鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

53 / 106
どんな状況でも、事故なら裸を見てしまった方が悪くなる。

 両手に花、これは全国の男子が羨ましがる最高の状況であろう。自分の両隣に可愛い女子をはべらせ、腕でも組んであれば肘でオッパイを突く事もできる。

 俺は、今まさにその状態と言えるだろう。それも、二人ともアイドルだ。全国のファンに知られたら集団リンチにされるだろう。

 だが、そんな天国的状態も、男の方に彼女がいれば全てが翻る。

 

「あ、サーターアンダギー売ってる!」

「食べよっか!」

 

 その両手の花、多田李衣菜と三村かな子は俺の両サイドの手を引いて屋台に走った。いつの間にか、俺達と同じ班だった二人とは完全に別行動、ここまで自由にして良いのか?と思ったが、同じ班の二人だって別の班と合併してたし、別に問題ないだろう。

 まぁ、流石に予定通りの見学コースは外せないので、それを回る事は避けられないが。

 サーターアンダギーを買って、近くのベンチに向かった。とりあえず両手に花を回避するために二人に先に座ってもらい、俺は端に座った。食べ歩き飲み歩きは日本人として最低のマナーらしいから、そこは厳しくしたい。

 しかし、沖縄ってスゲェな。なんつーか、どこ歩いてても基本的に海が見える。

 ボンヤリと外の風景を眺めながら、スマホを取り出して海の写真を撮った。すると、さっきまで三村さんと話してた多田さんが「おっ」と声をあげた。

 

「良いねぇ、写真撮ろうか」

「へ?あ、いや別に……」

 

 断ろうとしたが、言葉が止まった。そういえば、文香から言われてたクラスメートとの写真、まだ撮ってなかった。多田さんは違うけど別に問題ないだろう。

 

「……じゃ、撮るか」

「あれ?意外と素直じゃん」

「うるせ」

 

 一々、茶化すなよ………。

 俺がスマホを構えると、多田さんと三村さんは頬がくっ付きそうな距離まで近付いた。

 

「鷹宮もくっ付かないと……」

 

 真ん中の多田さんが俺の腕を引いた。お陰で、俺の肘は多田さんの胸に当たるが、多田さんは気にしている様子はない。肘をバレないうちに引っ込めた。ようやく三人が画面の中に収まったので、写真を撮った。

 

「………よしっ」

「いや、よしじゃないよ」

 

 三村さんから不満そうな声が上がった。三村さんだけではなく、多田さんも不満そうな顔をしている。

 

「普通、撮る時は何か言うよね、李衣菜ちゃん」

「うん。私もいきなり撮られて中途半端な笑顔になっちゃった」

 

 そう言う通り、二人とも苦笑いっぽい笑みで写真に映っている。

 

「え、なんかって……」

 

 はい、ピーナッツって?でもそれは千葉人のやり方らしいからな……。

 

「やり直し。私が撮ってあげる」

 

 俺の手からスマホを取った多田さんは俺の隣に移動した。まぁ、自撮りする人は端っこじゃないと、撮れないからな。

 で、再び俺は真ん中になり、多田さんがスマホを構えた。画面に入ろうと、二人は寄ってくる。いや、もう何も考えるな俺。煩悩よ、くたばれ。

 

「よし、撮れた。これ、私達にも送ってくれる?」

「おk」

 

 返事をして早速、多田さんと三村さんに加えて文香にも送ろうとすると、二人は後ろの海を見た。

 

「ね、かな子。足だけ浸かってみない?」

「……良いね。沖縄の海なんて滅多に入れないし」

「え、ちょっ」

 

 二人は海に向かって走り出した。俺は仕方ないので、近くのコンビニでタオルと足を洗う用の天然水を買いに行った。

 コンビニに到着すると、見覚えのある人が飲料水コーナーにいるのが見えた。

 

「………あれ、北条さん?」

「………あ、鷹宮」

 

 昨日の夜から、北条さんと渋谷さんは俺の事を呼び捨てるようになりました。いや、別に良いんだけどね。

 

「何してんの?撮影は?」

「この近くでやってるよ。私は文香さんの靴下買いに来た」

 

 マジかよ……。世間って狭いなオイ。

 

