ダイエット、それは古今東西、女性達を悩ませて来たものだ。いや、男性もだ。
何故なら、痩せる、と確実な方法があるわけではない。人によって痩せ方も個人差があるし、従ってwikiなどが出来るわけでもない。
動いても食事制限しても痩せるかどうか、それは本人の体質と努力次第なのだ。なんてクソゲーなのか。
仮に痩せているとしても、1日やそこらで結果なんて出ないし、ゲームじゃないから経験値ゲージのようなものも出ない。せめて一週間くらいは動かないと数値化もされないのだ。
まぁ、クソゲーオブクソゲーなダイエットだが、それに挑まんとする俺の彼女とクラスメートの手伝いをすることになってしまった。
そんなわけで、三人で公園に来ている。
「かな子さんも、ですか……?」
「は、はい……その、スイーツを、つい……」
これからダイエットをするっていうのに、二人とも嬉しそうに頬を赤らめた。大方、仲間が見つかって嬉しいんだろう。
俺も文香も三村さんも、ダイエットについてコツを知っているわけではない。食事制限は調べるとして、運動の方は、とりあえず「がむしゃらに体を動かす」くらいしか分からないのだ。なんかテレビで大学の先生が紹介してるような奴は胡散臭くて信用できないし、何より特定の機器なんかうちにない。や、うちっつーか、うちもだけど、文香の部屋の方の。
二人揃ってジャージを着て、その下には汗をかいても良い服を着て、スポブラを装備して、準備だけは万端である。
「さて、どうする?」
「……ていうか、鷹宮くんはやらないの?」
「やるよ。二人ほどガッツリはやらないけど」
俺は普通の私服なので、三村さんが当然の質問をしてきた。俺は主にサポートだろ。飲み物買ってきてあげたりとか。
「で、まぁ運動するために公園に来たわけだけど、何するよ?」
「……そうですね。やはり、付き合ってくれている千秋くんも楽しめるように、スポーツにしませんか?」
なるほど、それはありがたいけど、そんな気を使うことはない。俺が参加する羽目になったのは俺のジョークが原因だし、何より文香と一緒ならつまらなくなることなんかない。
まぁ、その心遣いはありがたいから、ここは黙っておくけど。
「良いね。で、何する?」
「……はい。それで、今日はこれです」
文香が鞄から取り出したのは、ラケットの入った袋だった。テニスではなく、バドミントンのラケットが四本セット。ガチの奴ではなくエンジョイ勢用、といったものだ。
それを見て、三村さんがキョトンと小首を傾げた。
「……ミントン?」
「……はい。点を取り合うのではなく『100回連続で打てるまで帰れまテン!』です!」
文香が「テン!」というのはとても可愛らしかったが、それを気にしている場合ではない。
「それ、かなり難易度高くね?」
「……かな子さんと千秋くんならやれます」
「なんでしれっと自分を外してんの」
「そ、そうですよ。文香さんにも頑張ってもらわないと……」
「……かかった時間の分だけ、この後の勉強時間を増やしますよ?」
「よし、やろうか!」
そんな脅迫にも近い説得と共に、競技を開始した。
さて、二人でラケットを構え、シャトルを文香が手に持った。まぁ、一人50回返せば良いだけ、そう思えば心も折れないさ。
「……では、いきます」
文香は静かにそう言うと、シャトルを目の前で控えめに放ると、アンダーサーブを放っ……とうとしたところで、ラケットは空を切り、シャトルは地面にポテッと落ちる。
「……」
「……」
「……」
最初の記録0回。ある意味、一発目で100回行くより難しい結果だった。
頬を真っ赤にして固まる文香だった。まぁ、気合い十分で空振りは恥ずかしいよな。しかも序盤のサーブでミスるのはいただけない。
「……文香、バドミントンのサーブはそうじゃなくて、胸前で打つんだよ」
「うっ……は、はい……」
相変わらず真っ赤になったまま、シャトルをつまみ上げた。
で、再トライ。これ再トライって言って良いのか分からんけど。
文香が再びサーブを打とうとしたが、また空振りする。いや、普通は一度ミスったら学習すると思うんだけど。
「……なぁ、これダイエットか? 俺も三村さんも一歩も動いてないんだけど」
「う、うるさいです! ここからです!」
プンスカと腹を立てながらも、文香は慌ててゲームを再開した。
3回目は流石に失敗することはなかった。が、それはあくまで「ラケットをシャトルに当てられるか」という括りで見た上での失敗だ。
つまり、先端に当たったシャトルはトウキックの如き勢いとコントロールによって、俺の目に直撃した。
「ふごっ……⁉︎」
「ーっ、ち、千秋くん⁉︎ ご、ごめんなさい……!」
「だ、大丈夫……?」
「ぐっ……あ、危なかった……!」
俺の瞼があと0.5秒遅かったら眼球に直撃、減り込んでた。ダメだ、この子の運動神経は悪いなんてものじゃない。
「……文香、普通に走らない?」
「いえ、このままでは終われません……!」
……いや、別に痩せるのにバドミントンでなければならないってことはないだろ……。
まぁ、文香はこう見えて頑固だし、俺の言うことなんか聞かないだらうけど。別に良いけどね。
「とりあえず、落ち着いてやってみろよ。面積はそれだけ広いんだから、当てるくらいできるでしょ」
「は、はい……!」
のんびりと文香のプレイングを眺める。こっちは汗かかなくて済むが、向こうはむしろ汗かきに来てるんだから、このままでは困る。
