アレから三日程経過した。俺ガイルを6、7、8巻と番外編の6.5と7.5も読み終え、今日は俺ガイルの9巻を買うために古本屋に来た。ライトノベルコーナーに向かうと、鷺沢さんがラノベコーナーで本を眺めていた。
「ッ⁉︎」
え?なんで?なんでいんの?ビックリして思わず隠れちゃったんだけど。もう一度、ラノベコーナーを覗いてみると、難しい顔で電○文庫の辺りを眺めていた。すると、俺の横を通って店員さんが数冊の本を持って、鷺沢さんの横に座り、本棚に入れ始めた。
それを見て、鷺沢さんは「あっ、あの……」と超小声で声を掛けようとしたが、店員さんには気付いてもらえず、黙り込んでしまう。
「……………」
………ああああ‼︎見ていられないよう‼︎ていうか何?一人で買い物も出来ないのかよ⁉︎
本当は、こういう恩着せがましい事は嫌だし、そもそも友達というわけでもないし嫌なんだけど、あまりにも可哀想に見えたので、助ける事にした。
「………ゎっ、あにょ、あのっ……鷺沢さん?」
「っ?……!」
声を掛けると、こっちを見る鷺沢さん。すると、すごい嬉しそうな顔を浮かべた。どんだけ安心してんの。そして俺、どんだけ噛んでんの。
「……た、鷹宮さん……!」
「どうも。何か探してるんですか?」
「……は、はい。実は、この前鷹宮さんが注文した『やはり俺の聖獣ラブコメはまちがっている』というのを探しに来まして……」
うん、それは間違ってるわ。聖なる獣とどうやってラブコメすんの。そこから間違ってるからな。あ、でも星晶獣とならラブコメできそう。
………つーかこの人、もしかしてラノベに興味持ったのか?意外と影響されやすい人なのか?
「………あれ?というか、どうして私の名前を……?」
「え?あ、あー……注文書の控えに名前が書いてあったんで」
「……そ、そうですか……良かった」
………何が良かったんだろうか。もしかして、ストーカーだと思われたの?何それ死にたい。
「………それより、『俺ガイル』でしたっけ?」
「………?居ますけど?」
「違くて。『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』略して俺ガイルです」
「……あっ、な、なるほど。そうです」
「それなら、ここにはありませんよ。俺が一週間くらい前に買ったんで」
「………そ、そうだったんですか」
「まぁ、他に誰か売ってる可能性もありますけど……。一応、探してみますか」
「…………一緒に、探してくれるんですか?」
「俺も同じもの買いに来ましたから」
「……でしたら、お譲りします、けど」
「や、俺は9巻なんで」
「……あ、そ、そうですよね。シリーズ物でしたもんね」
………この人との会話は疲れる。や、別に悪いわけじゃないんだけどね。一々、顔を赤くするの可愛いし。
「俺ガイルは『ガ○ガ文庫』ですから、背表紙の青いこっちにあると思いますよ」
「………ガ……?」
「そういう文庫なんです。今見てた所は電○文庫なんで」
「………あ、な、なるほど」
なんなのこの人。お婆ちゃんなの?
鷺沢さんをガ○ガ文庫の前に連れて来ると、俺ガイルを探し始めた。だが、1巻は見当たらない。やっぱ、一週間じゃ品揃えは変わらんか。
「ない、ですね……」
「……そうですか………」
ショボンと肩を落とす鷺沢さん。そんな落ち込むほど読みたかったのか。あれ、何この罪悪感。俺が買ったから?俺が悪いのこれ?
