鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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携帯以上の文明の利器は存在しない。

 勉強が出来るようになるには何をするか、という話はよくある。ものを覚えるために、リズムに乗せるだとか、歌に合わせてだとか、色々と工夫するとも聞く。

 だが、そのどれもが通用しないと俺は確信している。何故なら、物を覚えるには結局、それに対する興味があるか否か、だからだ。例えば、銀魂。面白い漫画だ。ロングフレーズ台詞が多い。でも、面白い、楽しい、興味がある、だからどんなに長い台詞でも覚えられる。俺が「寿限無寿限無うんこ投げ機おとといの新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオン、アイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二は逆剥けが気になる感情裏切りは僕の名前を知ってるようで知らないのを僕は知っている留守するめメダカ数の子肥溜めメダカ……今のメダカはさっきと違う奴だから、池乃メダカの方だから。ラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸」は30分で覚えた。

 だが、目の前の「祇園精舎」はどう足掻いても覚えられそうになかった。興味がないんだもん。

 そして、さらに鷺沢さんの教え方。なんと、質より量だった。

 

「………覚えるまで、ノートに書き写してください」

 

 まぁ、控えめな言い方で良くそんな事言えるもんだ。鬼かよ本気で。

 

「………休憩にしませんか?」

「……まだ始めて10分です」

「………むぅ」

 

 勉強嫌だ………。疲れたよ………。ていうか、鷺沢さんはさっきから本(ワールドトリガー)読んでるだけだし。………むかつく。

 

「あ、その後エネドラ死にますよ」

「っ! な、なんでネタバレするんですかっ?」

「あ、いや口が滑りました」

「………むー。そういう意地悪するなら教えてあげませんよ」

「うっ………」

 

 それは困る。いや、正直軽く勉強すれば点が取れないこともないけど、歳上の女の人にマンツーマンで勉強教えてもらう機会なんて、多分一生ないだろうから、今のうちにあやかっておきたい。

 

「………ごめんなさい」

「……いいんです。それに…学校のテストの古典なんて、暗記で全部解けますから、漫画読みたいがためにノートに写させてるわけじゃないんですからね……」

「…………はい」

 

 ………やるしかないのか。俺はため息をついて、ノートに写しを始めた。

 それから約一時間半、ようやく暗記出来るようになった。

 

「………お、終わりました……」

「……ん、お疲れ様です。では、どうぞ」

「……祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」

「………はい、よく出来ました」

 

 ふぅ……ったく、こんなもん覚えて将来なんの役に立つのか。テスト以外で役に立たねーだろ。マジで学校滅べ。

 すると、鷺沢さんは俺の隣に正座して、シャーペンを持った。

 

「………では、現代語訳を説明しますね」

「は、はい。鷺沢先生」

「……せ、先生なんてそんな……」

 

 満更でもないのかよ………。

 

「……そ、そうですね。今日は私のこと、鷺沢先生と呼んで下さい」

「えっ……でも、鷺沢先生って長いし言いにくいですよ。つーか『さ行』多過ぎ」

「………い、嫌なら、その……文香、先生でも…………」

「っ………」

 

 な、何を言い出すんだこの人は………そんなん、俺に呼べるわけねーだろ………。

 チラッと鷺沢さんを見ると、顔を真っ赤にしてる癖に期待したような眼差しで俺を見ていた。相変わらず、反則級に可愛い。

 

「………ふ、文香、先生……」

「っ……! じゅっ、授業始めましょうかっ……!」

 

 鷺沢さんは照れた顔を背けるように前を向いてからノートを見下ろした。………その、なんだ、文香先生。胸を机の上に置くなよ……。ただでさえ、俺も恥ずかしくて顔見れないのに、目のやり場がさらに困るだろうが………。

 鷺沢さんは説明を始めたのだが、俺は未だに目のやり場が決まらなくて、話が耳に入って来なかった。

 ………にしても、大きいなぁこの人の胸。大玉螺旋丸なまである。一回でいいから突いてみたいものだが、突いたらその時点で全部終わりだよなぁ………。俺と鷺沢さんが付き合えれば良いんだけど、それは絶対あり得ないだろうし。ホント、人生ってクソゲーだわ………。まぁ、この胸を後頭部で触ることが出来ただけでも、俺は運の良い方だと思おう。柔らかかったなぁ……ぐへへ。

