独房にはスネークを救出しようと、またはステルス迷彩で透明化して差し入れだけでもと訪れた者達の視線は、言葉を交わせぬ同室相手に向けられていた。
DARPA局長ドナルド・アンダーソン。
ソリッド・スネークはその死に際を、メリル・シルバーバーグを含めると死亡確認したのは二名。
死亡したのは確実であるが、遺体の腐敗が進み過ぎているのが計算上合わない。
加えて遺体を調べてみると拷問の跡に体内の血が異常な程に抜かれている点もおかしい。
なにせ局長は心臓発作らしい症状で死に、サイコ・マンティスによって情報を読まれた事で、拷問に合う事無く独房にいれられていたのだ。
遺体の状態に辻褄を合わせると死後に遺体に拷問を施し、血を抜き取った上で腐敗を進めたことになる。
残るのは何故そんな事をしたのかと言う疑問ばかり。
「この寒さだ。腐敗が遅れるなら兎も角進むのは人為的に施さない限りありえないだろう?」
「でも一体何のために?」
「指紋認証みたいに彼の血液が必要だったとか……」
「いや、ここのシステムにそう言ったのはなかった筈だよ」
『スネーク。蹶起したフォックスハウンドにはデコイ・オクトパスという変装の名人が居た筈だ。どちらかが変装だったのではないか?』
「そうなると独房で心臓発作を起こしたのがデコイ・オクトパスね」
「大佐の考えが今のところ有力ではあるが…」
「何故、そんな事をしたのか」
ベイカー社長はサイコ・マンティスの読心術を掻い潜る手術を受けていて、アンダーソン局長も同様に手術されていたという事から、尋問・拷問して情報を聞き出そうとしてやり過ぎて死亡。
ここまでは解かるが何故デコイ・オクトパスは局長に成りすました?
何故本物の局長から血を大量に抜き取る必要があったのか?
謎が深まるがいつまでもここで待機している訳にもいかない。
独房を出る際にスネークは毛布に包まり、椅子に座った状態で眠っている
目指すは通信棟―――の前に、先の拷問部屋で奪われた装備を回収する。
「差し入れはこういうのが良かったな」
「悪かったよ。だからそんなに言わないでくれよ」
「
「独房内で武装したら見張りに目立つし、あの狭い鉄格子をアサルトライフルなんかは通せないわよ」
軽く笑い合う。
オタコンが差し入れに来てくれたのは上位のセキュリティカードに食料を持っていたのだけど、レーションはまだしもケチャップ瓶ごとって…。
手にしていた荷物を見て誰もが戸惑い笑ってしまった。
「そう言えばバット。スナイパーウルフがお前にご執心な様子だったぞ」
「え、それはどういった…」
「何を焦ってるんだオタコン?恋愛感情の類というよりは獲物を見つけた狼の瞳だった」
「あの狙撃手か――先の反応から親しそうだけど何か知ってる?」
「詳しくは…けど彼女、僕には優しいんだ」
「恋人?」
「だったら良かったんだけど」
「好意は抱いているって感じか」
「コホン、蹶起した直後、奴らは
この言葉は人を殺す。
スナイパーウルフを知り、良い感情を抱いている彼にとっては大切な人。
言ってしまうのも無理はない。
だが他にとっては異なる。
敵意や殺意を彼女自身に抱いて居なくとも、敵側の人間ならば戦わなければならない。
特にメリルにとっては自分を撃って来た相手。
殺し殺されの戦場で相手を殺すなと言う言葉は、行動を制限するばかりか言った相手を死なせかねない。
無論任務の性質上ある事ではあるが、これは個人の感情。
異を唱えようとしたスネークとメリルより先にバットが答える。
「………絶対なんて無いから約束は出来ないけど、
「そうか。うん、ありがとう。じゃあ僕は情報支援に戻るね」
勝手に自分の都合の良い方に捉えたオタコンは、ステルス迷彩を起動させて去って行く。
