高校までの学生の春休みは長いようで短い。まぁ、おまけの休みみたいなもんだし、夏や冬と違って社会人には一週間の休みも与えられないから仕方ないといえば仕方ない。
しかし、学校によっては長い事もあるわけで。この機会に俺と文香はどこか旅行に行こうという話になり、旅行雑誌を買ってきた。
もうほとんど同棲状態で、文香の部屋で二人で暮らしている。もちろん、文香が泊まりの仕事とかなら自分のアパートに帰るが。
「で、どうするか」
「……そうですね。どこか行きたい場所はありますか?」
「秋葉原」
「やり直し」
「や、やり直し……?」
ボツってことかな……? や、まぁ流石に冗談のつもりではあったが。
「どこにするか。今の時期ならどこ行っても楽しめそうだけど」
「……千秋くんは行きたい場所ないのですか?」
「俺は特には……」
「……むー、私と一緒に出掛けたくないのですか?」
「や、海は流石にこの季節無理かなって。水着姿が見たい」
「……も、もう……えっちなんですから……」
「付き合ってる間は海には遊びに行けなかったからなぁ……」
「……そういえば、そうですね。あの時は、撮影でしたから」
懐かしい。
「あの時の水着って文香が選んだん?」
「……いえ、用意されていたものをお借りしました」
「なるほど……。じゃ、今年は文香の選んだ水着が見れるのかな?」
顔を赤くするかな? と思ってそんなことを言ってみた。だが、文香は思いの外、怖い笑みを浮かべて返して来た。
「受験ですよね? 海なんか行く暇があると思ってるのですか?」
「……」
……鬼かよ、この女……。
「……1日くらい良くないですか?」
「……模試の成績次第ですね」
「賄賂するしかないか……」
「……なぜ真面目に勉強するという選択肢がないのですか……?」
だって模試はやっても上がるという保証はないじゃん。実力や運だけじゃ限界がある。
「……大体、賄賂なんていうその場しのぎなどしても意味ないでしょう。ちゃんと勉強して、現時点の自己の把握をしっかりと測るべきです」
「無理だって……それにほら、指定校推薦の可能性も捨てきれないし」
「どの追試の口が抜かしますか」
「……」
追試の口ってなんだよ……。まずいな、このままだとこのままズルズルとお説教コースに……。
「ふ、文香っ。それより早く旅行の予定決めちまおう」
「……そうですね。私も、お説教したくなってきてしまいましたから」
ナイス判断、俺。このまま話を進めちまおう。
「文香は行きたい所ないのか?」
「……いえ、ないこともないのですが……」
「どこ?」
「……その、奈良に……」
「おなら?」
「鷹宮」
「じ、冗談です……」
すげぇ、多分今初めて呼び捨てされた。そんなにイラっとしたのか? や、俺でもすると思うけど。
「……奈良です。一度で良いので、奈良公園に行ってみたくて……」
「行ったことないの?」
「……はい。中学生の時に、一度だけ修学旅行で行ったきりです」
そいつは意外だ。文香、ああいう日本の古臭い寺とかあるとこ好きそうなのに。
「……千秋くんは行ったことありますか?」
「あるよ。俺も修学旅行で行って鹿でロデオして超怒られた」
「……当たり前です……」
あの時の俺は何考えてたんだろうな……。キチガイなら面白いみたいな考え方だったっけか。
「じゃ、奈良だな。奈良公園は外せないとして、他どこに行く?」
「……そうですね。千秋くんはどこか行きたい場所はないですか?」
「とりあえず、らき☆すたの聖地を片っ端から」
「……あとは法隆寺とかでしょうか」
ちょっ、無視とか酷くないですか。いくら俺でも傷つくんですけど。
「法隆寺か……聖徳太子の?」
「楽しい木造建築〜」
「隋に行ってて忘れてたけど、建設中の法隆寺がもう完成している頃なんだよな、楽しみだ。……ひどくこざっぱりしてる〜」
「……ギャグマンガ日和ごっこは今度にしましょう」
「えー、久々に文香の飛鳥文化アタックの回避が見たかったのに……」
まぁ、体を逸らした時の張った胸がエロくて見てたら「そんなに胸が見たいならもっと近くで見れば良い」と締め上げられたが。
とりあえず法隆寺、奈良公園と決まった。
「あとは……東大寺とかか?」
「……ほとんど奈良公園の近所ですが……まぁ、そうですね。千秋くんでも知ってる有名どころはその辺りでしょうか」
「なんだよその含みのある言い方……」
俺がバカだって言ってんの?