それからサーブを7回ほど繰り返し、ようやくまともな一発目が飛んできた。それに対し、俺もラケットで返す。動く的に棒を当てるなんて、剣道3段の俺にとってはお茶の子さいさいだ。
返すと、文香は空振りした。まぁ、知ってたわ。サーブにも時間が掛かったのに、返すのが出来るわけがない。
「……三村さん、のんびりやろうか」
「そ、そうだね……」
「ううっ……」
俺と三村さんの会話を聞いて、申し訳なさそうに俯く文香だった。
×××
それから、徐々に……いや本当にカタツムリレベルののろさだが、ラリーは回数を増やした。
三村さんも見た感じ運動は得意ではなさそうな動きだが、文香よりもマシだ。
今はその休憩中。ここはサポーターたる俺の役目である。二人の飲み物を買いに行った。えーっと……ダイエット中だし、下手なものは選ばない方が良いよな。
「うーん……でも、最近は温かくなってきたしなぁ」
……スポドリは甘いってことは、やっぱ糖質入ってるんでしょ? ダイエットのうんちくとか分からないけど、甘いものは控えた方が良いのは分かる。
うーん……分かんねーや。とりあえず、水とかお茶にしておこう。あ、それと摘めるようにおやつ買っておくか。おやつはー……うん、新潟のぬれせんべいがあるし、これにしよう。ダイエット中なのにおやつは意味ない? 大丈夫、これ内容量6枚だから、2枚しか食えない。
やはり、袋の外に内容量が書いてあるのは助かるな。
それらを購入して、二人がバドミントンをやってるであろう敷地に入った。
遠目から見ても、巨乳の大学生と巨乳の高校生が一心不乱にラケットとシャトルで遊んでるので、あそこが俺の行くべき場所だと一発でわかった。周りで遊んでるのは小学生ばかりだが、それでも注目を集めている。
……うーん、混ざりたくない。俺に男友達がいれば今すぐに呼び出して「アイドルとお知り合いになれるよ?」って言えたのに……。
まぁ、ここでうだうだしていても仕方ない。合流しよう。
しかし、本当に上手くならねえな、あの二人。続いても三回が限界。帰れま10なんてやると、冗談抜きで夏休みに突入しそうだ。まだ五月なのに。
「えいっ」
「……はうっ」
「ほいっ」
「……ひゃいっ」
「ああ〜……」
「……うう、すみません……」
「い、いえそんな……さっきは私が足を引っ張っちゃいましたし……」
4回目で、文香の頭上に飛んできたシャトルがラケットをすり抜けて、頭にコテンと落ちた。聞いてる分には可愛いんだが、あの人達、多分、100回やるってこと分かってない。
……これは今日の勉強時間が24時間超えるのも覚悟せねばならんな……。
「ハエ叩きでもしてんのかよ」
「む、ハエ叩きは酷いっ」
「……そ、そうです。どう見てもバドミントンです」
まぁ、ラケットとシャトルを持ってりゃバドミントンに見えるからな。例え、そのアイテムで野球をしていたとしても。
「あい、飲み物。お茶」
「わ、ありがとうございます」
「それと、おやつ」
「「……はっ?」」
唐突に二人ともどすの利いた声を出し、身体中になんか武器が突き刺さったような感覚に陥った。
何事かと二人を見ると、二人はラケットを手放してゆらりとこちらに歩みを進めてきた。
「お、や、つ?」
「……どうやら、千秋くんは誰の所為で私達がこうなってるのか、まったく分かっていらっしゃらないようですね」
「……あの、だから……6枚入りで、数の少ないものを……」
「……」
「……」
説明すると、二人は動きを止めた。文系でも出来る単純な算数だ。
ーーー6÷3=2
つまり、一人2枚。せんべい2枚で体重が変わらない事は二人とも分かっているはずだ。
「ま、まぁ……そういう事なら……」
「そ、そうだね……」
あ、甘んじて受け入れた。しかし、マジでベストチョイスしたなぁ。これが値段に負けてポテチ買ってたら間違いなくラケットで串刺しにされてた。
「で、何回できた?」
俺の分のお茶を飲みながら聞くと、二人とも恥ずかしそうに頬を赤く染めた。どうやら、進歩はないようだ。
「……その」
「最多で、6回……」
「へー、頑張ったじゃん」
予想以上だ。どうせ、全く進んでないと思ってたから。
「……しかし100回は無理です、このままでは」
「いやそれは俺が決めたことじゃないし」
「ふ、文香さん……少しハードル下げませんか?」
「……そうですね」
言いながら、二人ともモグモグとせんべいを摘む。俺よりも先に。
……なんつーか、この人達は無意識的な行動がとても痩せようとしてる人とは思えないんだよな。まぁ、だからここまで育ったんだろうけど。
「でも、何回に下げんの?」
「そうですね……50で」
いきなり半分……と、呆れることはできなかった。むしろもっと減らして欲しい。今、1時間かけて6回だからね?
「や、もう少し減らした方が……」
「……いえ、それではダイエットになりません!」
「そう、そうだよ鷹宮くん! 目標は高くしないと!」
わあ、三村さんまで賛同しちゃった。ダイエットするのは俺じゃないし、好きにしたら良いけど。
「よし、じゃあやりましょう、文香さん!」
「そうですね、かな子さん!」
二人とも元気よく立ち上がり、ラケットを握った。
俺はまだせんべいを食べてないので、参加は食べてからで良いかな、と思って袋の中を見ると、一枚も残っていなかった。
あいつら、キレてた割に枚数をセーブすることできないのかよ……。
「……デブ」
ラケットが鼻と口の間と、額に直撃した。