鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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日刊一位にビビりましたマジで。ありがとうございます。頑張ります。


風邪は人の心も理性も弱らせる。

 人には必ず「夢シチュエーション」というものがあるはずだ。例えば、幼馴染に朝起こしてもらうとか、小学生の少女の小さなお手てで握ってもらったおにぎりとか、歳上のお姉さんの後ろからのあすなろ抱きとか。

 レベルアップすると、突然の土砂降りで屋根のある所に退避してふと一緒にいる女の子を見るとブラ透けしているとか、普段はそうでもないのにエプロンを付けると急にエロくなる幼馴染とか。

 限界突破で、着替え中の部屋の中に入ったり、膝枕とオッパイに挟まれたり、スカートの中に迷い込んだり。

 最終上限解放で、生の太ももに顔を挟まれたり、幼女とお風呂に入ったり、巨乳に挟まれたり(何処をとは言わない)、と言ったところか?俺が今まで聞いた事あるので一番酷いのは、少年になってハタチ超えてるお姉さんに全裸で両手両足を縛られたいそうです。

 そして、俺にとっての夢シチュエーションは、熱が出た時に女の子に看病してもらうことだ。詳しく言うと、汗だくの体を拭いてもらったりしたい。歳上だと尚良し。いや、もっと言うと添い寝とかしてくれると言うことない。まぁ、流石にそれは無理なのは分かってるけど。

 だが、人はお目当てのものを手に入れると意外と無力なものだった。

 

「……き、気分はどうですか………?」

 

 鷺沢さんが俺の横で体調を5回ほど尋ねて来ている。その度に俺は「や、その……スゴイっす」って答えてる。情けないったらない。

 

「………や、その………スゴイっす」

「……そ、そうです、か………」

 

 はい、これ6回目な。お陰で鷺沢さんも困らせてしまっている。すみませんね、情けなくて。

 自分のヘタレさ加減に自己嫌悪していると、鷺沢さんが俯きながらポツリと呟いた。

 

「………すみません、鷹宮さん」

「? な、何がですか?」

「……私、やっぱり昨日は…その、鷹宮さんを泊めてあげるべき、でした……。それなのに、帰らせてしまって……風邪、引かせてしまって………」

「い、いやいやいや!違いますから!全然、鷺沢さんの所為なんかじゃありませんから!」

「……その上、まともな会話もできなくさせてしまってすみませんでした……!」

 

 あれ?今、俺貶された?

 

「や、違いますって……。俺が勝手に風邪引いただけですから。だから、そんな謝らないで下さい」

「……で、でも」

「や、本当に。それよりほら、俺風邪引きましたよ?って事は、バカじゃないって事ですよね?」

「…………」

 

 誤魔化すように言葉を繋げた。謝られるのは本当にお門違いだし。

 鷺沢さんはしばらく俺を見た後に、クスッと手元に手を当てて微笑んだ。

 

「……そうですね」

 

 良かった。変な責任は持たれなかったようだ。

 しかし、鷺沢さんは意外と自分の所為にしたがるタイプだったのか。いや、鷺沢さんの場合は「したがる」というより「そう感じてしまう」と言った方が正しいだろう。それなら、こっちはもう少し責任を感じないように行動した方が良いな。

 

「………それより、何かして欲しいことはありませんか?」

「体を拭……」

 

 っと、あぶねぇ!反射的に欲望を表に出す所だったぜ……。そんな事、女の子に頼めるかよ。いや、しかし何を頼めば良いんだ?何を頼んでも下心があるような感じしない?男って性別は意外と損するように出来てるんだな……。

 

「いえ、特には……。それより、本棚にラノベとか漫画とか色々あるんで、見て良いですよ」

 

 ………結果、なんか格好付けたような事を返してしまった……。いや、して欲しいことはたくさんあるんですけどね。今日まだ食欲無くて飯も食べてないし。

 すると、鷺沢さんがじとーっと俺を睨んでいる事に気付いた。

 

「……な、なんです、か………?」

「………本当に何もないんですか?」

「えっ」

「……枕元に漫画の山や空のコップはあるのにお椀はない、朝からまだ何も食べてませんね?それから、パジャマがすごい湿ってて若干、匂います。着替えもしてませんね?いや、タオルもない辺り、体を拭くこともしてないでしょう?」

