すた☆だす   作:雲色の銀

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第39話「離れ行く道々」

 窓から射す日の光が、やけに鬱陶しく感じる。

 席について昼飯の菓子パンを貪る俺は、始まったばかりの高校生活に気怠さを覚えていた。

 母さんを亡くし、家を出て海崎さんの世話になりながら、俺はこの陵桜学園に通っている。これが母さんとの、最期の約束だったからだ。

 けど、学校生活の内容については約束をしていない。勉強なんか身に入らず、今は授業をサボって、ベストプレイスの屋上で空を見上げるばかりになってしまった。

 

「もし、翼があったら……」

 

 あの空に、母さんのいる空に昇れるんだろうか。

 叶わない幻想と、後悔だけを胸に、俺は独り虚しく日常を送っていた。

 

「あのー」

 

 そんな時、ふと横から声を掛けられた気がした。

 何となく視線を向けると、クリーム色の短髪に藍色のタレ目、整った顔立ちの男子が俺の方を見ていた。

 コイツは、えーと……あぁ、思い出した。同じクラスの、檜山みちるだ。

 学年一のイケメンで金持ちのお坊ちゃん。加えて、文武両道の優等生。コイツが有名になるのも無理はない。

 が、その有名人が俺なんかに話し掛ける道理が分からない。

 

「何」

 

 気怠く、俺は返事をする。

 別に俺は有名人に興味はない。俺みたいにつまらない人間とは天と地ほどの差があるからな。

 

「うん、さっき授業中に出てたよね? 何処行ってたのかなって」

 

 みちるは俺の返事に大きく頷くと、たどたどしく尋ねて来た。

 あぁ、つまりは授業をサボった俺を叱りたいのか。優等生がご苦労様なことで。

 

「屋上で寝てた。それが?」

 

 俺は悪びれることもなく、教えてやった。

 俺が屋上で寝てても、みちるに損がある訳でもない。コイツが何度注意したところで、俺もそれを正すつもりもない。

 つまりは何も変わらない。それだけだ。

 

「屋上で……それって、楽しいの?」

 

 しかし、みちるは俺を叱るどころか、興味津々といった風に俺に再度訪ねてきた。

 何がしたいんだ、このお坊ちゃんは。

 

「まぁ、楽しいな。授業なんか退屈だし」

 

 変わった反応に拍子抜けした俺は、思わず普通に答えてしまった。

 すると、みちるは感嘆の溜息を吐いた。

 こんな不真面目なことに興味があるなんて、最近の優等生は変わってんのな。

 けど、これ以上は俺の方から話すこともない。

 俺は菓子パンを食い終わると、ゴミを持って教室から出ようとした。

 

「また屋上に行くの?」

 

 だが、みちるは何故か付きまとってきた。

 俺を小馬鹿にしてる……風には見えない。やはり、単に興味なんだろうか。

 

「あ、ゴメンね」

 

 いい加減煩いので、ムッとなって睨みつけると、みちるは干渉し過ぎた自分を謝った。

 

「白風君みたいな人、初めて見たからちょっと気になって……」

「……俺みたいな奴、気にしても仕方ねぇよ」

 

 何の変哲もない、ただの高校生。お坊ちゃんとは土台が違う。

 これ以上は関わり合いにならないだろうと思いながら、俺は屋上へ向かった。

 

 

 

 それから一ヶ月。

 檜山みちるは何故か俺と積極的に話すようになっていた。

 単なる興味にしても、長く持つモンだな。そんなにお坊ちゃんは暇なのか?

 

「白風君は、学食嫌い?」

「……はやとでいい」

 

 白風、と呼ばれると否応なしにアイツを思い出す。

 だから、呼び捨てでもいいから名前で呼ぶよう告げた。

 すると、みちるは嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「はやと……えへへ、何だか友達みたいだね」

「友達……」

 

 俺と、みちるが友達。そんなこと、出会った時は全く思い付きもしなかった。

 サボり魔とお坊ちゃんが友好関係。普通はありえないだろう。

 けど、みちるは俺と友達になれたと、喜んでいる。つくづく変わった奴だ。

 

「お前、何で俺に付きまとうんだ?」

 

 友達ついでに、俺は前々から持っていた疑問を聞いてみた。

 俺みたいにつまらない人間に、何故そこまでの興味を持つ?

