぁ!?」
まさかの言葉に驚いて手を止める。
普通はノックして急かす相手を怒鳴ると思うのだがまさかの質問。個室に入ってなら周りの事を気にせず気絶させ身ぐるみを剥がせる。けれど流したような音は聞こえない。
行くべきか行かざるべきか…。
悩んでいるとロックが解除され目の前に写真で見たライコフ少佐が出て来た。
いきなり出てくるとは思っておらず、隠れていないバットは思いっきり顔を見られた。服装は兵士の物だがこんなの気休めにしかならない。これだけ配置された人員が少ないならさすがに顔を覚えているだろうし、ボクはアジア系。間違ってもソ連の人間には見られない筈だ。
焦った挙句CQCモードで気絶させる事も忘れたバットはライコフとただただ視線を合わせる。
「ん?見覚えのない奴だな………ふーむ」
じろじろとつま先から頭の先まで値踏みするように眺めたライコフは何か納得したように頷いた。
「良いだろう。入れ」
「へ?」
それだけ言うと個室に戻っていった。
言葉の意味を理解できないままとりあえず個室に入る。
便器に目をやると排出物は無い。流した音が聞こえなかったことからただ単にここでサボっていたのだろう。
「大佐に呼ばれているからあまり時間はかけられないが」
何が何のことやら呆然としていたバットは突如下腹部を弄られて驚き飛び退いた。
意味が理解できていないバットを不思議そうにライコフは見つめる。
「そういうつもりではなかったのか?」
そう言いながらチャックを緩め始めた事でナニをしようとしていたのかようやく理解したバットは、声にならない悲鳴を挙げつつチャックが降りる前に蹴り上げた。
「はぁう!?」
蹴られたチャックの辺りを押さえ、白目を向いて気絶したライコフを怯えた表情でバットは見下ろす。
次からはちゃんと理解し考えて行動しようと、コブラ部隊と戦った時よりも恐怖を覚えたバットは心に決め、スネークを待つのであった…。