文香が千秋の部屋を飛び出した翌日、事務所のレッスン終了後、沈む顔でラノベを読む文香の姿があった。それを見て、一発で様子がおかしいと見抜いた奏は、声を掛けてみた。
「文香、何かあったの?」
「………奏さん」
「確か、昨日は鷹宮くんのお見舞いに行っていたんじゃなかったかしら?」
「……鷹宮さん………」
名前を復唱すると、顔を赤くして俯く文香。一発で「あ、これ何か面白いことあったな」と見抜いた奏は聞いてみた。
「何、どうしたの?好きになっちゃったのかしら?」
「っ……!ち、違います!……少し失礼な態度をとってしまって……」
「失礼な態度、ですか?」
「……はい………って、ありすちゃんいつの間に」
「詳しく話してください」
いつの間にか現れたありすに言われるがまま、文香は説明した。昨日、あったことを丸々。すると、奏もありすもジト目て文香を睨んだ。
「………あんたら、付き合ってないでそれやってるのよね?」
「……付き合う?……いえ、昨日ずっと私、鷹宮さんに付き合ってましたけど」
「そういう意味じゃなくて……いや、今の反応で分かったけれど」
そこを指摘しても無駄なような気がしたので、奏もありすも敢えて黙ってる事にした。
「………まぁ、ようは恥ずかしかったってことよね?」
「………はい」
「お互い様なんだし、気にしなくて良いんじゃない?」
「……だ、ダメです!手を握ったまま寝るなんて……恥ずかしすぎます……!」
「いや、頬をツンツンの方が恥ずかしいと思うけれど……」
「っ……!つんつん………」
「あ、そっちでも照れてるのね……」
奏は困ったようにありすを見た。ありすは顎に手を当てて目を閉じて考えた後、結論を出した。
「………わかりました。つまり、鷹宮さんをとっちめれば良いんですね?」
「……な、なんでそうなるんですか⁉︎」
「文香さん、鷹宮さんの番号を教えてください。私から言わせてもらいます」
「……だ、ダメですよ!何を勝手に……⁉︎」
「いいじゃない。言っちゃいなさい。番号は……」
「…ちょっ、奏さん⁉︎ていうか、なんで番号知ってるんですか⁉︎」
「昨日暗記した」
奏に番号を教わり、ありすはスマホを耳に当てた。
『………もしもし?』
「鷹宮さんの携帯でしょうか?私、橘あり」
ぶつっと切られた。ありすは真顔になった後、もう一度電話をかけた。
『…………もしもし?』
「鷹宮さんの携帯でしょうか?私、橘」
また通話は切れた。泣きそうになるありすに奏が言った。
「………あのね、ありす。知らない人からいきなり電話かかって来たら誰でも切るわよ」
「かけろって言ったのは奏さんじゃないですか!」
「まずは文香の友達とか言わないと」
「………そ、そうですね」
納得したありすは、再び電話をかけた。
『お掛けになった電話番号は、現在電源が入っていないか、電波の届かないところに……』
それを聞いて、涙目になりながら文香を見上げるありす。それを見て怯んだ文香は、ため息をついて項垂れた。
「……諦めて下さい。電源を切られてしまってはどうしようもありません………」
「………分かりました」
涙目のありすは頷くと、文香を見上げた。
「文香さんに言いたい事を言います」
「………はえっ?」
「恥ずかしかったのは分かりますが、その場で逃げちゃダメです。そもそも、先に手を握っていたのは文香さんなんですから」
「……へっ?は、はい……」
「文香さんはその人の事、好きなんでしょう?」
「ふえっ⁉︎だ、だから別に好きってわけじゃ……‼︎」
「………嫌いなんですか?」
「……あ、ああー……そういう意味、ですか。はい、好きです……」
「あら?どういう意味だと思ったのかしら?」
「……うっ、うるさいです奏さん!」
「文香さん、真面目に聞いてください」
茶々を入れる奏を黙らせると、小学生に黙らされる文香。
「とにかく、看病すると言ったのに途中で逃げてしまったんですから、謝った方が良いと思います」
「………はい。分かりました」
小学生のマジ説教を本気で受け止めてる大学生という、シュールな絵面を見ながら奏は若干呆れつつも、心の中ではかなり爆笑していた。
凹んでる文香を見て、ありすは十分反省したと見て、別の話題を持ち出した。
「………それで、鷹宮さんってどんな人なんですか?」
それを聞いて、文香は困ったように首をかしげた。
「……どんな人、ですか……?」
「はい。奏さんから、文香さんのプライベートを任された男性ですから、気になります」
「……と、言われましても………」
