朝、俺はいつも通りに目を覚ます。
天気は快晴。日の光がよく射すので、絶好の洗濯日和だ。
布団を干してから朝食を食べ、身支度を整える。
しかし、制服に着替えるところで、俺の手は止まった。
何の変哲のない、黒の学ランとYシャツ。3年間変わらずに着続けた為、よく見れば裾がボロボロでボタンも外れそうだ。
この部屋で初めて制服を着た時、俺の心は全く浮いていなかった。
母さんを亡くしたばかりだというのに、入学を喜ぶことなんて出来やしなかったからだ。
入学式に親の姿なんてなく、浮かれ合う家族の横を何も言わずに帰った。
「今日で、最後か」
俺は制服に腕を通す。
同じようにすっかりボロボロになった通学鞄には、教科書は入っていない。
そういえば、この部屋から出ていくことも考えなきゃいけないのかもな。
最初は住まわせてくれって、必死に海崎さんに頼んだっけ。
あの人には、この先も感謝し続けるんだろうな。
「そろそろ行くか」
携帯で時間を確認し、俺は家を出た。
今日は卒業式だ。
☆★☆
今日は確か、はやと先輩達の卒業式だ。
なので、下級生は休日扱いになっている。
学期末試験も終えて、後は通知表を貰って終業式を迎えるのみ。今日は早めの春休みってところか。
なのに、何故かいつものように早く起きてしまった。
「さて、どうするか……」
二度寝をするほど眠くはない。
特にすることもなかったので、普通に朝食を済ませた。
すると、先輩の部屋のドアが開く音が聞こえた。ああ、これから卒業式に行くんだろうな。
「はやと先輩」
ふと思い立ち、俺は外に出た。
目の前には、戸締りをしたばかりのはやと先輩がいた。
こうして見ると、初めて先輩に会った時みたいに感じた。ただ、あの時は話しかけられる側だったけど。
この先輩には色んな意味で世話になった。マイペースに人を掻き乱すかと思いきや、フラッと突き放す。その癖、鋭いヒントだけ与えてくる。
「卒業、おめでとうございます」
感謝しているのか、憎んでいるのか。複雑な想いを言葉にすることが出来ず、俺はただ頭を下げていた。
後輩として、門出を祝って送り出す。俺にはそれしか出来ない。
「ああ。またな、つばめ」
顔を上げると、満面の笑みで先輩は手を振った。
またな、か。俺はもう二度と会わないつもりだったが、先輩は会う気満々らしい。
「お前が空を飛べるようになるのを、楽しみにしてるよ」
先輩は階段を降り、去り際にそんな言葉を残してい言った。
それがどんな意味を持っているのか、今の俺なら何となく分かる。
以前、先輩が得たと言っていた「自分を許せる強さ」と「誰かを愛する勇気」。
それを、何時か俺も持つことが出来ると言いたいのだろう。
全く、最後まで掴みどころのない人だった。
先輩を送り出してから暫くすると、かえでからメールが入ってきた。
内容は、いつもの面子で遊びに行くぞとのこと。
以前ならさっさと断るんだろうけど、今は不思議と悪い気がしない。やることがないからかもしれないけど。
さっさと外着に着替え、駅まで向かう。今頃、先輩達は卒業式で歌でも歌ってるかな。
「つばめくーん!」
適当なイメージを巡らせていると、後ろから聞き覚えのある女子の声を掛けられた。
まさか、同じ目的地まで行く途中でばったり出会うなんてな。
「よっ、ゆたか」
その女子、小早川ゆたかは小柄な体を走らせて俺の隣までやってきた。
病弱だった体は、今では発作も起きなくなってきたという。まぁ、油断はできないけど。
どうせ目的地も同じだし、俺達は一緒に向かうことになった。こうして、2人で道を歩くことも珍しいな。
「今日、卒業式だな」
折角なので、思い浮かべていたことをそのまま話題として出した。
俺達が実際に関係してくるのは、あと2年後なんだけど。
「うん。お姉ちゃん、今頃卒業の歌でも歌ってるのかな?」
お姉ちゃん、と言われて、俺は青い長髪の小さな先輩を思い出した。
卒業生に並ぶ、小学生並の体型の女子か。それはかなりシュールだな。
「卒業、か」
俺はまだ1年しか通っていないが、今年1年は色んなことがあったと思う。
