【あらすじ】
千年祭にてクロノの母ジナがゲートをくぐってしまい、時の向こうに。大急ぎでシルバードに乗ってジナの行方を追うクロノたち。
無事にジナと再会するも、そのジナの横には予想だにしなかった人物が立っていました。
「クロノ…」
ある空間の中で一人の女が絶望の中でその名をつぶやいた。目の前でラヴォスの発する光線の中、クロノと云う若者は塵芥となって消えた。その場にいた金髪のポニーテールの少女と眼鏡をかけた少女、蛙の様相をした武人、金色の戦闘ロボット、金髪の筋骨隆々の女、そして預言者と呼び母のジールが重用した者。
すべてが戦闘不能となって圧倒的な抗えないチカラに屈する中、クロノと云う少年は動けない体を叱咤して刀を構えた。だが直後、ラヴォスの光線の前に一片の肉片も残らず跡形もなく消えた。ポニーテールの少女と眼鏡の少女はクロノの名前を絶叫した。二人の少女はクロノを思慕していたのだろう。それが目の前で塵となった。
クロノを吹き飛ばしたあと、ラヴォスと母のジールはいずこかへと消えた。クロノを失い号泣する仲間たち。
「馬鹿野郎…!死ぬなら歳の順だ!」
蛙の男が無念に発する。
「クロノーッ!!」
確かマールと呼ばれていた少女、なんと悲しそうな顔をしているのだろう。
私はサラ、ジール王国第一王女。
しかし、ラヴォスのような殺戮の生物の召喚に加担した私が何で王女か。母の命令に逆らえない救い難い腰抜け。間違っていると知っていて悪事と呼ぶのも生ぬるい所業に加担して何が王女。空間のひずみを見つけた。その隙間からつい先刻までいた海底要塞の壁と分かった。まだここは海底要塞のようだ。もうすぐここは崩壊する。せめて彼らを無事に脱出させることが、せめてもの償い。
サラは念を集中してクロノの仲間たち、そして預言者と呼ばれた者を海底要塞から瞬間移動させた。自身は海底要塞の中に留まった。一人となったサラは再び
「クロノ…」
と、発した。
「もっと明るく普通の女の子で生きたかった…」
王女になんか生まれたくなかった。友達も出来ない。恋も。
「年頃になったら素敵な男の子と恋をするような…そんな女の子でありたかった」
海底要塞は崩落した。水深深く築かれているため崩れるのは一瞬だ。海水に飲まれていくサラは気が遠くなるのを感じた。これが死なんだ。そう思った。彼女のペンダントが光ったのはサラが意識を失ってからのことだった。
◆ ◆ ◆
「う…」
一人の女がベッドのうえで横になっていた。
「クロノ…」
何度この寝言を聞いたか。看護していた女は額に滲んだ汗を拭いた。そしてやがて目覚めた。
「お気づきですか」
「…ここは」
「ガルディア城です」
女はホッとして胸を撫で下ろした。
「良かった…」
少し体はだるいが、十分に動ける。
「み~」
愛猫も一緒にそこにいた。心配そうに自分を見つめている。
「大丈夫よミミ」
「ミミちゃんと言うのですか」
「はい、息子の愛猫で」
ベッドから降り出した女。
「まだ動いては」
「いえ、帰らなくては息子が心配するでしょう。何でも仲間たちと未来を救ったとか何とか。大好きなシチューを作ってあげないと」
看護していた女は驚いたように
「そうですか、クロノは…」
「息子をご存じで?」
「え、ええまあ…」
「まったく、あの子は…。いつから女の人に手が早くなったのかしらね。王女様や半裸に近い女の子を連れ回して」
ふふ、看護の女は苦笑した。
「でも私は幼馴染のルッカちゃんに息子の嫁になってもらいたいのですよ。あの子はしっかりしているから、剣術以外何の取り柄もない息子でも大丈夫だと…」
看護していた女は微笑を浮かべ聞いている。しかし
「あらやだ、初対面の人に何を言っているのかしら。私はクロノの母のジナと言います」
「私は…」
「貴女はお城の小間使いさんで?」
「まあ、そんなところです」