「てか文香の靴下って?一枚いくら?」

「いやそういう意味じゃなくて。文香さんの足濡れて靴の中に水入ったから」

「ああ、なんだよ」

「いや、文香さんの靴下売ってるって思いつく方がおかしいけど……」

「で、なんで飲料水のとこにいんの?」

「ついでに飲み物買いたくて。みんなの分」

「ふーん……。いや、そういう飲み物はプロデューサーさんとかが用意してくれてんじゃねぇの?」

「昨日のうちに買った飲み物、部屋の冷蔵庫に入れたまま忘れてきたんだって」

 

 何やってんだあの人………。

 

「で、お金もらったからみんなの分買いに来た」

「へぇ。あ、文香は紅茶が好きだよ」

「お、さすが彼氏」

 

 うるせー。茶化すな。

 

「ていうか、鷹宮こそ何してんのさ。今日、班行動じゃないの?」

「んー、班員が足だけ海に浸かりに行ったから、足洗う用の天然水とタオル買いに来た」

「保護者みたいな事してるなぁ………」

 

 俺もそう思う。

 

「けど、濡れた足じゃ店には入れないし、何れにしても俺が買いに来なきゃダメだったと思うよ」

「んー、確かに」

 

 そんな話をしながら、天然水の大きいペットボトルを持った。北条さんも籠に飲み物を何本か入れていく。

 

「でも、良いの?昨日迷子になったばかりなのに」

「大丈夫でしょ。迷子になっても、一人でホテルに帰れるって昨日分かったし」

「いやそういう問題じゃないと思うけど………。また文香さんに怒られるよ?」

 

 それは困るけど………。

 

「それなら、北条さんも早く戻った方が良いんじゃないの。一応、アイドルだし」

「いや、奈緒がトイレにいるんだよね」

 

 あ、一緒に来てたんだ。

 

「………あー、あのさ。ずっと気になってたんだけど」

 

 北条さんが唐突に言いづらそうに口を開いた。

 

「? 何?」

「鷹宮って、いつまで私達の事をさん付けで呼ぶの?」

「はっ?」

「いや、ホントに。私とか凛って歳下じゃん?なのに、絶対さん付けるからさ」

「あー……」

 

 なんか今更変えづらいというか……。というか、アイドルを呼び捨てって馴れ馴れしくない?

 

「え、呼び捨ての方が良い?」

「うん、正直言うと。なんか他人行儀だし。多分、奈緒とか凛とか……あとかな子とか李衣菜も同じ事思ってるんじゃない?」

「………分かった。まぁ、気が向いたら呼び捨てで呼ぶよ」

「いや、今。練習」

「はぁ?」

「だって絶対うむやむにするじゃん」

 

 ぐっ、まぁ、確かに………!

 

「ほ、北条………」

「加蓮」

「え?」

「加蓮って呼んで」

「………いや、そっちは鷹宮って……」

「そりゃ、異性で鷹宮を下の名前で呼んで良いのは文香さんだけだからね」

「………恥ずかしいんだけど」

「ピュアか。文香さんは下の名前で呼んでる癖に」

「…………俺、二人が待ってるかもしれないから」

「逃がしゃしないわよ」

 

 ちゃんみおがノートを返してもらおうとしたらギュッと力を入れたゆっこの如く、腕を強く握られた。

 

「………言わなきゃダメ?」

「ダメ」

 

 こ、こいつ………!楽しんでやがるな………!

 

「良いじゃん、前は『加蓮さん』って呼んでたんだし」

「………そりゃ夏休みの話だろ」

「呼んでたことには変わりないよね」

「……………」

 

 仕方あるまい………。

 

「………………加蓮」

「うん、OK」

 

 OKじゃねぇよ。

 なんか恥ずかしくて顔を赤らめてると、最悪のタイミングでバカがトイレから出てきた。

 

「お待たせ加れ……あれ?鷹宮」

「おお、ちょうど良いタイミング。奈緒でも試してみなよ」

「へっ?」

「お前なんで今トイレから出てくんだよふざけんなよ」

「い、いきなりなんでなじられてんだ⁉︎」

 

 が、北条さんは依然として俺の腕を握っている。

 

「………奈緒」

「………はっ?」

 

