鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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事務所では(4)

 12月27日、その日文香は事務所に来ていた。年末の事務所の大掃除である。ほとんどのアイドルが集まって、レッスンルームや更衣室などを掃除する日である。

 で、文香、奏、ありすの三人は更衣室を掃除していた。

 

「………そう。ありす、つまり文香とバカ宮くんは特に何もなかったのね?」

「はい。夜に屋上でキスしてたくらいです」

「………待ってください。見てたんですか?」

「私はお二人の監視役ですから」

「………私達って、そんな信用ないんでしょうか……」

「ないわよ」

 

 そう言われ、文香はガックリと肩を落とした。

 

「普段の文香は良いけど、鷹宮くんが関わるとどうも……ねぇ?」

「はい。文香さん、とても浮かれていましたし」

 

 ありすにまでそう言われ、少し泣きそうになりながら掃除を進めた。ちなみに、今日は千秋も自分の部屋を掃除しているはずだ。事務所での仕事が終わり次第、文香が様子を見に行くことになっている。

 その時に八つ当たり気味にからかってあげよう、なんて考えながら文香はモップで床を磨いていた。

 

「……………」

 

 やがて、何を思ったのか頭上でモップを振り回して構えた。

 

「戦闘モードへ移行。今から私はかぶき町のゴミを一掃するまで止まりません」

 

 そう言いながらモップから炎が出てる(イメージ)で周りに向け回す文香の肩に奏が手を置いた。顔が若干濡れている。

 

「…………あっ」

「文香?遊んでないで仕事しましょう?」

「………すみませんでした」

 

 怒られて真面目に掃除に戻る文香。その文香にありすが聞いた。

 

「ちなみに文香さん、今のは何の真似ですか?」

「………今のは、銀魂のたまさんですよ。モップから火が出るんです」

「それはラノベですか?」

「……いえ、漫画です。面白いですよ。千秋くんの部屋に全巻あるので借りましょうか?」

「いえ、漫画とか子供っぽいものに興味はありませんので」

 

 そう言いながらも顔には「気になる」と書かれているのを察し、文香はニヤリと微笑むと再びモップを構えた。

 

「逃がさん。水面を駆けるは不撓の魔弾。ロック!『不撓燃えたつ勝利の剣』‼︎」

「そ、それは何のアニメですか⁉︎」

「……Fate/です。いえ、FGOをやった方が早いでしょうか?来年の7月に復刻来ると思いますのでそれまで待つ事になりそうですが」

「ふむ、なるほど……。あ、いえ、全然興味ありませんが」

 

 さらに文香は調子に乗って構えようとすると、奏がまた後ろから殺気を放って文香に声を掛けた。

 

「文香?」

「……はい、すみません」

「次はないわよ」

 

 怒られたので今度こそ真面目に掃除を始めた。まったく、と声を漏らしながら奏はロッカーを拭いた雑巾を絞ろうとすると、バケツの水がかなり汚れてることに気付いた。

 

「少しバケツの水交換して来るわね」

「……あ、はい」

 

 そう言って奏が出て行った直後、文香はモップを構えた。

 

「卍、解『神殺鎗』」

「おおおお!」

 

 最早、モップは関係なくなってるが、とりあえずカッコ良いのでありすは感動した。それを見るなり、アニメの事を自慢げに語っていた千秋の気持ちがよく分かった。他人の知らないことを説明するの楽しい、みたいな。

 

「卍解『天鎖斬月』‼︎」

「て、天鎖斬月⁉︎」

「……これはですね、放出される霊圧を全て小型に凝縮する事で速度を特化させる卍解なんです」

「よくわかりませんがカッコ良いです!」

 

 続いて、今度はモップを逆手に持って前に突き出すと手を離した。当然、モップは倒れるが続けた。

 

「卍解『千本桜景厳』終景『白帝剣』‼︎」

「そ、それはなんですか⁉︎」

「……これは千本桜景厳で作り出した千本の刃を全て一本に押し留めた形態ですね」

「なるほど!」

 

 本当にわかってるのか微妙だったが、次の卍解をしようとした所でその動きが止まった。扉の向こう側から、神崎蘭子と二宮飛鳥が目を輝かせて見ているのに気付いたからだ。

 それを見るなり、なんだか文香は楽しくなってきてしまった。

 

「卍解『残火の太刀』……!」

「「「おおおおおお!」」」

 

 バカが始まった。

 

 ×××

 

 バケツを入れ替えた奏は、少し疲れたので自販機で飲み物を買った。

 せっかくなので文香とありすの分も買って行こうと思い、ココアを三つ購入した。

 自分達の持ち場に戻ると、何やら騒がしいことに気付いた。中を覗くと、文香を中心に中学生達が集まっていた。何人かメモしてる奴もいる。

 

「花風紊れて花神啼き 天風紊れて天魔嗤う『花天狂骨』」

 

 人が集まってきて楽しくなってきた文香は、ノリノリでモップと箒を一本ずつ持った。そこからさらに胡座をかいた。

 

