事務所のラウンジ。そこで、私は一人、頬杖をついていた。普段ならこの時間は本なりラノベなり漫画なりエロ同人なり読んでるわけだけど、今日はどうにもそんな気分になれなかった。
何故なら、最近、千秋くんの様子がおかしい。機嫌が悪いとかではなく、カレンダーを見ると私の方をチラチラと目配せし、かと思ったらソワソワしたりしてる。
模試の予定だろうか? しかし、千秋くんにそんな自主性があるとは思えないし、何より模試を受けるのは七月からと決めていた。
ゴールデンウィークが終わったことに絶望してるのかな? たしかに連休中は私のダイエットに付き合わせてしまったし、何処にも旅行みたいなものはできなかったけど……そもそも引きこもり感のある子だし、そのくらい気にするタイプでもない。
「……何か悩みでしょうか」
……それならば、私に相談してくれれば良いのに……。
考えれば考えるほど、私の気は沈んでいった。まぁ、彼は人の為、あるいは自分のためになら平気で嘘をつく子だし、従って自分の感情も隠すから、相談されないのは何となく想像はできるけど……。
……もう少し、私に依存させた方が良いでしょうか……いえ、変な意味ではなく。
「あれ、文香ちゃん。何してるの?」
「……あ、美嘉さん」
ちょうど良いところにいらしてくれました。確か、美嘉さんは千秋くんの従姉妹のはず……。こういう時のことを知ってるかも……。
と、聞こうとしたら先にあちらから仰っていただけた。
「所でさ、この前は千秋の誕生日だったけど、何あげたの?」
なるほど……全てが腑に落ちた。
「……美嘉さん」
「何?」
「……今から、行きましょう」
「え、まさか……プレゼント……」
「……ダイエットで、忙しくて……」
「あーなるほど……じゃ、頑張っ」
「一緒に」
「アッハイ」
進んで協力を提言してくれた美嘉さんと外出した。
×××
事務所を出て、二人でショッピングモールに来た。こうして同年代くらいのお友達と一緒に出掛けるのは何度来ても慣れない。特に、普段はオシャレ音痴な私をみんな着せ替え人形にするから尚更だ。
しかし、今日の予定は千秋くんへの誕生日プレゼントと誕生日パーティーの準備なので、比較的、安心はしている。
「で、何を買ってあげたいの?」
「……婚姻届か指輪でしょうか……」
「真面目に」
真面目ではあるのですが……それを言ったら怒られそうなのでやめておきましょう。
「……そうですね。やはり、ゲームやアニメ、漫画関係ではないものでしょうか」
「自覚があってて言ってるのか分からないけど、それ全然絞れてないからね」
……む、確かに。世の中はアニメや漫画だけじゃない。
でも、それ以外だと何が良いのか難しい。どうしましょう、本当に……。
「アクセサリーとかあげたら? あいつ、オシャレに無頓着だから」
なるほど……あくせさりー。
「……ジョーカーのマスクとか……?」
「なんでゲームに戻るのよ。てか、そんなん使えないでしょ」
「……では、モナちゃんのパチンコとか……」
「ペルソナから離れて。最近、ハマってるのはよく分かったから」
以前から面白いとは聞いていましたが、まさかアレほどとは。ちなみに、私はモナちゃんが好きです。
「まぁ、昔はオタクじゃなかったんだけどねー。……誰の所為でああなったんだろうね?」
「……むしろ、私は感染させられた側なのですが……」
「分かってるって。ま、男への誕プレなら任せてよ」
「……はい。処女ビッチの卒業を目指して色々、勉強なさってる美嘉さんなら、安心して任せられます」
「……帰っても良い?」
「なんでですか⁉︎」
何故、そんな急に機嫌を損ねて……。……いや、私でも怒ること言ってしまったかもしれない。あとで謝らないと。
「……あの、それより何をあげれば……」
「そこは自分で考えなきゃ。多少、アドバイスはするけど、何をあげたいかまで口は出さないよ」
「……なるほど」
やはりか。しかし、千秋くんの喜ぶもの……うーん。これから夏ですし、海パンとか……いや、今年は受験生ですし、海に行く暇なんてないですよね。
「……参考書?」
「やめてあげて!」
何故か美嘉さんから悲痛な声が上がった。まぁ、受験は大変ですからね。確かにやめた方が良いかもしれません。
「……では、英単語帳とか」
「やめてって言ってる意味分かってる⁉︎ 勉強関連はノーで!」
ダメですか……む、待ってください。勉強がダメなら、勉強の息抜きになるものを用意すれば良いのでは?
