鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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物事を隠す時は徹底的にやれ。半端ならやらない方が良い。

 夕方、俺は家でアインフェリアの曲を聴きながら、パソコンを弄っていた。今日、予定では自宅にストールが届くはずだ。明日が文香さんの誕生日である。しかし、こんなに人へのプレゼントで悩む事になるとはなぁ。意外と俺って繊細な奴なのかもしれない。

 そんな事を考えながら、カチカチと艦これやりながら、ようつべのお笑い芸人の動画を見てると、ポツポツと雨が降って来る音がした。あ、そういや今日、文香さんがドクターストーン返しに来るって言ってたっけな。俺が取りに行くって言ってんのに、聞いてくれなかった。もしかして、たまにはうちに来たかったのかなぁ。お陰で、うちに飾ってある文香さんグッズは全部、押し入れにねじ込むことになった。

 でも、雨降ってるし文香さん来ないかもなぁ。まぁ、このくらいの雨なら来てもおかしくないが。………あ、洗濯物しまわなきゃ。

 俺はベランダに出て、布団と枕を急いで回収した。部屋の隅にまず敷布団を三つ折りにして置いて、その上に掛け布団を畳んでおいた。もう一度ベランダに出て、あと枕だけ回収した。………うわあ、雨強くなって来たなー……。念の為、文香さんに今日は漫画は返さなくて良いって言っとくか。

 そう思って、スマホを取り出した時だ。ピンポーンと音がした。嫌な予感がして、おそるおそる玄関を開けると、服の中に何かを隠した文香さんが、肩で息して立っていた。

 

「………文香さん?」

「はぁ……はぁ……ず、ずびばせん………途中で、雨に降られてしまって………!」

「………タオル持って来ますね」

 

 とりあえず、洗面所からタオルを持って文香さんに渡すと、他のタオルを床に敷いて、洗面所まで道を作った。

 

「とりあえず、シャワー浴びて下さい」

「………すみません、お借りします。あ、でも漫画は無事ですよ?」

 

 嬉しそうに服の中からドクターストーンを取り出した。

 

「そんなの良いですから、風邪引く前に早くシャワー浴びてください」

「はっ、はい……」

 

 文香さんは軽く会釈すると、俺に漫画を渡して洗面所に入った。お風呂は沸かしていないが、仕方ないか。文香さん、風邪引かないと良いけどなぁ。

 そんな呑気なことを思いながら、とりあえず押入れの中だけは見られてはならないので、今のうちに文香さんの布団を用意し始めた。多分、服とか今日中じゃ乾かないだろうし、泊まりになるだろうから。

 文香さんの布団と枕を用意して、文香さんのジャージも出した。

 今のうちに、体の温まる料理を作っておこうと台所に立った時だ。またまたピンポーンと音がした。直後、嫌な予感が頭に浮かんだ。

 ………もしかして、文香さんがここにいるのバレたか?だとしたら奴はマスコミか……。とうとう、あれを使う時が来たか……。俺は以前作った、デスノートの隠し方の引火する二重底を開け、そこから「口止め料」と書かれた封筒を取り出した。

 これは、付き合い始めた翌日から用意した、万が一マスコミにバレた時の口止め料だ。銀行の貯金をほとんど下ろしてあるから、10万円は入ってる。あと、中にはエロ本が入ってる。男ならこれで引き下がってくれるはずだ。

 それをズボンに差して、玄関に出た。

 

「はい」

「あ、宅急便です」

 

 ………なんだよ、ストールか。警戒して損したわ。文香さんがシャワー浴びてて良かった。さっさと済ませよう。ハンコを取って来て、受け取り印を押すと、玄関を閉めた。

 …………ふぅ、これで一件落着………。

 

「しねぇよアホか」

 

 ヤバイじゃん。文香さんへの誕生日プレゼントどうしよう。見られちゃうまずいでしょ。今のうちに隠さないと……やっぱ押入れしかないか。

 

「………千秋くん?今、誰か来ませんでした?」

「ヒィィィィィィィイィッ⁉︎」

 

 ドア越しに声を掛けられ、ビックリして京介みたいな奇声をあげてしまった。な、なんだよ!ビックリしたなオイ!