「卍解『花天狂骨枯松心中』」

「かてん……何?」

「いや、まずは聞こう」

「一段目『躊躇疵分合』。相手の体についた疵は分け合う様に自分の体にも浮かび上がる」

 

 理解してる者もいれば、してない者もいる。それでも構わずに文香は続けた。

 

「二段目『慚愧の褥』。相手に疵を負わせた事を悔いた男は、慚愧の念から床に伏し、癒えぬ病に罹ってしまう」

 

 そして、文香はモップを下に、箒を上に向けて構えた。

 

「あれよあれよと三段目『断魚淵』。覚悟を決めたものたちは、互いの霊圧の尽きるまで湧き出る水に身を投げる」

 

 文香は最後の動きに合わせた。

 

「女の情けは如何にも無残、あたける男に貸す耳も無し、いとし喉元光るのは、未練に濡れる糸白し、せめてこの手で斬って捨てよう、無様に絡む未練の糸を、此にて大詰〆の段『糸切鋏血染喉』」

 

 直後、モップで何かを斬るモーションをし、モップについていた水滴が奏の顔に掛かり、中学生達から歓声が上がった。

 

「すごい!カッコ良い!」

「なんですか⁉︎何のアニメですか⁉︎」

「文香さん、〆の段もっかい言って!」

「メモメモ……」

 

 などと声が上がり、文香が胸を張ってると奏のぶん投げた雑巾が文香の顔面にヒットした。

 中学生達は振り返ると、激おこの奏を見るなりありすも含めて退散した。

 

「一段目はお互い、同じ傷を受けるんだっけ?」

「あっ……か、奏さん………」

「二段目は一生癒えない病だったかしら?」

「………す、すみませんでした奏さん……!」

「女の子同士でキスしたなんてなったら心にどんな病が起こるのかしら?」

「っ⁉︎ま、待って下さい!私彼氏いるんですよ⁉︎」

「大丈夫よ、お互い病になるから二段目通りだから」

「そう言う意味ではないのですが⁉︎」

 

 ジリジリと冷たい霊圧を放ちながら近付いてくる奏と、涙目で退がる文香。だが、すぐに壁に追い込まれてしまった。

 

「かっ、奏さん……?冗談ですよね………?」

「……………」

「……か、奏さん………?聞いてますか……?」

「……………」

「唇を尖らせて迫って来ないで欲しいのですが……!」

「……………」

「かなっ……!」

 

 ×××

 

 更衣室の掃除が終わり、奏は放心してる文香を捨て置いてロビーに戻った。

 ソファーに座って、思わず大きなため息を漏らすと、その隣に周子が座って声をかけた。

 

「どうしたん?」

「………ああ、周子。大したことじゃないのよ。ただ、文香バカになったなーって」

「あー………」

 

 悲しげに周子は目を逸らした。

 

「ま、まぁ、良くも悪くも純粋な子だし、影響されやすいんだよ。きっと」

「でも、もう少し弁えてくれないかしら……」

「そうだねぇ、あたしから言おうか?」

「いや、平気。多分、懲りてるから」

「そ、そう」

 

 何をしたか聞いた方が良いのか迷ったが、避けておいた。あまり聞きたくなかったし。

 で、とりあえず話題を変えることにした。

 

「そういや、最近あの子どんな感じなん?」

「あの子?」

「ほら、鷹宮くんだっけ?」

「ああ、相変わらず文香とはうまくいってるみたいよ。その結果が今の文香だし」

「面白い子だったからまた会って話したいなー」

「クリスマスなんて、わざわざバイトしてまで文香の仕事についてきたのよ?」

 

 自分の所為とは言わないでおいた。

 

「へぇー、彼女の為にわざわざ?」

「まぁ、その彼女の方も修学旅行について行ってたんだけどね」

「………なーんか、あれだね。バカップル?」

「意味通りじゃなくて本物のバカ同士だけどね」

「奏はどうなん?」

「? 何が?」

「彼の事はどう思ってるん?」

「バカ」

「そうじゃなくて。奏ってキスしたがる割りに浮いた話聞かないから」

「ああ、鷹宮くんが彼氏だったらって?絶対嫌」

「これまたハッキリした拒絶」

「嫌よ。あんな面倒な男相手にするの。性格は悪くないけど、それ以上に女の子の事何も分かってないもの」

「あー、確かにそんな感じするかも」

 

 散々な言われようだが的確だった。

 

「でも、性格は悪くないんだ?」

「ええ。もう少し女心が分かればまだ良いんだけど」

「ふーん?」

 

 すると、プロデューサーが二人のところにやって来て声を掛けた。

 

「二人とも。持ち場の掃除は終わったのか?」

「更衣室は終わったわよ」

 

 奏に答えられると、続いて周子を見た。

 

「あたしも終わったよー?」

「周子はん!サボらんといてくれます?」

「……………」

 

 小早川紗枝からそんな声が聞こえてきて、周子は黙り込み、プロデューサーと奏はジト目で周子を睨んだ。

 

「………あ、あたしトイレー」

「「行きなさい」」

「……………」

 

 無言で周子は紗枝について行った。

 

 


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