 すると、みちるは申し訳なさそうに答えた。

 

「僕と、違う価値観を持ってるから、かな? あと、自由に生きているのに憧れたから……かも」

「何だよ、かもって」

「あぅ、ゴメン……」

 

 何だか弱い根拠だが、納得は出来た。

 確かに、俺とみちるは様々な点が違う。けど、違うからこそ、そこに憧れる部分があってもおかしくない。

 例え、自分がいくら劣ってるとしても、だ。

 そして、何時からか、俺とみちるの傍にはもう2人、増えていた。

 クラスのムードメーカーにして体育のエースである、天城あき。

 学年トップの成績を叩き出した秀才、冬神やなぎ。

 何故か、同じクラスの有名人ばかりが俺の周りに集まっていた。

 

「お前、さっき何時教室を抜けたんだ?」

「はやとのサボりスキルも、向上してんだなー」

 

 物音ひとつ立てずに教室を出て行ったことにやなぎが呆れ、あきが感心する。

 ま、小言の煩いやなぎに見つかれば、教師に見つかった時同様にアウトだから、最善の注意は払うさ。

 

「んで、お前等は何で俺に話し掛ける気になったんだ?」

 

 俺はみちるにしたのと同じような質問を投げかける。

 すると、2人は顔を見合わせ、同時に答えて来た。

 

「「面白い奴だと思ったから」」

 

 あきもやなぎもタイプは違う。体育会系バカと、秀才もやしだ。

 が、全く同じ答えを出してきたので、俺は思わず吹き出してしまった。

 みちるを含め、お前等も十分面白いと思うけどな。

 俺達は、4人共何もかもが違った。

 得意なことも、苦手なことも、考え方も。

 そして、歩んできた道も。

 それでも、今は重なった道を一緒に歩いて来た。

 

 

 

 3月を迎え、外の気温も少しは温かくなってきた。

 それは、高校生活の終わりも示していた。

 

「いよっしゃぁぁぁぁっ!」

 

 教室内を、あきの絶叫が響き渡る。

 喜び浮かれるバカの手には、志望校の合格通知。

 信じがたいけど、天城あきは無事に大学生になることが出来たようだ。

 いや、陵桜に入学してんだから不可能って程じゃなかったんだろうけど。

 

「おめー」

 

 パチパチと適当に拍手をするこなたも、あきと同じ大学の合格通知を持っている。

 ついでに、C組の日下部と峰岸も同じ大学だ。

 この面子を見ると、明らかに峰岸が志望校レベルを下げているのが容易に分かる。

 バカ3人を相手に、大変だろうな。

 

「よかったね、あき!」

 

 本人の彼女以上に喜ぶのは、1年からの付き合いであるみちるだ。

 みちるもやはりというか、センターで余裕の合格点を叩き出していた。

 元々は推薦で入る予定だったのが大きくズレたとはいえ、流石は優等生といったところだ。

 

「と、いうことは……全員合格か」

 

 やなぎの言う通り、これで全員が志望校への進学が無事に決まったということになる。

 そう、俺とつかさも、しっかりと合格していたのだ。

 

「よし! ここはパーッと祝いますか!」

「賛成!」

 

 調子に乗ったあきの提案に、こなたが賛成する。

 お堅いやなぎとかがみも、受かったとあらば却下する訳にもいかない。

 今までの受験の苦労を吹き飛ばす為、俺達は久々に全員で街に繰り出すことになった。

 

「パーッとやる、といえば! はい、みゆきさん!」

「は、はい! カラオケ、ですか?」

「正解!」

 

 謎のフリをみゆきに押し付ける程、あきはテンションが高くなっていた。

 いやいや、カラオケ店の前でそんなことを聞くなよ。

 けど、全員があきに何も言わない辺り、受験を乗り切った喜びを噛み締めているんだろう。

 そんな中、みちるだけが若干浮かない顔をしていた。

 

「どうした?」

「あ、いや……こうやって、皆で放課後に出掛けるのも、もうないんだなぁって」

 

 あき達が受付をしている間、こっそり尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。

 全員の進路が決まった。それは同時に、殆どが離れ離れになることも意味していた。

 あきやこなたのバカを見るのも、かがみとやなぎが突っ込むのも、みゆきがやり取りをおっとりと眺めているのも、もう見られない。

 別れに寂しさを感じる辺り、みちるは純粋なお坊ちゃんだ。

 

