鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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ドライブ(2)

 ドライブでの目的地は神奈川。見晴らしも良くてフラッと通り掛かったから寄ろうと思える場所も多く、二人で車の中でのんびりする。

 高速道路に乗っても、文香の運転が乱れることはなかった。80キロくらい平然と出しても、変に緊張することも力が入り過ぎることもなく、むしろ二人で雑談しながら車を転がす。

 

「……つまり、Fateや終末のワルキューレ、銀魂以外にも史実を元にして作られているアニメはあります。ペルソナだって、各パレスのボスの中には、本当にあった事件を元にしているものがありますから、そういうのを調べて初めて『アニメや漫画は勉強になる!』と言えるのです。ただアニメに出て来た内容をかじった程度では、にわか知識がつくだけで、勉強になったわけではありません」

「なるほどねー」

 

 相槌を返しながら、文香の長文を耳にする。ほとんど喋り倒しているのは文香だけど、俺はそれで構わない。結構、文香の話は面白いのよ。共感できる事が多い。

 

「……読むだけで勉強になる漫画なんて……そうですね。はたらく細胞くらいでしょうか?」

「あー確かに。あれ完全に教科書だもんね」

「……ダンベルもそうと言えますが、あれは筋トレの話ですから。実践しないと勉強してるとは言えないでしょう……」

 

 ちなみに、あのアニメが流行った頃に、文香の家では毎日筋トレが行われていたのは言うまでもない。ホント影響されやすいのよこの子……。

 すると、ふと視界に入ったのはSAの文字。海老名のサービスエリアのようだ。

 

「海老名SAだって」

「……ああ、聞いたことあります。グルメが多いサービスエリア、でしたっけ?」

「少し休んで行く?」

「そうですね……ドライブはまだ始まったばかりですし、少し見ていきましょう」

 

 グルメ、と言う言葉に惹かれない人間はいない。あまり外出しない人間なら尚更だ。かく言う、俺も少し覗いてみたいし。

 

「昔から、俺、サービスエリア大好きでさ。なんか知らんけど」

「私は……昔はあまり好きではありませんでしたね……。その……寄ると、絶対にお手洗いを薦められ、車の中での読書を中断せざるを得ませんでしたから……」

「ああ、なるほど」

 

 つまり、子供の頃から本の虫だったわけですね……。でもまぁ、今は車が運転できる程度には読書も我慢できるようになっているみたいだし、問題ないと言えば問題ないけど。

 そのままサービスエリアに突入し、車を止めた。休日とはいえ、土日の二連休でわざわざ高速を使うような遊びに出掛ける人は少ないからか、あまり混んでいなかった。

 その点では願ったりである。

 

「……本当に大きいですね。サービスエリア……」

「それな。ここが目的で高速乗る人もいそうな程」

「……結構、そういう方もいらっしゃるそうですよ? 私の事務所にも、車の運転が好きな方が、大きいサービスエリアのために、高速を走ることも多いみたいで」

「それ、もっと言うと運転したいだけじゃね?」

「かもしれませんね……」

 

 そんな話をしながら、サービスエリア内を見て回った。毎度、思うのが、何故こういう所の飯はうまそうに見えるのか、と言うことだ。不思議と食欲を唆られる。

 

「なんか、食べて行きます?」

「え、神奈川で食わなくて良いの?」

「……いえ、軽くという意味です。お腹いっぱいにならない程度に、一つくらい間食を挟みませんか?」

「なるほど。そうしようか」

 

 うん。決定。

 そんなわけで、二人でサービスエリアの中を適当に回りながら、軽く食べ歩いた。

 

 ×××

 

 サービスエリアの後は、そのまま神奈川に直行した。やって来たのは、箱根湯本。温泉で有名な場所だが、流石に予約なしで温泉は無理だと思うので、色々と見て回ることにした。

 

「箱根かぁ……俺初めて来たわ」

「……私もです」

「温泉しか知らないんだけど、何があるの?」

「……箱根は、そうですね。まず美術館が多いです。彫刻の森、ガラスの森、岡田美術館などなどと、美術館によって展示品は様々ですが、どの美術館も展示品のジャンルが異なっているんですよ?」

「美術館……なんか、俺のイメージだと絵ばかりのイメージがあるんだけど」

「……それは偏り過ぎです」

 

 まぁあんま詳しくないからこそ、見てみたいという気持ちもある。特にほら、なんかカッコ良いオブジェクトとかあったらテンション上がるじゃん。ペルソナ5 で俺が一番好きなのは祐介だし、芸術方面を理解したいというのもある。

 

「よし、行こうか!」

「……はい!」

 

 二人で美術館巡りを始めた。

 色んな美術館を見て回ったが、俺の中で一番、ツボだったのは彫刻の森。やたらとカラフルな造形が多く設置されていて、これが夜中に出現したらそれだけでホラーだ。……美術館巡りのホラゲとかあんのかな……。

 

「やってみたくない? 美術館巡りのホラゲ」

「嫌です!」

 

 断られた。

 

 ×××

 