なんか変な罪悪感が芽生えて来たので、俺は平塚先生が表紙の9巻を手に取りながら言った。
「………あの、もし良かったら、うちにある奴貸しますよ」
「……へっ?」
「どうせ、俺は9巻買ってこっち読みますし」
「………良いんですか?」
「はい」
「……………」
俯いて少し考える鷺沢さん。………ちょっと恩着せがましかったか?ていうか、よくよく考えたらすごい高度なストーカー行為みたいだな。俺がラノベを買い占め、俺がそのラノベに興味を持たせて、俺が本を貸すとか。………ていうか、そう思われてもおかしくないんじゃねぇの?ヤバイ、弁明しておかないと訴えられる。
「………あ、あのっ」
「……なんですか?」
「アレですからね。決して鷺沢さんの気を引こうと思ってやってるわけじゃありませんから。偶々ですからねマジで」
「……………?」
キョトン顔で首を捻られてしまった。うん、言わない方が良かったパターンだな。
やがて、俺の言った意味を理解したのか、鷺沢さんはクスクスと微笑みながら言った。
「……分かってますよ。……そんな事、疑ってませんから…安心して下さい」
「……………」
なんか猛烈に恥ずかしい思いしてしまった……。何を言ってるんだよ俺は。もういいや、さっさと買って来ちまおう。
「じゃ、買って来ますね」
「………はい」
レジに本を持っていった。
×××
一度、俺は家に戻って本を取りに行った。しかし、まぁなんつーのかな、なんでこんな事になったんだろうな。同じ学校でもなく、同じ学年かも分からない本屋の女性店員さんにラノベを貸す事になっちまった。や、マジなんでこうなった?
まぁ、言ってしまった以上は仕方ないけど。とりあえず「全巻持って来てください」と言われてしまったので、1〜8巻を紙袋に入れた。
移動は歩くのは嫌なので、原チャリで本屋まで向かった。
店の前に原チャリを止めてご入店。相変わらず自動ドアじゃない扉を開けて、レジに向かった。
「鷺沢さん、俺ガイル持って来ま………あれ、いない」
………ていうか、本屋にいるわけないじゃん。あの時間に古本屋にいた時点で勤務時間外だ。ていうか、暗黙の了解みたくなってたけど、何処に集合するか、全く決めてなかった。
いや待て。お互いに暗黙の了解だとしたら、鷺沢さんは何処にいる?
「まさか、古本屋にいるんじゃ………」
原チャリに跨って、急いで古本屋に向かった。店の外と中を一周したが、見当たらない。
何だよ、もうどこにいるのか皆目見当もつかねーよ。もう帰っちゃおうかなーなんて考えた時、俺はスマホを取り出した。そういえば、この前電話がかかって来た時の向こうの番号は、080から始まる携帯電話の番号だったはずだ。
スマホの着信履歴の番号をタップし、電話を掛けた。1コール、2コール、3コール………出ねぇ。おい、これ俺遊ばれただけだったんじゃねぇの?もしくは、「貸そうか?」って聞かれちゃったから、向こうも断りづらくて、つい「お願いします」って言っちゃっただけで……。
うん、その可能性はあるな。ていうか、それしかないまである。留守番電話サービスに繋がり、もはや確信した。通話を切って、スマホをポケットにしまおうとした時、ピリリリリリッと鳴り響いた。
「ッ! も、もしもし?」
『……私です。鷺沢です』
「ああ、どうも」
『……すみません、シャワーを浴びておきたくて………。……電話が聞こえて、慌てて体を拭いて出たんですけど……』
「………てことは、今は裸ですか?」
『……そうですけど……?………って、いきなり何を聞くんですか⁉︎』
ハッ、しまった。つい口に出してしまった。と、いうことは、俺は今裸の女の人と話をしているわけか。あのやわらか戦車みたいな、たわわなおっぱいを晒したまま俺と会話を………。
って、イカンイカンイカン!これでは男子高校生と同じだ!理性よ仕事しろ!
「すみません。いや、風邪を引かれると困るので、服を着てからでって言おうとして………」
我ながら上手い言い訳をしたもんだ。もはや巧みな技術なまである。
『………あ、そ、そういう事でしたか。…すみません、大きな声を出してしまって……。でも、少しなら大丈夫ですから……』
「いえ、俺もセクハラまがいなこと聞いてしまいましたから。それより、シャワーって事は家ですか?」
さっさと話題を打ち切ることにより、「あまり意識してませんよ?」とアピールしておいた。
『……はい。もしかして、もう本屋に着いちゃってます……?』
「あー、いや本……」
……本屋まで来たけどいなかったから古本屋に来ました、なんて言ったら、また申し訳なさそうに謝られるだろうなぁ……。
「……を持ってこれから家出るとこなんですけど、そういえば待ち合わせしてなかったなぁって」
『……あ、そ、そうでしたね。すみません』
結局謝られました☆
「そんな謝らなくていいですよ。それより、何処に持って行けば良いですか?」
『………では、私の家までお願いできます、か……?』
「家?どこにあるか知りませんけど……」
『……あ、本屋の上です』
「…………はっ?」
『……本屋さんの上のマンションです。………裏の建物に自動ドアがあるので……着いたらまた連絡下さい…』
しかも部屋に入って良いのか⁉︎貞操観念はガバガバかよ?
