鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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ドライブ(1)

「あ〜……もうやだ……疲れた……」

 

 模試の結果は一応、上々……ではあるのだが、まぁ夏過ぎまではみんなそんなもんらしい。賢い浪人生達が本気出し始めるのが秋頃らしく、偏差値が下がり始めるこの頃、俺はとうとうペンを放り投げた。

 だってもう疲れたもん……。マジで勉強とか大嫌いだし。大体、何だよ大学受験って……。日本の大学って勉強して入ったらバカになって社会に出るゴミカス製造機のくせに……。

 

「……お疲れみたいですね?」

 

 机の上でダレてる俺に、文香が横から声を掛けてくる。

 

「そりゃ疲れるよ……どれくらい疲れてるかって言うと、去年の夏休みでしてたバイトくらい疲れる……」

「……ふふ、懐かしいですね。私の勘違いを良いように利用して、存在しない双子の弟を作って……」

「掘り返すなよ……」

 

 あれは本当に悪かったって……。俺の嘘って不思議なことにバレやすいんだよな……。なんでだろうね? 

 

「……不思議そうな表情をなさらないでください……どうせ『俺の嘘って不思議なことにバレやすい』のようなことを考えていらしているのでしょう?」

「何でわかるんだよ……」

「……分かりやすいからです」

 

 そんなに分かりやすいか……? ここは一つ、試してみるか……。

 

「文香、この前さ、英語の小テスト満点だったんだよね。すごくない?」

「それは……おめでとうございます。流石ですね……成果が出ているようで、何よりです……」

「あと数学の小テストも満点だった」

「嘘は結構です……」

「何で分かるの……?」

「……千秋くんが数学で、満点を取れるはずがないでしょう……」

 

 ……確かに分かりやすいみたいですね、俺は……。英語の話は本当なことも分かっているのだろう。流石だなぁ……。

 でも、数学も悪かったわけではない。20点満点中8点だし。前までなら0点か1点とかだからね。

 そう思うと、もう少し勉強頑張るか、とも思えるんだ。何事も数値化するって大事よ。

 

「よし……もう少しやろう」

「ふふ……頑張って下さいね」

 

 そう言いながら、文香は俺の向かいの席で本を読む。今日はラノベではなく普通の本。小難しい書籍を読んでいる。俺も有名な作家の奴は読むようになったっけ。夏目漱石とか、アガサ・クリスティとか。

 そんな事はともかく、もう少し勉強を進めよう。泣き言を言う暇があったら、ゲームをしたい、漫画を読みたい、文香と遊びたい。でも、ゲームをするよりも漫画を読むよりも文香と遊ぶよりも、今は勉強しないと。

 ……いや、やっぱ文香と遊ぶってのは勉強より上かな。

 

 ×××

 

 翌日、なんかクソ体が痛いと思って目を覚まし、身体を起こすと、パサっと背中から毛布が落ちた。どうやら、俺は机に伏せていたまま、勉強の途中で眠ってしまっていたようだ。

 しかし……マジ腰が痛えな……。あと背中も……。何つーか、身体が硬くなった感じ……。

 てか、毛布は文香がかけてくれたのか? てか、文香は何処だ? てか、今何時だ? 

 

「……」

 

 時計を見ると、時刻は9:47。遅くまで勉強してた割には早起きだな……。とりあえず、今日が休みで良かった。

 なんて思っていると、パシャあぁぁぁっという流水音の後、トイレから文香が出てきた。

 

「……ふふ、おはようございます。昨晩は頑張りましたね」

「あ……おはよ。って、準備早いな。仕事だっけ?」

 

 既にパジャマから私服に着替え終えていて、いつでも外出できるように準備万端である。……化粧はしてないけど。ま、俺は化粧してない文香も好きだけどね。

 

「いえ……仕事ではありません。実は、たまには千秋くんの気分転換にお誘いしたくて……」

「え?」

「……ドライブなど、如何でしょうか?」

「え……ど、ドライブ?」

「……はい……」

「免許持ってんの?」

「……この夏休みの間に、何度か通って……何とかこの前、獲得致しました……」

 

 マジかよ……全然、気付かなかった。勉強してたからか? 