「…………」

 

 何この子。名探偵なの?いや、前までバリバリの読書家だし、推理小説を読んでてもおかしくはないが。

 

「……せっかく来たんですから、お世話くらいさせて下さい」

「す、すみません……」

「………何なら喉を通りそうですか?」

「………作ってくれるんですか?」

「……本当はご家族の方がいらっしゃれば良いんですけど、いないみたいですし」

 

 そりゃ、俺一人暮らしだからな。でも、その、なんだ。

 

「………料理できるんですか?」

「っ、で、できます!私だって一応、一人暮らしなんですから!」

 

 メシマズでトドメ刺されるのはごめんだぜ。

 鷺沢さんは俺をジト目で睨みながら、不満そうに言った。

 

「……鷹宮さん、私のことバカにしてませんか?」

「し、してませんよ?」

「……大丈夫です。奏さんに風邪引いた時にしてあげる事をまとめてもらったメモがあるんですから」

 

 人任せなんじゃねぇか……。

 

「わ、分かりましたよ……。うどんでお願いします。冷蔵庫に入ってるんで」

「………わかりました。待ってて下さい」

 

 鷺沢さんは台所に向かった。俺はその背中を眺めながら、とりあえず着替える事にした。匂うって言われた時は死を覚悟したので。

 起き上がり、布団から出てタンスを開けた。

 

「……鷹宮さん。何か苦手な食べ物とか………何してるんですか?」

 

 後ろから声をかけられた。台所に行ったんじゃないのかよ……。

 

「あ、いえ、匂うとか言われちゃったので、待ってる間に着替えようかなって………」

「………ダメです」

「はっ?」

「……奏さんに『風邪引いてるときはなるべく大人しくさせておくこと』って言われてます。私が手伝います」

「え、いやそんな子供じゃないんだから……つーか、あいつ何を教えてんだよマジで」

「……とにかく、先に着替えるなら私も手伝いますっ」

「………ああもう、よろしくお願いします」

 

 なんか譲りそうにないし。もういいや、その代わりどうなっても知らねーからな。それに、それはそれで面白そうな反応見れそうだし。

 俺はタンスからタオルを取り出して鷺沢さんに渡すと、上半身の服を脱いだ。

 

「では、お願いしますッ」

 

 アニメの男の裸を見ただけで顔を赤くするような奴が、リアルな男の裸を見てまともでいられるはずがない。これは反応が楽しみだ、と下衆にも程があることを考えながら鷺沢さんを見た。

 

「………は、はいっ」

 

 だが、鷺沢さんは意外にも覚悟を決めていたようで、顔は赤らめているものの、なんか気合いを入れたような表情でタオルを握った。いや、そんな気合い入れるような事じゃねぇんだけどな。そもそも、男の上半身で顔赤らめるのがまずおかしいし。

 俺は鷺沢さんに背中を向けて布団の上に座った。鷺沢さんも俺の後ろに座り、タオルで背中を拭き始めた。

 

「………すごい汗、ですね……」

「まぁ、もう暑くなってきましたから。ほぼ、夏ですよね」

「……六月、ですから」

 

 六月なんだよなぁ。髪の青い睦月型のような季節になった。いや、名前だけでどんな季節か全然わかんないけど。

 

「六月は鬱ですよね……」

「……わかります。湿気で本が湿ってくっついたりして……」

「や、祝日がないからなんですけど……」

「………そっちですか」

「そりゃもう。鷺沢さんは学校休みたいとか思わないんですか?」

「……いえ、私はあまりそういうのは………」

 

 クソ真面目かよ………。まぁ、大学なんて勉強したい奴が行くところだしね。俺は勉強したくないから高卒で働く。

 そんな事を思ってると、鷺沢さんの手が俺の前に伸びて来た。こいつ何してんの?と、思う間もなく、後ろから俺の体の正面を拭き始めた。

 

「っ! さ、鷺沢さん⁉︎」

「……?なんですか……?」

「ちょっ……何して………!」

「………体を拭いてるだけ、ですけど……」

「や、でもっ……!正面に回って拭けば良いのでは………?」

「…………お、男の人の裸を……正面から見るのは、恥ずかしいです………」

 

 いや、今の方が恥ずかしいだろおおおお!天然可愛いなああああもおおおおおおお‼︎

 あすなろ抱きされてるみたいで、なんつーかもう可愛く焦る鷺沢さんを見るつもりが、こっちの方が焦るわ‼︎いかんいかんいかん!からかうつもりがからかわれました、みたいな感じですごいダサいぞ俺!まずは落ち着け!煩悩退散!

