鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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ホラー。

 夏が過ぎ去り、秋。結局、まともに夏祭りとかに行けなかったわけだが、受験生だし仕方ないね。

 で、秋になったということは当然、学校も始まるわけで。三村さんと「久しぶりー」「いや、あんま久しぶりじゃないね」「そうだね。一緒に勉強してたりナベリウスに行ったりしてたもんね「あ、あとキングスキャニオンに行った」「それね」なんて話して、放課後になった。

 いつものように文香の家に帰宅すると、珍しく文香は俺より先に帰って来ていた。

 

「ただいま」

「おかえりなさい。……ふふ、お互いにこういう挨拶をするのは新鮮ですね?」

「……専業主婦みたいでホントスミマセン……」

「あ、いえ……そういう意図があっての発言では、ありませんので……!」

 

 ま、まぁ大学出てからの辛抱だ。……てか、高校生でこんな同棲みたいになってるのって平気なのかな? 文香側も高校生を養っているなんて、中々すごい事してるんだろうな……。

 

「……俺が文香を養える日は来るんだろうか……」

「……キチンと大学を出て、卒業もして、キチンと就職すれば、その日は来ますよ」

「念のため、今のうちに貯金しておいてくれる?」

「……そこは自信持って下さいよ」

「いや今でも就職難の世の中だし……」

 

 まぁ、なんとかなるかとも思ってるけど。

 部屋の中に入り、のんびりと中を見回す。ふと、良い香りが漂って来るのを感じた。

 

「……なんか作ってるの?」

「……というより、買って来ました。珍しい日でしたので、その……たまには、ご一緒にケーキでも、と……」

「……何手伝って欲しいの? 紅玉? 逆鱗? 天鱗?」

「……いえ、仕事に関する事です」

 

 別にケーキなんか買って来なくても相談に乗るのになぁ……。まぁ、仕事に関する事で相談されるのは初めてのことだし、分からなくもないが。

 とりあえず、二人で席に座って、ケーキを食べながら話を聞いた。

 

「あ……美味しい」

「……でしょう? 千秋くんはチョコレートケーキが好きかと思いまして……」

「そうね。超好き。文香のそれは?」

「……食べてみます?」

「うん」

 

 言われて、フォークでサクッと裂いて差し出されたのは、チーズケーキだった。ホント、チーズは好きじゃないけどチーズケーキは異様に好きだわ。

 もう流れるような自然さで「あーん」を終えると、次は俺の番だ。

 

「んっ」

「……よろしいのですか?」

「よろしいのです」

 

 差し出したケーキを口にすると、文香はニコリと微笑んだ。

 さて、改めて本題に戻るか。

 

「で、仕事って……なんでまた? 俺に相談して答えられる事なんてある?」

「……その、実は……心霊スポットを体験するオファーが来まして……」

「は? 秋なのに?」

「……は、はい……。『残暑! はみ出した夏のはみ出し物体験ツアー!』とか言って……」

 

 上手いこと言ったつもりかよ、そのツアー……。いや、まぁ確かに面白そうではあるが。ホラー映画は本当にお化けが出て来るから苦手だけど、心霊スポットとかなら「出るんじゃね? 出ないけど」って意味だから苦手ではない。

 

「それで、俺と一緒に心霊スポットに行きたいって事?」

「……あ、いえ……それも考えたのですが…………その、こういう話はイヤらしいお話かもしれませんが……テレビ会社の皆様や視聴者の方々が『見たい』私の姿は……純粋に、怖がっている場面だと、思うのです……」

 

 ……確かに、捉えようによってはやらしい話だが、的を得ている。ああいう番組で芸人がやたらオーバーリアクションしてくるのは、逆に冷めるし、かと言ってアイドルが可愛こぶって「きゃ〜! こわ〜い!」なんてやられてもイラつくだけだ。

 要するに、なんだかんだ素のリアクションが見たいわけで。

 

「……それなのに、私が予め心霊スポットに行ったことがあっては、意味ないと思うのです……」

「なるほど……え、じゃあどうして欲しいの?」

「……実際に、お化けが現れても、心停止しない精神力を、身に付けたいのです……!」

「俺じゃなくてカマータージに言ってくれる?」

 

 どんな依頼の仕方? 一緒に心霊スポットに行くとかなら分かるけど、精神力を鍛えろってどんな内容? 