「わ、分かりました」
分かりました、じゃねぇよ。そこはツッコめよ俺。
『……では、また後で』
そのまま通話は途切れた。これ、どうすりゃ良いんだろう。まぁ、とにかく行くしかないか。
×××
マンションの前に到着し、原チャリを止めると自動ドアを開けてもらった。階段で4階まで上がり、鷺沢と書かれた部屋のインターホンを押した。
『………はい』
「あ、俺です。どうも」
すると、カチャッと鍵の空いた音がした。ギィッと控えめに扉が開かれ、隙間から、鷺沢さんが顔を出した。
よし、ラノベだけ渡してさっさと帰ろう。流石に部屋の中に上がるのはマズイだろ。
「これ、どうぞ」
「……ありがとう、ございます」
「では、俺はこれで」
「……どうぞ、上がって下さい」
「……………」
この人、本当に大丈夫か?もしくは、清楚系ビッチなのか?いや、誘われたら断れない人だから上がるけど。
「……お、お邪魔します」
玄関をくぐり、靴を揃えた。女の子の部屋に入るのは初めてだ。嫌に緊張するな………。
深呼吸してから、鷺沢さんの後に続いて部屋の奥に進む。何というか、想像通り部屋は綺麗に片付いていて、本棚が多かった。本棚が多いということは、当然本も多いわけで。本屋も開けそうなレベルだった。
「…………」
「……今、お茶淹れますね」
「あ、いやそんな」
断ろうとしたが、断れなかった。だって言葉が浮かばないんだもん。いらないです、とは言えないでしょ。
台所に行って、鷺沢さんはお茶を淹れ始めてしまった。どうしよう、気まずい………。
「………お待たせしました」
「あ、どうも」
お茶を淹れるって冷やした麦茶淹れただけかよ……。急須で緑茶はアニメや漫画の見過ぎということか。
お茶の入ったコップをちゃぶ台の上に置き、俺と向かい合うように座った。お茶を一口飲んでから、改めてと言った感じで紙袋を渡した。
「では、これ」
「……ありがとう、ございます」
紙袋の中を見ると、鷺沢さんの表情は曇った。
「……あの、これ……何か違いません、か?」
「何か?」
「……はい。なんか、絵が……違う、気が………」
あー……1巻と6巻じゃ、描いた人は同じなのに、なんか全然違うもんな。気持ちは分かるよ。
「大丈夫ですよ。これが1巻ですから」
「……あ、ほんとだ。タイトルが、同じですね………」
ホッとしながら、チラチラとラノベの方を見る鷺沢さん。どうやら、早く読みたいようだ。なら、なんで俺をここに呼んだし。自分の家まで来させたなら何か招いたりしないと悪いとか思ったのかな。気にしなくても良いのに。
ここは、俺が空気を読んだ方が良いか。俺はお茶を飲み干して立ち上がった。
「じゃ、俺帰りますね」
「……も、もうですか?」
「はい。明日も学校なんで。読み終わったら連絡下さい。店まで取りに行きますから」
「………わ、分かりました」
軽く伸びをしながら、玄関に向かった。鷺沢さんは俺を見送るために、後ろをついて来た。
靴を履き、俺は扉を開けて鷺沢さんに会釈した。
「じゃ、お邪魔しました。あ、お茶ご馳走様です」
「……い、いえ。それでは、また………」
「うぃっす」
さて、帰るか。
…………これ、俺本当に何しに来たんだろ。お茶飲んだだけなんだが。まぁ良いか。