 

「………あの、鷹宮さん。あまり、動かないでいただけると……」

「あっ、す、すみません………」

「………?どうしたんですか?顔、赤いですけど……体調が優れないのですか?」

 

 誰の所為だと思ってんだよ!

 

「……ひっ……いっ、いえ、大丈夫です……」

「……辛かったら、いつでも言ってくださいね」

 

 その優しさが辛いんだよ……。

 上から垂れて来る鷺沢さんの髪が頬に当たってくすぐったい、時々漏れる鷺沢さんの吐息がくすぐったい、右手で身体を拭き、反対側の左手で固定されてる部分がくすぐったい。なんかもう全部くすぐったい。

 すると、鷺沢さんの手が伸びて、俺の腹筋の辺りまで降りて来た。その直後、柔らかくも固い感触が後頭部に当たった。

 ………まさか、この感触………!鷺沢さんの、オッパイか⁉︎

 

「っ⁉︎」

 

 自覚した直後、ビクッとして身体が前のめりに倒れそうになった。だが、鷺沢さんの両手に力が入り、俺を逃がそうとしない。

 

「………ダメです。まだ拭き終わってません」

「いや、そういう問題じゃ……!」

「…いいから大人しくしなさい!」

「っ………」

 

 は、はわわわわ!オッパイが、オッパイが頭に当たって……オッパイが柔らかくて………オッパイに頭が挟まれたみたいで………!

 

「………ふぅ、終わりましたよ。鷹宮さ……鷹宮さん?」

「……………」

「……た、鷹宮さん⁉︎なんか、顔がすごく赤いですけど……大丈夫なんですか⁉︎」

「……………」

「っ!た、鷹宮さん!鼻血が………鷹宮さーん⁉︎」

 

 気が付けば、俺は鼻血を噴射して後ろに倒れていた。

 

 ×××

 

「んっ………」

 

 目を開けると、鷺沢さんが心配そうな表情で俺を見ていた。なんか、息がしづらいな……あ、鼻にティッシュか。

 

「……良かったぁ、心配しましたよ」

「………俺、寝ちゃってました?」

「…………はい。突然、鼻血出して倒れたんです……」

 

 ……は、鼻血出して?それ俺、大丈夫だったのか?

 

「………そ、そうですか。すみません、お手数をおかけして」

「……大丈夫ですよ」

 

 ………何があったか、イマイチ記憶がない。なんかとてもいい思いをしてたと思うんだけど………。

 頭に手を当てて起き上がると、おでこから何かが落ちた。

 

「?」

 

 濡れたタオルだった。ふと横を見ると、布団の横にバケツが置かれていて、その中にはタオルが5〜6枚入っていた。かなり心配を掛けてしまったようだ。

 

「………鷺沢さん、すみません。本当に」

「………いえ。大丈夫ですよ。それより、そろそろ食事にしましょう?」

「…………そうですね」

 

 鷺沢さんは今度こそ、うどんを作りに台所に向かった。あー、なんでか覚えてないけど、余計な手間を取らせちまったなぁ。随分と一生懸命看病してくれたみたいで、ありがたい反面申し訳ない。

 

「………何か、お礼しないとなぁ」

 

 布団の横にちゃぶ台を置いて、うどんを待った。

 数十分後。うどんが完成し、鷺沢さんが持って来た。

 

「………お待たせしました」

「あ、どうも」

 

 鷺沢さんはちゃぶ台の上にうどんを置いた。箸をもらい、うどんを摘んだ。

 

「いただきます」

「……はい、召し上がれ」

 

 一々、言うことが可愛いんだよ、あんたは。

 ゾボッ、ゾボボッとうどんを啜る。あ、普通に美味いわ。ネギしか入ってないけど、風邪引いてるし天かすとか肉とか入れられてもこっちが困る。

 

「…………」

「……あ、美味しいですよ?」

 

 答えると、また嬉しそうな顔になる鷺沢さん。ああ、本当可愛いなぁこの子。正直、食欲はないけど、全部食べないとなんか悪いので無理矢理食った。

 

