メタルギアの世界に一匹の蝙蝠がINしました   作:チェリオ

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獲物を求める狼

 ウルフドッグ。

 狼と犬の交配種で他の犬種に比べても聴覚や嗅覚は鋭く、リーダーと認められれば従順なれどそう言う風に(・・・・・・)改良された訳ではないので熟練者でなければ、手懐けるのは難しいだろう。

 所長室から隠し通路で通って抜けた先は、雪がはらりはらりと振る外であった。

 見張りや警備の兵士こそいなかったが、この島で育ったであろうウルフドッグがうろついていた事にスネークの表情は険しくなる。

 犬ぞりなどをやるスネークはひと目でウルフドッグと判別がつき、それが蹶起を起こした連中が手懐けていた場合は厄介だ。

 撃ち殺すのも躊躇われた時、バットが出くわしたウルフドッグとの間に立つ。 

 以前敵陣営のドーベルマンを手懐けた実績があるバットならばと期待したが、ここのウルフドッグのリーダーへの想いが強いのか手懐けるのには失敗。

 けれども落ち着かせて襲われる事はなかっただけでもかなり有難い。

 

 「凄かったわねさっきの。ブリーダーになるのも悪くないんじゃない?」

 「考えておくよ」

 「絶対に考えないやつねそれ」

 「それにしても妨害電波出っぱなしだな」

 「あからさまに変えたわね」

 「実際レーダーも地雷探知機も使えんとなると厄介だな」

 

 外や洞窟らしき場所を通って北へと向かう一行は、細長い一本道の通路に出た。

 先の通路はまだしも手前は地雷原となっており、バットは無駄話をしながらも解除していく。

 地雷原だというのに恐れる事無く作業している光景に、疑問を抱くメリルにもっと酷いのをやらされたと呟かれ、詳しく聞かずともハイライトの消えた瞳が悲惨さを強く物語っていた。

 

 「これで大丈夫の筈…」

 「なら先に進みましょう」

 「あぁ……メリル、危ない!」

 

 処理できたならと通路に足を踏み込んだメリル。

 バットは地雷をポーチにしまっていて、気付いたのはスネークのみ。

 赤いレーザーサイトがメリルの身体を這っていたのを…。

 叫ぶも間に合わずにメリルの片足が撃ち抜かれ、続いて銃声が届いて来た。

 長距離スナイパー。

 

 今救出に出ても狙撃されてどちらも戦闘不能にされかねない。

 そう判断したスネークと音で理解したバットは互いに左右に分かれて遮蔽物で身を隠す。

 

 「う……ァアア…」

 「指先一つ動かすなメリル」

 「……私だってぇ…」

 「いらん怪我をして手間を増やすな!」

 

 ぽとりと銃を落としたメリルは少しでも反撃してやろうと伸ばそうとしていた手を、バットの一言で止めてその場に伏すだけで留める。

 スネークもバットも相手の狙撃兵が殺そうとはしないだろうと当たりを付けている。

 頭を撃ち抜こうとすれば撃ち抜けた筈なのに、足を撃ち抜いたという事は囮として扱うつもりだろう。

 助けに行こうと出てきたところを狙撃する様に。

 だから今すぐには殺されない。

 

 「ごめんね。私……やっぱり足を引っ張って……」

 「弱気になるな!すぐ助けてやる!!」

 『メリル…クソ、スネーク!それは罠だ!スナイパーが敵を誘い出すつもりだ!!』

 『おそらく相手はスナイパー・ウルフよ。フォックスハウンド最高の狙撃手で、狙撃手であり観測員でもあるの。特に彼女は持久力に優れていて、何時間何日何週間だって待ち続けるわ!』

 「通路には身を隠す遮蔽物が無い。先の通信棟からだとすると…」

 『通信棟だと!?それでは絶好のポジションではないか…』

 「落ち着け大佐!メリルは絶対に助け出す」

 

 声からしてあからさまに動揺を見せている大佐を宥めるスネーク。一方のスナイパーであるバットに視線を向けると、目をつむって耳を澄ませているようだった。

 場所は大体わかっている。

 通路を抜けた先の通信棟の二階辺り。

 しかしさらに詳しい位置までは解らない。

 跳び出しての撃ち合いとなると確実にバットが不利だ。

 