「お世話になりました。後日にお礼に伺わせていただきます。息子も心配していましょうから、ここはこれで」
「ジナさん…」
「はい?」
ベッドから降りて息子の愛猫を抱いたジナに顔をうつむいて言った女。
「ここはガルディアではあっても…貴女のいたガルディアではないのです」
「は?」
「ご子息のクロノがどのようにして未来を救ったか、存じていますか?」
「いいえ全然、未来をどうにかしようとする悪人を息子がお仲間と倒したのと違うのですか?」
「とにかく…見ていただいた方が良いようです」
女はジナを城の外に連れて行った。妙と思いつつも一緒に歩くジナ。城門を出てすぐに森林がある。ガルディア城は様式で言うのならば平山城、そう高くない台地の地形に添って建築された城で外周には森林が覆われ防御ともなっている。やがて森を出たジナ。ジナの知るガルディア城下町はここから東に歩いてすぐである。ジナとクロノの家もそこだ。
「ここから東に行くと我が家です。お送りして下されたのですから我が家でお茶でも。息子も喜ぶと…」
ジナは目の前の光景に驚いた。城下町はあるにはあるが、つい最近に出来あがったかのようで、かつ家屋の様式は大昔のものだった。ジナが子供のころに絵本で見た大昔の家。それが民家や商家として並んでいる。遠くには港も見えたが停泊している船もまた大昔の様式のものだ。
「え…?」
「ジナさんはガルディア歴千年におられた方ですね?」
「え、ええ…。今はリーネ広場で千年祭が…」
そのリーネ広場も今はただの草原だ。
「ど、どうなっているの?」
「信じがたいかもしれませんが、今はガルディア歴5年です」
「ガ、ガルディア歴5年?995年前と言うのですか?」
「はい」
「……」
信じられないと云う面持ちでガルディア城下に歩きだすジナ。ジナを見て、その服装が奇異に感じるのか城下町の者はジナをチラチラと見る。ジナからすれば見る人すべて大昔の服装だ。ジナは自宅から見ていた海や山の景色を思い出し、周囲を見渡した。山の地形、海辺の波打ち際、すべて一致している。本当に過去にやってきたのか。ややあって女に戻った。
「どうして私が…」
「ジナさん、貴女は青白く光る不思議な空間に入った覚えがございませんか?」
「青白く光る…。あ!」
クロノたちが仲間たちと最後の別れをしたリーネ広場、カエル、ロボ、エイラ、そして魔王が次々と青白い空間、彼らの言う『ゲート』から各々の時代に帰っていった。そこへ息子の愛猫ミミを追いかけてそこへやってきたジナはひょんなことから、そのゲートに入ってしまい、いずこかの時代に飛ばされてしまったのだ。場所が同じガルディアであり、かつ愛猫も離れていないことはせめてもの幸いか。
「あるのですね」
「ええ、千年祭の時に…ミミを追いかけて」
「それは『ゲート』と云うものです」
「ゲート?」
「はい、時の出入口と申しましょうか」
「…時の出入口」
「クロノたちは『ゲート・ホルダー』と云うアイテムでそれを利用し、過去未来へと行き来して仲間を得て、そして彼ら自身も成長していき、ついに今より1994年後に世界を滅ぼすであろうはずだったラヴォスを倒したのです」
「……」
「もっとも私はその瞬間を知りませんが…」
「では貴女が私を助けて下されたのは…」
「はい、ジナさんがうわ言でクロノの名を発していた方だからです。ゆえに看護させていただきました」
「私は戻れるのでしょうか…」
「原始の時代にラヴォスは巨大な隕石となって、この世界に降り立ちました。その衝撃で大地は砕け、膨大な塵芥が空中に舞い、太陽の光は地に注がれず氷河期に突入して雪の世界の古代へと繋がりました。この辺はご存じでしょうか」
「ラ…何とかは知りませんが、原始は突然に氷河期となったとは町立女学校で習いました。でも小間使いさん、私は歴史ではなく元に帰る方法を」