 

「………何かあったんですか?」

 

 あ、ヤバイ。怪しんでる声だ。俺はダンボールを壁際において、「いかにも元からここに置いてありました」みたいな雰囲気を作ってから言った。

 

「………な、何でもないですよ。発声練習です」

「……現役アイドルにその言い訳にしますか」

 

 …………確かに。思わず納得してると、洗面所の扉が開いた。あれ?まだジャージ渡してないはずなんだけど……。俺の不安は的中し、出て来たのはバスタオルを巻いた文香さんだった。

 

「っ⁉︎ふ、文香さぁん⁉︎」

「何を隠してるのか言いなさい!」

「その前に服!服!」

「そんなの後で良いです!」

「いや、良くねぇよ⁉︎」

「いいから教えなさい!」

 

 掴みかかって来る文香さん。抵抗しようにも、現状は体のほとんどが肌であり、体を唯一煽ってる装甲もタオル一枚、おそらく下着も装備されていない文香さんが襲いかかって来たので、上手い抵抗の仕方が思いつかず、結局押し倒されてしまった。

 後ろに倒れ、俺の上にはタオル一枚の文香さん。この状況はどう見てもヤバイ。

 

「………さ、何を隠したんですか」

 

 俺を追い詰めるのに必死なのか、文香さんは危機感も持っていない様子。無意識なのか、タオルはしっかり巻いてるので、取れる心配はない。や、全然悔しくなんかないけど。

 って、やばいやばいやばい。視線気をつけないと。タオル一枚の巨乳に吸い寄せられる。

 すると、文香さんか「ん?」と声を漏らした。俺の腰の辺りに。え?俺のズボン脱がす気?と思ったら違った。はみ出た封筒だった。

 

「………なんですか?これ」

「あっ、待っ」

 

 俺の制止も届かず、文香さんはその封筒を手に取った。

 

「…………口止め料?」

 

 ああ、オワタ………。俺の人生終了のお知らせ。文香さんはその封筒を開けた。中身のエロ本と金を見た直後、すごく顔を真っ赤にした後、キッと俺を睨んだ。

 

「………鷹宮くん」

「は、はい……」

「………なんでしゅかこれ……へっくち」

 

 おいおい、風邪引くって。

 

「あの、風邪引きますから一度服着てください……」

「逃げようったってそうはいきませんよ」

「や、逃げませんしちゃんと説明しますから……風邪引かれる方が困ります」

「……………」

 

 すると、文香さんは渋々といった感じで洗面所に戻った。扉を開けた時、今更顔を赤くしてたけどツッコまないであげよう。

 

「………あ、文香さん。ジャージジャージ」

「………あっ、そ、そうですねっ」

 

 ジャージを受け取りに戻って来た。

 待機すること数分、文香さんが戻って来た。ムッとした表情を作ってはいるが、耳が赤いところが可愛いです。その事でニヤニヤしてると、ジロリと睨まれたので、何とか顔の筋肉に力を入れた。

 

「………で、これは一体どういうことなんですか?」

 

 文香さんの手にあるのは、口止め料の封筒 in the 10万円とエロ本。文香さんは相当ご機嫌斜めなのか、氷のオーラを放っていたので、俺は思わず正座してしまった。でも、アレだな。ジャージ姿の文香さんの前で正座してると、少し興奮するな……。

 

「………それは、その……違うんです。それはですね……」

「何が違うんですか?」

「あー……それはつまり違うな……。こう、それはですね……」

「ちょっと待ってください。次、『それは』って言ったらこれ の封筒をあなたの顔に投げつけます」

「アッハイ。えっと、それ……その件に関してはですね……」

 

 直後、顔面に封筒が降って来た。文香さんが暴力を振るうなんて相当ご立腹のご様子だ。「それは」って言ってないのに……。

 若干、腫れ上がった顔を手で押さえてると、文香さんが先に声を発した。

 

「じゃあ、聞き方を変えます。何の口止め料としていただいたものなんですか?」

「………はっ?いただいた?」

「先程、チャイムの音がしましたね?そこで何かをいただいたんでしょう?」

 

 あ、なるほど。俺が誰かを脅してこれをもらったと思ってるのか。

 

「いや、違います。これは俺が払う方の口止め料でして………」

「どういうことですか?」

「その……万が一、俺と文香さんの関係がマスコミにバレた時のための口止め料にでもと思いまして………」

「………じゃあさっきの人は何なんですか?」

「宅配の人です。ほら、あのダンボール」

 