今、隣を歩いている小柄な女子には、特に迷惑をかけたんじゃないか。
元々は授業のノートを取ってやるだけの関係だった。それが勉強を一緒にやり、街を案内してもらい、名前で呼び合い、告白されるところまで行った。
結局、保留状態にしてもらってるが、悪い気はしていない。
俺がはるかへの思いにけじめをつけたら、改めて返事をするつもりだ。
「今年1年、色々あったよね」
自分で振り返っていると、ゆたかが今まさに考えていることを話してきた。
何だ、同じことを考えていたのか。
「結構恥をかいたような気がする」
「そ、そんなことないよ!」
素っ気ない返答で返すと、ゆたかは慌てて否定してきた。
いやまぁ、冗談ではあるけど、半分は本当かも。主にかえでの所為で。
「つばめ君には勉強で助けてもらったし、桜藤祭では歌上手だったし、持久走では心配かけちゃって……」
俺との思い出を語っていき、最後には小さな声でモジモジと何かを喋っていた。
……ひょっとして、告白のこと恥ずかしがっているのか。
「と、とにかく! つばめ君には迷惑かけてばっかりだったから……ごめ」
「それ以上は黙れ」
顔を赤く染めたまま謝ろうとするゆたかを、人差し指を立てて黙らせる。
そんなことで謝られたら、俺は一体どう謝罪すればいいんだよ。
あと、かえではその3倍は俺に謝罪しなきゃいけないことにもなる。……させた方がいいかもしれないが。
「俺だってゆたかには迷惑をかけた。だからイーブンだ。だから謝るな」
「つばめ君……うん、ありがとう!」
謝るなと言うと、ゆたかは笑顔で礼を言ってきた。
だから、その程度でそんな礼を言われると、俺はどうすれば……もう疲れた。何も考えないことにしよう。
「おーい! お二人さん、遅ぇぞー!」
何時の間にか駅前に着き、かえでが大声でこちらを呼ぶ。
みなみやさとる、ひよりはもう来ており、俺達が最後のようだ。
だからって、人が集まる場所で叫ぶな。迷惑だ。
「つばめ君!」
かえでを黙らせる為に向かおうとすると、今度はゆたかが俺の名を呼ぶ。
「これからも、よろしくね!」
そう言って笑顔を向けるゆたかに、俺は目を見開く。
彼女の姿は、まるで俺の初恋の少女と被るようで。
俺には眩しすぎるほど明るくて、小さい体なのにしっかりと生きようとして、病弱なのに他人のことばかりを気にしている。
ああ、だからか。何度か、ゆたかとはるかが被るように思えたのは。
「つばめ君、早くー!」
気付けば、ゆたかは先に皆の元に言って俺をまた呼んでいた。
孤独を望んでいた俺に、集まってきた仲間達。その存在を、今は安心出来るようになった。
何時か俺が不幸を呼んでも、彼等なら大丈夫だろう。そう思えるくらいには。
世の中は騒音に溢れている。
道路を行き交う車、人の話し声や足音。
雑音だらけだ。
けど、たまに雑音の組み合わせが心地いいハーモニーを生み出すこともある。
コイツ等との旋律を、もう少しだけ聞いていたくなった。
☆★☆
今日が最後の登校日なので、どうにも落ち着かない。何故か普段より早く来てしまった。
そんなことが色んな奴にあり得るんだろう。
「おはよう」
バス停前には、珍しくこなたが待っていたからだ。
今日はラストなので同じ方面から行くメンバー、つまりは俺とこなた、柊姉妹で一緒に登校することになっていた。
「お前は遅れて来るモンだと思ってた」
「いやー、昨日はネトゲで徹夜しちゃって、寝る時間がなくなってたから」
普段と違う、とか思ってた自分がバカだった。
やっぱりこなたは何処まで行ってもこなただ。
「お前もブレないな」
「お互いに、ね」
それは違いないな。
今日が最後だからって、俺は特別なことを何一つしていない。欠伸を掻きながら、気怠そうにつかさ達を待つ。
「んで、第二ボタンは取れやすくした?」
「何で」
「えー、高校の卒業式と言えば、第二ボタンでしょ。折角学ランなんだし」
待ってる間も、こなたはサブカルチックな話をしてきた。
第二ボタンって、そんなことしてる奴が実際にいるのか?