 

「あっ……いえ、ちゃんと精神力の鍛え方は学んであるのです……!」

「へぇ、それは?」

「これです!」

 

 文香が出してきたのは、機動戦士ZガンダムのDVDだった。それも、劇場版ではなくアニメ版。

 

「……なんで?」

「……カミーユさんの仲間がたくさん亡くなり、それでも前を向く17歳の少年……そんな彼も、最後は精神が壊れてしまう……」

「そういうメンタルを鍛えるの? ならVガンのが良くね?」

「……いえ、Zならたくさんの霊が出て来るので……」

 

 あの霊はそういうんじゃないと思うんだが……。文香も追い詰められると迷走するようになったなぁ。しかも、迷走の方向まで迷走してるし。

 

「……俺の身体を、みんなに貸すぞー……!」

 

 なんか元気になってる。多分、相当受けたくなかったんだな、その仕事。

 

「ちなみに……それって文香一人で行くの?」

「……いえ、奏さんとご一緒です」

 

 なるほどね。要するに年下の速水さんのために頼りになろうって話か。けど、怖いものは怖いと。だから、何とかしたかった、と……立派な理由だけど、それでなんとかなるかは微妙だ。少なくともカミーユじゃ何にもならない。

 

「普通にバイオとかホラゲやるんじゃダメなの?」

「……それはあくまでもゲームです。……それに、お化けというのは倒せません。アクションゲームのバイオでは、何も学べませんし、鍛えられません」

 

 ……それを言ったらカミーユもアニメなんだが……まぁ、良いや。

 

「じゃあ……よし、こうするか」

「? こう、とは……?」

「今日一日、俺はこれからありとあらゆる手を使って、文香を驚かせるね」

「……どういう事です?」

「ほら、要するに驚き過ぎて心停止するのを防ぎたいわけでしょ? なら、驚かされても少しびっくりする程度にまで脅かせば良いんだよ」

「な……なるほど……?」

「ホラー映画を見る、という手も考えたんだけど、それだとお化けに慣れちゃって、ロケ先で怖がる文香を見せられないでしょ?」

「……話は分かりました。では、今からスタートです」

「はいっ!」

 

 スカートをめくった。蹴られた。

 

 ×××

 

 さて、一度いたずらを考える為に、俺は表に出て、帰って来た。色々と買ってきたし、これは可愛く驚く文香見放題だぜ! 

 とりあえず帰宅すると、文香が玄関まで迎えにきた。

 

「……お帰りなさ」

「ただいまー」

 

 言葉を失う文香。そりゃそうだろう。俺が今、マスクをかぶっている。リア○鬼ごっこのマスクを被っているからだ。

 

「……」

「……」

 

 ……あれ、なんだろうこの空気。まるでつまんないこと言って滑ったーみたいな……。少なくとも、怖がられてはいない。全然。

 

「……なんですか? それ」

「……全国の、鷺沢を殺せ……!」

「……鷺沢という苗字、そんなに多くないと思われますが……」

 

 ……そうね、全然多くないね……。もうやめよう。なんか恥ずかしくなってきた。

 

「……早く上がって下さい」

「うん……」

 

 肩を落としながら、マスクを取って部屋に戻った。このマスクもういらね。

 八つ当たり気味にマスクをトイレの中に叩きつけた。

 ま、他にも手はある。ポケットからダンゴムシのガチャポンのオモチャを文香の肩に乗せた。

 

「文香。肩、肩」

「え? ……あ、これ知っています。みりあさんと莉嘉さんが、仮眠を取っている美波さんのお腹に乗せて気絶させてました」

「……」

 

 ひでぇことするアイドルもいたもんだなぁ……。とりあえず、黙ってダンゴムシを片付けた。これ500円したんだけどな……。

 ふっ……だがしかし、悪戯を二つ回避したと思ったこの時こそ隙有りだ……! 

