日曜日、奏は自宅でのんびりしていた。今日は仕事がない。最近は文香が恋人を作ったため、一緒に遊ぶ事が減ったが、あまり悪い気はしない。むしろ、文香が自分やありす以外に親しい人を作ってくれた事に、少し喜びを覚えていた。まぁ、少し寂しくはあるけど。
そんなことを考えながら、周子を遊びに誘おうと思ってスマホを取り出した時、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「っ?」
誰かしら、と思ってインターホンの受話器を取ると、カメラには文香が映っていた。
「? 文香?どうしたの?」
『……グスッ、ぢっ、ぢあぎぐんどっ……喧嘩じまじだ……!』
「………上がって」
少し安心したら……と、呆れながらも、とりあえず家に入れた。
とりあえずお茶を入れて、自分の部屋に文香を入れた。部屋に入ると、ちゃぶ台にお茶を置き、二人は座った。
「………で、何があったのよ」
「………それが、昨日は千秋くんの家で私の誕生日パーティーをしてくれていて……」
「あ、そうだ。これ誕生日プレゼント」
「……へ?あ、ありがとうございます……?なんですか?」
「マフラーよ。これから寒くなるし、千秋くんと一緒に使えるかなって思って」
「………開けても良いで……ち、違います!いえ、ありがたいですけど、とにかく後にさせて下さい!」
「そうね。何があったの?」
コホンと咳払いしてから、文香は説明を始めた。
今朝、千秋の様子がおかしかった。
・一緒に寝ていなかった。文香は布団で千秋は床に寝ていた。理由を聞くと、アイドルと一緒に寝るのはまずい、とか今更過ぎる理由を言われた。
・今朝起きたら、自分の服装が昨日までと変わっていた。
・千秋の顔が腫れ上がっていた事。聞けば、壁に顔をぶつけたと言われた。
・朝、「あれ?なんで呼び捨てなんですか?」と聞くまで、タメ口に呼び捨てだった。正直、嬉しかった。
・朝食に昨日のケーキの残りも出してもらえたけど、崩壊した城のように崩れていた。昨日、千秋が綺麗に切り分けていたことを覚えている。理由を聞いたら、転んでぶち撒けちまったと言っていた。
・いい加減気になるので、問い詰めたが「何でもない」の一点張りで、イラっとしてので出て行ってそのままの足でここに来た。
「………と、いうわけなんです」
「…………」
奏は顎に手を置いた。
「………まぁ、話を聞いてる感じだとハッキリ言わない鷹宮くんが悪い気もするけど……昨日、何があったのか分からないと何も言えないわね」
「………はい」
「けど、彼がそこまで隠すなんて、あなたよっぽどの事をしたんじゃないの?」
「………そうかもしれません。けど、彼の顔が腫れていたんです。もし私がしたのでしたら、キチンと謝りたいんです」
「………文香の中で昨日の事で覚えてることは?」
「………いえ、それが、ケーキを食べて千秋くんと一緒にストールを巻いて、飲み物を飲んでから記憶がなくて……」
「…………」
仕方ないわね……と、奏はため息をつくとスマホを取り出した。余りにも情報が足りなさ過ぎるので、少し操作すると耳に当てた。
「ちょっと待ってて。もしもし?」
『…………速水さん?』
「………鷹宮くん?」
『…………ごめん、俺ちょっともう無理だわ。今から切腹しようと思ってるから。じゃあ』
「いやいやいやいや待って待って待って待って!落ち着いて!」
『いやもう無理。文香さんに嫌われたら生きてる意味ないし』
「待って!別に文香はあなたを嫌っていないから!」
『いやいやいやいや。「この、分からず屋ァアアッ‼︎」なんてバナージみたいに言われて出て行かれたら死にたくなるっしょ』
「いやそれ別に嫌われたわけじゃないでしょ⁉︎」
『いーや嫌われたね。とにかく俺もう死ぬわ。知ってる?即身仏って。あれで仏になれたら良いなぁ……』
「ダメだから!仏とかマジでダメだから!」
『俺は死んで駄女神に異世界転生させてもらうんだ』
「いや何意味分からないことを……!」
『いや、界王星に行って修行するのも良いなぁ。あ、霊術院に行って死神になるのも』
わけのわからない事をグダグダと言われ、奏がどうしようか悩んでると、文香が奏の携帯を取り上げた。
「ちょっ、文香⁉︎」
『え?文香さ』
「良いから今から奏さんの家に来なさい‼︎良いですね⁉︎」
『え、いや俺速水さんの家知らな』
「失礼します」
文香は電話を切った。で、今にも泣き出しそうな顔で奏を見上げた。
「………どうしましょう」
「よく何も考えずに自信満々に言えたわね……」
とりあえず、千秋が来るまで待った。
×××
奏が電話して自分の家まで誘導し、千秋はようやく到着した。
「………ぉ、ぉ邪魔します……」
「いらっしゃい」
奏は千秋を玄関まで出迎えた。
そのまま、二人は奏の部屋に向かった。
「………文香さんいるの?」
「いるわよ」
「…………」
ドッと嫌な汗が千秋の顔に浮かんだ。心臓がバクオングだった。
部屋の前に到着し、千秋は足を止めた。
「………やっぱ俺帰」
「帰ったらキスするわよ、文香の前で」
「………………」
