新しい余命   作:歩暗之一人

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伊藤計劃氏のノベライズで詳しくは語られなかったオールドスネークの余生がこうだったらなと。


第1話

この風景を一言で形容するなら、どんな言葉がいいのだろう。

穏やかな風が流れた。

枝葉がざわめき、木漏れ日が揺れ動く。

川のせせらぎが少しだけ遠のいた。

つられて木々に咲いたものと、既に路上に落ちたピンクの花びらが宙に舞った。

満開の桜並木の下にいる彼は、まるで花弁と日光のシャワーを浴びているようだった。

ノーマッドにいる時よりもっとラフな格好で、これまで見てきた鋭い眼光が信じられないほど柔らかく佇んでいる。

 

この風景を一言で形容するなら、優しい、だろうか。自分が見慣れた世界とはまるで違う景色に、彼をここに連れてきて良かったと心底思った。

「スネーク」

サニーと一緒に、桜を見上げる彼の元へと歩く。僕が手にもっていたビニールを見て言葉を投げかけてくる。

「何を買ってきたんだ?」

「ダンゴだよ。ライスをすり潰して丸めた食べ物なんだってさ」

「いろいろあるんだよ。アンコ、とかミタラシ、とか。スネークはどれがいい?」

「待ったサニー。開けるより先にベンチに座ろう」

 

スネークの身体はあの闘いで限界を超えてもうボロボロだった。こうしてベンチに座るのにもうめき声をこぼしながら一苦労といった感じだ。

「よく噛んで食べてくれよスネーク。この国ではモチやダンゴを詰まらせて窒息死する老人も珍しくはないんだそうだ」

「スシといいダンゴといい、日本はサバイバルな食文化をしてるな」

そんな冗談をいいながら、暖かい春の花見日和に、3人並んでダンゴを食べた。

ヨモギを気に入ったサニーが、機内でも作れるかななんて言ったから、まずは目玉焼きをマスターしないとなとスネークが茶化した。

もぉーと膨れるサニーのほっぺがダンゴみたいで可笑しくて、3人で笑った。

「スネーク、どうだい日本は」

「いい国だ。平和で、穏やかで。昔世話になった教官から日本の話は聞いてたが、特にこの桜は良い。この散り様は好きだ」

日本では咲く事の美しさと散る事の儚さを讃えるイメージとして桜が用いられる。「散る」事が目前に迫った余命を生きるスネークにとって、特別な意味をもつ光景なのかもしれない。

それでも。

「散るから、また、来年も咲ける。綺麗だから、記憶に残り、伝えられる。散って終わり、じゃないんだね」

サニーがそんな事を口にした。僕も、ああ、そうだよって力強く頷いた。

桜の散り様が、咲き誇る姿が、見た人に感動を与えるように、スネークと出会い、僕らは大切なものを与えてもらった。それはスネークが「散って」も残っていく。そして違う何処かでまた花を咲かせる。

スネークの方はそんな僕の思いを察したのかそうじゃないのかよくわからなかった。

ただ、少し微笑んで、「いいものだな」って呟いた。

こんな優しい時間が、彼の短い余命の中でもっと長く続きますように。

そう願った。


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