 こんな事で文香さんに嫌われるのはゴメンだ。ていうか、嫌われたらプレゼントも何もない。

 

「………あれは?」

「伝票ついてるんで、嘘だと思うなら確認して下さい。………中身はなるべくなら聞いて欲しくないんですけど………」

「分かりました。さっき来たということは信じます。中身に関しても問いません」

 

 まぁ、伝票見りゃ分かることで嘘ついても仕方ないしな。しかし、中身について聞かれなかったのはラッキーだったな。

 

「私が怒ってるのは、こっちの事です」

 

 文香さんは俺の顔面にダンクした封筒を拾った。

 

「この事です!さっきの事情を聞いたとしても納得できません!」

 

 うっ、だよね……。賄賂って言ってるようなもんだしなぁ。

 

「すみません……。でも、アイドルとお付き合いする以上はそれなりの準備をしないと………」

「大体、このえっちな本はどこで買ったんですか?千秋くん、未成年ですよね?」

「………それは、その……こ、コンビニで」

「……………」

「で、でも誤解しないでください!読んでませんから俺は!ほら、中の袋とじだって未開封でしょ?大体、俺が文香さん以外の女に勃起するなんてありえな」

 

 また顔面に封筒がダンクされた。

 

「………調子に乗らないでください。私が怒ってるのは使ったかどうかではありません。18歳未満禁止の本を買った事、私に内緒でそう言う対策を考えてる事です」

「………内緒で?」

「私は、千秋くんの彼女です。そういう相談を、どうして私にして下さらないんですか?」

「……………」

「……そういうのは、私と一緒に対策を考えて下さい」

 

 まぁ、そう言われればそうかもしれないけどさ。文香さん、勉強ができるバカだし……いや、そういう事じゃないか。相談をする事が大事って事だよな。

 

「………分かりました」

「………では、とにかくこのえっちな本は私が預かります」

「えっ、それでも……」

「口止め料にこの本は使えません」

 

 ですよね。文香さんはエロ本を廊下に置くと、「さて」と話題を変えた。

 

「……それで、その……今日は泊めていただいてもよろしいですか?」

「良いですよ。服ないですもんね」

「………すみません」

「布団の準備できてますので。今、晩飯作りますね」

 

 と、いうわけで、晩飯にした。

 その後はいつもとやることは一緒だった。ゲームして本読んで噛んで匂い嗅いで。

 だけど、俺は明日学校なので、今日早く寝ることにした。文香さんと隣同士に布団を敷いて、布団の中に入った。すると、文香さんは布団の中を移動し、俺の腕にしがみついた。

 

「………ふふ、千秋くん捕まえた♪」

 

 何それ可愛い。

 

「………今日、なんか楽しそうですね」

「……そうですか?」

「はい。ゲームも本も……あと、アレもなんか楽しそうに見えましたよ」

「………実は、そうなんです、楽しいんです。千秋くんの家にお泊まりなんて、久しぶりですから。布団で寝るのも久し振りです」

「………そうですか」

「はい♪あ、そうだ。お姉さんが寝る前に書を読んで差し上げましょうか?」

「や、大丈夫です」

 

 そんな事されたら眠れねーよ。つーか、文香さんが明日学校だから早く寝ろって言ったんじゃん。

 ………ていうか、いつまでくっついてんの?色々柔らかくて、色々当たってて眠れないんですが……。

 

「あ、あの、文香さん。そろそろ寝たいので……」

「………今日だけは、くっ付いて寝てはいけませんか……?」

 

 ………断れない、文香さんのお願い。

 

「………分かりましたよ」

「………千秋くん、優しいです。……へくちっ」

「寒いですか?」

「………はい、少し。涼しくなりましたから」

「…………」

「…………」

「………もっ、もう少しくっついてもいいですよ」

「はい」

 

 結局、早く寝ることは諦めた。まぁ、目覚ましセットしたし、大丈夫だろう。

 

 ×××

 

 翌日、10月27日。布団の中で寝てる文香さんの脇に挟まってる体温計が鳴り響いた。

 

「………38.2℃」

「……………」

 

 文香さんが誕生日に風邪引いた。

 

 


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