 

「……鷹宮くん?先生の話、聞いてます?」

「はっ、き、聞いてますよっ?」

「………なら、いま先生が説明したところを説明して下さい」

「…………」

 

 なんか、本当に先生みたいになって来た。本人は既に先生になり切ってるし………。

 

「………すみません、聞いてませんでした」

「………言いますけど、再試受からなかったらラノベ禁止しますからね」

「や、やります!ちゃんとやります!」

 

 それは困る。鷺沢さんとの唯一の繋がりが切れてしまう。さて、久々に本気で勉強するか………‼︎

 気合を入れた直後、鷺沢さんは顔を赤らめて俺の耳元でつぶやいた。

 

「………あ、あと……女性は視線には敏感、ですから……その、気を付けて、下さいね…………」

「…………バレてました?」

 

 聞くと、無言で頷かれた。とりあえず、本気で死にたくなりました。

 

 ×××

 

 鷺沢さんは大学生なのに、割と忙しい人種だ。学校、バイト、それにもうひとつ何かしているらしい。ラノベ貸したり返してもらったりする時間がたまに夜の9時半になったりするし。でも、向こうから言ってこないということは、あまり知られたくない事なんだろうから、俺は触れないことにしていた。

 で、今は鷺沢さんに出された宿題を片付けていた。うん、正直余裕だな。古典だって、別に苦手というわけではない。ただ、やる気がないだけだ。だけど、鷺沢さんによってやらざるを得ない状況にさせられれば、点数を取るのは容易い。

 今日は鷺沢さんは夕方から来てくれるらしい。いや、夕方からなら来させるなよとか思うかもしれないけど、俺だって断ろうとしたんだよ?だけど「……私が行きたいんです。鷹宮くんと勉強したいです」だそうです。どんだけ文香先生呼び気に入ってんの。最近は文香先生って呼ばないと返事してくれないし。

 そんな事を思ってると、スマホが震えた。マナーモードにすることを覚えたから、着信音は鳴ってない。でもこれ、普通に目立つよなこの音………。

 ちなみに、電話の相手は鷺沢さん。ていうか、俺のスマホに電話してくる奴なんて鷺沢さんしかいない。

 

「もしもし?文香センセーですか?」

『………文香先生?』

 

 ………あれ、別人の声。

 

『私、速水だけど。文香先生ってどういう意味?』

「………なんで、鷺沢さんの電話から……」

『借りたの。文香先生って何?』

「……………」

『あ、通話切ったら今からあなたの家に三人で行くから』

「………三人?」

『私と文香とありす』

「ありす?誰ですか?」

『私と文香以外にもう一種類声聞こえた事ない?』

「あー。前にイタズラ電話して来やがったクソガキですか」

『ガキじゃないです‼︎もう私は12歳です!』

 

 ガキじゃねーか。

 

『あーはいはい。ありすちょっと落ち着いてねー』

「暁みたいな子ですね」

『暁?何それ?』

「一人前のレディーの象徴ですよ。気になったらググってみて下さい」

『分かったわ。後で調べてみるわ』

「じゃ、俺勉強してるんで。失礼しま」

『待ちなさい。こっちの要件が済んでないわ』

「……………」

 

 逃げられなかったか………。この人は電話越しの三人の中で一番の強キャラかもしれないな。

 

「で、何の用ですか?」

『んー、まずは文香先生ってどういう事?』

 

 しつけぇなこの野郎………。まぁいいや、隠すような事でもないし。

 

「や、俺古典だけ再試になったから鷺沢さんに教わってるんです。そしたら、なんか鷺沢さんが『文香先生と呼んで下さい』って……」

『あー……うん。そういう事ね』

「まぁ、それだけです」

 

 はっ、残念だったな。想像以上に想像以下で。世の中、そんなもんなんだよ。

 

「で、それより何の用ですか?」

『んー、いや数日前から文香がすごい浮かれてて、私にある事をお願いして来たから、何かあったのかしらと思って、文香がレッスンしてる間に鞄から電話を拝借したの』

「えっ、それ窃盗……」

『借りただけよ?』

 

 それ以上聞けば殺す、というオーラをビシバシと出して言われれば、俺も従わざるを得ない。つーか、ある事ってなんだ?そこが気になるけど、伏せたってことは聞いても無駄だよなぁ。

 それより、話を戻そう。

 

「何があったか、でしたっけ?」

『ああ、いや良いわ。さっきの話聞いて何となくわかったから』

「はい?」

『あ、そうだ。あなたのアドレス教えてくれない?』

 

 スパッと話題をそらされた。さっきの話で何が分かったんだろうか。まぁ、考えても分からないし、問い詰めたりはしないけど。で、なんだっけ?アドレス?