「……やはりゲームでしょうか」
「なんで戻ってくるの……」
「……いえ、勉強の息抜きになりそうな物をと思いまして……」
「あーなるほどね。……でも、ゲームはねぇ」
「……はい。ですが、ゲーム以外で息抜きというのも……」
「何でもあるでしょ。例えば……そうだな、騎空士とかは?」
「え、それゲームでは……?」
「え? 騎空士って職業でしょ?」
「……」
……いつのまにか私を超える逸材に……いや、口を挟むのはよしておきましょう。
「……すみません、電子機器関係は除いて欲しいです」
「あー、なるほどね。じゃあ、それこそ文香ちゃんの得意分野なんじゃない?」
「?」
「本、とか」
本? そんなもので良いのでしょうか。私なら喜びますが、彼は別に本を読むわけでは……。
「それは……」
「別に、本じゃなくても良いんだよ。ブックカバーとかでも。本関連の何かなら息抜きになるし、何なら知識にもなるし、合間に読めば良いから息抜きにもなるでしょ?」
そう言われれば、確かに受験生にとってこれ以上ないものに聞こえるかもしれませんが……。
でも、何となく小さい気もする。プレゼントは値段ではなく気持ちとはいえ、彼が私の誕生日にくれたものはストール、手作りケーキ。その上、パーティー会場も揃えてくれた。
なのに、私は本、或いはブックカバーで良いものなのだろうか?
「……うーん、本……」
「まぁ、アタシが決める事じゃないからね」
……少し、シミュレートしてみましょうか。
題〜千秋くんが、書にハマったら〜
千秋『……』
文香『……』
千秋『ねぇ、文香、ここんとこどう言う意味?』
文香『ん? どれですか?』
千秋『この表現なんだけど……今夜は月が綺麗ですねって』
文香『ふふ、そこですか。お姉さん……いえ、お嫁さんが教えて差し上げましょう。それは、プロポーズです』
千秋『へー、読書って面白いね。お姉ちゃんが教えてくれるから尚更』
文香『ふふ、そうでしょう?』
千秋『ところで……文香』
文香『?』
千秋『今夜は、月が機雷ですね』
文香『……///』きゅんっ
〜完〜
「……悪くないですね。いやむしろかなり良い」
「いや悪いでしょ。何、月が機雷って」
「し、思考を読まないでください!」
「口から漏れてたけど」
……これから妄想するときは気をつけないといけませんね。
それはともかく、本は良いかもしれません。本とブックカバーと手作りの栞と……あと、パーティーやケーキの準備も全てお返し出来るものはお返しした方が良いでしょう。
さて、どんな本にするか……官能小説は論外として、やはり私のオススメ……難し過ぎず、初心者にも手を出しやすいものといえば、やはりミステリーでしょう。FGOもやってましたし、ホームズとか良いかもしれません。
「……初歩的なことだ、友よ」
「そりゃそうだよ、口から漏れてたの聞こえてただけだし」
「……」
別のこと考えてて思わず漏れた言葉に反応されてしまった。恥ずかしいのでやめて下さい。
「……本にしましょう」
「じゃ、本屋行こうか」
「……いえ、本はうちで買うので、ブックカバーと誕生日ケーキと、誕生日パーティーセットを」
「リョーカイ」
……よし、方針は決まった。あとは買うだけですね。
「……とりあえず、ドレスを買いに行きましょう」
「は? なんで? 着させるの? アタシの彼氏にも参考にして良い?」