 続いてやって来たのは、星の王子さまミュージアム。俺はこの本をあまり知らない。ボイジャーが実装されて少し知ったくらいだ。なんかよう知らんけど、Twitterで得た知識くらいで。

 さて、そんな俺はともかくとして、だ。問題は、俺の隣の彼女である。めっちゃ目をキラキラさせている。

 

「はわわ……こ、ここっ……ここここが……星の王子さまの……!」

「……好きなの?」

「そ、それはもう……! 子供の頃に、何度も読んでいて……ここがあると知った時から、一度で良いから来てみたくて……!」

「……そっか」

 

 こんなに子供みたいにはしゃぐ文香はかなり珍しい。いや、普段から割とレアドロしたりガチャでレア引いた時ははしゃいでいるが、そういうのとは種類が違う。

 目をキラキラさせ、興奮気味に頬を赤らめ、普段のスローペースとは思えない程、あたりをキョロキョロと見回す。うん、可愛い。

 

「さぁ、参りましょう。千秋くん……! 砂漠に不時着しに……!」

「え、やだそれは」

 

 そんな絶望的な話なのこれ……。砂漠に不時着とか、死んでも嫌なんだが……。

 ……と、思っていたが、中を見て回っていると、それはもう中々、面白かった。俺は星の王子さまという話を読んだことないから、正直「ヘビに飲みこまれたゾウ」とかその辺は何を言っているのかわからない。

 じゃあ何が面白かったか? 決まっている、文香の表情だ。作者の心情的なムービーが流れている所から、まるで靴を釘で止めているかのように動かなくなったり、世界各国の言語で書かれている「星の王子さま」が置いてある場所で、分からない言語はスマホで調べながら読み耽ったり、中に設置されているカフェで感想を語り合うという名目で自身の感想を延々と語ったりと、それはもう可愛かった。

 俺としては、そんなふみふみが見れた時点で満足である。

 で、二人で車に乗り込む。発進する直前、文香が俺に本を差し出して来た。

 

「? 何?」

「……先ほど、購入して来ました。プレゼントです」

「俺に? てか、英語?」

「勿論です。勉強と同時に、本を読ませてあげます。……今晩は、寝かせませんからね?」

 

 ……えっちなセリフがえっちに聞こえなかったのは、俺が悪いのだろうか? 

 

 ×××

 

 さて、そろそろ夕方である。最後は夕焼けを見ながらどうしようか? と、なったところで、文香アイがまた目敏く面白いものを見つけたのである。

 そう、足湯である。やっぱり、箱根に来たら温泉は外せない、かと言って温泉には入れない。ならば、足だけでも味わおうということだ。

 飲み物と、俺は焼きモンブラン、文香は九頭龍餅だけ購入し、二人でタオルを持って足湯の前に来た。

 

「ふふ……美味しそうです……」

「それな」

 

 二人で席に座る。文香はロングスカートなので、少し裾を持ち上げながら入浴する。脚だけなのに色っぽく見えるあたり、本当に文香は美人さんだ。もう俺、人生の運を使い果たしたんじゃないか、と思う程。

 すると、太ももの上に借りたタオルがファサッと被せられる。顔を上げると、文香が微妙に恥ずかしそうに赤らめた頬を膨らませていた。

 

「……脚、見過ぎです。えっち……」

「たまに先に寝たふりして、寝てる彼氏のズボンの隙間からパンツを盗撮する女に言われてもな……」

「っ、な、何故それを……⁉︎」

 

 分かるわ。何度も繰り返されれば。とはいえ、確かに見過ぎは良くないので、それ以上は何も言わずに隣に腰を下ろした。

 二人揃って、お茶を一口、口に含む。ほっ、という息が口から漏れた。なんか、ホッとしてしまった。

 

「気持ち良いですね……足だけなのに……」

「ほんとにな……足だけなのに……」

 

 身体ごと浸かったら、俺達はどうなってしまうのだろうか。蕩けてしまうのでは? さらに悪い事に、俺達の目の前にはお饅頭があるわけで。

 ゴクリ、と喉を鳴らすと、これまたほぼ二人同時に各々の和菓子を口に運ぶ。飾った直後、程よい甘味と渋味が口内に広がる。

 

「ほわわぁ……お、おいひい……」

「俺達、死ぬのかな……」

「何を言っているんですか……ここは、既に天国です……」

「そうだったな……」

 

 お互いに何を言っているのか分からないまま、とにかくホッとした時間が過ぎていった。

 すると、ふと文香が俺の手元の和菓子に目を向けている。

 

「……食べる?」

「良いんですか?」

「何が『良いんですか?』だよ。いつもと違って即烈で返して来やがって。食べる気満々でしょ」

「むっ……い、良いじゃないですか。女の子だってお腹空くんです……」

「別に良いけど。ほら」

「ん、あ、あーん……」

 

 ナチュラルに食べさせてあげる事になったが、もうこれくらいじゃ俺も文香も特に何も思わない。慣れてしまった。

 次は俺の番かな? と思ったら、文香の手元には何もなかった。やっぱり食いしん坊じゃないか。

 

「……はふぅ〜……」

 