「私はそれに答えています。もう少しご辛抱を。どこまで話したか…。ああ、その古代の世界を支配していた魔法王国ジール。このジールがラヴォスの力を得ようとして動き出しました。それを阻止せんとクロノたちは現れました。しかしクロノは敗れ…」
「敗れ…?」
「……」
「…?」
「だけど、後に力をつけて捲土重来を経てラヴォスに挑み勝ちました。分かりやすく言えばラヴォスはこの星に巣食う巨大な寄生虫…。しかしその寄生虫によって様々な時代に時を渡り歩くゲートのようなものが出来たのです」
「その寄生虫が息子たちに倒されたのであれば…?」
「もう消滅しているでしょう。ジナさんが通ったゲートはラヴォスが死して、まだかすかに残っていた『時のエネルギー』によって残っていたものと思われます。現にこのガルディアには城の森の中にゲートはあったと聞きます。しかし、その場所にもうゲートはありません」
「…帰れないのですか」
「…申し上げにくいことなれど…その通りです」
「……」
「しかし、ジナさんの生活と安全は私が保障いたします」
「え?」
「私はかつて…クロノを死に追いやった女です。せめて…」
「死に…ッ!?馬鹿なことを!息子は私の前でピンピンしていました!」
「それを聞いて私も安堵したところ。何らかの形で蘇生し、いや復活し、ラヴォスを倒したのでしょう。先に言った通り、私はクロノがラヴォスに敗れた時…その場にいたのです」
「え…?」
「申し遅れました。私はサラ、ガルディア王国女王です」
「は?」
小間使いじゃなかったの?とジナは呆然。
「私はクロノがラヴォスに敗れた直後、この時代に飛ばされてきました」
しかし、その前に自分は女王ジールの目論見に娘として加担し、それゆえクロノたちは…と言おうとしたところ、空から稲妻が炸裂したような轟音が響いた。何ごとかとサラとジナが空を見上げたところ、それは白銀の大きな鳥だった。いや違う。
「ああ!」
ジナが思いだしたように叫んだ。
「ジナさん?」
「サラさん、あれ息子です!あの鳥はシル何とか云う乗り物で!」
その通りだった。タイムマシンにて大空を光速に走る船『シルバード号』である。シルバードは静かにガルディア城下町に降りた。
「母さん!」
「ああ!クロノ!」
抱き合うクロノとジナ。
「心配したよ、いっぱい俺探したんだよ!」
「ありがとう、でも無事よ。ほらミミも一緒に」
ミミはクロノの足に顔を擦りよせていた。
「ミミ、無事だったか、良かった…」
一緒にシルバードに乗っていたマールとルッカも歩んできた。
「良かったねクロノ、お母さんと会えて。ね、ルッカ」
ルッカはジナの後ろにいた人物を見て驚き、声が出せなかった。
「サ、サラ!」
「ルッカ…」
しかし、昔見たサラより大人になっていた。
「久しぶりね、クロノ、マール」
クロノもサラに気付いた。
「サラ…」
「良かった。お母さんをお返し出来ないと思ったのだけれど…そうか、貴方たちにはガッシュの作ったシルバードがあるものね」
ガッシュとは古代ジール王国に仕えた三賢者の一人で『理の賢者』と呼ばれ、ジールに仕えていた預言者の手によってA.D.2300年のラヴォスに滅ぼされた未来世界に飛ばされてしまい、そこでシルバードを製作する。
「ジナさん、これで帰られることになりました。せめて一泊していきませんか」
と、サラ。本当はすぐにでも帰りたいジナだが、倒れていたのを助けてくれたので無下にも出来ない。
「はい、お言葉に甘えて」
「良かった。クロノたちとは久しぶりの再会、ささやかだけれど宴といたしますわ」
こうしてクロノ一行とジナはガルディア城に泊まることになった。さっきまではジナは気付かなかったがガルディア城は千年後に比べ、規模も小さい。まさか遠い過去に来ていると思わなかったジナは自分の記憶違いとしか思わなかったようだ。
◆ ◆ ◆
「サ、サラがガルディアの女王!?しかも初代?」
驚くルッカ。
「はい、何か成り行きで」
