「………きくん、千秋くん。起きて下さい」
翌朝、文香さんの声と、お尻を突かれる様子で俺は目を覚ました。目を覚ましただけで、起き上がることはしなかった。だってなんかお尻突かれたんだもん。何のつもりか知らないけど、この人何してんの?
「ち、千秋くーん……起きて下さいー……」
起こす気ねぇだろ……声小さ過ぎるし。てか、いつまで尻突いてんの?これ、俺起きても良いの?起きたら赤面するパターンだよねこれ?いや、それはそれで面白いけども。
しかし、どういうつもりなんだ。なんで尻触ってんの?や、ほんとに。すると、文香さんは尻の突きをやめて、横になって寝転がってる俺の前に移動すると、俺の腹の中で丸くなって横になった。
「………えへへ、千秋くんの匂いが……」
……ぁぁああああもうっ‼︎可愛いなぁ、俺の彼女‼︎世界で一番可愛いんじゃねぇのかこの子⁉︎ああああ、結婚してえええええ‼︎けど、落ち着け!せめて結婚は俺が就職してからにしろ!高卒で働こう俺!とにかく今は恋人らしい対応をするべきだろう。
俺は文香さんを優しく抱きしめてみた。すると、文香さんはビクッと体を震わせた。ああ、ビクビクする文香さんも可愛い。そのまま、俺の胸前辺りのパジャマをギュッと握ってくれた言うことはな……。
「………起きてるんですか?」
………あ、俺のバカ。雰囲気に流されて自爆した。もう少し寝たふりして様子見しようと思ってたのに。
「…………千秋くん?」
いや、大丈夫。寝相が悪かったことにしよう。俺は引き続き寝たふりを続行した。直後、ギュウゥッと腕を抓られた。
「いだだだだっ‼︎」
「……起きて、ましたよね?」
「起きてました!起きてましたから抓るのやめてごめんなさい‼︎」
素直に謝ると、文香さんは手を離した。そして、「まったく……」と呟くと、俺の胸におでこを当てた。
「……罰として、しばらくこのままですっ………」
「えっ………?」
「………抱きしめて下さい。…………その、私も触ってしまいましたし、お尻なら触っても……良い、ですよ………」
「いや、触りませんよ。電車の中の痴漢じゃあるまいし」
「……………」
「…………?」
「……ですよね、千秋くんですものね。とにかく、このままです」
「は、はぁ」
命令で、俺はこのまま文香さんを抱き締めた。女の人の体って本当に柔らかいなぁ………。
×××
「………で、これはどういう事なんですか?」
朝食を終えて、課題を持って来た俺は文香さんに正座させられていた。
「……1ページもやっていませんよね?これ」
「や、違うんですよ。俺の成績ならやらなくても平気かなって……」
「追試の癖にどの口が言いますか⁉︎」
「はい、ごめんなさい」
怒鳴られて、俺は頭を下げた。畜生、ホントにあの追試は悔やまれるぜ……。
「………まったく、勉強をいつもいつもサボって………考えられません。将来の事、何も考えていないのですか?」
「………はい、すみません。文香さんと結婚するという事以外、何も考えてません」
「ーっ!ふ、ふざけてるんですか⁉︎私は真面目にお説教をしているんです‼︎」
「ご、ごめんなさい……」
そんな顔を真っ赤にして怒らんでも……。はぁ……俺のバカ………。
十分反省したと見たのか、文香さんは俺の前に机を用意すると、ペンを取り出した。
「………まぁ良いです。さ、とりあえず始めましょう」
「……分かりました。じゃあ俺は数学と英語やるんで、国語は任せますね」
「………全部、千秋くんがやりなさい」
「…………デスヨネー」
仕方ない……。本気でやろう(ピッコロ風)。
〜2時間後〜
とりあえず、英語と国語は終わらせた。本気でやればこんなもんよ。元々、数があったわけでもないし、特に英語は俺にとって改札口を定期で通るようなもんだから、速攻で終わった。
国語だって中間は点数取れてたわけだし、そもそも現代文は俺天才的だから、それほど時間はかからなかった。問題は、数学である。中間までの範囲なら、点数は良かったから速攻なのだが、期末の範囲はヤバイ。教科書読みながらじゃないと進まない。
「〜〜〜っ!クッソ………‼︎」
「……色々なツケが今、回って来ましたね」
煽るな!この野郎!今の一言でやる気を無くし、俺はペンを投げた。
「少し休憩にしても良いですか?」
「ダメです♪」
なんでちょっと楽しそうなんだよ。
「いやいや、マジで。科目的には三分のニ終わってるわけだし、2時間ぶっ通しなんだから休憩くらい下さいよ」
「………仕方ありませんね。では、10分です」
制限時間付きかー。まぁ、仕方ないやな。俺は後ろに寝転がった。………あーあ、明日から学校かぁ。文香さんとしばらく会えないんだよなぁ。
「………行きたくねぇなぁ、学校」
「……どうして、ですか?」
「楽しくないからですよ。今学期は文化祭に体育祭あるんですよ?地獄かよっての……」
「…………文化祭?」
「はい。あ、来なくて良いですからね。俺、帰るし」
「………なんでまたそういう事言うんですか」
「うちのクラスの出し物はまだ決まってないですけど、何にしても俺がする事なんてないですから。文化祭には私服を持って行って、トイレで着替えて学校を出て自宅に帰ります。終わる時間になったら、まだ着替えて学校に戻れば完璧ですよ」