意図を察したスネークもメリルもわざわざ指摘する事はなかった。
『酷い人ね…』
「誰も言ってねぇんだから指摘すんなや」
『だって――…』
「なら俺に死ねと?手加減が通じる相手かよ。それでも異論があるんなら代わりに戦ってくれ」
バットのその返しに口に出したナオミも、想いはしたメイリンも黙り込んでしまった。
口が悪いのは知っているスネークであったが、この返しについては疑問を抱く。
「どうした?何に苛立っている?」
「癪だけど親父と同意見だったんだよ」
「あー、お前からは良い話を聞かない親父さんな」
「自分がする分にはある程度自分で責任は追えるが、人に求めて何かあったら責任は負えない事が多い。死んじまったら特にな」
「本当に親父さんが嫌いなんだな」
「どうだろうな。たまに解らなくなる事がある」
天井を眺めるバットは小さく息を漏らす。
「すまん。八つ当たりだった…」
『ううん、私も考えが足らなかったもの。バットはお父さんと仲が悪いのね」
「良いところもあれば受け入れれない事って、大なり小なりあるだろそういうの」
『私、大学までの面倒を見てくれた兄みたいな人はいたけど両親は…』
「余計に悪い事を聞いたな…」
重い空気を流れる中、話を変えようとしたのはメリルだった。
ナオミにそのお兄さんのような人の話を聞き、自身は軍人だった両親の話を語る。
続いてバットから両親とのとんでもエピソードを聞きながら道中を進む。
話の中でナオミの祖父の話題をキャンベルが出し、なんと日本人でFBI長官補佐まで勤め上げたのだとか。
1950年のニューヨークでマフィアの囮特別捜査官などで活躍もした人物らしい。
当然話の流れからスネークにも振られるが、そこからナオミの様子がおかしくなった…。
生みの親は知らず、育ての親は多くいた少年時代。
大変世話になったし恩も受けた相手は多く入るが、父親の様に慕った相手と言うのは数少ない。
一番父親らしさを感じたのは嘗ての上官で、戦った相手であるビッグボス。
そんな相手でも殺せるのかとスネークを問うた。
いいや、責めた。
倫理的にそんな相手を殺めた事や、スネークの遺伝子には殺人を誘発するものが入っているなど。
遺伝子の専門家でもある事から拘りと言うかデータで判断しているのか強く推していたが、遺伝子の影響はあるだろうけど絶対ではない筈だ。
スネークも違和感を覚えながら、俺は殺戮マシーンではないと苦笑いしながら否定して話を終わらせた。
多少話混じりに進むも目的地である通信棟に近づくと自然と言葉数は少なくなる。
正確には通信棟A棟屋上から通信棟B棟へ繋がる渡り廊下。
格納庫へ向かうにはその渡り廊下を進まなければならない。
警戒しながらA棟屋上に辿り着いた一行を出迎えたのはゲノム兵などではなく、重武装ヘリ“ハインドD”による両脇に抱えたミサイル群であった。
慌てて物影に飛び込む最中、十発前後のミサイル群が着弾したのはアンテナや渡り廊下など。
『スネェエエエク!ここから先にはいかせん!!』
「リキッドか!?それにあれはオセロット!?」
「アレがオセロッ――って片腕で操縦してない?」
「二人共呑気に言っている場合じゃないでしょ!?」
『ここで死ぬが良い!!』
「ミサイルの次は機銃かよ!」
ハインドDや蹶起の首謀者の登場、蹶起側にいるオセロットが昔世話になった人物と同一なのかを見極めるより、片腕でヘリを操縦している事に驚くバットも、さすがに機銃斉射には大慌てで身を潜ます。
とは言っても先にミサイル攻撃でかなり遮蔽物は潰され、結構開けた状態。
有効的な武装は上手く近くで爆発させれれば使えるグレネードと撃った後は誘導する為に動けなくなるリモコンミサイルぐらいだろう。