サラは話した。あのラヴォスとの戦いのあと、この時代、そしてこの地に飛ばされたと。ゲートが見つからない、いやこの地には存在しないかもしれない。サラは帰ることをあきらめ、この地に住むことにした。
生きて行くには食べて行かなければならない。サラは魔法力があり、人の傷を癒すケアル系の呪文ならお手の物だ。やがて小さい診療所を作り、そこで近隣の人々の病やケガを治していった。あまり魔法魔法と前面に出せば恐れられ、やがて孤立する。普通の治療のように見せかけて患者には分からないようにケアルを少し施した。他者には魔法ではなく名医のなせる技と見られる。魔法力が絶大であるがため過ちを犯さざるをえなかった我が身の境遇を教訓としていたのだった。
やがて人々はサラを慕い、診療所の周りには家々が立ち町となり、やがて国となっていったのだ。国の名前はそのまま土地の名前が付けられ、ガルディア王国となった。人々に女神のように敬われていたサラは本人の言うように何か成り行きで女王になったのだ。これがA.D1年である。A.Dつまりガルディア暦はサラの女王即位から始まったのだ。
「これで分かった…」
「何が?クロノ」
マールが訊ねた。
「ほら、未来での『監視者のドーム』に行った時、ガッシュの頭脳が宿るヌゥがマールを見て」
手を叩いたルッカ。
「そうだ!確か『サラか?』と言っていたわ!」
A.D.2300年のラヴォスに滅ぼされた未来世界、そこにあった朽ちた未来建物でその時代の者たちは『監視者のドーム』と呼んでいた。そこにいたのは謎の生物のヌゥで寿命を悟った理の賢者ガッシュはヌゥに自分の脳を移植していた。そのガッシュの頭脳を持つヌゥがマールを見た時に『サラか』と発した。ジール王国の三賢者の一人であるガッシュが主家の姫とマールを間違えたのだ。それはマールの胸にあるペンダントか、それともサラと同じ雰囲気を感じたのか。
「え?それってつまり…」
「マールはサラの子孫なんだ!だから」
サラの胸にあるペンダントとまったく同じのペンダントをぶらさげるマール。その二つのペンダントを指すクロノ。
「その不思議なペンダントがマールへと受け継がれていったんだ!」
ジナは何が何やら分からないって顔をしている。
「何だかよく分からないけど、このサラさんは王女様の遠い遠いお婆ちゃんってこと?」
「よして下さいジナさん、私まだ三十前なんですよ。お婆ちゃんはあんまりです」
苦笑するサラ。話が尽きない宴の夜だった。
そして翌朝、ジナとミミを連れてシルバードに乗るクロノたち。見送るサラ。
「クロノ」
「え?」
「昨日はありがとう」
「え、いや、こちらこそ」
(…?)
マールとルッカは何かおかしいと思った。
「なにクロノ、サラさんと何かあったの?」
と、マール。
「魔王が…いやジャキが貴女を探していると教えただけだ」
「ジャキ…。つまり古代の預言者ね…」
「もし会うことがあれば伝える。そう言っておいた」
「そうなんだ」
そういうことか、マールは得心して椅子に座った。
「さあ、クロノ、お母さんと帰りましょう!」
「そうだね母さん!」
「ねえクロノ、本当にそれだけ?」
と、ルッカ。
「何が?」
「いや、ジャキのことを教えただけと言うの」
「そうだよ」
「ふーん」
「じゃ行こうか」
クロノがシルバードを浮上させ、そして空の彼方に消えた。サラは空を見上げて微笑んだ。
「本当にありがとうクロノ…」
自分の下腹部を撫でるサラ。それは昨日の夜、夜の宴が終わり、クロノ一行が用意されていた部屋に行く際、サラはクロノに思念を飛ばした。『話しがある』と。城の小間使いに案内されたのはサラの寝室だった。
「呼び出してごめんなさい。二人だけじゃないと聞けないこともあるから」
「いや、いいよ」
サラはラヴォスとの戦いのことや、古代王国はどうなってしまったのか。母のジールや魔神器と戦ったのかと聞いてきた。しかしこの後ガルディア王国がどうなっていくのかは聞かなかった。何故かと問うと