「………ごちそうさまでした」

「……お粗末様です」

 

 鷺沢さんはうどんのお椀と箸を流しに出しに行くと、戻って来た。あらかた、看病といえる作業もやり終え、気が付けば時間も16時を回っている。鷺沢さんはそろそろ帰ってしまうかもしれない。

 

「……………」

 

 ……あれ、なんだこれ。何この感じ。まさか、寂しいとか思ってる?いやいやいや、それはないだろ。高校ではいつも一人なんだぞ?そんな奴が何を今更寂しがって………。……ありえねーからマジで。

 

「……鷹宮さん」

「は、はいっ」

「………どうぞ、寝て下さい。何かあったら、私は横にいますから」

「………あ、はい」

 

 ………横にいてくれるのか。なんか安心した。いや、だから安心ってなんだよ。アホか俺は。おかしい、絶対俺の様子おかしいから。

 

「………鷹宮さん?」

「……あっ、はい」

「……どうかしたんですか?何か様子が……」

「いえ、なんでもないです。暇だったら、ラノベ読んでて良いですよ」

「……あ、はい。ありがとうございます……」

 

 鷺沢さんはさっそく、本棚で本を探し始めた。俺は目を閉じて、とりあえず眠る事にした。

 

 ×××

 

 目が覚めた。つーか俺、最近寝てばっかだな……。いや、まぁ風邪引いてんだから仕方ないけど。

 けど、なんだ?なんか左手が重い。痺れたのかな……。そう思って左を見ると、鷺沢さんがこっちを向いて眠っていた。身体ごと横を向いていて、左手にはラノベ、そして右手は俺の左手を握って眠っていた。

 

「………恋人ですか、あんたは」

 

 本当に勘違いするからやめて欲しい……。いや、別に悪い気はしないんだけどさ。鷺沢さんの周りには、色んなラノベが散乱していた。俺妹、はがない、化物語……あ、化物語はラノベじゃねーや。しかし、何というか恋愛小説ばかり読んでんな。本当、女子って恋愛モノの話好きな。

 

「…………さん」

「っ?」

「……たか、みや……さん………」

「っ!」

 

 お、おい。なんで俺の名前を呼んでんだよ。どんな夢見てんの?ま、まさか……まさか、俺と恋愛的な夢を………⁉︎

 

「……すてぃーるは、やめてください………ぱんつ、かえしてください………」

「……………」

 

 ………なんの夢を見てんだよこの野郎。大体、俺がスティールやるなら背後を取って物陰に隠れてパンツ奪うわ。いや、そもそもパンツ引けるか分からんし。

 

「………この野郎」

 

 俺も体を横にして、鷺沢さんの頬を突いた。………や、突いたじゃねぇよ。何してんだ俺。これ、セクハラだろが。ああもうっ、今日の俺マジでおかしいぞ。何考えてんだよ。……いや、何も考えてないのか。いつもは考えてから行動してんのに。

 

「………ま、バレなきゃいっか」

 

 風邪だ。風邪の所為だ。全部、風邪が悪い。俺は鷺沢さんの頬をそのまま突き続けた。そう油断した直後だった。

 

「んぅっ………?」

「あっ」

 

 鷺沢さんが目を覚ました。俺の人差し指は鷺沢さんの頬に触れている。

 

「……………」

「……………」

 

 ガッツリ鷺沢さんと目が合い、目をパチパチすること数秒、鷺沢さんの顔が急に赤くなった。

 

「っ⁉︎」←俺の手を握って、俺に頬を突かれてる女子大生。

「あっ?違っ、これは……!」←鷺沢さんに手を握られ、鷺沢さんの頬を突いてる男子高校生。

 

 直後、鷺沢さんは頬を突いてる俺の手を見た後、俺の手を握ってる自分の手を見て、慌てて手を引っ込めながら立ち上がった。

 

「っ! ち、ちがっ……!これはっ……⁉︎」

「す、すみません鷺沢さんっ。ちょっと魔が差して……!」

「〜〜〜ッ!」

 

 突かれた左頬を摩りながら、鷺沢さんは慌てて俺の部屋を出て行ってしまった。何やってンだ俺………。

 とりあえず深く反省し、後日、お互いに誤解を解いた。

 

 


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