「いえ、千秋くんの誕生日会ですから。……今から高級ホテルの予約は間に合うでしょうか」
「何処まで盛大にやるつもり⁉︎ やめてあげて!」
ダメですか……。まぁ、私の部屋でやりましょう。そのための飾り付けも買わないと。
「では、まずは……」
「でも、誕生日に祝う側もお色直しってのは悪くないよねー?」
「え?」
あれ、なんか悪寒が……と、狼狽えたのもつかの間、美嘉さんの左腕が私の両腕をガッチリとホールドした。そして右手の親指が指す先には、如何にも美嘉さんが好きそうな洋服屋さん。
あ、この流れは……。
「じゃ、行こっか」
「……お、お手柔らかに……」
着せ替え人形にさせられた。
×××
誕生日パーティーは、もう何度も参加している。しかし、それらは全て去年に参加したものだ。と、いうのも、アイドルになってからだから。
私が率先して会を開催したことはなかったし、私が祝われた事もあったけれど、誕生日パーティーの準備というのは大変だ。私の部屋で一人でせっせと手を動かしてるけど、中々、体力を使う。
その上、美嘉さんに選んでいただいた服はヒラヒラして、少し気になる。誰も家の中にはいないのに、スカートが少しまくれる、なんて経験はライブ以外ではないことだから。
さて、そんな話はともかく、千秋くんを呼んだ時刻はあと僅か。幸い、今日は千秋くんは図書館で勉強していたようで私の部屋にはいなかったから良かった。
さて、それはともかく誕生日会の準備をしなければ。
「ケーキ良し、飾り付け良し、プレゼント良し……後はー……」
……あ、晩御飯はどうしましょう。作らないとマズイですよね。私も食べてませんし……。
でも、今作り始めると千秋くんが帰って来るまでに間に合わない気も……いえ、迷ってる時間が無駄ですね。やるなら最高のパーティーを。
そう決めて、台所に向かおうとした時だ。スマホが震えた。千秋くんから電話だ。
「……もしもし?」
『あ、文香?』
「……はい。あの、何時頃にご帰宅の予定で……」
『何々、誰とコソコソ電話ー?』
……莉嘉さんの声? 図書館で勉強してたのでは?
『ちょ、バカお前発声するなって言ったよな。人の話聞けないの? バカなの? 死ぬの?』
「千秋くん」
『っ』
ビクッと肩を震わせたのが目に見えるように分かりましたね。
「……どういうことですか? 浮気ではないのは分かりますが、何故莉嘉さんといるのですか?」
『あ、いやそれは……』
「……まさか、遊んでいたのですか? 私に黙って?」
『そ、そういうわけでは……』
『それで、どうだったの? アタシからの誕プレ』
……ほう?
『おい、お前本当黙っててお願いだから。300円あげるから』
『お姉ちゃんから、まだ祝ってもらってないって聞いたからね。アタシも祝ってあげたくなっちゃってね!』
『うん、実際のところ悪く無かったよ。現状は最悪だけど』
『でも、文香ちゃん意外だよねー。ダイエット中とはいえ彼氏の誕生日忘れるなんて』
『うん、お願いだから』
『ま、でもアタシ達が祝ってあげたんだから泣かないで!』
『むしろお前を泣かすよマジで』
「……千秋くん」
『っ、は、はいっ』
「早く帰って来なさい。良いですね?」
『……はい』
『で、電話の相手はだ……』
そこで通話は切れた。
……言われっぱなしではいられません。千秋くんのことに関しては、たとえ従姉妹相手でも負けるわけにはいかない。私の本気のおもてなしを見せて差し上げましょう。