「まぁな。俺達の重なってた道が、離れるだけだ」

 

 何時までもずっと一緒なんて、ありえない。

 俺はあきのようにお気楽に生きることは出来ないし、やなぎのように頭もよくない。

 みちるの歩む御曹司の道なんて、以ての外だ。

 

「俺達は全員が違う。だから、一緒に道を歩んで行けた、だろ?」

 

 みちるもあきもやなぎも、自分とは全然違う存在だから、俺に話し掛けて来た。

 仲良くなるきっかけなんて、大体そんなもんだ。

 

「僕は……それでも、はやとに憧れてよかった。今まで、楽しかった!」

 

 みちるは寂しげな表情のまま、俺にそう言ってきた。

 周囲はずっと不思議に思ってただろう。優等生のお坊ちゃん、スポーツ万能のムードメーカー、学年トップの秀才の集まりの中に何で普通の男子が紛れてるんだって。

 けど、俺達の繋がりにそんなものは関係なかった。お互いを面白く思い、共に楽しい日々を過ごせた。

 星座のような繋がりに、肩書なんて不要だ。だからこそ、みちるはうつろに勝てたんだしな。

 

「お前は本当、こういう時だけバカだな」

 

 俺はしんみりとした空気をぶち壊すように言葉を投げかける。

 

「卒業しても、また集まればいいだろ」

「あ……うん、そうだね!」

 

 俺達の繋がりは、この先も切れない。

 分かり切ったことを言わせるくらいには、みちるはやっぱりバカだった。

 

 

 

 カラオケで歌っていると、自然と喉が渇く。

 なので、普通は飲み放題のソフトドリンクを頼む。

 すると、トイレが近くなるのは必然な訳で。

 

「ふぅ……」

 

 手を洗いながら、俺はみちるの言葉を思い返し、学校生活の終わりを改めて感じていた。

 終わりは来る、とは言ったが、そこに寂しさは少しくらいある。

 

「お、はやとも飲み過ぎか」

 

 ボーっと考えていると、トイレにあきが入って来た。

 そういや、あきとこなたはアニソン歌いまくってたから、ドリンクも多く飲んでたな。

 

「お前も早く戻って歌わないと、損だぞ」

「俺はそんなに知らないしな」

 

 テレビもラジオもない生活だったからな。歌なんて、昔の流行りでストップしてるくらいだ。

 そこへ、ふと俺は聞いてみることにした。

 

「こうやってバカやるのも、もう終わりなんだな」

「ん? あぁ、そうだな」

「お前は寂しくないのか?」

 

 割と素っ気ない反応が、俺は意外に感じた。

 無駄に騒がしい性格のあきだ。こういう時、泣き出すんじゃないかと思ってた。

 

「まぁ、名残惜しくはあるよな。こなたがいて、やなぎがいて、はやと達がいる。いつも皆で騒げて、滅茶苦茶楽しかったし」

 

 騒いでたのは主にお前だけだ、とツッコみかけた。

 が、やはり名残惜しいようだ。

 

「けど、俺は今を全力で生きてるからな。この先いつか、また俺達はこんな風にバカ出来るって思えば、そんなに寂しくはないな」

 

 実にあきらしい答えだ。

 俺もみちるも過去を振り返ってきたけど、あきは常に先を見て走ってたからな。

 だから自分に気持ちに正直に気付けなかったこともあったが。

 

「おし! じゃ、お先!」

「まだ歌う気か」

 

 何時の間にか手を洗い終えてたあきは、さっさと戻って行ってしまった。

 こなたと歌うつもりなら、俺もつかさとのデュエットを考えないとな。

 

 

 

「あー、歌った歌った!」

 

 カラオケから出て、満足気に腕を伸ばすこなた。

 結局、半分以上はこなたとあきの独壇場でおわった気がした。しかもアニソンばっかり。全然分かんねぇっての。

 ただ、どんなに歌っても、みゆきの点数を越えなかったのは驚いた。あのお嬢様、あんなに低い歌声出せたんだな。

 

「やなぎ」

「ん、どうした」

 