 ……でも、文香が気持ち良さそうだから別に良いや。

 しかし、だ……。突発的に「行こうか」ってなった割には、あまりグダグダせず良いペースで楽しめたなぁ……。なんだか、たまにはこうして旅行するのも悪くない。日帰りだから良いのかも、なんてことも思ってみたり。

 それもこれも、全部文香のおかげなんだよなぁ……。わざわざ受験生の俺のために気を利かせてくれて……。

 

「文香、今日はありがとう」

「いえいえ〜……」

 

 ……声がふにゃふにゃしてんな……。まぁ、それくらいの心地でいてくれた方が、俺としても色々言いやすい。

 

「俺、ちゃんと明日から勉強して、大学行くから。そしたら、免許取って、今度は俺が文香を色んなとこに連れて行くよ」

 

 ……少し、というかだいぶ恥ずかしいこと言ったな……。まぁ、今の文香なら聞こえてないと思うけど……と、思って横を見ると、慈愛に満ちた表情を浮かべている文香が、こちらを見ていた。

 足湯から立ちのめる湯気と、そこから伝わって来ている熱が頬を好調させ、例え足湯であっても、色っぽさをこれでもかと言うほど前面に出された文香が、微笑みながらこちらを見ている。

 

「はい……楽しみに、していますね……」

「ーっ……」

 

 そうして小首を傾げる文香から、思わず目を逸らしてしまう。ダメだ……今では、もう完全に俺の方がいじられる側だ。前までは、何を言ってもすぐ照れてしまう可愛い年上だったのに……。

 そんな俺に追い討ちをかけるように、文香は俺の肩に頭を乗せる。そして、目を閉じながら、色っぽい声で告げるように言った。

 

「私は……千秋くんのお話は、いつでも聞いていますよ……?」

「ーっ……!」

 

 聞こえてないと思って言ったってこともバレてるよ! こいつ、ほんとに……! 

 

「……ふふ、もう少しのんびりしたら、行きましょうか」

 

 言いながら、俺の肩から頭を離さない文香。温泉の熱もあってから、俺の体温は過去に無いほど、上がっていった気がした。

 

 ×××

 

 はてさて、このまま円満に帰宅……と思ったが最後、そうは問屋がおろさない。旅行慣れしていない人が必ず陥る罠、それこそ予測出来るはずなのに、旅行の楽しさでつい頭から抜けられる日常のトラップ……そう、渋滞である。

 帰宅ラッシュに巻き込まれ、高速を低速で帰らなかればならないこの時間は、楽しかった時間を虚無にする。

 

「あー、全然進まねーなー」

「……」

 

 こういう時、イライラするのは運転手側。文香に限ってそれは無さそうだが、まぁ全くストレスがたまらない聖人はいないと思い、文香の愚痴を聞くため、そんな事を言ってみたのだが、反応はない。このままじゃ愚痴ったみたいじゃん……。

 

「にしてもあれだよな、やっぱ足湯が一番、よかったよな。今度は混浴じゃなくても良いから、全身浸かってみたいまだあるよな」

「……」

「あ、てかあれ気にならん? ドクターフィッシュ。体の汚れを食ってくれるサカナ」

「……」

「ああ、魚と言えばさ、そろそろ秋刀魚のシーズンだよな。俺、実は焼き秋刀魚より刺身派なのよ」

「……」

 

 ……え、なんでずっと無言なの? こうなると、どれくらいシカトされるか試したくなるな。

 

「そういえば、この前文香が出てるバラエティ見たよ。あのバスケの奴。文香にしてはシュート入ってたじゃん」

「……」

「でも、気付いてなかったかもだけど、シュート打つたびにおへそ見えてたから。そこは気をつけたほうが良いよ。俺含めて男をムラムラさせるから」

「……」

「キリトってウザーよな、かなり」

「……」

「……あと10秒無言だったらおっぱい揉むから」

「……」

 

 10、9、8、7……〜割愛〜……2、1……。

 

「はい揉むよ〜。覚悟し……」

「……ねぇ、千秋くん……?」

「? 何?」

 

 急にどうしたんだ……? 

 

「……凄いこと、お願いしても良いですか……?」

「何? 今から噛んでくれとか? 流石に運転中は危ないでしょ」

「……私が、合図をしたら……そ、その……スカートとパンツを、下ろして……ペットボトルを、セットしてくれますか……?」

「いやいや、流石に運転中にその手のプレイはダメでしょ。おっぱいとか冗談だから、事故を起こさないように落ち着いて運転を……えっ、本気で言ってんの?」

「……」

 

 直後、少し前の車が進み、続いて文香もブレーキを踏む足を微妙に緩める。高速道路のライトが、文香の横顔を微妙に照らし、暗くて見えなかった表情をようやく照らしてくれた。

 その表情は、まるで沈没寸前の船の舵を握る船長のように大量の汗を浮かべ、目尻に涙を浮かべていた。

 心なしか、小刻みに身体を震わせ、手に握られているハンドルにそれが伝っていた。

 

「……マジで?」

「……」

 

 遠足は家に帰るまで、という懐かしい格言が、嫌というほど脳裏に焼きついた。

 

 


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