もう着ないとは言え、勿体ないだろ。
「考えてすらいなかった。第一、ボタンなんぞよりいいモンを贈ってるし」
将来の約束なら、制服のボタンよりも指輪の方がしっくりくる。
そこまで言うと、こなたはニマニマと俺を見ていた。
「へぇ~、そこまで進んでたんだ」
「んで、お前はあきから貰うのか?」
否定する気もなかったので、俺は逆にこなたに聞き返した。
すると、こなたはキョトンとした表情を浮かべ、首を横に振った。
「え? ううん、だって汗臭そうだからいらない」
俺は偶に、本当にお前等が好き合っているのか疑問に思うぞ。
ま、シビアな対応の裏では、本当は欲しいとか思ってるんだろうけどな。
普段通りの時間に来たつかさ達と合流し、陵桜学園に着けば、校門には卒業式の立札が。
その前では写真を撮る卒業生達が群がっていた。
これで漸く、卒業式っぽい空気になった。
「んじゃ、後でな」
「うん」
かがみと別れて教室に入れば、普段より早く来たクラスメート達が、最後の談笑をしていた。
別れを惜しんで涙を流す奴から、変わらずに近況を話す奴と、色々だ。
「来たな!」
「おはよう」
俺達の元に、先に来ていたあきとみちるが合流する。
あきは相変わらずのテンションだが、目の下に隈を作っている。お前も徹夜かよ。
一方、みちるは最後だからと貰った手紙を大量に抱えていた。みゆきと結ばれたんだから、いい加減諦めろよ。
「そうだ、こなた。コレ」
ふと、あきはこなたに何かを差し出してきた。
受け取ったこなたの手にあったのは、学ランのボタン。
「第二ボタンは基本ってな!」
ここにいたよ、ベタなことする奴。
念願のボタンを貰ったこなたは、ポケットに仕舞うと……。
「ていっ!」
「うごふっ!?」
「お前はもう死んでいる」
第二ボタンがあった胸の部分をブン殴り、漫画のセリフを口走った。
いや、コツン程度だってのは分かるけど、第二ボタン貰った後にする行動じゃねぇな。
「ふっ、俺の心臓はお前にくれてやった。だから死なん!」
「これ、捨てていい?」
「ちょっ!?」
結局、いつも通りのバカカップルのやり取りに戻ったのだった。
こなたが頬を赤く染めて、ニヤけが止まっていないのは突っ込まないでおいてやろう。
んで、俺が式本番までやることは1つ。
「ここも見納めだな」
屋上で寝ること。やっぱ、これに限る。
物音1つ立てずに教室を抜け出した俺は、式の時間を確認しながら屋上のドアを開けた。
日の光がやたらと眩しく、まだ少し寒い風が身体を抜ける。
しかし、久しぶりの感覚の中で1つだけ普段と違うものがあった。
「あ、白風さん」
ウチの学級委員、高良みゆきがいたのだ。
そういえば、教室の中にはいなかったっけ。
俺とみゆき、この組み合わせはかなり珍しいと思う。
「珍しい客がいるもんだ」
「ええ。最後に、この風景を目に焼き付けておきたかったので」
みゆきが見ていたのは、屋上から見渡せる校舎全体だった。
これで桜が満開だったら綺麗なのだが、生憎今日は卒業式。木々に花は咲いていない。
「白風さんは、どんな御用でしたか?」
「シエスタ」
俺が即答すると、みゆきはやっぱりという風に笑った。
ここは俺のテリトリーだからな。一番落ち着ける。
「ふふっ、でもいいですね。こんな風景に囲まれながらお昼寝をするのも」
「だろ?」
「けど、授業をサボるのはダメですよ」
同感はしてくれたが、そこは委員長らしく叱って来た。オイオイ、卒業式に説教は聞きたくないんだが。
「……そういえば、ずっと気になってたんだが、その「白風さん」だとか、敬語はやめにしないか? ムズ痒いんだが」