 「一度下がって――」

 

 今すぐにはメリルが殺されないとしても、助けもせずに留まっているなら心理的動揺を誘う目的でも、囮であるメリルを殺さぬ程度にいたぶる可能性はある。

 一時撤退を視野に入れたスネークの言葉をバットは聞く気はなかった。

 

 何故メリルが狙撃されたのか。

 通路のど真ん中に立ったにもあるが、スネークとバットがたまたま狙撃しにくい場所にいたからだ。

 レーザーサイトを使ったのは腕に自信がないからではなく挑発、または私はお前を狙っているぞという誇示。

 かなりの距離があるというのに見事足を射抜いただけの腕前は最低でもある。

 囮までされて黙ってはいられない。

 

 通路側にスモークグレネードを三つほど放り投げると、モシン・ナガンを手に通路へと堂々と出る。

 しかし、放り投げられたスモークグレネードの一つを追い掛け、まるで煙幕を張らせるかと物語るかの様にレーザーポインターが動く。当然だが、僅かながらバットに狙いを付けるのが出遅れる。

 バットはレーザーポインターを辿って狙撃手の位置を特定し、自身に向けられる前に構えた。

 ぼそぼそと何か呟いてトリガーを引く。

 

 「メリルを!」

 「カバー頼むぞ!」

 「舐めた報いは受けさせてやるよ!」

 

 何発も続けて撃っている事から、バットは仕留め切れはしなかったのだろう。

 相手も当然、反撃しているがレーザーポインターが仇となって射線を読まれてしまい、外そうにも狙撃し合いの最中にそんな余裕は存在しない。

 メリルを引き摺りつつ、今だと駆け出して遮蔽物に移動させるスネーク。彼女を遮蔽物にもたれ掛からせた後は、ファマスの射程外と解かりながらもバッドの援護を行う。

 入れ替わるようにバットがメリルの下へ行き治療を開始する。

 

 「スナイパーは?」

 「生きてる。だがレーザーポインターとスコープは壊させてもらった」

 「良し、俺が出る。メリルを頼んだぞ」

 「無茶すんなよ。狙撃だけかどうかわかってねぇんだから」

 

 バットにメリルを任せ、スネークは通信棟に居る狙撃手を捕縛しようと駆け出した。

 通信棟に辿り着いた辺りを捜索しているスネークは、自分の行動を後悔することになる。

 大佐は姪のメリルが撃たれて危険な状況に陥った事で冷静さを失った。

 敵側のエース級を捕えて情報を吐かせようと思ったのもあるが、大佐同様に目の前で仲間を撃たれたスネークも多少なりとも冷静さを欠いていたのは否めない。

 

 敵の捜索を行っていたスネークは、周囲をゲノム兵とスナイパーウルフに囲まれ、あえなくして捉えられてしまったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 ――良い眼を持っているなぁ……。

 

 スナイパーウルフは対峙した相手の唇をそう読んだ。

 ゾクリとした。 

 相手の力量をもっと図ろうと射程に入った女性兵を狙撃した。

 想像以上の相手に気持ちが高まる一方で、失礼極まりない事をしてしまったと僅かな後悔を過らせている。

 次会ったら本気で()り合いたい。

 次こそ狩ってやる。

 あれは絶対に私の獲物だ。

 

 ウルフは愛用の狙撃銃PSG‐1を眺める。

 レーザーポインターとスコープが見事に撃ち抜かれている以外は破損個所は一切ない。

 そして相手はスコープもなくこれほどの正確な狙撃を成した。

 決して偶然などではない事は自身が良く理解している。

 レーザーポインターを使って場所を晒すリスクを負ったところで問題ないというやり方への返し。

 

 早く会いたいなと恋人を想う乙女のような言葉を思い浮かべながら、狙撃銃を握り締めるウルフは獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 彼女は捕えたスネークをとある一室に連行した直後。