 キャイキャイと談笑する一同の後ろで、俺はやなぎに話し掛けた。

 勿論、話題は別れに関してだ。

 

「みちるやあきと話したんだが、お前はどう思う? 今の日常が終わることに」

「日常、か……」

 

 やなぎは皆の姿を見て、悩む。

 特に、やなぎはあきとずっと腐れ縁だったしな。離れるなんて、あまり実感がないんじゃないだろうか。

 

「特には思わないな」

 

 だが、やなぎの答えはあき以上に素っ気なかった。

 皆と騒ぐ日々の終わりに何も思わない、か。まぁ、やなぎは突っ込みで苦労してたし。

 

「そうか」

「いや、別に今の関係が嫌だって訳じゃないんだ。ただ、お互い変わっていくものが必ずある。その結果が別れなら、気にしても仕方ないんじゃないか」

 

 頷く俺に、やなぎは説明を付け足した。あの答えのままだと、まるで冷たい奴だし。

 けど、やなぎの言い分も確かだった。この3年間で、俺達は色々と変わったと思う。

 やなぎは、今までコンプレックスだった体力勝負で一度あきに勝ったことがあったしな。

 

「……流石、2年間別のクラスだっただけのことは」

 

 感心してると、頭を扇子で殴られた。

 一時の別れを寂しがる奴。

 未来でまた会うことを信じて走り続ける奴。

 別れを変化の結果と受け入れる奴。

 やっぱり、俺達は全然違う。

 

 

 

「ってことを、みちる達と話してな」

 

 自宅に帰り、俺はキッチンで夕飯を作ってくれるつかさに話した。

 最近はごく普通に夕飯を作りに来てくれるので、俺としては大助かりだ。

 こういうのをなんつったっけ……通い妻、だっけか?

 

「私は、みちる君みたいに寂しいなぁ」

 

 肉と野菜を炒めながら、つかさは悲しそうに呟く。

 つかさのことだ、きっと卒業式で泣くだろうに。

 

「そっか……もう卒業だね」

「つかさも制服姿も見納めか」

「ふぇっ!?」

 

 しんみりとした空気を、あきみたいな冗談でぶち壊す。

 ……少し本心だけど。卒業後も何回か着せてみるのも良いな。

 

「はやと君はどうなの? 寂しい?」

 

 出来上がった夕食を運び、つかさは慌てて聞いてきた。

 変な冗談で恥ずかしがるつかさも、また可愛い。

 ……大分救いようがなくなったって、自分で思えてきた。

 

「俺、か……」

 

 改めて、自分がどう思っていたのか。

 最初は、母さんの約束を果たす為に通っていた。だけど、悲しみを埋めることが出来ず、ずっと一人でいるつもりだった。

 それが、みちる達とつるむようになり、こなた達と騒ぐようになり、つばめ達みたいな愉快な後輩が出来て、つかさという大事な恋人と結ばれた。

 虚無感に溢れて空を見上げてばかりだった日常が、何時の間にか充実していた。

 

「そうだな。名残惜しいかも」

 

 思い返せば、掛け替えのない何かがそこにあった。

 けど、過ぎた時間は戻らない。

 振り返り続けるのにも疲れたし、今はつかさだけを見ていたい。

 

「けど、俺は天然の彼女を愛するのに忙しいんでな。惜しんでる暇はない」

「はぅ、また変なことを……」

 

 恥ずかしい言葉を連発され、つかさは顔を真っ赤にして膨れてしまった。

 こんなに可愛いから、からかいたくなる。

 

 

 

 俺達は、3年から仲良くなったしわす達も含めて、全く違う。得意なことも、苦手なことも。そして、歩んでいく道も。

 今はただ重なっていた道の中で偶然出会い、共に歩いて来ただけ。

 別れは、必ずやってくる。

 




どうも、雲色の銀です。

第39話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は最終回手前、別れに対するそれぞれの考え方でした。

最初にはやと達の出会いを書きました。
サボってばかりのはやとに興味が湧き、話していく内に仲良くなったという感じです。
あっさりとしてますが、男同士の友情はこんな感じだと思います。

そして、ここから道が分かれていきます。
長いようで短くもあった、すた☆だすという物語にも、ピリオドが打たれます。

次回は、遂に最終回。ご期待下さい。


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