 

「なんでですか?」

『ほら、文香の話をするのに、一々、携帯を盗むのは面倒でしょ?』

「あんた、今普通に盗むって言ったか?」

『気軽に連絡取れた方が良いもの』

「………え、でも俺速水さんの顔も知らないんですけど」

『大丈夫よ、私は鷹宮くんの顔知ってるもの』

「えっ?なんで知ってんの?ていうか、何一つ条件クリアされてませんよそれ」

『良いじゃない。文香の携帯番号知ってるだけでもかなりすごい事なのに、私のアドレスまで知れるのよ?』

「………は?」

 

 こいつ何言ってんだ?自分にどんだけ価値があると思ってんの?アイドル気取りですかコノヤロー。まぁ、鷺沢さんの番号には確かにそれだけの価値はあるけど。

 

『奏さん……』

『ん?……あらホント?鷹宮くん、ありすもアドレスだけなら教えてくれるってよ?』

 

 ………あー、もしかしてアレか。オタクの癖に女の子のアドレスを三人も手に入るよ、的な意味か?どこまでこの人、オタクに偏見持ってんの。

 

「いや、別に同情で女子のアドレスなんてもらいたくないですよ」

『………は?同情?』

「速水さんだって、オタクの連絡先なんていらないでしょ?」

『………あー、鷹宮くん本当に知らないのね……』

「? 何がですか?」

『いえ、何でもないわ。とにかく、私が鷹宮くんのアドレス知りたいし教えてくれない?』

「………まぁ、良いですけど。悪用とかしないで下さいよ」

『しないわよ。私のアドレス今から言うから、メモしてくれる?後でメールくれれば良いから』

「あ、そっちなんですね。了解です」

 

 二人ぶんのアドレスをノートにメモした。………でも、確かに俺が女の子のアドレスを合計三人も手に入れるなんて……スゲェ奇跡だわ。一人小学生だけど。

 

『………じゃ、そろそろ文香戻って来そうだから、切るわね』

「あ、はい」

『あ、その前にひとつ』

「?」

『私、あなたと同い年だからタメ口で良いわよ』

「えっ……そ、そうなんですか?」

『ええ。またね』

 

 通話は切れた。ていうか、結局なんの電話だったんだ?

 宿題を終わらせ、俺は寝転がった。なんだかんだ、明日は再試の日だ。夏休みは大きくスタートダッシュで躓いたが、この後は鷺沢さんと夏コミだ。なんだかんだ言って、楽しみである事この上ない。

 

「………うっし、頑張る」

 

 再試の再試は最悪だ。今のうちに油断なく少しでも多く勉強しよう。

 

 ×××

 

 翌日。再試が終わった。結果は余裕で満点で合格。先生に「なんでこれだけ出来てテストあんなんなの?」と怒られました。

 まぁ、そうなるよね。俺は次からは真面目に勉強しようと心に決め、昇降口で靴を履き、校門を出た所で電話がかかって来た。画面には「鷺沢文香」の文字。

 

「………鷺沢さん?」

『っ! た、鷹宮くん……!どう、でした……?』

「受かりましたよ。満点で」

『…良かったぁ………!』

 

 えっ、なんでそんな喜んでんの?