「それは私自身の未来でもあるから。未来を知るのは危険だもの。私の子孫にマールが生まれることだけで十分に嬉しい。それだけでいいわ」
少し二人の間に沈黙が流れると、サラは切り出した。
「ところでクロノ」
「ん?」
「どうやって復活したの?」
クロノは話した。ラヴォスに完敗し、一度はこの身が粉みじんとなったと。しかし仲間たちが時の賢者ハッシュより『時の卵』を与えられ、ラヴォス戦の最中に戻った。そこは時間が止まり、ラヴォスの攻撃を受ける直前の自分と身代わりの人形を取り換え、そして復活することが出来たのだと。
「でも実際は我が身が塵芥になっていく時を実感した。あんな思いは二度と御免だな」
苦笑するクロノ。
「マールとルッカは貴方の名前を泣きながら絶叫していたわよ…」
「そうなんだ…。その時のことは二人ともあまり詳しく話さないからな」
「それと預言者、もしやあれは」
「あれはジャキだよ。君の弟の…」
「そう、やっぱり…」
「察していたのか?」
「妙だと思ったの。私に対してだけ…非情に徹しきれない男だったから。それに顔にもどことなくジャキの面影があった…」
「彼は中世で魔王となり人々の暮らしを脅かしていた。俺たちは中世の勇者カエルと合流して討伐に向かったけれどラヴォスの波動により戦いのケリをつけられないまま魔王も俺たちも古代へと移動してしまった。そこで会ったのが君とジャキ、そして預言者と名を変えた魔王こと成長したジャキだ」
「ジャキは自分でラヴォスを倒そうとしたのね」
「ああ、そうらしい。だからだろうけど…」
「え?」
「俺たち、魔王と手を組んだんだ」
「本当に?」
「まあ、利害が一致したということだろうけど…その後は共に何度も死線を越えたのに寡黙な男だった。気を許さないヤツだった。自他に厳しいヤツだった。言ったよ『お前が死んだのは弱さゆえだ』と」
「……」
サラは不思議だった。自分より十歳以上年下のクロノの横顔が今まで見てきたどんな男性の横顔より雄々しく見える。それは熟練した剣士の醸し出すものなのか。彼自身は何も発していない。静かに笑みを浮かべて座っているだけだ。
そういえば古代で初めて会った時も何か気になった少年だった。真っ直ぐで、そして猛々しい目に心を惹かれた。クロノがラヴォスの攻撃で死んだ時、どうしようもなく悲しかった。ラヴォス復活に加担したと云う罪の負い目もあるが、クロノが死んだ時、心で何かが崩れた。生きる希望を失った。そして今、クロノと再会したサラ。彼女はやっと分かった。私はクロノを愛しているのだと。
「ね、ねえクロノ…」
「ん?」
サラのベッドに腰かけているクロノの横に座ったサラ。
「ちょっと、お願い聞いてくれるかしら…」
「ん?ああ俺に出来ることなら」
「貴方でなければ出来ないの…」
クロノがA.D5年から去ってしばらくして、サラが妊娠した。未婚なので当然サラに仕える者は驚いたが、ガルディア1世と名を変えたサラは誰の子かと問う家臣たちに
「強い子を生むために強い人に我が身を抱いていただきました。強くて真っ直ぐで勇気のある方に。生まれるこの子は、ガルディアの子として相応しく成長するでしょう」
生まれたガルディア2世は成長すると赤い髪のツンツン頭だったと云う。サラは息子の成長に安心し他界。そしてガルディア2世のおり世界は中規模な氷河期に突入して食料不足から動乱の世となる。ガルディアは新興国であるが初代サラが漁業や交易にチカラを注ぎ裕福であった。食料と医薬品の備蓄に滞りなかったので他国から狙われた。
当時もっとも版図を広げていたパレポリ帝国の進攻を受けるが2世は撃退している。ケタ違いの剣の強さであり、そして用兵に優れていたと伝えられる。パレポリ帝国は新興国ガルディアに敗退したことにより諸侯の信頼を失い支援は途絶え、やがてガルディアに降伏した。以後は国ではなく町として自治領を認められた。そしてガルディア3世のおりに世界の盟主国家となる。