 聞き出す事があるとリキッド・スネークに言い渡されて、オセロットが待つ拷問部屋へ連れてきたのだ。

 拷問部屋と言っても、窓もない暗い一室に様々な拷問器具が並んだようなおどろおどろしい部屋ではない。真っ白な一室で、清潔感が保たれた手術室のような一室。

 ただ中央には拷問器具となる高圧電流が流せる装置があり、それにスネークは手足を縛られてセットされた状態となっている。

 別に拷問マニア(オセロット)の拷問を学ぼうとか、スネークが痛がる様を眺めたいとかいう趣味はなく、出来れば拷問が始まる前に部屋を出て奴を探したいところ。

 

 なのに出ようとしても出られないのだ。

 入り口に殺到する兵士達。

 そして彼らを束ねる少女―――ミネット・ドネルが立ち塞がっている為に。

 

 彼女はまだ若くともリキッドのお気に入りで、サイコ・マンティスに能力の扱い方を教わったサイキッカー。

 後ろの兵士達は彼女の力により、支配下に置かれた兵士達。

 意志を持っていようと彼女の指示一つですべてが変わり、意識も記憶も彼女が望むがままに変貌させられる。

 

 何故彼女が立ち塞がっているかと言えばウルフに用があってではなく、スネークに用があると言った方が正しい。

 これからオセロットはスネークに高圧電流を流して拷問に掛けるだろう。

 しかしミネットが人形にしてしまえば情報を聞き出すだけでなく、自身の人形として支配下に置く事すら可能なのだ。

 

 「私の人形にしちゃえば早いのに」

 「フン、悪趣味な人形使いが。これは私の仕事だ。あまりでしゃばるな」

 「そう言ってやり過ぎたら元も子もないじゃない」

 「言ってくれるな?」

 「片腕を切られて私の子らを相手出来るんだ」

 「舐めるなよクソガキが!」

 

 ミネットの周囲を固める兵士達が自身の意思で絶対の忠誠を誓っていると思い込んでいる(・・・・・・・・)ミネットを守るために身を挺して盾にしようとする一方、何人かは先にオセロットを殺してしまおうかと銃口を向ける動きさえある。

 オセロットもオセロットで一歩も退く気はなく、片腕とは言え対峙したまま銃に手を置いている。

 

 困惑しているのは間に挟まれたスネークだろう。

 なにせいきなり少女と爺さんが自分の取り合いをしてるのだから。

 

 「こんなにモテても嬉しくないもんだな」

 「すぐにそんな事が言えなくなる」

 「そんなサディスティックなお爺さんより私を選ぶべきね。少しお喋りするだけなのよ」

 「後ろの物騒な兵隊の玩具が並んでなけりゃあ、お茶会に御呼ばれするのもやぶさかではなかったんだが」

 

 皮肉交じりで会話に参加したスネーク。だが何故かバチバチにアピールタイムを始める始末。

 ため息を一つ零し飽き飽きとした視線を向ける。

  

 「スネーク、あの狙撃手の名前はなんていうの?」

 「仲間の事をべらべら喋ると思うのか?」

 「なら好きな方を選べ。意思の無い奴隷にされるか拷問に掛けられるか」

 「――…バットだ」

 

 いつまでも奴と呼ぶのは変だし、奴の名を知っておきたい所だった。

 意志のない奴隷を薬漬けの事と判断したスネークは、拷問の方が多少はマシと判断したのかコードネームを口にした。

 そしてそれ以上は話さないと口を閉ざす。

 約束は約束だ。

 

 スナイパーウルフはオセロットに並ぶように立ち、ミネットに銃口を向ける。

 

 「さすがに貴方までとなると相手が悪いわね。ここは引くとするわ」

 「――フゥ…子供の癇癪にも困ったものだ。助かったよウルフ」

 「貴方の為じゃない。だが借りと思うのであればバットは私の獲物だ」

 「分かった分かった。蝙蝠には手は出さん。俺はこの蛇で楽しむとしよう」

 

 ミネットが兵士を連れて去って行った後、スナイパーウルフも拷問室より出て行く。

 バット…バット…とコードネームを口の中で転がしながら彼女は再び雪が降りしきる白銀の世界へと向かう。

 

 

 

 拷問を受けた後に独房へ移されたスネークは驚愕する事になる。

 自分以外に先客がいた事もそうだが、その先客がドナルド・アンダーソン局長であり、腐敗して蛆がたかっている具合から少なくとも潜入するよりも先に死んでいるという事実に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある兵士の一幕 其の弐

 

 ブェックションッ!