 

「そんな大袈裟な……。たかが再試のテストで……」

『……だ、だって、心配してたんですよ?』

 

 ……良い人だなぁ。他人のためにそんな心配出来るなんて。なんでこんな良い人が俺なんかと関わりを持ってるんだろう………。「再試?ぷっ、バカじゃん?」が普通だ。

 すると、電話の向こうから『ほら、文香』『は、はい…!』みたいな声が聞こえた。

 

『……鷹宮さん』

「は、はいっ?」

『……今日の夜、時間ありますか?』

「……………へっ?」

 

 よ、夜………?それって、どういう………。ま、まさか、勉強頑張ったご褒美に夜のご褒美的な事を⁉︎

 

「空いてます!むしろ空いてしかないです!」

『……そ、そうですか……。では、夜の7時に……私の部屋に来ていただいても、よろしいですか……?』

「今から行っても大丈夫です」

『……へっ?あ、いえっ、夜じゃないと意味が……!』

「大丈夫です。今からでも精力は持ちます。いや、もたせてみせます」

『………せ、勢力……?あ、何かのゲームですか?』

「そうですね、リアル18禁ゲームと言っても良いでしょう」

『……あの、何の話をしてるのか全然分からないんですけど………』

『文香、代わりなさい』

『………あっ、はい』

 

 なんだ?速水さんの声?3Pか?

 

『………鷹宮くん?違うわよ?』

「あ、ですよね。少しテンションおかしかったです」

『まったく……男の子なんだから。それと、敬語じゃなくても良いって』

「あ、そうだったな。悪い」

 

 少し舞い上がってた。明日から夏コミ、それも鷺沢さんと二人で行くとか。そこが墓場でも本望だし。

 

『舞い上がるのもわかるけど、ちゃんと文香を楽しませることを忘れないようにね?』

「ああ、了解。けど、上手くいかなくても説教はやめてよ。俺、女の子と二人で出掛けるなんて事、一回も無かったんだから」

『はいはい。その代わり、反省会はするからね』

「それは尋問会の間違いだろ。拷問会でも可」

『人聞きが悪いわね。そう言うこと言う子には、キスの刑にするわよ?』

『っ!か、奏さん⁉︎』

「お前さ、同い年って事は16か17だろ?そんなビッチ臭いこと言ってて恥ずかしくならないの?」

『冗談に決まってるじゃない』

「もしかしてアレだろ。実際、本当にキスしたら狼狽えるタイプだろお前」

『ッ! ち、違うわよ!』

「いや、今の反応で分かったわ。絶対そうだわ。処女ビッチだわ。鈴谷だわ」

『〜〜〜っ!あ、あなたもし顔を合わせる機会があったら覚えてなさいよ?本当にシてあげるから』

「やってみろタコ。つーか、鷺沢さんと代われ。舞い上がってたことは謝るから」

『………はい』

 

 で、鷺沢さんとチェンジした。『もしもし?』と不機嫌そうな声で鷺沢さんは尋ねて来た。

 

「あ、鷺沢さん?それで、今日の七時に鷺沢さんの家で……」

『…………』

「……鷺沢さん?」

『…………奏さんと随分仲良いんですね』

「………はっ?」

『…………いつの間にか、タメ口で話すようになっちゃって』

「……え、それはさっき速水さんが……てか、なんで怒ってるんですか?」

『……ふんだ、怒ってません』

 

 何それ可愛い。電波に乗せて手を送信して頭撫でたい。

 しかし、ここはそんな事言ってる場合じゃない。仲直りしないと、今日の夜どころか明日の夏コミも無くなってしまう。………でもどうしよう。怒った理由を聞かないと仲直りしようにも……。

 すると、電話の向こうから『文香』と速水さんの声がした。

 

『……機嫌直しなさいよ。私も謝るから』

『………別に機嫌悪くなんかないです』

『いいから。……冷静になりなさい。今、不貞腐れて夜に出掛けられなくなるのと、耐えて彼と出掛けるの、どっちが良い?』

『…………』

 

 何の話をしてるのかよく聞こえないけど、とりあえず俺はいつまで待てば良いのだろうか。

 そのまましばらく二人は話し合った後、鷺沢さんの声が聞こえた。

 

『………鷹宮、くん?』

「はい」

『……すみません。それで、今夜……』

「はい。七時に鷺沢さんの部屋の前ですね?」

『…………はい。では、失礼します』

「あ、はい」

 

 電話は切れた。しかし、夜の7時に何の用だ?ラノベ貸そうにも、借りたいラノベは言われてないし………。

 ま、いっか。いずれ分かる事だしな。俺は欠伸をしながら、自宅に向かった。

 

 


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