そしてガルディア歴1005年、クロノがマールと結婚してから2年経っていた。ルッカはガルディア騎士のハンサムな若者と結婚し、現在王妃補佐官となっている。クロノは国王としての才幹はそんなになかったが、あの苦しい戦いを経てきたゆえ器量はあった。才幹は部下に出させればよいもの。優れた参謀がいれば補えること。国王は何より人物としての器量が不可欠である。その点ではクロノは歴代の王に引けをとらない。その優れた参謀と云うのが
「ピエール、今日の予定は?」
ピエールとは、クロノが無実の罪で裁判にかけられた時、クロノの無罪を懸命に主張したあの弁護士である。現在国王クロノの側近を務めていた。
「本日は各々の自治領主との懇親会がございます」
「そうか」
「それと、今年も豊作です。陛下、農業祭を開催されてはいかがですか」
「うん、そうしよう。では開催に備えてスタッフを選んでほしい」
「承知しました」
と、ピエールが立ち去りかけた時、
「あ、そうそう陛下」
「なんだ?」
「本日、ご先代様が歴代国王の肖像画の虫干しをしておいでです」
「へえ、ならば私も後ほど先祖のご尊顔を拝しに参ると伝えてくれ」
「御意」
「ふう…」
そう茶を飲んだ時だった。廊下から大きな靴音が二つ響いてきた。先に部屋を出たピエールが何かをなだめるように声を発している。
「…?」
ドアを思い切り開けたのはマールだった。
「陛下!」
「…?どうした。何だルッカまで?」
「クロノ…。アンタ呆れたわね…」
城務めして以来、『クロノ』と呼んだことはなかったルッカ。ただならぬことと思った。
「なんだ、どうした、モンスターでも攻めてきたのか?」
「ええ、それならどんなに良かったでしょうね。思いっきり暴れられたし!」
額に青筋立てているマール。
「何だよ落ち着け。順に話せ」
「「これは何よ!!」」
マールとルッカが見せたのはガルディア2世の肖像画である。
「…いっ!?」
描かれているガルディア2世は現国王クロノに瓜二つだった。
「これ、どういうことか説明してくれます陛下?どうして初代女王サラの息子がアンタと瓜二つなワケよ!」
「やはりアンタ、あの夜サラと!」
「ピエール!農業祭の準備は俺が指揮を執る!城下の主なる者を集めろ!」
と、玉座から立って大急ぎで逃げようとしたが
「逃げるなコラ!」
「男ならちゃんと説明しなさい!」
「言っとくけど義母さんも味方につけたからね!取り成しを願ってもムダよ!」
過去の世界でちゃっかり美女のサラと一線を越えていた息子を『やるねぇ』と思いつつ立場上息子の味方も出来ないので『煮るなり焼くなり』とマールに伝えていた。
「ひでぇよ母さん!!」
「「待ちなさいと言うに!さもないと!」」
クロノに二人技の最強攻撃『反作用ボム3』を撃つ構えのマールとルッカ。
「ば、ばか、殺す気か!!」
…こっちだ
何者かが救いの手を差し出した。助かったと思ったクロノは声の方角に逃げた。取り逃がしたマールとルッカは魔法を唱えるのをやめて
「どこ行った、あの女好きが!」
鼻息の荒いマール。
「しかし、サラもやるもんだねぇ~」
「ルッカ!」
「え、あ、ごめん」
二人が通り過ぎるのを見たクロノ。ふう、と安堵の息を吐いた。
「…ふん、俺ともあろうものが夫婦ゲンカの助け船か」
「あはは、助かったよ魔王…いや」
「……」
「ジャキ」
「…その名で呼ぶな」
「なら魔王でいいか」
「ああ」
「とにかく隠れたままでは話も出来ない。テラスに上がろう」
ガルディア城のテラスに上がったクロノと魔王。
「サラには会えたのか」
「ああ、何とかな」
「お前ほどの魔力ならゲートも作り出せるかもと思っていたが…A.D5年にいるのをどうして知った?」