 

 独房に響き渡る大音量のくしゃみ。 

 続いて垂れた鼻水を啜る音に発した本人が嫌気を感じている。

 極寒のシャドーモセス島の独房で、パンツ一丁で放置されたジョニーは当然ながら風邪をひいてしまった。

 大きなくしゃみをする度に喉が痛み、鼻を啜り過ぎて鼻下がひり付くようになってしまった。

 本格的に風邪をひいてしまったからか身体が寒くて寒くて仕方がない。

 節々まで痛くなってきた気もするし、頭の方も若干朦朧として来た。

 

 仲間に発見された俺はめちゃくちゃに叱られたよ。

 何をやってるんだって。

 独房に居た局長は死んでいるし、俺のセキュリティカードや銃に制服と文字通り身ぐるみ剝がされていた訳だから当然と言えばそうなのだけど…。

 

 で、罰なのか俺は営倉行きではなくて、別の独房の監視を命じられた。

 誰をと思ったら死んだ局長が転がされている独房。

 いる意味があるのかと思っても失態を晒した俺に意見を言う事も許されない。

 幸いガラス張りの特殊な独房である事から、臭いがする訳では無いのが救いかな。

 

 なんて思っていると侵入者がその独房に入れられたのだ。

 死体と違って逃げ出さないように監視しなければならず、風邪をひいて弱っている身体に鞭打って職務に邁進しなければ。

 

 監視をしていたジョニーは、扉が開いて二人の兵士が入ってきたことに強く驚きを見せる。

 

 「だ、誰だお前達!?」

 「独房の警備で参りました」

 「え、そ、そうなのか?」

 

 慌てて銃を構えると驚く素振りもなく、二人は敬礼をしてこちらに対する。

 聞いてないけどなぁと首を傾げるジョニーは一応無線で聞いておくかと無線機を手にしたところで、またも大きな大きなくしゃみをしてしまった。

 

 「大丈夫ですか?」

 「ちょっと風邪をひいて…」

 「この寒さでは仕方ないですよ。我々が変わりますので少し休んでいてください」

 「え!?いや、俺は…」

 「ほら、こっちよ」

 

 ブルリと寒さから両腕をさすっていると女性らしき兵士が手をひいて奥の椅子に腰かけさせる。

 もう一人はポーチから何かを取り出し渡してくる。

 真っ赤な液体…なにこれ?

 

 「ホットドリンクと言って寒い時にはこれですよ」

 

 恐る恐る臭いを嗅ぐと凄い臭いで強張っていると、大丈夫ですよと目の前の兵士が新たに一本出して一気に飲み干した。

 人が飲めるものらしい。

 良薬口に苦しともいうしと思い一気に呑み込むと、なんとも言えない味と共に寒さが薄れた。

 おお!と感心していると保管されていた食料の中からレーション一つとインスタントの珈琲を用意してくれていた。

 

 「毛布あったわよ」

 「仮眠用か独房用?なんにしても丁度良かった」

 

 ふわりと毛布を掛けられる。

 そして続いてレーションと熱々の珈琲を渡される。

 

 「我々が見張ってますので少しは休んでください」

 

 そう言う訳にも…と言いたいところだが風邪で体調は悪い。

 椅子から立ち上がりたくないと脳が語り掛けて来る。

 彼らの親切に甘えても良いじゃないかと思考が傾き、レーションを口にしながら珈琲を時折飲む。

 ホットドリンクで寒さが抑えられ毛布で身体の外側が温まり、流し込んだ熱々の珈琲が身体の芯から温めてくれる。

 

 あんな酷い目にあったのだから少しは良いかと、弱っていた事と温まった事で睡魔に襲われたジョニーは呆気なく眠りに落ちた。

 

 

 

 その後、眠ったのを確認したゲノム兵に変装していたバットとメリル、そしてステルス迷彩で透明化していたオタコンの三人は、独房内に居るスネークの救出に成功したのであった…。


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