 名前を呼ぶと、顔を赤くする神谷さん。

 

「なっ……なんだよ、いきなり!」

 

 いいや、もう言っちまえ。どうにでもなれ。

 

「奈緒。奈緒超可愛いよ奈緒。モッフモフの髪の毛に頭埋めたい奈緒」

「い、いきなりなんだよ!やめろよ!」

「赤くなってる奈緒可愛いその太眉毛可愛いトライアドプリムスで一番身長小さいの可愛い」

「う、うるせー!やめろホント……あっ」

「ツンツンしながらも顔赤くしてる奈緒可愛いアニオタ奈緒可愛いキラ信者奈緒可愛い」

「後ろ!鷹宮後ろー!」

「へっ?」

 

 言われて後ろを見ると、文香がガタノゾーアより禍々しいオーラを発して立っていた。

 

「あっ……ふ、文香…………」

「………こんにちは、こんな所でアイドルをナンパですか?千秋くん」

「………………」

 

 だ、誰かっ……助けを………!北条さんは……ダメだ。完全に他人のフリで飲み物探してる。神谷さんは……ダメだ。グリッターティガ探してる。

 カタカタと震えていると、文香は俺に向かって手を伸ばした。

 

「………少し、お話ししましょうか」

「へっ」

「………拒否権も発言権も基本的人権もありません。来なさい」

「ちょっ、最後のあれば他のいらなくね⁉︎ていうか、待っ、ごめんなさ」

 

 俺はコンビニのトイレに連行された。

 この後、メチャクチャ噛んだ。

 

 ×××

 

 後から聞いたら、文香は加蓮と奈緒が遅いから迎えに来ていたらしい。

 ………にしても、まさかコンビニのトイレで噛まされるとは……。なんかいつもと違う場所だからか、文香いつもより息荒かったし……。

 いや、思い出すな今は。多田さんと三村さんの所に戻る前に、さっきまでの事は顔に出さないようにしないと。

 というか、名前呼びか………。今まで考えた事もなかったなぁ。まぁ、確かに向こうがそう呼んで欲しいならそうした方が良いのかもしれないが………。多田さんと三村さんで実験してみるかぁ。

 そんなこと考えながら、さっきの海に到着した。

 

「おーい、李衣………」

 

 声を掛けた直後、俺は固まった。

 

「も、もうっ!やったなー!」

「きゃっ、ちょっ……!それ!」

 

 二人の遊びは、私服のまま水掛けっこへと進化していた。

 

「……………おい」

 

 声を掛けると、二人は動きを止めた。

 

「何やってんだバカども」

 

 ようやく冷静になったのか、俺の方を見てピタッと固まった。で、透けて下着が薄っすら見えてるが、さっきまでもっとエロい文香を見てたのでなんとも思わない。

 なので、自分でも驚く程冷静に二人に行った。

 

「………タオルと天然水買って来たから、それで軽く流して。その間、近くのユニ○ロ探しとくから」

「「………ごめんなさい」」

 

 いくら沖縄でも、11月にビショビショに濡れた服装のままでは風邪引くだろう。特に、多田さんは昨日も雨の中で歩け歩け大会だったし。

 何より、服が濡れたままだとタクシーにも乗れない。

 スマホで近くの服屋を探した。げっ、ユニ○ロは全部AE○Nの中にしか入ってねーや………。

 ………もう俺のパーカーで良いかな。昨日みたいに雨降られた時のために、着てる分ともう一枚パーカー持って来てあるし。

 

「なぁ、二人とも………あれ?」

 

 いなくなってる。と、思ったら少し離れた岩場の上で三村さんが辺りを見張るように立っているのが見えた。なんであんな人目の付かない場所に………。

 今着てる分と鞄の中の分のパーカーを持って岩場に向かった。

 

「ねぇ、服なんだけど俺のパーカーで……あっ」

「は?」

「え?」

 

 天然水で全身を流そうとしていた。つまり、多田さんは服と下着は脱いでその辺に掛けておいて、天然水を自分に掛けていて、三村さんはそれを周りの人がこっちに来たら何とか対応出来るようにするためにいるのだろう。まぁ、俺の接近に一切気付かなかったけど。