「姉上のペンダントから発するエネルギーを探り…まあ、そんなのはどうでもいい」
「……」
「俺が会いに行った時はすでに息子クロスが生まれた後だった」
「クロス?」
「ガルディア2世が国王になる前の名前だ。その名と容貌から一目でお前が父親と分かった」
「そうか、俺知らない間に父親になっていたんだな…」
「しばらく…柄にもなく叔父として武技を仕込んだ」
「子供に武技の手ほどきか、カエルが聞いたらどう思うやら」
「とにかく礼を言いに来た。姉上は幸せそうだった」
「良かった」
テラスに吹く風を受けるクロノ。
「サラが幸せに生きたこと、そして俺の息子がよくやったことは今のガルディアを見れば分かるさ。嫁に頭の上がらない国王でも何とかやっているしな」
「ふっ…」
「どうするんだ、これから」
「中世に戻り、カエルとケリをつける」
魔王はクロノたちの仲間になってもみなに一線を引いて接していた。マールやルッカとは時に三人同時攻撃を仕掛けられるほどに呼吸も合っていたが、やはりカエルとは戦闘中も野営中もほとんどクチを利いていない。ラヴォスを倒すと云う共通の目的があればこそ、一時手を組んだに過ぎない。中世の世界では勇者のカエル、そして魔王。やはり水と油なのだ。
「カエルと…」
「時が経ち、俺の術も解けて人間の姿となりガルディアの騎士団長に就いたと聞く」
「人間の姿に」
「…あいつも馬鹿な男だ。古代で俺を仕留めることも出来たはずなのに」
「カエルに聞いたことがある。『あの時のあいつは勝利など望んでなく、むしろ捨て鉢とも言える気持ちで俺たちの前に立った』」
「ほう…」
「つまり『斬る価値のない男に成り下がっていた』と云うことらしい」
「ふっははは、それは大変失礼なことをしてしまったな。ならば俺はあいつを全力で叩き潰すとしよう」
「そうしてくれ」
魔王は静かに微笑んで、スッと消えた。
◆ ◆ ◆
「クロノ!」
マールとルッカに見つかってしまった。
「いっ!?」
「今いたの、もしかして魔王?」
と、ルッカ。
「あ、ああ…」
「あいつ、サラに会えたの?」
マールが聞いた。クロノは魔王とどんな話をしたか聞かせた。
「そうか、サラは幸せに」
感無量に言うマール。続けてルッカが言った。
「そして…カエルとケリをつけるか。確かに古代で見た魔王は何か捨て鉢だった。戦うに値しないとカエルは見ていたんだね」
二人が感慨にふけている間にいそいそと逃げ出そうとしていたクロノ。
「陛下」
「は、はい!」
「とはいえ浮気は浮気、私以外の女性に子を生ませたのは確かなんだから。覚悟はいいかしら?」
指をポキポキと鳴らすマール。
「もうしないよう、俺はマール一筋だよう」
手を合わせて謝るクロノ。強大な敵にも一歩も退かなかった男が何とも情けない風体。ルッカもさすがに哀れと思ったか
「もういいんじゃないの許してあげて」
「ルッカ…」
「結果、クロノがガルディア繁栄に一役買ったんだからさ」
「ぶう~」
マールは拗ねた顔で振り上げた拳を下ろした。
「じゃあ今日から一層子作りに励むのよ。サラに負けないような男の子を生むんだから!」
「お、おう、任せろ!」
「政治に支障ない程度にね」
クロノ、マール、ルッカは笑い合った。
この2年後に待望の王子が誕生。その翌年には王女を出産。マリーチェと云う王女だった。年頃になると王国開催の農業祭に王女と云う身分を隠して遊びに行った。胸には母親マールから譲られたペンダントがあった。
窮屈な城と違い、お祭り真っ最中のリーネ広場は楽しそう。はしゃぎまわって走っていると突然人とぶつかって転んだマリーチェ。
「いたた」
「大丈夫?」
ぶつかった少年はマリーチェに手を差し伸べた。それは赤い髪、精悍な顔立ち、そして木刀を腰に差す少年だった。その少年の手をマリーチェが握った時、マールディアの鐘が気持ちよさそうに鳴り響いたのだった。
完