俺が何処かみゆきに苦手意識を持っていた理由がそこにあった。
敬語を使われる程大した人間でもないし、名字で呼ばれるより名前で呼ばれた方がしっくりくる。
「すみません。けど、生まれ付きこうなので、直すのは難しいです……」
しかし、みゆきは親に対してすら敬語を使う。もうこの話し方が定着して離れないのだろう。
ま、仕方ないか。それがみゆきの生真面目さを表してる訳だし。
「はぁ、お前はすごいよ。堅苦しい生き方を続けられて。みちるのことも、一途に思い続けてさ」
俺は本心からみゆきを称賛した。見習うつもりはないが。
だが、みゆきは表情を暗くして首を横に振った。
「いいえ。私は、みちるさんのことを分かっていませんでした。私が寄せていたのは、幼い子供のような思いです。どんな辛い目にあっているかも知らず、独りよがりな心を抱いていました」
それは、うつろのことを言っているんだろうか。
みちるは辛い経験を受け、負の感情からもう一つの人格を作り出してしまった。
けど、うつろが出来たのはみゆきと離れ離れになった後で、みゆきに落ち度はない。
「今までの私では、彼の心を支え切ることが出来ませんでした。だから、すごくなんてないんです」
自分はすごくない。そういうみゆきの表情は、言葉と裏腹に何処か明るい。
「すごくないから、これから上に進めます。みちるさんを、今までの分まで支えることが出来るんです」
無力さを知ったから、更に上を見ることが出来る、か。
お堅いみゆきにしては、珍しく柔軟な発想だな。
「やっぱ、お前すごいわ」
「お恥ずかしい限りです」
堅い生き方の癖に、柔軟な発想も出来るみゆきを、俺は改めて賛辞した。
コイツと一緒なら、みちるはもううつろを生み出さなくて良さそうだ。
結局、みゆきに連れられて教室に戻ると、C組の連中も来ていた。
まぁ最後だし、話さない訳にも行くまい。
「卒業……グスッ」
何故だか、しわすが号泣してたけど。
折角で来た友達と1年で離れるのは、しわすにとって寂しいことなのかもな。
「中学高校と同じクラスで卒業式を迎えるのも珍しいよなー」
日下部はしわすを宥めつつ、かがみに絡んでいた。
日下部と峰岸、かがみは中学も同じクラスだったらしく、高校3年間も一緒だった。へぇ、それは珍しいな。
「え……あ、そうだっけ?」
「はいはい、柊はそういう奴だよな」
しかし、かがみは覚えていないようだった。これは薄情だと言われても仕方ない。
「まぁ、大学ではよろしくねー」
「おぅ! こちらこそ!」
そして、今度はこなたやあきと同じ大学だそうだ。
この組み合わせ……峰岸の胃に穴が開かないか心配だ。
「気をしっかり持て、峰岸」
散々突っ込み役をしてきたやなぎも不安なのか、峰岸に激励を贈る。
いくら聖人君子でも、バカトリオ相手はキツイだろうに。
「ううん。だって私、みさちゃんも泉ちゃんも好きだから」
超聖人君子がここにいた。
俺の心が汚れている所為か、峰岸の姿がかなり眩しく見えた。
卒業式は恙なく終わった。
卒業生やその父兄、教師一同が見ている中で壇上に上がるのは、少し恥ずかしく感じたけど。
体育館から出ると、俺は意外な人物を見つけ、慌てて教室に帰る集団から離れた。
「来てたのか」
俺は帰ろうとしていた、空色の髪の男に声を掛ける。
振り返った姿は、金色の瞳以外は何処か俺と似ている。
「あぁ、卒業おめでとう」
俺の親父、白風やすふみだ。
一応、卒業式の日取りは知らせてあったが、何も言わなかったので来ないと思っていた。