対戦車ライフルならまだしもモシン・ナガンでは撃ち抜けない。
対抗手段がない上に渡り廊下を潰され以上はここに居る意味もなく、退路である出入り口も潰された事で戻る事も敵わず、機銃掃射からミサイル攻撃に切り替えられたら一巻の終わりだ。
「どうするスネーク!」
「逃げたいところだが……あそこのロープ使えるか?」
「確認する。援護頼む!」
スネークが示した先にロープが見え、確認しに行くためにも目を引いてくれと頼み、
これを使えばこの場を脱する事は出来るだろう。
「行けそうだ!」
「メリル、先に降りろ!」
「二人はどうするのよ!?」
「相手の目を引き付けるんだよ!」
「問答している時間もない。早く行け!!」
スネークだけでなくバットも銃を構えて、意味はなくとも銃撃を撃って形だけの抵抗を見せて注意を引く。
躊躇いは見えたものの差し迫った状況に圧され、ロープを掴んで降りて行く。
中腹まで差し掛かったのを確認して続いてバットが降り、最後にスネークがロープに掴まるがハインドDも見逃さず、降りる際にも機銃を浴びせようと襲い掛かる。
それを上手く予想して降下と停止を繰り返して斉射を避けて降りて行く。
「器用なものね!」
「言っている場合かバット!」
「もう済ませた」
降りた先にはB棟へ向かう渡り廊下があるが、向こう側にはアサルトライフルを構えたゲノム兵が並んでいる。
声を掛けるより先に銃声が響き、バットがモシン・ナガンで狙撃を終えていた。
後は素早く駆け抜けなければと走る三人だが、曲がり角に差し掛かったところで正面にハインドDが現れ、遮蔽物の無い真っ直ぐの廊下では逃げ場がない。
「――ッ、セキュリティカード!」
先行していたメリルが叫び、視線の先にB棟へ入る扉がある。
セキュリティカードを所持しているスネークが体当たり気味に突っ込み、扉が開いた瞬間には転がり込むように三人が中へと入り込む。
閉まった扉の向こう側より機銃斉射したであろう振動と音が伝わって来る。
間一髪と安堵のため息を漏らすも、先に進むにはハインドDを何とかする必要がある。
「上だな」
「骨が折れそうですけどね」
「もしかしなくても戦う気なの!?」
「大丈夫だ。前にも落とした」
「貴方達どうかしてるわよ!」
「別に戦いたくて戦ってる訳ではないんだが」
入った先で拾った携帯型対地空ミサイル“スティンガー”を担いで上へ向かおうとするもエレベーターは故障しているのか動かず、仕方なく下に向かえば階段を爆破されて進めやしない。
文明の利器“エレベーター”を使わせろよとバットが文句を言うも、それを言うなら俺だろとスティンガーを担いだままのスネークが一番思っていた。
結局入り口に戻ることになった一行を待っていたのはなんとオタコンであった。
「オタコン!?どうやってここに?」
「え、普通にエレベーターだけど…」
「動いたのか」
「あれ?止まってる…さっきは動いたのに」
「さっきと言うのはどれぐらい前?」
「そうだね。君達がヘリと戦っているのはここから観ていたよ」
と言う事は入れ違いに動くようになったのではなく、俺達がここに来た段階で止まった。
これもまた不思議な話だ。
そちらも懸念事項であるが何故ここにオタコンがいるのかと言う疑問も大きい。
「オタコン、何故ここに?」
「ちょっと聞きたい事があって」
「わざわざここまで敵中突破して来たの?」
「そんな事僕には出来ないよ。ステルス迷彩で奴らのトラックに同乗させて貰ったのさ」
「で、何が聞きたいんだ?」
「えっと、そのぉ…戦場で愛は芽生えるかどうか」
「………人を好きになるのに時間も場所も関係はない。ただ享受するのなら守り抜かなければならない。なぁ?」