 

「でも、勉強が……」

「……たまには休んだって良いでしょう。根を詰めすぎても、良い結果は出ませんよ……?」

 

 確かにそうだけど……ま、良いか。彼女がこんな風に誘ってくれているのなら、行かない方が失礼ってもんだ。

 

「じゃあ……頼む。俺も運転して良いの?」

「ビンタですか?」

「冗談だから……」

 

 叩かなくても良いじゃない……。

 そんなわけで、とりあえず着替えて朝飯だけ済ませて部屋を出た。エレベーターに乗り、文香が地下一階のボタンを押す。

 

「このマンション、地下とかあったんだ」

「……元々、叔父のお店が置いてある、という理由で私はここに住んでいますから。これから使う車も、叔父からお借りするものです……」

「じゃ、汚しちゃまずい奴ね」

「……それは私が、仮にマイカーを購入したとしてもやめて欲しいのですが……」

 

 苦笑いを浮かべながら言われてしまった。や、別に汚す気満々とかそういうんじゃないから。

 

「今日はどこ行くん?」

「そうですね……とりあえず、神奈川方面に向かおうかと考えておりますが……」

「神奈川?」

「……聞いた話になりますが、ここから近場で運転するだけで楽しく回れるのは、神奈川なのだそうです……」

「ふーん……」

 

 もしかして、わざわざ調べてくれたのか? 多分だけど、事務所の人に聞いて回ったんだろう。

 

「文香」

「……なんですか?」

「ありがと」

「……はい」

 

 地下に到着し、二人で駐車場内を歩く。朝……というより午前中なのに、当たり前だけど地下は薄暗い。こういう所で、刑事ドラマだと遺体が転がってたりするんだよな。

 

「どうする? スタンガン持った男が待ち構えてたら」

「……その時は……そうですね。手首から糸を出し、スタンガンを奪いつつ、犯人の後方にも反対側の手から糸を出し、引き込みながら地面を蹴って接近、顔面に拳を叩き込みます」

「スパイディかな?」

「……千秋くんでしたら、どのような対処を?」

「胸のアークリアクターを2回押して変身する」

「そっちこそ社長ではないですか……」

 

 俺と文香って好きなアニメやゲームは被るんだけど、推しキャラは全く被らないのよ。アメコミだと、俺はトニーが好きだけど、文香はスパイディ好きだし……ん? そういや文香ってSAOだとキリト、銀魂だと総悟、FGOだと小太郎(或いは一ちゃん)が大好きだし……もしかして。

 

「文香の性癖ってさ、男子高校生くらいの年齢の男の子?」

「……」

 

 一ちゃんは違うけど。

 言うと、文香は黙り込む。微妙に頬が赤い。この子、割とムッツリだからなぁ……。ついこの前も俺には内緒でBL同人誌買ってたし。

 

「……そういう千秋くんだって、本当はロリコンの癖に」

「ちがうから! 年端もいかない少女が刀を振り回している姿を見るのが好きなだけだから!」

「尚更、危ない感じがします……」

 

 どういう意味だよ⁉︎ 別に性の対象として見てるんじゃなくて、そういうシーンがあったら何となく興奮するってだけだからね⁉︎

 何とか言い返そうと思っていると、相変わらず頬を赤く染めたままの文香が、長い前髪の隙間から俺の顔をチラリと覗き込むようにして、聞いて来た。

 

「ち……ちなみに、ですが……私が、帯刀をしていたら……如何でしょうか?」

「は?」

「……」

 

 ……文香が帯刀、か……。まぁ、こう見えて腕力はあるし、持つだけなら問題ないが……いや、そもそも太刀ってのは正しい振り方ってもんがあるし、文香の運動神経じゃ、腕力はあっても結局、刀に振り回され、バランスを崩しておっとっとっ……と、転び掛け、地面に刀を突き刺しながら自分はヘッドスライディングをかますように転がる未来しか見えない……。