あの日、和解した俺達だが、話した時間が少ないだけにやっぱり対応がぎこちなくなってしまう。
この溝は、きっと長いこと埋まらないんだろう。
「晴れ姿、写真に収めたから。母さんに見せておくよ」
「うん」
父さんは俺が壇上に上がった瞬間をデジカメで撮っていた。
仏壇にいる母さんに見せる為に。
そういえば、そろそろ命日か……線香を上げに行かなきゃな。
「じゃ、そろそろ」
「父さん」
忙しいのか、帰ろうとする父さんを俺は呼び止める。
そして、俺は思い切り頭を下げた。
「学費、出してくれてありがとう。これからまた、迷惑掛ける」
俺が通うことになった、神道学科の大学。その学費を、父さんが出してくれることになった。
俺は奨学金を借りて行くつもり満々だったのだが、父さんが自ら進言してきたのだ。
何でも、今まで仕送り用に貯めていた金があるので、使って欲しいと。
「俺はお前の親だからな。これぐらい、当り前さ」
そう言い残して、父さんは帰って行った。
親だから、と言うのなら、俺はこの先親孝行をしなければいけない。感謝と謝罪を胸に、俺はまた頭を下げるのだった。
式からの帰り道。
卒業祝いだと、俺はこのまま柊家に昼を御馳走になる予定になっていた。
「すっかりウチに馴染んだわね」
「おかげさまで」
呆れる姉に対し、俺は皮肉交じりに返す。
半ば柊家公認の婿状態なのだが、かがみだけは俺を認めてないようで。
付き合いが長い分、俺のだらしない面をよく知ってるしな。
「じゃあ、やなぎの婿入りは予定してるのか?」
「そ、そんな訳ないでしょ!」
「え? お姉ちゃん、やなぎ君と結婚する気ないの?」
「そ、それは……」
俺とつかさの質問に、かがみは顔色をころころと替える。ただ、顔を真っ赤にしているのは一緒だ。
きっと、かがみは嫁に行く方なんだろうな。やなぎなら将来安定だし、特に心配もないだろう。
「正直に言っちまえよ」
「アンタ達と一緒にしないで! そりゃ、少しは考えてるけど、年がら年中イチャイチャしていないし!」
攻め続けられたかがみは、とうとう自爆してしまった。
やっぱかがみはからかい甲斐があるな。
「はーやーとぉー?」
自爆に気付いた瞬間、般若のオーラを纏ったけど。
この玩具は遊ぶのに命がけだな。
「アンタ等バカップルより、私達ぐらい落ち着いている方が丁度いいのよ!」
「そーですか。いてて……」
結局、拳骨を一発食らって叱られてしまった。
まぁ、かがみ達は自分等の納得するペースで行けばいいさ。
昼食後は、つかさといつも通りのデートに出掛けていた。
一応、打ち上げの予定も入っているが、それまでは2人でゆったりと過ごすのだ。
「終わっちゃったね」
「終わっちまったな」
私服に着替えた後なのに、俺達はまた校門前に来てしまう。
どちらも何も言わず、ここに来てしまったのだから、きっと両方名残惜しい気持ちがあったのだろう。
「2年前、か。俺達がここで会ったのも」
「そうだね」
屋上の場所を見上げながら、俺達は思い返した。
俺達の始まりの日。あの時は、まさか2年後に手を繋いで校門前に立ってるなんて予想だにしなかっただろう。
「これからも、一緒だよね?」
つかさが手を強く握る。
懐いた子犬のような仕草は、無性に頭を撫でたくなる。
こんな可愛い彼女の手を離すなんて、俺には出来ない。
「2年後も、20年後も、死ぬまで一緒だ」
俺は笑顔で答え、彼女の白い手を強く握り返した。
これから何が起きるかなんて、誰にも分からない。
だって、「白紙」の未来じゃなきゃ好きに描くことも出来ない。