「知るかンな事」
中々良い言葉を送って同意を求めたのだが、返って来たのはバッサリしたものだった。
そしてバットの表情は何処かうんざりとしていた。
この表情は親絡みかと予想したスネークは正しかった。
「今でもゾッコンの俺の親父とお袋だけど、何処までが真実か知らんが出会った時は敵同士だったってよ。ほとんど惚気話は半分以上聞き流してたがな」
「らしいぞオタコン。なんにしろ俺達は五月蠅い蠅を落としてくる。エレベーターの修理は任せたぞ」
「分かったよ。さっきまで動いていたんだからすぐ治せると思うよ」
「なら撃ち落しに行きますか」
求めていた答えと覚悟を告げられたオタコンは強く考え込みながらも、帰り道を確保する為にもエレベーターの修理作業に移る。
修理は任せて三人は軽く作戦会議をしながら上へと向かう。
途中軍事アナリストであるナスターシャ・ロマネンコに無線を入れておく。
『スティンガーを手に入れた事で確率は上がったな』
「確率?」
『勝つ確率さ。とは言ってもゼロに近いがな』
「アナリストってのは薄情だな」
『希望的観測で彩るより良いだろう?なんにせよ機体が大きいとはいえ遮蔽物がある場所では
「開けたという事はこちらも隠れる場所が無いんだが?」
『気休めだがお前達なら何とか出来るさ』
「本当に気休めだな。分かった。信じよう!」
そう言ってスネークは無線を切って、B棟屋上前に到達する。
再度作戦を確認してスネークがスティンガーを担いで勢いよく姿を晒す。
来ることは予想していたリキッドのハインドDが狙いを付けようと旋回する。
「後方だな!」
『死ねぇ!スネェエエエエ――クゥ!?』
『ヌアァッ、目がっ!!』
背後に回って機銃の照準を合わせようとした矢先、屋上への出入り口からメリルが飛び出してスネークが示した方向――ハインドが居る位置へとスタングレネードを放る。
爆発までの時間経過を計った為、ハインドD手前で鋭い閃光が辺りを照らし、もろに見てしまった二人は目を暗まされた。
怯んだところにスネークがスティンガーミサイルを叩き込む。
重装甲と言えどもスティンガーミサイルの直撃を受けて大きく揺れ、機体のダメージも相当なものを負った。
だが、一撃で堕ちるほど柔でも無かった。
黒煙を吹かしながらも何とかぼやける視界で体勢を立て直し、リキッドは苛立ちながら機銃をばら撒く。
『貴様らぁあああ!!』
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってか?」
明後日の方向にばら撒かれる機銃を気にともせずにバットは狙撃銃を構え、メリルは続いてグレネードを次々とハインドDへと放り、一番近くなったところで狙撃して爆発させてダメージを蓄積させる。
爆発によってさらに視界が塞がれ、その間にスネークはミサイルを補充して再び構えた。
「堕ちろ!」
二発目のスティンガーミサイル。
まだ眩んでから視界もはっきりと戻っていないのもあって、回避も出来ずに直撃を受けたハインドDは、さすがに体制を立て直すどころか維持すらも難しく、ぐるぐると回転しながら堕ちて行った。
『落ちるな!!』
「無茶言ってるな。アレで死ぬと思うか?」
「しぶとそうだったからな。また出て来るだろうな」
落ちて行ったハインドDを見下ろした一行はまだ生きているだろうと確信を抱きながら先へ急ぐ。
すでに制限時間が少なく、このハインドDの戦闘で多くの敵兵が位置に気付いている事だろう。
最悪スナイパーウルフが先回りして狩場を設定している可能性すらあるのだから。
そんな淡々と考えているスネークとバットを他所に、銃で攻撃ヘリを呆気なく落とした事実をすぐに呑み込めず、困惑を隠せないメリルであった…。