 

「わぁっ!」

「……」

 

 ……急に背中を叩いたんだけど、ピクリとも驚いてくれませんね……。

 

「ぷっ……ふふっ……!」

「?」

 

 あれ、なんか急に笑い出したぞ。どうしたのこの子? 

 そんなこと思ったのが顔に出ていたのか、文香は俺を見ると笑ったまま言った。

 

「ごめんなさい……! な、なんか……千秋くん……好きな子にちょっかい出してる小学生みたいで……可愛くて……ふふっ……!」

「んなっ……⁉︎」

 

 い、言うことにかいてなんだとこの野郎……! 

 

「う、うるせーな! こういうの慣れてないんだよ!」

「ふふっ……でも、もう少し工夫した方が……ぷふふっ……!」

「笑いすぎだっつーの!」

 

 こ、この野郎……あったま来たぞコラ……! 俺の悪戯が振るわなかったときのために保険を買っておいてよかったぜ……! 

 

「もう良いよ。ホラゲやろう」

「あ、怒ってしまいましたか? ごめんなさい……」

「怒ってないし」

「ふふ、千秋くん坊や?」

「怒ってねーからホラゲやんぞコラァッ‼︎」

「よしよし」

 

 調べておいて良かったよ。世の中には「ゾンビや霊を倒すホラゲ」以外にもスニーキングのみに徹するホラゲがある事を文香は知らない。

 そうだ、元々ホラゲを必要以上に怖がる奴ってのは「実際にこんなことが起こったら」を想像し、ビビる。つまり、アホほど怖いホラゲなら、耐性がつくどころか今後のウィークポイントになり得るのだ! 

 

 ×××

 

「……ち、千秋くん……いますか?」

「……ふ、文香こそいるよね……? 振り返ったら見た目そっくりのゾンビとかじゃないよね?」

 

 ……二人揃ってトラウマを植え付けられ、一緒の布団で背中をくっつけて手を繋いでいた。何故、背中を向けているか? 左右から来た時対策に決まってんだろ。大体、窓からか部屋の扉の隙間から来るんだよ、こういうのは。

 

「……ち、千秋くんの所為ですからね……!」

「ふ、文香が煽ったからだろ……俺だってこれは出すつもりなかったわ……!」

「ううう〜……! 明日、一限なのに……!」

「……」

 

 ……待てよ? 今の状況……まさに、文香を驚かせるに適してるんじゃないの? だとしたら……だとしたら……! 

 ……そういや、トイレにリア○鬼ごっこの仮面捨てたなよな……。

 

「……ふ、文香?」

「……な、なんですか?」

「トイレ行きたくない?」

「……行きたいんですか?」

「……」

「し、しかたないですねぇ。お姉さんが怖がりな千秋くんの面倒を見て差し上げましょう……!」

 

 今の文香は微妙に俺への恨みが深いのか、一々、言葉にとげがある。少しいらっとした事もあったが、文香の言葉遣いがこうなるのは俺へだけらしいので、そう思うと悪い気はしない。

 そのまま二人でトイレに向かう。俺がトイレに入ろうとすると、何故か文香までトイレに入ろうとする。

 

「……何してんの?」

「……私も入ります」

「なんで?」

「……外にいて襲われたらどうするんですか……! 坂本辰馬さんだって、銀さんがトイレに入っている間に襲われたんですよ……?」

「……いや、小便してるとこ見られるの嫌なんだけど」

「……そんな事言って、もし用を足している間に襲われたらどうするんです?」

「……」

 

 ……その可能性も無くは無いな……。というか……もし、あのマスクが呪いのマスクで、被ったら離れなくなる系のアイテムだとしたら……。

 

「……やっぱ、トイレいいや」

「……ダメです。我慢して尿結石になったらどうするんですか?」

「……」

 

 余計な嘘つかなきゃ良かった────ー! 

 結局、おしっこする所を文香に見られるハメになった。ホラーとは別のトラウマを植え付けられた。

 

 




ドカドカダンドンダダン

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