文香は顎に人差し指を当てて考えた。だが、中々口から何も発せられないので、焦れったくなった奏が聞いた。
「何よ、何も浮かばないの?」
「……いえ、優しい方というのは上がるんですけど………他に、ですか?」
「そうよ。昨日、一昨日と半日連続で一緒にいたんだから分かるでしょ?何かないの?」
「……………」
文香は腕を組んで答えた。
「………そう言われましても……原付の免許を持ってて、時には私の事を叱ってくれて、でも優しくて、その割に風邪引くと弱々しくなって、寝顔が可愛くて、意外とすぐ照れる……という事以外はあまり浮かびませんね」
「……………」
「……………」
それを聞いて、奏もありすもジト目になった。で、お互いにヒソヒソと話し始めた。
「………まるで彼氏の惚気話を聞かされた気分ね」
「………普通の友達同士ではあり得ない情報を知ってる事に気付いてるんでしょうか」
「………ねぇ、これ付き合ってないの?少なくともどっちか恋愛感情持ってないの?」
「………でも、文香さんそういう話は疎そうですし、鷹宮さんに惚れてたとしても気付きそうにないですよ」
「………カマかけてみる?」
「………任せてください」
「あ、あなたがやるのね」
「あの、なんか失礼な話してませんか?」
文香の質問を無視して二人は離れると、ありすが咳払いをして切り出した。
「文香さんは鷹宮さんのこと、好きではないんですか?」
「直球じゃない!カマかけるの意味知ってるの⁉︎」
思わず奏は大声でツッコンでしまった。
「………カマですよ。付き合ってる、とは聞いてませんから」
「むしろ鎌よ!それも死神の!」
よくよく考えれば、ありすは小学生。カマかけるなんて出来るはずがなかった。自分のミスに奏が後悔してると、文香は割と冷静に答えた。
「………ご友人、としては好きですが……恋愛的な意味では普通?ですよ。私、あまり恋愛というのはよく分かりませんし」
「……………」
少し頬は赤いが、本日二度目の質問だからか、ほとんどノーマルな返答。ここまで直球で聞いてしまったら、もう変化球は効かない。なら、ボール球を空振りさせようと奏は考え、ありすと交代してピッチャーマウンドに上がった。
「なら、鷹宮くんを見てドキドキしたりは?」
「……しません、けど」
「鷹宮くんと触れ合いたい、とは思ったりは?」
「………鷹宮さんが寝てる時なら、頭撫でてあげたりしたいです。でも、起きてる時は、その……は、恥ずかしいので余り……」
「鷹宮くんがお店に来ると嬉しい?」
「……いえ、基本的に会う時はラノベを返す時だけですので、前もって連絡してあるので嬉しいも何もないです」
これは違うか………と、奏は諦めかけたが、念のために4球目を投げた。
「鷹宮くんが他の女の子と付き合ったりしたらどう思う?」
「っ……そ、それは………」
ようやく、当たりのような反応をした。文香はボール球に手を出し、大きく引っ張られた打球はファールボール。
「どうなの?例えば……私と鷹宮くんがキスしたら」
全く同じところに投げると、文香は少し不機嫌そうな表情になった。
「………嫌です。少し……」
「………ふーん?」
「………でも、鷹宮さんは別に私の所有物ではありませんし、もしそうなったら……またお店のお客様として来ていただければそれで良いです。ラノベの感想は……他の方と話すしかありませんね……」
そう言う割に、辛そうな表情を浮かべる文香。これは正直、判断に迷った。もしかしたら、ラノベの感想を言い合える仲間は千秋しかいないから、それを無くしたくないだけかもしれない。
まだ、判断するのは難しいか……と、奏は判断した。無理に「好きなんでしょー?はっきり言いなよー」なんて言えば、文香を不愉快にさせるかもしれない。ていうか、不愉快にさせると確信があった。
「そう……。悪かったわね、変な事聞いて」
「……いえ。大丈夫ですよ」
「晩御飯食べに行きましょう?お詫びに奢るわよ」
「………本当ですか?」
「ええ。ありすも来る?」
「行きます!」
即答され、奏は財布の中を確認した。場所によるけど、多分大丈夫かしら……?なんて思った時、文香が奏の制服の裾を引っ張った。頭上に「?」を浮かせながら振り返ると、不安そうな顔で聞いてきた。
「………鷹宮さんのこと、取りませんよね?」
「大丈夫よ、取らないわ。安心しなさい」
あまりにも不安そうな表情だったので、奏は文香に優しく微笑んだ。とりあえず、この手の話で文香をからかうのはやめよう、と決めた。