けど、つかさという翼を得た俺なら、想いを抱いて飛び続けることが出来る。
どのくらい寝ていたのだろうか。
春の風に乗って香る匂いは、俺の好きな奴の髪のものだとすぐに分かる。
後頭部には、柔らかい感触。
「あ、起きた?」
彼女の声が聞こえ、俺は漸く意識がハッキリしてきた。
俺は縁側で昼寝をしていたんだった。
余りにも心地いい陽気だったから、仕方ない。
両目を開けば、笑顔で俺を見る妻の姿。
「はやと君、良く寝てたね」
「ん……まぁな」
今の自分の体勢から判断すると、どうやらつかさは膝枕をしてくれていたらしい。
通りでいつも以上に寝心地がいいと思った。
高校卒業から、早10年。
俺は予定通りに柊家に婿入りし、柊はやととなった。
聞き慣れない名前をあき達に笑われたりもしたが、俺は結構気に入っている。
妻との仲も良好。子供も1人生まれている。
「つかさ……今、幸せか?」
「勿論だよ」
寝言っぽく尋ねた俺に、つかさは即答する。
そりゃそうか。幸せじゃなきゃ、俺がかがみに殺されてる。
俺達の心みたくぽかぽかした空気に、桜の花びらが舞い散る。
今日の天気は快晴。空を二羽の鳥が何処までも飛んでいくのが見える。
俺は奇跡なんてもの信じない。
ドラマなんかでよくやる「奇跡」。俺はそれが嫌いだ。
奇跡なんてあんなに頻繁にあってたまるか。
だから奇跡なんて安っぽいものを信じるより、俺は皆と結びついた星空を飛び続けたい。
すぐ隣にいる大切な人と、「白紙」に描いた果てしない空を。
どうも、銀です。
第40話、ご覧頂きありがとうございました。
すた☆だす、これにて完結です。
白紙の未来にどんな未来を描くかは、人それぞれ。
それは、すた☆だすが人物によって違う話を書いてきたのと同じです。
主人公であるはやとは、きっと白紙の未来を今後もブレることなく飛び続けるのでしょう。
エピローグは、白紙の未来を飛び続ける2人の姿を書きました。
そして、やっぱり奇跡を信じない発言で幕引きです。白風はやとと言えば、この台詞です。
作品全体のまとめとしては、「2nd Season」ははやと×つかさの決着、みちる×みゆきとうつろの真実、つばめを中心とした新キャラ達の生活が主でした。
後輩達については、今後も学園生活が続いていくので、あえて尻切れトンボのような結果で終わらせました。つばめとゆたかの恋の行方、さとるは人間の感情を理解出来るのか等も、白紙の未来にあります。
「3rd Season」があるのでしたら、ここに触れることになるでしょう。
反省点としては、やはり活躍出来なかったキャラがいることですね。
八坂こうは学年が違うのと、キャラをあまり理解出来ていなかったので、出番が極端に少なかったです。
また、ひよりも積極的に話に関わることはありませんでした。これについては猛反省してます。
さて、「すた☆だす」は作者が初めて完結させた長編二次創作でもあります。
書き始めたのが2009年6月11日ですので、約5年掛かりました。
その間に、らき☆すたの人気は随分下火になってしまいましたが、原作はまだ続いております。
この作品が、らき☆すたを広める材料になれば幸いです。
因みに作者が1番好きなエピソードは、やはり第12話~第14話です。はやとがつかさに告白するシーンは、すた☆だすを始めてからずっと書きたかった所でした。
では、今まですた☆だすを応援してくださった方々、本当にありがとうございました。
また気が向いた時にでも、最初から読み直してください。
次回作で、またお会いできれば幸いです。