千秋は深呼吸すると、部屋に足を踏み入れた。中では、文香が机の前で正座していた。
「文香さん………」
「………千秋くん」
千秋は文香と向かい合うように座り、奏は二人の真ん中に座った。まるで模擬裁判である。
「で、鷹宮くん。話を聞かせてくれる?」
「………えっ、なんの?」
「昨日の」
「えっ………」
「ダメよ。ちゃんと話さないと。文香はそれで怒ったんだから。あなたが何したのか知らないけど、自分の取った行動にはちゃんと責任とらないと」
「いや、俺が何かしたわけじゃないんだけど……むしろされた側で」
「私が千秋くんに何かしたんですか⁉︎」
「あ、いや……」
ハッキリしない千秋の言葉に、奏はイライラしたが、なんとか抑えて言った。
「あのね、鷹宮くん。文香と付き合ってるんでしょう?」
「うん」
「なら、ちゃんと言わなきゃダメよ。何があったのか知らないけど、付き合ってるのなら、その相手は鷹宮くんの中で一番親密な相手になるんだから、隠し事は良くないわ。文香が何かしたのなら尚更」
「…………」
真面目な顔で奏が言うと、千秋は俯いた。文香が援護射撃するように言った。
「………わ、私もっ、ちゃんと言ってほしいです。千秋くんを、傷つけてしまったのなら、余計に……」
「………それは、分かってますけど」
それでも千秋は言おうとしなかった。奏は、これは相当何か昨日あったんだなと思うと、今度は提案してみた。
「………なら、私に言えない?」
「は?」
「文香に言えないのなら私には言えないの?」
「……………」
千秋は少し顎に手を当てた後「まぁ速水さんなら大丈夫か」と呟いた。
「速水さん、廊下出ようか」
「あら、話してくれるの?」
「………誰にも言わないことと、文香さんとの付き合いをこれからも続けると約束してくれるなら」
「………分かったわ。悪いけど文香、待っててね。聞き耳とか無しだから」
奏と千秋は部屋を出た。
廊下で千秋から昨日あったことを聞いた。
戻って来た。
「あんたが悪いわ文香」
「ええっ⁉︎」
まさかの判決だった。
「ち、ちょっと!何があったんですか本当に⁉︎」
「………文香は知らない方が良いわよ」
「なっ、なんでですか⁉︎いいから教えてください!」
「……………」
奏と千秋は顔を見合わせた。どうする?みたいなやり取りを視線で行なった後、千秋が気まずそうに言った。
「………いや、文香さんの為にも言わない方が良いです」
「どうしてですかっ!」
「文香さんがお酒を飲むと、何をしでかすか分からないって事で。それを肝に命じて下さい」
「うっ………!」
上手く躱したなーと奏は思ったが、それはそれでありなので黙ってる事にした。
「………私、お酒飲んでから何かしてしまったのですか?」
「はい。しかもほろ○い一口で。だから、これからはお酒飲まないって約束して下さい」
「…………分かりました」
文香は俯きながら呟いた。
「………けど、一つだけ良いですか?」
「何ですか?」
「………千秋くんの頬が腫れてるのと、ケーキが崩れてるのって私の所為ですか………?」
「……………」
そう聞かれて、千秋は目を逸らした。それだけで理解した文香は千秋を抱き締めた。
「……ごめんなさい、千秋くんっ………!」
「へっ?」
「………私の、所為で………!痛い思いをさせてしまいました……。ケーキも、せっかく作っていただいたのに……」
「…………だ、大丈夫ですよ。別に痛くなかったし、ケーキだっていつでも作れますから」
そう言うと、文香は一瞬ムッとして、顔を上に向け、千秋と目を合わせた。
「………千秋くん、怒ってください」
「へっ?」
「……今回、完全に私が悪いので、ちゃんと怒ってください」
「………い、いやいや、俺が酒買わなきゃこんな事にはならなかったんですし、別に怒らなくても……」
「………今朝は私の事避けてた癖に」
「うっ………」
「…………わかりました。じゃあこうして下さい」
「?」
「………私を一発殴って下さい」
「はっ?」
「………理不尽に暴力振るいましたし、それくらいされないと私が私を許せませんっ」
「……………」
アニメにこの人も毒されたなぁ、と思いながら千秋は頷いた。
「……わかりました」
「…………お願いします」
文香はキュッと目を瞑った。千秋はその文香の顔に手を添えると、右手を振り上げた。
その右手を文香の後頭部に回し、髪をかき上げて首筋に噛み付いた。
「ふえっ⁉︎」
「ふぃずふぁに」
そのまま噛み続けた。
「痛ッ……!……ァアッ……ひぅウッ……!ち、千秋くっ……!」
「っ」
「……ふぁっ……!だっ、だめぇっ………‼︎」
「っ」
「っふああっ……!」
「っ」
ダメ、と言いつつ抵抗しない文香。そのまましばらく千秋は噛み付いてると、コホンと咳払いが聞こえた。
そっちを見ると、奏が顔を赤らめながらも二人を睨んでいた。それに気付いた千秋と文香も、顔を真っ赤に染めて奏の方を見た。
「………そういう事は、私のいない所でしてくれるかしら?」
「「………ご、ごめんなさい」」
謝った。
ようやく次回から修学旅行編になります。