 まぁ、そんな風に冷静に分析してる場合ではない。胸や股間は足と腕でラノベのカラーページのように隠れてはいるが、ほぼほぼ全裸である事には変わらない。よって、多田さんは段々と顔を赤くしていった。

 ここは、用を終わらせて迅速に逃げるべきだろう。

 

「………三村さん、近くの服屋見つからなかったので、今日は俺のパーカーを羽織ってて下さい」

「へっ?あ、う、うん?」

「じゃ、俺はあっちで待ってま」

「し、死ね変態ィイイイイイ‼︎」

「ゴフッ」

 

 背中を向けた直後、刺し穿つ死棘の槍並みの威力を持ったペットボトルが俺の後頭部に直撃した。

 俺は前に倒れた。後ろから「うわああああん!」「り、李衣菜ちゃん落ち着いて!人来ちゃう!」という会話を聞きながら、俺はとりあえず、謝り方を考えた。

 

 ×××

 

 俺の前を、魔王の恋人と駐在さんに怒られた時の勇者エミリアなみに怒った様子で歩く多田さん。俺と三村さんはその後ろを気まずそうについて行った。不機嫌な割に俺のパーカーはしっかり羽織ってんだよな、あの人。

 

「………どうしよう、三村さん」

 

 俺のパーカーを羽織ってるもう片方の三村さんに聞いてみた。

 

「………いや、今回は鷹宮くんが悪いよ……」

「待って。俺の弁明を聞いて」

「弁明?」

「そもそも、その水は足を流すために買って来たんだよ。天然水2Lが二本あっても身体は流すには足りないだろ」

「た、確かに………!」

「だから、天然水とタオル渡した時も、とりあえず足だけ流せって意味だったんだよ……」

 

 ていうか、こっちはそもそも全身濡れる勢いで遊んでるなんて思わなかったからね。

 

「………そっか。じゃあ、一概に鷹宮くんが悪いとも言えないね」

「………いや、まぁ俺も三村さんがあんなプールの監視員みたいな事してたら気付くべきだったけどさ…。言葉足らずなのは間違いないし」

「でも、なんですぐに謝らなかったの?」

「いや、その……さっさと用を済ませて立ち去るべきかと思って……」

「とにかく、女の子の裸を見ちゃったんだし、謝った方が良いよ」

「………なんて謝るの?裸見てごめんなさいって?」

「………いや、普通にごめんなさいで良いと思うけど」

 

 ………はぁ、俺この修学旅行で何回謝ってんの?

 

『あ、すいません』

『鷹宮千秋「ごめんなさい」既読』

『鷹宮千秋「唐突にすまん」』

『すみませんね、迷惑掛けて』

『マジですか、すみませんね』

『えっと……悪い。腹減ってんだ。とりあえず、俺と多田さんは飯食ってても良いか?』

『ちょっ、最後のあれば他のいらなくね⁉︎ていうか、待っ、ごめんなさ』

 

 7回か……。いや、昨日の夜中は文香さんにボッコボコにされてる間、5回は謝ってたから12回かな?何にせよ多いわ。

 そんな事より、早く13回目の謝罪をしないと。

 

「あの、多田さん………」

「………何?」

 

 あ、話は聞いてくれる辺り優しいわ。

 

「すみませんでした。まさか、その……全身を流してると思わなくて………」

「…………」

「ホント、マジで……まさか、その……足以外も流してると思わなくて………」

「ーっ」

 

 あ、顔赤くなった。ヤバい。

 

「と、とにかくホントすみませんでした!」

 

 誠心誠意と勢いで頭を下げた。すると、多田さんはその場で足を止めた。

 で、後ろを振り向くとボソッと呟いた。

 

「………今回だけだから」

 

 大きなホッとしたため息が俺から漏れた。後ろの三村さんも安心してくれたようで、同じようなため息が聞こえた。

 

「でも、文香さんには言うからね」

「えっ⁉︎なんっ………⁉︎」

「当たり前じゃん。彼女いるのに人の裸見ておいて」

「待って!せめて自分で言うから!密告される感じが一番怒られるから!」

「まぁ、伝わるならなんでも良いけど」

 

 とりあえず、その場で電話した。メチャクチャ怒られて、15回目の謝罪をした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。