「そういや一泊二日で良いのか?」
「……はい。あまり時間もありませんから」
「じゃあ、観光地はそんなもんかな……。あとは泊まる宿とかか……」
「……そうですね。せっかくですし、温泉のある所が良いですね」
「温泉ねぇ……。あ、アレやる? 壁を間に挟んで話す奴」
「……そういうのは現地のノリでやるものでは?」
あれやるの実際大変そうだよな。周りの人に聞かれたら恥ずかしいし、文香はアイドルなんだから尚更だ。
「やめておこう」
「……そ、そうですね……」
同じことを思ったのか、文香も頷いた。
さて、まぁだいたい予定は決まった。あとは宿とかだが……。
「……あの、宿は私が予約しますね」
「良いのか?」
「……はい。良い温泉宿を知ってるんです」
「温泉かー。俺、長風呂嫌いだから速攻出ちゃいそうだけど」
「……混浴でもですか?」
「逆上せても上がらない」
「……まぁ嘘ですが」
……この子はいつからこんな小悪魔になったのか。しかも、これまた可愛いのが腹立つ。
まぁ、真面目な話、混浴は困る。他の男に文香の裸を見せるわけにいかないので、全員の目を潰して回らなければならないから。
「嘘でも嘘じゃなくても良いけど、混浴はやめてくれ」
「……あら、なんでですか? 逆上せても上がらないのでは?」
「それいいから……。いや、他の男性客の数だけ1日の殺人事件が増えるのは困るでしょ?」
「……そうですね。私も千秋くんが他の人の裸を見て反応しようものなら、ついうっかり夜は寝かさないかもしれませんから」
「……なんで俺に制裁を下そうとしてんだよ……」
他の女性客の虐殺とかじゃ無いんだ。いや、どっちにしても頭おかしいけど。
「……では、予約しましょう」
パソコンで予約をした。なんか選ぶ宿は秘密にしたいとかで俺に見せないで。
そんなわけでしばらくゲームして待機してると、予約を終えたのか文香が隣に座った。
「……終わりました」
「悪いな。本当は男がそういうのやるべきなんだろうけど」
「……いえ。私の行きたい場所をお願いしましたから、それくらいは気にして無いです」
「次、旅行に行く時は俺がやるから」
「……はい。楽しみにしていますね」
まぁ、行きたい場所がないんだが。結局、文香が楽しめそうなところを探すしかないんだよなぁ……。
その辺はおいおい探すとしよう。とりあえず、今は奈良の話だ。
「……ま、三箇所も回れれば良いよな」
「……千秋くんは、行きたい場所はないのですか?」
「ないってことはないけど、文香は割と神社とかじっくり楽しみたいタイプでしょ?」
「……は、はい」
「なら、じっくり回ろう。時間なんか気にしないで」
「……ありがとうございます」
そう言うと、文香は俺の肩に頭を置いた。ゲームしづらい、なんて言ったら離れちゃうよな。こうしてくっつかれるのは嫌というわけじゃ無いし、このまま黙っていよう。
「……あら? 千秋くん、凡ミスが多いですね」
テレビの画面を見ながら文香がそんなことを言った。今やってるのはフォ○トナイト。
一人の敵を前にして、緑ポンプショットガンと建築で殴り合っている。先に相手の頭上をとってヘッドを狙いたいんだけど……階段が上手くいかない。というより、文香のおっぱいが腕に当たってて操作しづらい。まぁ、心地良いから何も言いませんが。
「文香もやるか?」
「……いえ、千秋くんがドン勝するところが見たいです」
これまたプレッシャーかけるような事を……。
仕方ない、勝ちに行くか。そう思った時だ。突然、どっかからロケランが飛んで来て、HPの少なかった俺ももう一人も揃って爆殺された。
「……」
「……」
「……もういいや」
「……そ、そうですね……」
コントローラをその辺に置いた。二人してそのままボンヤリとソファーに座ってテレビを眺めた。
「あー……なんつーかさ、文香」
「? なんですか?」
「付き合ってもう7ヶ月だよな」
「えっと……そうですね、8月からですから」
「あの時からずっと思ってたんだけどさ」
「……なんですか?」
「文香って割と甘えん坊だよな」
「……ふえっ⁉︎」
唐突な俺のカミングアウトに、文香は顔を真っ赤にした。
「な、なんですか急に⁉︎」
「や、すぐにくっついて来るし、自分の胸の大きさや体の柔らかさ、良い香りとかを一切自覚せずにベタベタくっついて来てさ、お陰で!付き合ったばっかの頃の俺は性欲を我慢するのが大変だったわ」
「ううっ……人をビッチみたいに……!」
「違うの?」
「ちっ、違います! ……あ、甘えん坊なのは、そうかもしれませんが……」
あ、そこは認めるんだ、意外。
「……言っておきますが、甘えん坊なのは千秋くんの所為ですからね」
「えっ、なんでっ?」
「……千秋くんが、私の気持ちにいつまでも気付かないからです。夏休み……特に撮影の時はムカムカしっぱなしでした。変な嘘までついて……」
「悪かったよ……。人の気持ち盗み聞きしてた文香さん」
「あ、あれは……すみません。奏さんの所為とはいえ……」
「や、別に怒ってないけど」
考えりゃ、告白まであれ完全な出来レースだったんだよなぁ。気付かない俺が悪かったのか?
「……そういうわけですから、私は千秋くんに存分に甘えちゃいますからねっ」
言いながら、文香は俺の膝の上に頭を置いた。
「……でっかい子供だな」
「む、それは千秋くんの方が子供です」
「ああそう……」
小さくため息をつきながら、文香の頭を撫でた。
文香は気持ちよさそうにゴロゴロ言い始めた。……なんか、猫っぽいな。そういえば、この前確か文香にイタズラしようと思って買ったアレが……あった。
その辺から猫耳のカチューシャを手に取って文香の頭にかけた。
「ひゃっ……? な、なんですか……?」
「うん、やっぱ文香って年寄りの猫っぽいわ」
「ど、どういう意味で……⁉︎」
「よっ、と」
「しゃ、写メ撮らないで下さい!」
「待ち受けにしよーっと」
「っ、ち、千秋くん!」
そのままソファーの上でじゃれ合った。