 それはそれで可愛いけど、やっぱ文香に武器は似合わないよね。

 

「……時代を合わせるなら、文香は街を守護する陰陽師タイプだよね。烏帽子とか似合いそう」

「……わ、私に刀は似合いませんか……?」

「着物は似合いそうなんだけどね……持つだけなら、どちらかと言うと薙刀の方がまだ似合いそう」

「……な、なるほど……」

 

 まぁ、薙刀も結局、刀と一緒で振られる未来しか見えないけど。

 そんな話をしながら、車の前に到着した。意外や意外、文香自身の車ではないとはいえ、ミニクーパーだった。

 車に詳しくないアレだけど、この車くらいは知っている。

 

「ミニじゃん。良いなぁ」

「……確かに、あまり大きな車ではありませんけど、その分、運転しやすいんですよ?」

「あ、いや車の名前な。ミニクーパーを略してミニ」

「あっ……そ、そうでしたか……これが、ミニクーパー……」

 

 あ、名前は知ってるんだ。本に出て来たのかな? 

 

「……では、参りましょう。助手席に乗ってください……」

「運転しようか?」

「……免許とってから言ってください。P5Sでも、あなたやたらと運転したがる選択肢を選んでいましたね」

「だって免許欲しいもん」

「……あと半年、待ちなさい」

 

 普通にお断りされたので、大人しく助手席に座る。……ホント、こういうとこは男が年下だと辛いわ。今の所、養われてるのも俺、家事をするのも俺、助手席に座るのも俺と、男がやるべきことは全部、文香がやってる。

 キチンと初心者マークをフロントに貼ると、文香も運転席に座り、シートベルトを締め、出発した。

 キーを差し込み、エンジンを掛けると、ギアレバーをDに流して控えめにアクセルを踏みながら、ハンドルを切って出口に向かった。

 

「……」

「……? ……あの、如何されました……?」

「いや、ちゃんと運転してるなって」

「……バカにしてます?」

「違くて。だって文香がまさか運転って……」

「……やっぱりバカにしてますよね? 仮免で一回、落ちてるだけで実務は問題ありません」

「大丈夫か本当に?」

 

 俺も免許センターについては詳しくないけど……確か、仮免って教習所の敷地内を運転する奴だよな? 思いっきり実務で落ちてるけど、どうなの? 

 俺の不安など無視して、文香は車を走らせる。駐車場内をゆっくりと徐行しながら、地下から出た。

 

「免許試験ってどんなことやんの?」

「……そうですね。やはり、運転です。踏切手前のルールや、坂道ではどう動くのか、救急車等の緊急車両が通る場合はどうするのかを学び、実際に車を動かして練習します……」

 

 なるほどね。事故でも起こしたら大変だもんな。

 

「でもアレだよね。煽り運転とかそういうのあったよね。そういうのはやっぱ習ってないんだ?」

「……習うわけがないでしょう……。あの手の輩は、私も免許を取る前は、正直、人としてどうなのか、と思ったものですが……免許センターの教員の方から聞いたお話では『事故を起こさないためとはいえ、法定速度よりも遥かに遅い速度で走行している人が増えた所為』というお話をお聞きして……」

「ああ……」

 

 確かに、うちの両親も運転しながら「何ノロノロ走ってんだボケが!」ってたまに車の中でキレてたっけ。ルールを守るのは当たり前だが、必要以上にビビりになる奴が多いって事ね。

 

「……もちろん、だからと言って煽り運転をして良いわけではありませんけどね」

 

 そう言いながら、文香は実に安定した運転を続ける。40キロ道路を、40〜45キロ程度を保っている。

 

「……音楽、流しましょうね」

「お、あるんだ」

「……実は、昨晩、CDを作成しました。是非、イントロから何の曲か当ててみて下さい……」

「良いね」

 

 そんな話をしながら、二人でドライブを続けた。

 

 


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