これを思いついた時、あまりの天才っぷりに軽くアークスダンス踊っちゃったからな。
「………そう、ですか。私、千秋くんの学校の文化祭、一緒に行きたかったのですが……」
「なんでですか?」
「……千秋くんがいるというのも大きいですが、私は高校の時はほとんど読書をしていて、余り表に出たりはしなかったんです。ですから、友達もあまりいなくて……文化祭の日は教室で本を読んでいたくらい、でしたから………」
ああ、なんかその絵面は想像できるわ。お互い、暗い青春でしたね。
「………なんにしても、文化祭とかいう人の集まる日にうちの学校に来るのはダメです。存在するだけで大騒ぎなのに、俺といるともっと騒ぎになりますよ」
「……そう、ですよね………」
ショボンと肩を落とす文香さん。俺はそれに言った。
「………ま、また今度休みの日にデートでもしましょう」
「…………そうですね。ありがとうございます」
少しは機嫌が直ったようだ。よし、良かった。
「………ちなみに、体育祭も参加しないのですか?」
「しません」
「……即答ですか」
「仕方ないでしょう。去年は俺がトイレ行ってる間に、クラス競技が問題なく開催されたんですから。もう絶対、体育祭は出ません」
「………あ、あはは」
あの時の体育委員め……ちゃんと人数確認しろっての。そんな話をしてるうちに、10分が経過したので、宿題を開始した。
〜(昼飯や休憩挟んで)5時間後〜
終わった。割と早く終わったな。まぁ、俺の出来の良さが出てしまっただけだろう。そもそも、答え合わせできないから、答えなんて合ってても間違ってても問題はなかった。まぁ、文香さんが許してくれなかっただろうけど。
「っふー!終わったぁ………」
「………お疲れ様です。これ、差し入れです」
文香さんが、冷凍庫からアイスを出してくれたわ
「おおー!ありがとうございます」
「………いえいえ」
微笑みながら、二人並んでアイスをかじった。ほぉー、やっぱ夏はアイスだわー。特に棒アイス。特にΖガンダムが最高。
「……もう、夏も終わりですね」
「………そうですね」
文香さんは小さく相槌を打ってから、顔を赤くしたままボソッと呟いた。
「………あの、千秋くん」
「? なんですか?」
「…………お願いがあるんです」
「良いですよ」
「……まだ何も言ってないんですが」
「文香さんの言うことなら大抵OKしますから」
「………なら、その……夏休みが終わる前に、どうしてもしてほしいことがあるのですが……」
なんだろう。一緒にプール?盆踊り?虫取り大会?バイト?SOS団かよ。
すると、文香さんは顔を真っ赤に染め上げたまま、ボソッと呟いた。
「………….く、口付けを………」
「……………」
ボンッと文香さんどころか俺の顔も赤くなった。
「っ、ま、マジですか⁉︎」
「………は、はい……」
顔を赤くしたまま俯く文香さん。確かに、そういや付き合い始めてからそういうのしてなかったけど……でも、なんでそんな突然………いや、大体わかるか。どうせ速水さんあたりに唆されたんだろうな。
「……あの、文香さん。別に速水さんとかに言われたからって、それに無理に従う必要ないんですよ?」
「…………えっ?」
「ほら、文香さんとても恥ずかしそうにしてますし、あまりそういうの慣れていないんでしょう?俺も恥ずかしいですし、そういう事は俺達のペースで……」
「ちっ、違うんです‼︎」
文香さんの声が大きくなった。それに俺は思わずビビってしまった。
「………かっ、奏さんとかっ……そういうのは、関係ないんです……」
………と、言うと?
「…………その、わたしがっ……したいなって、思って……」
「へっ………?」
「……私、その………千秋くんがいないと、寂しくて、ダメそうで……明日から、どうすれば良いのか分からなくて………それなら、何とか『千秋くん成分』を補充すれば良いかなって思って……それで………」
「……………」
「………ごめいわく、でしたら……良い、んです………けど………」
文香さんは顔を赤くしたまま、途切れ途切れにボソボソと呟いた。正直、そういうのは文香さんがアイドルをやめてからって思っていたんだが……。
だが、彼女の方からそう言われて、拒否するほど俺は情けなくない。
「……………」
俺は、黙って文香さんの後頭部に右手を回した。
「っ」
文香さんは目を閉じて、若干上を向いた。キス待ちの顔って奴だろう。俺は、ゆっくりと顔を近づけて、唇と唇を重ね合わせた。しばらく押し付け合う事数秒、ぷはっと俺と文香さんは離れた。お互いの口から糸を引き、つうっと透明の唾液が垂れ下がる。
蕩けたような顔を浮かべる文香さんにムラっとしたが、理性で抑えつけた。何度も言うが、そういうのは文香さんが引退してからだ。
自分の中の性欲をかき消すように、俺は文香さんに聞いた。
「…………こっ、これで、しばらくは保ちますか………?」
すると、文香さんは顔を赤くしたまま俯いた。
「…………足りません。もう一度、お願いします……」
「………俺もです」
もう一度、唇と唇を触れ合わせた。
その後も、何度も何度もお互いに口を合わせた。
×××
ちなみにこの後、お互いに恥ずかしくなってスマブラに逃げた。台無しだった。